月刊・私の見た中国 目次

エラー!

『圧歳銭ヤー・スィ・チェン』
 中国お年玉の相場
 新年好! 告別旧年、走向新歳、
   深情地対大家説一声、新年如意!!
      
  明けまして、おめでとうございます。
  ご愛読ありがとうございます。
  今年もどうぞ、宜しく御願いたします。

 お正月ですので、お正月らしい話題を。
何にしょうか迷ったが、「お年玉」の話でもしてみよう。
 中国語では「圧歳銭ヤー・スィ・チェン」といいます。
「歳」は省略されて、上に四、下にタみたいな字です。
 
 日本のお年玉は、年は新年だからわかるが、玉は
なんだろうな、玉はギョクか?でもいくら正月だからと
いって、子供にギョクはあげんでしょう。そんなことした
ら大変でしょ。貰った子供がその価値も分からず直ぐに
失くしちゃったり、それで遊んじゃったりしてさ。
マユダマってのがあったが、今でもあるか。あれと関係
あるのかな。

 お正月に子供達に親や親戚に人達があげるお金の
意味もやり方もほぼ同じでしょうが、その歴史の長さから
いっても多分中国がさきでしょ、コレ。韓国もあるらしい。
何と言うのかは知らない。相も変わらず調べる気も無い。
さらにもっと他の国にもあるのか、もまた知らない。
調べる気がない。
 それではあんまりなんで、中国の事は少しちゃんと。
ちゃんと、でもないか。中国の「圧歳銭」はホラ、最後に「銭」
の字があるくらいですから、お金をあがるのは分かるが、
何で「歳」(とし)を「圧」(抑え付けちゃう)するのかが分か
んないでしょ。これは調べましたよ。偶には調べるんだ。
でもね、こうした古いことを調べると必ずその説が一つじゃ
なくて、何通りもあったりするんですね、これがどうも・・。
だからコレだ、って言えないんですね。コウも言われてるし
アアも言われいて、さらにもコナンもある、と。
 結局、どの説も一理ある。それを全部並べるとまた私が
知らないように思われるので、何か一つにして貰いたいものだ。
 そこで私もこれなら”納得”の一つだけ上げとくと。
 
 古代”崇”という悪魔がいましてね、大みそかの夜に寝ている
子供たちの枕元にきては、子供を驚かして、熱を出させ、終い
にはその熱のせいで子供が馬鹿になっちゃう、という恐ろし
化け物が出る。そこで、ある家ではもういっそ寝ないでその
は子供の番をするつもりでいて、子供に銅貨を与えて遊ん
たんですね、ところがつい疲れちゃってウッカリ寝てしまった。
夜来ましたよこの化け物が。で子供の枕元に立つと、偶偶、
遊びつかれて子供の枕の下にあったこの銅貨がキラッ!と
光って、化け物の方が驚いちゃって逃げて行っちゃった。
 目出度し目出度し、か。次の日このことをその子の両親
「こうして子供の枕元にお金を置いとけば何とも無いのよ」
皆に知らせ、それ以後はこの化け物は現れなかった。
 目出度し目出度し、が2回も。どんだけ目出度いか。

 エッ!終わり!!
 肝心な説明を忘れてた。何で「圧歳銭」か、の話だった。
「圧」はそのまま、抑えるの意味なんですが、お化けの名が
何で「崇」なのかも説明が無いんだが「崇」には、たたり、の
意味がある。さらにこの「崇」の読みが「スィ」なんですね。
つまり元は「圧崇銭」で、コレじゃ目出度い正月に字面が
悪いってんで、「崇」の字を同じ音の「歳」に替えたんですね。
 それで「圧歳銭」と。やっと説明が終わったよ。
 説明だけでもう余裕がなくなっちゃったよ。
 先を急ごう。中国お年玉の相場だった。
これまた難しいんですね。贈る側の経済的状況と、相手の
年齢なんかも関係する。5歳児にそんな沢山あげてもね。
 これも調べました。なんて真面目なんだ。新年だからね。
平均に一般家庭のお年玉支出額は1000元を超えている。
日本円換算で≒1万5千円ですが、この1000元はその価
を明らかに超えてます。人にも依りますが月給の半分位に
なりそう、考えられないでしょ。日本で月給の半分をお年玉
に当ててる人なんかいませんよ。こんなですから貰う方だっ
凄いよ。極端な例ではありますが、12歳の6年生が貰った
「圧歳銭」が8000元を超えてた、というんだから恐ろしい。
これがどんなに凄いかが、分かんないだろうなぁ。親の月
の三倍も、お年玉を貰ってる子なんかいます?怖いよ。
「崇」より怖い。普通?は2000元位?か。これでも日本の
感覚では追いついていけない。もっと怖い話を目にした。
  あの中国「圧歳銭」ポチ袋の赤いハデハデ袋に、銀行
カードが入ってたというから凄い。好きなだけ下して、って事
でしょ。凄い。でも、中身が幾らかまでは書いてなかったな、
やっぱ現金がいいか?どうなの現代子は?どっか間違ってる。

    
エラー!

『春運 ツゥン・ユン』 民族の大移動だ! 
 なんどかこの話題でも書いてますので、ご存知の方も
いらっしゃるかとは思いますが、時期的にこの頃の話題と言えば
これですし、中国の方の一番の関心問題もかれです。
 春節が近づくと共にそれはヒートアップしてきます。
 何で、休みなるとみんなこぞって同じように故郷へ帰るんだ?
とのご質問ですが、皆が帰るから帰るし、普段は帰れないから
帰る。それに何よりも一家団欒の形を大切にしている中国
人達にとって、新しい年を迎えるその時こそ、家族皆揃って
迎えたい。となれば、帰ります。どんな遠くても帰ります。

 中国のお正月はご存知の通り、「春節ツゥン・ジェ」と呼び、
その「春節」に帰省する人達を運ぶ、交通機関のこの機関
特別体制を「春節」の「運送体制」として「春運ツゥン・ユン」
よんでいます。
 主に鉄道の輸送体勢を指していますが、勿論この期間は、
鉄道といわず、飛行機の輸送だって、長距離バスだって、何なら
船だって、最近ではマイカーでの移動もあるようですが、兎に角
混みます。皆さんの想像以上に混みます。混み具合のレベルが
まるで違います。迫力がある混み具合です。
 先日見た新聞報道では、今年「春節」期間には25億人が移動
と発表してましたよ。因みに発表では鉄道2億人、バス22億人
船3200万人、飛行機2894万人となってました。
 人口は13億だというのに、移動人口が25億人というのはどう
いうことでしょう。まあ、行ったら帰って来るでしょうから、往
として半分なら12億。え〜それでもほぼ全人口の人達が移動
する数になりますけど。大丈夫か?中国??
 
