月刊・私の見た中国 目次

エラー!

『焔火イェン・フォ』夏だ!花火だ!!
 夏です。夏といえば、花火。
花火大会・・・ですよ。日本各地、いったいどれだけの処で
花火大会が執り行われているのでしょうか・・・。凄い数な
ことは確か。
 中国語で花火はもう一つ言い方がありまして、こちらも
実は同じ音ですので、イェン・フォ 1声+軽声で「煙火」。
「焔火」のこちらは、4声+3声で、イェン・フォです。
 日本人はあれを“花”に譬えちゃったからなぁ・・・、
見立てですよね、見立て。パッと“花”が咲いたようだと。
綺麗だよね。ハ・ナ・ビ、という音も。
 そこへ行くと、中国語の「焔火」も「煙火」もちょっと即物的
でしょ。そうなんですよ、情緒は求めない。ここにすでに違いは
あるのですが、そのお話を順にしていきますね。
  日本人はとりわけ花火好き。なんですかねぇ。こうなんてん
ですか、パッと咲いてパッと散るみたいな。桜の花もそうですが、
 これで結構気が短いんですかね。あの一瞬に消えちゃうのが
いいんだ、と言いますから。
 季節は夏。「納涼花火大会」。暑い夏、花火はそれを忘れさせて
くれるらしい。夏→夜→花火大会→ゆかた→川べり→ビール、が
勝ちパターンです。
 一方中国は。・・・ご存知と思いますが、花火のそのおおもとの、
火薬は中国四大発明の一つでもありまして、そこに中国の人達の
矜持がありますので、そこは押さえておいてください。
 四大発明の一つが花火、では・・あとの三つは何でしょう?は
宿題ということにしといて、先に進みますよ。
 ですので、中国の人の焔火は出発が観賞用ではなく、軍事連絡用
信号としてあったのであります。また、その後も花火は“魔除け”の
ような半実用も含めて、見るよりも使うものだったわけであります。
 それが証拠に、中国の焔火は夏のそれよりも、圧倒的に冬。
それも春節。ということは2月。一番寒い季節。外は凍てつく夜。
花火を見る、よりもここは聞くですね。あの音。そして火薬の臭い。
花火で年を越します。これは一般の人が銘々に勝手に上げる。
ですのでそこに秩序はありません。場所もどこでも。別段どっかに
みんな集まって観賞するということもない。
その代表が、音担当の爆竹。これが明け方まで鳴り止まない。
 バリバリ〜バリ・・・ドヒュ〜ン、
 シュルシュル、ドーン!って感じ。

 もう一つは国慶節のその日の夜。建国記念日ですからこちらは
公式の花火です。ですがその打ち上げ方も、バリバリバリ・・・・
ドッカンドッカンドッカンと、隙間なく爆音が絶え間なく続く。
 息をもつかせぬ連続技。花火と花火が重なり、更にそれに後発の
花火どうしが夜空で重なり合って、一体この短い時間に何百発打つの、
ってくらいにひと時に大量の花火を打ち上げる。
 それは、もしわたしの地元の花火大会の花火をあの要領で上げたなら、
数分で上げ終わっちゃうくらいの勢い。
 打ち上げ場所も別に日本のように川だったり、海辺だったりという
水は関係しない。だからかなぁ、乾いてる。
 日本の花火はですね、シュルシュルシュル〜と音を立てながら、
上がっていき、一瞬間があっての、ドッカ〜ン!!
もっと如実に語るんだ、というのは外国の方に理解して貰うのは難しい。
 なんせ形がないんだから、その形のないものを、言葉で説明するのは
かなり厄介だし、骨が折れる。
 “間”を中国語で説明するのも、どうもこちらの能力の問題もあるだろう
が、いま一つ上手く分かって貰えない。
  こっちだって、満足のゆく説明になってないのは重々自分でも判る
から、歯痒い。
  ・・・・ってなことを考えながら、留学生と一緒に花火を見物していた。
大きな花火が一つ終わって、“間”ができた。
  「待たせますね・・」と言った。中国語で。なるほど、待たされる・・・か。
“間”がある、とは違う。
 待たされるの嫌いですか?と訊いた。「中国人は待つのに厭きてる」
という。そうか・・だから並ばないのか・・。
 近くの放送センターから、「只今の、××玉、ナンチャラカンチャラは・・」
と説明があった。
 それを聞いた留学生が、「えぇ〜!花火にも名前がありますか・・・?」
って言う。そりゃ、あるよ。みんな名前がある。
 「一つ一つにですか?」と別の子が聞く。そう、一つ一つに。
別にこっちは一つ一つ名前を覚えたりはせんが、
あの花火を作った人には一つ一つに愛着があるでしょうが・・・、と言った。
 二人は声を揃えて、「へぇ〜・・・・」と痛く感心してた。
その二人を見て・・・こっちが「へぇ〜??」たが。
エラー!

『晒・・
 まぁ、物事というものは、何でも慣れてしまえばもう
そう気にならなくなるもので、或いは、皆がみなそれを
やっていれば、そう気にもならないもので、
 そんなのが、気になる、ということはよそ者だ、という
ことの証明にもなる。
 外国に暮らすということは、まさにこの状態にあるわけで
あり、中国でのそうしたことが取分け衝撃的に思えるのは、
何せこの人たち、顔を見れば同じ様だし、日本の文化もそ
殆どは中国は源だ、等と普段話してるので、ついつい同じ
感覚、同じ感性の人達と勝手に思いがち。
 そう、勝手に思ってるわけでして、勝手に思われた方にとって、
それはそれで迷惑でしょうが、でもホラ!何度も言いますが、
見ては同じなんですね、どこにでも親戚に似たオジサンや
オバァさんがいて、単に知らない言語を話してるだけと思いきや、
その頭の中は全く似ても似つかない人達だということを時
それも思いっきり知らさせる。それもかなり手痛い状態で。

  今月号の「晒干洗好的衣服サィ・ガン・シィ・ハォ・ダ・イー・フ」
もその一つです。
 ちょっと長い題ですが、先ずはそれを説明しておきましょう。
余りに長いので「晒干衣服」と省略した題も使用しております。
「晒サィ」は、日本語も「晒す」の意味ですので、そのままの意。
「干ガン」これまた、文字通り「干す」。
「洗シィ」こも、字の意味は同じ、「洗う」。
「洗」の後ろについてる「好ハォ」は、洗い終えた、の意味。
「的ダ」は、この後ろにくる名詞の修飾語をつきります。
「衣服イー・フ」もまた、同じ意味で、「服」全般を指します。
 ということで、「洗い終わって服を干す」という題であること
中国語をやらなくとも、意味は取れます。どうです、中国語は簡単
でしょ。それにしても、説明だけでこんなに長くなっちゃった。
 先を急ごう。
 洗濯をする。洗濯したものを干す。これは世界中でどこの家庭でも
やられている、ごくごく一般的なことでしょ。
 そんな当たり前の行為が何故に話題になるかというと、
 そこが、ホラ、中国ではこんな感じ。
 あけっぴろげ、というか、飾らない、というか、気にしない、というか。
今はですね、洗濯機に乾燥機なるものもついてて、ですね、そのほぼ
乾いた状態までになって、洗濯機から洗濯物はお出ましになって
きますけど、なぁ〜についこの間までは、日本だってこうやって干して
たんですよ。洗濯物は。
 水を絞り切らない、滴る水の下を歩いたことがあります。
 子供の頃の我が家は、何でそうなってたのか未だ分からが、
特性の鉄製物干し台がありまして、縦2メーター程のパイプの下に
コンクリートのしっかりした台が付いてまして、そっからこうニョッキと
縦に鉄パイプがあり、そのパイプの上部にはЮこんなでっぱりが付いて
まして、両側にそのコンクリート台座付鉄パイプを置いといて、この
でっぱりに竹竿を通し、そこに洗濯物を干す、という祖母自慢の特注
洗濯物干し台があった。それはいいんだが、その置き場所が何故か
子供が与り知らない諸般の事情があったにせよ、よりによって、玄関前
だった。つまり、でっぱりの段は何段かあったが、最高段に竹竿を
しても、洗濯物が短いシャツぐらいならいいが、長いものだとたとえば
シーツなどは、明らかに玄関を隠すカーテンの代役ぐらいにはなって
いた。それを暖簾をくぐるようにひょぃっと持ち上げて、慣れてるお隣
さんなどは、「おばぁちゃん、いる〜・・」と言って毎日の様に遊びに来て
いた。問題は、他人様に見せられるものならまだしも、洗濯物は必ずしも
そうとは限らない。流石に下着などはどうしてたのか、いやいや、干して
いたのかなぁ・・・記憶が曖昧だ。多分干してた。自分は子供だったし、
男なんで大して気にはならなかったが。

