第一回之三「おばちゃん、その神秘と戦術」


K 小学四年生の時かな、姉と買い物に行って

Y はい

K 買い物行って、お昼ごはんを買いに行ったのかな?
  夜はもう父さんが買って帰ってきたり、俺が作ったりやっとって。
  昼飯はマックにしようかって言ってたんやけど、
  夏やったから冷やし中華みたいなの食いたいと。
  んで行って、選んで、適当に籠入れて。レジに並んだんですよ

Y はあ

K 隣のレジもあったんやけど、そこはホンマに混んでて。
  四番手くらいまでいて。レジの人がもう、遅いのよ

Y そうなんや

K 研修生みたいな人と、普通のおばちゃんのレジと。混んでんのは研修生

Y 経験値の差があった訳やね

K 研修生はもう、ピコンってやっても、大根の丸い所やからピコンならへんみたいな

Y(要領が)分かってへんねや

K 葉っぱの部分に電子チップが組み込まれとると思うとんのやろな

Y ……なあ、この大根の話、本筋に関係ないやろ?

K(笑)んでね、並んでたら、姉がボクの肩の所をぴんぴんって引っ張るんですよ

Y ほう

K パッと振り返ったらね、なんか「タマネギ、タマネギ」言うてるんですよ

Y タマネギ?

K「何がタマネギやねん?」

Y(笑)

K だって意味分からんでしょ?

Y 分からないですね。「コイツ玉ネギ食べたいんか?」思いますね

K 隣のレジ見たら、四番目にいたおばちゃんが三番目まで行ってて。
  そのおばちゃんに向かって「タマネギ!タマネギ!」ずっと言うてるんですよ

Y ?

K タマネギ、二つくらいあったんかな。おばちゃんの籠に。
 「別にタマネギあったかてええやん。タマネギ食うんやろ。
  カレーか何かするんやろ」とボクは言うたのよ

Y この時点で疑うのは姉ですよね

K それはもうちょっと、ヘン子かなって。タマネギあったくらいで何やねんと

Y 幾つの年やねんと

K で、見たら、おばちゃんのバッグがちょっと開いてるんですよ

Y あら!

K 姉は「タマネギが最初は三つあったのに今は二つしかない」って言い出すんですよ。
  僕は「そんな事ないやろ。見た目こんなおばちゃんやからって、それは無いわ」
  って言うてたんですけど

Y こんなおばちゃん、てなんやねん

K いかにも、みたいな

Y そんな見た目やからって、タマネギ二つパクろうなんか……

K そんなモンあるわけない、とか適当に話してたんです。
  で、前がもう一人くらいになったんで台に籠置いたんですけど、
  おばちゃんを見てた姉は「また盗った!」言うてんねん。
  僕はまた「ややこしいわもう、訳分からんこと言うてんねやろ、暇やから」

Y(笑)

K「何言っとんねん」言うて見たら、
  最後の一個のタマネギをこう、バッグに入れてるその瞬間やったんですよ

Y あらー、あららら!

K パッて入れて。俺も「オバハン、これ完全に入れてるぞ!」

Y レジ前で(笑)

K 人たくさんおるから、逆にレジ前の方が入れやすい

Y ああー、なるほど

K みたいな心理があったんでしょうね

Y 手練れやね

K「これ完全に盗っとるぞ」

Y タマネギから行くかー

K 人参とか肉のブロックみたいの入ってんのに

Y のに、タマネギから始めたんや

K 言うたろかな思たけど、それも変かなーって

Y 別に言う必要もないと

K ややこしいやろ、とか言うとってん。
  でまたお金払ってたら、二番目くらいになってたんかな?
  おばちゃんはジャガイモをバッグに入れとんねん。
  
もう後はカレールーを残すだけなんですよ

Y ははははは!ルーだけでいいんですか!?

K ルーだけやねん

Y 先にルー隠したら他の料理かなとか思えるやん!

