月刊・私の見た中国 目次

エラー!

『算命先生スァン・ミン』占って差し上げましょ
 「占」の字は、多分占ったその何かの形に関係あるのでしょうが、
なかなか面白い。勿論、この字も中国からの輸入品で、中国でも
このまま書いて通じる。ただ、読みは「占」ヂァンと読む。
 ただ、現代中国語では、書き言葉としては生きているが、話す時
には「算命スァン・ミン」というのが、一般に使われてる。
 命を計算するってんだから、すごい。引き算だろうな多分。
算命先生スァン・ミン・シェン・ションと、占い師のことを呼ぶ。
 さて、占い。この話だけでそうとう語らなくてはならない。なんせ、
その歴史が長い。古今東西、人類の歴史上占は各国その方法があり、
原始的にはそれが政治と結びつき、国の運命をも左右した。
 近代社会ではそれが、趣味的となって遊びの要素が強まる。
中国の占いは、日本にも強い影響を及ぼした。古くはその亀の甲羅を
焼いてそのヒビの入り方で吉凶を占った。のち筮(ゼイ)という木製品
で代用し、それを竹で作ったのを筮竹といい、50本の算木でこれを
引き抜いて占うようになる。易(えき)というやつ。
 これまた、この説明だけでまたまた長くなる。ですので、省略。
易の基本は、八種の卦(け)を基礎として、だから八卦で、64で一組。
これに、宇宙の根源を中国では大極と理解し、大極は陰と陽の二気を
生じ、宇宙の万象は陰陽二気の交錯結合によって形成さるとした。
 ・・・大体この「気」という理解がまた中国的で・・・と、ホラ!どんどん
説明が複雑、煩雑になってくる。だから省略。八卦ですね、八卦。
「当たるも八卦当たらぬも八卦」は、最近は言わなくなったなぁ。
 八卦図
 話を戻す。もともとは、自然現象や生理現象を事前に知りたい、という
切なる願いを叶えるために、或いはそれを精神的支えとしたいが為に、
予知できないものかと願った・。古代、占いは多分に呪術的なものだった
ことは想像に難く無くない。
 天命を知る、というやつだ。これは難しい。
 現代での占いは、一年が幸福だろうかとか、健康でいられるだろうかとか、
農作の豊凶、漁業の漁不漁、商いの成否、金銭の運、天候や災害、結婚
の成否や相性、生児の男女や将来の予測、などの近未来を予測してくれる。
 早い話が、人はずっと先はともかく、ちょっと先のこと、ちょっと先の未来
を覗いてみたいし、知りたい。
 知った上で、近い未来が薔薇色なら楽しみに待つし、その反対ならそれを
どんな方法で避けることができるかを知りたいのだ。
 事前に分かっていればその対処ができる。でもこれ、ちょっとズルい。
運命と言われてる。運命を変えることができると思ってる。命の長さをも。
 その他人様の先の運命を事前に知らせてくれるのが算命先生だ。
一時、中国ではこうした旧習に基づくものを排除していたので、算命先生の
肩身の狭い時代があった。台湾ではこれがなかったので台湾に算命先生
が多いのはそういう訳だ。日本では更に多いのは、余りに何でもありで、
西洋占星術の先生から、風水先生までいろいろ。
 四柱推命、六星占術、手相、人相、易・・・と数も多いし。
 ・・・・と、ホラ!ここまでの説明でこ〜んなに長くなっちゃた。

 漸く、本題に入る。
中国で何度か、算命先生にお会いした。年齢も男女もまちまち。
誰かの紹介だったり、偶然だったり、街で見かけたりの何回か。
悪いが中国の算命先生たちはどなたも全く何のオーラも発してない
見た目は、ごくごく普通の人だった。代表、Z算命先生の場合。
50代・男性。本職?は公務員。当時の中国では一番多い職業。
ある日友人と将来の話をしてたら、知り合いに算命先生がいると言う。
早速電話して会う日を打ち合わせる。先生なんでも忙しいらしい。
先生の算命はよく当たるとも言った。
 さて、その日。先生は普通にセーター姿でやってきた。手にはその
関係のらしい本。メモ用紙。友人に生年月日を尋ね、手相や人相も見、
やおら家族がどうのこうのと話し始めた。
友人は凄い!当たってるよ!!と嬉しそう。更には、最近の彼の健康
状態についてひとくさり。又もや友人は凄い凄い!の連発。
友人の歓喜の声を聴くほどにわたしは覚めていった。
 それってみんな今のことじゃないですか、とわざと日本語で言った。
わたしを一瞥した先生。友人が、ところで今やってる仕事は・・・と
話を向けると、先生の答えは、どちらともとれる無難な答えだった。が、
藁をもつかみたい友人には福音だったらしい。わたしはますます覚めた。
 こちらの方も占いましょうか、と算命先生はギロッとわたしを睨む。
静かに、「こちらの方は占いを信じていないようですよ・・・」と、言った。
なんと、先生は日本語でおっしゃった。
エラー!

『中国的麻将マージャン』 麻将と麻雀は別もん
 マージャンはご存知ですよね。おできなりますか?
最近できる方が少なくなってきた。大学生も余りやらない。
以前は大学の必須科目?だったのに。学校にいるより雀荘に
いる時間が長い、なんてな豪の生徒も数いたものだ。
 あんなに町にあった「雀荘」の看板も急に少なくなった。
「雀荘」の看板では一つ思い出がある。数年前、まだ町にその
看板が数あった頃、中国・広州と言う町からコックとして来ていた
Dさん、広州は香港に近い南、「食は広州に在り」だ。食に対する
あくなき追及の町。実はここ広東語世界で、Dさんも母語は広東語。
彼の北京語はかなり訛ってる。わたしは広東語は話せない。二人は
互いが外国語である北京語で意思疎通をはかっていた。
 ある日、彼と街を歩いてたら、彼は「雀荘」の看板を指さし、「今度、
私が奢りますよ」という。奢るは、「清客チン・クゥ」という。その「奢る」
という言い方もちょっと、と思ったがなんせ二人とも外国語での話だ。
まぁ、雀荘だって卓料はかかるんだから「奢る→清客」もありかな、
と思ってたら、今度は「ここは美味しいか?」と彼は言った。何??
「美味しいって」?次に「暫く食べてない」何?何?聞き間違いか?
「奢る」「美味しい」「食べてない」なんだ?食べ物屋さんと間違えてる。
何度も「麻雀」を発音をする彼を見ていて漸く気づいた。中国語での
「麻雀」は中国語では、スズメ。流石何でも食べるぞ!の広東人。
中国語では「麻将」。音も違う。謎は解消。彼は日本はなんてスズメ
料理を食べさせる店が多いんだろうと思ってたらしい。
 「麻将」と「麻雀」は別もんだ。
 道端マージャン。
 このゲーム中国が発祥だというのはすぐ分かる。なんせ牌に漢字が
書いてるんだから。もし、欧米の人はあの漢字を何かデザインとでも
思ってるんだろうか。やらないか欧米の人は。
 以下、「麻将」と「麻雀」が如何に違うかを書き連れてゆくと。
 麻将人口、一時は本場中国より絶対日本の方が多かった時代が
ある。多分圧倒的に多かったはずだ。
 中国でわたしが見たマージャン店は大概、その牌そのものや全自動卓
を扱う店で日本の「雀荘」のような看板はあまり目にしなかった。
 麻雀人口、日本では男性が多いが、中国ではわたしの見た範囲では
おばさまたちが和気藹々、と卓を囲んでるのを目にした。
 それも、昼日中、外で。もっとも外だからわたしも見ることができた。
だから、きっと徹夜麻雀ってのは日本の専売特許なのかも。
 日本でのそれは不健康さが漂っているが、中国のはかなり健康的?
そういえば、中国では麻将がスポースの括りに入ってましたけど。
 かつ中国では地域にかなり偏りがあってたように思える。
 牌も日本のそれより少し大振り。積み上げる時にちょっと大変。
名刺を半分折しえちょっと小ぶりにしたくらいの大きさ。デカい。
背を竹で裏打ちした牌は日本に多い。ルールにも違いが。各地で
勝手に取り決められてるのもある。更にあがり手となると基本は同じだが
これまた差がある。役と言ってどんだけいい手を作るかの約束は日本でも
勝手に決めれる・・・ってなところが違いかな。

