ガコンと言う音の後、リョーマは自動販売機の中から落ちてきたばかりの缶を取り出した。そして直ぐさまプルトップを開け、缶の中に入っていた炭酸飲料を喉の奥に流し込む。
 その瞬間。
「お前、またそれかよ。」
 何の前触れもなく、耳元に息を吹き込むように声をかけられた。
「ブッ・・・・・!」
 声をかけられる事を全然予想していなかったことと、耳元をくすぐる様なその感触に驚いたことで、リョーマは口に含んでいた液体を思い切り良く吹きだしてしまった。
「うわっ!きったねーなぁ、越前!」
 自分が原因だと言うことを少しも気にせずに。むしろ、慌てるリョーマを馬鹿にするような口調でそう声をかけてくる桃城に、一年先輩だと分かっていても殺気が沸いてくる。
 しかし、ここで騒ぎ立てると彼にからかわれるネタを作るだけだ。彼は、過剰な反応を示せば示すだけ、人をからかってくるのだから。だから、彼と相対するときは得に、平常心を心がけなければならないのだ。
 平常心、平常心。そう心の中で呟きつつ、気づかれないように深呼吸を繰り返したリョーマは、視線には非難の色を込めて、高い位置にある男の顔を睨み付けてやった。
「桃先輩のせいでしょ。突然声なんかかけるから。」
「そっかそっか。わりぃーわりぃー。」
 全然悪いと思っていなさそうな口調でそう返されては、文句を言うのも馬鹿馬鹿しくてため息しか出てこない。
 この人はこういう人なのだ。何をどう文句を言ったところで効果は無いのだ。そう思って、諦めるしかない。自分の気持ちを分かって貰おうなんて、考えてはいけないのだ。
「・・・・で。なんか用っすか?」
 気持ちを切り替えるためにそう問いかければ、桃城はあっさりとした口調で言葉を返してきた。
「いや、別に用は無かったんだけどよ。お前の姿を見かけたから付いてきたら、馬鹿の一つ覚えみたいにソレ飲んでるから。」
 そう言いながらリョーマの手の中にある缶を指し示す桃城に、リョーマは軽く頷き返す。
「好きなんすよ、これ。」
「まぁ、好きじゃないとそんなに飲めないとは思うけどよぉ・・・・・。」
 何故か語尾を濁らせる桃城の様子に、リョーマは軽く首を傾げて見せた。なんでもズケズケ言ってくる桃城にしては珍しい。言葉途中で口にした事を止めると言う事は。
 それ程重要な事なのか、はたまた言いにくい事なのか。
 何にしろ、興味が沸いてくる。彼にこんな態度を取らせるような事は何なのだろうかと。
「なんすか?」
 問い返す瞳は、自然と強い光を放った。彼の胸の内をつかみ取るために、リョーマは大きな瞳をジッと、桃城の瞳へと向ける。
 その瞳に気圧されるように僅かに身を引いた桃城は、さり気なく視線を外しながら呟きを落としてきた。
「いやさ、知ってんのかなぁ・・・・・。とか、思ってよ。」
「何を?」
「だから、ソレについて。」
 そう言って再度缶を指し示す桃城が言いたいことが何なのか。リョーマにはさっぱり分からなかった。問うように顔を見つめても、彼は答えを返そうとはしてこない。それどころか、視線を合わせようとさえ、しない。
 意外と短気なリョーマは、はっきりと言葉に出そうとしない桃城の態度に苛立ちを感じてきた。
「だから、何って聞いてるじゃないっすか。言いたい事があるんなら、さっさと言って下さいよ。」
 リョーマが不機嫌になっていることが伝わったのだろう。惑うように視線を彷徨わせた桃城は、意を決したようにリョーマの顔を覗き込んできた。
「これは、俺が小さい頃に親父から聞いた話なんだけどな。」
 桃城の思っていたよりも真剣な顔に、リョーマの身にも緊張が走った。
 彼のこんな瞳は、試合中にしか見る事が出来ないから。それだけ重要な事を彼は口にしようとしているのだろう。そう思うと、自然に身体が強ばった。
「はい。なんですか?」
 桃城の真剣な顔につられるように、リョーマの顔も真剣なものになる。
