民主党−総選挙と市長選と事業仕分け
民主党が圧勝した第46回衆議院総選挙から2か月半が、そして鳩山政権が発足してから2か月が過ぎようとしています。308議席を獲得するとともに長野県内においては5つの全ての小選挙区で勝利するとともに自民党候補の1人の復活当選を許さない完全勝利ともいえる選挙戦でした。東京生まれの東京育ちでありながら選挙戦では「地元の議員」を強調する自民党の2世・3世にはホトホト嫌気がさします。細川・羽田内閣の短い期間、政権から遠ざかった苦い経験から社会党の村山委員長を総理に担ぐ裏技を駆使しても政権にしがみついていた自民党も小泉政権後、安倍・福田の2代にわたる政権の投げ出しと、解散時機を逸した麻生総理への批判もあって政権の座から転落することになりました。
他方、現有のわずか7議席の確保に止まった社民党の闘いは厳しい結果となりました。県内2小選挙区で候補者を擁立しましたが残念ながら悲願の北陸信越ブロックでの議席を奪還することはできませんでした。政権交代を望む国民の大きな期待はそれを担いうる力を持つ民主党に集中しました。結果として社民党、国民新党、共産党は議席を増やすことができませんでした。2大政党への幕開けとなるターニングポイントとなる選挙であったのか?そして、本格的な2大政党時代となるのか?民主党政権の一挙手一投足を注視していかなくてはいけないと思います。
県内での総選挙圧勝を受け、民主党県連は長野市長選に党主導で候補者を擁立すると誇らしく宣言しました。3選出馬を表明した現職市長を「ワンマン」「冷たい市政」と評し、「市政交代」をめざしましたが、総選挙に全力を傾注していたこともあり、時間が余りに足りなかったとも言えます。党内における候補者擁立の議論がまとめることができず、その結果、公募を決めたのが9月4日でした。投票日まで2か月を切っていました。応募した17名から候補者を絞る選考過程に中央の連立政権与党の構図さながらに社民党も加わることになりました。結局3名にまで絞り込んだのですが、民主党はこの3人から党主導の候補者を選考することができませんでした。最終的に民主党は市長選と同日に行われることになっていた市議会議員補欠選挙に立候補の予定で運動していた新人を急遽市長選の候補者に決めたのです。ここに至るまでの過程に社民党は全く蚊帳の外です。「こけにされた」と言っても過言ではありません。1区で当選した代議士の高校の同級生とのことです。
いずれにしても党が主導できる候補者を擁立することができました。このドタバタによって民主党は面目を保つことができたのでしょうか。いや、私はそうは思いません。市民の審判は厳しいものでした。選挙期間中、政府の閣僚を惜しみなく応援演説に投入したにも拘らず、現職と他の市民派の新人が651票差の熾烈な闘いとなった中、大差を付けられ最下位に終わりました。連合傘下の組合からの支援を得ることもできませんでした。民主党はこの結果をきちんと総括すべきです。結果として「市政交代」を標榜しながらも、現職の「市政継続」を援護することのなってしまいました。総選挙の大きな追い風を掴むことなく、市政という住民により近い地方政治を軽く見て「しっぺ返しをくらった」と言えるのではないでしょうか。次なる闘いである県知事選、参議院選挙の糧とすべく猛省を望むものです。
政府の行政刷新会議が華々しく一刀両断で切り捨てていく2010年度予算概算要求の無駄を洗い出す「事業仕分け」が連日報道されています。民主党の顔とも言えるスター議員がそれこそけんか腰で担当者と丁々発止でやり合い、事業の廃止や見直しを1時間程度の短い時間の公開の場で決めていきます。省庁担当者の懇願をバッサリと切り捨てていく様は小気味よくも感じます。一方で、予算を執行する地方の現場からは悲痛な叫び声が聞こえてきます。現場の声をきちんと説明できない霞ヶ関のエリート官僚はきちんと現場を把握できているのでしょうか。それを考えるとこの「公開処刑」は多くの問題点があると言わざるを得ません。財務省が自らの所掌する事業仕分けをこの場に持ち出すことなく、予算のメッタ切りをお墨付きとすることではいけないと考えます。