月刊・私の見た中国 目次

エラー!

『包装バォ・ヅァン』過剰包装でしょ・・
漢字はありがたい。字も意味も同じで、発音だけが変わる。
中国語では、バォ・ズァンという。
 いわゆる、お店などで買った品物を包んでくれるあの包装や、
店に並んでいる商品の箱などのお話である。

 以前、中国の包装は酷いものだった。包装そのものが無い!
何か買い物をしても包装などしてくれず、そのまま手渡される。
 例えば、私がよく出かけるのは、本屋。買う本が決まり、会計が
すめば、そのままその本が手渡される。アレッ、包装は・・と思うが、
相手のその眼は持って行って好いよと、語っている。
 本のカバーなどない。袋にも入れてくれない。
 何冊か一度に買えば、紐で縛ってくれるくらいで、大概は
「ハイヨッ!」ってな具合に、本が渡される。では、買った本とそれ
以外をどう見分けるか?
 本の後ろ表紙裏側にゴム印を押す。多くは店名を記したゴム印
だったように記憶してるが、偶には「支払い済み」などというやけに
直截的なものもあった。お金も払って自分のものになっているのに
何時までもそんな印が押されているはヘン。
 大体がこんなだった。
 市場で果物を買う。こちらが事前に袋を用意していればいいが、
量り売りのこうした果物も、「どうぞ!」と言われて目の前の持ちきれ
ない量の果物を前に、「ハテどうしたものか」と思案し結局は手に持って
いる鞄の中身の教科書などを取り出し、片方の手に持ち、その鞄の
中に果物を持って帰って来たことは一度ならずある。

 最近のエコバックは、エコ・・と言えども中後でもオシャレなものも出現。
 エコだねエコ。誰もが自分のエコバックを持って買い物に来ていた。
今なら最先端を行っていたことになる。あのままで好かったのかも。

 超ごく薄たよりな〜いビニール袋。これでもあればいい方。
 偶にちょっと高い買い物をすると手提げビニール袋の入れてくれるが、
この袋がまた余りにペラペラに薄い。どうなるか。ちょっと重いものでも
簡単に手提げ部分の手のところが切れてしまう。結果、買ったばかりの
梨がそこらじゅうに散らばりゴロゴロ転がることとなる。それを追いかけ、
一個一個拾っては左のポケット、右のポケット、ズボンのポケットと全ての
ポケットは全て梨で塞がれることとなる。こんなことなら、鼻っからこうすれ
ば良かった、と思うが遅い。こうしたコロコロ転がって梨が行く先には、
ドラマなどでは妙齢のお嬢さんなんかがいて拾ってくれて、それを手渡し
戻してくれる際にはちょっとその彼女に手に思わず触れたりなんかして
ドラマは展開するものだが、現実は厳しい。怖いおばさんに拾われ、
「これが転がってきて私の足に当たり怪我をするかと思ったわ」と絶対
折れそうもない太い足を示されたりするのおちだった。

 自分の物の買いものならまだよい。困るのは贈り物だ。
他の方への贈り物で、気のはる相手にはお金も張って、買ったものが、
余りに簡単な包装で、まるで高級感がない。これはちょっと困る。
中身はそこそこ高いモノなのに、まるでその感じを匂わせない包装は
安物を選んだかのように誤解される。出来れば、包装で中身を実際より
以上に立派に見せたいのに。
 大きなお店には贈り物専門櫃台グィ・タィ(カウンター)がありそこへ
持ち込めば、有料だが専門の包装やリボン掛けなどもして貰える。
それくらい、包装そのものが特殊なことだった。
 期待するほどの包装ではなかったが、一応贈り物だ、という
見分けにはなる程度の包装だった。可愛いもんだ。

 それがどうだ。急激に中国の包装が変わってきた。
まず、彩りが。売り場に色が。何を買っても取り敢えず袋が。
ちょっと高価な、或いは贈り物にするようなものには凝った包装が。
  ところが、最近になると、どうもそれも行き過ぎたようだ。
取り分け、外国の人がお土産に買うようなものはその包装が恰も
中国らしい図案の高級感を漂わせたものになった。
 (豪華!豪華!!の商品が目白押し。)
 つまり、中身より包装が立派ならそれだけでお金になることを
知ってしまった。
今や我々の買う中国茶は中身の茶葉などは
二の次、三の次で包装さえ立派で、美味しそうで、手頃なら売れる。
次の段階では、中身なんかもうどうでもよくって、外側だけ立派ならもう
それでよい、という丸で現代の人間を見る目と同じ見方になった。
 それらは更に時を経てよりその傾向を強め、今やちょっと行き過ぎ
というところへ来た。
 過剰包装。これはこれで問題だ。何故に人間は極端から極端へ
行きたがるのだろうか。
  過剰包装というと何故かすぐにあの月餅ユェ・ビィン
の包装を思い出してします。どんだけ立派にすれば気がすむの、ってくらい
包装が立派になった。途中が無い。まるで包装もしてくれない時代から一気
にこのロシアの人形じゃあるまいし剥いても剥いてもまだ中身に届かない
包装は変でしょ。
  お土産売り場はカラフルな包装が増えた。

  姪っ子の誕生日プレゼントに電池で動くパンダの人形を買った。
さて、包装だ。店員さんに恐る恐る、実はこれはプレゼントで・・・と切り出す。
以外にもアッサリ、分かりましたリボンもつけますか?と言われた。
国際便で郵送するのでリボンはどうせペチャンコになっちゅだろうから
要りません、と言った。箱に入れ、丁寧に包んでくれた。
 後日談。
 あとで贈られた本人から聞いた話では。
 先ず私が国際便で差し出す際の中国製段ボールにそれは入れられ。
人形の箱との間に緩和材のプチプチなどというものは無かったので、
私は隙間ができたそこの新聞紙を丸めて詰めておいた。
 それを取り除いてやっとプレゼントの箱とのご対面となり、更に。
 その人形の箱は何と、男性の髭剃り機の箱に入ってたらしい。
そして、箱を開けるとまたすっぽりそれが布製の靴袋みたいのに入っていて、
それからとり出したら、パンダそのものがグルグル紙に包まれてたらしい。
 何重にも包まれたそのパンダは直ぐに壊れたといっていた。
 それは包装のせいじゃないでしょうが。 
エラー!

『討價還價タォ・ジャァ・ホヮン・ジャァ』
 中国買い物指南
 値段交渉をすることを、「打價還價タォ・ジィァ・ホアン・ジィァ」という。
二度出てくる「價」は、価の旧体字であり、価格のことを指す。
「討」は、検討するの「討」だと思っていただいて、
「還」は、返却する戻すの意味。価格を再度戻す。
 つまりは、価格を検討・討論するその過程を指す。
ということで、「討價還價」で値切り合い、の意味ととなる。  
 毎日の買い物でもそれは必要。
 中国での買い物はこれが必要。
必ず値切る、値切って買う。売る方も値切られることを前提に値段を
設定しておりますので、互いにこれが前提となっての買い物となる。
 中国での買い物は難しい。とりわけ外国人である我々には。
 ヒトは買い物をする。毎日する。ヒトは物心ついた頃から買い物を
始め、必要な物を買い、必要でない物も買い、役に立つ物を買い、
役に立たないものも買う。
 日本での買い物は、売っている場所に行き、或いは売っているのを見て、
それが欲しければ、そして持ち合わせがあれば買う。
 中国では違う。売っている場所が分かりずらい、何処で何が売られてるか、
の情報を事前に仕入れる。これは口コミで。
 更に売っているのを見かけてもすぐに買ってはいけない。
 あるものは値段が表記されているが、多くは値段が表記されていない。
先ずは値段を尋ねる。値が表記されていてもその値が決定ではない。
 中国語で買い物は、「買東西」マィ・ドン・シィ、という。
 「買東西」は中国の人にとっても難しいらしい。
 但し、必ずしもそれを嫌がってはいない。時に楽しそう。
そう、買い物は本来楽しいもののはずだ。自分の欲しいものが手に入る。
気に入った物が自分の元に、自由に使えるようになる。だから愉しい。
 それで、中国の人の買い物はこの目的の物を手に入れるそのことより
実は手に入れる過程のやりとり、「討價還價」も含めての楽しみらしい。