 中国では一度しか麻雀をしたことがない。それも中国の人が相手だし、
お遊びというよりも、社交としてのお付き合い。
 ホテルの一室。マージャン部屋的しつらえだったから、接待側の誰かが
余程マージャン好きだったのだろう。「今日は遠く日本からのお客さも
参加しますよ」と大げさに紹介され卓についた。
 ルールは分からんところもあったが、まぁ、そこはお遊びだ。
 午後だ。部屋には服務員が一人。お茶の世話やらしてくれる。
日本語を習ってるそうで、時々話しかけてくる。「麻将できるの?」と
訊いたら、「出来ません」という。
 「捨て牌をこうごちゃごちゃにしとくのはさすが中国式ですね」と
言ってみたが聞き取れないらしい。牌を取るのも捨てるのもやたら早い。
すぐ番が回ってくる。その上、大声でひっきりなしに話す。日本でもやるが
「三味を弾く」という。こんな日本語はもっと無理だろうな、いやいや、
今や日本の若い人だって「三味を弾く」は知らんだろう。
 独り言のように、対面のZさんに「よく三味を弾きますねぇ」と言った。
その時、服務員の彼女は、「Zさんは風邪ですか?」と言った。
誰もが余りに突然で、誰もその意味が分からなかった。わたしだけが
分かった。彼女は「三味」と「くしゃみ」を聞き間違えたのだろうと。
エラー!

帯ジェン・スゥ・ダィ?』蒲鉾型突起物
 まずこの・・・お断りしてしておかなくてはいけないことが、
わたしがこれから話す、そのモノの名前が解かっていない。
あれは・・・一体・・・何という名のモノだったのだろうか?と、
今なお解かっていない。此処に書けば誰か教えてくれるかも・・
という秘かな期待がないわけではない。教えてください。
 まず、モノはこうだ。説明しよう。実は今は見なくなった。この点でも
かなり不利。わたしの以下の説明で分かっていただけるだろうか。
不安だ。何故か日本では見ない。そして今は中国にもない。
 何でそんなモノの事を・・。それは今わたしがこれを書いておかないと、
きっと、そんなモノがあったことさえ忘れられていましそうだから。
 書いて残しておこうと思った。そうした価値があるのか?左程大げさな
モノではない。もしかしたら誰も思い出しさえしないかも知れない。
 大体わたしの友人は、「毎回よくもあんなどうでもいいことを思いついて
書き続けるもんですね!」と半分は揶揄し、半分は励ましてくれる。

 さて、そのどうでもいいモノとは、コレ。
 昔、ホテルの入り口ってんですか、車回しってんですか、とにかくそのホテル
正面口の場所。ホテルにもよりますが、よくこう少しばかり傾斜がついてて
カーブもついていて、ホテルドアマンがいるあたり。あのあたりに、舗装路の
一部を蒲鉾型に盛り上げたモノがあった。
 あれは、多分、ホテル前を一気に速い速度で駆け抜けられないように設え
たのものだと思う。わたしの知ってるホテルなどその蒲鉾の盛り上げ具合が
少し高いので、体が浮き上がる程の衝撃や、乱暴な運転手だと車の天井に
届きそうなくらい跳ね上がったこともある。
 あれの名前が解からない。凹凸と言ってもいいが、凹はない。凸だけ。
中国の人にも訊いた。若い留学生はその存在すら知らない。年配の方は
あぁ〜アレね!とは言いながら、・・・はて名前は?となると、知らない。
 だから表題の減速帯ジェン・スゥ・ダィの後ろに、?マークがある。
 減速帯とはこれだ。高速道路の出入り口などのある。
 これの先輩ですよ。しかもこんな大量工業製品ではなく、手作り感満載の
コンクリート左官屋さんが綺麗に蒲鉾型に盛り上げました、的なやつ。
 どのホテルにも・・ではないが、それはあった。確かにあった。

 何せわたしのそれに関する思い出はことごとく碌なもんではないので、
未だに恨みに思っている。
 本当に車の天井に頭を打ったこともあるし、眼鏡を飛ばしたこともある。
タクシー運転手さんに、あぁ危ないですよこの先出っ張りがあります!!と
言ってるのにスピードを緩めない人や、もう知ってて自分はハンドルを握って
るんで大丈夫とばかり入って行く運転手もいた。苦い思い出ばかり。
 わたしとて、多少の学習能力はあるんで、何度かそんな目にあえば、次
は注意おさおさ怠りなく、何事も無かったことだってある。数は少ないが。

 最悪なのはこうだ。
 ある日、ホテルに日本からお客様が泊まっていた。昼間一度訪問し一緒に
外出したお客様の連れが、その日たまたま誕生日だと知った。午後に一旦
ホテルに戻り休息。夕方また一緒に外出し食事を、との段取りになった。
 気の利くわたしはその方の誕生日を祝おうと、急なことだが街のケーキ屋
さんで間に合わせの誕生ケーキを買い、さてホテルへ。膝の上にはケーキ。
急いでケーキの上に名前だけ入れて貰った。驚かせてやろうと思った。
タクシーでホテルへ向かう。もう一人同乗者がおり、そんな話をしていた。
きっと驚いて喜んで貰えるだろう・・・と。オット!ホテル入り口が近づいた。
運転手はこっちの膝にケーキがあることなどお構いなし。同乗者にその
蒲鉾型突起があってあそこへ行ったら跳ねますから気を付けて・・との
注意喚起は事前にしてあった。そこは怠りない。こちらはひざ上のケーキを
膝からちょっと浮かせ準備態勢に入った。その時ふいに友人が、ロウソクの
数について触れた。だからそれは・・・その方のお年が分からなくて・・・と、
言ってるその時モノの上に乗り上げた、ケーキに集中しすぎ、そんな最悪の
時に話しかけられて、うっかり答えたもんで・・・・軽く舌を噛んでしまった。
 ・・・死ぬかと思った。
エラー!

