月刊・私の見た中国 目次

エラー!

『教師節ジャォ・シィ・ジェ』先生に感謝の日
  いろんな国に、いろんな記念日はある。
なるほどなぁ〜、の記念日もあれば、当然だぁ!記念日も
ある。コレなんで?の日だってある。
 更にこれらは、時代によっても変わる。
中国のそうした記念の日は、○○節ジェと呼ばれる。
その最大にして最重要なのが、春節ツゥン・ジェ(旧正月)。
 節ジェにはもう一つ、季節を分けるその節目の意味も
ある。日本語も節分というくらいだから。
 とするなら、夏威夷シャ・ウェィ・イ(ハワイ)はそれを
必要としないことになる。
 「教師節」の「節」は、季節とは別に記念日の意味。
 因みに、児童節もあれば婦人節もある。

 先を急ごう、さて、この「教師節」、字でお分かりのように、
教師の祝日。ある職業の人のための記念日は珍しい。
その世代を代表したり(敬老の日・子供の日のように)
性を分けたり(女の子の節句・母の日)はあるが。
職業別記念日は他の国にもあるのだろうか。
 普段、中国語では学校の先生は、老師ラォ・シィとよばれ
ている。教師ジャォ・シィは書き言葉に近い。
 言い忘れてた、その「教師節」は9月10日。ということで、
今月号の話題は「教師節ジャォ・シィ・ジェ」です。

 そもそもですよ、こうしたわざわざの日があるということは、
それなりの訳がある。賢明なみなさんはもう私が何を言いたいか
お分かりかとおもいますので、くどくど言いませんが、「教師の日」
もそうした必要性があったということなんでしょう。
 この日が設けられたのが1985年というから、
まだ、そんなに経っていない。
 その頃は、特に必要とされていたのでしょう、この日が。
 教師だけに特別に一日そうして記念日が充てられているのは、
電車の「優先座席」と書かれた席と同じで、本来はそんなものが
なくともそうなるべき事がそうならないから、「優先座席」がある。
 「教師節」もそうした歴史的過程があってのこの日となっている。
これに近いものに3月号で書いた「三・八婦人節」がある。
 これまた、婦人の地位向上の為必要だった。
  「教師節」があるなら、「鉄道員節」があったっていいはずだし、
「警察官節」「看護婦節」なんてなのもあってしかるべき。
 こうして並べていくと、毎月なんかの「○○節」の日が来る。

 「教師」というこの職業の人も多い。全国津々浦々にいる。
更に、下は幼稚園から大学まで長〜いことこの職業の人たちと
接触がある。
 個人的偏見だが、「教師節」が一番目立って盛んなのはやはり
大学のそれだ。
  小・中・高にもそれはあるし、その日それなりの感謝が表され
るが、大学のそれと比べるとずっと地味だ。
  大学のそれは、祝う方の学生もそろそろ大人と言うこともあって
その演出に相当気を使うし、自分たちもそれを楽しむ余裕がある。
 そしてその表現方法にも自由がある。
 この日が近くなると、各学校、各クラスでは、どの先生をどんな風
に驚かせてその感謝の意を表し、どう感動的に伝えられるかが
それぞれ密かに工夫される。

  二度この「教師節」を自分でも参加して体験した。
一度目は留学生として。わたしの班バン(クラス)には実に多くの国
からの留学生がいた。誰かの提案で、「各国の言語でそれぞれ
先生に感謝の言葉を寄せ書きしようではないか」ということになった。
 英語・フランス語・韓国語・イタリア語・ドイツ語・アフリカの何とか語
ロシア語・・・・と、誰一人全体に何が書かれているか分からない、
見慣れない文字で埋まった寄せ書きが面白かった。
 わたしは、それに故意に縦書きで、それも平仮名を多用して、
「ありがとう、せんせい!でもこれではみんなが、なにを書いてる
ささっぱりわかりません!!」と書いた。
 後で知ったが、みんなは、もっと無茶苦茶なことを書いてたらしい。
でも、先生はとても感動して喜んでいた。
 あの寄せ書きいまはどうなってるだろうか。

 二度目は、教師として。社会人に日本語を教える班でのこと。
たまたまだろうが、この時はわたしが寄せ書きをいただいた。
全員が習いたての日本語でわたしに感謝のことばを書いている。
明らかにこれは何かの文例集から引いただけ、というのもあれば、
たどたどしいが、自分の言葉で表現されているものもある。
それは、それぞれが、その生徒の個性を表していた。
 驚かされたのは、それぞれの一言が長かったせいか、色紙の
ようなその紙の裏表両面ともがびっしりだったこと。
 もう一つは、わたしが嘗てそうだったように、教師に対してそんな
ふざけたお祝いの言葉を書いたりする生徒はいなかったことだ。
 一人だけ、縦書きの子がいて、隅の方にその子が書いていたのは
「先生は一度も遅刻をしませんでした。凄いです。」と書かれてた。
 この子にとってはわたしの授業内容や日本語の学習よりも、
わたしが遅刻しなかったそのことが一番の印象だったらしい。

 ところで、
 いまその色紙がどこにあるかというと、探せないでいる。
 生徒のことも、そのいただいた色紙の
ことも忘れずに覚えてはいるが、その色紙がいまどこかは
忘れてしまった。
エラー!

『洗脚シィ・ジャォ』足湯は如何ですか。
 中国ドラマを見ているしばしば
 こうしたシーンに出くわす。
  それは、こうした親子だったり、勤めから帰って
 就寝前の愛人アィ・レン(連れ合い)にしてあげる
 それだったりだ。

  これは、足を或いは脚を、小さなそれ専用の桶を持ってきて
 季節にもよるんでしょうが、特に寒くなってからは、まず魔法瓶
 のお湯と水を適当に温度になるように混ぜて、自分ですることも
 あるんですが、誰か他の人に揉んでもらいながら洗う行為を
 洗脚シィ・ジャォと言います。
   ついでですので、日本語ではほとんどが足の方の字で処理
 します。一方の脚の方の字ではよく、机の脚とか、人間以外の
 ものに使われたりしますが、本来はこうした字の違いはその人間
 の体の部位の違いに由来しています。
   ですので、中国では、足は書き言葉としてはありますが、普段
 話すときは、我々が足といっているくるぶしから下にあたる部分、
 靴を履くのは、脚ジャォです。
   一方、腰からしたの付け根からくるぶしまでの部分を、
 腿トゥィと言っています。これは膝小僧のところで曲がりますので、
 上の部位を、大腿ダァ・トゥィ、下は小腿シャォ・トゥィと明確に
 部位によって分けて呼びます。
   ということで、日本語の足湯は、足は使わず、脚の方で対応。

  その洗脚専門桶もあります。その宣伝を時々見ます。
 勿論、最近では材質がみなプラスチックにとって換われています。

  この洗脚がドラマに度々登場するには、それだけ一般家庭でも
 頻繁にやられているということでもありますが、
  その大きな理由は実に簡単です。洗脚は気持ちがいいからです。
  
 幾つか中国独特の事情があります。それも紹介しておきましょう。

  一つには、家にあっても靴を脱がない四六時中靴を履いてる
 生活ですので、就寝前に或いはくつろいだ時に、靴を脱ぎ棄て
 足を開放してやり、ついでに温め洗うという行為が心身ともに
 くつろぎを与えてくれる効果があるからでしょう。
   割と簡単に気持ちよくなれます。
  更に、ご存じ中国漢方医学では、足のツボに関する研究は歴史
 もあり、伝統もある。脚裏マッサージと、足湯を一緒にしようという
 のだから悪いわけがない。気持ち良さも裏打ちされている。
   更に更に、あまり浴槽につかりゆったり風呂に入る習慣がない
 水の事情、住宅事情、設備的な要件もあって、この洗脚は非常に
 簡便にそれらの条件を乗り越えることができる。
   だからこそ、普及した。

   日本だと、最近特に温泉地などでよくお目にかかる、足湯。
 あれを中国では昔昔から各家庭でやっていた、ということです。

  早速自分でもそれをしてみようと、中国の某大学の寮住まい時、
 桶を買って戻った。すぐにそれを目ざとく見つけた、当時各階にいる
 服務員フゥ・ウ・ユァンのお嬢ちゃん、呉小姐ウー・シャォ・ジェが、
  「東出ドン・ツゥ〜!何でもまた洗盆シィ・パン(洗面盥)
  買ってきたの・・・あるじゃない・・・」と非難がましく言う。
 今日買ってきたのは脚用で、前のは顔用だから、一緒にしないように
 というと、「ふ〜〜ん」と納得したような、しないような返事だった。
  わたしの部屋は、部屋の中は土足禁止にして、カーペットを敷き、
 スリッパ履きで過ごすことにしていた。
   これが思わぬ障害になって、何せどんなに注意していてもこの
 洗脚をすると、下を濡らすことになる。絨毯を濡らすとあとあと厄介。
  それには、シャワー室まで行って、洗脚をすればいいのだが、
 それだとまた、せっかくのくつろぎ気分が得られない。
   ほどなくして、わたしの洗脚計画は当初の熱意も遠ざかり、
 あまりこの脚用盥を使う機会が少なった。
   そのことはすっかり自分で忘れていた。
   そんなある日、
  部屋に突如として、広告がドアの隙間から
  差し込まれているのを発見。
   その時はじめて、こんな家電があることを知った。
  へぇ〜すごいなこれ・・・と思って眺めていると、
   部屋とノックする音が。呉小姐だ。やっぱり!!
  「ドン・ツゥ〜!これ買いなよ!!」と勧める。
  「××デパートのこの売り場に知り合いがいる」と言う。
  つまり、いくらか便宜が図ってもらえるということだろう。
  或いは彼女に幾らか見返りが有るのかも知れない。

   それから更に数日、あとで知った彼女の企みは、なんと!
  わたしにあれを買わせ、わたしが使わない時は、服務員仲間
  全員でそれを交代で使おうとしてたらしい。
 
エラー!