  で、話したいのは中国はこの状態です。まるで気にしてない。街の
真ん中でも。上手く渡りがつけば、道路を隔てて向こう側まで縄をはって
ずら〜っと、風に洗濯物がたなびいている景色をよく見かける。
 北京オリンピックの時だったか、上海サミットの時だったか、お上から
洗濯物を濫りに干すことはあいならん、とのお達しが出ていたのを覚え
ている。外国からの観光客が沢山入るから、というのがその理由。
 実は中国でも徐々にこうした風景は少なくなってきてはいる。それは
先ほどの洗濯機の問題と、住まい方の問題に起因してる。
  この点でわたしの一番の思い出は。
 日本語を教えてた生徒から、遊びに来てください、と言われ、あの時は
何だったのか普段なら断ってるはずのその大学寮それも女子寮に寄る
ことになった。昼ひなかだし、寮は6人部屋で他の娘もいるはずだし、
わたしの他にもう一人もう既に部屋に男子生徒がいる、というので伺う
ことになったように記憶してる。
 夏。各部屋の扉は開けっ放し。長い廊下でも何人もの顔見知りとも
すれ違う。そのたびに声をかけられ、私達の部屋にも寄ってください、と
言われる。さて、どうぞ・・と言われてその部屋へ。入ったはいいが椅子が
ない。慌てて同室者の一人がベットから立ち上がり、ここにどうぞ、と
言われる。いま今までその娘が座っていたそのベット端に腰掛け、部屋の
窓から見える真向いの部屋の窓から突き出た洗濯物干し棒には、ギッシリ
洗濯物が。その隣もまた、そしてその隣も。今日は天気がいい。
 ぼんやり、そんな風景を眺めていた。
 彼女らが少しザワザワし始めて、何事かと思ってたら、先ずはこの部屋の
中にあった洗濯物を取り込み始めた。
 少し視力が悪いせいもあるが、一瞬・・・間があって、
わたしがボンヤリ眺めているその先の景色の洗濯物。
 その中には下着も干されていることが分かった。
 分かると今度はこちらがどぎまぎして、とても気まずい、眼のやり場に困る
という経験をしたのを思い出している。
  気にはするんですね、一応。
 
エラー!

『去博物館チゥ・ボゥ・ウ・グァン』博物館へ!
 中国へ行かれたら、博物館へ行くことをお勧めします。
行ったことがある、とおっしゃる方。恐らくは「上海博物館」。
あそこはちょっと、面白くない。或いは北京の「故宮」。あそ
はあそこで「故宮博物館」ってくらいですから立派な「博物館」。
でもほら、あそこって外国人御用達の「博物館」でして、もっ
小さな町の、或いは地方の「博物館」がお勧め。
ここは面白い。愉しめる。