 まぁその十分の一の人口の我が国でも年末年始の列車
混みようや、高速道路渋滞情報などが報じられますから、
それの十倍の混みようともなれば、凄さは10倍以上です。
 私はその年代から少し外れてますので、実際には目にしては
いないのですが、戦後直ぐの日本では列車に乗り込む人の数が
尋常ではなく、非常手段としてもう乗降口からの乗り込みで
間に合わず、窓から無理やり乗り込んでた、そうです。
 それは、中国では私も時に混み会う路線で普通に目にし
ことがありますし、「春運」時期ともなれば普通です。あれは
危険でもありますので、やらない様に指導してる駅もあれば、
その緊急窓から乗降客のお助け、尻押し隊が出てる駅も
あるようです。それって、東京のあの朝のラッシュの時に出
する尻押し隊のようなものなのでしょうか。

 それは、中国の人達の移動は荷物が多い
せいもあると思うんですね。まして、出稼ぎに来ていて久々
故郷へ帰るとなれば、待っている奥さんや子供達、家族へ
お土産にも力が入ります。
 更に更に、中国の人は他人に何か物をあげる時に、どう
その、小さくて高価なものより、少し大振りで見栄えのする
を選らぶ傾向にありますので、勢い手回り品だけで、どうよ!
ってくらいの荷物になって、両手に荷物、背負って荷物、て
具合にもなり、車中はその荷物だけでもう乗車率100%を
越えそうです。
 更に更に更に、「春節」ですから、こっから春になるわけで
「春節」こそが一番寒い時期なわけでして、寒いのです、寒
のでみんな着込んでいます、着脹れしてますので、それも半端
じゃないくらい重ね着してすので、一人一人のその着膨れ
拍車をかけます。
 そして一番の問題は当然のことながら、移動の人が多い。
この移動も最近は、経済発展に伴い、農村部から都市部への
出稼ぎの人が多いですから、一層多くなってます。
 更に更に更に更に、国内の人達の移動に加え、この時期
国外へ出ていた人達も、正月を祖国で迎えようと帰国します。
帰国した人達も、北京や上海の人達ばかりではありませんので
入国後またまた国内を移動します。華僑といわれる人達や、
国際結婚の人達、留学生もこれに入ります。この数だって
少なくないはずです。

 ということで25億人。ここまでくればもう怖いものなしです、
あと数千万ぐらい増えたからといって、ど〜んと来い!てな
ものです。
 そのど〜んと来い!の声を聞いたのか、無謀にもこの春
の時期に中国旅行に出かけるという知り合いがいる。
 「春節を挟んで旅行に行くんだけど、どうなの?」と訊かれた。
 ツアーな大丈夫だろうと思ってそう答えておいた。
 ツアーじゃないなら、その期間の移動を控えれればいいし、
控えるどころか、実際、切符が手に入らないはずだから、その
心配もいらない。「日程表を送るから見てくれ」とも言われたが、
見た所でここからの修正は難しいし、移動が大変なだけで、以前
の様に春節期間全く店が開いてないなんてなことも無くなった、
 「見ても仕様がないので、日程表は送らなくてもいい」と言ったら
余程冷たい奴だと思われたのか、相手も不機嫌になった。
  そこで、まぁ余り言われてない情報の一つとして、
「大晦日の夜は、多分眠れないよ」と教えた。爆竹の音が寝させて
くれないはずだ。ところが、このアドバイスが又何を勘違いしたのか
こちらは親切で教えたのに、相手の機嫌を損ねたらしい。
 よくあることだ。弁解するとややこしいのでそのままにしてる。


エラー!

『飯店ファン・ディェン』中国ホテル事情 
  「飯店」とは、この字面ですと、ご飯屋さんのようですが、
さにあらず、これで「ホテル」の意味です。
 ご飯屋さんの方は、「飯館ファン・グァン」と分けてます・・。
ますがそうキッパリいかなくて、「飯店」でも時に本当に、
ご飯のお店があります。

 きっと元々はご飯を出していたお店がそのうち大きく
なって、食べ終わったお客を泊めたりして、「飯店」がお泊り
もさせるようになって、こうなったのでは・・・は私の推量です。
 その証拠?に同じホテルの言い方で「大酒店ダァ・ジュウ
ディェン」というのもありますので、こちらはきっと酒を飲ま
てるうちに事業拡大して、客を泊めるようになったんだろう、
というのも私の推量です。

 中国を旅しているとよく見ますよこの「××飯店」の看板。
建物もデカイですし、大概便利なところにありますし、ほら、
これって大体は独立した建物ですので、分かりいいです。
 多分皆さんもご覧になったことがあると思いますよ。
それに、中国へ行って日帰り、なんてな人は聞いたことが
ないので、必ずお泊りになってるはずですから、その場所
の名前が「××飯店」とか「××大酒店」だったはずです。

 一体どれだけのホテルに泊まったでしょう。数えきれない。
どれだけのホテルの壁を見つめて過ごした日があったか。
忘れられないホテルもあれば、思い出したくもないホテル
も数々ある。もう一度行きたいホテル、金を返してほしい
ホテル、泊まるだけなのに実に様々。

 基本的にホテルは、日中どこも同じ。そして、どんどん
形態も近づきつつあるような。外資のホテルも増えてますし
後発の中国では、最新のこれでもか!の素晴らしいホテル
が乱立。日本にもないような、ホテルにも泊まりました。

 総じて、今の一番の違いは、日本のそれに比して、中国
で泊まると、部屋が広いです。中国は基本、ツインの仕様
で部屋が出来てまして、シングルは少ないです。
 普通のツインでも広い。日本の最低×1・5はあります。
中国から帰国して、偶に東京のホテルに泊まると急に情け
なくなるほど、うらぶれた感じがして、切なくなります。
 それくらい広いので、この点では快適です。ただ広い分
でしょうか、掃除が行き届いていない。愛嬌です。

 中国だって以前の古いホテル、老舗と言っておきましょう、
そんなホテルは沢山あります。こちらは中国風というか
中国色濃厚でして、全体にあぁ中国に来たなぁ、と痛感?
させられます。この手のホテルは、まず、ロビーが違います。
 入ってすぐの一階ロビーが不必要にデカイ、天井が高い、
これみよがしの太い柱、金ぴかの飾り、どうしてこんなに
無意味な空間が必要なのか理解できない。この空間を贅
ととるか、意味ないととるかの違いです。
 その贅沢?な空間にソファーが幾つか並んでいて、どうし
訳か何時でもそのソファーは人で埋まってる。何をしてるん
か分からない人たちが何時でも占拠してます。愛嬌です。

 この手のホテルでも部屋に入っちゃえば、ホテルの部屋
ホラ!多少の豪華かどうかの違いはあるにせよ、まあベッ
の向こう側に簡単な色々置けたり書けたりするテーブルが
あって、その辺りにあるテレビのスイッチを入れ、やれやれ
とベットに寝転び、辿り着いたホテルにホッとするんですが、
寝転んだベットからウヮー・・と立ち上がった埃、寝転んで
見てると壁紙の模様が微妙にズレてる。鏡がどうも曇ってる。
テーブルの下から覗いてる電線コードがコレでもかっ、って
くらいグチャグチャになってるのが見える。愛嬌です。

 愛嬌が沢山あっていいじゃないですか。その代わり?
従業員に愛嬌がないのもまた、愛嬌です。

 新しいホテルはもうそんなこけおどしのロビーなどはなく、
スッキリ・コンパクトの一階となりました。室内の設えもシック。
壁際の処理も見事なものです。部屋のキーもカード。ベット
には「当ホテルはエコを心がけております」の印刷物が。
中国にいることを忘れそうなホテル。
  でもホラ!折角中国に来たのにですよ、日本と全く同じ
じゃつまらないじゃないですか。
  ということで、一回出て戻ってきたら、さっきは開いた、
部屋のカードキーが何度やっても上手くいきません。どんな
しても開きません。・・・・
 やっぱり中国はこうでなくちゃ。中国へ来た気がしないじ
ないですか。そうでしょ??

