月刊・私の見た中国 目次


 月刊・私の見た中国 目次

エラー!

『小公シャォ・ゴン』小さなバス、これが日本にもあれ
  日本に有って、中国にはないもの。
中国には有って、日本にはないもの。
 そうしたものは、双方に存在する。
それは、形の見えない精神的な部分でも存在するし、
物として、あっちには有ってこっちには無いものは存在する。
 その意味でも、双方に存在する。
 それはまた、こと中国に限ったものではない。
それぞれの国の“文化”が違うように、それぞれの“もの”がある。
 例えば、台所用品などで、欧米の人達はこんなものにまで、
それぞれ小さな専用の道具があるのか、と驚く位道具を持とうする。
 或いは中国との関係で言うなら、2013年10月号で書いている、
「洗脚シィ・ジャォ」のような機械は日本では家電として存在しない。
 最近見られるようなったが、事務所などに置かれている大きな
ペットボトルを逆さにしたような給水機は以前はなかった。
 逆に、日本に有って中国にはないものを挙げるなら、例え
コタツがそうだ。生活様式が違うのでアレは中国に存在しない。
 表題の「小公シャォ・ゴン」もその一つ。
ないもの、は訳しづらい。そこでどうしても説明文的訳になるが、
「ちいさな乗り合いバス」とした。
 これも先にあげた、給水機と同じ様に日本へ入ってきたが、
日本の給水機には、中国の様に水は勿論だがお湯も出る機能が
付いてないのと同じように、ちょっと違う。
 恐らく、日本では様々な規制があってそうなっているのだと思う。
「小公」は省略型でして、本来は「小公共汽車」シャォ・ゴン・ゴン・
チー・チゥーという。

「公共汽車ゴン・ゴン・チー・チゥー」(バス)というのが先にあって、
それに「小」さいのだから、「小公」。
 説明するまでもないと思うが、中国語で「汽車」は日本語のそれと
は違い、クルマ・自動車を言う。「公共」の意味は同じ。
 これ、最近では逆に中国でだんだん無くなりつつあるので、この辺
で無くなる前に書いておこう、と思って今回はこれを取り上げる。
 90年代がその盛りだったのだろうか、中国の何処でも見られた。
 小さなバス、というがどれくらい小さいか、というと多少違いはある
んですが、小は、軽四輪車の荷台を改造したものから、ちょっと
大きくなると普通乗用車位の大きさの箱型の車。
 ドアを開け、呼び込みさんが待ってます。
 日本ではいまこの手の、バスと見まがうばかりの大きな乗用車が
あるが、あんなには大きいやつから。郵便局の小包を配達してい
るあの軽四輪車を思い浮かべていただいて構わない小さなものまで
いろいろですが、。これをバスとして利用する。つまり交通機関となる。
バスは都市交通ですから、中国でも公共のものをなっている。その各
自治体が運営している。例外はあるが。
 で、この「小公」も、都市交通としてそうなってるいるかというと、それ
は違う。公共性があるので、許可性にはなっているとは思うが。
 観光地などでは、駅とその観光拠点を結ぶ路線専用。街ではバスと
同じように走っているが、決定的にバス「公共汽車」と違うのは、「小公」
はどこでも停まってくれる。バス停を無視。この点ではタクシーに準ずる。
 だが、路線があってその路線上を往復しているだけで、客の注文に
応じて適当に入ってはくれない。この点で、バス。
 基本、何席かあるその荷台を改造した座席が満席かそれに近い
状態にならないと発車しない。この点ではタクシーともバスとも違う。
  さて、実際にどうなるのか。
 先ず、バスの路線があるとします。日本ではナニナニ線と呼ばれ、
始発点があり、終着点があり、その区間を運営している。
 中国では、線ではなく路(ルー)と呼ぶ。それにどちらも同じようにその
前に便宜上の数字をのせて、1番線とか102バンとか呼ばれるものを、
1路イー・ルゥとか、102ヤォ・リン・アールとか呼んでいる。
 これは呼び名の違いだからそう重要ではない。
違いは、「公共汽車」の方は、この路線の区間にある「車站チゥーヂャン」
に停まりながら、時間通りかどうかは怪しいが、定期的に結ぶ。
 多分、運営側の一番望ましいのは、始発点で人を目いっぱい乗せて、
一気に終点まで運ぶ、小リムジン型だと思うが、そう上手くは行かん。
 で、「小公」は、路線こそ決まってはいるが、「車站」に関係なく、
この路線上で待っていて、そこで手を挙げ空きがあれば停まる、乗せる。
 降りる時だって、アッあそこで・・と言えば、停まって降ろしてくれる。
ここがタクシーなみ。但し、そこを曲がって・・とは言えない。
「小公」は採算性重視なので、バス路線全部に走っているわけではない。
 つまり一日中走ってない。混雑が予想される時間帯のみ。
通勤時間帯などに、バスより快適な通勤を望む人たちに「小公」は
利用されてる。当然、バスよりお値段が少し高い。タクシーより安い。
 これ、便利でしょ。
 日本にもこれがあればいいのになぁ・・・と思う。
中国は人が多いから、アレできるのかなぁ。日本は何故できない。
私の住む地方都市などは、普通の路線バスがずっと赤字。
見ていても、平日の日中などのバスは文字通りのワンマンバス。
つまり、運転手一人しか載ってない。なら、いっそ小さな「小公」を
走らせるだけでいいんじゃない、と思っちゃう。
 中国の「小公」の問題は、先に書いたように採算重視。
これが困る。
 ある中国の観光地。駅を出たら、「小公」が、その地の旧跡までを
がなりたて、客を呼び込んでいる。これ幸いと乗り込んで、先客が
いることに気付いた。たまたま時間帯が悪かったのか、なかなか
満席にならない。その内、後ろの乗客のひそひそ声が聞こえてきた。
なんと驚いたことに後ろ三人組は日本人だった。大学生の貧乏旅行。
私ら二人が乗り込んで現在5人。あと、空席は4席。もうこの人数で
採算ベースにのるんじゃないの、と思い呼び込みお兄ちゃんに、
「走口巴!走口巴!!」とけしかけてみるが、あと一人、とお兄ちゃん
は譲らない。やっと後から一人が。これでいよいよ発車か、と思った。
ところが、この人は地元の人で、バスの終点ではなく、途中で降りる
らしい。ということで、あと一人・・となった。実はこの次の人も同じ様に
途中下車地元人。お兄ちゃんはあと一人・・と。
 ところで貴方たちは何時からこの状態で待ってるの?と日本語で
大学生たちに尋ねた。無論、呼び込みお兄ちゃんは何を言ってるかは
分からない。ナント!彼らはもうかれこれ1時間もこの車の後方座席で
待ってるんだという。え〜っと驚いた。
 そこで私は、一旦クルマの外へ出て、「走口巴!」と同じように言った。
実は大学生たちは何を言われてるか判らないのだが、お兄ちゃんは、
これは・・日本人が一斉に降りてしまうのかと焦ったのだろう、
私を無理やり、クルマに押し込め、急発進した。作戦成功!!
エラー!

『透明門簾トゥ・ミン・モン・リェン』ビニールのカーテ
 先ず最初に、この今月号の題を実は
『商店門口的透明簾シャン・ディェン・モン・コウ・ダ・トゥ・ミン・リェン』
としたかった。したかったが・・・、これ、いかにも長い。
 それで諦めた。
この長い題だと、日本語でも「商店入口の透明ビニールすだれ」、
となって、いかにも長い、くどい、説明文だ。それで止した。
 これ、にはどうやら専門の“名”がないらしい。
 加えて、日本にこれがないので、どうしても説明文になってしまう。

その前に先ず、いきなりですが、「暖簾」。「のれん」と読みますが、
立派に?これは中国語です。直輸入。そのまんまです。
 実は音も似てまして、中国語では「ヌァン・リェン」と読みます。
「暖ヌァン」は日本語も同じ、「あたたか」の意味ですし、
「簾リェン」は「すだれ」です。どちらも字の意味は同じ。
が、日本ではこの「のれん」は装飾用としてその用途がありますが、
中国でのもともとの本来の「暖簾」はこの字でも判りますように、
寒い地方での冬の室内の暖気を外へ逃さないためのものでありまして、
暖房用カーテンと言っていいでしょう。
 そんな実用的なものだったようです。
 もう一つ、この「簾」は現在は省略された字が使われています。
 と、ここまで説明しておいて、本題に入ります。
  3月ともなればそろそろこれもはずされる頃となりました。
中国東北地方では冬になると必ず、商店の入口にこの「透明門簾」が
出現。それでなくとも人の出入りの多い商店、戸の開け閉ての度に
お店の中の暖気を逃すことになりますので、それを防ぐ為にこのような
「のれん」というよりも床まであるカーテンのようなものが寒い季節
はぶら下がります。ずっと春まで。
 何故か透明なビニールのものが多かった。
 多分、お店の中が見通せるというのでこれがよかったのでしょう。
ただ、ビニールとっいってもそこそこ厚みのあるものでして、日本では
よくあの事務机なんか敷いてる机を保護する為の厚めのビニールが
ありますよ、あの厚みです。 
 これを一枚が、手のひらぐらいの幅に縦に長く切られて下げられる。
そんな切れ切れのカーテンを想像してください。