 わたしが中国で行きい場所。博物館・美術館・図書館・
茶館、(順不同)と何故か最後に“館グァン”の付く所が多い。
 ずらっと並んだこれらを見ていただいても、そこはかとなく、
高尚なわたしの趣味が透けて見えてきそう・・・でしょ。
 これらの場所の好い点は、一つには、中国にあってどちらかと
いえば、静かな場所だからでもあります。
 こうした場所でも偶にデカイ声で話をしてる人はいますし、
床に痰を吐こうなんてな人がいないことはないが、例外だ。
 “静”を好む私としての、避難場所でもあります。
 ということで、今回のテーマは、「博物館ボゥ・ウ・グァン」
毎回申し上げておりますが、中国語が有り難いのは、ホラッ!
何せ見て分かっちゃう。その意味が。漢字は有り難い。
 但し、音は違いますよ、音は。これも毎回のことですが。
因みに、前にある「去チゥ」は、動詞先型の中国語にあって、
「行く」の意味。因みに、因みに日本語の「さる」の意味の方の、
その場を去る、てな用法では、中国語では「走ゾゥ」を使います。
「行く」が「走る」になってしまいます。では「走る」は・・・、と
ここらがややこしい。ややこしさも面白さの一つ。
 中国の「博物館」をお勧めする理由は、簡単。面白いから。
結論から先に。中国の「博物館」は面白い。笑っちゃう、くらい。
 何がそんなに面白いかって、日本の博物館と全然違う。
その一番の違い。中国「博物館」は何故かニセモノだったり、
明らかに故意に真実とは似て非なる物が展示されてる。
 「博物館」で展示されてるものもニセモノなら、「博物館」が
そう言うんなら・・・と信じてはいけない。ウソだったりもする。
 それをそこらの人や、そこらの店がやるなら、まだしも、
「博物館」ですよ、博物館がやっちゃうとこが凄い。
 それを見付ける楽しみがあるといえば、そうも言える。
ものは言いようだ。「博物館」にそんな使命があるとは思えない。
 つい、信じたくなるんですよね、でも中国の「博物館」では、
そこをグッとこらえて、これはマヤカシなんじゃねぇの・・・と、
眉毛に唾をつけて眺めたりしなくてはならない。
 “博物”、ですからね、何を展示して頂いてもそれはそれで、
一興でしょうが、間違った展示や情報はいけません。
 それが、故意であろうとなかろうと、ですね。
 想像上の動物といわれる誰もが知っているあの動物のミイラ
というのを見せられた。これって何かのお遊びですか。
 まず、並べ方がなってない。無茶苦茶。時々何の説明もない、
脈絡もない展示物が、割と大きなスペースを占めて、ド〜ン
置かれていたりする。あり得ない。部屋が薄暗く、展示順を示す
ものもなく、何を見せられたのかも理解できない。不思議だ。
この世に存在しないものが展示されてたりする。何を見せたいの
かが、判らない。
 どうです、楽しそうでしょ。あなたの「博物館」の概念を根底から
覆してくれるかも知れませんよ。
 共産党発祥の地や、五つの星に代表される革命同志の故郷に
近い「博物館」。如何に共産党が素晴らしく、立派だったかを展示
するだけの「博物館」と言うより、これ「記念館」でしょ。
 それに、肝心な時の写真がないくせに、肝心じゃないときは写真
が撮られていて、日本人はこんな悪かった、と強調されていました。
 なんだろなぁ〜、当時の日本人大佐の部屋を再現してますが、
これがまた、笑える。着物の着方やら、家具の配置や、置かれてる
調度品、例えば花瓶、そんな柄は日本にはない。そんな日本刀はない。
 などなど、突っ込みどころ満載。「博物館」に居ることを忘れ、
まるで、間違いさがしクイズにでも参加してるような錯覚に陥る。
  いろんな「博物館」で散々笑わせて頂いた。
 ←中国・茶壺チャァ・フゥ。
 某日・某「博物館」は、陶器の展示で有名。、茶器の展示も多数。
中国・茶壺チャ・フゥ(急須)の収集家でもある、高尚な趣味をもつ私。
その茶壺の有名な生産地にも近いその「博物館」。思いもせぬ収穫
に、その日は珍しく大満足。
 「博物館」かくあるべし、と思った。心の中で褒め称えた。
  さて、出口近くにあった、売店。ケースの中には今まさに見てきた
茶壺の古今コレクションが写真と共に一冊の本として出版されていた。
 これは買うでしょ。初めてこんな本があるのを知った。
 写真を多用しているせいか、中国の本にしては少し高めのお値段。
でも、高尚な趣味をもつ私。金に糸目はつけません。高いといっても
知れてる。日本にすれば小説本レベルの値段。
 更に私はその隣に有った本も、同行者の嫌がる素振りも物ともせず、
お買い上げ。
 「博物館」内の展示も好かったし、思わぬ収穫もあった。大満足。
 「博物館」を出て、角を一つ曲がった。そこに薄汚れてうらぶれた、
何屋さんなのかも、判然としないお店が。店の前に本が積まれていた。
本屋ではないようだが、一応本となれば、その魔力に引き寄せられ、
その積まれている本を手に取った。
 パラパラとめくる。正にいまいま「博物館」付属売店で買った本だ。
 同じだ。間違いない。出版社も同じ、装丁も同じ、何より中が同じ。
違うのは売値。ナント、安い。
 「博物館」のそれよりも。安い。しかも、物は同じ。ナンデ??
 「博物館」だから信用したのに。しかも、本には定価というものが。
 怪しい。この店のこの本、ひょっとしてニセモノか。
 たった今、買ったんんだ。しかも、すぐそこで。
 もう一度取って返して、この本返してこようか。
 ただ、売店は出口付近にあったが、出口からは入れないだろう。
 となれば、もう一度、入場券を買って入るよりないか。
 入って、売店に行っても、返品に応じるかどうかの保証がない。
 この場合、入場料と、その間の時間と、私のやるせない感情とが
 全て無駄になる・・・。
 そんな事を考え、店先で、悔しさのあまりまだ本を手にしていると、
 その店の老板ラォ・バン(店主)が言った、
 「この本は最近、新版が出て、これは旧版なんだよ。だから安く
  しといた。」なるほど。「博物館」は在庫整理でも値段据え置きか。
   じゃぁ、新版と取り換えてもらえば、好いではないか。
 老板が追い打ちをかける。「あそこにゃぁ新版はないね。」
 「博物館」だからといって、公生に良心的に物を売ってるとは限らない
ということを学んだ。
  心の中で恨んだ、ちょっと舌打ちもした。
 
エラー!

『光棍節グァン・グン・ジェ』 11・11狂乱・・
 今年も、11月11日がやってきた。そりゃ来るわな。
この11・11の1並びの数字が問題。どう問題か。
問題すぎて、だからこそ、狂乱の・・・と言いたくなる。
 先に、コトバの説明から片づけておこう。
「光棍グァン・グン」は独り者、主に男性に使うので、男やも
と言ったところか。この動詞が面白くて「打ダァ」を使う。
「打光棍」で、やもめ暮らしをする、となる。
 その後ろの「節ジェ」はご存知、「春節」や「国慶節」の「節」で、
記念日や、祝祭日を担当している。
 で、併せて「光棍節」で、やもめの日、となる。
 なんだろなぁ・・・世には、子供の日だの母の日だの、老人の日、
なんてのはあるが、結婚してるかしてないかで記念日があるのって。
 これ、因みに中国だけの記念日です。更に因みに日本ではこの日
11・11はポッキーの日だそうです。分かるでしょ、この11・11の
棒が四つ並んだその形態から日本ではポッキーを、
 中国では、この1が一人者を表してるとして、11・11で全員独り者
なんで「光棍節」だそうだ。
 これがいつから「光棍節」と言われるようになったのかは諸説ある。
それはここでは、どうでもいい。わたしの言いたい、狂乱の11・11
はつい最近のことだから。それもこの後書くが、これと企業経済活動
が呼応しはじめたのはここ数年の出来事。
  それをこれから書く。
 双11来了!スゥァン・シィ・イ・ラィ・ラ!
 ひとり者も、好き好んでそうなってる人もいれば、そうでない人もいる。
今年こそはそろそろ独り暮らしに終止符を、と考える人もいる。
今年はなんとか恋人を見つけよう・・・という心のスキに付け込んで、
何がどうなったのか、この日、11・11を独り暮らしに決別する為の日
と勝手にした。
 こっからが充分に怪しい。独身脱出→恋人獲得→プレゼント作戦、
の三段論法で、それにはプレゼントですよ、と悪魔の囁き。
 そして、日本のバレンタインデーよろしく、何時の間にやらこの日が
恋人へのプレゼントの日となった。
 この日が近づくと各商店の安売り合戦となる。3割・4割当たり前、
5割引き、6割引き、・・・8割!これでどうだ!!ってなぐあい。
 次々商店が、更には企業が参戦。プレゼント商戦を煽る、煽る。
 これに時代の寵児、ネットサイトが参戦。
これが数年前。そして年を追うごとにネット上はこれ一色。
 ちょっと中国ネット事情に詳しい方にはお馴染みの、淘宝タォ・バォ
だの阿里巴巴ア・リ・バ・バは、この11・11商戦だけでなんでも日本円
にして、十数億稼ぐんだそうだ。凄い、凄すぎる。
 日本のバレンタインデーのチョコレートの売り上げってどうなってるん
だろうか。あれはチョコだけであんななんだろうから、こちらの中国の
ネット販売はまだまだ始まったばかりなので、これからだろう。空恐ろしい。
 更に恐ろしいのは、ネットですから、これで買い求めた品々はみな発送
されるわけです。どうなるか。まだ未成熟な中国の宅急便会社、そこへドット
洪水のようなプレゼントの品々が、宅急便会社の集荷場からはみ出します。
 で、わたしが今回これを取り上げたのは、
 実はあのバレンタインデー騒ぎのようなあのあり様というかあんな馬鹿騒ぎ
というか、狂騒曲は日本だけのモノだと思ってた。
 しょうがないよな、簡単に日本人は踊らされるし、足並みそろえてそこへ
入ってくからあぁなるんだ、と思ってた。
  ところが、いまこの11・11を見てるとその狂騒曲はもっと派手。
 な〜んだ、中国でもなるんだぁ・・・と、ちょっと驚き、ちょっとホッとして、
かなりガッカリした。なんだろなぁ〜と。
 そこで、中国にいる友人に尋ねてみた。
 双十一スゥァン・シ・イーってどうしてる?ナンデあんなんなったの?と。
 彼は、あれは今や買い物イベント?になってる。もう独り者かどうかなどは
関係ない、単に安売りで、ついでに誰かプレゼントしたいなら、絶好の日
なんだよ。僕も友人の母親と、加掌大カナダいる友人にプレゼントを贈ったよ。
 という。へぇ〜海外でもイイワケ?
  勿論だよ、送る先の送料が加算されるだけだし、サイトによってはそこも
この期間だけサービスして割引してるとこもあるしね。
  ちょっと異常じゃないですか?と言ってみた。
 異常だね、とまるで動じない。日本にだってあるだろ?と流石日本通、
あれよりずっと良い、日本のはチョコレートメーカーだけだが、中国のは
いろんなのが安くなるし・・・。
 えぇ〜・・でも問題ないんですか?とわたしはその・・・中国人にとっての
この有り様を問うたつもりだったが、彼の答えは、
そりゃ大ありさ!問題だらけだよ!知ってんだろ・・先ずは宅急便のとこを
ナントカしなくちゃな・・・と至って現実的かつ極小的問題にすり替えられて
しまった。この辺がやっぱり中国的かなぁ・・と思って電話を終えた。