  それで最近私が気に入って凝ってるのは、
中国の昔の建築物をソックリその雰囲気を生かしていわゆ
リニューアルをしてですね、快適なホテルに作り変えた凝っ
ホテルがあるんですよ。四合院造りのホテルとか、地方の
その地の昔々数百年前の建築様式をそのままにしたホテ
などは素晴らしいです。
 皆さん、中国へ行って、中国を味わい?ましょう。
 
エラー!

『清明節チン・ミィン・ジェ』賑やかな墓参り
 春だ。もの皆甦る。生命の息吹。碧が目に優しい。
とりわけ、北国の春は、待ち望んでいただけに浮き立つ。
 中国も北の方では同じ。4月ともなれば、木々も芽を
吹き、空気も優しくなる。水ぬるむ季節。春は南より北。
 
 中国は日本のように、学校や企業などがある日を特定
して、その日を境に、冬服から夏服に一斉に着替える、
という習慣はない。もっとも国土が広いので、ある日を決め
たところで南と北では差がありすぎる。でもこの頃、急に
日中は暖かくなるので、必然的に衣替えをする。
 この日「清明節チン・ミィン・ジェ」はそんな日だといえる。
これまた、一年を12分割して、更にそれをまた半分にした
24に分け、24節気といって、それぞれが節目の日として
あるんですね。その最大の記念すべき日が「春節」です。
 更に、この頃はちょうどホラ、木の芽が芽吹く頃ですので、
最近では、よく植樹祭などをしてまして、
  大概、この時期に、テレビニュースで某地を訪れて、政
要人が自ら御手植えの木を植える画が流されます。
これがまた、主席を始め首相からトップテンくらいの要人が
同じところへ来て、一本一本樹を植える、それだけなんですが、
トップニュースになります。今年も見ました。
 まあ啓蒙なんでしょうが、それにしてもこんなに揃えなくても、
と、捻くれている私は思います。これって、こんだけお偉いさん
がかたまったら、警護が大変でしょ。だって多分半端じゃな
警備体制が敷かれるはずです。それも山の中や、村での植樹
でしょうから一層大変だと思います。

 これらは、最近のことですが、それよりも「清明節」といえば、
先祖の墓参りへ、こちらは、長い歴史の裏づけがある。
 どんだけ長いかは別にして、最近のというか私の見た
「清明節」は墓参りといえば、そうでしょうが、これがまた
日本人のイメージする墓参りとは似て非なる、というか、
しんみりとか、厳かとか、とは程遠いその弔い方に感心する。

 中国の人はこの手の祭事に関して、ずっとそうなのかどう
は、分からないのですが、余りコダワリがないというのか、
アケッピロゲというのか、普通こうした身内の行事には他人
関係ないですから誘わないですよね、特に私のように何の
関係もないどろころか、一応その外国人でもありますし、
向うからすれば。結婚式に突然誘われて出たこともあります、
でも、こっちはもっと奇異です。

 「ドン・ツゥー(東出)明日は予定ある?」「ないです、全く」
「明日、清明節でうちの家族で郊外の墓参りに行くんだけど
行く?」行くって?何が?私が??なんで???
「ドン・ツゥー、暇でしょ、明日は天気も好いんだ!」それが?
「ちょっと遠いけど、臨時バスも出るし」臨時バス?それは、
誰の為に、「もしアレなら、親戚がクルマで行くからそれに
乗っけて貰ってもいいけど、まだアンタは会ったこともないし、
向うの都合も聞いてないから、一緒にバスで行きましょう!」
 好いですけど。というのはバスで行くのは何も苦になりません
けど、その何で肝心の私がオタクの先祖供養に好かななら
のかの説明はないまま、明日の集合場所のバス停を教えられ
「明日は人が多いから気をつけて、」と子供のような扱い。
 確かに指定された駅前のバス停は普段でも人が多い。
明日は皆も休みなるんだそうな。朝から、この市の郊外にある
数箇所の墓地方向へ、一日限りの臨時バスが出るんだそうな。
 何度も時間を念押され、「何にも持ってこなくて良い」とも
言われた。

 次ぎの日朝。早くに起きだし、約束の駅前へ。
驚いた。その時点で既に普段の駅前の数倍の混み具合。
服装の指示はなかったので、普段着のまま来たが、周りの人達
も普段と変わらないようだ。安心。誘った家族も遣って来て、
僅かな手荷物はあるが、服装は普段のまま。大安心。
 この路線のバスは普段でもあって、私は以前に全く無目的に
この路線に乗ったことがある。今日は増発しているのだろう。
 それでも可也の混み具合だ。駅前でほぼ満員状態で、そ
あとのバス停は飛ばして、目的地の郊外の墓地のあるところへ。
  こんな感じで、
 着いた先がまたそこそこの人でいっぱいだ。
墓は一区切りがきちんとして、墓碑がちゃんとあるタイプと、古い
土の上に何か印が埋められてものと、りっぱな大きな墓と
混ぜこぜであって、先にクルマで来ている親戚一家と合流。
簡単に挨拶して、「勝手に付いて来てご迷惑では・・・?」と
言ったら、「ナンノ!」と逆に嬉しそうだった。そんなもんかなぁ
と私。私は迷惑ではないが、かなり気詰まり。
 その人たちの立っているその場所が、彼の家の墓だという。

 別に僧侶がいて読経をするわけでもなく、線香をあげたり、
もない。その替り、爆竹が。墓の前でもバリバリバリと爆竹
鳴らす。アチコチでその音がしてるからこれで良いのだろう。
 墓の前で、色んなものを燃やす。かなり派手に燃やす。
大丈夫か山火事?と心配になる。まあ紙だから直ぐに燃え
尽きるは尽きてしまっうが、喜喜として遣ってるのが可笑しい。
黙祷をして、それぞれが勝手に祈る。私は祈る何ものない
ので、みんなの真似だけして、様子を見てるよりない。

 それが終わったら、シートが近くの空き地に敷かれて、
何時の間にこんなに持ってきたのか、料理が並べられている。
 「さぁ!ウント食べて、飲んで!」と言われた。あーあ、此処で
食べるわけね。お祈りはもう終わり?これが墓参り。

 この後は皆さん飲んで食べて話して、ご機嫌。
墓参りのシンミリさ加減など何処にもない。意外に帰りも思った
よりずっと遅くて、可也の時間居た事を後になって知った。
 別れ際、「ドン・ツゥー楽しかったか?」と訊かれた。んん〜、
楽しんで良いのか俺は?って感じですけど。そうは言えずに、
「很開心!(とっても楽しかったよ!)」と言ったけど、大丈夫か
この中国語で!墓参り、楽しんで良いのか?それも全く関係ない
私が・・・・。
 
エラー!