  とはいうものの、わたしのようなこの値段の駆け引きに慣れていない
者にとっては、この「討價還價」はなかなかに厄介だ。
  こうした観光土産のお店は必ず「討價還價」を。
 ではどうするか、中国・「買東西」指南を。
 貴方・貴女が中国旅行をしていて何か欲しいものがあったとする。
この時点から、貴方・貴女の「買東西」が始まっている。
 すぐにそのモノに近づいてはならない。それをジーッ見てもいけない。
おもむろにその欲しいモノの周辺にある品をそれとなく手に取ったりして、
先ず買いたいそのモノ以外の物の値を尋ねる。目的のモノが今尋ねた
物より高そうなものか少しは安いかぐらいは見当をつけておく。
 次に値を尋ねる。その目的のモノではない品で、何気なく訊いてみる。
少し間をおいてさもついでに、の面持ちで、目的のモノの値を尋ねる。
別に欲しくなどないがちょっと訊いてみただけ、といった様子で。
 安かったら買おうかなぁ・・・ぐらいの雰囲気で。
 向こうの提示値が貴方・貴女が安いな、と思ってもそれおをおくびにも
出さずに、「太貴了!」タィ・グィ・ラ!高すぎるんじゃない!と言わなくては
いけない。すかさず「便宜一点ル口巴!」ピェン・イィ・イーディアール・バ、
ちょっと安くしなさいよ、とつけたす。
 こっからですよ、買い物は。こっからが勝負。やっとこれでスタート地点に。
敵もさるもの、多分売り手は最初の提示値の端数を切り捨てた位の値を。
 ここで貴方・貴女が目指すは、相手の最初の提示値での半分くらいを。
ですからここは思い切って、どう思われようとも、相手の値の思いっきりの
安い値をぶっつてけてみます。相手に笑われます。そんな値で売る店は
ありまえんよ、と。あったら私がそこで買いますよ、とも。そう言いながらも
相手は先ほどより多少値引いた額を提示するはず。それに惑わされず
貴方・貴女は先ほどの値を無理と知りながらもう一度言ってみます。
 相手はあきれて、ちょっと怒ったように、その値では絶対買えないと
言ってきますから、それなら買わない、ぐらいの雰囲気で
その場を離れようとします。それを見た相手は、歩み寄りの姿勢を見せ
一番最初に提示した額からかなり思い切った値引きの額を提示する
はずです。恐らく貴方・貴女のサイフの中身からして、十分に安い値段
だと思いますし、日本の物価から判断したならこんなモノがこんなに安く
買えるならそれで十分とお考えでしょう。多分それで満足されるでしょうが、
ここでもうひと押ししてみると、何とまた少し安くなるではありませんか。
それで喜んではいけません。自分の提示した額にはまだほど遠いが
今回はまぁアナタの顔もたてて、てな感じでそれに応じます。
 それで油断せずに、大して買いたくもないものにも気があるようなふり
をして、好いもの置いてますねなどと言いながら品物を待ちます。
 品を手渡しながら相手は、これではこちらに利がありませんよ、てな
ことを言いますが、な〜に向こうは向こうで儲かった、と思ってますから
おあいこです。
  どっちが得してるかって?そりゃあ商売人かないませんよ。
加えて中国の人に駆け引きでかなう訳がありません。
 でもここは思いっきり見栄を張って、アンタに譲ってやるからね・・・
ってな感じで店をでます。未練を残してはいけません。
  ゴ〜ル! 
  ここまでが中国での「買東西」です。
この「討價還價」が楽しめなくてはいけません。
 どうです大変でしょ。勿論「討價還價」の対象外商品もありますし、
対象外店もあります。でも基本はこれです
  ものを買うのにかぎりませんよね。
 経済的行動、お金を払う、そうした全ての場面で交渉能力が
試される中国。
 払う側はできる限りその額を抑えて、
 売る側は一円でも高く買わせる。
 このせめぎあいです。
 こちらとしては、そんな戦いなどしたくもないのですが、
売る側が事前準備として掛け値をして待ってる。
いかんともし難い、わたしなどはその防衛手段として、お付き合い。
そしてオマケして、いやマカリマセンのやり取り。
 これこそが中国では「買東西」の醍醐味であるわけであります。
 それを楽しみたい方はどうぞ中国へ。

エラー!

『白衣悪魔 バァィ・イー・ウ・モォ』
 白衣の悪魔・・って何よ
「白衣」ときたら、「天使」じゃないですか・・・普通。
 
普通はそうなんです。そうなんですが、今回は・・・。
これはわたしが言ってるのではありません。中国の人たち
ですね、そう言ってるのを聞いた、というか、漏れ聞いた。
 さらにですね、此処で言う「白衣」は残念ながら、何が残
なのかもよく分からないですが、残念ながら所謂、看護婦さんでは
ありません。看護婦さんって言葉も今、使っちゃだめなの??
 余談ですが、看護婦さんのあの「戴帽式」は
完全に中国語ですけど・・。戴帽の「戴」はかぶるの意味です。

 話を戻すと、「白衣悪魔」はですから、「白衣の天使」の真逆、
と思っていただいて構いませんし、字そのままの意味で白衣を着た
悪魔、と理解していただいて構いません。
 因みにここまで説明したら、「白衣の天使」は、間の「の」がない
だけで、「白衣天使」バァィ・イー・ティェン・シィ。
 ということで、中国でもこの「白衣」は医療関係者を代表してます。
ここまではいいんですが。それが何故に「悪魔」となるかというと、
そういう人がいる、ということですね。で、この「悪魔」は医療従事者
というか中国でいま言われているのは、お医者さんを指します。
 重ねて申し上げますが、わたしが言ってるのではないのです。
お医者さんをつかまえて、「白衣の悪魔」なんてわたしは言ってません。
また、最初に彼らの名誉にかけてお断りしておきますが、中国の
全ての医療関係者・お医者さんがそうだ!!というではない訳でして、
そんなお医者さんが・・・というかいま中国の医療制度は大いに問題
ありなんですね。そんなことを書きます。
 今回は格調高く?中国の医療制度にメスを入れる、となりますか
どうか、要するに中国の今の病院が抱えている問題を見てみましょう。

  多少、有名になってますが、世界でも日本のような国民総健康保険
の国は稀でして、誰でも何処でも保険を持ってれば安心、というそんな
制度そのものがありません。
  次に問題なのが、治療費その他すべてが基本、現金前払い、という
ことになってます。ということはどうなるか?入院となったら即、現金が
要りようです。手術ともなれば、手術費とまさか日帰りともならないので
プラス入院費を、事前に用意しておかなくてはならない。基本ですよ基本。
分かりやすく言ってますが、取り敢えずあなたが病院に掛かろうと思った
なら、先ずはこのお金の心配。いやでしょ。これだけでもう〜イヤ。
 なのに行った先のお医者さんが、「医は仁術」どころか、「医は金術」、
だってんですからたまりませんよね。弱り目になんとか。

  とりわけ、病院で使う薬のところが怪しい!!何を言ってるかというと、
その現金先払いシステムなんですが、その際に、この「白衣悪魔」たちは、
これこれの薬を病院の薬局で買ってきなさい、というんですね、で患者や
その家族は助かりたい一心ですから、そりゃ買ってきますよ。それもどの
薬が本当に必要でどの薬がどう使われてるかなんてのはそこはシロート、
言われるがまま。
 新聞やテレビのその手の報道を見てますと、この時、
まず、本当は安い安い薬なのにパッケージと名前を変えて高いクスリに変身。
或いは油断すると?使ってもいないのに、そのクスリを買わされた。
医者の言うクスリよりちょっと高価なクスリを金持ちなんで、金で健康が買える
ならと、高いクスリ買って治療していたはずが、そのクスリは全く違う患者に
使われていた・・・、などなどナニコレ!!事実が暴露されているのを見る。
 酷い話ならいくらでもある。本当は手術が必要な患者だが、身寄りというか
本人確認ができない事故の患者を無理やり退院させちゃったり、先月は
ちょっと都市名は忘れたが、救急隊員が交通事故で搬送中の患者さんの
身に着けていた高額の宝石を盗んで、病院では治療費を誰が払う誰だ・・・
のテンヤワンヤの時間が長引いて、患者さんを死なせちゃったり、とかとか。
 ひどい、むごい、かなしい、の三つも〜“い”がついちゃう。
 奔馳(ベン・チィ)の救急車があるんですよ・・・、乗ってみたい?