『 嘆息 タン・チィ 』 溜息なんかついてりして
 ため息をつく、ため息を漏らす、等ともいう。
ため息というやつは、ついたり、漏らしたりするものらしい。
漢字表記は、日本では「溜息」、となる。
 「溜」の字に、たくわえる、集めておく、残しておく、の意味がある。
ところが、中国語では、この「溜」リュゥ、にその意味がない。
「溜」リュゥは、滑るとか、こっそりとか、すべすべ、の意味しかない。
なので、「溜息」と書いても恐らく通じない。ところが、良くしたもので、
日本語でも、「嘆息たんそく」という言葉はある。これ、中国語ですね。
しかしながら、今じゃ滅多に使わないし、覚えてる人も少ない。
 中国語では「嘆息」タン・シィでも構わないが、
「嘆気」タン・チィと言う。
「嘆」にすでに「嘆く」の意味があり、「口にする」の意味もある。
 ただ、「嘆」のこの字が、中国簡体字では口+又と省略される。
因みにこ「漢」にしても、「難」にしても、それぞれ右・左が
「又」の字に省略される。

 さて、人はどんなときにその溜息をつくか。
そこは国を違えてもそう変わらないと思う。がっかりしたり、
やるせないとき、せつないとき、に人は溜息をつく。
 あんまり、映画などを見ていても、欧米の人たちがそのため息を
ついている場面には出会わないように思うが、どうだろう。

 こっから中国の人の話になる。中国の人の嘆息はちょいと違う。
その数が圧倒的に多い。結構目にする。そして、
根本的に違うのは、中国の人はどうもこの嘆息をつくのに、そばの
人に聞かせるように、それを吐く。
 あんまり、他人様にそうそう知らせるべきものでもなく、溜息は
本来?そっとつくもんだと思っていたが、これが違う。中国の人は。
 ちょっとこれ見よがしにつく。そろそろ来るな、と思っていると、
 ちょっと溜めがあって・・・そうか!溜めるから、溜息か?
これが・・・そろそろ出るぞぉ・・・と思ってると、お待たせしました!
みたいな頃合いに、「咳〜ハァィ・・・」とか言って肩を落とし、「アィ〜」
とか言って、「嘆気」する。そっと溜息する人がいない。
 おれは、わたしは、こんなに難題に直面してますよ、或いは、
こんなに、努力したの、更には、どうせもうどうやったところで・・・と
なって、・・・嘆気。
 中国のドラマなどを見ていてもそうだ。ここぞ!ってときに、よく
やってる。男女を問わずやる。若いも老人も。家でも外でも。
 確かに中国の暮らしの中にでは、自分では如何ともし難い、
そんな手詰まりの状況になることは少なくない。
 だから、中国の人に嘆気は似合う。

 実によく似合っている。できるなら、一緒に嘆気して、同時
やりたいもんだ。嘆気の二重奏だよ。

 ある日、Zさんとの話題はずっと日本の話題だった。日本の景色、
日本の町、日本の食べ物、日本の・・・、
 結構楽しく話し込んでいた。日本贔屓のZさん、かなり情報は仕入れ
ていて、日本のことを良く知っている。ラジオが情報源だと言っていた。
少し日本語もできるので、短波ラジオを聴いてるのかも知れない。
時折、わたしの知らない芸能ネタを教えられたりもする。
さんざん笑いながらそうした話題をしたあと、それではそろそろ
御いとまを、と思った頃。ちょっと話題が途切れたその時、突然、
大きく・長く、「ハ〜ィ!」と嘆気を漏らした、確かにそれは漏らしたと
言うにふさわしいように。
 あの溜息って一体誰に何についた溜息だったのだろう。
わたしに対するものだったのだろうか、それとも本人に、国に、時代に、
環境に、・・・一体何に向けられた溜息だったのか。
すぐ目の前のわたしに聞かせる為の溜息だったことは確かだが。
  因みに、
 こんな小さな子でも、溜息の付き方は同じです。
エラー!

『文明大一歩ウェン・ミン・ダー・イー・ブゥ』偉大なる一歩!
 トイレで・・・、とはいってもこれは男性トイレ限定の話題ですが、
その、男性トイレで、しかも、その〜、「小」の方で、
大体様子はお判りになると思いますが、男性の場合その、立って
用をたすことに、なっておりまして、トイレの設えもそのようになって
いることは、まぁ、女性でもご存知かと・・・。
 で、これを基本に置いといて、
 その男性用トイレで、用を足そうとすると、よくその色んなことが
目線の先に書いてあったり、貼られていたり、してます。
 女性用にはないだろうなぁ〜、男性用だって「大」のほうにはない。
 「小」専用。立ってその目線の先に、日本ですと
一番簡単なのは「一歩前へ!」が多い。
これに色んな文言が付いて、「更に一歩前へ!」とか、「勇気ある一歩を」
とか、早い話がなにがなんでも、その立ち位置からもう一歩進んでくれると
傍りが汚れなくてすむんだがなぁ〜という切なる、トイレ管理者側からの
お願いが書き連ねてある。

  と、ここまでが前ふりで、
その、「更に一歩前へ!」のフダが中国でも見られるようになった。
しかも、願いは同じだから同じ様な表現になってしますのうか、
                
 こうなってる。ホラね、「向前一小歩、文明大一歩」となってる。
 流石中国、標語も韻を踏んでます。上手いかも・・・。
これ以外にも、日本とおなじように似たようなのが幾つかあって、
これまた日本とよく似ている。
 
  これ、思うにきっと日本の真似ですよね。
数年前に始めてこの、張り紙と言うか、印刷物を見たときは、
驚くよりも、なるほどね!といやに納得しちゃった。
 だって、そうでしょ。人間やってることは変わりないんで、その現象は
国を違えたって同じなはずで、困ってるひとはどこの国でも同じような
問題で同じように困ってる。
 問題が同じなら、対処の仕方も似たり寄ったりだろう。

 ・・・ただ、日本でもあの張り紙と言うか、警告?が功をそうしていない
のは、いつまでたっても同じように貼られていることからも分かる。
 時に、これまで以上にその張り紙の数が増えたりもしてたりして。

 人間はなかなかに習慣から抜け出せない。
何故に男性はその時に立ち位置が必ず少し離れてしますのか・・・
という方に目を向けた方が早いように思うのだが。
 話は少しずれるが、いろんな例えば他所の会社のトイレなどお借りして、
そのトイレがやたら、いっぱいあ〜するな、こうするな、こうして下さい、
あ〜して下さい、の張り紙だらけだと、それだけでもう逆にこの会社の
人たち大丈夫かぁ??と思われるので、その点は各会社の方どうぞ
ご注意ください!
エラー!