『大熊猫ダァ・ション・マォ』パンダ・ぱんだ・Panda!
 パンダは中国語で、 大熊猫ダァ・ション・マォ と書く。
これは大分有名になった。ご存知の方も多い。
 何よりあの、白黒模様と熊のようでいてクマよりは愛らし
あの動きが受け入れられて、大熊猫はどこの国でも人気だ。

 わたしは取り立ててあの動物が好きとか、関心があるわ
ではない。オッカケなんてのでは決してない。
 因みに、上野動物園のパンダは一度も見に行ったことがない。
それなのに、多分わたしはほかの方よりパンダを見てると思う。
勿論ホンモノだが。これは自慢してもいいかも。
 中国各地の動物園で対面してる。わたしの旅はブラブラ時間が
多いので、名だたる都市で数日いると余り賑やかな近代的場所
が苦手なせいか、北京でも上海でも成都でも広州でも動物園に
行ってはパンダを見てる。そうそう、香港でも行った。
 ということで、わたしの見たパンダの頭数はみなさんのそれより
多いはず。まぁ実はパンダに関してそんなに詳しくもないのだが、
回数が多いということで、書く資格はあるだろうと、思っている。

 そこで、今回は「大熊猫」話題。
 「パンダとわたし」って、なんか小学生の作文の題のようですが、
これで一番に思い浮かぶのは、何と言っても
わたしの住む町、函館、にパンダが来たことがあるという事です。
これ、意外に函館の人も語らないし、宣伝しませんけど強調したい。
 凄いでしょこれ。25年も前の事ですけどね。ナニ?そんなに前
だからもっと凄い。パンダ人気がこんなに盛り上がる前ですよ。
「青函博」といのが1988年にありまして、これは青森と函館の
津軽海峡を挟んだ両都市の青と函をとって、共同開催の博覧会を
やったんですよ。まだまだ“官”にも余力があった。あの頃は。
 青函トンネル開通で湧いていた。その年にやってきた。
 この二頭がそうです。
 函館にいろんな有名人が来てるとは思いますが、そん中でも
これは超ビックスターだと思うんですが、これが知られてない。
その当時もあんまり力が入ってるようでもない。とすると、
パンダ人気ってそのあと辺りからなんですかね。
 余りに冷遇されてるので、ここでも触れておきます。
パンダは函館にやってきていた、と。
 いま、パンダをお呼びしようと思うと大変ですよ。呼ぶ前にまた
内輪でなんだかんだありますしね。
 ここまでが、地元函館宣伝。

 こっから漸く中国のパンダの話に入ります。
中国のあちらこちらの動物園でパンダを見てます。どこも日本の
上野動物園のように冷暖房完備何てなところは無くて割とほったら
かし、というかその辺に普通に「お〜、おるおる・・」って感じで、
他の動物より特に優遇されてる様には見受けられません。
 でも、中国でも子供には大人気のようで、どの動物園も考えたの
でしょう、目玉限定商品は店の一番奥のコーナーに、というあの
スーパーマーケットの売上促進法則にのっとって、どの動物園も
園内の一番遠い位置にパンダ館はあったりするのがにくい。
 中国の動物園はどこも広いから、子供が「お母さん!早く!!」
と言って、パンダ館に急ごうとしてるのに、「順番に見て・・・」何て
お母さんは言ってるがそれだと、何時になったら辿りつけるやら、
である。だからわたしの印象は、動物園へパンダを見に行く、
は即ち、いっぱい歩くということになってる。

 因みにわたしはパンダの聖地、
 「成都大熊猫繁育研究基地」にだって、ちゃんと行ってる。
暇なんだ・・・。大熊猫と言えば此処ですよ。ここを外しては
語れない。ということで、行きましたよ、パンダ聖地。
  ところが、此処の入場料、ちょっと高め。
パンダしかいないんですよ。パンダのみ。なのに普通の動物園より
高い。普通の動物園は色んな動物が見れる。ここはしつこいですが、
パンダのみ。なのに・・・。と言ったら、そういう風に考えが可笑しい、
と一喝された。
 この入口の所で目ざとく見つけたのが、相変わらず中国はその
入場料の区分けを身長でやってる。子供料金か大人料金かは身長
で区切ってる。これ乗り物なんかでも採用されてて中国ではごくごく
一般的な区分法なんですが、なんですが、場所が場所だけに・・・
同じ動物でも大熊猫のように急激に大きくなるような動物園でも
もしこの区分けだと大変だろうな、等と全く現実味のないことを
考えて一人ニヤニヤしてたら、怪しまれた。
 入場料を払って、ガイドを頼もうとなった。折角だからちゃんと
説明を聞きながら園内を歩きましょう、という。ところがこのガイド、
中国語と日本語のガイドにはその料金に倍以上の差がある。
それって、話す内容が違うわけじゃないのに、可笑しい!
とわたしが言ったら、それは賛同を得て、
モチロン安い方の中国語でガイドをお願いした。
 更に園内の売店は、それこそパンダグッズがいっぱい。
ある意味パンダしかない。当然といえば当然だが、選択肢がパンダ
しかない。面白みがない。と言って他のものを置いたからと言って
売れるかと言うと、そりゃぁここでは大熊猫でしょ、とは思う。
 思うが、天邪鬼なのと、ケチな性格のわたしは、ここの売店は高い。
それに当たり前だが此処でのお土産品は子供向けの可愛い系が
主流だ。可愛い土産が似合う人とそうでない人がいる。
 わたしにいい考えがあるから、ここでは買わなくていい、
と見栄をきった。
大人用のパンダ土産。なんだと思います。
正解は、「大熊猫」タバコでした。これならカートンで買って
小分けにして、一個一個差し上げれば効率的にもいい。
 これにも反対意見がでた。
タバコの吸わない人はどうしますか・・・って、そんな・・・・
そこまでは知りませんよわたしだって。
でもそれって、人形だってパンダキーホルダーだって同じでしょ?
使わない人は使わないんだから・・・と言ったら。
 イヤ!それとは違う!!とキッパリ言われた。
 
エラー!

『旅遊車導游リュゥ・ヨゥ・チュゥ・ダォ・ヨゥ』バスガイドさん
 あまたあるガイドさんの中でも、バスガイドさんの話。それ
旅行用のバスガイドさん。ということで、最初の「旅遊車」が
ついてます。これが観光バスを担当、後ろの「導游」は、こ
あらゆる職種を指します。ガイドさんは全て、「導游」です。
 ですので、「ガイドブック」は「導游書ダォ・ヨゥ・スゥ」です。

  この職業、日本だと先ず真っ先に、バスガイドさん=制服姿
を思い浮かべる方が多いでしょうが、中国ではこの“制服姿”は
期待しないで下さい。見たことがありません。
 もう一点、バスガイドさん=若い女性の期待にも応えることが
できません、中国では。かなりの割で男性導游がおります。また、
必ずしも若い小姐の導游かどうかは保証の限りではありません。
  割合的には、若い小姐の方が少なかったように思う。
ご期待のそえないところもありますが、バスガイドさんのお話を。
 先ず、お断りしておかなくてはいけないのは、
 私は、日本の所謂、団体旅行に入っての中国観光旅行をこれまで
したことがないので、
今回の旅は、「日本語がとてもお上手なガイドさんでしたよ」とか、
「ガイドさんが親切にしてくれましので、助かりました」などの、経験は
ない。無いが、知り合いにそうした仕事をしてる人はいるので、逆に
「日本の××県からのツァーで、方言が分からず大変でした・・」と
いった、中国のガイドさんからのお話は時に伺ってはいる。
 本筋からちょっと外れるが、ここで気づいていただきたいのは、
例えば、台湾観光団が来て、日本人ガイドツァーが付いた何てな
話はついぞ聞かない。台湾からの添乗員兼ガイドさんがそれを
一人何役かの活躍で片づけてますよね。
 一方、日本人が台湾や大陸でツァーに申し込むと、現地でのガイド
さんは大概、当たり前のように現地の方がする。この点、旅行の形態が
違うのはお気づきでした??