 白衣のこのポケットには何が入るんですかね。
 そんなんで、かねがねわたしは中国は先ずは医療制度と教育制度に手を
つけるべき、と叫んではいるがわたしの声などど〜こにも届かない。

  わたし個人は、“バカ”が頭につく位の健康体で、中国で病院のお世話に
なったことがない。自分にはないのだが、周りの人たちはある。
 友人が体調が思わしくなく、検査をすることになった。これはチャンスとばかり
その友人の付添いということで、いざいざ病院へ。
 向かった先の病院が遠い。何で?と訊いたら、F老師の紹介だという。F老師
の「愛人アィ・レン(中国ではお互いに連れ合いを指してこう呼ぶ、日本語のその
・・・ほうの意味はない※念のため)」がN病院のお医者さんだと聞かされた。
 なるほど。このなるほどはちょっと深い。先を急ぐ。どんどん急いで、
一応の検査が終わった。先払いだと聞いていたが、病院の受付で友人が名を
なのるやまるで別扱い。多分!F老師から連絡がご主人に入りそこから病院中
に既に連絡が入ってたんだと思う。それにこの友人というのが何あろう典型的
な欧米人で金髪で青い目ときている。病院中に緊張が走ってた。
 それはオマケ効果だろうが、さて、お勘定?となったら、これが安いんだ。
いくら中国とはいえ、あれだけエックス線だの、何だの検査をしたのに、支払いが
極端に安い。絶対コレってお得意様値段?
 支払いの窓口で、友人も私もそれはヘンだろう!!と立場が逆転の、払わせろ!
騒ぎをしていたら、そのF老師愛人が降りてきて、やぁやぁ・・・と言い。
ガンとして受け取らない。終いにはこれってメンツに係わるか、と思わせるちょいと
気まずい雰囲気まで行った。結局それ以上はムリ!!となって、
 帰りのバスの中での友人との二人の会話。
「アレッて絶対変ですよね!」「もちろんだよ!!」「その実際に掛かった分は誰が
払うんですか?」「んん・・・分かんないけど、適当に??どっかにつけちゃうんじゃ
ないの??」「じゃぁ、誰かがその分も払わせられるってこと??」「ありえる!!」
 というように、これは知り合いプラス欧米人優遇例。
こんな優遇がいくらもある。いわく、幹部優遇。親戚優遇。
 その分、優遇されない人がいる。それどころか他への優遇の分をそっから
埋め合わせしようというのだからたまったもんじゃない。

  中国医療制度の改善が急がれる。と言っても誰も急いでいない。 
エラー!

『農貿市場 ノン・マォ・シィ・チィァン』
 中国の市場
農貿市場、このコトバ自体がもう古い。誰ももう使っていない。
多分、せいぜいが自由ズゥ・ヨゥ市場シー・チャンくらいで、これとても
現代中国ではそろそろ危ない。久しく聞かない。
 どう危ないかというと、死語になりそう。
このコトバ、みなさんは覚えなくていもいい。誰も使わないんだから。
 農貿市場はその名が表すように、嘗て、計画経済市場の時代の
中国で使われていたコトバ。中国の若い人には馴染まないコトバだ。
自由市場にしたところで、つまりは自由でない市場があった頃の名残り
と言える。
 
 では、市場はなくなかったのかというと、まだある。

 ヒトは毎日の買い物からは自由になっていない。それをある時代はそう
した市場が担い、徐々にそれがスーパーマーケットと言われる、そんな
青空の下や、台を並べただけの、或いはその台すらなくて地べたに直接
品物を置いて並べて売っている場所(市場)が少なくなりつつある。
 とりわけ大都市では。街が整備され、街の中心地ほど市場がなくなる。
それは日本も同じだ。いや、だった。市場はいつの間にか追いやられ、
その場ではやってゆけなくなり、大型スーパーに取って代わられる。
 無くなるなら、その前に書いておこうと思った。

 以前は旅をして無作為に街をブラブラしていても割と頻繁にこうした市場
を見かけた。旅の途中だし別段買うものなどないのだが、何故かついでに
覗いて歩くのが好き。必ず立ち寄る。「市場物価調査」、と称して。
 大体が売られているものは、野菜だったり、肉だったり、魚だったりの、
日々の食事に欠かせない食料品が多く売られており、こっから派生して、
そうした食料品関連の物や、何に使うのかも分からないような道具なども
売られていて、見ているだけも楽しい。
 楽しさは人によって違う。
 何が楽しいの?と訊かれることがあるが、これが楽しい。
まず、売られている野菜も日本では見かけないものがある。
日本と同じ野菜がであってもその形状が違っていたり、どこか違う。
当然、魚は見たところ××みたいなんだが、どっかちょっと違う魚が。
海の魚が少ないので、あまり見かけない魚も多い。
肉はそのカタマリがド〜ンとこう置いてあって、そっからの切り売りだ。
どの売主も新鮮さを“売り”にしているので、この量も置き方も独特。

 スーパーマーケット、超級市場ツァォ・ジィ・シー・チャンとはどう違うのか。
スーパーは、自分でその品を籠に入れてレジに持っていけばいいだけだ。
自分の買いたいものがある分量だけちゃんと分けられて包装されいる。
売り子さんは基本、要らない。勝手に品物を取り、買いたければ籠へ。
 この点が一番の違いでしょう。農貿市場では基本、攤子タン・ズと言われる
平台が個々にあって、その一つ一つに店主がいて店員いて、店主兼店員の
場合もあるが売り子さんがいる。
更に基本、値段が表示されていない。どうするか、尋ねる、一回一回尋ねる。
欲しかったら先ずは尋ね、必要に応じて値切る。相手の提示した値が不満
なら更に値切る。自分の目標があるならそこまで値切る。品物の良し悪しも
自分で確認する。そして、おおよそのものは全てその重量で買う。
つまり最初からこれどうぞ、と包装などされていなくて、買った後も包装なし。
エコですね、エコ。
 その都度尋ねなくてはいけないので買う側にもそれなりの商品知識が必要
だし、値段交渉もしなくてはいけないので、勢いそのやり取りがおおくなる。
 それは隣の店でも、そのまた隣の店でもやっているので、交渉に熱も入り、
賑やか、好く言えば活気溢れるところで、逆だと煩いと思える場所でもある。

 その品物の置き方も毎日のことですしね、多分その日のうちに売り切って
終うんでしょうから分かるんですが、それにしても雑多な置き方で、もう少し
飾ったらどうよ、とも思うがかなり手荒い感じを受ける。特に肉が。
 綺麗に見せて売ろうなどとは誰も考えていないらしい。
綺麗の基準が違うのかもしれない。確かにそのままの新鮮な野菜にはその
野菜にしかない美しがある。余りに作られた綺麗さに馴染んでしまい、本当の
美しさは何かをこちらの方こそ、忘れているのかも。

 もともとこうした日常の食材はその家族構成やその日に必要な量に合せて
買うのが本来だろうから、その分量は客によって違う。となれば売る方はその
重量で目方で売るのが親切というものだ。だから量り売り。
 量り売り、量り買いは端数が出る。必ず。同じ品物でもその重量は微妙に
違っているから。その秤がまた、天秤ばかりときたらもう手におえない。
天秤ばかりを知らない人の為に写真を用意した。

