「ねぇ。本気でやる気?」
 恐る恐る尋ねた栗田の言葉に、ヒル魔は当然の事の様に頷き返してくる。
「当たり前だ。」
「でも、さすがにちょっとやりすぎだと思うんだけど・・・・・。」
「おい、糞デブ。」
 自分の声を遮るような冷たい声音に、栗田は思わず首をすくませてしまう。
「俺たちにとって、クリスマスボウルを目指せるのは最後の年なんだぞ。わかってんのか、この糞デブ!」
「分かってるよ、分かっているけど、何もここまで・・・・・。」
「ガタガタ言ってんじゃねーよ。俺のやり方に文句があるなら、お前の力で部員を集めてみるか?」
 射抜くような視線で顔を覗き込まれ、栗田は思わず俯いてしまった。
 そんなことが自分に出来ないと言うことは、この一年でイヤと言うほど分かっている。
 助っ人を集めるのも、全てヒル魔の力に頼っていたのだ。部員集めに自分の力が少しも役に立たないと言うことは、経験から分かっている。とは言え、今、ヒル魔が行おうとしていることは、ちょっとまずいと思う。ちょっとどころか、部活動の勧誘行動にしては常識が外れていると言っても過言では無いだろう。
 そう思っていても、栗田にはヒル魔の行動を止める力もない。そんな自分の力の無さに、深いため息がこぼれ落ちた。
「合格者発見。」
 盗み見るように合格発表の場に視線を向けていたヒル魔がそう呟きを漏らしたと思ったら、彼は凄い勢いでその場へと体を飛び込ませていった。
 とりあえず、付いていかないと後でしこたま怒られる。栗田は、重い体を揺さぶりながら、ヒル魔が声を目を付けた少年の元へと駆け寄った。
「合格おめでとーーーー!!」
「Ya−−−−−−Ha−−−−−−−−−」
 有無を言わさず、合格者らしい少年を胴上げした。
「さ!合格をご両親に報告したまえ!」
 そう言ってヒル魔が携帯を差し出せば、少年は驚いたように目を瞬いて見せる。
「えっ、これでかけていいんですか?」
「もち!」
 ヒル魔の言葉に、少年は嬉しそうに携帯に番号を打ち込んでいる。それが、ヒル魔の汚い手口の序章である事に気づきもしないで。
 なんとなく、可哀想な気分になってくる栗田だった。
「ああ、お母さん?受かっ・・・・・・」
 言葉を最後まで言わさず、通話が出来たのを確認した途端、ヒル魔は携帯を奪い取る。そして、一目散に校舎裏へと身を滑らせた。少年の事など見向きのしないで。
 こんな事をして大丈夫なのだろうか。
 心配になった栗田が少年の動向を探ろうと校舎裏から表の様子を観察している間に、どこから取り出したのか、ヒル魔が沢山の出前の注文用紙と携帯を取り出し、次々に電話をかけていく。
 番号の持ち主の住所と名前を手際よく聞き出したヒル魔は、それをすかさず手帳に書き取っている。
 犯罪行為だろうと思うのに、その手際の鮮やかさに感心してしまう。
 これで終わりかと思ったが、考えが甘かったようだ。ヒル魔は胴上げを繰り返し、同じ手順で着々と個人情報を手に入れていった。彼の持つ多くの情報は、こう言う手順で手に入れられたモノなのだろうか。
 そんな事を考えながらヒル魔の指示に従い、胴上げを繰り返していたが、どうやら合格発表を見に来た人間の波も収まったらしい。ヒル魔は、自分の集めた情報を校舎裏で満足そうに眺めていた。
「よし、大体こんな物か。」
「・・・・・その情報、何に使うの?」
 あまりに機嫌が良さそうだったので、思わず聞いてしまう。良からぬ事に使うのではと思ったのだ。だが、ヒル魔の答えは予想した物とは少し違った。
「決まってるだろが。勧誘活動にだ。」
 栗田の言葉にあっさりとそう言い返したヒル魔は、どこから取り出したのか、手にしていた拳銃を一発空に撃ち放つ。すると、どこからともなく地響きが聞こえてきて、あっという間に二人の目の前には100人はくだらないであろう人数が駆けつけてきた。
 その誰もが、ヒル魔の姿を怯えた様な瞳で見つめている。
 そんな人間達に、ヒル魔は冷たい瞳で視線を向けた。
「やることは分かってるんだろうなぁ?」
 どこか楽しんでいるような響きさえある声音でそう言ったヒル魔の言葉に、集まった者達は慌てたように頷きを返していた。
 いったいどんな脅しをされたのか。人ごとではあるが、かなり心配になってくる。ヒル魔の事は、なんだかんだ言ってもそこまで酷いことをしない人間だと思っているのだが。
「なら良い。もし手を抜くような事があったら・・・・・。」
 そう言いながら、いつの間にか手にしていたマシンガンを集まった者達の眼前にちらつかせれば、彼等は一気に顔色を青ざめさせ、激しく頭を振り回すと、蜘蛛の子を散らすような勢いで方々に走り去っていった。
 与えられた仕事を全うしに行ったのだろう。先ほど調べた番号に勧誘の電話を間断なくかけ、家のポストに大量のチラシを投げ込んで来るという、仕事に。
 そんな彼等の姿に、栗田は申し訳ない気持ちになってきた。自分がもっと旨く新入生を勧誘出来る力があれば、ヒル魔はこんな手段に訴え出なかっただろう。そうすれば、彼等に手を借りることもなかったと思うのに。
「・・・・ごめんね。」
 色々な意味合いを込めてそう呟いた。
 ふがいない自分の事を反省するためにも。
 それと同時に、ヒル魔が自分と同じようにクリスマスボウルを真剣に目指している事が嬉しくもなる。
 二人しかいないアメフト部。その数が、部活として成り立つ人数では無いことは知っている。だが、決して一人ではないのだ。間違いなく、仲間が傍らにいる。そして、その仲間が、自分と同じように部員が集まることを望み、ちゃんとしたアメフト部として最後のチャンスに挑みたいと思っていることが、たまらなく嬉しい。
「おい、糞デブ。何ニヤニヤしてんだ。」
「え?・・・・・あのぉ・・・・・。どれくらい、新入部員が入るかなぁって、思って。」
 不機嫌そうなヒル魔の問いかけに慌ててそう言い返せば、ヒル魔が小さく鼻を鳴らして返してくる。
「さぁな。・・・・まぁ、希望者がいなかったら、連れてくるだけだけどな。」
「・・・・ヒル魔、それはどうかと・・・・・。」
 思わず言い返してしまったが、何をどう言おうと彼はその言葉を実行するだろう。ヤルと言ったことは絶対にヤル。そう言う男なのだ。彼は。
 だから、栗田はそれ以上何も言い返しはしなかった。彼の心が決まっているのなら、何を言っても無駄なのだから。だから、言葉を変えてみた。
「クリスマスボウル。いけると良いね。」
「良いねじゃなくて、行くんだよ。絶対にな。」
「・・・・・・うん。そうだね。」
 力強いヒル魔の言葉に、栗田も頷きを返す。
 彼が言うと、無謀だと思っていたことも叶う気がしてくるから不思議だ。
 ヒル魔と一緒にクリスマスボウルに出る。
 それが夢で終わらないよう、頑張ろう。そう、心に決めた栗田だった。





























ヒル魔さん自らポスティングはしないでしょう。そんな思いから。

















                       
















夢に向かって