  話を戻す。
此処で私の言う、バスガイドさんは、私がよく中国旅行の旅先で、時に
ホテルのフロントで、時に駅前の観光案内書のようなところで申し込む、
日本で言うなら鳩バス観光のような、地元のバス旅行に乗り込んでくる
ガイドさん限定のお話となっている。その点をまずはお断りして、
  さて、本題に。
ガイドさんそのお仕事そのもののは、国を違えても、やることは同じ。

 名所旧跡を巡り、案内し、説明をする。
具体的はどうなってるか分かりませんが、この方たち、外国人を相手
にするガイドさんは無論のこと、何か資格のようなものをお持ちらしい。
会社に雇われている社員なはずだが、そんな大きな会社はないのか、
会社もそこまでは構わないのか、服装はいたって自由。
 地方都市のホテルで、一日観光Aコースなんてなのを申し込むと、
宿泊先のホテルまで迎えに来てくれて、その玄関口にバスが横付けに
なったりする。これは日本でもある。驚かないが、その辺がまたかなり
ゆるくて、都市にもよるが、のんびりさ加減がこの辺から遺憾なく発揮され
こちらはとうに準備して待ってるのに、待てど暮らせど・・・のこともある。
  それはいい、そんなのは慣れっこ。
  ホテル前、駅前に迎えに来たバスに乗り込むと、座席指定などはない。
それも好い。そう混んでもいないし。先客がいるが、先方もそれぞれに
カップルだったり、小さな団体だったり、乗り込んだ私たちを値踏みする。
  その値踏みとお迎えを数回繰り返し、いよいよコースへ。
  車中、ガイドさんがバスの車窓を指して「右手に見えますのが・・・」
何てなガイドを受けてことは少ない。これもガイドさんによるのでしょうが、
一応の向かう先の説明なんかをしてくれるガイドは、説明をしながらきっと
今日の客を把握するのに熱心なんでしょう、何度も確認するようにこちらを
見て、記憶しようとしてるんでしょう。大変だ、この職業も。
 ツァーに申し込んだ時点で、ホテルフロントからの連絡か何かでこちらが
日本人だとバレてる時もあるし、ガイドさんが知らずにいることもある。
 私の希望は知らずにいてくれた方がいい。
 駅前案内書で申し込んだりするときは、誰もそんなとこに日本人がフラッ
とやってくるなどとは予想してないのか、割と簡単にしかもバレずに乗れる。
 何故日本人とバレると嫌か。それは日本人と分かって反日の攻撃に合う
とかではない。逆。途中まで中国人だと思ってたのが何かの拍子に日本人
だと分かって、バスガイドさんはじめ、乗客のみんなの素振りが急にこちら
を気遣ってか変わるのを好まないからで、取り立てて隠しもしないが、
問われない限り、こちらから名乗ることもしないだけだ。

  一日観光だと、想い出は、存外そのどんな有名な遺跡をみたことより、
そのツァーのお昼の時間の想い出が印象に残ってるのは、私の食い意地
がはってるからだけではないと思う。
 面白いのは、お昼。この時、我々ツァーご一行と、バスガイドさん運転手
さんは食事を一緒にしない。一緒にはいないが、大概田舎なんで、お店は
そこらにしかなく、同じ店で食事する。つまり、ガイドさんと運転手さんたちは
お店の違う部屋で、私の睨んだところ私たちよりランクが上の食事をしてる
らしい。それはツァー客を連れてきてくれたお店側のお礼なんでしょきっと。
  その部屋から楽しそうな話し声や、時にお酒を飲んでるらしき様子が
伝わってくる。大丈夫かぁ?午後の観光??と不安がよぎる。

  各地でそうした観光をしてきた。一番の思い出は。古い古い話だが、
首都北京。悠久の歴史の都。その前にも北京は何度か行ってるが、
さて、正式に名所・旧跡をグルリと回ったことがなかった。そこで、
当時天安門広場の傍にあった、一日観光申込所でツァー参加を
申し込んだ。先払いで、身分証明書を求められることもなく、あっさりと
明日の予約券と領収書が渡された。翌日、朝まだ早くにこの場に集合。
皆さんここから乗るようで、かなりの人数がもう並んでいた。乗ってみたら
空き席はもう2席位。で、バスは出発。パンフレットでは6か所を巡ることに
なっている。車内は後ろの方に、広東省の一団とおぼしき、9人の小団体。
私はホンコン組と呼んでた。南の方からきたらしい夫婦。子連れ2組。
新婚旅行らしきカップル。出張組とおぼしき、6人、・・・といったところ。
 後ろのホンコン組は仲間で盛り上がり、最初からハイテンション。
この9人には通訳がついてる。何せ彼らは広東語。当時、北京語が余り
通じなく、各地その地の言語でやってた頃だ。上海は上海語だったし。
他のカップルは大人しいもので、それぞれの世界をつくっている。
順調に先のお昼の食事もすんだ。
 なんで私らが中国人でないとバスガイドさんが判断したかは分からない。
乗り込んですぐに前の座席背中によくついている取っ手のところに車内
で出るゴミを入れるようにビニールの袋をさげていた。
 この時点で、ガイドさんは、アレッ!と思ったらしい。車中二人は殆ど
喋らない。声高に話することもないし、携帯電話を取り出すでもない。
 でも、何時に戻ってください、とか、車中の説明も分かってるようだ。
 で、いよいよその日の観光も最後というその時、ホンコン組一行が
約束の時間になっても戻ってこない。ガイドさんは探しに建物の中へ。
かなり余裕のあった時間が設定されてたのに、まだ戻らない。
 どうやら、近くの違う建物まで行ったらしい。
 暫くして戻ったホンコン組ご一行はさんざこちらを待たせたのに、
申し訳なさそうな雰囲気もなく、盛り上がったまま乗車。ガイドさんが、
通訳にこんなに遅れては困る・・ってなことを言った。それを広東語で
伝える、ちょっとバスが険悪な雰囲気。そんな“場”を読めないその
内の一人が、バスから何か物を捨てた。
  ここで、バスガイドさんがキレた。完全にキレた。
 もの凄い早口と迫力で「ホニャララ・・・〜××・・・〜」のあと、
「ここにいる日本人を見習いなさい!!ホラ!こうしたゴミ袋も用意し、
何時に集合!って言うと、ちゃ〜んと時間前に来て座って大人しく
待ってるじゃない、それに比べアンタたちは大体・・・」と、ちょっと
言い淀んだ・・・・ちょっと溜めたそのあとに、
 「日本人が私の言ってる中国語が分かるのに、何で中国人のアンタ
たちが中国語が分かんないのよ!!モゥ〜」・・・・と。
  それをくだんの通訳が同時通訳。
  それを聞いたホンコン組ご一行。
何を言ってるかは広東語なんで私には皆目わからない。
通訳さんもそれは北京語にしてはくれない。
でも、でも明らかにわかったことは、この人たち全く反省なんかして
してないな、くらいのことは感じで分かった。
 ガイドさんの怒りおさまらず。あの時のガイドさんが忘れらない。
 更にツァーを終え、バスを降りるとき、
 運転手さんにも一応、ありがとう、の挨拶をしたら、運転手さんは
ボソッと一言、「日本人だったんだ・・・」とつぶやいた。
 あのつぶやきが気にかかる。
 あの運転手さん、賭けでもしてたのかなぁ・・わたしたちがどっから
来たか、とか。そんな感じのささやきでしたよ。
エラー!