  別にビニールでなくともよさそうなもので、
それこそ布団をカーテン代わりに下げたようなのも有るにはありましたが、
でも、印象が強いのはこの透明ビニールの方だ。

 日本にこれがない。何故か?日本のお店は自動ドアが普及したから
だろうと思う。
 では、昔はあったか?あったような記憶がある。あるが昔のことなんで
当然それはビニール製ではない。なぜならその頃ビニールなんてもなもが
普及してなかったから。
 日本の話はいい。中国のそれについてもう少し話を進める。

 この「透明門簾」は結構わたしを悩ました。
どう悩ましいかというと、これビニール製でしょ、かつ先ほど説明したような
厚みがあります。と、どうなるか・・・・。
 前の人がこれをこう大概真ん中あたりを両手で分けるようにして入って、
或いは出て行くわけですが、その後ろを油断して自分も通り抜けようとすると
必ずこのはねのけた部分がグンと戻ってきて厚みもあり重みもありますし、
概ねそれは顔のあたりにブ〜ンと戻ってきて、したたかに顔を打つ。
 これがそこそこ悩ましい。ということで、人が出たり入ったりするそのすぐ
直後は注意が必要。できれば、その直後は避ける。
 避けたいが、中国は人も多いのでずっと避けてると、そのままお店に
入れないことになる。ということで、今度は決心して?その合間を縫って
前の人の繰り上げたその部分を避けて入ろうとすると、向こうから出る人が
現れ、礼儀正しい私はそちらを先に通すと、これまたその人の跳ね除けた
そのビニールの厚みの角にしたたかに頬を打ったりして失敗する。
 「討嫌タォ・イェン!」クソッタレ!!
 が、これも練習を重ね?なんとか重傷は負わないように経験も
重ね、そろそろ大丈夫かな、と思った頃には大概冬も終わり春が
きてこの「門簾」が取り払われる季節なるのだった。それが丁度今頃。
 それでこの季節になると懐かしく想い出す。

  もう一つ嫌なのは、
毎日毎日商店ですから多数の人が出入りする。それだけの人が出入りし
あそこを通るとどうなるか。ビニールってやつは透明で綺麗なようですが、
あれが汚れると始末に悪い。あれだけの人が通れば同じような場所にみな
手を添えるので当然そこは汚れる。そして始末に悪いのはそれを誰も掃除
などしないので、ほぼ一冬汚れたまま。明らかにもう透明でもなんでもない。
透明ってやつは汚れると逆にその汚れがやけに目立つ。
 あそこは触りたくないないなぁ・・・とかねがね思って警戒する。
 あそこを触らずに店に入るには、前の人があの簾を跳ね上げた瞬間
にまだそれが戻ってくる前にスッと入り込むことができれば一番い好い。
 これはまた鍛錬あるのみ。練習しましたよ。何度も失敗も繰り返し、
絶妙の時機を見計らい、前の人がアレをスッと持ち上げたその瞬間、
スグに後ろに詰めて、体をこうちょっと斜めにすると好い、というところまで
研究もしました。
 そうするとほぼ、アレを掴む必要もないし、アレの戻りに顔を打つことも
ない。完璧です。
 出来れば前に入る人が少し体格のいい、かつ、腕力もあってアレを
跳ね上げる力も少し強そうな人の後ろに着くのが最善。
但し、油断してこちら側ばかり見てると、すれ違いに向こうから出てくる
人などがいて、それを躱しきれずにそちらにぶち当たることがある。
  先行く人を選び、その速度を測り、跳ね上げたアレを躱しながら、
向こうから出てくる人も垣間見、自分は素早く身を入れる、
 どうです、こんだけのことをほんの瞬時にしなくてはいけない。
中国の冬の商店は入るだけでこんだけ大変なんです。
  最大の欠点は、そうそう毎日焦点に出向くわけではないので、
これに慣れたころにはもう今の時期になり、そろそろあの「透明門簾」が
外される時期になるという事です。

  そんなある日、結構こちらとしては張り切って、気合も入れて、
さぁ〜今日は上手いこと躱して入ってみせるぞぉ〜と、勇んで街の大きな
超市チャォ・シィ(スーパー)へ行ったら、すでにあの「簾」は取り外され
ていて、肩透かしを食ったような、どこか残念?なような、寂しいような、
拍子抜けして、ボ〜ッとその入口に立ってたら
「躱開ドゥ・カィ!」 邪魔だよ!、と怒鳴られた。
エラー!

『打車ダァ・チュゥ』中国タクシー事情
 先ずは、中国語のお勉強から。
日本語でも、タクシーは“拾う”と言う、落ちてもないのに。
拾えないですよ、アレは。特殊な動詞ですね。同じ様に、
中国語のこの“打ダァ”もまた、漢字本来の、打つ、殴る、
からいろいろあるんですが、“車チユゥ”と“打ダァ”は、本来
合わない。その意味で、日本語の“拾う”に近い。
 中国語の“打”はホント用途が広くて、意外なものにもこの
動詞が使われたりしている。それを一々挙げてると先に進まなく
なるので、ここは飛ばして宿題にしておこう。
 次に、タクシー。大陸では一般に出租車ツゥ・ヅゥ・チュゥ。
租ヅゥは、字面でも判りますが、料金が関係してます、昔中
には、租界と呼ばれていた所があちこちありましたが、あれ
お金払って借りてたんですかね。ということで、出租車。
 台湾では、計程車ジィ・チェン・チュゥ。これまた字面で判ります。
その行程を計算して乗る車ですからして、計程車。
 香港では、英語の影響を受けて、的士ディ・シィ。ほぼ音訳。
 ということで、タクシーだけでも三つもある。頼むから一つ
してくれ、って感じでしょ。
 漸く、語の説明終わり。ホントはもっとあるけど。先を急ぐ。


 総じてどの国もこのタクシーが、というより
タクシーを運転してる方でしょうが、評判がよろしくない。
それって、どの国もこの職業についてる方の労働条件が厳しい
が故のしわ寄せがひとえに司機スー・ジィ(運転手)の両肩
かかっているからだ、と心優しいわたしなどは思うわけであ
ます。その辺の悪評は実によく耳にします。
 ぼられた話が多いですが、それって空港前の白タクだったり
するんですが、そりゃ駄目でしょ。白タクに文句言っても。白タク
はそれが仕事ですから。これまたどの国にも白タクはいる。
 中国の白タクは、黒車ヘィ・チュゥと何故か色が黒になる。
これまたややこしい。
中国では白タクでなく、ごく普通の出祖車でも油断ならない。
 何からお話をすればいいか、中国のタクシー、まず運転
半端じゃなく戦慄的ってんですか、早い話が、怖い!
 乗って目的地は真っ直ぐ、右折も左折も当分必要ないのに、
車は右に左に車線を変更、忙しい。しかも、前後の車をギリギリに
躱したりして、かなり心臓に悪い。怖い、怖い!!
 世の中には怖いのが好きな人もいるから、そんな方はどうぞ。
 おっともう一つ忘れてた。この出祖車に一人で乗るときですね、
勿論日本の様に自動ドアではありません。そこは押さえておいて。
乗ろうとすると、助手席に乗せようとする。いやいや、一人ですから
後部席に一人ゆっくり乗りたいのですが、何故か助手席に。
 この助手席で上のような状態の運転の車に乗ると、それはもう
ホントに横に揺れてるジェットコースターに乗ってるような感じを
味わうことができます。これは誰もが言ってるなぁ。やっぱ印象に
残るんだろうなぁ、あの運転。
 助手席に一人で乗ってると、時折路の途中で相乗りの客
乗せたりする。全くこちらには断りなしに。これも中国ならでは。
 中国の運転手さん、話し好きが多い。こちらも半端じゃない。
お願いだから前を向いて運転に集中して、と心から願う。その話し
も政治から親族の話までなんでもあり、ちょっとこっちから話しを
振ろうものなら大変。こちらの意見まで求められ、落ち着いてなんか
いられません。これで博識なんだよなぁ、あのひとたち。
そんな中国ですので、滅多に運転手さんを急がせる
ようなことはしないのですが、南京という町で、忘れもしない元旦
ユァン・ダンの日ですよ。中国の元旦は新年といっても何にもない。
正月らしくもない。その話は置いといて、その日別の町に移動の
為駅へ。生憎その前の夜から何年に一度という大雪が。早めに
飯店ファン・ディェン(ホテル)を出た。余裕をもって出たが、何せこの
雪で街行く人はタクシーに殺到。なかなか捕まらない。
 時間は迫る。タクシーは拾えない。焦る。ようやく捕まえた一台。
おそるおそる、あの〜少し急いでるんですけど・・・と遠慮がちに言う。
言いたくなかったこの一言。え〜いままよ、ここはしょうがない。
時間を確認した司機は、流石慣れない雪道とあって、そうそうは
飛ばなさい。そりゃそうだよな、と思っていた矢先、前面に鉄道線路
を跨ぐ陸橋が。タクシーは夏タイヤ。登れない。そうした坂の途中で
動きの取れない車をジグザグに避けて登り切った。その時の司機は
ドヤ顔。やるもんだろう、他の奴は登れないのに、と自慢話。
判ってないんだよなぁ、登りより下りが怖いってこと。
 さて、その下り。同じように右に左にハンドルを切り、対向車線に
まで踏み込んで、もっとも雪で中央線も見えてない。
 思わず、あぁブレーキ踏んじゃ駄目だよ。それもそんなに急に。
こっちはヒヤヒヤもの。今更急がなくてもいいです、とも言えない。
いや、そんな余裕もない。変速機を最低速にして、殺車サァ・チュゥ
(ブレーキ)は柔らかく柔らかく踏んで、お願いだから急がないで!
と心とは反対の事を怒鳴ってた。
 エンジンブレーキは中国語で何て言うんだ?教科書ではこんなの
習わないしなぁ。思いつきで、発動機減速、と中国語で言ってみた。
通じてるのか身振り手振りが功を奏してるのか、
クラッチ切っちゃダメだって!クラッチ版から足離しなよ!
 まるで、自分が自動車講習所の教官にでもなったようだが、
どこまでこのいいかげんな中国語が通じてるのか。それでも、
こちらの言いたいことは判るらしく、どうやらこうやら下まで着いた。
 死ぬかと思った。
 降りる時、雪道を運転したことがあるのか?と司機が訊いてきた。
ありますよ、北海道ベィ・ハィ・ダォですから、と答えたが。
なに?北戴河ベィ・ダィ・フ??
 いや違うって、日本リィ・ベンだよ、日本!!
多分それは聞いてなくて、あぁ同業者なんだぁ、と感心してた。
どう?儲かる??とも訊いてきたが、時間がなくて相手して
られなかった。ホントは好い人だったのかも。
エラー!

