ワルシャワとウィーンの時差はマイナス1時間。時計の針を戻す。1万円を両替して現地通貨1,900シリングを持って市内探検に出る。

ウィーン:言わずと知れたオーストリアの首都、音楽の都、ハプスブルク家の栄華の都。石畳の狭い小路が多く、一方通行の通りが多い。そして、やたらに警察官の姿が目に付く(その夜、ホテルのニュースでカーターとブレジネフの米ソ首脳会談が行われていることを知る。警備が厳しいわけである)。まずウィーンの象徴的存在であるシュテファン寺院へ向かう。シュテファン寺院は、オーストリア最大のゴシック建築物。二つの塔がある。北塔には「プンメリン」という名で知られる、オーストリア最大の鐘が収められている。 南塔には地上72メートルの、かつて火の見櫓として使われていた物見台があり、343段の急ならせん階段で登ることができる。私も汗をかきつつ何とか上りきることができた。格子窓からの眺めは格別だ。次いで市立公園でヨハン・シュトラウスの像を探す。

19世紀にウィーンで活躍したヨハン・シュトラウスは、「ワルツ王」として世界中にその名を知られ、今でも「ヨハン・シュトラウスを知らなければウィーンを知っていることにはならない」とウィーンっ子が自慢するほど、この「輝ける都」の代名詞になっている。あちこち歩き回りながらようやく見つけることができた。想像していたより結構小さい。そして映画「第三の男」に登場する大観覧車をカメラに収める。そろそろ今晩の宿を探さなくては。ウィーン南駅に戻る。預けた荷物を受け取り、駅の旅行案内所で安宿を探す。1泊朝食付き350シリング。ホテルは古く、かび臭い。バスはなく、シャワーも部屋についていない。物価も高い。国営旅行社手配の比較的グレードの高いホテルに慣れてしまったので、貧乏旅行が身にしみて、なんだか気が滅入ってしまう。金さえ出せばいくらでも良いホテルに泊まれるのだけれど。これが資本主義社会なのだと妙に納得してしまう。「ウィーンは1泊だけにして明日はリンツへ行こう。」相談する相手がいない。即断即決。気ままな1人旅。

そして翌日、急ぎ足でホーフブルク王宮、美術史館、自然史館、そして市庁舎を見て回る。市庁舎(ラートハウス・Rathaus)は1872年から1883年にかけてネオゴシック様式で建てられた。市庁舎前の広場ではクリスマス市やコンサートなどが開催される。その美しさと荘厳さに息を呑む。コンクリートと鉄の塊としか見えない日本の近代的な庁舎と比較した時、その背後に文化、哲学の相違を考えずにはいられない…