『握手ウォ・ショゥ』あぁ・・・ここで、あくしゅ?
 また、新しい年がやってきました。今年もどうぞ、よろしく!
ということで、今年最初の話題は、「握手 ウォ・ショゥ」です。

世界中誰でも知ってる。世界中どこでもやってる、挨拶の一つ。
世界中に一体どれくらいの挨拶の仕方があるんだろう。
日本もいつから今のあの「頭ペコペコ」挨拶に落ち着いたんだ?
足玉ズゥ・チュゥ(サッカー)のN選手がサッカー・グランデでする
あの「頭ペコペコ」挨拶は、日本の挨拶を広めた。
 僧侶の拝むような挨拶もあれば、されたことはないが鼻をこすり
合う挨拶もどこかの国にはあるらしい。
 そん中でもこの「握手ウォ・ショゥ」は割と広く知られている。
 中国でも対面交渉の際の最初と終わりは「握手」で始まり、終わる。
中国だって日本がそうなように、この挨拶の仕方、近代になってから
のものだと思う。そうでしょ。ちょん髷を結ったお侍さんが、あんなに
会ってから「頭ペコペコ」する様子は、かなり奇妙だ。
 日本人なんて、握手しながら、頭をペコペコさげちゃうんだから。
 どうやらこの、手を握り合う、という挨拶の仕方は、近代のそれも
西欧のものだというのは漠然と分かる。
 誰にどういう場で挨拶するかによってもそれは分かれるが、
中国の古い時代を扱った映画では、額を地につけて礼拝する
叩頭コォゥ・トゥという、日本語の「ぬかづく」に近いものや、
拱手ゴン・ショゥと呼ばれる、両手を胸のところで合わせて敬意を
表す、よくカンフー映画なんかが見られる挨拶がある。
 これらは握手のような気軽な挨拶じゃないし、一般の人達
あんな挨拶をしていたとは思えない。

 アメリカ文化が世界を席巻している現代、「握手」がますます
広まりつつある。中国でも。
 日本人には、いや、私には、どうもこの「握手」という挨拶
馴染まん。どだい、日本人は挨拶に限らず、所謂スキン・シップ
が苦手。取分け人前でそうしたことをするのを好しとしない。
見せるのも避けた。人前でキスをするなど映画の世界だっ
のが、行くところに行けば普通に見れる。そんな場合でも、私は
一方では見たいくせに、素直には凝視できずにいる。
 「握手」もスキン・シップ。さて、話を先に進めよう。
「握手」は毎日会うような人とはしません。多くは初対面。
で、互いに歩み寄り「ニィ・ハォ、ニィ・ハォ!」なんて言いながら
手を差し出す。その手を受けてこっちも、手を出す。簡単だ。
「握手」にだって色々作法はある。上の者から先に手を出す、
とか、婦人の方からは先に手を出さないとか、基本右手でするとか。
 そんなことより何より、こっちは慣れてないので、その状況に直面
しただけで、それだけでもう緊張している。
 こうしたものは、あ・うんの呼吸が必要。時間にすればゼロコンマ
何秒かのその一瞬で判断しなくてはいけない。ここをちょっとでも
迷うとその戸惑いが相手にも伝わり、双方ぎこちないものとなる。
 手を差し出せばいいだけなので、技術的には難しくはない。
何を戸惑うかといえば、慣れないからで。慣れの問題だ。
 そんなんで、私のそれは、何時も何処かどぎまぎしたぎこちない
スマートさとは程遠い「握手」となる。イカン!
 特に、お相手が女性。それもうら若き女の人となると一層いけない。
相手を目の前にして、一瞬の戸惑いが相手にも伝わる、この一瞬
を逃すと、相手だって手を差し出す時機を失う。
 何人か一度に紹介を受け、次々に順に握手をしてくなら、簡単。
右習えでしょ。これ、日本人がみな上手、得意。
 こちらが、○○さん、と紹介してくれる人がいる場合も大丈夫。
問題なしとは言えないが。
 こんなことがあった。
 某氏の紹介で、大学を出たばかりのY女史会った。
「こちらが東出ドン・ツゥで、・・東出は・・・」と紹介が続き一区切り、
今だな!と思って、手を出そうとしたその瞬間、
「Y小姐は・・・」と相手の紹介に入った、そうかそうか焦ってはいけない。
何をそうせかせかしてるんだ、と相手に思われるではないか。だから
日本人は・・・と、思われそうだ。
 ・・・相手の紹介もそろそろ終わりそうだ。ここだな!!と思い
手を差し出す準備をしたその時、「わたしは・・・」と紹介者本人の
両者との関係を説明、そうかそうか、まだそれがあったか、これが
終わったらいよいよ・・・と、機会を伺っていた。終わった、いまだ!
と思って右手を上げようとした。ここでしょ、ココ、と思って。
「ところで、今日行くレストランは・・・」エッ、まだ説明あったの。
 実は彼女もその時、少しだけ手を上げかけていた。
だから二人ともアレッ!と思う一瞬があった。気まずい。
 着地失敗。この後はどこですればいいかわからず、結局彼女とは
握手なし。後日、彼女は聡明な女性で、私に会う度に、あの時の握手
失敗を私のせいにして、他の人に私を紹介する時必ずその話題を
持ち出し、ウケていた。。なので、誰とでも上手く握手できた。
 彼女の特訓のおかげで私の握手は大分上達した。
 もう一つ、
 訪中してある東北の大きな都市で、依然こちらでお会いした人に
再会する機会に恵まれた。数年前こちらでお会いした時も、今回も私は
通訳としてお会いする。向こうは要職にある方で、要職にある位だから
若くはないが有能な女性らしく、前回お会いした時よりその職位が更に
今回は上になっていた。
 日本からの団は早くから連絡を取り、訪問の日も知らせてあった。
列車で到着することになってたので、駅まで迎えには来てるだろう、との
予測は事前についていた。私としては勝手に、駅の改札を通り、駅舎に
入ったあたりか、ご本人は忙しい人だから、庁舎でお待ちになっている
のかも知れないと思っていた。列車がプラット・ホームに滑り込むと、
鳴り物入りで歓迎の一団が待っていた。その中に彼女もいた。
失礼だが、数年ぶりに見る彼女はそれなりにまた年を重ね、堂々とした
体格をしてた。あき竹城のようだ。
 並んで次々に紹介を。最後は私だ。彼女が、
「東出ドン・ツゥ・・!」と言って「好久不見了!ハォ・ジュゥ・ブ・ジェン・ラ」
と言って近寄ってきた。おぉ〜私のこと覚えていてくれたんだぁ・・・、
そうだ!あぁ・・・あくしゅね・・と思って、手を上げようとした。
その時、彼女は更に近づき、私の手を無視して、ガバッ!と私に
覆いかぶさってきた。余りに突然で、驚いた私が少し後ずさりして、
ホームの端の方まで、まるで相撲のガブリ寄りのように、後ずさり。
「小心シャォ・シン!」(気を付けて!)と彼女。エ〜!危ないって・・・!
そっちが押すから・・ハグってやつ。彼女はグイグイ体を寄せてくる。
 その時私は、あぁ、今回もまた握手が上手くいかなかったかぁ・・・と、
考えていた。
 
エラー!

『小公シャォ・ゴン』小さなバス、これが日本にもあれ
  日本に有って、中国にはないもの。
中国には有って、日本にはないもの。
 そうしたものは、双方に存在する。
それは、形の見えない精神的な部分でも存在するし、
物として、あっちには有ってこっちには無いものは存在する。
 その意味でも、双方に存在する。
 それはまた、こと中国に限ったものではない。
それぞれの国の“文化”が違うように、それぞれの“もの”がある。
 例えば、台所用品などで、欧米の人達はこんなものにまで、
それぞれ小さな専用の道具があるのか、と驚く位道具を持とうする。
 或いは中国との関係で言うなら、2013年10月号で書いている、
「洗脚シィ・ジャォ」のような機械は日本では家電として存在しない。
 最近見られるようなったが、事務所などに置かれている大きな
ペットボトルを逆さにしたような給水機は以前はなかった。
 逆に、日本に有って中国にはないものを挙げるなら、例え
コタツがそうだ。生活様式が違うのでアレは中国に存在しない。
 表題の「小公シャォ・ゴン」もその一つ。
ないもの、は訳しづらい。そこでどうしても説明文的訳になるが、
「ちいさな乗り合いバス」とした。
 これも先にあげた、給水機と同じ様に日本へ入ってきたが、
日本の給水機には、中国の様に水は勿論だがお湯も出る機能が
付いてないのと同じように、ちょっと違う。
 恐らく、日本では様々な規制があってそうなっているのだと思う。
「小公」は省略型でして、本来は「小公共汽車」シャォ・ゴン・ゴン・
チー・チゥーという。

