TOA-BUN
EIGA-KAI




#3 ジェーン・ドゥの解剖(2016)


 ある日彼らのもとに、近所の殺人事件現場から一体の女性の死体が運び込まれてくる。

 名前も身元も不明のこの「ジェーン・ドゥ」の全裸遺体は、検死解剖が進むにつれその異常性を露わにし、

 折しも訪れた暴風雨が強まる中、父子の身辺にも不可解な出来事が起こり始める。

 そしてついに電気が遮断され、解剖室は暗闇に包まれた­————。


「誰にでも秘密がある。隠し上手な人もいるのさ」「発見上手な人もね」



 WhyとHowのどちらが重要か?


       はい、とあ文映画会第3回、お題は『ジェーン・ドゥの解剖』というホラー映画です。

    まあね、映画よろしく二人の男でメスを入れていく訳ですけども。

夜   おお、なんか分からんけどいいスベり出しだね

言   なんか、すーごい語りにくい映画なんでね……外堀から行きますよ。

    まず監督はアンドレ・ウーヴレダルさんという人。

    まだそんなに有名ではないですが、

    一部界隈では『トロール・ハンター』で有名な人らしいですね。

       あー、あの人なんだ!

       僕はこれ見てないんだけど……君は知ってるみたいね。

       文字通りトロールを狩る人に密着する、いわゆるモキュメンタリー映画なんだけど、

    けっこう面白いよ。これとはだいぶ違って、ギャグ映画だけどね。

    今回はその監督が、頑張ってホラー作ってみた感じなのか。

       IMDBでざっと見たところでは、監督が『死霊館』を見てえらい気に入ったと。

    俺もホラーやってみようということでエージェントに脚本の掘り出しを依頼して、

    それでブラックリスト から拾われてきたのがこの企画らしい。

    クレジット上はイアン・ゴールドバーグとリチャード・ナインの共同脚本。

    ドラマ畑の人たちで、

    最近は『ウォーキング・デッド』のスピンオフとかでまた組んだりしてるみたい。

    だからまあ、割と脚本ありきの企画って感じだね。

       なるほどね。確かに、アイデア一発で話を転がしていくような作品にはなってるかな。

       うん。縦糸としては身元不明の遺体をめぐる解剖ドラマで、横糸は……

       所謂セイラム魔女裁判に関わるオカルトホラーが絡んでくると。

    アメリカンホラーのド定番だね。

       言うてそれほどなかったネタじゃない?

    アメリカで貞子・伽倻子的な怨霊キャラクターとして有り得るものを考えるとしたら、

    まあ確かにこの辺りしかないんだろうけど。

    それをストレートにやるんじゃなくて、

    前半医学ミステリーとして導入してるっていうのが特徴ですかね。

    ミステリー映画としての見掛け自体が、後半に向けてのミスリードであるという。

    あとは主人公親子の間のドラマもあるよね。

    父親は自殺した妻のサインに気付いてやれなかったっていう後悔から

    死体の謎を解くことに躍起になっていくし、

    息子は検死官としての成長を経て、最終的に文字通りの父殺しを果たすと。

    まあ、この線も回収されるや否や、縦糸に飲み込まれて残念な形で終わる訳だけども。

       なんとか解剖学的に決着をつけようとしてるのは分かったな。

       そうね。冒頭で父親が、「ここでは事件の真相はどうでもいい。肝心なのは死因だ」

    みたいなこと言うところがあるじゃん。

    息子が事件の概要に気を取られて不正確な診断をするのを咎めて、

    検死官としての力量の差を示すところだけど、

    あれがこれから起こる事件に対する親子のスタンスの違いの予告にもなってる。

    父親も息子もなんとかWhyじゃなくてHowでアプローチを採ろうとしてるのに、

    ジェーン・ドゥの死に関してだけは、

    否応なくHowよりWhyが重要になってきちゃうんだよね。

       話的にはそこトラップなんだよなっていうね。

       そこは暴いちゃいけなかったんだね。

       暴いてもいいけど、同情しちゃダメだったって感じかな。

       ああ、そうか。そうだね。

    後半の「われわれしかこの謎を解けなかった」っていうのは、

    いちおう検死官としての技術があったからってことを指してる訳だけど、

    ドラマ的にはやっぱり、母/妻の死の理由が知りたいっていう、

    個人的なこだわりも指してるんだろうな。

    あの二人は両方揃っちゃったんだね、そこが。まあ、今回の話をまとめると……

       え!? まとめんのはっや!