ネットで皆さんどっとお買い物をされるので、その後の配送が追い付かん。
溢れる荷物。酷いところは屋外まで荷物が山積み。この期間だけ特別料金
を設定。次々手は打ってるが追いつかない。
 大変だなぁ・・・、と思う。みんな止めればいいのに、とも思う。
 でもそこはそれ、日本だって・・・。
エラー!

『站着吃ヂァン・ヂァ・チィ』立食いについて
 いやいや、一年が早い。早いのなんのって、早い。
2014年も今月で終わり。
今年一年もご愛読いただき、ありがとうございました。感謝!
 さて、今年を締めくくる話題は、「立ち食い」。
と、その前に先ずはその中国語の説明から。
「站」ヂァンは、立つの意味。中国にも「立」リィの字はある。
「立」の方は、立ち上がる動作よりも、立てる立てかける方
意味や打ち立てるの方に使われていて、人間が立ったり座ったり
の方では「站」と「坐」ズゥォが担当している。
 その次の「着」ヂャは、動詞の後について、その動作の状態の持続
継続を表します。ですので「站着」ヂァン・ヂァで、立ちながら・・・の
意味になります。更にその後ろの「吃」チィは言わずと知れた、「食べる」
の意味。
 ということで、「站着吃」ヂァン・ヂァ・チィで、立ちながら食べると
なります。中国語の説明終わり。
「站着吃」の小朋友たち。
 ようやく、本題に入る。立ち食いはどの世界にもある。誰でもやってる。
誰でもできる。
 世界中でやられてる立ち食いに何か問題が?
 この場合の「立ち食い」は、主にそれを売りにした、それが取り柄の
“店”での「立ち食い」であります。つまり、「立ち食い」=「立ち食い」店。
そこは、時間が極端に節約でき、座らない分、お値段も手ごろ。
店の方は店の方の都合もあって、極端に店舗面積が小さいとか、
互いに利があっての「立ち食い」が存在し「立ち飲み」もまた同じ。
 そんな「立ち食い」や、立食パーティーってのもありますが、それらと
今回話題にする中国の「站着吃」は似て非なる物であります。
 中国式「站着吃」立ち食いは、お店以外で見られる。
そう言えば中国、逆にそんな「立ち食い」店は少なかったように思う。
屋台は沢山あるが座って食べるか(汁物)お持ち帰り型かだが、
お持ち帰り型もその場で、立って食べるというよりも歩きながら食べる
為にあるようなもので、「立ち食い」店は少ない。
 店での「站着吃」なら見慣れてるし、書くに値しない。
 中国のそれは何故か、店いがいでの普通の生活の中で普通に見られ。
それほど抵抗感がどうやらないらしい。立って食べて何がイケない、
くらいの感じでしょうか。
 言っときますが、おやつとかそんなんじゃないですよ、ここで言ってるのは
食事です。しっかりした一食です。
 朝ごはんも見たし、昼も見たし、夕ご飯でのそれも見た。
昼が多かったかなぁ・・・、いやいや、それはたまたまこちらが歩き回ってて
目にする機会と言う意味で昼が多かったんだろうと思う。
 さて、ここで立って食事をする場合の必須事項はなにかというと、
それは日本も中国も、基本お茶碗に主食をもってお箸を使っての食事となり
ます。主食がお米でない人たちが向こうにおりますが、その方たちは主食が
小麦製品であり、その場合手に持って食せるという意味で一層「站着吃」が
容易になります。ご飯食の方が「站着吃」の難易度があがる。
 問題は、主食だけでは我々は食事はできませんので、おかずが要る。
「站着吃」の場合このおかずの置き場がない。となれば、おかずはたった
食器であるご飯茶碗の中に置かれることになる。つまりは、ご飯の上に
おかずを乗っけたやつだ。ぶっかけご飯と言ってもいい。
 早い話が、日本ではこれを丼ご飯と言ってる。そういうことでしょ。
中国ではあの上に乗る物こそ違え、丼ご飯を小さくしたご飯茶碗の上で
それを再現、日本で言えば丼ご飯を立って食べてる、ということになる。
 往々にして人は不思議な光景に会うと、何で、と思う。何故だ、とも思う。
何故にそうなるかのそのわけが知りたい。知って納得したい。
 なるほどそうだったか、そんな理由があったんですね・・を胸なで下ろしたい。
まして、中国の人たちは普段は食事に大変時間をかけるし、大切にしてる
また大勢で食べることも好きで、楽しそうに食事をする。なのに何故?
 ということで、尋ねてみました。中国の友人に。その答え・・・
 「理由?理由なんてないよ。不思議??そうかい、日本じゃやらない・・・
あっそぅ・・・、そういえば日本のおかずってさぁ、食卓にでてからまた醤油を
つけたり、細々いろいろあったりで面倒だね・・・」
 というものだった。ガッカリだ。何でもいいから何か理由が有って欲しかった。
立って食べるそのことに何らかのこだわりが、
無いのかぁ、無いんだ〜、無いと言われるとなお不思議なんですけど・・・。
エラー!

『賀年片フゥ・ネェン・ピェン』中国の年賀状
 明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしく。
・・・ってなことで、今年私が送った年賀状はこちら。
  ひつじ年ですね。
 毎年のように年末年始と中国旅行に出かけてた私は、
年賀状を中国から日本国内の友人・知人に送るということ
繰り返していた。
 この中国からの賀状が物珍しも手伝って、友人・知人に好評
だったので、なかなか止められなくなった。
 これが意外になかなかに大変で、国内(日本)で出すよりずっと
手間がかかる。その上、旅先の不便さもあってかなり大変。
 年末私は中国へ旅立つ。24日あたり。目指すは古鎮グゥ・ヂェン。
早い話が中国の田舎町。出国して最初に降り立つ中国の都市は、
限られた国際便のある大きな町。着いたらすぐに移動したい。目指す
は田舎。切符を買わなくてはいけない。これがまた思う通りになんか
させてくれない。上手くいって翌日、時に更に足止めを食らう。
 その間に、その都市の批発市場ピィ・ファ・シィ・チャン(卸し市場)を
目指す。年賀状を手に入れる為。都市には必ず批発市場がある。
大都市ともなれば、取扱いの品別に、お茶葉ならその専門市場が。
それも一ヵ所とは限らない。そこを目指すは年賀状を大量に買う為。
街でも売ってはいる。時に路上で数枚を並べて売ってるのも見る。
私が目指す批発市場はなんせ卸しですから、量さえ纏まっていれば
街中で買うよりずっと安い。因みに、例えば1枚に0.5元安いなら、
100枚で50元、200枚なら100元の差がでる。
 100元の差は大きい。中国の100元は単にその貨幣価値の
ルートで計算した以上に、値がある。ずっとある。100元は。
100元あったなら、美味しい物がうんと食べることができる。
 そして、卸し市場は、種類も多い。だから批発市場を目指す。
 卸し市場で一般の人が年賀状を買うなんてことはない。
概ね、お店の人が此処で買ってそれを小売する。