「公共汽車ゴン・ゴン・チー・チゥー」(バス)というのが先にあって、
それに「小」さいのだから、「小公」。
 説明するまでもないと思うが、中国語で「汽車」は日本語のそれと
は違い、クルマ・自動車を言う。「公共」の意味は同じ。
 これ、最近では逆に中国でだんだん無くなりつつあるので、この辺
で無くなる前に書いておこう、と思って今回はこれを取り上げる。
 90年代がその盛りだったのだろうか、中国の何処でも見られた。
 小さなバス、というがどれくらい小さいか、というと多少違いはある
んですが、小は、軽四輪車の荷台を改造したものから、ちょっと
大きくなると普通乗用車位の大きさの箱型の車。
 ドアを開け、呼び込みさんが待ってます。
 日本ではいまこの手の、バスと見まがうばかりの大きな乗用車が
あるが、あんなには大きいやつから。郵便局の小包を配達してい
るあの軽四輪車を思い浮かべていただいて構わない小さなものまで
いろいろですが、。これをバスとして利用する。つまり交通機関となる。
バスは都市交通ですから、中国でも公共のものをなっている。その各
自治体が運営している。例外はあるが。
 で、この「小公」も、都市交通としてそうなってるいるかというと、それ
は違う。公共性があるので、許可性にはなっているとは思うが。
 観光地などでは、駅とその観光拠点を結ぶ路線専用。街ではバスと
同じように走っているが、決定的にバス「公共汽車」と違うのは、「小公」
はどこでも停まってくれる。バス停を無視。この点ではタクシーに準ずる。
 だが、路線があってその路線上を往復しているだけで、客の注文に
応じて適当に入ってはくれない。この点で、バス。
 基本、何席かあるその荷台を改造した座席が満席かそれに近い
状態にならないと発車しない。この点ではタクシーともバスとも違う。
  さて、実際にどうなるのか。
 先ず、バスの路線があるとします。日本ではナニナニ線と呼ばれ、
始発点があり、終着点があり、その区間を運営している。
 中国では、線ではなく路(ルー)と呼ぶ。それにどちらも同じようにその
前に便宜上の数字をのせて、1番線とか102バンとか呼ばれるものを、
1路イー・ルゥとか、102ヤォ・リン・アールとか呼んでいる。
 これは呼び名の違いだからそう重要ではない。
違いは、「公共汽車」の方は、この路線の区間にある「車站チゥーヂャン」
に停まりながら、時間通りかどうかは怪しいが、定期的に結ぶ。
 多分、運営側の一番望ましいのは、始発点で人を目いっぱい乗せて、
一気に終点まで運ぶ、小リムジン型だと思うが、そう上手くは行かん。
 で、「小公」は、路線こそ決まってはいるが、「車站」に関係なく、
この路線上で待っていて、そこで手を挙げ空きがあれば停まる、乗せる。
 降りる時だって、アッあそこで・・と言えば、停まって降ろしてくれる。
ここがタクシーなみ。但し、そこを曲がって・・とは言えない。
「小公」は採算性重視なので、バス路線全部に走っているわけではない。
 つまり一日中走ってない。混雑が予想される時間帯のみ。
通勤時間帯などに、バスより快適な通勤を望む人たちに「小公」は
利用されてる。当然、バスよりお値段が少し高い。タクシーより安い。
 これ、便利でしょ。
 日本にもこれがあればいいのになぁ・・・と思う。
中国は人が多いから、アレできるのかなぁ。日本は何故できない。
私の住む地方都市などは、普通の路線バスがずっと赤字。
見ていても、平日の日中などのバスは文字通りのワンマンバス。
つまり、運転手一人しか載ってない。なら、いっそ小さな「小公」を
走らせるだけでいいんじゃない、と思っちゃう。
 中国の「小公」の問題は、先に書いたように採算重視。
これが困る。
 ある中国の観光地。駅を出たら、「小公」が、その地の旧跡までを
がなりたて、客を呼び込んでいる。これ幸いと乗り込んで、先客が
いることに気付いた。たまたま時間帯が悪かったのか、なかなか
満席にならない。その内、後ろの乗客のひそひそ声が聞こえてきた。
なんと驚いたことに後ろ三人組は日本人だった。大学生の貧乏旅行。
私ら二人が乗り込んで現在5人。あと、空席は4席。もうこの人数で
採算ベースにのるんじゃないの、と思い呼び込みお兄ちゃんに、
「走口巴!走口巴!!」とけしかけてみるが、あと一人、とお兄ちゃん
は譲らない。やっと後から一人が。これでいよいよ発車か、と思った。
ところが、この人は地元の人で、バスの終点ではなく、途中で降りる
らしい。ということで、あと一人・・となった。実はこの次の人も同じ様に
途中下車地元人。お兄ちゃんはあと一人・・と。
 ところで貴方たちは何時からこの状態で待ってるの?と日本語で
大学生たちに尋ねた。無論、呼び込みお兄ちゃんは何を言ってるかは
分からない。ナント!彼らはもうかれこれ1時間もこの車の後方座席で
待ってるんだという。え〜っと驚いた。
 そこで私は、一旦クルマの外へ出て、「走口巴!」と同じように言った。
実は大学生たちは何を言われてるか判らないのだが、お兄ちゃんは、
これは・・日本人が一斉に降りてしまうのかと焦ったのだろう、
私を無理やり、クルマに押し込め、急発進した。作戦成功!!
エラー!

『透明門簾トゥ・ミン・モン・リェン』ビニールのカーテ
 先ず最初に、この今月号の題を実は
『商店門口的透明簾シャン・ディェン・モン・コウ・ダ・トゥ・ミン・リェン』
としたかった。したかったが・・・、これ、いかにも長い。
 それで諦めた。
この長い題だと、日本語でも「商店入口の透明ビニールすだれ」、
となって、いかにも長い、くどい、説明文だ。それで止した。
 これ、にはどうやら専門の“名”がないらしい。
 加えて、日本にこれがないので、どうしても説明文になってしまう。

その前に先ず、いきなりですが、「暖簾」。「のれん」と読みますが、
立派に?これは中国語です。直輸入。そのまんまです。
 実は音も似てまして、中国語では「ヌァン・リェン」と読みます。
「暖ヌァン」は日本語も同じ、「あたたか」の意味ですし、
「簾リェン」は「すだれ」です。どちらも字の意味は同じ。
が、日本ではこの「のれん」は装飾用としてその用途がありますが、
中国でのもともとの本来の「暖簾」はこの字でも判りますように、
寒い地方での冬の室内の暖気を外へ逃さないためのものでありまして、
暖房用カーテンと言っていいでしょう。
 そんな実用的なものだったようです。
 もう一つ、この「簾」は現在は省略された字が使われています。
 と、ここまで説明しておいて、本題に入ります。
  3月ともなればそろそろこれもはずされる頃となりました。
中国東北地方では冬になると必ず、商店の入口にこの「透明門簾」が
出現。それでなくとも人の出入りの多い商店、戸の開け閉ての度に
お店の中の暖気を逃すことになりますので、それを防ぐ為にこのような
「のれん」というよりも床まであるカーテンのようなものが寒い季節
はぶら下がります。ずっと春まで。
 何故か透明なビニールのものが多かった。
 多分、お店の中が見通せるというのでこれがよかったのでしょう。
ただ、ビニールとっいってもそこそこ厚みのあるものでして、日本では
よくあの事務机なんか敷いてる机を保護する為の厚めのビニールが
ありますよ、あの厚みです。 
 これを一枚が、手のひらぐらいの幅に縦に長く切られて下げられる。
そんな切れ切れのカーテンを想像してください。

  別にビニールでなくともよさそうなもので、
それこそ布団をカーテン代わりに下げたようなのも有るにはありましたが、
でも、印象が強いのはこの透明ビニールの方だ。

 日本にこれがない。何故か?日本のお店は自動ドアが普及したから
だろうと思う。
 では、昔はあったか?あったような記憶がある。あるが昔のことなんで
当然それはビニール製ではない。なぜならその頃ビニールなんてもなもが
普及してなかったから。
 日本の話はいい。中国のそれについてもう少し話を進める。

 この「透明門簾」は結構わたしを悩ました。
どう悩ましいかというと、これビニール製でしょ、かつ先ほど説明したような
厚みがあります。と、どうなるか・・・・。
 前の人がこれをこう大概真ん中あたりを両手で分けるようにして入って、
或いは出て行くわけですが、その後ろを油断して自分も通り抜けようとすると
必ずこのはねのけた部分がグンと戻ってきて厚みもあり重みもありますし、
概ねそれは顔のあたりにブ〜ンと戻ってきて、したたかに顔を打つ。
 これがそこそこ悩ましい。ということで、人が出たり入ったりするそのすぐ
直後は注意が必要。できれば、その直後は避ける。
 避けたいが、中国は人も多いのでずっと避けてると、そのままお店に
入れないことになる。ということで、今度は決心して?その合間を縫って
前の人の繰り上げたその部分を避けて入ろうとすると、向こうから出る人が
現れ、礼儀正しい私はそちらを先に通すと、これまたその人の跳ね除けた
そのビニールの厚みの角にしたたかに頬を打ったりして失敗する。
 「討嫌タォ・イェン!」クソッタレ!!
 が、これも練習を重ね?なんとか重傷は負わないように経験も
重ね、そろそろ大丈夫かな、と思った頃には大概冬も終わり春が
きてこの「門簾」が取り払われる季節なるのだった。それが丁度今頃。
 それでこの季節になると懐かしく想い出す。