 「交通標識ジャォ・トン・ビャォ・ヂィ」
 守りましょうよ交通規則
  「交通標識」はどこの国だってある。珍しくもない。
 世界共通だとお思いですか?そう、違いますね。各国。
これはあの学校の地理の時間に習う、地図の上のあの
記号がそれぞれちょっとずつ違うのと同じことで、デザイン
をする上で多少の違いがでてくるようです。

  そうは言っても近いんですよ。そんな余りに離れてると
ややこしいですし、人間の視覚に訴えるものですからして、
そうそう大きくは離れてはいません。ご安心下さい。
 
 話はちょいと違いますが、道路に限らずこうしたデザイン
での掲示物は沢山あります。例えば、トイレ。
 トイレの男性・女性も、お互い漢字の国ですから「男」
と書いてくれれば好いものを、お洒落なトイレは字でなくて、
デザインマークです。大体はその頭部をですね、パーマを
かけてる女性か、七三分けの男性で分かるのですが、最
ヘアースタイルも似てきているので心配です。

 さて、中国の「交通標識」の話題です。
 まあ、こんなやつですね。
 それで、大体斜めにこう線が引いてあればこれは禁止だな!
なんてな位は分かりますし、下のやつが見えますかね、
と、書いてます。いいですね、コレ!漢字で「」ゆっくり行け!
てなもんです。これが中国でも見ましたが「STOP!」、何て
書かれてあると急に不機嫌になる。何故漢字で書かないんだ!
と。ここは「」としてもらいたいものです。是非。

 中国で、車の運転はしません。絶対しません。出来ません。
でも、車に乗ろうが乗るまいが、交通標識は好きです。いや、
見るのが好きです。更に、こうした単純?な標識よりも実は
もっとこう注意書きというか、字が沢山書いてる、注意書きのような
のがもっと好き。

 哈哈!字ばっかりいっぱい書いてるのもある。あれ見てたら危ない
と思いますけど。
 コレ、本当に運転しながら読みきれる?これよりもっと多いのも
あります。何せもともと標語が好きな民族ですから。

 例えば誰か知り合いが中国へ留学へ行くことになった、とします。
「どんなことに注意すればいいですか?」と訊かれたなら、珍しく
すかさず答えます「交通事故に気をつけて」と。それ位大変。
 食品衛生がどうだとか、病気の心配よりも第一が「交通安全」。
 何が大変と言って、路を渡るのだって大変なんですから。
 全く無法地帯的交通状況ですが、あれはあれで、現地?の人
にはある言葉で表現しづらいリズムみたいな暗黙の了解事項が
あって、それに乗かっていると大丈夫?なのですが、これが身に
着くようになったら、この人の留学期間も終わる頃。
 また、ちょっと慣れた頃が一番危ない。だから気をつけるのは、
「交通事故」です。それには、「交通標識」も分からないと。

 怪しいのも結構ありますよ。それにコレは一体何を意味してるやら
というのもあります。流石に自転車マークの標識が日本より沢山
あるように思えます。
 ですが、これらは、デザインの問題です。大差ありません。
 矢張り面白いのは、「標語標識」の類です。
 こんな道幅一杯に書かれて、これに見とれてたら
 前のクルマにぶつかりそうですけど。
 
 それで、この「標語標識」には二種類あります。
 煽てるタイプのやつと、脅すタイプのやつです。
 煽てるタイプは、こんな様にしてると或いはこんな様にできるなら
貴方は好い人ですね、というちょっとこそばゆくなるやつ。
 「皆で”三譲”安全運転!」の、三譲サン・ランは、それぞれ三者が
譲り合いましょう、という。車同士が譲り合い、車が人に、人が車に、
譲り合えば、安全ですよと。確かに。でも、譲り合えないから問題
なのであって、問題の根幹が此処にあるのは分かりますが、
これを見せられて、譲ります?それ位なら最初から・・・。

 脅すタイプは傑作が沢山あります。
 「死にたいのか!」みたいな極々直截的表現から、
 ちょっと歪曲させて「違反乗坐好見閻魔」のように、そんなこと
してたら、閻魔様に合うことになっちゃうかもよ、というような。

 沢山合って難しいのですが、その中でも傑作中の傑作は、
  ホント色々合って迷うんですが、
 「道を渡るときは信号を見よう!」なんてのもいいでしょコレ。
 最初見たときは、大して感動がなかったのですが、何度
見てるうちにですね、え〜!!コレをワザワザ標語にしましたか
という感動がこうジワジワと湧き上がり、これいいです。
 この標識の前に確かに信号もありました。
 信号って何の為に付いてると思ってたのかなあ。訊いてみたい。

  もう一つは番外編。
 直接交通標語とは関係ないのですが、交通巡査の所に掲げられ
てたやつで、中国でも交通違反は罰金を取られますが、即時払い
というのもあるのでしょうか、捕まったらその場で罰金を請求される
のかなぁ。
  多分、その腹いせでしょう。

 「人民の警察は、人民に奉仕」 という立派な看板。
 でもよくよく見ると
 「人民の警察は、人民に奉仕」
  と、一字足してありました。

   やるな〜!!
エラー!

 『手 机 ショウ・ジー』 携帯電話
 ナンデこの手の机が携帯電話なんだ、という所から。
”手”はいいにしても、”机”は何よ!というお怒りは
ごもっとも。
 実はご存知中国で漢字を省略するときのやり方の
一つに、中国語音で同じ漢字があって画数が省略できる
なら、そちらを使ったほうが便利?との考えから、音重視
で変換しているやり方があります。
 それで、中国語学習者にはこれが衝撃的なのでよく例
に出してますが、
 ”幾”というこの字を見て下さい、これが形ではなく音で
省略されて”几”となった。因みに、ジーという音です。
 日本語で読んでも、両方キですから音が同じというのは
分かっていただけると思いますが、字は何の関係もない。
 無いどころか、”幾”は数を尋ねるし、”几”は”木”がなく
とも”机”の意味ですから、あってるのは音だけです。
 それで、”幾”を”几”こうしちゃったもんで、これに”木”
偏がついてもこの原則が活きていて、”機”は”机”になる。
 だから分からない。日本人には。分からないどころか、
違和感がある。ということで、例の”飛机”もまたこの原則
が分かれば、”机”が飛ぶわけ無いでしょ、というのも
納得??だ!!
 ということで、”手机”は、手に乗るようなちっさな机ではな
手にある機械、ということでして、携帯です。
 書いても、中国で発音しても”携帯電話”でも通じます。
通じますが、字を省略したくらいですから、字数も省略した
のでしょうから、いまどきは”手机ショウ・ジー”が主流です。

 ”呼机”というのもありました。こちらも机が叫ぶ訳ではなく、
呼ばれる方の機械でして、ポケベルのことです。

 やっと”手机”が机の事じゃない、の説明が終わった。
 本当は”手機”の表記の方が分かりいいのだが、頑張っ
”手机”で通しましょう。
 ”手机”が世に出てどれ位になります?本当の始めの頃
移動電話と言われてたようなやつから数えるともう相当になる。
 その後一般に普及し、爆発的に売れてみたら、これは
私の理論では、社会を大きく変えました。
 これの前にコンビニがあって、コンビニが社会を変えました。
コンビニ文化はかなりグラッときて、”手机”がまた社会をグラッ
といわせた、というのが私の持っている感じです。

 実は上の二つとも無くともよかったのに、と思ってます。
便利なのは分かります。役にもたってます。自分でも使ってます。
でも無かった方が良かった、と今でも思ってます。
 この二つ、実はどうも人類は使いこなせないのではないか、と
疑ってます。使われる方に位置したり、使い方を間違えてる、と。