 

 ジェーン・ドゥ対策会議



言       だってさ、ミステリーと見せかけてホラーっていう脚本上の驚きを味わう映画じゃない。

    それ言っちゃったらもう、あと何言えばいいのよ!

夜       まあ……ね。

言       「ああ、ホラーだったんだ」となった時点で……

夜       そうだなあ。そこからもう一発のどんでん返しはなかったからね。

    ぼくはミステリー路線でもっと突き詰めて、

    倒し方まで突き止めるのかと思って見てたんだけど。

言       解決方法まで探る前にやられてしまいましたからね。

    あれはまあ、なかなか解決のしようもないと思うけどなー。

夜       息子くんが動力源がうんたら言ってたから、そこを潰す展開になるのかと思った。

    そんなこと言う!? と思ったけど、

    あれでちゃんとやれば正解になったはずなんだよ。

    「そうだな!」とかいってハンマーかなんかでグシャっとやりゃ良かったんだって。

言       燃やしちゃおうとするけどダメだったってくだりがあるじゃん。

夜       いや、でも物理攻撃は通ってたって。メスが入ったんだから。

    細胞組織がまだ生きてるって話だったじゃん。だから殺せば死ぬんだよ。

言       殺せるかなあ〜?

夜       あと、人間に幻覚を見せてる描写があったでしょ。

    嵐が近づいてるってニュースがラジオから流れてるように誤認させたり、

    息子くんの恋人をゾンビと勘違いさせたり。

    お父さんへのアタックなんてモロ物理だしね。

言       あれはつまり……ジェーン・ドゥが魔女呼ばわりされたのが当たってたってことなのか?

夜       マジにそうだったんでしょう。あるいは遺体に悪魔的なものが宿っちゃってるか。

    そっちだとなかなか物理的な勝ち目なさそうだけど……

言       それなら前者の方がまだ可能性あるな。

    死刑じゃなくて拷問されてたってのは、そもそも殺せなかったってことなんだろうし。

    どういうものだったのかということは、でも結局うやむやにされてるからね。

夜       そうだね。向こうにちゃんと提示する気がない以上はね。

    サスペンスだったらちゃんとそこ用意する義務があると思うんだけど。

    なんていうか、和製ホラーっぽい世界観だよね。

    「なんで解決しようと思った? 無理だよ?」っていう陰湿な感じ。

言       脚本家がどういうものを参考にしてこれを着想したのかが知りたいところだね。

夜       『死霊館』はでも、割と解決できる系だったんだけどなあ。

言       いや、それは監督側のきっかけだから、考えなきゃいけないのは脚本家の方だよ。

    ゴールドバーグの方は『クリミナル・マインド』とか 『ワンス・アポン・ア・タイム』

    とかでキャリア積んでる。

    行動分析課とファンタジーものだから、どうも源流はこっちかな。

    解決できる事件の話を書いてるうちに、鬼っ子的に生まれた発想なのかもしれない。

夜       アメリカの刑事物って、導入がオカルトで調べたらトリックだったって話も多いから。

    『BONES』とかね。そういうものの逆をやってみたいって発想だったのかも。
言       そうだね。あとは監督がどういう味付けをしたのかってとこだけど……どうなんだろう。

    撮ってて一番楽しかったのはエレベーターでの父子の会話らしいけど。

夜       なんだろうな、問題がないわけじゃないけど、

    極めて善良な親子なんだってのが伝わるところだったね。

    確執はあるけど、仕事に誇りを持ってて、

    なおかつ家族の問題とそれなりに向き合おうとしてきた親子なんだぜってのが。

    それでいてこれからコイツら酷い目に遭うぜーって感じも出てたし。

言       (笑)ホラー映画の殺され役って、普通はもっと分かりやすく前振りがあるんだけどね。

    ことさらに愚かさを強調されたり、SEXに目が眩んでたり。

    息子くんの恋人なんか適役っぽかったけど……。

夜       いや、あの子は別にいい子だろ!?