 ここで中国の人の年賀事情を説明。中国にも年賀はあるが、
先ずは日本の様に誰でもがだれ彼には送らない。極々仲の良い
数人へ、つまり数枚出す。出さない人の方が圧倒的に多い。
また、多くはグリーティング式というやつで、そういえばクリスマスの
お祝いと、新年のお祝いが一緒というのが以前は多かった。
 日本の年賀状は、バレンタインのチョコ、クリスマスのケーキ、
と同じようにまんまと郵便局の商戦に乗せられたものだと思う。
 中国郵政局も日本のように10数年前あたりから当たりくじ付き
年賀はがきを発売。が、日本のようにそうそうは売れていない。

 さて、話を戻す。卸し市場で運よく賀状が買えたとしよう。
二折りカード式賀状。これを封筒に入れて郵便物として差し出す。
 近年は私もおさおさ準備怠りなく、予め電脳で宛先住所をシール
に印刷して用意。これを封筒に貼りさえすればいい。
 以前は手書き。カードにお目出度い文句は印刷されてるがこれが
中国語なんで、これではあんまりだろうと一言二言書き添える。
 が、旅先。日中は遊ぶのに忙しい。夕方・夜にホテル帰ってからが
勝負。一日では片付かない。毎日、毎日、ホテルへ戻っては書く、
書く、書く。急がなければならない。何せ新年が迫ってる。
 このカードを封書に入れて一枚一枚糊で封をする。
 ここっからだって一山ある。書き上げた賀状を出す。郵便局へ。
 この郵便局がなかなか曲者。こんだけ、大量の郵便物を一度に
差し出す人は少ない。まして個人は。
 並んで漸く窓口へ。窓口は親切という言葉からは程遠い。
国際郵便を大量に。それに見合う切手がまた一枚では済まない
半端な額面となり、数枚組み合わせなくてはいけない。
 結局三種の切手。それを差し出す封書の数だけ購入。
更にこれらの切手を封書に一通一通貼る作業がある。
急がなければならない。何せその頃にはもう年の瀬が迫ってるから。
 貼り終わって漸く完成。
 漸く差出すことができる。歩きながらポストを探すが得てしてこんな
時には何故かポストが見当たらない、観光地を歩いてるの
いけないのか。そのまま一日持ち歩いて結局ホテルへ持ち帰り、
フロントで聞いたら出しておいてあげますよ、等と言われガックリ
したりもする。
 こうして数日悪戦苦闘して年賀状を無事差し出すことができる。
ホッとする。
あぁ〜今日からはホテルに帰ってからの宛名書き作業もないんだぁ〜
と思う。と、私の新年はやってくる。
  新年好!!
エラー!

『校服シャォ・フゥ』 学生服って・・・
 いきなりですが、日本の学生服、それも女学生のあの制服は
各国の憧れの的となってるらしい。あれを着たい!と。
 世界中の人が、「KAWAi・I!」と言ってるし、言われている。
 この「カ・ワ・イ・イ」というコトバが、地球語になりそうな勢い。
ネット社会ですので、画像でそれを見、それを知ってる。
とりわけ、日本女子高生たちの制服、それもミニスカートは、
世界中の男性から見られている。それも、かなり熱心に。
 それに比べれば、日本男子生徒の方の制服は可愛そうなくらい
話題にすらならない。
 でもホラッ、あの女子高生の制服がああなったのはつい最近の
ことでして、わたしらの頃はあんではなかったし、驚いたことに、近年、
学校の制服は有名デザイナーの手になるものがあるらしい。
その制服が着たいがために、その為だけにその学校を選んじゃう
なんてなこともあるらしい。
 その辺の日本の事情はわたしなどよりずっとみなさんの方がお詳しい
でしょうから、ここはいつも通りはしょって、中国のそれについてに移る。
 中国の学校って以前は制服なんてなかったんですよね。
 中国・大学は制服って勿論ないでしょ、高中だってなかった、
小学校で制服って・・それは日本でもおぼっちゃん、お嬢ちゃん学校
でしょうから、ここでの話はややこしいので主に、中学高校のお話という
事でお話を進めさせていただきましょう。
 さて、その学校の制服、中国では以前はなかった、ではその以前って
いつ頃まで、ということになると、これがまたややこしいので、中国は只今
建国65年です。
 で、この65年を半分にして、前半と後半30年位に分けます。前半は
なかった。後半ですね、これ確定。それも割と頻繁に見られるようになった
のは、その後半(30年)を更に二つに分けての後半、つまり後半の後半
になって漸く中国にも学生服が登場。
 それを、学校の服ですから、校服シャォ・フゥ、と呼んでる。
 どんなのかというと、百聞は一見に如かず、
 ← ジャジャ〜ン!これです、これ。
 なんだよ!ジャージじゃん!!とおっしゃるアナタ!!
アナタの目は正しい。そうね、ジャージですよね。
 その日本語で言っても、中国語で言っても、運動服ユン・ドン・フです。
このジャージを、制服と言ってるんですが、言ってるだけでしてね、
これを制服と言っていいかどうかちょっと迷うんですが、他にないので
これが制服だろう、と。
 このジャージは体育の授業の時はこれはこれで、本来の体育の時間は
当然これで過ごすわけです。
 通学の時も、これ。
 ということで、単に体操着を学生服として使い回ししてる、それが校服。
 中国もあるんですよ、ちゃんとって表現が正しいのかどうか、学校で定め
通学の時に着る学生服は、でもそれってそこそこお金持ちの子供たちが
通ってる学校ですよ、たぶん。
 ですが、そんな例外的学校は別にして、一般的に中国で学生の制服、
と言えばこうしたジャージを思い浮かべていただいて結構です。
 色は幾らか種類はあるんですが、わたしが見た中ではこの青色のが
多かったなぁ。だからこんな感じですね。
 学校で色が違ったり、学年で色を違えたりもしてるんでしょうが、
なんせ種類がそんな多くないらしく、どれも同じ。ジャージだし。
 それで、これを毎日着て、登校もすれば、体育の授業もする、と。
これを着て、街も歩けば、授業も受けると。
 機能性にも優れてますから、まぁ問題はないでしょ。問題は、
その〜、特に女生徒にとってはお年頃でもあるますし、これは流石に
ダサイ!と、不評。
 生徒に不評なものは、得てして大人社会では好評なんですね。
その校服、基本三年間着るわけです。毎日着るわけです。
汚れますね。子供ですから、そりゃ汚しますよ。食べこぼしたりも、
何処でも座ったりも、友達とふざけあったりもしますから。
 この点では日本のその可愛いと言われる制服だった同じ条件だと
思うんですが、どうなってるんですかね。言えるのはジャージは
汚れが目立ちますね。それにヘタリ具合も。
 そんな欠点はありますが、体育に必要な体操着を校服とすれば、
改めて制服を買う必要もなく、経済的にも、体育の時間着替える
必要もなく時間的にもエコだというのが一般的評価。

 ある年の冬。厳冬の北京。旅も終わり、今日で帰国という日。
中国からの帰国便は何故か朝早い。夜が明けきらない朝。
息が白い。車窓から眺める北京の街。こんな早い時間なのに、
もう通学なのか女生徒が歩いている。校服、背にはリュック、
胸に赤いネッカチーフ。こんな寒い朝なのに彼女は上に何
羽織らず、あのペラペラのジャージ姿。
 何か上に着ればいいのに、と思った。
 帰国。成田から国内線に移動中の車窓。昼時なのに、
女子高生が歩いてる。制服、薄っぺらなカバン、ミニスカート、
白いソックス。東京だって外は寒い、なのに彼女はミニスカート。
 何か着ればいいのに・・・と思った。
エラー!