『賞花シャン・ファ』中国で花を愛でる
 どの国にも花を愛でる、という習慣はある。
恐らく、どの国にもその国を代表する、その国に愛される花
ある。それは、国が制定したものもあるだろうが、そうではなく、
庶民がその花をとりわけ愛し、その花がその国民を象徴す
という意味では、日本の桜はその代表と言っていいと思う。
 それに、国自体にそうした花を持たない、或いはそのこと
自体に興味すらない国だって世界にはあるでしょうが、
日本人の桜好きはつとに有名だし、実際日本人は何でこんなに
サクラの花に魅せられるのだろう、というくらい好きだ。
 こんな民族も珍しい。
 5月は、春の遅い私の住む北海道にとっては、桜の季節。
およそ、「桜前線」ってな、ある花を追ってそのニュースを伝える
国が他にあるだろうか。日本人の桜好きはちょっと異様だ。
 国によっては四季がない、とか。花を愛でる余裕などなくいま
なお戦火の中なんてな気の毒な国もある。そういう意味でも、
日本はちょっと他の国と比べるには適さないかも知れない。
 とりわけ、日本人の桜好きは、その度を越している。
 日本語で「花見」と言えば、桜のことだし、サクラ咲く季節
唄にも歌われ、文学にも数多くなっている。
 なによりも日本の凄いのは国民こぞってそれをやる、とい
ところにある。
 ではでは、中国は。

 中国で花と言えば、中国の皆さんが
お好きなのはこちら、牡丹ムゥ・ダン。
 中国とこの牡丹の歴史は長い。そしてこの牡丹のパッと大きく
咲く様が中国の人たちのお気に召すようです。
 洛陽という町のボタンが有名なんですが、そこの牡丹園は毎年
時期ともなれば凄い人出です。

  中国にだって桜の樹はある。
 但しそう普遍的ではない。有名のは武漢という町の大学の構内
にある桜。こちらは残念ながらその花の時期に訪れたことがない。
数度行ってるのに、いずれも葉桜の季節か、葉を落とした季節。

 中国東北地方の大連という町のお隣に
戦場として名を馳せた、旅順、という町がある。そこの桜も有名。
 実は・・・今だから話せるが、当時まだ未開放地区というのが
あって、外国人は立ち入りまかりならん!という地域にこの旅順は
指定されていた。いまはもう自由に立ち入ることができる。
 そんな昔の話で恐縮だが、実は私はこの町が気に入って、時々
密かに、といっても別段見ては中国人と区別のつかない私は別段
変装するわけでもなく、とりたてて何かするでもなく、フラッと、出かけ
てはブラブラしていた。大連・旅順間は当時の遅いバスでも、2時間
程度。朝少し早めに出て、夕方戻るつもりなら十分散策できる。
 何がそんなに好かったか。この町が未開放だったのはつとにその
この町が軍の町、軍港の町だったから。だからとって、そうした施設に
勝手に入れるはずもなく、そんな興味もないし、何よりこの町、軍で
持ってるということは即ち、工場などのなく街全体が先ず静か。
軍港ですから海が傍にあってそこからの浜風が吹き、空気が綺麗。
街も商店などは限られていて観光地のような荒れた様子がない。
何処へ行っても人の多い中国にあって比較的人が少ない。
町全体が軍の関係で開発が遅れ、時間が止まっているよう。
軍の町ですから、治安も好い。
ということで、こんだけ好い点があれば、片道2時間は惜しくない。
 そして、旅順の想い出のもう一つが、桜。
日本人が植えたという桜の樹が旅順の町の手前にあるという。
桜の咲くずっと前から聞いてはいた。場所も大体分かっていた。
その前の冬から私は春の来るのを楽しみにしてた。大連の春も、
突然やってくる。ついこの間まで冬だと思っていたら、急激に気温が
上がり行き成り初夏の陽気となる。花見の時期がやってきた。
心配もあった。流石にその頃は人出も多いだろうと。
 事前に調査もした。その結果では私の周りにはわざわざ桜を見に
出かけるような予定の人は一人もいなかったし、夜桜は考えにもない
らしいことが分かった。となれば、多少込んでも止むを得ない。
ちょっと不安にはなったが桜は待ってくれない。その日朝早めに出て、
目指すバスターミナルへ。まずい。知った顔がいた。日本語科の生徒。
彼女は確か4年生。もうすぐ卒業。連れらしき男性は、確か大学職員。
話をしたことはないが、事務の人だ。向こうもこちらに気づく。
当時私は学校に籍があったので、日本人がこの未開放地域に足を
踏み入れることがバレれば、学校に迷惑がかかるかも知れなかった。
 相手が「旅順ですか?」と言うから、「はい、花見に!」と答えた。
暗に旅順の町ではなく、その手前の桜を見に行くんで、町へは・・・、
と含みを持たせた。それ以上何も訊いてこないので、そのままバスへ。
 バスの前の方に私は、お二人はずっと後ろの方に席があった。
あの二人はデートだろうか、と思ったが直接は勿論訊けない。
町に入る幾つか手前のバス停で私は降りた。桜のその場所は、
気が抜けるくらい人出はなかった。時折乗用車で通りすがりの人達が
足を止めるくらいのものだ。
 わざわざは花見に来ないんだ。ましてや樹の下で宴会など・・・。
暫く桜の花を独り占めし、お昼をとりに旅順の町へ入った。まずい。
またあの二人と遭遇。さけようとすると可笑しなものでまたまた会ったり
する。この町自体がそう大きくはないし。お気に入りの旅順博物館へ
いったらそこにも二人はいた。ちょっと双方苦笑い。
 外国人未開放地区立入発覚事件とはならず、何日かが過ぎた。
更に数日後、突然、あの話もしたこともない大学事務の男性が、
寮に私を訪ねてたいと言ってきた。
 なんだなんだ、私の秘密をネタに強請ろうとでもいうのか。警戒。
不安を抱えたまま彼との約束の場所へ。彼は独り。他人に話を
聞かせたくない、ということか。ますます不安になる。突然、
「先日のことは他の人に黙っていて下さい」と、彼は言った。
一気に緊張が緩んだ。なんだよ、そっちの秘密のことかよ・・・。
やっぱりあれはデートだったんだな、というのが判明した。
 
エラー!