言       うん、そんな描き方ではなかったよね。わりと愛情深い感じだったし。

夜       そうだよ。お父さんの受けも良かったし。

言       この二人の間にちゃんと加わって行きたいっていうスタンスの子だったよね。

    彼らの仕事のことも抱えてる問題も、ちゃんと分かってあげたいっていう。

    ……そうか、それでいくと、

    息子くんがあの子を殺しちゃうのはその後の顛末の予告になってたのかもね。

    「理解しようとしてくれた人を……」というジェーン・ドゥの呪いのさ。

夜       すーごいウキウキして遊びに来てたのになあ……。

言       とんだ目に遭ったもんだ(笑)

 

勝手に続編企画会議


言       あとは最後の警官だよね、気になるのは。

    ジェーン・ドゥの遺体を搬送する車両の運転席から、後ろに話しかける黒人警官。

夜       「もう怖がらせないよ」って言ってたやつ?

言       文言としては「もう二度としないよ」じゃなかったっけ。

    見たところ彼と遺体の他に誰も乗ってないから、

    ジェーン・ドゥに向けて言った言葉なのは間違いないんだけど。

夜       そもそもラストまで一回も出てきてないんだよね、あの人。

言       うん。僕も冒頭の現場捜査シーンとか見返したけど、あいつは間違いなくいなかったね。

夜       ぼくはあれが黒幕かなと思った。

    ジェーン・ドゥは自分じゃ動けないわけだから、誰かの手は要るよね。

    そうすると彼女に魅入られた人間なのか、彼女を使って何か企んでいるか……。

    なんとなくで、後者かなと思ってるけどね。

言       大学病院に運ぶことになったのが彼らの意図通りなのかどうなのか。

夜       あれ、そっちに行こうとしてるように見えないんだけどなあ。

言       うん、どうも大学病院があるような都市部に向かってる感じじゃなかったね。

    個人ブログの感想とかも一通り見たけど、そこに関しては色んな見方があって。

    警官が何か企んでると見る人もいれば、

    彼は誰かにジェーン・ドゥの呪いを解かせようとしたんだと考える人もいる。

    まあ……ぶっちゃけ、そこは好きに考えてくれってことなんだろうけども。

夜       ジェーン・ドゥ自身の意志はもう関係ないのかなと思って見てた。

    もう「霊体ミミズ」に近い状態なのかなと。

    あれはそうじゃん、根本的に狂ったシステムになってるから。

    正しく儀式が行われようが死ぬものは死ぬんだよっていう。

    和製ホラーはそういうのよくあるけど、これもそっちでぜんぜん読めるよね。

    根本的に利害も論理も噛み合わないとこまで来てると思っていいと思うな。

言       そうですねえ。っていうのは、ジェーン・ドゥがもう呪いを広めたくない、

    一人で抱えて静かに消えていきたい、ってなことを思ってるんだとすれば、

    映画全体として「魔女狩りのことはもう忘れてしまった方がいい」って

    テーマになりかねないと思うんだよね。

    それはアメリカ人よ、あんまり虫のいい話じゃないのかって。

    自分たちの加害者性への向き合い方ってもんをさ……。

夜       いや、そんなこと考えて作ってないって。

言       だよねー。

夜       ジェーン・ドゥもそんな殊勝なこと考えてないって。

    もし誰かに真相突き止めて欲しいと思ってたとしても、

    腹かっさばかれたり頭開けられたりしたら、

   そりゃ おいてめーやり方ってモンがあるだろってなるって。

言       だって腹ン中にアルカナ入ってんだもん!

夜       やっぱりぼくは、あれは置かれた家の人間がバタバタ死んでく系の

    トラップみたいなもんだと思うよ。

言       そんな、怨霊をアリの巣ころりみたいに(笑)

夜       それで今回はターゲットの家からそれが掘り出されちゃったわけだよ。

    「二度としないよ」っていうのは、

    「あの家の人間殺すだけで良かったのに連れてかれて解剖なんかされちゃって、

    ごめんね? 嫌だったね?」ってことであって。

言       掘り出されたと見たか。僕には半分埋めたところで力尽きたようにも思えるけどね。

夜       それも分かる。どっちとも見えるように撮ってるよね。

    でもそれはやっぱ、

    続編でも作ってもうちょいバックグラウンド描いてくれなきゃ分かんないよ。

言       2見たいなあ。大学病院壊滅篇をやってほしいね。

夜       壊滅篇があるか、霊能力者が出てきて戦うことになるか。

言       え?NEO? 世界滅びてんじゃん!

