「強いのね。」
 かけられた言葉に、チラリと視線を向けた。
 酒場にいたときから感じていた、強い視線の主。
 若い女であろう事は分かっていた。その視線の意味が、自分に多く向けられる性的な意味合いで無い物だと言うことも、気づいていた。
 だからと言って、殺意があるわけでもなく。
 好奇心がわいたが、自分から声をかけるほどでもなく、今まで放って置いたのだ。その女が、ようやく声をかけてきた。
 まるで、このタイミングを狙っていたかのように。
「そこそこな。」
 かけられた言葉に軽く返しながら、フリックは自分が倒した男達の懐を探った。たいした金を持っていないだろうが、無いよりは良い。倒した相手から強制的に迷惑料に貰っておくのが、フリックの流儀だ。
「いつもそんな風にお金を稼いでいるの?」
「まさか。」
「そう・・・・・。あら、意外。殺してないの?」
「殺すほどの事でもないだろ。あれくらいなら。」
 倒したゴロツキ共とのいざこざを思い出しながら、フリックは軽く肩をすくめて見せた。
「まぁ、確かにね。」
 彼らと自分の様子を酒場でずっと見ていた彼女にはそれだけで通じたのだろう。
 倒れた男の様子を見ていた女は、小さく笑いを浮かべながら近づいてきた。
「じゃあ、普段はどうやってお金を稼いでいるの?」
「見たら分かるだろ?」
 ニヤリと笑いかけると、彼女も楽しそうに微笑み返してくる。
「じゃあ聞くけど。今はそっちの仕事入っているの?」
「いや、最近この町に着いたばかりだからな。今探しているところだ。」
 自分の腕を知らしめるためのデモンストレーション、と言う意味合いもあったのだ。この下らない乱闘は。
 腕に自信はあったが、初めての街では自分の腕を信用して貰えないのは良くある話しだ。
 剣の腕を外見で判断して欲しくはないが、そう言う世の中なのだからしょうがない。
 認められるような行動をすれば良いだけのこと。
 その内情を察知したのかしていないのか判別付かないが、その言葉を聞いた途端、彼女の顔がパッと輝いた。
「じゃあ、あなたのこと雇って良いかしら?」
「内容にもよるな。」
「簡単よ。ただ、期日ははっきりしてないの。」
 子供がいたずらを企んでいるような顔で声を小さくする彼女の様子に、フリックの口に自然と笑みが浮かんでくる。
「言ってみな。受けるかどうかは、分からないけどな。」
「私の、恋人になって欲しいの。」
 真っ直ぐな瞳には、嘘を言っている色はない。
 本気の言葉か、冗談の言葉か見抜くことくらい、フリックにはわけのないこと。彼女の依頼が、傭兵である自分とどういう関係があるのか分からない。
 分からないが、真剣な面持ちの彼女に興味が沸いてきた。
 ここでサヨナラするのは惜しいと、そう思う自分がいる。
「・・・・いいぜ。」
 そう答えると、彼女の顔には今まで以上に綺麗な笑みが描かれていった。
「ありがとう。じゃあ、落ち着いて話をするのに宿屋に行きましょうか。」
「ああ。」
 ウキウキと身を翻す彼女の後をのんびりとついて行った。
 何の条件も聞かない自分も自分だが、得体の知れない男をあっさり信用するこの女も女だな、と心の中で笑いを噛みしめていると、不意に前を向いていた女が後ろを振り返ってきた。
「あ、そうだ。言い忘れてたけど、私の名前がオデッサ。オデッサ・シルバーバーグ。あなたは?」
「俺か?俺は、フリックだ。」
 滅多に名乗らない本名を名乗った自分に、少し驚く。
 何故本名を名乗る気になったのか、自分でも分からなかった。