  もう一つ嫌なのは、
毎日毎日商店ですから多数の人が出入りする。それだけの人が出入りし
あそこを通るとどうなるか。ビニールってやつは透明で綺麗なようですが、
あれが汚れると始末に悪い。あれだけの人が通れば同じような場所にみな
手を添えるので当然そこは汚れる。そして始末に悪いのはそれを誰も掃除
などしないので、ほぼ一冬汚れたまま。明らかにもう透明でもなんでもない。
透明ってやつは汚れると逆にその汚れがやけに目立つ。
 あそこは触りたくないないなぁ・・・とかねがね思って警戒する。
 あそこを触らずに店に入るには、前の人があの簾を跳ね上げた瞬間
にまだそれが戻ってくる前にスッと入り込むことができれば一番い好い。
 これはまた鍛錬あるのみ。練習しましたよ。何度も失敗も繰り返し、
絶妙の時機を見計らい、前の人がアレをスッと持ち上げたその瞬間、
スグに後ろに詰めて、体をこうちょっと斜めにすると好い、というところまで
研究もしました。
 そうするとほぼ、アレを掴む必要もないし、アレの戻りに顔を打つことも
ない。完璧です。
 出来れば前に入る人が少し体格のいい、かつ、腕力もあってアレを
跳ね上げる力も少し強そうな人の後ろに着くのが最善。
但し、油断してこちら側ばかり見てると、すれ違いに向こうから出てくる
人などがいて、それを躱しきれずにそちらにぶち当たることがある。
  先行く人を選び、その速度を測り、跳ね上げたアレを躱しながら、
向こうから出てくる人も垣間見、自分は素早く身を入れる、
 どうです、こんだけのことをほんの瞬時にしなくてはいけない。
中国の冬の商店は入るだけでこんだけ大変なんです。
  最大の欠点は、そうそう毎日焦点に出向くわけではないので、
これに慣れたころにはもう今の時期になり、そろそろあの「透明門簾」が
外される時期になるという事です。

  そんなある日、結構こちらとしては張り切って、気合も入れて、
さぁ〜今日は上手いこと躱して入ってみせるぞぉ〜と、勇んで街の大きな
超市チャォ・シィ(スーパー)へ行ったら、すでにあの「簾」は取り外され
ていて、肩透かしを食ったような、どこか残念?なような、寂しいような、
拍子抜けして、ボ〜ッとその入口に立ってたら
「躱開ドゥ・カィ!」 邪魔だよ!、と怒鳴られた。
エラー!

『打車ダァ・チュゥ』中国タクシー事情
 先ずは、中国語のお勉強から。
日本語でも、タクシーは“拾う”と言う、落ちてもないのに。
拾えないですよ、アレは。特殊な動詞ですね。同じ様に、
中国語のこの“打ダァ”もまた、漢字本来の、打つ、殴る、
からいろいろあるんですが、“車チユゥ”と“打ダァ”は、本来
合わない。その意味で、日本語の“拾う”に近い。
 中国語の“打”はホント用途が広くて、意外なものにもこの
動詞が使われたりしている。それを一々挙げてると先に進まなく
なるので、ここは飛ばして宿題にしておこう。
 次に、タクシー。大陸では一般に出租車ツゥ・ヅゥ・チュゥ。
租ヅゥは、字面でも判りますが、料金が関係してます、昔中
には、租界と呼ばれていた所があちこちありましたが、あれ
お金払って借りてたんですかね。ということで、出租車。
 台湾では、計程車ジィ・チェン・チュゥ。これまた字面で判ります。
その行程を計算して乗る車ですからして、計程車。
 香港では、英語の影響を受けて、的士ディ・シィ。ほぼ音訳。
 ということで、タクシーだけでも三つもある。頼むから一つ
してくれ、って感じでしょ。
 漸く、語の説明終わり。ホントはもっとあるけど。先を急ぐ。


 総じてどの国もこのタクシーが、というより
タクシーを運転してる方でしょうが、評判がよろしくない。
それって、どの国もこの職業についてる方の労働条件が厳しい
が故のしわ寄せがひとえに司機スー・ジィ(運転手)の両肩
かかっているからだ、と心優しいわたしなどは思うわけであ
ます。その辺の悪評は実によく耳にします。
 ぼられた話が多いですが、それって空港前の白タクだったり
するんですが、そりゃ駄目でしょ。白タクに文句言っても。白タク
はそれが仕事ですから。これまたどの国にも白タクはいる。
 中国の白タクは、黒車ヘィ・チュゥと何故か色が黒になる。
これまたややこしい。
中国では白タクでなく、ごく普通の出祖車でも油断ならない。
 何からお話をすればいいか、中国のタクシー、まず運転
半端じゃなく戦慄的ってんですか、早い話が、怖い!
 乗って目的地は真っ直ぐ、右折も左折も当分必要ないのに、
車は右に左に車線を変更、忙しい。しかも、前後の車をギリギリに
躱したりして、かなり心臓に悪い。怖い、怖い!!
 世の中には怖いのが好きな人もいるから、そんな方はどうぞ。
 おっともう一つ忘れてた。この出祖車に一人で乗るときですね、
勿論日本の様に自動ドアではありません。そこは押さえておいて。
乗ろうとすると、助手席に乗せようとする。いやいや、一人ですから
後部席に一人ゆっくり乗りたいのですが、何故か助手席に。
 この助手席で上のような状態の運転の車に乗ると、それはもう
ホントに横に揺れてるジェットコースターに乗ってるような感じを
味わうことができます。これは誰もが言ってるなぁ。やっぱ印象に
残るんだろうなぁ、あの運転。
 助手席に一人で乗ってると、時折路の途中で相乗りの客
乗せたりする。全くこちらには断りなしに。これも中国ならでは。
 中国の運転手さん、話し好きが多い。こちらも半端じゃない。
お願いだから前を向いて運転に集中して、と心から願う。その話し
も政治から親族の話までなんでもあり、ちょっとこっちから話しを
振ろうものなら大変。こちらの意見まで求められ、落ち着いてなんか
いられません。これで博識なんだよなぁ、あのひとたち。
そんな中国ですので、滅多に運転手さんを急がせる
ようなことはしないのですが、南京という町で、忘れもしない元旦
ユァン・ダンの日ですよ。中国の元旦は新年といっても何にもない。
正月らしくもない。その話は置いといて、その日別の町に移動の
為駅へ。生憎その前の夜から何年に一度という大雪が。早めに
飯店ファン・ディェン(ホテル)を出た。余裕をもって出たが、何せこの
雪で街行く人はタクシーに殺到。なかなか捕まらない。
 時間は迫る。タクシーは拾えない。焦る。ようやく捕まえた一台。
おそるおそる、あの〜少し急いでるんですけど・・・と遠慮がちに言う。
言いたくなかったこの一言。え〜いままよ、ここはしょうがない。
時間を確認した司機は、流石慣れない雪道とあって、そうそうは
飛ばなさい。そりゃそうだよな、と思っていた矢先、前面に鉄道線路
を跨ぐ陸橋が。タクシーは夏タイヤ。登れない。そうした坂の途中で
動きの取れない車をジグザグに避けて登り切った。その時の司機は
ドヤ顔。やるもんだろう、他の奴は登れないのに、と自慢話。
判ってないんだよなぁ、登りより下りが怖いってこと。
 さて、その下り。同じように右に左にハンドルを切り、対向車線に
まで踏み込んで、もっとも雪で中央線も見えてない。
 思わず、あぁブレーキ踏んじゃ駄目だよ。それもそんなに急に。
こっちはヒヤヒヤもの。今更急がなくてもいいです、とも言えない。
いや、そんな余裕もない。変速機を最低速にして、殺車サァ・チュゥ
(ブレーキ)は柔らかく柔らかく踏んで、お願いだから急がないで!
と心とは反対の事を怒鳴ってた。
 エンジンブレーキは中国語で何て言うんだ?教科書ではこんなの
習わないしなぁ。思いつきで、発動機減速、と中国語で言ってみた。
通じてるのか身振り手振りが功を奏してるのか、
クラッチ切っちゃダメだって!クラッチ版から足離しなよ!
 まるで、自分が自動車講習所の教官にでもなったようだが、
どこまでこのいいかげんな中国語が通じてるのか。それでも、
こちらの言いたいことは判るらしく、どうやらこうやら下まで着いた。
 死ぬかと思った。
 降りる時、雪道を運転したことがあるのか?と司機が訊いてきた。
ありますよ、北海道ベィ・ハィ・ダォですから、と答えたが。
なに?北戴河ベィ・ダィ・フ??
 いや違うって、日本リィ・ベンだよ、日本!!
多分それは聞いてなくて、あぁ同業者なんだぁ、と感心してた。
どう?儲かる??とも訊いてきたが、時間がなくて相手して
られなかった。ホントは好い人だったのかも。
エラー!