 ↑ この子が手にしている棒のようなものがこれが天秤ばかりだ。
両端に荷物を掛けて担ぐ、天秤棒をご存じだろうか。あの要領で片側に品を
片側に分銅と呼ばれる金属の重りをつけ、棒が水平を保てばその分銅の重さ
が即ち品物の重さ、ということになる。この分銅の重さはそんなに細かく分れて
ないので、その途中の部分は棒に目盛が刻んであり分銅の位置を調整すること
で加減できる、というかなり複雑にして巧妙な道具である。
 例えば、1斤ジン(1斤=500g)の値段設定をしていて、客が1斤欲しいとして
も品物が丁度1斤でピッタリになることなど少ない。加えて、1斤の値段がまた
キッチリに値でないとするなら、その組み合わせ計算はかなり複雑で、高等数学
の領域に達しているとおもうが、この少年はそれを事もなげにこなすのである。
 天才かもしれない。いや、天才でしょう。素晴らしい。

 こんな小さな可愛い天才にも会えるし、その町の物価も覗けるし、地方の言葉
も聞けるし、お好みなら地元の果物ぐらいは旅の途中でも邪魔にはならない。
勢い、旅先のこうした農貿市場で果物を買うことが多い。
 こうした市場の客はその殆どの地元の毎日のように見かける客。
そんな所にフラッと現れた余所者の客。当然ぼられる。
それでもこちらは精一杯地元人ではないが外国人とまでは分からないようにと
願っているが、案外それも見抜かれているのかも知れない。
 それでも別に構わない。果物を買うだけの話だ。
 最近わたしの楽しみは相手がどれだけどうやってぼってくるかにある。
どんだけ吹っかけるかで相手が少し見えてくる。
 そんな楽しい農貿市場もどんどん少なくなっています。
早く行かないとホラッ!なくなちゃいますよ。
 でも、道路脇で開催の市場はもう絶滅危惧種。
エラー!

『団圓飯 トゥァン・ユァン・ファン』
 一家団欒での食事
 2月、中国では“春節ツゥン・ジェ”(正月)を迎える季節。
それにふさわしい話題を、と言うことで「団圓飯」の話題を。
 御存じ、“春節”に間に合うように故郷へ帰る為の大移送作戦
“春運ツゥン・ユン”のことは前に書いた。
 “春運”で運ばれた人たちは三々五々実家に集まる。
この点では日本も同じだし、韓国もそうなんだそうだ。
だが、欧米の人たちから見れば、年越しだからといって何でその
休みに大変な思いまでして必ず実家に帰らなければならないかが
理解できないらしい。
 分かんないだろうなぁ、そのへん。
 正月になったら帰るんですよ、自分の生まれたとこへ。必死に
帰る。大変なんですよ、この“春運”は、でも、帰る。
 老家ラォ・ジャァ(中国語で生家)までの切符を手に入れ、乗車率
180%以上?の乗り物で這う這うの体で辿り着く。
 このお話はこっから始まる。三々五々集まって来た親戚・兄弟。
中国はもともとが大家族主義だったので、数が多いことが良しと
されていた。
 大学へ、仕事で、結婚して、それぞれ他の都市へ離れて住んで
いる人たちが一度に戻ってくる機会はそうはない。加えてお目出度い
お正月だ。これはもう集まって美味し物でも食べよう! はごくごく
自然の流れ・・・・、でしょ。
 これを「団圓飯トゥァン・ユァン・ファン」と呼ぶ。

 顔を揃えた家族での乾杯が幸せのひと時!!
久方ぶりに会った一家、一族揃ってのお食事ともなればそりゃぁ
もう楽しいに違いない。楽しいかどうかはそれぞれでしょうが、賑やか
なことはもうこれは絶対。

 以前はこうした「団圓飯」は家族が揃って年越しをするその夜に
やられていた。その代表が、年越し前の除夕ツゥ・シィ(大晦日の夜)
一緒に作る餃子と、年越しの料理だった。
 日本のお節ち料理の類と思っていただいて構わないが、中国料理は
基本、熱々を食べるので、日本のお節ちのように作り置きはできない。
その場で作ってその場で食べる。
 世の流れとして、それなりにこれらは面倒だ。自分で作りのがだんだん
に面倒くさがられるようになった。
 となれば、面倒なんで外で食べよう、となる。
ということで、レストランへ。大概同じ様なことをみんな同じように考える。
当然、レストランは普段より込み合うことになる。

 この頃のレストランはどこも大混雑。
 一方レストランの従業員、コックさんだって老家へ帰りたい。
でも客は引きも切らずにやってくるし、予約が山のように入ってくる。
 ここは需要と供給の均衡を図るため、この年末・年始の期間はレストラン
はどこも割増料金を、となる。
割増料金なにするものぞ、年に一回の「団圓飯」だ。
それに来年はどうなるかは分からない。となれば、誰もが割増料金を
払ってもまだレストラン予約に走る。
 なんせ中国は人が多い。ここでも競争率が凄まじい。人気レストランとも
なればかなり前からの予約が必要だ。
 賢明な皆さんにはもうお分かりと思いますが、そんなそんな前から今年の
年末の予約をしたって、子供たちが兄弟たちがその年の年末に帰ってくる
かどうかは不確か。これはかなり悩ましい。
 戻ってくるなら是非あのお店で、と思うが誰も帰ってこなければムダ。
取消費チュゥ・シャォ・フェィ(キャンセル料)もかかる。自分の面目も潰れる。
 更に賢明な皆さんはお気づきでしょうが、中国の人は一たび年越しとも
なれば、ここまで帰省の切符を取得から始まり、先を争っての場所取り合戦
が果てしなくつづくこととなる。
 時期とのなれば、レストランの方だって宣伝合戦。

みんなと違う動きをすればいいのに、と思うがそんなことは言えない雰囲気。

 一度だけ、某知人から「団圓飯」に誘われご相伴に預かったことがある。
知人は一人中国で淋しそうにしている私への同情から誘ってくれたものと思う。
その時も大人数だったが何せ私が知っているのはその知人とその奥さんだけ。
一杯いたがあとは皆その日に初めて会った人たち。次々に紹介されるが、
覚えきれたもんじゃない。
 中国の人は総じて客好きで、一人外国人も加わって尚のこと盛り上がった。
料理もコレでもかぁ!ってなくらい豪華な料理が次から次と出てくる。
乾杯!干杯 ガン・べィ!!の嵐だ。もう勘弁して下さい!というくらい食べて、
さて、ようやくお開きとなった。
 そしたら、店の前でお一人が、わたしは明日帰ります、と言う。
少し先に休みを貰って、明日には職場に戻らなくてはいけない、と。
この後だと、戻る切符も手に入りにくくなるのだ、そうだ。
話の接ぎ穂として、何時間かかるんですか?と訊いてみた。
18時間、と事もなげに答えた。ほぼ一日じゃないですか・・・。
彼の方も気を使ったのか、日本までは何時間・・・?と訊いてきた。
んん・・・3時間とは言いづらい。

エラー!

『三八婦女節サン・バ・フゥ・ニュゥ・ジェ』
 女性は天の半分を支える
「婦女能頂半辺天」フゥ・ニュゥ・ノン・ディン・バン・ティェン、
と読む。この話から始めよう。
 これは、あの有名で偉い、毛沢東・モゥ主席の言葉です。
偉い人の言葉はありがたく聞いておかなくてはなりません。
このコトバ、今でも語り継がれているくらいですから、それはもう、
ありがたいコトバです。
 意味は、「婦人は天(世の中の)半分を支えている」というもの。
 真理でしょ。世の中には、男性と女性しかいなのですから、その
率はともかく、半分は男性が、半分は女性が支えている。
 そんな真理をわざわざ偉い人がコトバにして言うということは、
逆に言えば世の中そうなっていない、ということの証明でもあります。
 その真理と世の中の差は様々なことに見られますが、ここでは、
“真理”は数の問題ですが、問題は数ではなく、社会ではその位置と
役割について言っているわけでして、偉い毛主席はそこを看破して
こうのたまわったわけであります。
 それを記念して、こ〜んな記念切手まであるのです。