『校花シャォ・ファ』 我が校のマドンナ
 先月号が「校服」で、今月号は「校花」。
どちらも学校に関係してることは「校」の字でお判りいただける。
 日中どちらも漢字を使ってますので、この“字”に追うところが大きい。
何にどう漢字を充てるかが、どうしてなかなかにセンスが問われる。
 その意味で、この「校花」は上手い。
学「校」で、一番綺麗な「花」(女生徒)を指す。ミス〇〇校ってやつ。
それを漢字二文字で的確に表しちゃうから、漢字を使わせたら、
中国は、やっぱり一日の長がある。
 でも、日本にだって、飛行場を「空港」なんてな上手い訳があるから
お互い様。因みに、中国語の飛行場は、「機場ジィ・チャン」と、まるで
味気ない。一方、「空」の「港」は、その情感までも表せている。
 互いに切磋琢磨して、上手い“字”を充てて欲しいと願っている。
 話を戻す。「校花」はもともとは、大学での話だったんだろうが、
最近ではどうやら高校、いやいや、中学、なんと、小学校でも「校花」
と呼ばれる子がいるらしい。
 こちらもどんどん低年齢化している。
 もともとが、何ぞキチンとした規定があって、選挙で選ばれるものでは
なく、みんながなんとなくあの子がうちの学校の「校花」、という事で納得し
「校花」は造られるので、別段一人だけとも限らない。
 ミス〇〇校は、更にミス〇〇学部がいて、ミスわがクラスがいて、
一向に構わない。
ということはですよ、各校にですね、数名の「校花」がおられて、自薦他薦
含めて、我こそは、彼女こそが我が校の「校花」が数名いる。
 で、中国の各地の大学にそうした「校花」がいて、それだけで、沢山いる。
且つですね、学生ってやつはある一定期間、4年なら4年いたら卒業して
いきますよね、ですから、その年ごとの「校花」が。
 ということはですよ、相当の数、「校花」と言われている、言わせている
人がいるということであります。
 それはまぁ、日本だって同じでしょ。大学の数だけ、わたしの訳は
「マドンナ」となってるが、この「マドンナ」という語自体がちと古い。
 中国が違うのはですね、その数です。一大学の在校生の数が違う。
中国の大学は油断すると一校で一学年5000人、ということは四年
までだと2万人!などと聞いても、アッそう、と驚きもせず納得して
しまうくらい学生数が多い。ですので、この中から選ばれる「校花」は
それだけ選りすぐり、と言えないかぁ??
 ということで、中国の「校花」、ミスキャンパス、マドンナ、は質が高い!
かなぁ・・・。
 もとより、こんなに回りくどく紹介しなくとも、「校花」は判っていただけて
いると思うし、わたしより詳しい人が多いかも。
 残念ながら、そんな「校花」との浮いた話しなどわたしには皆無。
いや、待てよ。一つだけあった。いま思い出した。
 ある日、暫く会ってない中国にいる友人に電話した。
明日から旅行でたまたま彼のいる地方へ向かうので、久々に会えた
ら会いたいと。二つ返事で彼も会いたいと、快諾してくれた。
彼はある大学で日本語を教えている。日本語科の生徒たちとの話題を
時々手紙で知らされていた。楽しそうな話題が多かったと思う。
その電話の最後の方で彼は「明日いらしたら我が校のャォファが見れ
ますよ、楽しみに・・・」と言われた。彼もまたわたしと同様かなりの硬派。
 そんな彼が、何で、「校花」??と思ったが、そこで電話が切れた。
 さて、翌日。
 会っても全く彼は「校花」の約束など忘れたが如く、違う話をずっとして
いる。昼時をかなり過ぎて、校内を抜け外の食堂へと向かう途中。
突然、彼がそうだ「校花!校花!!」と言い出した。えぇ〜これから連絡
でもして、彼の教え子にでも呼び出すのかと思っていたら、
 ぐいぐいと、校内の奥の方へ歩いて行ったら、
  これです!!と言ったその指し示す先には・・・・。
        あぁ・・・校花・・・ね。
エラー!

『学校食堂シュェ・シャォ・シィ・タン』 ガクショクだよ
 ここのところ、学校関係の話題が続いているが他意はない。
たまたまだ。今回もそんな、学校の食堂のお話を。
 以前であれば絶対お勧めできなかった所謂、学食、
学生食堂も近年急激に変わって、いまやオシャレな食堂も増え、
以前との余りの変わり様に驚いているし、いまならお勧めできる。
 ここは一つ、以前の様子からここに書いておいて記録として先ずは
残しておこうと思う。
 以前は酷かった、こう言ってはなんだが、食堂とも言いづらい、
暗くて、汚くて、とても食事をするようなところではなかった。
 朝など寒くて、暗くて、食事の種類も少なく、これから始まる一日
にとても相応しくない、暗〜い気持ちにさせられる、そんな場所だった。
 ・・・だった、そう過去形。また、
 昼時ともなれば一斉に湧き出してきた学生がドットくては食事に
ありつく、動物の餌場のような雰囲気だった。
 何せ中国では学生の数も多いので、とてもとても一度に食堂の
中に収容しきれるものではない。でも、食事時間は決められている。
となれば、食堂では食べるのを最初から諦め、それぞれがホーロー
引きの洗面器を小ぶりにした感じの容器を携え、ぞろぞろと食堂に
やってきては、先ずはそのホーロー引き容器にご飯を入れてもらい、
次のその先には肉と野菜を炒めたおかずが待っていて、それをその
ご飯の上にかけてもらう。ぶっかけご飯の出来上がり。
 それをキャンパスの空いてるところや、校舎に寄りかかって食べてたり
近ければ寮に戻って食べたりする学生も大勢いた。
 あれでは、あの年頃の栄養が満たされてるようには思えない。
 私は中国の旅の途中、時折、大学の招待所というところに泊まる。
ここは大学の施設で、その大学で会議が開かれた場合のゲストハウス
的なもので、各大学には殆どこの施設がある。
 大学運営のホテルと言える。しかし一般には宣伝しないし、その存在
自体が余り知られていない。また、採算も考えてないと見えて、会議が
無い時はがら空きだ。
 ここにも、この招待所付の食堂が大概ある。学生食堂よりは幾分
増しだが、それでも冬の食堂など暖房もなく震えながら朝食をとったこと
が何度もある。但し、宿泊代も含めすこぶる安いので、それを承知の上
でのことだから、まぁ痛し痒しだ。