『超市ツァォ・シィ』スーパーへ行ってみれば
 これから、お話しするのは中国のスーパーマーケットの
お話ですが、中国に限って特別変わってるとか、中国のスーパー
が“変?”というお話ではありません。
 スーパーですから、ほぼ同じです。ですが、そこにいる人たちが
中国の人なんで、どっか“変”というか、変わってる?というお話
であります。そんなこと言ったら、「お前が此処に書いている全て
がそうじゃないか!」とツッコミを入れられそうですが、そうなんです。
 実は私は話題こそ違え、毎回同じことを書いとるわけです。
ですから、幾らでも続くんですね。そして、それは中国の人は何処に
いてもその存在が面白い、と言えます。
 さっさと、本題に入りましょう。
 正しくは、スーパー・マーケットですので、このマーケットの部分は
中国語で、市場シィ・チャンとなります。あとこのスーパーは、かなり
付け焼刃というか、スーパーだから超級だろうと、ならその超を
取って、前と合わせて超(級)市(場)チャォ・シィ(シィ・チャン)で
好いんじゃないの、ってわけで、超市です。
 目出度し、目出度し。
 何時頃からだろうなぁ、中国に「超市」が出現したのは。まぁ私の
時間感覚したら最近ですよね、いずれにしても。このいずれにしても、
は日本のスーパーでさえ、私には近代のことだから。

  で、ホラ。大体がスタートの時点でそうですが、
この手のお店は模倣ですから。日本は多分、美国(アメリカ)のそれを
真似て作ったのでしょう。それを日本の狭い小さな土地で発展・進化させ
いまの日本型スーパーがあるのだと思います。
 早い話が、超市とは、客が勝手に?自分で買いたい品物を運んで
来て、支払いをする場所までやってくる、人減らしの為のお店です。
 私なんかは、人がいっぱいいるというか、あり余ってる中国、そんな
合理化は要らないんじゃないの、と思うがそこはそれ、経営者側から
すれば人件費節約ですから、踏み込むんですよ、中国と言えど。
 それで、この超市もデカイのはもう馬鹿が付くくらいデカイ。
小さいのは、これ便利店(コンビニ)じゃないの、ってくらいチイサイ。
 馬鹿にデカイのも矢鱈にチイサイのも、面白みに欠けるので、ここは
一つ中くらいの歩いて端まで行って戻ってきても数分程度の店を想像
して貰いたい。まぁ、大きさはそんな関係ないんですが、品揃えが違って
きますから。
 もともと、この話題、私が中国の超市に行くのは買い物ではなく、
かなり邪まな目的でして、何か面白いもの、面白いことないかなぁ〜
と。その期待を裏切らないところが中国の度量ってか、大ざっぱって
いうか、取りあえず期待には応えてくれます。
 先ず、日本と違うのは、入り口で荷物を預けなくてはいけません。
専用ロッカーがあったり、受付カウンターがあって人が居たりです。
 さて、中へ入ればあとは同じ。ん!同じかなぁ〜、違うかなぁ〜。
 日本スーパーはまた、惣菜が豊富だったり、試食の品が置かれて
たり、かなり日本的ですからね。多分外国の人にとっては面白いと
思うなぁ日本のスーパー。きっと誰か書いてますね。さて、中国では、
陳列が違ったりはしますね。並んでる品物は勿論違います。
違いすぎ。面白商品が目白押しなんですが、その紹介が今回の目的
ではありません。でも、やっぱり紹介しちゃいますか。
 日本では見かけないものに、大きな箱もの贈答品が置いてます。
栄養剤の詰め合わせが多いかな。その包装の豪華さから言って、
あれって贈答用でしょ、恐らく。日本だとお中元かお歳暮用のような。
それが年中棚の一角を占めたりしています。恐らくこれから伺う先や
実家に帰るときのお土産などに必須なんでしょうね。私が中国超市に
に行くのは買い物目的ではなく、様子伺いです。でも、偶には買わない
と悪いと思って、ちょっとした食品を買いますが、不思議なのは何にでも
よく砂糖が入ってます。油断がなりません。フランスパンにも、飲み物も
甘かったりして、なにコレ!ってちょっガッカリ、ちょっと腹立たしい。
 これはまだ、味の問題ですからね。商品そのものの問題でして、
超市の店の問題ではありません。
 中国・超市はやはり、生鮮食料品ですよね。
  こんな並びで同じように、肉も魚も野菜も果物も何故か包装され
てなくて、量り売り。別にいいんですけど、何せ皆して触るんですよ、
これがまた、私が見た人たちがたまたまなのか、これがまた半端じゃ
ない位吟味に吟味を重ねたりして。肉を勝手に切って持ってく売り場
なぞ、よく肉をあんなに何ともなく触れるな、と思うくらいです。
 ここで言う中国の肉は基本、生肉です。冷凍の凍ったやつでは
ありません。それを自分で欲しいだけ切り分けて持っていきます。

 ある町で、中級?超市に入って何気なく品揃えを見ていた。
たまたま何故か葡萄酒のその品ぞろえが豊富な店だった。あとで
気づいたが、販売促進のお嬢さんもいた。ミニスカートだよ。
珍しいので眺めていた。こんなにあるんだぁ〜と。それも国産種が。
 何も判らないくせに何気に瓶を手に取って、ラベルを見たりする。
実は私は酒を飲まない。そんな私をお嬢さんは酒好きと見てか
「何かお探しですか?」とか「好みは?」とか珍しくやる気満々。
酒にも弱いが、お嬢さんにも弱いので、今日は早めにホテルに帰って、
部屋で寝酒にワインというのも好いかな、と考えていた。飲めないくせに。
連れが多少はいける口なんで、二人で・・・、でも1本は多い。この半分。
ハーフボトルで充分。尋ねると、無い!とキッパリ。そうだよね、中国の人
お酒に強いから。もう一つ問題があった。ホテルにワイン栓抜きがある
だろうか?と。恐らくないだろうなぁ。そんな心配を彼女に言っても
詮無かろう。(これはワインの栓と、詮無いの詮が係ってます)これも
彼女に理解させるのは無理だ。「旅先なんですよ」と彼女に言った。
彼女は、それが何か?みたいな反応。「持てますよ」と言う。イヤイヤ
そういう問題じゃなくて。今旅先でこのあとホテルに帰って飲みたいので
開けてくれたら、買っても・・・と言った。好いですよ!と彼女。親切だ〜。
何気なくその先の棚を眺めていたら、発砲性葡萄酒(スパークリング
ワイン)があるではないか。好かった。これなら、自分で開けれる。
これにします、と言ったら、紙を渡されこれで収款台(レジ)で払って
来てと、言われた。言われるまま、葡萄酒の代金が書かれた紙を持って
收款台へやってきた。「ポン!」という炸裂音が聞こえた。嫌な予感。
棚に戻ると、案の定私の買ったスパークリングワインの栓は抜かれ、
その泡が溢れる瓶を手に、お嬢さんは笑顔で待っていた。
エラー!

『煎餅ジェン・ビン』これぞ中国式B級グルメ
 いま、日本は世をあげて「B級グルメ」ブームだ。
誰が名づけたのか、この「B級グルメ」という言葉もなかな
に面白く厄介だ。
 中国語ではどうなるだろぅ。「二流美食」、でいいのかなぁ。
ところで、その「B級グルメ」中国はその宝庫だって知ってました。
そりゃぁもう一杯あって、有りすぎて、紹介しきれないくらい。
 あれも、これも紹介したいですが、まずはその代表と言ったら、
それが、「煎餅ジェン・ビン」。
 これ、字は煎餅せんべいとなってますが、まるで違います。
「煎ジェン」は、調理法として、少量の油で焼く、炒めるの意味で、
「餅ビン」は、小麦を溶いて薄く伸ばして焼いたものを言います。
ですので、日本のせんべいとは全く否なるなるものです。
 ということで、中国代表「B級グルメ」、煎餅ジェン・ビンを
紹介します。
 先ずは、この「煎餅ジェン・ビン」が如何なるものか、を説
します。