『賞花シャン・ファ』中国で花を愛でる
 どの国にも花を愛でる、という習慣はある。
恐らく、どの国にもその国を代表する、その国に愛される花
ある。それは、国が制定したものもあるだろうが、そうではなく、
庶民がその花をとりわけ愛し、その花がその国民を象徴す
という意味では、日本の桜はその代表と言っていいと思う。
 それに、国自体にそうした花を持たない、或いはそのこと
自体に興味すらない国だって世界にはあるでしょうが、
日本人の桜好きはつとに有名だし、実際日本人は何でこんなに
サクラの花に魅せられるのだろう、というくらい好きだ。
 こんな民族も珍しい。
 5月は、春の遅い私の住む北海道にとっては、桜の季節。
およそ、「桜前線」ってな、ある花を追ってそのニュースを伝える
国が他にあるだろうか。日本人の桜好きはちょっと異様だ。
 国によっては四季がない、とか。花を愛でる余裕などなくいま
なお戦火の中なんてな気の毒な国もある。そういう意味でも、
日本はちょっと他の国と比べるには適さないかも知れない。
 とりわけ、日本人の桜好きは、その度を越している。
 日本語で「花見」と言えば、桜のことだし、サクラ咲く季節
唄にも歌われ、文学にも数多くなっている。
 なによりも日本の凄いのは国民こぞってそれをやる、とい
ところにある。
 ではでは、中国は。

 中国で花と言えば、中国の皆さんが
お好きなのはこちら、牡丹ムゥ・ダン。
 中国とこの牡丹の歴史は長い。そしてこの牡丹のパッと大きく
咲く様が中国の人たちのお気に召すようです。
 洛陽という町のボタンが有名なんですが、そこの牡丹園は毎年
時期ともなれば凄い人出です。

  中国にだって桜の樹はある。
 但しそう普遍的ではない。有名のは武漢という町の大学の構内
にある桜。こちらは残念ながらその花の時期に訪れたことがない。
数度行ってるのに、いずれも葉桜の季節か、葉を落とした季節。

 中国東北地方の大連という町のお隣に
戦場として名を馳せた、旅順、という町がある。そこの桜も有名。
 実は・・・今だから話せるが、当時まだ未開放地区というのが
あって、外国人は立ち入りまかりならん!という地域にこの旅順は
指定されていた。いまはもう自由に立ち入ることができる。
 そんな昔の話で恐縮だが、実は私はこの町が気に入って、時々
密かに、といっても別段見ては中国人と区別のつかない私は別段
変装するわけでもなく、とりたてて何かするでもなく、フラッと、出かけ
てはブラブラしていた。大連・旅順間は当時の遅いバスでも、2時間
程度。朝少し早めに出て、夕方戻るつもりなら十分散策できる。
 何がそんなに好かったか。この町が未開放だったのはつとにその
この町が軍の町、軍港の町だったから。だからとって、そうした施設に
勝手に入れるはずもなく、そんな興味もないし、何よりこの町、軍で
持ってるということは即ち、工場などのなく街全体が先ず静か。
軍港ですから海が傍にあってそこからの浜風が吹き、空気が綺麗。
街も商店などは限られていて観光地のような荒れた様子がない。
何処へ行っても人の多い中国にあって比較的人が少ない。
町全体が軍の関係で開発が遅れ、時間が止まっているよう。
軍の町ですから、治安も好い。
ということで、こんだけ好い点があれば、片道2時間は惜しくない。
 そして、旅順の想い出のもう一つが、桜。
日本人が植えたという桜の樹が旅順の町の手前にあるという。
桜の咲くずっと前から聞いてはいた。場所も大体分かっていた。
その前の冬から私は春の来るのを楽しみにしてた。大連の春も、
突然やってくる。ついこの間まで冬だと思っていたら、急激に気温が
上がり行き成り初夏の陽気となる。花見の時期がやってきた。
心配もあった。流石にその頃は人出も多いだろうと。
 事前に調査もした。その結果では私の周りにはわざわざ桜を見に
出かけるような予定の人は一人もいなかったし、夜桜は考えにもない
らしいことが分かった。となれば、多少込んでも止むを得ない。
ちょっと不安にはなったが桜は待ってくれない。その日朝早めに出て、
目指すバスターミナルへ。まずい。知った顔がいた。日本語科の生徒。
彼女は確か4年生。もうすぐ卒業。連れらしき男性は、確か大学職員。
話をしたことはないが、事務の人だ。向こうもこちらに気づく。
当時私は学校に籍があったので、日本人がこの未開放地域に足を
踏み入れることがバレれば、学校に迷惑がかかるかも知れなかった。
 相手が「旅順ですか?」と言うから、「はい、花見に!」と答えた。
暗に旅順の町ではなく、その手前の桜を見に行くんで、町へは・・・、
と含みを持たせた。それ以上何も訊いてこないので、そのままバスへ。
 バスの前の方に私は、お二人はずっと後ろの方に席があった。
あの二人はデートだろうか、と思ったが直接は勿論訊けない。
町に入る幾つか手前のバス停で私は降りた。桜のその場所は、
気が抜けるくらい人出はなかった。時折乗用車で通りすがりの人達が
足を止めるくらいのものだ。
 わざわざは花見に来ないんだ。ましてや樹の下で宴会など・・・。
暫く桜の花を独り占めし、お昼をとりに旅順の町へ入った。まずい。
またあの二人と遭遇。さけようとすると可笑しなものでまたまた会ったり
する。この町自体がそう大きくはないし。お気に入りの旅順博物館へ
いったらそこにも二人はいた。ちょっと双方苦笑い。
 外国人未開放地区立入発覚事件とはならず、何日かが過ぎた。
更に数日後、突然、あの話もしたこともない大学事務の男性が、
寮に私を訪ねてたいと言ってきた。
 なんだなんだ、私の秘密をネタに強請ろうとでもいうのか。警戒。
不安を抱えたまま彼との約束の場所へ。彼は独り。他人に話を
聞かせたくない、ということか。ますます不安になる。突然、
「先日のことは他の人に黙っていて下さい」と、彼は言った。
一気に緊張が緩んだ。なんだよ、そっちの秘密のことかよ・・・。
やっぱりあれはデートだったんだな、というのが判明した。
 
エラー!

『超市ツァォ・シィ』スーパーへ行ってみれば
 これから、お話しするのは中国のスーパーマーケットの
お話ですが、中国に限って特別変わってるとか、中国のスーパー
が“変?”というお話ではありません。
 スーパーですから、ほぼ同じです。ですが、そこにいる人たちが
中国の人なんで、どっか“変”というか、変わってる?というお話
であります。そんなこと言ったら、「お前が此処に書いている全て
がそうじゃないか!」とツッコミを入れられそうですが、そうなんです。
 実は私は話題こそ違え、毎回同じことを書いとるわけです。
ですから、幾らでも続くんですね。そして、それは中国の人は何処に
いてもその存在が面白い、と言えます。
 さっさと、本題に入りましょう。
 正しくは、スーパー・マーケットですので、このマーケットの部分は
中国語で、市場シィ・チャンとなります。あとこのスーパーは、かなり
付け焼刃というか、スーパーだから超級だろうと、ならその超を
取って、前と合わせて超(級)市(場)チャォ・シィ(シィ・チャン)で
好いんじゃないの、ってわけで、超市です。
 目出度し、目出度し。
 何時頃からだろうなぁ、中国に「超市」が出現したのは。まぁ私の
時間感覚したら最近ですよね、いずれにしても。このいずれにしても、
は日本のスーパーでさえ、私には近代のことだから。

  で、ホラ。大体がスタートの時点でそうですが、
この手のお店は模倣ですから。日本は多分、美国(アメリカ)のそれを
真似て作ったのでしょう。それを日本の狭い小さな土地で発展・進化させ
いまの日本型スーパーがあるのだと思います。
 早い話が、超市とは、客が勝手に?自分で買いたい品物を運んで
来て、支払いをする場所までやってくる、人減らしの為のお店です。
 私なんかは、人がいっぱいいるというか、あり余ってる中国、そんな
合理化は要らないんじゃないの、と思うがそこはそれ、経営者側から
すれば人件費節約ですから、踏み込むんですよ、中国と言えど。
 それで、この超市もデカイのはもう馬鹿が付くくらいデカイ。
小さいのは、これ便利店(コンビニ)じゃないの、ってくらいチイサイ。
 馬鹿にデカイのも矢鱈にチイサイのも、面白みに欠けるので、ここは
一つ中くらいの歩いて端まで行って戻ってきても数分程度の店を想像
して貰いたい。まぁ、大きさはそんな関係ないんですが、品揃えが違って
きますから。
 もともと、この話題、私が中国の超市に行くのは買い物ではなく、
かなり邪まな目的でして、何か面白いもの、面白いことないかなぁ〜
と。その期待を裏切らないところが中国の度量ってか、大ざっぱって
いうか、取りあえず期待には応えてくれます。
 先ず、日本と違うのは、入り口で荷物を預けなくてはいけません。
専用ロッカーがあったり、受付カウンターがあって人が居たりです。
 さて、中へ入ればあとは同じ。ん!同じかなぁ〜、違うかなぁ〜。
 日本スーパーはまた、惣菜が豊富だったり、試食の品が置かれて
たり、かなり日本的ですからね。多分外国の人にとっては面白いと
思うなぁ日本のスーパー。きっと誰か書いてますね。さて、中国では、
陳列が違ったりはしますね。並んでる品物は勿論違います。
違いすぎ。面白商品が目白押しなんですが、その紹介が今回の目的
ではありません。でも、やっぱり紹介しちゃいますか。
 日本では見かけないものに、大きな箱もの贈答品が置いてます。
栄養剤の詰め合わせが多いかな。その包装の豪華さから言って、
あれって贈答用でしょ、恐らく。日本だとお中元かお歳暮用のような。
それが年中棚の一角を占めたりしています。恐らくこれから伺う先や
実家に帰るときのお土産などに必須なんでしょうね。私が中国超市に
に行くのは買い物目的ではなく、様子伺いです。でも、偶には買わない
と悪いと思って、ちょっとした食品を買いますが、不思議なのは何にでも
よく砂糖が入ってます。油断がなりません。フランスパンにも、飲み物も
甘かったりして、なにコレ!ってちょっガッカリ、ちょっと腹立たしい。
 これはまだ、味の問題ですからね。商品そのものの問題でして、
超市の店の問題ではありません。
 中国・超市はやはり、生鮮食料品ですよね。
  こんな並びで同じように、肉も魚も野菜も果物も何故か包装され
てなくて、量り売り。別にいいんですけど、何せ皆して触るんですよ、
これがまた、私が見た人たちがたまたまなのか、これがまた半端じゃ
ない位吟味に吟味を重ねたりして。肉を勝手に切って持ってく売り場
なぞ、よく肉をあんなに何ともなく触れるな、と思うくらいです。
 ここで言う中国の肉は基本、生肉です。冷凍の凍ったやつでは
ありません。それを自分で欲しいだけ切り分けて持っていきます。