  それがどうだ!ここ数年で大学の学食は大きく変わった。
前が前だけにその変わり様が際立つ。なんせ綺麗。
学生の数は相変わらず多いが、食堂は広くなり、かつ、簡単な食事を
するようなファーストフード的な食堂と、カフェテリアのようなオシャレな
食堂と、普通に昼食を済まそうとする食堂など、幾つかに分かれていて
広さも十分に広い。
 こんな感じ。
 わりとゆったり作られていて、清潔。窓からの明かりがやさしい。
 今だって時間ともなれば、学生が湧き出してここも満杯にはなる。
前のように持ち帰る人だっているんだろうが、流石にあのホーロー引き
の洗面器のような器は目にしなくなった。
 日本の大学の食堂と違う点が幾つかある。
 一つは大学にもよるのだろうが、提供されている料理の種類が多い。
これは、中国の特別な事情もあって、例えば、少数民族の人が集まって
いる民族系大学の食堂はさながら民族料理の展示会のようだし、
どれくらいの割りでいるのかは判らないが、例えばイスラム教徒向けの
所謂、清真チン・ヂェンと言われる一切豚肉を使わない料理も提供され
ている。
  どこかの大学では和食もあった。食堂のコックさんは日本へ料理の
勉強に数年いらしていたとかで、日本人留学生が食べるのかと思ったら
意外にも日本人より中国人の方に人気があるとのことだった。
 もう一つ、近代化はその方式にも新たなものをもたらし、学生たちは食堂
を利用する際、自分の学生カードさえ提示すればそれで、自動的に料金を
自分の口座から引き落とせるようになってるらしい。
  つまり、現金要らず。ここでも中国のカード社会の浸透ぶりを見せつけ
られた。
 どの大学も普通に誰でも利用できる。ただ、わたしのように色んな大学
の食堂を渡り歩く日本人は珍しいかもしれない。
 それに、先に書いたように、招待所には学生食堂とはまた別に食堂が
あったりするし、学生食堂とはいってもチャンと前にも書いた雅座ヤァ・ズォ
という、特別個室席や、先生方専門の食堂兼宴会場のようなものがある
学校だってこれでけっこうある。
 私が一番感心し、笑ったのは、数ある大学でも、
例えば理系の大学へ行くと、流石ここは理系だわい!と思わせる
料理取り口の番号表示が全て、LEDを使った電光表示だったり、
何かとデジタル機器が採用されていて、未来的な感じ。
回転寿司屋さん方式、回る料理の皿のところも見た。
 あれで回る中華料理の皿はちょっと笑えた。
エラー!

『街頭売貨ジェ・トゥ・マィ・フォ』立ち売りの人
 実はこの手のお仕事の人が急激に減って、わたしとして
ちょっと寂しい。以前は、至る所にこうした人たちがいた。
 街頭で立って、或いは座って、たまにはちゃんと腰かけて、
あるものを売ってる人達。
 無店舗販売と言えばちょっとかっこよすぎるか。単に街頭
勝手に物を売っている。
 急激に少なくなったのは、あのような商売では割りに合わなく
なったのか、はたまた、これらは違法なので都市条例的なもので、
取締が厳しくなってやりづらくなったのかの二つ。
恐らく、両方でしょう。具体的話をしましょう。
 では、どんな「街頭売貨」があったか。色んなのがありましたよ。
私が一番お世話になったのは、数でいえば新聞売りですね。
 中国では新聞は配達されるものではなく、街で買うのもです。多くは
それを扱う小さなお店が、新聞や雑誌やその他のものを扱う屋台
があって、そこで求めるのですが、バス停の降りたその先に、立って
新聞を売ってる人がいる、これはわざわざ店まで行く必要がないので
便利。だから、そこで買う。地下鉄なんかだと、アレは明らかに違法
だと思うが、車両を渡り歩きながら、乗客に新聞を売り歩き、数駅
行くと向いのホームの電車に飛び乗って、こんどは向こう車線で売る。
 ちゃんと、夕刊が出るような時間帯や、朝の時間帯を狙って、新聞
を胸に抱え込むようにして乗り込んできては、余り大きな声
売り声は流石に具合が悪いのか、「晩報ワン・バォ!」等と言いながら
周囲の乗客に目配せし、売り歩く。乗ってる方も手持無沙汰もあって、
そこそこ売れている。これのお世話にもなった。
 煎餅ヂェン・ビンという、中国の人達には欠かせない、いやいや
欠かせなかった、中国式クレープのごとき小麦を薄く焼いて中に何かを
入れてクルクルと巻き込んだ食べ物やさんが結構な数あったものだが、
あれも少なくなった。リヤカーにちょっとした台を括り付けて、アレは火は
何で熾していたんでしょうか、一応下に火があるクレープを焼く鉄板と同じ
な丸〜るい鉄板があって、そこで野球のトンボを小さくしたような道具で
小麦を薄く溶いたものをま〜るくしてなま焼いたところで、剥がし、それの
中に好みの具を入れて出来上がり。これを歩きながら食べる。これが、
朝食となった。あれも又全部が全部許可を受けてなかったのか、時折
取締があるのか、そそくさと移動したりもする。
  自転車修理屋さん。こちらも店舗はなくて、道端の街路樹の枝に
自転車のチューブをぶら下げるともうそこがお店。道具を入れた木箱
と空気入れと、オジサンの小さな腰掛があればそれで商売ができた。
 自転車の後ろのわら束を立て、それに刺さったサンザシの飴掛け、
糖葫芦タン・フゥ・ルゥも、あの鮮やかな紅色が目に飛び込んできて、
街を少し歩けば時期になれば見れたものだ。
 まだまだ、ある。有りすぎて困るくらい。兎に角いろんなものが街角で
買えた。売ってる人がいた。
 堂々と売ってる人もいれば、そうでない人もいた。
 こちらから見付けて近づいて行って買うこともあれば、向こうから寄って
来て、声を掛けられることもあった。
 ある時は、ふらふらと寄ってきたご婦人は、胸に犬を抱いてた。それは
見て分かった。彼女は突然、「買う買わない?」と言う。余りに突然すぎて
情況がつかめず、一体何を買えと言ってるのかが、分からなかった。
何せ周りには人が沢山いた。雑踏の中。それも昼日中。ちょっとお年を
めしているご婦人。何だろう・・・と暫しポカンとしてると、彼女は胸に
抱いている子犬を少し持ち上げるようにして、また「買う、買わない?」と
言ったので漸く、あぁ〜〜子犬を売ってたんだ!と分かって、変に
一安心した。