 この二つの出現前と後では、大きく文化そのものが変わって
まして、この出現を見ずしてお亡くなりになった世代と、私の様に
途中から巻き込まれ型と、生まれたときからありました型では、
明らかに違いがあります。その違いは、この二つが育成し助成
していると私は睨んでいます。

 話を”手机”に限りましょう。
 これが出現後、これが単にその通話手段というのみに限らず
暮らしそのものが変わりました。ですので、”手机”後は小説も
映画も変わらざるを得なくなりました。多分音楽も変わってます。

 先を急ぎましょう、中国の”手机”に話を移します。
 中国での”手机”は日本よりちょっと遅れて始まったのですが、
それが保有台数、売上台数でいいますと、何年か前にあっという間
に追い越されちゃいました。日本人は追い越されるのがお嫌い
らしく、中国に何かで追い越されては日本は、大騒ぎしてます。
でもホラ、こうした保有台数などでいいますと分母が違いますから
そりゃあもう追い越しますよ、簡単に。追い越されるのもそろそろ
慣れればいいのに。
 (何処へ行くにも手机は手放せないのは
   どの国も同じ。日曜の外出先に仕事の電話でしょうか?)
 中国の人は普段でも多少音量が高い設定で話をしてますが、
”手机”ともなれば更に張り切って、声高に話します。これ、日本人
も多少そんな傾向がありますね。線で繋がっていない遠くの人と
そんな小さな機械で話している、という不安がそうさせるのでしょう。

 中国では今、大学生が持ち始めました。貧乏学生はまだです。
日本のように小学生はまだ。更に2台3台持ってるひともまだまだ
少ない。使うために持ってますし、私の様に持たされて、持っていて
も余り使わない、なんてな人は居ない。持ったら使います。かなり
派手に使います。料金形態等の仕組みはちょっと違ってますが、
機能はほぼ同じです。
 簡単に言ってしまえば、プリペイド携帯的要素がありますので、
機械そのものが少し値が張り、日本のようにまだ割安感がなく、
高い感じがします。
 ですから、”手机”を持っている即ち金持ち、時代が長く続
”手机”を弄ってどうだ、俺は金持ってんど〜、の人をよく目
しました。そんな人たちは”手机”が鳴っても、直ぐに出ずに、
散々着信音を鳴らしておいて、自分の”手机”の存在を周囲に
知らしめたのち、やおら「ウェイ〜・・」と言って受信するのを
見せつけられたりしました。

 結論。私が今期待?して見ているのは、中国での先の二つ、
コンビニ「便利店」と、携帯「手机」の社会への入り方がどう
日本と違う。同じように社会を変えるだろうが、中国は今丁度、
社会そのものが変わろうとしている時その時だった。
 つまり、明治維新と戦後の何も無いところから出発しよう
しているそんな時に矢継ぎ早に入ってきたこの二つ、
 何をどう変えるのか、それとも変えるだけの力を持たずに
そのまま社会へ入り込んで、ひっそりと定着するのかを見届け
たいが、あと何年かかるのかなあ。
エラー!

「請挙手!チン・ジュゥ・ショゥ」
老師!シュワッチ!!
      
       
   
 挙手、手を挙げるに、ついて考えます。
またくだらない事を、とお思いでしょうが、その通り。
 ただし、こうした事は誰も書いてくれないので、関心
がある自分が書くよりない。

 それで今回は、多くは学校で、或いは職場で、会議で、
先生が「この問題分かる人?」と言った時の、子供たちの
「ハイッ!」(分かります、先生私にあてて)という時や、
「では、決を採りましょう!、賛成の方の挙手を求めます」
と言ったような場合の、手の挙げ方なんですが、
これが日本人のそれとは異なります。

 挙手は漢字はそのままですが、音が残念ながら離れて
ジュゥ・ショゥとなります。その前の「請チン」は何かお願い
する時などに先に付けます。単独でも使えます「請!」
と言って、その先を指したりすれば、そちらへ案内したり、
そうした動作を促すことができるのでとても便利です。
使ってみてください。

 さて、それでは中国の人たちの手の挙げ方の話を。
私は勝手にその挙手を、「ウルトラマン式シュワッチ挙手」
と名付けています。
先ずは見てもらいましょう。こんな感じ。
ホラッ!シュワッチしてるでしょう。
 これが可愛いんだ。小さな子が、先生が「分かる人??」
というや否や、「老師ラォ・シー!」と言ってシュワッチする。
 集中シュワッチ攻撃にあいます。
 右手を肘のところから90度に曲げて挙げ、左手はその
右手の肘のところへ軽く添えます。
 多分左利きの人はこれが反対になるのだと思います。
 「シュワッチ!!」と言ってくれれば、右手小指から光線
が飛び出して来そうです。哈ハ哈ハ哈ハ!!
 これが、キパッと一斉にそれも可愛い声で「老師!」と
と言いながら先を争って上げるその様子が忘れられません。

 で、長じるに従って、人前で手を挙げる機会は少なくなっ
きます。そんなものです。
 例えば大学生になりました。何時までもウルトラマンごっ
なんかやってられません。
ところが、アレ?やってますね、大学生も。
 右手肘から直角曲げ形挙手。左手を添えてる人が少ない。
 写真前列向かって左端の女生徒が、左手を軽く右手肘の内側
に添えているのが見えます。惜しいな。肘の下に、こう綺麗
手に平で支えるようにしていただければもっと、可愛いのに。
 きっとこれ位のお年ともなれば、「老師ラォ・シー!」とか
大きい声では言わないんだろうな。黙って挙げるのかな。

 因みに、授業中に急に思いついて、先生に質問などする時も、
「老師!」と言って、同時のこの体勢を取るのが正しい生徒
あり方であります。

 何故にそうなったのかは私には分かりません。
日本の様に手を頭の上まで挙げるのはどうもいけないらしい。
頭の上まで挙げるというその位置が悪いのか、その事でな
脇を広げて見せる、それがいけないのか、どうなんでしょう。
分かりません。分からなくとも、「シュワッチ挙手」は可愛いので
日本でも是非採用していただきたいものです。

 大人になったら流石にやらないとお思いでしょう。
いい歳をした大人が、ウルトラマンごっこなんかやってる時か、
とお思いでしょう。
 それがあにはからんや、ですね。
それがホラッ!こんなんです。
 これは挙手をして、賛成票を投じている姿かと思います。
 やはり真っ直ぐは手を挙げず、肘のあたりで直角に曲げ、
いいおじさんも、おばさんも手を挙げています。
 残念なのは、左手を使ってくれないので、折角のウルトラマン
挙手がこれでは型崩れ。是非大人も左手を右手肘下に
添えていただきたいものです。
 
  そして、みなさん!
 もしも中国で機会があったら是非、小さな子供たちの
「ウルトラマン・シュワッチ式」挙手の本物をご覧になること
お勧めいたします。
  何度も言いますが、可愛いんだこれが。
  「シュワッチ」光線を浴びるともう、イチコロです。
 ということで、
  特別!あなたに シュワッチ〜☆!!
エラー!