 そう豪華でもないがおんぼろでもない宿屋の一室にフリックを連れてきたオデッサは、備え付けられたテーブルの上にグラスを二つ置き、その中に酒を注いでいった。
「とりあえず、契約を祝して、乾杯しましょ。」
 一方のグラスを手に取ったオデッサは、ニッコリと笑いかけながら目の前の高さにそれを掲げてみせる。その様子に笑み返したフリックも、同じようにグラスを持ち上げ、軽く打ち付け合った。
「じゃあ、さっそくなんだけど、私の話を聞いてくれる?」
 グラスの中を一気に煽ったオデッサは、先ほどの柔らかな笑みとはうって変わった真剣な眼差しをフリックへ向けた。
 軽く頷くフリックに、オデッサは自分の身の上、殺された婚約者の話。自分がこれからやろうと思っていることを淀みなく、つらつらと語っていった。
「で、俺にどうして欲しいんだって?」
「あなたにはね、私の恋人になって、私のことを支えていて欲しいの。」
 真っ直ぐ視線を合わせながらそう語る彼女の瞳には迷いはない。
「今さっき会ったばかりの、喧嘩がわりと強いと言うことしか知らない男にそんな事頼んでも良いのか?俺がその話を役人に持っていくって事は、考えないのか?」
「考えないわ。あなたはそんなことしない。私、人を見る目があるのよ。」
 ニコリと笑う目に浮かぶのは、軍師としての、策略を考えている物の色。
 たかが貴族の娘に何が出来るのか。
 そう言われるような事を、彼女は本気でやり遂げようとしている。そのビジョンも、無理のないように現実味の有る物として立てられている。
 その話に乗るのも面白そうだ。ただ、無意味に人を斬り殺すよりは。
「で、恋人の俺に、あんたは何を望むんだ。」
「そうね。一言で言ったら、美しさ・・・・かしらね。」
 言わんとしていることの意図がつかみ取れず、フリックは僅かに眉を寄せる。
 その様子に小さく笑いかけたオデッサは、ずいぶん前から用意してきた言葉のように淀みなく言いつのった。
「純粋で、潔癖で。シャイで恥ずかしがり屋で、嘘が付けなくて。曲がったことは一切許せなくて、妥協って言葉を知らない。優しすぎるぐらいに優しいお人好しで。でも、戦場では誰よりも強い。そして私に下手惚れな人。そう言う恋人になって欲しいの。」
「・・・・俺とは、正反対だぞ。それ。」
「それならそれで、逆にやりやすいんじゃないかしら。自分では絶対にしない事をすれば良いんだから。」
 こともなげに言ってくれた女に、なんとも言えない笑みが浮かぶ。
「・・・・分かった。期待には応えよう。」
「出来るの?」
「ああ。演技するのは得意だ。ただ、長引きすぎるとストレス溜まるがな。」
「大丈夫、たまに発散させてあげるから。」
「期限は?」
 その問いに、オデッサは人の悪い笑みを浮かべながら答えてくる。
「私の夢が、叶うまで。」
 その曖昧な言葉に一瞬呆気に取られたフリックだったが、その顔にはすぐに笑いが浮かび上がってきた。
「そりゃあ、また。随分曖昧だな。叶わなかったらどうなるんだ?」
「叶うわよ。叶わなかったら、この国が滅ぶだけよ。」
 自信たっぷりの言葉は、聞いていて心地良いものがある。
 何がここまで彼女を駆り立てているのだろうか。
 ほんの少しだけ、興味が沸いてくる。
「報酬は?」
「叶ったときに、好きなだけ。それまでの間は、衣食住と最低限の賃金、かしらね。駄目?」
「いいや、それで良いよ。食うに困らないならな。」
 金に執着があるわけではない。
 無いと困るが、その場をしのぐ金ならいつでも稼げる。
「じゃあ、それでオッケーね。」
 ニコッと笑った女は、一仕事終わった安堵感からか、大きく息を吐き出した。
「そうと決まれば、明日は準備に向かいましょう。」
「準備?」
「そう。私のイメージ通りの人間を作るには、まずは外見から攻めないとね。その格好も似合うけど、純粋な可愛らしさは、感じられないでしょ?」
 言われて、ふと自分の衣服に視線を向けた。
 今のフリックが着ているものは、身体にぴったりしている細身のパンツも、マントも、中に来ているシャツでさえも真っ黒だ。似合っていないわけではないが、確かに、可愛らしいとは言い難い。
「大丈夫。お金は、私が出してあげるから。」
「・・・・そりゃあ、どうも。」
「じゃあ、私は寝るけど・・・・。一緒に寝る?」
 ベットの中にもぞもぞと入りながらそう訪ねてくるオデッサに、フリックは小さく笑いかけた。
「いや。遠慮しておく。寝込みを襲われたくないからな。」
「・・・失礼ね。」
 ムッと頬を膨らませて見せてはいたが、そう怒っているわけでは無いらしい。
 小さく就寝の挨拶をしたオデッサは、あっという間に健やかな寝息を立て始めた。
 その無邪気な寝顔に、笑いがこぼれ落ちる。
「・・・・さて、どうなることやら・・・・・。」
 これからの、飽きが来ないであろう生活を思い、フリックは口元に楽しげな笑みを浮かべていた。



 次の日、オデッサの見立ててで、後にその名を馳せることになる『青雷のフリック』が生まれたのは、言うまでもない。














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序章 F-ver.