サンスゥチィダィの時代
 またぞろ、どうでもいい話なんで恐縮ですが、今回もまた。
どの国にもある。どかであれほど頻繁見かけていた何か。
その何かが、急に見なくなる。パタッと、見なくる。その一つ。

この袋、急に見かけなくなった。だから?と言われると困る。
で、この袋の正式名称が実は判らない。でも誰もが知っている。
こんな現象はこれに限らずどこにもある。これ叉どの国にも。
誰もが知ってても誰もそのちゃ〜んとした名が判らない。
或いは、名など無いのかも知れない。名は必要なかったのかも。
他のはともかくとして、今回はこれだ!トリコロール模様の袋。
 こんな袋です。
 袋と言っても、買い物袋のような小さなものではなく、結構大きな
ものです。横1メートル、縦50センチくらいの。なんかちょっと薄手で
シャラシャラか、ガサガサと音がするちょいと大きめの袋です。
 当時、と言っても10年位前ですけどね、この袋が普及したのは
単に価格の問題と、大量生産によるものだったのでしょう。
それが、ここへ来て急に見なくなった。誰も持っていない。以前だと
どの駅にいてもちょいと長距離移動をしそうな人は、って早い話が
出稼ぎの人たちなんかの必需品だったのに。
 それがですね、急に見なくなった、これ。だから今のうちに書いて
おこうと思い立った。だから、この文は、それを記録するための文
でして、他に他意はない。無くなって暫くすると、誰もがそれが無く
なったこそすら思い出さないので、これは書いとかなくては、との
個人的思い入れ。。案外この手のものは誰も書いてくれないから。

 と、もう此処に書きましたので、その主たる目的は既に達した
わけではありますが、いま少しお付き合いください。

 この袋ですぐに思い浮かぶ一番の情景は、何処か南の方へ最新
流行の服などを買い付けに出かけ、もうこれ以上は無理、って位に
袋一杯に買い付けたその洋服や装飾品を詰め込んで運んでいる
人たちが列車を乗り継いで運んでいる様子。
 各地の夜店の屋台の片隅でもよく目にした。
南の駅前でこれに腰かけ話込んでる人たち。これを担いで移動する
人たち。切符が手に入らないのかこれを枕に寝ている人たち。
 そう、この袋こそ中国が経済的伸びようとしていた時代を代表して
いたとわたしの目には写った。
 使い捨てにしてもいいような、そんな品だったのに、結構大事に
使われていたと思う。この後、使い捨てに時代がくることを予感させ
るかのように。

 もう一つは、この袋を裂いて一枚にしたものなのか、或いはこの
袋を作る工場と渡りがついてるのか、建築現場などで日よけ風よけ
寒さよけも兼ねて、これが貼ってあった。あれっ、オシャレだな、と
思った。なんせホラ、トリコロール。フランス国旗模様ですから。
 
エラー!

『“田径型卓子”ティン・ジン・シン・ズォ・ズ』
陸上競技場型会議机の怪
 先ずはこの「“田径型”卓子」ですが、これわたしの造語です。
造語多いなぁ〜この「わたしの見た中国」。
 大体が取り上げる話題が怪しいから、その取り上げるそのもののに
もともとの名前がない!または、誰もそれを認識してない!!だから
仕様がないのだ。結局、自分で名付けてやらないと、誰かに伝えよう
とするとき不便でしようがない。
 多分これだって、ちょっと説明を聞いていただければ、あぁ〜アレね、
と皆さん納得していただけるのだが、何せ名がない。
 先に映像で見ちゃいましょうか、その方が早いし。
                
  なに?判りづらい??この人たちが囲んでるテーブルですがね、
まず、楕円といいますか、横長といいますか、そんな長方形の両端が
カーブを描いてます。更に、さらに、その真ん中が何にもなくてポカン
と穴が開いてますね。
 ですから、わたしが言いたいのは、あの陸上競技場を思い浮かべて
いただいて、その走る競技に使う赤土いろの部分がテーブルになって
まして、芝生が植わってる投てき競技や高跳びなんかに使われる部分
が空白になってると思ってください、そんなテーブルです。
 別に陸上競技のあの楕円でなくとも、競馬場のそれでも、カーレース場
のそれでも構わないのですが、要はあの楕円形に伸ばしたドーナッツと
いいますか、そんなテーブルのことを勝手にこう名付けました。
 主に会議用ですね。そりゃそうだ、家庭ではあんまり目にしない。
会社や、学校や、そんな施設での会議の席にあります。
 それが、どうした?って話ですが、中国では実にこれがよく使われていた。
日本ではそんなに見ないのに、今はどうか知らないが以前中国ではこれが
目立っていた。逆に日本ではなんでこれ、少ないんだろう、等と考えた。
日本だと多くは対面式と言いますか、前の方に発表者のテーブルが備え
られていて、それに対して長テーブルがその前にずらっと配置されている
所謂教室型の配置での会議が多い。
 もう一点、直接関係ないですが、中国語でのテーブル、卓ですね、この
感じ中国語では、卓の下が十ではなく、木になります。わたしはよく中国
の机は、転ばないように左右に支えがあって、木になってると言ってます。

  わたしなりの結論は、この田径型だと、会議主席者のほぼ全ての顔が
見えてますね。円卓も同じですが、恐らく円卓より場所を取らない。
中国の会議では出席者の多くはこぞって発言します、日本では会議は
ほぼ周知の為の会議という面が強い。発言者の顔が顔色が見える、
とうのはありがたい。その表情なんかも実は会議の席では重要なことも
ある。日本では発言そのものが少ないので、後ろから突然質問などされ
たりして、声だけで、確かあれは営業部の・・・ってな状況になる。
 中国の人は良く言われるように声は大きいし、主張は明確なんで、この
真ん中に空間があるくらいが丁度好い。日本でこの形だと先に怖気づいて
しまい、少ない発言がますます言い出しにくくなる。
 ってなことではないでしょうか。

