2泊の船旅は船酔いと二日酔いから始まった。乗船して初めての食事は黒パンとボルシチ、ピクルス、山のようなポテトサラダ、そして安物のキャビア、ソーセージ、虫のついたピンポン玉のようなリンゴ、ミネラルウォーターとは言えない得体の知れない瓶入りの甘ったるい飲み物。ひととおり食したまでは良かった。その後がいけない。4人部屋の船室で船室で一緒になったそれぞれに怪しげな面々とラウンジでウォッカを飲んだ。ストレートで一杯やった。食道が悲鳴を上げた。懲りずにスクリュードライバーを二杯飲んだ。くらくらして来た。円なのかルーブルなのか覚えの無いまま支払いを済ませて二等船室に戻った。

重油の匂いと熱のこもる2段ベッドが二組。窮屈な船室にはいかにも船らしい厚いガラスの丸い窓があるだけ。もちろん開かない。酸欠状態の中で私は下段のベッドで眠りに落ちた。どのくらい眠ったのだろう。意識もはっきりしないうちに汗まみれであることに気づいた。そして胃袋に響くようななんともいえない気持ちの悪い船の揺れ。慌てて起き出した私の行く先は決まっている。翌朝までの時間が長く感じられたことは言うまでもない。もちろん、朝食はパス、昼食もパス。「ああ、旅の始まりが船酔いとウォッカの二日酔いとは」深いため息をつきながら、自分が情けなくなる。

しかし、昼過ぎになると次第に体に芯ができて来た。デッキに上がる。晴天の大海原に航跡が鮮やかだ。5月の心地良い風が全身を吹き抜ける。私は蘇った。北西の彼方に未だ見ぬユーラシア大陸が私を招いている。明日はいよいよナホトカ。その先に全長9,000kmのシベリア鉄道が待っている…