「8・8・8 ファ、ファ、ファ・・・」
 どんだけ好きなの8が?
 もともと数字というやつは無機質なものですから、
数字に特別な意味があるとは思えないのですが、そこが
ホラ!ニンゲンという動物は、何の意味も無いものにも、
何かしらの意味を持たせようとするわけですよ。悲しいかな。

 日本語では、「縁起を担ぐ」というやつですよ。
「縁起」とはつまるところ先行きの吉凶を指してるので、
 中国語では「縁起」というより「吉凶」を言いますが、どうせ
なら「凶」なんて、“縁起”の悪い字も使わずに済ませたいので、、
普通「吉利 ジー・リー」と、こう“縁起”の良い字を並べてます。
 この辺が中国人の漢字の使い方の巧いところです。
 もちろん、「担ぎ」ません。なんで日本人は“縁起”は「担ぐ」の
のかなぁ。肩にどうやって乗せるんだろ。ふざけて人を「担ぐ」は
相手の足が地に着いてない様子や、「担いだ」あとに投げたり
出来そうで、なんとなくそんな感じがわかるが、“縁起”は「担げ」
そうにない。で、中国では「求吉利」といったり、「講究吉利
ジャン・ジュゥ・ジー・リー」で、「講究」は、重んじるとか、凝る、
の意味で、ここでも中国の漢字の使い方が適切。
 前置きが長くなった。ニンゲンはなぜか全くそうした意味が無い
必要も無いものに、凝るし、気にする。

 そこで、どの国もそんなことをしてるのですが、結論を先
言えば、中国の人たちにとって、何よりも“縁起”が良いのは、
 です。が大好き。があればご機嫌。を求める。
何で?何で、って。一応理屈はあります。ありますが、凡そ、
こうしたものは後付けでして、説明されてなるほど!というほど
納得はいかないと思いますが、このが中国語の発音では、
ファー!という音です。ゴルフで打ち損じた時の大声に近い。
 それで、このファー音が、中国人の大好きな發ファー漢字
と同じだからです。
 では、何故にがお好きかというとといえば發財ファーツァイ
發財金持ちになるの意味、だから大好き、と。
 かなりの三段論法ですが、こんな具合で兎に角が好き。
因みに、暴發バォ・ファーは、にわか成金のことでして、誰もが
この暴發(日本語で暴発だと大変ですけど)になりたい中国の
人たちは、・いのちです。どんだけ好きかというと。
 ホラ!並んでる。
 これでもかーってくらい、並べてますが。この車の番号は、
日本ですと割りと簡単に申請さえすれば手に入ります。
 (実際私の車のナンバープレートもの字が並んでます)
が、中国じゃそうは行きませんよ。これを手に入れるには、お金を
積まなくては。皆がが好きなんで、を求める人の数たる
半端ではなく、需要と供給のバランスの原理から、の値段は
高騰に高騰を続け、今や、一個ウン万円で、こんだけ並んで
たら、×5で、これを買える人は相当の金持ちです。
 ですから、上の写真を見ても、どの車も超高級車です。
 ここまできますと、という数字が運がいいのか、という数字を
買える人はもう既に運を掴んでいる人で、だからが買えるのか、
どっちが先なの分からない。

 ということで、他の数字についても同じことが言えますので、
 電話番号もその標的となっています。が一個でも多く入ってる
のを皆が欲しがります。二個以上からは完全に売り手市場です。

 まだ、記憶に新しい、200年の北京オリンピックは、ご存知
200日夜時の開始でした。無理やりだなぁ。
 お店の開店祝いとか、会社を開いてその披露宴とか、上
ような何か大きな催し事も、始まるのは分です。

 知り合いが、会社を創業。事務所開きとなった。
その開業披露があるから、是非ご出席願いたいとの挨拶状を
いただいた。月1日。ハハー、月じゃないんだ。と思ったら、
そういえば6も、中国語読みリュゥで、の字に通じ、滑らかとか
順調の意味に通じ、お好きな数字の一つと聞いたことがある。
 大概、無理やりこじつければ何でも良い様に解釈でくるんじゃ
ないの、と思って、どうせ時間は分か?と思って見てたら、
何と、9時2分とある。
 ハハ!が一つジャン!何で9時にしたんだ?爆竹の音でも
気にしてるのだろうか・・・?

 このお祝いに参加後、友人の友人が私に知らせてくれた。
 「9時2分はですね、これを言い換えると、88分に
 になります。ですので、分より更に一つが多いです」

 え〜えっ!そうだったんだ!!
 どんだけ欲張りなわけ、そうまでして8が欲しいか?
 それを中国の人は皆分かってたのか!!
  なんか半端な時間だな、とは思ってたんだ・・・、
 騙された!!
   ン!!別に騙してはないか??
エラー!

「角ジェ・スゥバンイェン」 
 コスプレ?
 中国に、日本にあるものは今では大概何でもある、
と言えるかなぁ・・・。言ってもいいんじゃない、と思う。
 こんなものまで中国にも、あるんだぁ〜、と皆さん感心
することしきり。
 日本のアニメ文化は、中国に限らず世界へ乗り出して
世界中の人たちが見ていますし、我々が想像している以上
にその影響力は大きいものがあります。
 その辺の影響でしょうか、「コスプレ」愛好者もそれなりに
いるようです。
 私は別にその世界に詳しいわけでもなく、興味があるわ
でもない、ことにしてますので、、お話できるのは極々一般
なことと思いますが、こうした話題はまだ取り上げられることが
少ないのでちょっと紹介しておきます。

 私なんぞは、このコスプレそのものより、先ずは「コスプレ」を
どう訳しましょう、というのに興味があるのですが、その話も
ちょっとだけさせていただくと、こうした和製英語はかなり厄
でして、その意味が日本人でも分かったような分からんよう
雰囲気だけで使っていることが多いのはお分かりですね。
 この「コスプレ」然りです。「コスチューム」と「プレー」を合わせ
て見たら、そうしたある特定の「コスチューム」(衣装)を着た上で
「プレー」(それに成りきっちゃう)、人たち、或いはその行為。
 を、「コスプレ」と言いますが、さてそれを中国語にするのが、
これが厄介。かなり難しい。

 もう「コスプレ」という音を真似るのは諦めて、意味だけを取り
たいのですが、それだってどうする、という問題ですが、
実はまだコレダ!という決定打の訳がないのですが、まあまあ
こんなものかなというのが「角色扮演」ジェ・スゥ・バン・イェン。
 漢字でわかりますかね、「角」ジェは中国語では役の意味
ありまして「名角」は名優の意味です。「角色」で役柄の意味、
「扮演」バン・イェンの方は漢字をみていただければ、扮じて、
演じる、が続いてますので、そういう意味です。
 ですので、役になりきって演じる(人)の意味でこういう訳
なっております。これが一番有力かな。もっと良い訳があれ
それに変わることもあると思いますので皆さんも考えて見て
如何ですか。

 実は私も考えてあるんですよ、既に。
それは、「変装劇裳」ビェン・ズァン・シー・シァン。
 私の訳はより日本的。「劇裳」劇の衣裳に「変装」する、
というかなり直球ぎみの訳です。分かり良いでしょ、分かり
良い分、その趣がないというか、広がりがないというか、
コトバって、分かり良いだけじゃ駄目なんですね。時に少し
こう、分かったような分からんような、そんな部分があった
が良いらしい。だからこそ「コスプレ」という和製語が何とな
好いのでしょうねきっと。