 彼の言葉を一言一句聞き逃さないでおこうと気合いを入れていたリョーマの耳に、真剣な声音が聞えてきた。
「これを飲み過ぎると、骨が溶けて大きくなれないんだ。」
 言われた言葉に、リョーマは呆気に取られて反応が遅れてしまった。
「・・・・・・何を言って・・・・・?」
 思わず、そんな言葉がこぼれ落ちる。
 今のは冗談だったのかと思い桃城の顔を覗き込んでみたが、彼の瞳はこれ以上ない位に真剣で。そんな彼の様子からは、リョーマをからかうために嘘を付いている用には見えなかった。
 彼は本気だ。
 本気でそんなことを信じているのだ。この人は。
 自分から見たら大人と同じくらいの身長差がある、この一つ年上の男が。
 小さい頃から、そんなバカげた話を信じて来たのだ。
 そう思うと、途端に彼が可愛らしく見えてくるから面白い。
「・・・・・・桃先輩、そんなこと本気で信じてたんだ。」
 クスリと鼻で笑ってやれば、馬鹿にされた事に気が付いたのだろう。桃城は目をつり上げてきた。
「おまっ・・・・!今、俺のこと馬鹿にしただろう!!」
「気づきました?」
「気づくに決まってるだろうが、そんなもん!そんなあからさまな態度しやがってっ!」
「だって、今時そんなこと、幼稚園に通っている子供だって信じませんよ?」
「うるせーよっ!現にそんなモンを飲んでいない俺はこんなに身長が伸びてて、そんなモンを飲みまくっているお前は、そんなにちっちぇーだろうがっ!」
 その言葉には、カチンと来た。
 まだ成長期だからと気にしていないフリをしているが、自分の成長の遅さは結構気にしているのだ。周りに居るのが体格のいい男ばかりなだけに、余計。
 身長でテニスをするのだとは思っていない。実際、身体が小さくてもそこらの大人には負けない自信がある。そうは言っても、身長が低いと言う事だけで子供扱いされることには腹が立つのだ。
 とくに、この目の前の男からそんな扱いを受けたならば。
 その彼からチビ呼ばわりされたのだから、余計に彼の言葉に怒りが沸き上がってくる。
「俺は、これから伸びるんすよ。なにしろ、まだ成長期ですから。」
「ソレを言うなら俺だってまだまだ成長期だぜ?未だに膝とか痛いからな。だから、例えお前がこれから先身長を伸ばしたって、絶対俺にはかなわねーよ。絶対な。」
 『絶対』という言葉に力を込められ、リョーマは再びカチンと来た。
 自然と、眉間に皺が寄っていく。
「何を根拠にそんな事を言ってるんすか?」
「お前がソレを飲んでて、俺が飲んでいないから。」
 断定的な桃城の口調に、リョーマの眉間に浮かぶ皺はこれ以上無いと言うくらいに深くなっていた。
「・・・・・じゃあ、勝負しましょうよ。桃先輩。」
「勝負?」
「そう。将来どっちがでかくなるか。勝負しましょう。」
 そう言って挑戦状を叩き付けてやった。すると、一瞬驚いたように瞳を見開いた桃城ではあったが、すぐに不敵な笑みを浮かべて返してくる。
「ああ、良いぜ。その代わり、越前。ソレを飲むのを止めるなよ?」
 確認するようにリョーマの手の中の缶を指し示してくる桃城に、リョーマは眉間の皺をそのままに力強く頷き返した。
「止めないっすよ。当たり前でしょ。・・・・・・絶対、桃先輩よりもデカクなりますからね。」
「けっ!させるかよ!」
 そう叫びあった桃城とリョーマは、二人並んでテニスコートへと戻っていった。
 いつまでの勝負なのかと言うことを、一切決めないまま。
 勝ったらどうするのかと言う事も、一切決めないまま。
 延々と言い合いを続けながら歩み去る背中は、どこから見ても仲が良いようにしか見えなかった。

































私が親に言われた事。コーラを飲んだら骨が溶けると。





















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