夜       バケモンにはバケモンぶつけんだよ

言       それは違う白石晃士 ! まあでも、そっちも参考にはなるか。

    Jホラーを参考にすると、どんなふうにシリーズ化できそうよ?

夜       ぼくが見てんのは『コワすぎ!』とかが中心だけど、

    あそこでの呪いとかはちょくちょく解決はしてる気がする。

    『来る』とかもそうじゃん。

    最近はホラーの解決策として「寺生まれのTさん」が定着しつつある感じはするよね。

言       てらうまれのてぃーさん……?

夜       え、これ常識じゃないの?

言       違うと思う。まあなんとなく分かるし、めんどいから注釈に回すけど。

    とにかく、霊能力者みたいのが出てきて真っ向戦う形になるわけね。

    それこそ『死霊館』とか『来る』のパターンだ。

夜       ほんと『来る』って、洒落怖定型文を固めたみたいな作品なんだよ。

    霊能力者がやられたりとか、すーごい「見たことある!」って(笑)

言       『来る』は僕も見たけど、いいよねえ、あれはアガりますよね。

夜       ほんと! 強キャラ霊能力者が全国から来るくだりとか超楽しい!

言       そういうわけで、『来る』はオススメです!

    次回のとあ文映画会もお楽しみに!

夜       ひっでえな今回……。



座談会メニューに戻る

とあ文トップに戻る



NOTE

『トロール・ハンター』
2010
年のスウェーデン映画。熊の密漁事件のドキュメンタリー映画を撮影していた学生たちは、国に雇われて伝説の妖精・トロールの実在を隠蔽するために働くトロール・ハンターと出会い、行動をともにすることになる。所謂モキュメンタリー手法でつぶさに描かれるトロールたちの姿や生態が見もの。

『死霊館』
2013年『死霊館』に始まる、米国の心霊現象研究家ウォーレン夫妻の周辺で起こる怪奇現象を描いた一連のホラー映画シリーズ。のち作中に登場する人物・現象に関するスピンオフシリーズも続々と制作され、ハリウッド・ホラー映画界隈において「死霊館ユニバース」の様相を呈しつつある。

ブラックリスト
映画脚本の評価および製作とのマッチングを行うユーザー登録制ウェブサイト。脚本家が作品をアップロードすると、これが閲覧者によって評価・ランキングされ、ニーズに応じて映画製作者に紹介される。アカデミー脚本賞を受賞した『JUNO』(2007年)や同脚色賞『ソーシャル・ネットワーク』(2011年)、同脚本賞ノミニー『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017)などが、このリストから見出されたプロジェクトとして知られる。

霊体ミミズ
『ノロイ』(
2005)『オカルト』(2009)などの白石晃士作品にしばしば登場する謎の存在。作品によって宇宙からの侵略者と考えられたり、『古事記』に登場する蛭子神とされたりし、近年では何ら関係のない原作ものにも関わらず『地獄少女』(2019)への登場も果たしている。

NEO
白石晃士監督『カルト』(2014)に登場するカリスマ霊能力者。ラストシーンにおいて、カルト集団の手により復活した強大な邪神を前に彼がつぶやくまさかの一言に度肝を抜かれた方も多かろう。

バケモンにはバケモンぶつけんだよ
白石晃士監督『貞子VS伽倻子』(2016年)に登場するカリスマ霊能力者・常盤経蔵が発した名台詞。予告編にも使われている。どのバケモンがどのバケモンにぶつけられるのかは言うまでもない。

『来る』
澤村伊智の小説『ぼぎわんが、来る』を原作とする、2018年公開の中島哲也監督作品。とある団地に暮らす一家庭を襲う怪異と、霊能者たちの闘いを描く。問題の団地に日本全土から腕利きの霊能者が参集するシークエンスは、非常にキャラの強い霊能者たちと霊側の強力な妨害のせめぎ合いが非常にアツい、日本エンタメ映画屈指の名シーンである。