 それでその中国の「コスプレ」なんですが、
先にお断りしましたように詳しくありません。日本のだって余り
詳しくありませんし、一体何処へ行けば見れる、会えるのか
分かっておりません。時折雑誌やマスコミなどで取り上げられた
時にこういう人たちが居るんだ〜、と感心して見ております。
 この人たち多分誰かに成りたいし、近づきたいのでしょうが、
中国の人にそういう目標の人がいるのかどうかさえ分かりません。
 上の写真を見ていただいても、一体これは何処が目標?という
くらい行き着く先が何処にあるのか判然としない「コスプレ」です。

 一番最初に書きましたように、中国では今や何でもありです。
スカートを穿いて歩く男性も出現(私はまだ目撃していないが、
普通に街を歩いていたら分かりゃしない)してるという。
 「偽娘」ウェイ・ニャン、と言ってるらしい。日本でも最近ですが
そういう人が現れたと思ったら、中国にも出没してるらしい。
  この手の、時差がどんどん縮まってきている。
時差にはこうした国の間の時差と、もう一つ、流行や風俗の時差
が存在している、という東出理論に従って言うならば、
 以前ですと一年くらいもあったのに、どんどん時差が縮まり、
今では数ヶ月になってきた。この後は何日の単位になるのでしょう
きっと。
 ちなみに、台湾との時差が今そんな感じです。私の感覚ですと
台湾との時差は三日、三日あれば日本で流行った、日本で発生
したものが三日後には、台湾でも見られます。
 
 中国・南京には、メードカフェも出来た、というビックニュース?
まで飛び込んできて私を驚かせています。
 中国の男女同権の「天の半分は女性が支えている」という国で
男性に傅く女性や、更に、中国のサービスというレベルからお客
への奉仕度等等から勘案して、私の判断は「ありえない!」でした
が、どうやら写真まで入手しましたので、ありえる、ようです。
 メードを「仆女」プ・ニュゥ と、訳してますが、訳自体はこんな、
でしょうが、シモベの女、ってこんな訳で中国の女性が黙ってるのか
大丈夫か?「ご主人様!お帰りなさいませ〜!!」ってのは中国語
でどう言うんだ、難しい・・・。

 どうやらこれも「コスプレ」の一種でしょ。そしてその写真
 こんなんです。
  どうです?

エラー!

『喫月餅 チィ・ユェ・ビン」月餅を食す
 「月餅 ユェ・ビン」という食べ物があるのですが、
ご存知ですよね。日本では、ゲッ・ペィ、と呼ばれてます。
 日本ですと、××屋さんの月餅ゲッ・ペィが独占状態。
ですが、中国のはまたちょっと似て非なるものがあります。
 基本、同じです。月餅、というくらいですからその〜・・月
に似せた形、つまりは丸ですが。まん丸の形で、中に餡が
入ってまして、日本ですと小豆餡ですが、中国にも勿論
それもあります。何と!中国では実に様々な餡のものが
ありまして、これで自慢?じゃあありませんが私はかなりの
種類のものを食べている方だと思いますが、それでもまだ
恐ろしい?ことに食べたこのない種類の餡があるという、
それ位、中国の月餅は種類が多いのであります。

 この月餅、実は元々は季節限定食品でして、中秋節
(旧暦の8月15日、今年ですと我々の暦では9月22日
 大体一ヶ月程のずれがあります。)に供えるお菓子でして
中秋の名月を愛でながら、食すものであります。
 それが何で今頃その話題??とお思いでしょうが、その・・
・・中国の友人が食いしん坊の私の為に、わざわざ中国か
月餅を送ってくれるわけです。ありがたや、ありがたや。
 且つ、そうした友人が一人のみならず、何人かいたりして
つぎつぎと数箱ですね、送っていただきました。ここにちよいと
時差がございます。それをおしみながら食べるので、10月
入って尚まだ食べてるわけです。現に今も傍らには、月餅。
 そして中国茶、を置いてこれを書いているところでして、一向
に身が入りません。
 何せ今食べているのが、私が一押しの、といって誰に推してる
か分かりませんが、この写真で分かりますかね
ーー 真ん中の黄色いのが卵の黄身を塩漬けしたものです。
はじの黒いのは小豆餡(豆沙ドゥ・サー)ですが、その内側
白小豆餡ですね。で、黒餡→白→卵黄身→白→黒の順で
並んでるでしょ。どうよ!!どうよ?と言われても困るか。
 これを更に広東系月餅は、しっとり系の皮で包んでおります。
 上海近くの江蘇省や浙江省あたりでは皮がパイ生地のよ
なものになります。これはこれで美味しいですが、話を戻すと、
  上の写真の、月餅。今まさに食べながらそれを解説しますと
一口目をアム、とやると、はじの方の小豆アンと皮が口の中に
広がり、あま〜いとホットし、少し先の同じ甘さでも白アンはまた
甘みが違いますので、舌は微妙にその違いを感じ、幸せ・・・
と思ったところで、二口目をアムと。真ん中の卵の黄身をかすめ
ると、これは塩漬けですから、塩辛い。今まで口の中一杯に甘さ
が広がっていたのが、急にやってきた塩辛い味に驚きます。
 甘さが広がっていた口の中はアレッ!ショッパイ!となります。
 人間甘いだけでも美味しいのですが、後からこの塩味がくると
前の甘さが一層引き立ち、甘さを感じるわけですよ。分かります
よねこの理屈。そこでいよいよ中央に達すると、かなりの塩
です。でも甘いものの後のこの塩味も捨てがたいものでして、
 フムフムとそれを楽しんでおりますと、また、反対側の白アン、
そしてその先の黒小豆アンに達し、
 お口の中は、甘い、しょっぱい、甘い、しょっぱい、の繰り返し。
そこへ更に皮のほんのり甘いしっとり感が襲ってきて、それはもう
至福の時となるわけです。哈ハ哈ハ哈ハ!ーー実況終わり。

 どうです・・食べたくなった?というくらい中国の月餅は日本の
それとは違います。多分友人たちは輸送の問題を考えて余り
変り種餡の月餅を送ることを躊躇っているのでしょう。今年
そんな風変わりなのは今のところまだない(ということはま
開けていない箱があるということですが)。
 かつて、哈蜜瓜(ハー・ミィ・グァ)メロン入りの月餅。
 木の実や、ナツメ入りの餡は普通にありますし、
 火腿(フォ・トゥィ)ハム入り、月餅。
 まるごと調理はしてましたが、肉が入ってたのも食べました。
 もっと変わったのがある、って一体どんなの??と期待
してますが、贈っては貰えないようですので、かくなる上は、
この中秋節の頃に中国へ自ら行って、自分で確かめて買うより
ないか!と密かに決意??。
 一泊二日の旅でもいいんだが。東京にいる友人などは、
目玉が飛び出る程安いツアーで、週末に上海に行ったり
してるが、これが私のように地方に住んでいると、これが
どうして難しい。それに、多分私のことだから、一旦中国へ
行ったなら一日二日では勿体無くて戻って来ない恐れが
ある。更に、たかだか月餅などというお菓子ごときで、
仕事の事も顧みず大の大人がそんな事を考えるのは余り
にも非常識だろう・・・と一方で考えている反面、
 実は頭の片隅では、行ってもいいかな、等と不埒な考え
消し去ることができずにいる。