  結構この田径型卓子が懐かしい。何度かそういう席に同席もさせて
いただいた。重厚な会議室にはそれなりに重厚な机が設えてあって、それは
もう立派。この真ん中の空間が無駄のような気もするが、中国の方は余り
その点は気にもされていないようで、多くは何もない、下のジュータンや
床がそのまま見えている状態になっている。たまに真ん中に花の鉢植えが
並べられていたり、低木の樹があったり、何かその町のジオラマがあった
りはしたが、多くは何もない空間だった。
 そこで、会議中時折あることだが、会議用資料を配られ、それを手に
座って話を聴いてるうちに、うっかりその資料の一枚を、手にしていたペン
を、机の上に置いといた私物を、前っかわにおっことす、ってなことがある。
そりゃぁ誰でもある。そう珍しくもないことだ。そんな時、その多くは、その
おっことしたモノを取る為に、どうします?これまたその多くは、机の下の
方をくぐって、中央の空間へ出てそれを拾う。でしょう。
 ところが、わたしがある日参加していた会議の席で、同じように、同じこと
が起こった。しかもその資料の一部を前に落としたのはその日の主役で
会議を仕切る発言者その人。ヒラヒラと舞った一枚の紙はほぼ、楕円の
空間のほぼ中央へ。この日のこの会議室の机は、机の下には板敷が
あって、足元が見えないようにな造りだった。でも楕円だからてっきり、
どこかカーブのあたりに切れ目があって、そこをガァ〜とこう開ければ
中に入れるようになっているもんだと思った。お偉いさんが資料を中へ
落とした。さて、どうする?と秘書たちの動きを注目。脇の一人が自分の
資料のそのページをさっと差出し、それを読み上げる。流石だ!慣れてる。
でも会議の間中その資料はずっとその真ん中に置かれたままで気なって
しょうがない、ちらちら目に入る。一体あれはどうなるんだろう・・とそれ
ばかりが気になり、会議終了後それを確認したくて気になり一向に身が
入らない。さて、会議も終わりました。あらかた人も引き上げました。
わたしはと言えば、その場から離れず、このテーブルの一体どこが開くの
だろうと、それは何時、誰が、どっから取り出すのか、待っていた。

 待つこと久し。一人の事務員が、竹竿のようなものを持って入ってきた。
入ってきた時は気づかなかったが、竿の先には釘のようなものが付いて
たらしい。魚を突き刺すもりのようなものだ。それで、件の書類をサッと
突き刺し、拾い上げ、何事も無かったかのように引き上げて行った。
なるほどね。専用用具があったわけね。因みにそれだけ落とす人も
多いってことでしょ。今回は書類だからあれでよかったが、他のものも
あれで刺しちゃうのかねぇ〜・・と、その事を確かめたかったが、会議室
にはもう誰もいなかった。
エラー!

『低頭族 ディ・トゥ・ズゥ』 スマホが中国人を黙らせる!
 あんなに、煩かったバスや地下鉄や、列車。
いやいや、乗り物に限ったものではない、中国の人が集まるところ
即ち喧噪!うるさい、うるさい!大音量での話し合い。
 これ、日本でも有名でしょ。日本に来てる中国観光団の喧しさは
あちこちで目撃されるし、実際に近くで体験された方も少なくない。
日本に来ている極々一部の中国の人たちであんな音量だ。
これが、中国では当たり前だか全て中国人。と、どうなるか。
分かるでしょ。半端じゃない煩さだった。とりわけ、乗り物はこちらが
逃げ場がない。おまけにこっちはやることもないので、つい聞いちゃう。
 とりわけ、携帯電話が世に出始めた頃。日本でもそうだが、出始め
は高い。値段が。ってことは誰でも持てない。金持ち。持ってることが
金持ちの証明になった。金持ってることを自慢したい。そこで、携帯
を持ち出し、用もないのにかけるまくる。たまに向こうからかかって
こようものなら、そっからが大変だ。大音量で話は尽きない。更に
それが一人や二人でない。「ウェ〜ィ!」と、中国語では電話に出る
ときに言うのだが、日本では「もし、もし」というあれだ。日本と違う
のはこっからだ。日本だとそっからひそひそ話声になりそうなもんだが、
中国ではこっから更に音量が上がる。そして、長い。
 ・・・と、ここまでが以前の、これまでの中国。
 変わりました。中国だっていつまでも、あんなうるさいままではない。
それは、中国人が変わったわけですが、彼らが自発的に変わった
のではなく、あるものがそれを変えました。一変させた。
 中国人を変えたそれが、スマホ。智能手機。ヂィ・ノン・ショゥ・ジィ

 どうなっちゃた、かというと。こうなっちゃった。
この人たちのことを、低頭族 ディ・トゥ・ズゥ、という。
こうべを垂れてるから、この名前。納得でしょ。確かに、低頭族。
族だが別段、群れてるわけじゃないし、組織化されてもいない。
だが、数は多い。団結力はないが、いつでもかなりの数いる。
実は社会問題にもなっている。中国でも有名。
  ホラ、こんな人たち。

 スマホが、あれほど煩かった中国人を変えた。黙らせた。
地下鉄が静かになった。バスが。食堂が。駅も。
静かになった。
 でも、いいのかこれで。これはこれでまた新しい問題が。
煩いのは無くなったが、ちょっと気味が悪い。とくに、食事の場で
美味しいものを前にしてみんなが、それぞれ画面を凝視していて
誰も目の前のご馳走や、一緒に卓を囲んだ人と楽しそうにはなしも
せずにスマホをいじっている。おかしい。

  意外だった。一つは、中国人を黙らせるのは、あんな小さな器械
だったという点。
  そして、ある日から突然静かになった、という点。
 自分たちも不思議に思ってないのかしら。

  この「低頭族」のことは、函館日中のブログでも触れています。
 そちらもよろしかったらどうぞご覧ください。
  「今週の中国語・低頭族 ディ・トゥ・ズゥ」 2016年7月2日
エラー!