  そうです、これは、女性の社会進出の問題です。

 聡明な女性が増えてきた。もともと聡明だったのかも知れない。
それを男性社会は認めたがらなかった。日本でもやっと最近になって
女性の活躍が目立つようにはなってきたし、そうした話題をよく目にする
ようにもなった。
 だがどんな事でもそうだが、話題になっている内はまだ本物と言えない。
まだ、それが珍しいから話題にもなり、取り上げられられる、でしょ。
珍しくもなく普通なら何も話題にされることもない。実は取り立てて話題に
上らなくなってこそ社会に定着し、認知されたことになる。こうなって本物。
偽物の日本の女性の社会進出は本質と関係ない所で騒がれたりする。
 「女社長」「女性市長」「女性知事」「女ナントカ」「なでしこ××」
とお決まりように「女」と言う字がカンムリに付いてるようではまだまだ。

 この点は中国は見習うべきものがある。偉い毛主席が言ったことを実践。
女性はあらゆる分野に進出。どんな職場に、どんな地位に女性がいようと、
驚くには当たらないし、実際に居る。
 街では二輌連結のトロリーバスの運転手さんが女性。当時、バスには
もちろん、パワーステァリングなんてな便利なものはなかったから、あの
ハンドルは男でも大変なくらい重いし、力仕事だったとおもうのだが。
 手元には、科長は勿論、処長、市長の名刺のなかの半分は女性。
 町で、役所で、市場で、病院で、工場で、学校で、乗り物で、農村で、溌剌
として聡明そうな女性を眼にすると、なるほど毛沢東が言った通りだ。

 そんな毛主席の手柄を披露したくて書いているのではない。3月8日が、
そういう日だということを書きたかった。3・8なので、サン・バァと読む。
 この日は女性にとって特別な日。サン・バァとくれば、「婦女節」。
 この日は、国際婦人デー。中国語の「節ジェ」は、祝祭日を指す。
ですので、この日は婦人(女性)の祝日。男性の祝日は無い。

 この日はわたしが知ってるのは、大学では、女性の先生は午前中で
仕事は終わり。午後は学校が用意した祝賀会のようなのに参加。
 紀念の品物や、映画の優待券などが女性の職員だけに配給される。
とりたてて派出はないが、何らかの行事はあるようだ。

 中国は基本、夫婦両方が仕事を持っている。その意味では、女性の
社会進出度は世界的に見ても先進的な方だと思う。

 ×十年前の、3月8日。いつものように私は大学の傍の市場で果物を
物色していた。Z先生を見かけた。文法の先生で堅苦しい授業で有名な
先生で学生には余り評判がよろしくない。怖い先生として恐れられてる。
Z先生は豚肉の固まりに挑戦していた。今晩のおかずだろう。中国では
男性が料理をするの極一般的なことなんで驚くには当たらない。老師の
方で私を見かけ、「ドン・ツゥ!今晩閑か?どうだ、うちに来ないか?」と
のお誘いを受けた。実は大分以前にも老師の家に御呼ばれで伺った事
がある。「でも、老師・・今日は婦女節ですし・・」と言葉を濁すと、「没関係
構わん!」という。ちょと遣り取りがあって結局それ以上断るのは悪いし、
機嫌を損ねそうなので、伺うことに。
 その日のZ老師と奥さんで同じく学校で事務の仕事をしているY夫人は、
暖かく迎えてくれて。前回同様、Z先生が腕を振るい、まめまめしく動き、
料理を作り、並べ、最後は洗いものまでしていた。料理も美味しかった。
Y婦人は私を退屈させないように学校内のあれこれ話題を提供してくれ、
楽しい時間を過ごすことができた。
 帰り道に寮まで歩きながら考えた。何で今日私は彼の家に呼ばれたの
だろうか?と。市場で偶然会うことなど珍しくもない。でも、今日は行き成り
何で?「今晩家に来ないか?」のお誘いだったのか?特別な話は何〜にも
なかった。楽しかったからいいかぁ・・・。

  かなり日が経ってから、この日の疑問が解消した。
 何でもZ老師の家だけに限らず、あの日、3・8婦女節の日は、夫婦二人
っきりの家庭だと、その日に限って中国と言えども婦人の社会的置かれてる
様々な問題が食卓の話題に上がり、そっから派生して我が家は・・の話になり
ず〜と奥さんの愚痴を聞くことになるらしい。とりわけ、Z老師はここ数年そう
した3月8日を過ごし、この日は要注意日であったらしい。そこで一策を講じ、
誰か第三者がいれば、それは無くなるだろう・・と。それもおあつらえ向きに、
外国人がいるとなれば話題はそちらへは向かわないはず、と彼は考えた。
 市場で私を見つけたZ老師、“飛蛾投火”飛んで火に入るナントヤラ、だった
のでしょう。どうやら彼の思惑はまんまんと成功。この日を上手く躱した。
 そう言えば、余り礼を言ったりしないZ老師が、招待した側であるのに、翌日
わざわざ私に「昨日はありがとう!」と言っていたもんな。

 最近はその日に狙いを定めた、商戦が激しい。
 もし、8・8折とあれば、正価の8・8掛け。1割2分引きですね。
エラー!

『錦旗ジン・チィ』感謝のしるしです
 「錦旗ジン・チィ」は日本語読みすると、「錦ニシキの旗ハタ」。
その言いたいところは、そんなにはずれちゃいないが、日本語の
「錦の御旗」ようなの意味は中国語にはない。
 ただ、そのものを指した場合、「旗」はそのままハタだし、「錦」の
コトバから、その晴れがましい金糸銀糸や紅色を思い浮かべる
なら、それは殆ど違いがない。
「故郷に錦を飾る」は、そんな派手めの服を着て帰郷することを言い、
「錦鯉」は、確かにそんな紅と白や金の取り合わせの鯉のことだ。

 さて、中国の「錦旗ジン・チィ」はこんな、旗です。
 感謝状、お祝いの時、表彰の時相手にあげる旗です。
←この書かれている文言は色々。「拾金不昧」
小さいのから大きいのまでいろいろだ。形は大体がこんな縦長の下は
斜め切りが多い。将棋の駒を逆さにしたようなものと思って頂きたい。
 基本、地がアカで、それに白抜きの字と金色の字が躍る。
金糸でふさが付いてたりする。上には棒が突き抜けるような構造に
なっているのが多い。旗の中央には漢字がずらっと。中国だからこれは
当たり前か。字は一行書きか、二行書き。三行書きというのは見たことが
ない。どうやら簡潔を旨としてるらしい。一行でピシャッと相手に感謝し
褒め、讃えるのはそれなりに難しいんじゃないの、と思う。
 横書き、というのは一度どっかで見た記憶があるが、どんな文言だった
かは忘れて終った。

 書かれている文言は実に多種多様。何を褒め・讃え・感謝するかによる。
 「冠軍 グァン・ジュン」 は、「優勝!」と言ってるから何かで優勝
したんでしょうな、きっと。
  
 そういえばこの中国の「錦旗ジン・チィ」、日本の高校野球の時のあの
優勝旗に良く似てますよ。いやいや、日本の優勝旗が中国の旗を真似て
作られているものらしい。
 近頃よく何でも中国の日本の真似をした商品やらを取り上げて、パクリ
だとか偽物とか言ってますが、こうして日本も昔は随分中国にお世話に
なってるんで、あんまりそう声を荒げて言わん方が好いとおもいますよ。

 上の、「拾金不昧 シィ・ジン・ブ・メィ」 は、「拾った金をねこばばしない」
もよく見ました。不正を働かない、というんでお褒めをいただける。てっことは
そんだけ、ねこばばしちゃう人が多いということですか。これは一行で
なく必ず対の文言が有ったようです。
 「不正を働かず」なおかつ、「努力を怠らない」とかの。
ですからこれ、「拾金不昧」は真面目とか勤勉ぐらいの意味ですかね。