 その、中秋節が近づいた街まちの月餅を売り出し始めた
その時の、少し華やいだその雰囲気も好き。
 皆、自分の家の分だけでなく隣近所にお裾分けで配る分
まで買い求めたりするので、お店の特設売り場にうず高く
積まれた月餅の箱もいつの間にか、平らになる。
 手に手に月餅を持ってそぞろ歩く人たち、バスに乗ってる
と前の乗客もその前の乗客も月餅の箱を手にしていたり、
 職場によってはこの時期、この月餅が現物支給される所
あって、それで割り当てられた月餅を重ねて持っている人・・
  この時期、暑かった夏が過ぎ、しのぎやすくなり、秋の
訪れと共に街はちょっと浮き立つ。そして連休にもなる。

  そんな月餅ですが、最近の月餅にちょっと不満もある。
急激に包装が立派になって、凝り始めたので、中身よりも
こけおどしの箱にお金を掛けすぎている。箱の中は更に個
の包装。これを買うと更にそれ専用の手提げ紙パックを使う。
  過剰包装ですよ〜コレは!!止めましょ。
  それより味にこだわってよ、味に。

エラー!

堵車 ドゥ・チュゥ』渋滞だよ渋滞・・・
  「中国自動車協会は2010年11月、1〜10月の
国内新車販売台数が前年同期比34・8%増の1467万
7千台に達したと発表した。
 過去最高だった昨年1年間の販売台数(1364万
4800台)を100万台超上回り、年間販売台数記録を
更新した。
 年間で1700万台を超えるとの見方が強く、中国は2年
連続で米国を上回って世界一の自動車市場となるのが
確実な情勢だ。米国のピークだった2000年の約1740万
台を上回り一国の年間販売台数として、史上最多となる
可能性も出てきた。・・・(以下省略」
   【北京共同発、2010年11月10日某新聞】

  その新聞を見てすぐ、これを書いている。
中国では、あいも変わらず凄い勢いで車が売れている。
 それは、中国の旅に出かけるたびに感ずる。
 どんどん増えてる。凄い勢いだというのも肌で感じる。

 それが一番感じられるのは、「堵車ドゥ・チュゥ」の時。
先ず、用語説明から、
 最初の字「堵ドゥ」は、ふさぐ、つかえる、の意味。
 日本語の塞ぐの「塞サィ」の字も中国にもありますし、そ
使われ方もします。
 日本にも「堵」の字はあって、こちらの意味は、垣根の意
で、「堵列とれつ」は、横にこうずら〜と並んだ様を言います
ので、その意味でも中国語の「堵車」は間違っていない。
 ついでに、中国語で「堵」と「塞」を合わせた「堵塞ドゥスゥ」
は、両方が同じ意味ですので、穴をふさいだり、つまった時
に使います。ここらの人は、ツッペする、と言ってます。

 さて、中国での「堵車」ですが、先のお話のようにあんだ
急激に車が増えたなら、そりゃ渋滞だっておきますよ。
 勿論それは大都会に多く発生。最近では中都市でも発生。
中国の大都市は1000万人クラス、中都市で5〜600万
としが沢山ありますし、更にその下の2〜400万都市とも
なればどんだけでもありますので、渋滞のありようもそりゃ
もう半端じゃないくらいになります。

 私が中国で渋滞にあうのは、タクシーに乗っている時が
多い。これ困りますね。中国ではタクシー料金にまだ時間
割り増し制度を導入してませんので、渋滞に巻き込まれ、
どんどん料金メーターが上がっていく、というようなことは無
のですが、タクシーを使うくらいですから、少し遠いところを
目指している時が多いのと、少しは急ぎで乗ってることが
多いので、心中穏やかでない。
 ところが、乗客の私よりももっと穏やかでない人がいる。
運転手。中国語では司機スゥ・ジィといいますが、呼びかけ
時はこの手の技能者は、師傳シー・フ、と呼びます。

 一体に中国の師傳たちは、話し好きが多い。普通に乗っ
いても何かに話しかけてくる人が多いように思える。更にこれが
渋滞に嵌ったとなるや、「ホ〜ラね、この時間この路は駄目だと
言ったろう」(言ったかなぁ、乗ると同時に何やら凄い早口で一杯
何かしゃべってたのがそれか??)
 「だからさ、お客さん!何処の人?急いでる?どうよこれ」
 などとひっきりなしに口は動かしたまま、この状態になってなお
前の車との間のちょっとの隙間を狙って車線変更をしようとする。
 こうなったら、もう車線を変更したところで何の役にも立たない、
と思うし、実際、私を乗せている師傳だけでなく、あっちでもこっち
でも無理やり車線変更をしようと頑張ってる車があり、それ
阻止しようとする車もあれば、危ないのでクラクションを思いっきり
鳴らす車があり、そのクラクション音を文句を言われたととらえる
のか、鳴らされた方がまたそれにクラクションを鳴らす。
 かくしてあちらでもこちらでもクラクションの、プァ〜ン!プァ〜ン
音が鳴り響き、車の中ではなおも師傳が、一層声を張り上げて
怒ってでもいるのか、大声で捲くし立てている。
  進まないは、クラクションで煩いは、師傳の不満はますます
大きくなり、時に窓を下げて隣の車となにやら怒鳴りあい始め、
かくして、私はこの阿鼻叫喚の中に独りポツネンと置かれることと
なる。嫌いだ〜堵車は!(好きな人はいないか。)

 映像などでご覧になったこともおありでしょが、北京なんかの
幹線道路は片方だけで4車線も6車線もあって、広いんですよ。
少なくとも日本よりは。そらなのに何で?とお思いでしょうが、
 車社会の到来を予測していなかった中国の多くの都市では、
建国時に幹線道路はりっぱな道路を創ったのですが、それ以外
の裏通りのようなところが、少ない。それで、ほぼ何が何で
全ての車が幹線道路に集まってきてしますこと、それに次ぐ、
中・小の道路整備が極端に少ない。
  道路と同じ理屈ですが、中国の建築は木造はありませ
ので、駐車場を考慮しなかった街中のビルは皆、駐車場を持たず
車の停める場所がない。停めるなら路上駐車。更に個人が車を
買っても、日本の様に個人の家の脇を改築して車庫にする、
などといった機用?なことはできません。ですので、脇道の入る
と路上駐車の車が多く、これも堵車に拍車をかける。

  でもまぁ、見たところ先ずすべきは、堵車になったときの皆の
運転マナーを直すところから始めるのが近道とおもいますよ。
  一度など郊外から戻って間もなく市内、というときに堵車。
その時、私の乗っていた車の師傳のとった道は、
 突然、ハンドルと切って、横の歩道(勿論一段高くなってますが、
そんなものはなんのその、)に乗り上げたかと思ったら、そのまま
歩道を疾走!!エッ、エ〜と驚いて、
 後ろを振り返ってみたら、なんとこれを真似た後続車が続々
と私の乗ってる車を真似て歩道を追いかけて来た。恐ろしや、恐ろしや。
堵車の画は何処も同じです。車がただ並んでるだけ。面白くもない。
  更に、日本語の「渋滞」は中国語にもあって、車には使えません。
  筆が進まない時などに、筆が「渋滞スゥ・ヂィ」とは使えます。
   


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