『辣椒ラー・ジャォ』辛いのはお好きです
 トウガラシ、誰でも知っている。唐辛子と漢字表記があるので、
これは中国(唐)と何ぞ関係があるのでは・・と思うのも普通。
 別に、南蛮と言ったり、鷹の爪と言ったりもしてます。
 その、辛〜いお話です。

  誰もが知ってるトウガラシトウガラシと言えばすぐに韓国のその
料理を思い浮かべる方も多くおられるでしょうが、どうしてこれが、
中国のトウガラシ消費量も軽視できません。
  中国で辛い料理、というと大概の方はその、マーボー豆腐とかへ
話が飛んで、それで有名なのは四川料理というのですが、こちらは、
川菜ツァン・ツァイと中国では呼ばれていて、確かに辛いことは辛いん
ですが、日本であまり知られてないのは、実は中国、この四川省に限らず
辛い料理各地にありまして、かつ、その辛さもなかなかのものです。
 そこんとこの認識を先ず新たにしていただきたい。
 四川の人に限らずですね、わたしの感じでは中国の人は結構辛い料理
がお好き。そしてその辛さもなかなかのもので、わたしたちの辛さレベルを
遥かに凌駕。「あんたらの辛い、辛いってるのなんて全然辛くないもんね」
ってくらいのが普通の辛さだった。
 つらつら思い出してみると、長沙という町で食べたあの料理、山東省でも
ふつうに辛かった、山西省だって辛いじゃん!と驚き、わたしの辛さ一番は
いまでも、四川省じゃなくて、というのは重慶のあの紅い紅い鍋もかなりの
もんだったが、成都の本場マーボー豆腐も確かに、辛かった。
  しかし、いまでも思い出すのは、わたしの中では、貴州省というところが
いま挙げた四川省の下側にあるんですが、ここの省都、貴州グィ・ゾォゥ。
ここでの辛さ思い出が断トツだ。
 それは、貴州について列車を降りた時から始まった。駅をでるとすぐ、
鼻を衝く刺激臭がした。それは直ぐに分かった。トウガラシの匂いだと。
それもトウガラシを油で炒ってるような匂いが空気中に満杯に漂ってた。
多分近くにそうした料理店でもあるんだろう。それも外へ思いっきり匂いが
逃げ出すような、或いは、故意に匂いを外へ出す、焼肉屋さんの匂い客寄せ
方式だろう、くらいに思っていた。ところが、駅を離れても、この匂い着いて
回る。バスで移動したのに、空気中のトウガラシ含有率が変わらない。
このあたりで、気づいた。そうか、この町は、町全体がこんな匂いなんだ、と。
 旅先の食事は楽しみの一つでもある。こっちだて平均的日本人よりは
幾らか辛さに強い、という自信があった。あったし経験もあった。油断だ。
いやいや、このあと入ったレストランで頼んだ料理は辛いのなんのって、
辛い。兎に角、辛い。不味くはない。味は好いようだ。が、辛い。
よく譬えに口から火が出そう、なんて言うじゃないですか、いっつから口は
ゴジラのように火を噴いて、腹の中が噴火、んん〜鼻も馬鹿になってる。
 注文した料理が出そろって卓にならんだら、ぜ〜んぶ紅かった。
視覚も火を吹いてた。いやいや、参りましたね。
 お願いですから、ドンブリまで紅くしないで下さい。

 地元の人は平気なんだろうかとフト、周囲のテーブルを見てみた。
家族ずれがいた。小さな女の子。多分9歳くらいの子が母親に料理を
取り分けて貰って食べてる。あっ!こっちと同じ料理だ。それ、辛いよ・・
と思って見てたら、彼女はへっちゃらで食べて、かつ、美味しい、何て
言ってる。おいおい、こっちのとは違うのか・・・?でも、あの紅さは同じ。
どうみても同じだ。んん〜流石地元の子は違う。また休まず箸を動かしる。
辛くないのだろうか。いやいや、辛いはずだ。絶対辛い。大人のわたし
だってかなり応えてるのに。女の子の口元は紅かった。
 と、ここまででもかなりの衝撃だったのに、その後わたしは更に衝撃的な
光景を目のあたりにして打ちのめされる。
 それは、お母さんが抱っこしていた、もう一人の子が起きたらしい。すこし
むずかる。彼女の弟だ。3歳か4歳。起き掛け、ちょっと機嫌が悪い。
ぐずった。と、その隣に座ってたお父さん。自分の食べていた麺をフーフー
して、あ〜ん!なんて言ってる。え〜っお父さん、その面、辛いですよ。
スープだって紅いのに、わたしは先ほどお父さんが更にその上にテーブル
の上に薬味として置いてあった、紅いものをふりかけてたのを見てましたよ。
 駄目ですよ、そんな辛いのをこんな小さな子に食べさせちゃぁ。刺激が、
強すぎでしょ。また泣いちゃいますよ、という心配を他所に、お父さん、
あ〜ん、子どもはちゅるちゅる〜と面を啜る。
 アレ??んん??大丈夫か??この子???
 いままで愚図ってたのも機嫌が治り、弟はニコニコしてる。辛くないのか。
辛いだろう、いや、絶対辛い。辛いはずだ。辛くないわけがない。
  どうなってるんだ。あの面辛くないのか。そうか、紅いけど辛くないんだ。
  ・・・ってんで、わたしもその面を追加注文して食べてみた。
 一口、口に運んで後悔した。辛い、お父さん、ダメだよこんなの子供に
与えちゃ。お父さんこれにまたふりかけてたんですよ。

 ・・・結論。辛さの嗜好も、どんどんエスカレートするということが判った。
つまり、アルコールと同じでわたしは、辛さへの対応力も腕が上がると
いう事を学んだ。
 あんな小さい時から鍛えてりゃ、そりゃ大人になったら少しぐらいの辛さ
じゃ物足りないとは理解できる。理解はできるが、賛同はできない。
 
エラー!

『中国的郵局 ヨゥ・ジュゥ』 中国郵便局事情
  郵便局はどの国にだってある。郵便制度がある限り。
珍しくもない。それぞれの国でその制度に多少の違いはあるが
基本は同じ。ところが中国!やってくれる。
中国の郵便局は、郵局ヨゥ・ジュゥと呼ばれ、更に郵の字
例の簡体字では、左の編の部分が自由の由で代用される。
そして、日本はだが、中国の郵便局のシンボルカラーは
ということで、ここの標題も緑色で表記されている。
  何?色がかぶって見ずらい?ガマンしてください。
 こんなんです。ビルに入ってたりします。

 さて、どっから書こうか。というのも郵便局に限らんが、中国は
凄まじい変化の中にあって、どんどん郵便局も変わってきている。
  先ずは、以前の郵便局。こえが酷かった。どう酷いって?
 局内は暗くて、愛想無し。やる気なしの職員。苛立つ人々。
人がやたらに多い→それを相手する職員は大変→中には郵便を
出したこともないなんてな人もいる→その人たちの相手をさせられる
職員→始めてで判らない人たちは教えて貰いたい→毎日そんな人が
大挙して押しかけるので、面倒だけが先立つ職員→勝手が判らず
時間ばかりかかる人たち→出来るなら相手もしたくない職員→
暗い室内で何がどうなのかも判らず彷徨う人たち→早く済ませて
休憩に入りたい職員→暗い室内→埃っぽい職場→待たされる時間
→何度言っても理解しないので苛立つ職員→怒ったように言われて
それが聞き取れない人たち→だから間違う→間違うとまた遅くなる。
不機嫌な職員が怒る→ → → ・・・ってな状況が以前の郵便局
内の様子だった。基本これの連鎖が何処でも毎日繰り返されていた。