  で、これらはある機関とか団体から個人に贈られるものです。
個人から個人もあるのかなぁ。日本だって変でしょ、個人が個人を表彰したり、
感謝状を贈ったりするのは。ですので、概ね、機関から機関へ、団体から団体へ、
機関・団体から個人へ贈られることになります。
 となって、これらを授与する栄えある人はこれがたまちゃうんですね。
 日本でもよくその、会社の壁は表彰状だらけ、なんてな会社や
 お宅に伺ったら、壁ぐるりに額入り表彰状がこれでもかぁ〜ってくらいずらっと
並んでることがありますが、それと同じで壁一面が紅色だったのは、私の記憶では
確か病院の事務室で見たように思います。
 こんなにも、感謝され褒められてますよ、との圧迫感がありました。

 これでもかぁ!!ってくらい沢山張り付けてある壁を見たこともある。。
 わたしには他人様から褒められたりすることが、子供の頃から今に至って
なお、これからも予定されてないし、多分無い、きっと無い。
一度だけ、中国で社会人に夜の教室の、お勤めを持った人達の文化教室的
なところで日本語を教えていた時、そろそ帰国を控え、それを生徒に話したら、
生徒たちが帰国前の最後の授業はお別れの会を催し、そこで紀念に「錦旗」を
贈ろうとの相談が持ち上がっていることを、小耳にはさんだ。
 もし、それが実現なら私の人生でたった一度の他人様から褒められてこと
になる。そして、私はそのこと自体より、何て文言になるんだろうとそれに期待
した。
 最後の授業のその日。授業といっても講義はなく、私が挨拶をし、生徒が
一人一人立って、一言ずつ言ってくれた。
 それで終わり。最後は拍手で送られた。
 わたしの小耳は一体何をはさんだ、というのだ・・・。
後で分かったのは、「錦旗」を贈るため、贈る側として文化教室を運営してる
団体がその団体名で贈るべき、との生徒の意見で学校側に掛け合ったらしい。
 ところが、学校側の回答はこれまで一度も学校としてそうした個人の先生、
とりわけ外国籍のずっとはいない、一時期の先生にそうした「錦旗」を贈った
ことが無いというのと、時間が余りに迫り過ぎていて間に合わない、
 ということでオジャンになった、と今度は小耳ではなく、面と向かって言われた。
結局後にも先にもたった一度きりの絶好の機会を逃してしまった。

  別に特別欲しいわけではない。強がりではなく。

  
エラー!

黒板報ヘィ・バン・バォ』粉筆の芸術
黒板はそのままの意味。音だけ変わる。ヘィ・バンと。
その後ろの、報は、音がバォ。日本語の報じる、の意味。
こちらは、日本語の新聞の意味もあって、晩報ワン・バォ
と言えば、夕刊を、周報ゾゥ・バォは週刊誌を指したりする。
 それで、「黒板報ヘィ・バン・バォ」はその黒板に書かれた
報道といいますか、お知らせを指します。

 粉筆はフゥン・ビィと読みます。粉の筆はもうお分かりでしょうが、
黒板と一緒に出てくればそれはもう、アレですよ、アレ・・・。
チョークですね。確かに粉っぽいでしょ。
 あとはもうお分かりでしょうが、これが極めて芸術的なんです。
この「黒板報」もだんだん無くなりそうなんで急いで書いてます。

 先ずは見ていただきましょう。
←  こんなんです。
 主に何かの記念日のお知らせ等に絵入りのもが使われます。。
 もう一枚。
  ドラえもんを書いたりもしてますよ。中国でも大人気。
 前の方に生徒の姿もあります。これが「黒板報」。
たぶん・・・日本にもあると思うというか、日本でも何かの記念の日
或いは器用な先生がおられればこれくらいのサービスはありそう。
 ですが、圧倒的に中国がその数を多く見ることができるし、
その芸術性も抜きんでているように思う。

 まず、絵が美味い。チョークで描く絵ですから普通とは違う。。
それにチョークですから、色の数が限られているのに、これがまた
絶妙に色を合わせたりしてこれがまた上手いんですよ。
 更に、絵だけ上手くとも駄目なんですね。ホラッ、字もこの場合
画のように描かれますから、字も上手じゃないと。その字もあれですね
普通の字じゃなくてデザインされた文字ですよね。
 更に更に、書かれている文もそこそこ気が利いている。
 これだけの事をやっちゃう人は凄い。
  コンピューターのトップ画面XPを忠実に再現。
上手であればあるほど消すのが惜しい。何時かは消すんでしょうけど。
料理のあの余りに綺麗な飾り付けと同じです。
 かなりの頻度で素晴らしい「黒板報」を見ました。
 この習慣?残しておきたいです。世界遺産に認定してもいい。
ところで、世界中の学校は「黒板」使ってるんですか。日本は最近
ホワイトボードだったり、電脳(コンピューター)に移行してます。
 ですので、中国だってこれからはどんどん無くなりそうです。
残しておかなくては。世界遺産として。

  そんな芸術的「黒板報」をいつも通り?ボンヤリ眺めてたら、
後から知り合いがやってきて、それを描いてる先生になにやら指示
し始めた。「新入生歓迎」の内容だったと思う。
 突然何を思ったのか、東出ドン・ツゥ(私のこと)!何か描いて・・・
と言う。いやいや・・・と断ったのだが、黒板の上隅の方を指して、、
「ここに日本語で書いてくださいよ」と綺麗に書いてあった文字を
サッサッと消しちゃった。
 そこまでされては・・・。しょうがない。書きましょ。
ここは外国の雰囲気を出すのにワザとひら仮名にしよ、と考えた。
「おめでとう!ようこそ!!」と書いた。ちょっと太字なんかにして。
 これが中った!!存外に評判が好い。
 その後、この「黒板報」は新入学時期が過ぎ、数か月経っても
そのまま。ちょっと気恥ずかしさもあって、もうそろそろ消して貰い
たい、と切望。
 誰も見てない時に、自分の描いたそこんところだけでも消そうか、
とは思うが、それだと直ぐに犯人がわかっちゃうかな・・と躊躇。
 私の描いた部分以外はそれはもう素晴らしい芸術的「黒板報」。
ところがところが後々聞いた話では。私が描いたあのへたくそな
ひら仮名日本語が新鮮で好かったらしい。
 そう言えばあの後、何回か同じように「ひら仮名書いて!」の
注文が舞い込んだ。勿論逃げ回ってその難は逃れたが。
 今でも残念なのはその自分の描いたそのときの「黒板報」の
写真を写しておかなかったことだ。あれは悔いが残る。
流石にその後消されからその事に思い当たったが、間に合わず。
 あの「黒板報」は実に見事だった。証拠が無いですが。
 その証拠写真は残念ながら見つからない。
エラー!

『山寨文化サン・ザィ・ウェン・ファ』って何よ!
 とりあえず、有名なのはこれです。
 何のことかと言うと、コレ、「山寨手机」と言います。
 「山寨」はサン・ザィという発音になります。
 「手机」ショゥ・ジィはこれで携帯電話でして、
中国「手机」のお話は、2010年5月をご覧ください。
今どきのケイタイは中国も智能手机ジィ・ノン・ショゥ・ジィ
といって、アイホン・スマートホンに移行してます。
  後ろの字の「寨」ザィですがこれとりでの意味。
 砦は、そう山賊なんかが隠れる山間にある要塞。
  それと、「文化ウェン・ファ」がどう結び付くかというと、
 そんな遠く離れた要塞で培われる独特の「文化」かというと、
さにあらず。まったく違います。
 「山寨」という語が違う意味で使われ始めたのはつい最近
でして、もともとの意味、山間の砦、はそれはそれで今でも
使われてはおりますが、最近ではもっぱらこちらの意味で使われる
ことの方が多いようです。

  で、最初のその「山寨手机」に話が戻ります。
このような所謂、コピー商品を最近では「山寨」と言ってまして、
ですので、「山寨電脳」もあれば、「山寨化粧品」「山寨家電」
「山寨酒」「山寨手表」「山寨小説」「山寨××」「山寨○○」とにかく
もう何でもありです。
 余りに何でもあるからか、「山寨文化」と言ってますが、これは
私が言ってるわけではなく、先日使ってた中国語テキストにそうした
課があって、紹介?されてました。
 でも、「文化」といっちゃあいけないでしょ、なんか、「文化」って言うと
好いことのような・・・罪の意識なんてまるでないでしょ、ここには。
 そりゃもちょっとその、何かあっていただきたいものです。
 「文化」って!なんか威張ってません?誇ってるような・・・。
「山寨」の名づけ方は恐らく、その地方の隠れた場所で、それも小さな
工場なんかで、密かに?造ってる感じがこの語には込められている
のではないでしょうか。
 日本語的には「ぱくる」の語感に近いような。どっかに山賊が盗んでる
感を漂わせてはいます。