  学生たちの休み時間の「煎餅」買い。
 中国版クレープと思っていただいて構わないのですが、あれと
同じで大体はそれ専用の丸型鉄板がありまして、この鉄板なか
なかどうして厚みがあって、恐らく相当重いと思う。あの厚みは
訳がありそう。これの鉄板の上に小麦粉を溶いたものを垂らし
ます。実は小麦でないのもあるんですが、話しがややこしくなる
ので、ここは小麦で統一。小麦を単に水で溶いただけなのか、
何か秘伝のタレでもあるのかは不明。多分水で、大丈夫。
 鉄板の上に適量を垂らしたら、これを木製のT字型をした伸ばし
棒で鉄板の上に薄く均等に伸ばします。野球のあのグラウンドを
ならすトンボってんですか、あれの小型のものと思って下さい。
これでもって、クレープ扱う人も同じですが、器用にクルクルッと
なでつけて、薄い皮を作ります。この皮、クレープのあの皮とは
その厚み、湿り具合が微妙に違う。
  こんな感じで丸く伸ばします。
 クレープ以外にもこれに似たのは、まだあるとは思いますが、
 更に決定的に違うのはこっからのこの皮で包む具がまるで違う。
こっからは中国の独壇場。この皮の上に卵を割りいれたり、客の
好みと、この店の売りで、実に様々ですが、標準仕様は、調味料
として、辛い辛い豆板醤系の辛味を塗る。ネギ、シャンツァイ香菜
を散りばめる、揚げを乾燥のものや油条ヨゥティァオ(揚げパン)、
等が常備されている。
 これらを売り子さんと話ししながら実に手際よく、何をどれ位入れ
何を多めにするかを決めると、それらの具を包んでパタパタと
折りたたむと、ほ〜らまたクレープの様になりますが、一口食べれば
一口瞭然、これぞ「煎餅ジェン・ビン」美味いんだなぁこれが。
 歩きながら食べてる人をよく見かけます。朝が多いかなぁ・・。
 これのB級たる所以は、これレストランなどでは食べれないのです。
街の歩道などで、埃よけなのか風よかなのか移動性リヤカーに
周囲をガラスやプラスチックの板で囲った屋台での販売である点、
これで一食というよりも、間に合わせの一食であり、その分お値段
が安い。とても安い。あれで商売になるのか、と思う位に安いが、
どうしてあちこちに店を出してるとこを見ると、薄利多売、けっこう
稼いでるんだそうです。何処がどう違うのか、お店によって人気店
があり、そこそこに味も違うんでしょうね。
 わたしの「煎餅」体験は、一つはあのトッピングの時の加減が
判らず、「辛味はどうする?」と訊かれた。中国の人の辛さに対する
嗜好度は普通の人で日本人の数倍にあるのを知ってる。でも、
まるで辛くないのはそれはそれで物足りない。で、わたしの注文は
いつも、「稍微辛シァォ・ウェィ・ラー」ほんのちょっと辛く、で対応。
 注文後は作る傍で見ているので、多すぎるようならその場で、
太多了タィ・ドゥォ・ラ、多すぎですよ、と言えるしと思っていたら、
一口食べて、辛〜〜、口の中が火事。「ちょっとって言ったのに〜」
とヒィヒィ言いながら叫ぶと、「それで微辛なんだよ!」とおばさんは
平然として言い、わたしの次の客は、「多一点ドゥォ・イー・ディェン」
(多めにね)等と言いながら、勝ち誇ったようにわたしを睨んでた。
  もう一つ、この店は特別美味しかった。また売っている小姐も
感じがとても好かった。その場で立ち食いし、「写真を撮っていいか?」
と小姐に許可を求めると、断られた。一応「なんで?」と尋ねると、
「私には夫がいる」???との答。別に構わんでしょ、貴女が結婚
していようが、子供がいようが。何の関係が・・・?
 意味が判らん!写真機を取り出すと、逃げ出した。
 嫌がるものはしょうがない、と諦めたが、あとあと考えてもあの
断る理由が判らん。聞き間違えか?イヤイヤ、確かに言った。
 「私には・・・」と。アレ何か別の意味があるのだろうか。わたしの
中国語理解度を超えて深い意味があるのか?
 友人のその話を聞かせて、意見を求めたところ、友人の判断は
「その屋台きっと無許可だな」というものだった。
エラー!

『焔火イェン・フォ』夏だ!花火だ!!
 夏です。夏といえば、花火。
花火大会・・・ですよ。日本各地、いったいどれだけの処で
花火大会が執り行われているのでしょうか・・・。凄い数な
ことは確か。
 中国語で花火はもう一つ言い方がありまして、こちらも
実は同じ音ですので、イェン・フォ 1声+軽声で「煙火」。
「焔火」のこちらは、4声+3声で、イェン・フォです。
 日本人はあれを“花”に譬えちゃったからなぁ・・・、
見立てですよね、見立て。パッと“花”が咲いたようだと。
綺麗だよね。ハ・ナ・ビ、という音も。
 そこへ行くと、中国語の「焔火」も「煙火」もちょっと即物的
でしょ。そうなんですよ、情緒は求めない。ここにすでに違いは
あるのですが、そのお話を順にしていきますね。
  日本人はとりわけ花火好き。なんですかねぇ。こうなんてん
ですか、パッと咲いてパッと散るみたいな。桜の花もそうですが、
 これで結構気が短いんですかね。あの一瞬に消えちゃうのが
いいんだ、と言いますから。
 季節は夏。「納涼花火大会」。暑い夏、花火はそれを忘れさせて
くれるらしい。夏→夜→花火大会→ゆかた→川べり→ビール、が
勝ちパターンです。
 一方中国は。・・・ご存知と思いますが、花火のそのおおもとの、
火薬は中国四大発明の一つでもありまして、そこに中国の人達の
矜持がありますので、そこは押さえておいてください。
 四大発明の一つが花火、では・・あとの三つは何でしょう?は
宿題ということにしといて、先に進みますよ。
 ですので、中国の人の焔火は出発が観賞用ではなく、軍事連絡用
信号としてあったのであります。また、その後も花火は“魔除け”の
ような半実用も含めて、見るよりも使うものだったわけであります。
 それが証拠に、中国の焔火は夏のそれよりも、圧倒的に冬。
それも春節。ということは2月。一番寒い季節。外は凍てつく夜。
花火を見る、よりもここは聞くですね。あの音。そして火薬の臭い。
花火で年を越します。これは一般の人が銘々に勝手に上げる。
ですのでそこに秩序はありません。場所もどこでも。別段どっかに
みんな集まって観賞するということもない。
その代表が、音担当の爆竹。これが明け方まで鳴り止まない。
 バリバリ〜バリ・・・ドヒュ〜ン、
 シュルシュル、ドーン!って感じ。

 もう一つは国慶節のその日の夜。建国記念日ですからこちらは
公式の花火です。ですがその打ち上げ方も、バリバリバリ・・・・
ドッカンドッカンドッカンと、隙間なく爆音が絶え間なく続く。
 息をもつかせぬ連続技。花火と花火が重なり、更にそれに後発の
花火どうしが夜空で重なり合って、一体この短い時間に何百発打つの、
ってくらいにひと時に大量の花火を打ち上げる。
 それは、もしわたしの地元の花火大会の花火をあの要領で上げたなら、
数分で上げ終わっちゃうくらいの勢い。
 打ち上げ場所も別に日本のように川だったり、海辺だったりという
水は関係しない。だからかなぁ、乾いてる。
 日本の花火はですね、シュルシュルシュル〜と音を立てながら、
上がっていき、一瞬間があっての、ドッカ〜ン!!
もっと如実に語るんだ、というのは外国の方に理解して貰うのは難しい。
 なんせ形がないんだから、その形のないものを、言葉で説明するのは
かなり厄介だし、骨が折れる。
 “間”を中国語で説明するのも、どうもこちらの能力の問題もあるだろう
が、いま一つ上手く分かって貰えない。
  こっちだって、満足のゆく説明になってないのは重々自分でも判る
から、歯痒い。
  ・・・・ってなことを考えながら、留学生と一緒に花火を見物していた。
大きな花火が一つ終わって、“間”ができた。
  「待たせますね・・」と言った。中国語で。なるほど、待たされる・・・か。
“間”がある、とは違う。
 待たされるの嫌いですか?と訊いた。「中国人は待つのに厭きてる」
という。そうか・・だから並ばないのか・・。
 近くの放送センターから、「只今の、××玉、ナンチャラカンチャラは・・」
と説明があった。
 それを聞いた留学生が、「えぇ〜!花火にも名前がありますか・・・?」
って言う。そりゃ、あるよ。みんな名前がある。
 「一つ一つにですか?」と別の子が聞く。そう、一つ一つに。
別にこっちは一つ一つ名前を覚えたりはせんが、
あの花火を作った人には一つ一つに愛着があるでしょうが・・・、と言った。
 二人は声を揃えて、「へぇ〜・・・・」と痛く感心してた。
その二人を見て・・・こっちが「へぇ〜??」たが。
エラー!