 今でこそ、小包を差し出すのは段ボールに専用の送り状があって
それに記入すればいいようになったが、以前は大変だった。段ボール
も無い時代、白い布を使い郵便局の中で袋状にし、縫い合わせる
ってなことをしていた。郵便局で針仕事だよ縫物までしてた。
 ちょっと懐かしいかも。そんな不便さとは別に、理不尽な職員が
多かったような印象がある。サービスなんて全くて期待してはいけない。

 郵便貯金もやってはいるが、旅行者であるわたしには関係ない。
大体は郵便を差し出しに、ってことは切手を買いにやってくる。

 中国を旅していて、ちょいと小さな町の郵便局へ。こんな田舎から
外国へ手紙を出す人など稀なのはわかるが、外国郵便料金が判って
いない。職員はかなりいい加減で、わたしの思っている1・5倍の料金
を言ってきた。そんな訳はないちゃんと調べてくれ、それにこれは
観光用絵葉書なんだから、封書の値段とは違う筈だ!と言うと、
外国宛郵便料金は皆同じよ、とうそぶく。まぁいい、あんたを相手に
してると遅くなる。額面相当の切手を買い、自分で切手を貼って出そう。
自分が事前に調べた料金額の切手を買って貼って出そう、と。
外国へハガキ出す。××元××角でいいはずだ。切手をもとめる。
が、わたしの言った額面丁度の切手がないという。それなら何種か
組み合わせればいいだけだ。葉書相当額の切手はあるのだろうが、
なにせ外国(日本)宛なんで丁度のはないかもな、と思った。納得。
ところが彼女が出してよこしたのは、なんと!額面が小さい切手ばかり、
“角(元の10分の一)”の切手と更にその下“分(元の100分の一)の
少額切手ばかり。おぃオィ、それは無いんじゃない、そんな少額の切手
ばかりだと一体何枚貼らなくちゃならんのよ。考えてる?確かに額面が
小さいと切手も小さ目だが、それにしたってほら〜何枚もなっちゃうでしょ、
貼れないでしょうよ、このハガキには。それでなくとも外国(日本)へ出すので、
宛名欄が長いので余白がすくないんですけどぉ!これ貼っちゃったら、
宛名見えなくなるし。そう言った。目の前で切手をあてがっても見せた。と、
わたしの手から絵葉書をグィっと奪った彼女。やおら、ハガキを
裏返し、裏面に、切手を貼り始めた。
 あの〜絵葉書なんですけど、そこに切手をベタベタ貼られちゃうと
ですね、絵葉書の折角の絵がですね、同じ模様の切手だらけに
なっちゃいますよ。絵葉書ってのはその美しい景色を見せたいから
わざわざ買ったんですよ、それ。それに下の方に簡単ですが一言
書いて添えたその文にもあぁ〜かかっちゃってるよ。半分しか見え
ないじゃん。「・・・は、叉ね。」じゃ、何のことか判らんでしょうが。
しかも糊でそんなシッカリ・・・と、貼っちゃぁ・・彼女を見ていると
貼り終わった彼女は一言、「好了!ハォ・ラ」OK!と言った。
 すかさずわたしの後ろで待っていた男性が終わったらさっさと
譲れとばかりに肘で小突いてくる。
 ・・・実は全く同じ日本宛観光絵葉書をわたしはその時あと数枚
持っていたが、言い出せなかった。

  それがどうだ!変わった。室内も明るくなった。今年春に中国で
日本への小包を出したときなど、親切な窓口の職員もいて、彼にも
随分助けられた。本当に雲泥の差だ。ニコニコ対応してくれるその
彼とやりとりするうちに、不覚にも嬉しくて、涙がでそうになった。
確かに涙目になっていた。今思えば普通のサービスだったと思う。
エラー!

『機場 ジィ・チァン』巨大な飛行場が続々
唐突ですが、飛机と、書いてフェィ・ジィと読みますが、
これで「飛行機」だというは、中国をやられておられない方には
かなり衝撃的なようですので、最初この辺の説明からさせ
もらいますね。
 字の問題を先ず、片付けましょう。そう、中国簡体字の問題。
漢字を省略してる中国(大陸)では、簡略化したこの字を正字と
しています。ここで問題は、簡略化=省略だと、字の一部を簡略化
したりして、見たことのあるようなないような字が出現しますが、
それとは別に、中国語の音(読み)で画数の極端に少ない字があれ
ばそれを代用したり、篇や旁と組み合わせて、簡略化に努めている。
そこで、“幾”ジィと読みますが、これを同じ音の、“几”という字が同じ
で、これで代用している。実は日本の読みでも両方とも“キ”と読む。
こっからです。これが、“木”篇と組みあ合わさってもそのまま生きます。
ですので、“機”は“机”になります。ということで、“磯”という字も右が、
“譏(そしる)”という字も、右側は“几”の字で表記されます。これ、
前にも書きました。いちおう、復習ですね。
 戻ります。“机”は机ではなく、“機”ですので、飛ぶ机は、飛行機を、
机場は飛行場を表します。今回は、この機場のお話です。
 と、更にその前に。飛行場ではないが、飛行機に乗ると「慣れてる」
競争をしてしまう、と書いたのは「ショージ君」こと東海林さだおだった
と思う。つまり、飛行機に乗る時に、「オレ、飛行機乗り慣れてんだよな」
という態度をとりたくなる。隣に慣れていそうな人がいると、まるで、
競争のようになることがある。と、「ショージ君」が指摘してるように、
飛行場でもまた日本ではそんな人が多い。
 中国の飛行場ではこれはない。飛行機乗る時もない。彼らは逆に
初めてを楽しんでるいる。
 中国の機場は、近年その経済発展に伴い、劇的に変わってきている。
因みに、以前の中国機場、とにかく暗かった。夜に到着する便に乗って
間もなく目的地、機内から下を覗いても、かぼそい灯りが点々と灯って
いるだけで、街も明かりも暗ければ、滑走路を示す灯りが辛うじてテン
テンとあるくらいで、首都飛行場でさえ、これが??ってくらいの寂しさ
だった。電力不足だったんでしょう。地方都市の機場などは更に暗い。
そして、建物の中も薄暗く、人だけがやたらに沢山いた。最終便で到着
した時など、手荷物を受け取り、入管を抜けて、待合室を抜け、建物の
前に出たと同時に、機場全体の灯りが“バン”と音を立てたかの様に、
全証明が落ちて真っ暗になったこともある。
 それが、どうだ!今は、明るい。これは好い。広い、これは困る。
やけに広い。広すぎ!という事は建物がやたら大きくて、端の端の
搭乗口だと、おいおいこれってバスで2区位歩いてないか、と思わせる
位歩かされる。かなわん。空港デカすぎ。日本よりもズットデカイ。
 中国機場には、必ず給湯器、給湯場がある。これは機場に限らず、
中国人在るところに給湯器あり。機場も例外ではない。お茶よりも、
機場の給湯器は、方便面(インスタントラーメン)の為にあるようで、
そのせいかどの機場の待合室もいつも、あの独特のラーメンの臭いが
している。待ち時間が長いとなれば、ゲーム。それもトランプ。旅の
常備品としてトランプカードがあるようだ。まぁ、結局何処にいても、
彼らは楽しそう。食べて、飲んで、遊んでる。