  その実例は恐らくみなさんも日本でも時折報道されておりますので、
ご存知のことと思います。それくらい、多いということです。
 一応?取り締まりなんかもしちゃったりして、中国もごくまれにですが、
「山寨」モノはいけないんだ、とのポーズは取っていますが、そんなもの
は物ともしない数と量で「山寨文化」は凌駕しています。
 ますますのさばっちゃてるし。「文化」だからだよ。

 ここで、話は急転回しますが、「山寨」といえば、私が思うのは、即

 ここ!ご存知!北京 秀水街シュゥ・スィ・ジェ!!という今はビル。
 ご存知ない方は、此処、北京にあるショッピング街なんですが、
何と此処で売ってるのはその殆どが「山寨」モノ。
 本物は無いと思った方が早い。以前はこの一帯に広がっていた、
屋台が、都市計画と儲かっちゃのか、こんなビルにみんな入って今では
それぞれがブースになって、やってることは同じです。
 「山寨」にしては立派すぎるビル。なんかこれもちょっと・・・ね。
店内は無いものがない。そんなパクリ商品がずら〜と並んでます。
気を付けてください。店員だってひょっとすると「山寨」かもよ。
一大?観光地となっておりまして、各国の観光客が引きも切らず、
やってきます。「山寨」モノを求めて。
 そんな客を相手にする店員さんたちは平気で5・6か国語を操っちゃい
ますよ。凄いです。
 日本人だな、と思えば「社長!!」と声をかけ、ロシア人と思えば、
「шДИε×Й〜&」と声をかけ、韓国人とみれば・・・、の
ように自由自在です。見習うべきだと思ったりします。あの根性。

 ここでの、面白い話はたくさんあります。
ある日、知人と一緒に此処へ。彼も何度も来てるから知ってる。
「山寨」であることもとっくにご存知。時計売り場を覘いていた。
買う気もあったのかなかったのか?彼がある時計を手にしてると、
新商品がある、と勧める。これは先月発売されたばかりの新モデルだ、
という。先月発売になってもう「山寨」が出てるのか・・と感心。
その辺は知人も承知してるので、適当に話を合わせていると、
お二人は中国語もできるようだから、特別に、こことは別のもっと
精巧な品を売ってる所を案内しましょうか?と店員が言う。
ここは観光客相手だからお土産のレベルだが、その上をいく店が
ある、と言う。知人が、それって秀水街の「山寨」街じゃないですか、
等とからないながら、突然話の途中で知人は
何を思ったのか急に、その店員がしている腕時計を指して、ソレ!
いいですねぇ・・・と言い始めた。すると店員は慌てて、イヤイヤこれは
・・・と歯切れが悪い。知人はからかってるのか本気なのか、
その店員が今している腕時計が欲しい!と言い出した。幾らなら売る?
これは欧米茄オゥ・ミィ・ジャァ(オメガ)の××ですね・・・なんてな
ことを言ってる。幾らなら売ります??って、買う気かよ!!
 店員は店員で、押されてもすぐに押し返すはずのいつも様子とは
違い、えらい腰が引けてる。なんだこのやり取りは??

 暫しのやりとりがあったのち、
店員が折れた。勘弁してください。これは売れません。
これは自分のもので、ホンモノなんだ、と言う。
 ホ〜ゥ!儲かってるんですね!!と知人は更に押してる。
こっから、店員が逆転に転じて、若しも本当の欲しいなら譲らない
ことはない・・・、但し、本物なんで幾らもオマケできない、と言う。
ところでお幾ら?と更に一押し。とんでもない高い額が提示された。

  その後、店から出るのを待ちかねて、尋ねた。
アレッて、本当に、ホンモノですかね。
 知人の答えはキッパリ。そんなわけないだろう。
よくできた「山寨手表ショゥ・ビィァォ(時計)」だったよ!と言うが、
なんで偽物と分かるのかは教えてもらえなかった。
 ちなみにこの知人は某時計店の跡取り二世です。
店は継いでませんけどね。
エラー!

『××書城×・スゥ・チャン』大型書店で
 日本にいても三日にあげず本屋には行きたいくらい本屋が好き。
早い話が本が好き。本を読むのを愉しみとしている。
 それ位、本屋が好き。本のある場所が好き。図書館とか。
 ということは、中国でも本屋へはよく行く。幸い私の旅行は全くの
個人旅行であることと、とりたてて目的のない、どっかをブラブラして
くるだけの旅なので、本屋に行く時間はある。いや、多分時間が無くとも
行きたがると、思う。
 中国での本屋通いもかなりこれで年季が入ってる。
中国の書店≒「新華書店シン・ファ・スゥ・ディェン」という
頃から通ってる。
 あの頃の、中国の書店は酷かった。何せ中国の出版界そのものが、
未成熟だったのに加え、本そのもの、紙の質も悪かったし、出版点数も
充分とは言えない状態だったから。
 加えて、本屋さんはどうかというと。まず、本屋の書棚に客は直接触れる
ことが出来なかった。昔、日本の図書館も開架式ではなく、先にこれこれ
の本が読みたいと、在庫書籍目録から書名を探し申請し持ってきてもらう
というやり方だったのをご存じだろうか。あれと同じだ。
 目の前に書棚、更にその前には大概ガラスケースがグルリ配置されて
いて、そのケースと書棚の間には通路があり、間に書店員がいる、という
配置だった。つまり、客は勝手にその一線(ケース)を超えて中に進むこと
はならず、自分が読みたい、手に取ってみたい、買いたい本があったなら、
服務員(店員)にそこのあの本を取って!と頼むわけです。
 そうすると、大概その頃の服務員はこれでもかぁ〜ってくらい不愛想に
かつ面倒そうに指定された本を抜き出し、客の前のケースの上にその
取った本を放り投げる。ホントに放る。そっと置いても罰は当たらない
と思うのだが何故か、これ見よがしに「ポン!」と放ってくる。何で??
 もう一冊の方も見てみたいな・・と思ったら、また服務員の手を煩わせ
取ってもらう。この時、今でも覚えているは、私が読みたい本は、作家は
知っているが、たまたま、その作家の本で、作品名が難しい題でたまさか
私の知らない漢字で、要するにその背表紙が私は読めなかった。
 だから私は「二段目の黄色の本」と言いましたよ。それを聞いた服務員。
さてはこいつはこの字も読めないと気づいた。明らかに、題字も読めない
奴がなんでこの本が読めるの!!ってか買うわけないじゃん!!
 との侮蔑の視線と、はっきり迷惑!ってな顔で前より一層遠くからその
本を投げてよこした。
 確かに読めない私も情けないと思い、温厚な私はその読めそうもない
難しい本を、意地になって買ったのを覚えてる。で、その本はまだ手元に。
 そんな悔しい思い出と共にある「新華書店」は変わりました。
 中国全体が変わったので、「新華書店」だけが変わったわけではないが。
 それに、それ以外の個性的は本屋も現れてきています。
出版点数が飛躍的に伸び、紙質も急激に好くなり、その装丁も好くなった。

 そして現れたのが「××書城スゥ・チャン」と呼ばれる超大型書店。
 北京のそれが有名。建物まるごと本屋です。
 そんな超超大型書店が各地に現れました。「××書城」の「××」の処には
それぞれ、その都市名、「北京」「上海」「南京」「成都」などと入れてくれれば
いいだけで、大概どの都市にもあります「書城」。
 これはもう本好きにとってはたまらん。行かないわけにはいかない。
 ということで、訪中の旅に欠かせないのがこの「書城」詣でです。
以前のように服務員の手を煩わせることもなく、勝手に書棚から自分の
見たい本を手に取り、買わないなら戻せばいいだけ・・・って、これが普通。
 基本、本屋ですから、日中双方に大きな違いは今はもうありません。
 それでも、やっぱり、違うところもあるんですね。。