 ある町で、中級?超市に入って何気なく品揃えを見ていた。
たまたま何故か葡萄酒のその品ぞろえが豊富な店だった。あとで
気づいたが、販売促進のお嬢さんもいた。ミニスカートだよ。
珍しいので眺めていた。こんなにあるんだぁ〜と。それも国産種が。
 何も判らないくせに何気に瓶を手に取って、ラベルを見たりする。
実は私は酒を飲まない。そんな私をお嬢さんは酒好きと見てか
「何かお探しですか?」とか「好みは?」とか珍しくやる気満々。
酒にも弱いが、お嬢さんにも弱いので、今日は早めにホテルに帰って、
部屋で寝酒にワインというのも好いかな、と考えていた。飲めないくせに。
連れが多少はいける口なんで、二人で・・・、でも1本は多い。この半分。
ハーフボトルで充分。尋ねると、無い!とキッパリ。そうだよね、中国の人
お酒に強いから。もう一つ問題があった。ホテルにワイン栓抜きがある
だろうか?と。恐らくないだろうなぁ。そんな心配を彼女に言っても
詮無かろう。(これはワインの栓と、詮無いの詮が係ってます)これも
彼女に理解させるのは無理だ。「旅先なんですよ」と彼女に言った。
彼女は、それが何か?みたいな反応。「持てますよ」と言う。イヤイヤ
そういう問題じゃなくて。今旅先でこのあとホテルに帰って飲みたいので
開けてくれたら、買っても・・・と言った。好いですよ!と彼女。親切だ〜。
何気なくその先の棚を眺めていたら、発砲性葡萄酒(スパークリング
ワイン)があるではないか。好かった。これなら、自分で開けれる。
これにします、と言ったら、紙を渡されこれで収款台(レジ)で払って
来てと、言われた。言われるまま、葡萄酒の代金が書かれた紙を持って
收款台へやってきた。「ポン!」という炸裂音が聞こえた。嫌な予感。
棚に戻ると、案の定私の買ったスパークリングワインの栓は抜かれ、
その泡が溢れる瓶を手に、お嬢さんは笑顔で待っていた。
エラー!

『煎餅ジェン・ビン』これぞ中国式B級グルメ
 いま、日本は世をあげて「B級グルメ」ブームだ。
誰が名づけたのか、この「B級グルメ」という言葉もなかな
に面白く厄介だ。
 中国語ではどうなるだろぅ。「二流美食」、でいいのかなぁ。
ところで、その「B級グルメ」中国はその宝庫だって知ってました。
そりゃぁもう一杯あって、有りすぎて、紹介しきれないくらい。
 あれも、これも紹介したいですが、まずはその代表と言ったら、
それが、「煎餅ジェン・ビン」。
 これ、字は煎餅せんべいとなってますが、まるで違います。
「煎ジェン」は、調理法として、少量の油で焼く、炒めるの意味で、
「餅ビン」は、小麦を溶いて薄く伸ばして焼いたものを言います。
ですので、日本のせんべいとは全く否なるなるものです。
 ということで、中国代表「B級グルメ」、煎餅ジェン・ビンを
紹介します。
 先ずは、この「煎餅ジェン・ビン」が如何なるものか、を説
します。

  学生たちの休み時間の「煎餅」買い。
 中国版クレープと思っていただいて構わないのですが、あれと
同じで大体はそれ専用の丸型鉄板がありまして、この鉄板なか
なかどうして厚みがあって、恐らく相当重いと思う。あの厚みは
訳がありそう。これの鉄板の上に小麦粉を溶いたものを垂らし
ます。実は小麦でないのもあるんですが、話しがややこしくなる
ので、ここは小麦で統一。小麦を単に水で溶いただけなのか、
何か秘伝のタレでもあるのかは不明。多分水で、大丈夫。
 鉄板の上に適量を垂らしたら、これを木製のT字型をした伸ばし
棒で鉄板の上に薄く均等に伸ばします。野球のあのグラウンドを
ならすトンボってんですか、あれの小型のものと思って下さい。
これでもって、クレープ扱う人も同じですが、器用にクルクルッと
なでつけて、薄い皮を作ります。この皮、クレープのあの皮とは
その厚み、湿り具合が微妙に違う。
  こんな感じで丸く伸ばします。
 クレープ以外にもこれに似たのは、まだあるとは思いますが、
 更に決定的に違うのはこっからのこの皮で包む具がまるで違う。
こっからは中国の独壇場。この皮の上に卵を割りいれたり、客の
好みと、この店の売りで、実に様々ですが、標準仕様は、調味料
として、辛い辛い豆板醤系の辛味を塗る。ネギ、シャンツァイ香菜
を散りばめる、揚げを乾燥のものや油条ヨゥティァオ(揚げパン)、
等が常備されている。
 これらを売り子さんと話ししながら実に手際よく、何をどれ位入れ
何を多めにするかを決めると、それらの具を包んでパタパタと
折りたたむと、ほ〜らまたクレープの様になりますが、一口食べれば
一口瞭然、これぞ「煎餅ジェン・ビン」美味いんだなぁこれが。
 歩きながら食べてる人をよく見かけます。朝が多いかなぁ・・。
 これのB級たる所以は、これレストランなどでは食べれないのです。
街の歩道などで、埃よけなのか風よかなのか移動性リヤカーに
周囲をガラスやプラスチックの板で囲った屋台での販売である点、
これで一食というよりも、間に合わせの一食であり、その分お値段
が安い。とても安い。あれで商売になるのか、と思う位に安いが、
どうしてあちこちに店を出してるとこを見ると、薄利多売、けっこう
稼いでるんだそうです。何処がどう違うのか、お店によって人気店
があり、そこそこに味も違うんでしょうね。
 わたしの「煎餅」体験は、一つはあのトッピングの時の加減が
判らず、「辛味はどうする?」と訊かれた。中国の人の辛さに対する
嗜好度は普通の人で日本人の数倍にあるのを知ってる。でも、
まるで辛くないのはそれはそれで物足りない。で、わたしの注文は
いつも、「稍微辛シァォ・ウェィ・ラー」ほんのちょっと辛く、で対応。
 注文後は作る傍で見ているので、多すぎるようならその場で、
太多了タィ・ドゥォ・ラ、多すぎですよ、と言えるしと思っていたら、
一口食べて、辛〜〜、口の中が火事。「ちょっとって言ったのに〜」
とヒィヒィ言いながら叫ぶと、「それで微辛なんだよ!」とおばさんは
平然として言い、わたしの次の客は、「多一点ドゥォ・イー・ディェン」
(多めにね)等と言いながら、勝ち誇ったようにわたしを睨んでた。
  もう一つ、この店は特別美味しかった。また売っている小姐も
感じがとても好かった。その場で立ち食いし、「写真を撮っていいか?」
と小姐に許可を求めると、断られた。一応「なんで?」と尋ねると、
「私には夫がいる」???との答。別に構わんでしょ、貴女が結婚
していようが、子供がいようが。何の関係が・・・?
 意味が判らん!写真機を取り出すと、逃げ出した。
 嫌がるものはしょうがない、と諦めたが、あとあと考えてもあの
断る理由が判らん。聞き間違えか?イヤイヤ、確かに言った。
 「私には・・・」と。アレ何か別の意味があるのだろうか。わたしの
中国語理解度を超えて深い意味があるのか?
 友人のその話を聞かせて、意見を求めたところ、友人の判断は
「その屋台きっと無許可だな」というものだった。


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