一目見たときから気になっていた。
 そこらにはない、綺麗な顔。
 澄み切った青い瞳。
 恋に落ちたわけではない。自分の心は、死んだ彼の元にあるのだ。
 そうではないが、強烈に引きつけられるものがあって、オデッサは青年の姿を目で追い続けていた。
 夜の酒場で、彼は一人で飲んでいた。
 彼の職業が傭兵であることは、腰に下げているものを見れば分かる。
 剣士と言うには細い身体は、全身黒い色で覆われている。だから余計に、瞳の青さが目立つのだ。
「・・・あんなに綺麗な人、見たことないわ。」
 ため息と共に言葉が零れる。
 あまり見つめると気づかれてしまうと思いつつ、視線を外すことが出来ない。
 そんなとき、視線の先の青年に一人の男が話しかけていった。
「よぉ、兄ちゃん。一緒にのまねーか?」
 げひた笑いを浮かべる男の目的が酒を飲むことではないことは明白だった。
 自分のことでもないのに、オデッサの肌に鳥肌が立つ。
「・・・・・今日は一人で飲みたい気分なんだ。悪いな。」
 軽く手を振って断る青年は、相手の顔を見ようともしない。
 たぶん、こんな事は日常茶飯事なのだろう。あの顔の美しさから言ったら当然の事かも知れないが、なんとなくムカムカしてくるのを感じた。
「すかしてんなよ。ホントは声かけられるの待ってたんだろ?」
「・・・自意識過剰も、そこまで来ると笑えないぜ。」
「なんだと、てめぇ・・・・・。俺を誰だと思ってやがんだ!」
「さあな。この町には来たばかりだから、お前のことなど知らないよ。」
「・・・じゃあ、俺の怖さをたっぷり教えてやるよ。」
 プライドを傷つけられたらしい男は、青い瞳の青年の襟首を掴み上げると、他の席にいた何人かの子分らしき男を従えながら、店の外へと出て行った。
 店内で暴れられると思っていたマスターがホッと胸を撫で下ろしているのを横目で見ながら、オデッサは席を立ち上がった。
 向かうのは、彼の所。
 危ないようなら、助けてあげなければ。
 そう思いながら居場所を探して首を巡らすオデッサの耳に、男の苦悶の声が聞こえてきた。
 すでに遅かったかと慌てて駆け込もうとしたオデッサの視界に、信じられない光景が広がっていた。
 男達よりも一回りも二回りも小さい青年が、剣も使わずに次々と相手を地面に沈めていく。
 素早い動きで相手の攻撃を避け、避けたついでに顎を砕くようなアッパーをかまし、後ろから襲ってくる男の腹に回し蹴りを食らわせる。
 流れるような動きで次々に攻撃を繰り出す青年の口元には、微かな笑みが広がっている。
 戦いそのものを喜んでいるような、楽しんでいるような、そんな笑みを。
 戦う彼の様子は一枚の絵画のように美しく、オデッサは息をするのも忘れて見つめ続けていた。
 あっという間に動くものは青年一人きりになってしまった。
「強いのね。」
 思わず零れた言葉に、彼はその綺麗な青色をチラリとこちらに向けてきた。
「そこそこな。」
 その言葉が謙遜なのは分かった。剣士なのに、剣を使わずに自分よりも体格のいい男達を倒したのだ。弱いわけがない。
彼は、おもむろに倒れた男達の懐を探り始めた。
 財布を見つけては金を抜き取る彼の仕草に、小さな違和感を感じた。
「いつもそんな風にお金を稼いでいるの?」
「まさか。」
 あっさりと返された言葉に、小さく頷く。
 これだけ強いのだ、そんなちんぴらみたいなマネをしなくても十分稼げるだろう。
 では何故、今そんなことをしているのか。聞いてみたくはあったが、それを聞いたことで警戒されるのもいやなので、オデッサはあえて聞かないことにした。
「そう・・・・・。あら、意外。殺してないの?」
 青年に近寄ろうとして跨いだ男から呼吸を感じ、少し驚いた
「殺すほどの事でもないだろ。あれくらいなら。」
「まぁ、確かにね。」
 ただ酒場で絡んだだけで殺されては、確かに浮かばれない
 どうやら急所は外してあるようだ。あの状況でここまでする余裕があるとは、なかなか良い腕をしている。
 これは、なかなか良い人間を見つけたのかも知れない。自分の夢を叶えるための、良い人材を。 
「じゃあ、普段はどうやってお金を稼いでいるの?」
「見たら分かるだろ?」
 オデッサの事を試すように微笑みかけてくる彼は、思っていたよりも若かった。
 青年は青年だが、ようやく少年を脱した、と言うくらいだろうか。
 オデッサよりも年上のような、落ち着いた空気を纏っていたが、顔そのものには幼さが残っている。これならば、酒場で絡まれても仕方がないというものだ。
 小さな驚きを隠しつつ、オデッサは様子を窺うように青年の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、聞くけど。今はそっちの仕事入っているの?」
「いや、最近この町に着いたばかりだからな。今探しているところだ。」
 その言葉に、オデッサは自分の顔が綻んだのに気が付いた。
 こんな良いタイミングはない。
「じゃあ、あなたのこと雇って良いかしら?」
 勢い込んで訪ねると、青年は微笑みながら微かに首を傾げて見せた。
「内容にもよるな。」
 自分の提案が突拍子もないことだと言うことは分かっていた。だが、ここで彼を逃したくはなかった。
「簡単よ。ただ、期日ははっきりしてないの。」
 あまり真剣すぎても引かれるかと思い、オデッサはわざと軽めにそう口にした。
「言ってみな。受けるかどうかは、分からないけどな。」
「私の、恋人になって欲しいの。」
 その言葉は、真剣に言った。
 この綺麗な瞳にはきっと、嘘やごまかしは通用しない。
 自分の思いを伝えるためには、反らせてはいけない。
 そんな思いから、オデッサは彼の空よりも青い瞳をジッと見つめ続けた。
「・・・・いいぜ。」
 ほんの数秒。だけど、オデッサに取っては何時間も経ったような間の後、青年はそう口にした。
 思わず、顔面に笑みが浮かんでしまう。
「ありがとう。じゃあ、落ち着いて話しするのに宿屋に行きましょうか。」
「ああ。」
 小躍りしそうな気分で身を翻したオデッサだったが、すぐに大事なことを聞いていない事実に気が付いた。
「あ、そうだ。言い忘れてたけど、私の名前がオデッサ。オデッサ・シルバーバーグ。あなたは?」
「俺か?俺は、フリックだ。」
 フリック。
 オデッサは、確認するようにそう、口の中で発音した。
 その名前は、彼にぴったりだと思った。








                    



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序章 O-ver.