  例えば階段にすっかり座り込んでの、立ち読み??
っていうか、すっかり落ち着いて座って読んじゃってますけど、これに
寛容ですよね。いいの??これでも??ってくらい。一度すっかりその
床に寝そべって本をじっくり?読んでる人も見かけましたけど・・・。
 許されるんだ〜〜とちょっと驚きです。

 懐かしの「新華書店」当時は、本を買っても包装はありませんでした。
暫くは、買った本の背表紙裏側にその本屋のゴム印をポン!と押されて
ましたけど、あれもどうよ?って感じ。こっちの買ったその本に勝手に
ゴム印押しちゃうんですから。
 その後、ビニール袋はいただけるようになりました。
まだ、各書店でブックカバーを用意するなんてなサービスはありません。
書店の会員になって、ポイントサービスなんては始めてます。当然すぐに
会員になりました。何せ、毎回行く度に相当の量を買います。
 それになにより、ビル丸ごと本屋というその圧倒的量に大満足。

 もう一つは玄関のあたりにある本の積み方、
 日本だと店員さんが自分でお奨めの本の宣伝を書いて
平積みの本の脇に、というのが玄関口に多いですが、、中国はそれを
丸ごとよく、本で表現してますよね。本を「Jobs」と積んで遊んでます。
 こんな商品を積み上げて遊んでる陳列にお目にかかれるのもまた
愉しみの一つでもあります。

  ということで、みなさん、旅行に行かれて時間がありましたら、
どうぞ中国の書店にも足を運んでください。
 おもわぬ、面白本の収穫にも出会えるかも知れませんよ。
 
エラー!

『相親シャン・チン』お見合いですよ〜!
  「お見合い」という制度?は恐らくどの国にもある。
もし、こんな制度?が無かったならば、不便。
若い男女がそりゃまぁ自然に知り合えれば、それに越したことはない。
でも、全員がそうなるなんてなことも、考えずらい。ありえない。
 となれば、「お見合い」。ただ、そう呼んでるかどうかは別にして。
恐らく、欧米では、夜な夜なパーティーが開かれていたり、若い男女
の出会いの場となるそうした所が街にある。だから困らない。
 もし、そんな場が無かったなら、当然、誰かが紹介・推薦してくれるか、
制度として、そのような場が無くては、そりゃぁ困る。
 ですので、中国にも「お見合い」はある。「相親シャン・チン」と言います。

 この問題、なかなかに難しい。何が難しいか。「相親」自体はな〜ん
にも難しくはないが、ここに至る背景がどうして複雑。
 何故にそうなるか。「相親」が話題になるのは、大概その男女の出会い
が上手くいかないから。或いは、「相親」が取り沙汰されるということは、
その前段の社会背景のところに問題があるからですね。
  男女の出会いが何故に難しいかというと、それは簡単です。
この当事者が双方とも、人間。生き物です。それも意思を持った。
双方の思惑があります。当然、その親やもっと言えば更にその親に
とっても最大関心事であります。これで、一生が決まっちゃうし。
  加えて、社会情勢がこれに加味されます。
 一つは、中国、端的に今、男女の比率が偏ってる。酷い偏り。
つまり、男性過剰ぎみでして、この比率はかなり深刻。
  更に更に、今どきの若者は、ほぼ一人っ子なわけであります。
当然、本人の人格形成にも何かしらの影をこの問題は落としてるでしょ。
一人っ子と一人っ子の「相親」。また、一人っ子、親の期待もその子が
一身に背負っていることになります。家を挙げての大事です。
  まだある。大分治まってきましたが、結婚にかける費用が異常。
面子もあるでしょうし、一人っ子の要因も、急激に物質社会に移行した
反動もあったり、いろいろ要因はあるんでしょうが、取りあえず異常。
 そんなのがあって、2011年7月号で書いてるように『裸婚ラー・フン』
地味婚でいいじゃないか!の動きが。
  (お時間がありましたら、どうぞついでにそちらもご覧下さい。)
まだあるんですが、とりあえずこんなような背景があって、「相親」。

 剩女セン・ニュゥ、 剩男セン・ナン という言葉がある。
何とも失礼な言葉だが、そのものズバリ、適齢期を迎え結婚しない男女を
中国ではそう呼んでいる。余った・・は失礼じゃないの・・と思うが、これで
定着してるところを見ると、本人たちもそう気にもしてないのかも。
 で、そうした剩女・剩男は、時代に関係なく、国に関係なく、居る。
 その割合は近年増え続けている。これにも時代背景はあるし、それが
大きく影響している。その話を書くとまた長くなるので、飛ばしますよ。
飛ばして、本題の中国の「相親」の話しへ。

 中国のお見合い「相親」の特徴は、その大らかさにある。
「お見合い」ですよ〜と言って憚らない。大声で言える。そこが違う。
日本の様に誰かが相手を紹介し、日を決め、それなりの場で、それが
執り行われる、ということは少ないらしい。
 それともそうしたのは目につかないから、知らないだけなのかも。
 男女がホテルの一室で、卓を挟んで、後ろに琴の演奏が・・・は
余りに古い「お見合い」イメージでしょうが、それはない。中国では。
 また、日本でもそうした傾向があるでしょうが、当のご本人より
この問題に熱心なのは親の方、というのはままある。かなりある。
 とりわけ母親。これが熱心を通り越し、時に行きすぎたりもする。
この話題も時折新聞紙上や雑誌で目にし、笑わせてくれる。
 さて、中国のお見合いは、ではどんなか。
 「相親会」がその代表。
 青空の元、そこに紹介を希望する男女が、その親御さんが集まる。
場所は大概公園のような広い場所。申し込みをし、その時、自分
が、又は自分の息子・娘がどんなかを項目ごとに箇条書きして
書き、相手への取り立てての希望があればそれも添えておく。
 まるで、ハローワークの求人広告を見せらえているような。

 そうして、書かれた紙を張り出す。もう〜ずら〜っと。
参加者はその紙一枚一枚を丁寧に見、こちらのお眼鏡に叶いそうな
相手を探す。もう、大公開!!です。個人情報なにするものぞ!!
ですし、相手への要望を見てると、これはちょっと要求しすぎじゃないの
・・・から、自分紹介は、そんな条件いいわけぇ〜と眉唾もの、
だったりの何でもあり。
 とりあえず、大ぴら。大らか。大胆。

 それで、脈がありそうなら、次は、個人面談となる。
 でもこのやり方、確かに一種のフルイにはなると思いますよ。ある程度
双方の条件の合った人をふるうには役立っても、どうでしょ、このフルイ
余りに目が粗すぎて、実際には本当に役立つんでしょうか?

 ということで、最近はホラッ!ネット社会ですから、そんなお困り男女を
助けるサイトもどんどん立ち上がってます。
 ここでもまた、ネット社会がそうなのか中国社会がそうなのか、胡散臭い
怪しい会社やサイトが後を絶ちません。
 結婚相談所的なそれを扱う会社も同じように雨後筍状態。
これで、時折話題になるのは、男性の年間入会会費が日本円に換算して
も、えぇ〜それが払える男性って・・・というような高額の会は、多分、
そういう会だから話題になるのであって、もっと普通に?地味な会社は
余り話題になりもしない、ということでしょう。
 これを扱った、テレビ番組見ました。番組上で何とかカップルが出来る
ように盛り上げそれ自体が、演出もあって、番組として構成されてます。

  総じて言えば、中国の人たちのこの「相愛」。
明るいですよね。ご本人たちが本当に明るいのか、単にそう振る舞ってる
のかまでは分かりませんが、私の受けて印象は、大らか。
 差し迫ったものを感じないのは私がそれとは関係もない遠い場所にいる
せいだけでしょうか。
 お見合いに行く本人が、何のてらいもなく、
  「お見合いですよ〜!!」と大声で言えそうですけど。


戻る
戻る
前へ
前へ
次へ
次へ