 旅先で一番お世話になったは、駅前でその町の地図を売る人達。
この人たちも見かけなくなった。皆もう地図なんか買わないらしい。
 私の旅はこの一枚の地図から始まる。初めて降り立った町で、駅を
出てすぐの広場には大概、地図を手に旅行者相手に声を掛けてる人
がどの駅にもいたものだ。
 一枚もののその町の地図は、地図というよりもかなり絵的で。どんなに
大きな町も、小さな町も、きちんと一枚の地図に上手い事収まっていて、
裏側や余白にはその町の名所旧跡、バス路線、ついでにホテルの宣伝
などが刷られていて私にはありがたかった。先ずはその一枚を手に入れ
ホテルでじっくり明日からの予定をたてるのが私の旅の始まりだ。
 そんな地図売りの人達は、あれで生計を立てるのは難しいからだろう、
少しお年をめした女性、早い話が中年の婦人が多かったように思う。
 ある町で、同じように降り立ってすぐ、多分私の眼はその時もう既に
そうした地図売りの人を探していたので、飛んで火に入るナントやら、
おばさんがやってきて、地図を差し出す。ちょっと辺りも暗かったし時間
も遅かったので差し出されるまま手にして、言われるままお金を払った。
大した額ではない。それに現に地図はすぐに手渡されるので、まぁ
騙す騙されるもないものと、そのままいつもの様にホテルへ。
 さて、ホテルでじっくりその地図で予定を立て、次の日に乗るべきバスや
訪ねるべき名所などをざっとさらっておく。勉強は嫌いだがこうした遊びに
関することは私は極めて熱心で周到だ。
 次の日もその次の日もその町を観光して、どうもあちらこちらで不具合
に会う。可笑しい。かなりじっくり研究したのに。漸く気づいたのはもう
その町を離れる当日で、種明かしは簡単だ。その地図は古かった。
版を重ねて、今は新しい版の地図が出てるはずなのに、私が買った、
買わされたやつは、古い版のもので、売れ残りか或いは古いのを安く
仕入れて売ったのだろうと、判明。
 さて、次の町への移動の日。数日前に降り立ったその駅前。
偶然、居ましたよあの私に古い地図を売りつけたおばさんが。
 もうその町を離れるからどうでも良かったが、今後の犠牲者を減らす為に
も、一言おばさんに言っておこうと近づいて、先日買った地図は古い版
だった、そんなのを売るのは好くない、と単刀直入に言った。
 それを聞いたおばさん、全く動じるふうもなく、
「じゃぁ、こっちを買いなよ」と最新版を私に売ろうとした。
エラー!

『口少架ツァォ・ジャァ』中国式ケンカの仕方
 喧嘩のことを中国語で、「口少架ツァォ・ジャァ」という。
この「口少」(ツァォ)の字が上手く表記できないので、ここで
口+少の2文字で作られているが、これで1字です。
 ケンカもいろいろありますが、この字でお判りのように、これは
クチ・ゲンカを担当してます。一方、手を出す方のケンカは、
「打架ダァ・ジャァ」となります。日本語だと殴り合い、ですか。
 因みに、日本語の「喧嘩」は、中国語ではシュァン・ファと発音
され、ケンカの意味はなく、やかましいという意味になります。
 まぁまぁ、ケンカは元々やかましいものだろうから、そう外れては
いないと思うが、言い争う意味は持たない。ちとややこしい。
 さて、ケンカの話題だが、温厚で他者との衝突を極端に恐れる私は
大人になってからというものケンカらしい?ケンカをしたことがない。
夫婦ゲンカを含めても無い。連れ合いからも「アンタとはケンカに
ならない!」と、太鼓判を押されている。
 ということで、今回の話題はケンカ指南ではなく、もとよりケンカ
に王道があるのかどうかすら私には判っていない。そんな期待は
誰もしてないでしょうが、ケンカの仕方というより私が中国で見聞き
したケンカを紹介しようと思う。これが面白んだ、実に。
 漸くこっから本題に入る。
 中国では実によくケンカを目にした。その数が多い。日本では余り
街角でケンカしてる人なんか見かけないので、日本と比較すること自体
が無意味だ。そうだとしても、中国は多い。人が多いからだろうか?
いやいや、そんな問題でもない。圧倒的に多い。人の数に比例するなら、
中国でだって小都市より中都市が、中都市より大都市が多くなるはず。
でしょ、それが違う。大都市よりも地方都市でよく見かけた。小都市ほど
多い。だから、この理論も成り立たない。
 これが特徴の一つ、中国ではその発生件数が圧倒的に多いこと。
 数もそうならその発生場所もいろいろだが、中国の特徴の二つ目は、
路上でのケンカが多い、という点だ。
 家庭内でのケンカや、会社や建物の中でのケンカは目にすることが
できないので、数には入らない。ですので、私がその数が多いと言ってる
のは私の目に触れるような場でのケンカがしょっちゅうあるということだ。
 中国の街で路上で大通りで乗物でのケンカは、一言でいうならハデ!
劇場型とでも言いましょうか、周りを巻き込んでの大騒ぎとなる。
 原因は問うまい。どうせロクなこっちゃない。だが、ひとたび始まれば、
当事者、一対一、が多いがその二人を中心に輪ができ、幕が切って
落とされる。それは、道を歩いてて突然劇中に引き込まれたような、昔
流行ったアングラ劇場のような感じで気が付けば自分もその劇の一員と
してそこにいることになる。

 主役である当事者の二人は、徐々に声を荒げ、互いに如何に自分
が正しいか、自分に理があるかを相手にというより、取り囲んだの観衆
に訴える。無論、当人同士も売り言葉に買い言葉、丁々発止に遣り合ううち
に興奮してくるが、どうも途中あたりからケンカしてる相手に言ってるという
よりは、グルリ周囲のやじ馬たちに向かって言ってるようだ。
 何故か、多く見方に付けた方が勝ち!式のゲームの様相を呈してる。
興奮してきてすぐにも取っ組み合いのケンカになりそうだが、どうして
なかなか。かなり聞くに堪えない(この汚い言葉は私には聞き取れない)
罵詈雑言を駆使して相手を罵倒しあう。でも、意外に冷静で自分の主張が
終われば相手の言い分を待ってたり、自分に味方する観衆がいるとそちら
に体を入れ替えたりする等等。なかなかに見せてくれる。
 色んな面白「口少架」を見てきた。うち、特別推薦の二つを紹介しよう。
 一つ目は、アベック同士の口少架。ケンカの発端を見逃した。私が駈け
つけた時にはもうかなりの観衆を従えて、既に佳境に入っていた。2対2。
佳境に入ると関係無いと思うが、互いの彼女の容姿をけなす等、ほぼ
場外乱闘ぎみといえる応酬になるが、これがまるでテニスや他のスポーツの
ダブルス線のような遣り取りが見事で聞き惚れた。それはまるで掛け合い
漫才を見ている様でもあった。
 いま一つは、若いお母さんVS中年のおじさん戦。自転車が直ぐ横を通り、
手を引いてた子供に危うくぶつかりそうになった、という。危ないじゃない!
とお母さん。ごもっとも。何言ってやんでぇ〜そっちが無理やり渡ってくるから
じゃねぇか、とおじさん。チ〜ン!とゴングが鳴ったのが聞こえたような気が
する。それからが長い、長い。如何に相手が危険か、無茶を言ってるか、
交通道徳とは何か、まで丁々発止に互いに互いを攻め譲らない。
そろそろ引き分けじゃないこれ、と思って見てると。玉打ち尽くした双方、
このまま棄て台詞を残して解散か、と思ったその瞬間。母親に手を引かれて
いた小さな可愛い女の子が、「このおじさんが悪い!」と言って彼を指さす。
自分が如何に危険な目に合い、怖かったかを滔々と述べる。流石にバツが
悪くなったオジサンは、何やら捨て台詞を残して自転車に跨り去って行った。

 このことは私に二つのことを教えてくれた。多分この女の子、7・8歳だろう。
こんな小さな時からケンカの技術習得に励んでいるから中国の人は口少架に
強いんだということ。そして、こんな小さくとも女性は怖い、ということ。


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