『晒・・
 まぁ、物事というものは、何でも慣れてしまえばもう
そう気にならなくなるもので、或いは、皆がみなそれを
やっていれば、そう気にもならないもので、
 そんなのが、気になる、ということはよそ者だ、という
ことの証明にもなる。
 外国に暮らすということは、まさにこの状態にあるわけで
あり、中国でのそうしたことが取分け衝撃的に思えるのは、
何せこの人たち、顔を見れば同じ様だし、日本の文化もそ
殆どは中国は源だ、等と普段話してるので、ついつい同じ
感覚、同じ感性の人達と勝手に思いがち。
 そう、勝手に思ってるわけでして、勝手に思われた方にとって、
それはそれで迷惑でしょうが、でもホラ!何度も言いますが、
見ては同じなんですね、どこにでも親戚に似たオジサンや
オバァさんがいて、単に知らない言語を話してるだけと思いきや、
その頭の中は全く似ても似つかない人達だということを時
それも思いっきり知らさせる。それもかなり手痛い状態で。

  今月号の「晒干洗好的衣服サィ・ガン・シィ・ハォ・ダ・イー・フ」
もその一つです。
 ちょっと長い題ですが、先ずはそれを説明しておきましょう。
余りに長いので「晒干衣服」と省略した題も使用しております。
「晒サィ」は、日本語も「晒す」の意味ですので、そのままの意。
「干ガン」これまた、文字通り「干す」。
「洗シィ」こも、字の意味は同じ、「洗う」。
「洗」の後ろについてる「好ハォ」は、洗い終えた、の意味。
「的ダ」は、この後ろにくる名詞の修飾語をつきります。
「衣服イー・フ」もまた、同じ意味で、「服」全般を指します。
 ということで、「洗い終わって服を干す」という題であること
中国語をやらなくとも、意味は取れます。どうです、中国語は簡単
でしょ。それにしても、説明だけでこんなに長くなっちゃった。
 先を急ごう。
 洗濯をする。洗濯したものを干す。これは世界中でどこの家庭でも
やられている、ごくごく一般的なことでしょ。
 そんな当たり前の行為が何故に話題になるかというと、
 そこが、ホラ、中国ではこんな感じ。
 あけっぴろげ、というか、飾らない、というか、気にしない、というか。
今はですね、洗濯機に乾燥機なるものもついてて、ですね、そのほぼ
乾いた状態までになって、洗濯機から洗濯物はお出ましになって
きますけど、なぁ〜についこの間までは、日本だってこうやって干して
たんですよ。洗濯物は。
 水を絞り切らない、滴る水の下を歩いたことがあります。
 子供の頃の我が家は、何でそうなってたのか未だ分からが、
特性の鉄製物干し台がありまして、縦2メーター程のパイプの下に
コンクリートのしっかりした台が付いてまして、そっからこうニョッキと
縦に鉄パイプがあり、そのパイプの上部にはЮこんなでっぱりが付いて
まして、両側にそのコンクリート台座付鉄パイプを置いといて、この
でっぱりに竹竿を通し、そこに洗濯物を干す、という祖母自慢の特注
洗濯物干し台があった。それはいいんだが、その置き場所が何故か
子供が与り知らない諸般の事情があったにせよ、よりによって、玄関前
だった。つまり、でっぱりの段は何段かあったが、最高段に竹竿を
しても、洗濯物が短いシャツぐらいならいいが、長いものだとたとえば
シーツなどは、明らかに玄関を隠すカーテンの代役ぐらいにはなって
いた。それを暖簾をくぐるようにひょぃっと持ち上げて、慣れてるお隣
さんなどは、「おばぁちゃん、いる〜・・」と言って毎日の様に遊びに来て
いた。問題は、他人様に見せられるものならまだしも、洗濯物は必ずしも
そうとは限らない。流石に下着などはどうしてたのか、いやいや、干して
いたのかなぁ・・・記憶が曖昧だ。多分干してた。自分は子供だったし、
男なんで大して気にはならなかったが。

  で、話したいのは中国はこの状態です。まるで気にしてない。街の
真ん中でも。上手く渡りがつけば、道路を隔てて向こう側まで縄をはって
ずら〜っと、風に洗濯物がたなびいている景色をよく見かける。
 北京オリンピックの時だったか、上海サミットの時だったか、お上から
洗濯物を濫りに干すことはあいならん、とのお達しが出ていたのを覚え
ている。外国からの観光客が沢山入るから、というのがその理由。
 実は中国でも徐々にこうした風景は少なくなってきてはいる。それは
先ほどの洗濯機の問題と、住まい方の問題に起因してる。
  この点でわたしの一番の思い出は。
 日本語を教えてた生徒から、遊びに来てください、と言われ、あの時は
何だったのか普段なら断ってるはずのその大学寮それも女子寮に寄る
ことになった。昼ひなかだし、寮は6人部屋で他の娘もいるはずだし、
わたしの他にもう一人もう既に部屋に男子生徒がいる、というので伺う
ことになったように記憶してる。
 夏。各部屋の扉は開けっ放し。長い廊下でも何人もの顔見知りとも
すれ違う。そのたびに声をかけられ、私達の部屋にも寄ってください、と
言われる。さて、どうぞ・・と言われてその部屋へ。入ったはいいが椅子が
ない。慌てて同室者の一人がベットから立ち上がり、ここにどうぞ、と
言われる。いま今までその娘が座っていたそのベット端に腰掛け、部屋の
窓から見える真向いの部屋の窓から突き出た洗濯物干し棒には、ギッシリ
洗濯物が。その隣もまた、そしてその隣も。今日は天気がいい。
 ぼんやり、そんな風景を眺めていた。
 彼女らが少しザワザワし始めて、何事かと思ってたら、先ずはこの部屋の
中にあった洗濯物を取り込み始めた。
 少し視力が悪いせいもあるが、一瞬・・・間があって、
わたしがボンヤリ眺めているその先の景色の洗濯物。
 その中には下着も干されていることが分かった。
 分かると今度はこちらがどぎまぎして、とても気まずい、眼のやり場に困る
という経験をしたのを思い出している。
  気にはするんですね、一応。
 
エラー!

『去博物館チゥ・ボゥ・ウ・グァン』博物館へ!
 中国へ行かれたら、博物館へ行くことをお勧めします。
行ったことがある、とおっしゃる方。恐らくは「上海博物館」。
あそこはちょっと、面白くない。或いは北京の「故宮」。あそ
はあそこで「故宮博物館」ってくらいですから立派な「博物館」。
でもほら、あそこって外国人御用達の「博物館」でして、もっ
小さな町の、或いは地方の「博物館」がお勧め。
ここは面白い。愉しめる。

 わたしが中国で行きい場所。博物館・美術館・図書館・
茶館、(順不同)と何故か最後に“館グァン”の付く所が多い。
 ずらっと並んだこれらを見ていただいても、そこはかとなく、
高尚なわたしの趣味が透けて見えてきそう・・・でしょ。
 これらの場所の好い点は、一つには、中国にあってどちらかと
いえば、静かな場所だからでもあります。
 こうした場所でも偶にデカイ声で話をしてる人はいますし、
床に痰を吐こうなんてな人がいないことはないが、例外だ。
 “静”を好む私としての、避難場所でもあります。
 ということで、今回のテーマは、「博物館ボゥ・ウ・グァン」
毎回申し上げておりますが、中国語が有り難いのは、ホラッ!
何せ見て分かっちゃう。その意味が。漢字は有り難い。
 但し、音は違いますよ、音は。これも毎回のことですが。
因みに、前にある「去チゥ」は、動詞先型の中国語にあって、
「行く」の意味。因みに、因みに日本語の「さる」の意味の方の、
その場を去る、てな用法では、中国語では「走ゾゥ」を使います。
「行く」が「走る」になってしまいます。では「走る」は・・・、と
ここらがややこしい。ややこしさも面白さの一つ。
 中国の「博物館」をお勧めする理由は、簡単。面白いから。
結論から先に。中国の「博物館」は面白い。笑っちゃう、くらい。
 何がそんなに面白いかって、日本の博物館と全然違う。
その一番の違い。中国「博物館」は何故かニセモノだったり、
明らかに故意に真実とは似て非なる物が展示されてる。
 「博物館」で展示されてるものもニセモノなら、「博物館」が
そう言うんなら・・・と信じてはいけない。ウソだったりもする。
 それをそこらの人や、そこらの店がやるなら、まだしも、
「博物館」ですよ、博物館がやっちゃうとこが凄い。
 それを見付ける楽しみがあるといえば、そうも言える。
ものは言いようだ。「博物館」にそんな使命があるとは思えない。
 つい、信じたくなるんですよね、でも中国の「博物館」では、
そこをグッとこらえて、これはマヤカシなんじゃねぇの・・・と、
眉毛に唾をつけて眺めたりしなくてはならない。
 “博物”、ですからね、何を展示して頂いてもそれはそれで、
一興でしょうが、間違った展示や情報はいけません。
 それが、故意であろうとなかろうと、ですね。
 想像上の動物といわれる誰もが知っているあの動物のミイラ
というのを見せられた。これって何かのお遊びですか。
 まず、並べ方がなってない。無茶苦茶。時々何の説明もない、
脈絡もない展示物が、割と大きなスペースを占めて、ド〜ン
置かれていたりする。あり得ない。部屋が薄暗く、展示順を示す
ものもなく、何を見せられたのかも理解できない。不思議だ。
この世に存在しないものが展示されてたりする。何を見せたいの
かが、判らない。
 どうです、楽しそうでしょ。あなたの「博物館」の概念を根底から
覆してくれるかも知れませんよ。
 共産党発祥の地や、五つの星に代表される革命同志の故郷に
近い「博物館」。如何に共産党が素晴らしく、立派だったかを展示
するだけの「博物館」と言うより、これ「記念館」でしょ。
 それに、肝心な時の写真がないくせに、肝心じゃないときは写真
が撮られていて、日本人はこんな悪かった、と強調されていました。
 なんだろなぁ〜、当時の日本人大佐の部屋を再現してますが、
これがまた、笑える。着物の着方やら、家具の配置や、置かれてる
調度品、例えば花瓶、そんな柄は日本にはない。そんな日本刀はない。
 などなど、突っ込みどころ満載。「博物館」に居ることを忘れ、
まるで、間違いさがしクイズにでも参加してるような錯覚に陥る。
  いろんな「博物館」で散々笑わせて頂いた。
 ←中国・茶壺チャァ・フゥ。
 某日・某「博物館」は、陶器の展示で有名。、茶器の展示も多数。
中国・茶壺チャ・フゥ(急須)の収集家でもある、高尚な趣味をもつ私。
その茶壺の有名な生産地にも近いその「博物館」。思いもせぬ収穫
に、その日は珍しく大満足。
 「博物館」かくあるべし、と思った。心の中で褒め称えた。
  さて、出口近くにあった、売店。ケースの中には今まさに見てきた
茶壺の古今コレクションが写真と共に一冊の本として出版されていた。
 これは買うでしょ。初めてこんな本があるのを知った。
 写真を多用しているせいか、中国の本にしては少し高めのお値段。
でも、高尚な趣味をもつ私。金に糸目はつけません。高いといっても
知れてる。日本にすれば小説本レベルの値段。
 更に私はその隣に有った本も、同行者の嫌がる素振りも物ともせず、
お買い上げ。
 「博物館」内の展示も好かったし、思わぬ収穫もあった。大満足。
 「博物館」を出て、角を一つ曲がった。そこに薄汚れてうらぶれた、
何屋さんなのかも、判然としないお店が。店の前に本が積まれていた。
本屋ではないようだが、一応本となれば、その魔力に引き寄せられ、
その積まれている本を手に取った。
 パラパラとめくる。正にいまいま「博物館」付属売店で買った本だ。
 同じだ。間違いない。出版社も同じ、装丁も同じ、何より中が同じ。
違うのは売値。ナント、安い。
 「博物館」のそれよりも。安い。しかも、物は同じ。ナンデ??
 「博物館」だから信用したのに。しかも、本には定価というものが。
 怪しい。この店のこの本、ひょっとしてニセモノか。
 たった今、買ったんんだ。しかも、すぐそこで。
 もう一度取って返して、この本返してこようか。
 ただ、売店は出口付近にあったが、出口からは入れないだろう。
 となれば、もう一度、入場券を買って入るよりないか。
 入って、売店に行っても、返品に応じるかどうかの保証がない。
 この場合、入場料と、その間の時間と、私のやるせない感情とが
 全て無駄になる・・・。
 そんな事を考え、店先で、悔しさのあまりまだ本を手にしていると、
 その店の老板ラォ・バン(店主)が言った、
 「この本は最近、新版が出て、これは旧版なんだよ。だから安く
  しといた。」なるほど。「博物館」は在庫整理でも値段据え置きか。
   じゃぁ、新版と取り換えてもらえば、好いではないか。
 老板が追い打ちをかける。「あそこにゃぁ新版はないね。」
 「博物館」だからといって、公生に良心的に物を売ってるとは限らない
ということを学んだ。
  心の中で恨んだ、ちょっと舌打ちもした。
 