K「また盗ったまた盗った」言いながら見てたんやけど、
  ルーだけは二つ買うてるんですよ。
  店員さんもおかしいと思ったんでしょうね、「何をルーだけ買うとんねん」

Y(笑)

K そんな目で見てるわけよ

Y それはおばちゃんアホやわ

K で、万引きGメンみたいのが「ちょっと待ってください」やったー!思って

Y 見れるぞ!と

K 見れるぞ!ですよ。24時のカメラないかな、みたいな。
  おばちゃんなんか抵抗してて、
  店員の「ちょっと奥まで来なさい」みたいなのも拒否して。
  で、そういう人っていうのは、自分から手を出してはいけないの

Y あー、バッグを取って開けたりは出来へんねや

K それはもう、出して無かったりしたら訴えられるから。
  もうずっと「バッグを開けてください」っていう風に言ってて

Y おばちゃんは「なんで開けなアカンのよ!」言うわな

K「無いわよ!タマネギなんて無いわよ!」

Y はははははは!

K もう完全に言うてもうてるんですよ

Y(笑)「タマネギなんて無いわよ」!

K で、Gメンの目が光るわな。一気に口調変わって
 「待ってください。私は開けろと言っただけで、タマネギなんか言うてませんよ?」

Y 名探偵や

K 名探偵ですよ。もう「ルルル~♪」流れてます。おばちゃんはでも否定するわけ

Y「タマネギ」ってキーワードまで吐いておいて

K「言ってないわよ!口が滑っただけよ!」

Y(笑)口が滑ったて!

K もう完全に自白してもうてるんですよ。
  でもね、おばちゃんが「何も無いわよ!」言うて、
  バッグを逆さにバッて開けたら……芋しか出てけえへんねん

Y おお!

K 完全に俺はタマネギを入れるの見てるから「アレ?」って

Y マジシャンみたいなおばちゃんやな

K おばちゃんは「芋だけやないの!」言うてキレ出したわ

Y いや、芋が出た時点でもアウトやで!?

K でも俺はとにかく「タマネギどこや?」

Y むしろタマネギだけが気になんねや

K で、Gメンの人もタマネギ見てたらしくて「それだけじゃないでしょ」言うてんねん

Y 頭の中はハテナですね

K っていうかもう、タマネギしか見てないらしかったから

Y ああ、タマネギ盗った時点で捕まえるつもりになってるから

K「奥に来なさい」ってまた言うの

Y とにかく芋は出とるからね

K で、俺らも一緒に店を出ていったんやけど、
  なーんか自動ドアのとこで……
コツーンって音が

Y ははははは!

K あれ?って思って。コツーン言うたぞって

Y なんか落ちたね(笑)

K パッ、って見たら、なんかおばちゃんはオロオロしててん。
  でもGメンはとにかくおばちゃんを連れて行こうとするのよ。
  もう、とにかくアウトやって事で

Y「なんとかこのアウトの女に、タマネギの在処を吐かせよう」と

K で、自動ドアが二枚あんねん。で、何故かおばちゃんはまだカゴを持ってんねん

Y ああ……(笑)

K 二枚目のドアのところで、また「コツーン」

Y(笑)

K「ええ~!?今、確かに聞いたぞ!」

Y なんか手品の種の動く音がしたぞ!

K 見たらおばちゃんはまた動揺しとんねん

Y もうこのおばちゃんは、完全にコツーンに関与しとるからね

K で、おばちゃんが出ていって後を追って行ったら、
  コツーンの地点ごとにタマネギが落ちとんねん(笑)

Y それたぶん、あと一回コツーンがあるな

K(笑)で、外に出ると駐車場があんねん。そこまで結構長いねん。
  コレ、絶対またコツーンがあるなと思って

Y「ラスト・コツーン」があると!

K 調子乗るなよ?

Y ええ!?

K「ラスト・コツーン」はおもろないわ

Y すいません

K で、駐車場の隅の陰んとこで調べられとんねん。
  でも、ラスト・コツーンはいつまで経っても無いねん

「ラスト・コツーン」使うとるやんけ

K(笑)……三分くらいでおばちゃんは帰ってきてん。
  まあ、芋でしょっ引かれとんねんけど、初犯やし、みたいな事なったんやろうな。
  あれーおかしいなって思ってたら……

Y 思ってたら?

K ルーだけ持って、自転車に乗った瞬間に

Y 来たね

K スカートの裾んとこから……

(二人):コツーン!(笑)

エンディングテーマ:クレイジーケンバンド『黒い傷跡のブルース』