エラー!

『光棍節グァン・グン・ジェ』 11・11狂乱・・
 今年も、11月11日がやってきた。そりゃ来るわな。
この11・11の1並びの数字が問題。どう問題か。
問題すぎて、だからこそ、狂乱の・・・と言いたくなる。
 先に、コトバの説明から片づけておこう。
「光棍グァン・グン」は独り者、主に男性に使うので、男やも
と言ったところか。この動詞が面白くて「打ダァ」を使う。
「打光棍」で、やもめ暮らしをする、となる。
 その後ろの「節ジェ」はご存知、「春節」や「国慶節」の「節」で、
記念日や、祝祭日を担当している。
 で、併せて「光棍節」で、やもめの日、となる。
 なんだろなぁ・・・世には、子供の日だの母の日だの、老人の日、
なんてのはあるが、結婚してるかしてないかで記念日があるのって。
 これ、因みに中国だけの記念日です。更に因みに日本ではこの日
11・11はポッキーの日だそうです。分かるでしょ、この11・11の
棒が四つ並んだその形態から日本ではポッキーを、
 中国では、この1が一人者を表してるとして、11・11で全員独り者
なんで「光棍節」だそうだ。
 これがいつから「光棍節」と言われるようになったのかは諸説ある。
それはここでは、どうでもいい。わたしの言いたい、狂乱の11・11
はつい最近のことだから。それもこの後書くが、これと企業経済活動
が呼応しはじめたのはここ数年の出来事。
  それをこれから書く。
 双11来了!スゥァン・シィ・イ・ラィ・ラ!
 ひとり者も、好き好んでそうなってる人もいれば、そうでない人もいる。
今年こそはそろそろ独り暮らしに終止符を、と考える人もいる。
今年はなんとか恋人を見つけよう・・・という心のスキに付け込んで、
何がどうなったのか、この日、11・11を独り暮らしに決別する為の日
と勝手にした。
 こっからが充分に怪しい。独身脱出→恋人獲得→プレゼント作戦、
の三段論法で、それにはプレゼントですよ、と悪魔の囁き。
 そして、日本のバレンタインデーよろしく、何時の間にやらこの日が
恋人へのプレゼントの日となった。
 この日が近づくと各商店の安売り合戦となる。3割・4割当たり前、
5割引き、6割引き、・・・8割!これでどうだ!!ってなぐあい。
 次々商店が、更には企業が参戦。プレゼント商戦を煽る、煽る。
 これに時代の寵児、ネットサイトが参戦。
これが数年前。そして年を追うごとにネット上はこれ一色。
 ちょっと中国ネット事情に詳しい方にはお馴染みの、淘宝タォ・バォ
だの阿里巴巴ア・リ・バ・バは、この11・11商戦だけでなんでも日本円
にして、十数億稼ぐんだそうだ。凄い、凄すぎる。
 日本のバレンタインデーのチョコレートの売り上げってどうなってるん
だろうか。あれはチョコだけであんななんだろうから、こちらの中国の
ネット販売はまだまだ始まったばかりなので、これからだろう。空恐ろしい。
 更に恐ろしいのは、ネットですから、これで買い求めた品々はみな発送
されるわけです。どうなるか。まだ未成熟な中国の宅急便会社、そこへドット
洪水のようなプレゼントの品々が、宅急便会社の集荷場からはみ出します。
 で、わたしが今回これを取り上げたのは、
 実はあのバレンタインデー騒ぎのようなあのあり様というかあんな馬鹿騒ぎ
というか、狂騒曲は日本だけのモノだと思ってた。
 しょうがないよな、簡単に日本人は踊らされるし、足並みそろえてそこへ
入ってくからあぁなるんだ、と思ってた。
  ところが、いまこの11・11を見てるとその狂騒曲はもっと派手。
 な〜んだ、中国でもなるんだぁ・・・と、ちょっと驚き、ちょっとホッとして、
かなりガッカリした。なんだろなぁ〜と。
 そこで、中国にいる友人に尋ねてみた。
 双十一スゥァン・シ・イーってどうしてる?ナンデあんなんなったの?と。
 彼は、あれは今や買い物イベント?になってる。もう独り者かどうかなどは
関係ない、単に安売りで、ついでに誰かプレゼントしたいなら、絶好の日
なんだよ。僕も友人の母親と、加掌大カナダいる友人にプレゼントを贈ったよ。
 という。へぇ〜海外でもイイワケ?
  勿論だよ、送る先の送料が加算されるだけだし、サイトによってはそこも
この期間だけサービスして割引してるとこもあるしね。
  ちょっと異常じゃないですか?と言ってみた。
 異常だね、とまるで動じない。日本にだってあるだろ?と流石日本通、
あれよりずっと良い、日本のはチョコレートメーカーだけだが、中国のは
いろんなのが安くなるし・・・。
 えぇ〜・・でも問題ないんですか?とわたしはその・・・中国人にとっての
この有り様を問うたつもりだったが、彼の答えは、
そりゃ大ありさ!問題だらけだよ!知ってんだろ・・先ずは宅急便のとこを
ナントカしなくちゃな・・・と至って現実的かつ極小的問題にすり替えられて
しまった。この辺がやっぱり中国的かなぁ・・と思って電話を終えた。

ネットで皆さんどっとお買い物をされるので、その後の配送が追い付かん。
溢れる荷物。酷いところは屋外まで荷物が山積み。この期間だけ特別料金
を設定。次々手は打ってるが追いつかない。
 大変だなぁ・・・、と思う。みんな止めればいいのに、とも思う。
 でもそこはそれ、日本だって・・・。
エラー!

『站着吃ヂァン・ヂァ・チィ』立食いについて
 いやいや、一年が早い。早いのなんのって、早い。
2014年も今月で終わり。
今年一年もご愛読いただき、ありがとうございました。感謝!
 さて、今年を締めくくる話題は、「立ち食い」。
と、その前に先ずはその中国語の説明から。
「站」ヂァンは、立つの意味。中国にも「立」リィの字はある。
「立」の方は、立ち上がる動作よりも、立てる立てかける方
意味や打ち立てるの方に使われていて、人間が立ったり座ったり
の方では「站」と「坐」ズゥォが担当している。
 その次の「着」ヂャは、動詞の後について、その動作の状態の持続
継続を表します。ですので「站着」ヂァン・ヂァで、立ちながら・・・の
意味になります。更にその後ろの「吃」チィは言わずと知れた、「食べる」
の意味。
 ということで、「站着吃」ヂァン・ヂァ・チィで、立ちながら食べると
なります。中国語の説明終わり。
「站着吃」の小朋友たち。
 ようやく、本題に入る。立ち食いはどの世界にもある。誰でもやってる。
誰でもできる。
 世界中でやられてる立ち食いに何か問題が?
 この場合の「立ち食い」は、主にそれを売りにした、それが取り柄の
“店”での「立ち食い」であります。つまり、「立ち食い」=「立ち食い」店。
そこは、時間が極端に節約でき、座らない分、お値段も手ごろ。
店の方は店の方の都合もあって、極端に店舗面積が小さいとか、
互いに利があっての「立ち食い」が存在し「立ち飲み」もまた同じ。
 そんな「立ち食い」や、立食パーティーってのもありますが、それらと
今回話題にする中国の「站着吃」は似て非なる物であります。
 中国式「站着吃」立ち食いは、お店以外で見られる。
そう言えば中国、逆にそんな「立ち食い」店は少なかったように思う。
屋台は沢山あるが座って食べるか(汁物)お持ち帰り型かだが、
お持ち帰り型もその場で、立って食べるというよりも歩きながら食べる
為にあるようなもので、「立ち食い」店は少ない。
 店での「站着吃」なら見慣れてるし、書くに値しない。
 中国のそれは何故か、店いがいでの普通の生活の中で普通に見られ。
それほど抵抗感がどうやらないらしい。立って食べて何がイケない、
くらいの感じでしょうか。
 言っときますが、おやつとかそんなんじゃないですよ、ここで言ってるのは
食事です。しっかりした一食です。
 朝ごはんも見たし、昼も見たし、夕ご飯でのそれも見た。
昼が多かったかなぁ・・・、いやいや、それはたまたまこちらが歩き回ってて
目にする機会と言う意味で昼が多かったんだろうと思う。
 さて、ここで立って食事をする場合の必須事項はなにかというと、
それは日本も中国も、基本お茶碗に主食をもってお箸を使っての食事となり
ます。主食がお米でない人たちが向こうにおりますが、その方たちは主食が
小麦製品であり、その場合手に持って食せるという意味で一層「站着吃」が
容易になります。ご飯食の方が「站着吃」の難易度があがる。
 問題は、主食だけでは我々は食事はできませんので、おかずが要る。
「站着吃」の場合このおかずの置き場がない。となれば、おかずはたった
食器であるご飯茶碗の中に置かれることになる。つまりは、ご飯の上に
おかずを乗っけたやつだ。ぶっかけご飯と言ってもいい。
 早い話が、日本ではこれを丼ご飯と言ってる。そういうことでしょ。
中国ではあの上に乗る物こそ違え、丼ご飯を小さくしたご飯茶碗の上で
それを再現、日本で言えば丼ご飯を立って食べてる、ということになる。
 往々にして人は不思議な光景に会うと、何で、と思う。何故だ、とも思う。
何故にそうなるかのそのわけが知りたい。知って納得したい。
 なるほどそうだったか、そんな理由があったんですね・・を胸なで下ろしたい。
まして、中国の人たちは普段は食事に大変時間をかけるし、大切にしてる
また大勢で食べることも好きで、楽しそうに食事をする。なのに何故?
 ということで、尋ねてみました。中国の友人に。その答え・・・
 「理由?理由なんてないよ。不思議??そうかい、日本じゃやらない・・・
あっそぅ・・・、そういえば日本のおかずってさぁ、食卓にでてからまた醤油を
つけたり、細々いろいろあったりで面倒だね・・・」
 というものだった。ガッカリだ。何でもいいから何か理由が有って欲しかった。
立って食べるそのことに何らかのこだわりが、
無いのかぁ、無いんだ〜、無いと言われるとなお不思議なんですけど・・・。
エラー!

『賀年片フゥ・ネェン・ピェン』中国の年賀状
 明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしく。
・・・ってなことで、今年私が送った年賀状はこちら。
  ひつじ年ですね。
 毎年のように年末年始と中国旅行に出かけてた私は、
年賀状を中国から日本国内の友人・知人に送るということ
繰り返していた。
 この中国からの賀状が物珍しも手伝って、友人・知人に好評
だったので、なかなか止められなくなった。
 これが意外になかなかに大変で、国内(日本)で出すよりずっと
手間がかかる。その上、旅先の不便さもあってかなり大変。
 年末私は中国へ旅立つ。24日あたり。目指すは古鎮グゥ・ヂェン。
早い話が中国の田舎町。出国して最初に降り立つ中国の都市は、
限られた国際便のある大きな町。着いたらすぐに移動したい。目指す
は田舎。切符を買わなくてはいけない。これがまた思う通りになんか
させてくれない。上手くいって翌日、時に更に足止めを食らう。
 その間に、その都市の批発市場ピィ・ファ・シィ・チャン(卸し市場)を
目指す。年賀状を手に入れる為。都市には必ず批発市場がある。
大都市ともなれば、取扱いの品別に、お茶葉ならその専門市場が。
それも一ヵ所とは限らない。そこを目指すは年賀状を大量に買う為。
街でも売ってはいる。時に路上で数枚を並べて売ってるのも見る。
私が目指す批発市場はなんせ卸しですから、量さえ纏まっていれば
街中で買うよりずっと安い。因みに、例えば1枚に0.5元安いなら、
100枚で50元、200枚なら100元の差がでる。
 100元の差は大きい。中国の100元は単にその貨幣価値の
ルートで計算した以上に、値がある。ずっとある。100元は。
100元あったなら、美味しい物がうんと食べることができる。
 そして、卸し市場は、種類も多い。だから批発市場を目指す。
 卸し市場で一般の人が年賀状を買うなんてことはない。
概ね、お店の人が此処で買ってそれを小売する。

 ここで中国の人の年賀事情を説明。中国にも年賀はあるが、
先ずは日本の様に誰でもがだれ彼には送らない。極々仲の良い
数人へ、つまり数枚出す。出さない人の方が圧倒的に多い。
また、多くはグリーティング式というやつで、そういえばクリスマスの
お祝いと、新年のお祝いが一緒というのが以前は多かった。
 日本の年賀状は、バレンタインのチョコ、クリスマスのケーキ、
と同じようにまんまと郵便局の商戦に乗せられたものだと思う。
 中国郵政局も日本のように10数年前あたりから当たりくじ付き
年賀はがきを発売。が、日本のようにそうそうは売れていない。

 さて、話を戻す。卸し市場で運よく賀状が買えたとしよう。
二折りカード式賀状。これを封筒に入れて郵便物として差し出す。
 近年は私もおさおさ準備怠りなく、予め電脳で宛先住所をシール
に印刷して用意。これを封筒に貼りさえすればいい。
 以前は手書き。カードにお目出度い文句は印刷されてるがこれが
中国語なんで、これではあんまりだろうと一言二言書き添える。
 が、旅先。日中は遊ぶのに忙しい。夕方・夜にホテル帰ってからが
勝負。一日では片付かない。毎日、毎日、ホテルへ戻っては書く、
書く、書く。急がなければならない。何せ新年が迫ってる。
 このカードを封書に入れて一枚一枚糊で封をする。
 ここっからだって一山ある。書き上げた賀状を出す。郵便局へ。
 この郵便局がなかなか曲者。こんだけ、大量の郵便物を一度に
差し出す人は少ない。まして個人は。
 並んで漸く窓口へ。窓口は親切という言葉からは程遠い。
国際郵便を大量に。それに見合う切手がまた一枚では済まない
半端な額面となり、数枚組み合わせなくてはいけない。
 結局三種の切手。それを差し出す封書の数だけ購入。
更にこれらの切手を封書に一通一通貼る作業がある。
急がなければならない。何せその頃にはもう年の瀬が迫ってるから。
 貼り終わって漸く完成。
 漸く差出すことができる。歩きながらポストを探すが得てしてこんな
時には何故かポストが見当たらない、観光地を歩いてるの
いけないのか。そのまま一日持ち歩いて結局ホテルへ持ち帰り、
フロントで聞いたら出しておいてあげますよ、等と言われガックリ
したりもする。
 こうして数日悪戦苦闘して年賀状を無事差し出すことができる。
ホッとする。
あぁ〜今日からはホテルに帰ってからの宛名書き作業もないんだぁ〜
と思う。と、私の新年はやってくる。
  新年好!!


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