 そんな広い広い飛行場を十分に堪能したことがある。香港新空港。
到着した時から、やけにはじの方に停まったな、とは思っていた。
機内から出て、歩き始めて、案の定、荷物の受け取り場所までが遠い。
遥か彼方。見えない。でもまぁ、この後取り立てて急ぎの用はない。
後は市内に移動し宿泊するだけ。歩く、歩く。漸く、先を曲がったら
手荷物受け渡し場所らしい。そんな掲示が見えた。と、
ここまで来て忘れ物に気づいた。場所まで分かる。品物は手帳。
座席前のポケットに入れたまま降りちゃった。金目の物ではない。
拾った方も何書てるか判らないくらいぐちゃぐちゃと書いてる。
取り立てて重要なことは何もないが、かと言って、個人情報満載の
あの手帳をそのまま、はちょっとまずい。必要なメモだってある。
どうしよう、戻るべきだろうか、と迷った。迷ったのは遠いから。
例の動く歩道エスカレーターの上を駆けるように戻る。まだあの
機はあのままいるだろうか。機内掃除の人が気づいてくれると
好いが。ハァハァ、言いながら戻る。長い長い通路。さっき降りた
ゲートが見えてきた。あれ?入り口を塞いでる。機内に入れない?
職員が居ないかと窺う。機内に入って行こうとしてやっぱり、入り口
で止められた。警備の人だ。事情を話す。慌ててるので、中国語も
しどろもどろ。待て!と相手が言った。自分は北京語が判らん、
という。同僚を呼んできてどうやら、何とか通じてる。
機内に入っていて確認してくれるようだ。好い人だ。好い人だが、
なかなか戻ってこない。中はまるで窺えない。暫くして出てきた彼は、
手帳は乗務員が見つけて既に空港カウンターに業務用連絡係が
届けてる、安心しろ!と言われた。好かった!と思うと同時に人間
心配がなくなると勝手なものでまたあの長い距離を戻るのか、と
少々ウンザリ。結論を言うと、手帳は無事戻ってきた。ありがたい。
その空港カウンターがこれまた遠くてこの日はよく歩く日だった。
空港カウンターの小姐は、わたしの息も絶え絶えなのを知って、
忘れ物を思い出したときそのまま手荷物受取場に来て、職員に
事情を言えば無線で連絡して簡単に片付いたのに・・・と、さも
わたしの責任のように言われた。確かに、わたしが悪うございました。 
エラー!

『快子 クァィ・ズ』 お箸の文化
最初にお断わりしときますが、題字の「快」の字に誤りがあります。
中国の、クァィ・ズの字には、「快」のこの字の上に竹の冠
乗っかってます。ここにそれを入力すると文字化けして見れません。
ですので、「快」の字で間に合わせます。実は中国語、「快」の字の
読みもクァィでして、上に竹が乗ったのもクァィです。まぁ漢字の
成り立ちってそんなんになってますからそう不思議はないですが。
中国が作った字です。もとは「箸ズゥ」と同じ漢字を使ってい
ものが、ズゥの音は「住ズゥ」(とどまる)に通じて好くないということで、
変えたらしい。そんなこと気にしない人たちだと思ってたのに。

 それらを押させた上で、箸は、中国語では「快子クァィ・ズ」。
お箸ですから、違いはないでしょ、とお思いでしょ。ところがこれが、
違うんです。基本は同じですよ無論。基本は。2本の棒を使って。
 と、その前に。お箸文化は我々この近隣アジアのみの文化。
もともと、人はその道具など使わず手があるんですから、手で食べて
いた。今でもいるでしょ。そうした人たち。そのあと、道具を使うように
なったが、その道具が国によって大きく違った。箸派は少数です。
西洋文化との違いが際立ってます。材質の違い。金属。しかも本数
多すぎ。ナイフにフォークのことですよ。何て使いづらいもので食事を
するんだろう、というのが今でもわたしの感想。更なる違いは食器を
手に持っちゃダメ、ってのが更に不便。そんな思いまでして食事したく
ないなぁ。ってことは、西洋の人は、われわれの箸をそういう目で見て
るってことでしょうか。でもほら、箸使いの上手い外国の方増えてます
よね。これは、日本人にだってナイフ・フォーク使い上手い人がかなり
いるから同じことか。まずその、西洋のナイフ・フォークとの違いを
際立たせておいて、さて、お箸の話ですよね。
 中国が最初かな、そして韓国、日本と伝わったとして、韓国はまた
ちょっと変わっていて今回は置いといて、もっぱら此処では中国のその
クァィ・ズですが、違いは箸の先の方が日本ほど細くなりませんよね。
手元の太さのまんま、くらいの太さ。長さもちょっと長いかなぁ。
中国のお箸。丸テーブル仕様かなぁ。素材は竹・木材は同じだが、その
種類は日本が圧倒的に多い。塗り箸も日本が凝りに凝ってる。一番の
違いはわたしは、中国の家庭では各人の箸を別けませんよね。多くは
みな同じような箸を使って、つまり食堂と同じですよ、洗ってその後は
誰が使ってもいい、ってな使い方。日本ではほら小さな子供の分まで
ひとりひとりに誰々の箸、マイ箸が決まってるじゃないですか。それが
ない中国。
 こんなかんじで、束になって刺さってる。
 もう一つは、箸とレンゲがセットってのが多くて、日本のように何が
何でも箸のみ、ってのとは違いますよね。日本では箸、箸さえあれば
それで何ても食べちゃう。味噌汁に匙なんてつかないもんなぁ。
 日本にあるような、お箸に関する作法的なものは中国にはない。
ない、と思いますよ。××箸ってやつですよ。最近は日本でもあんまり
言わなくなったが。迷いばしとか、ないなぁ中国。自由だ。自由すぎる。

? さて、このお箸、ナイフにフォークの国々の人たち、どう思ってるの。
丹麦ダン・マィ(デンマーク)の友人。中国で知り合った彼も言う、
「中国人や日本人はこれの使い方を学校で習うのか?」というから、
いやいや、学校上がる前に使えてないと拙いでしょ、学校上がって
からじゃ遅いし。「自分はこの学校(中国の大学)に入ってから習った」
しかも彼の箸遣いを見かねた担当の先生がつきっきりで教えてくれた。
だのにまだ彼と一緒に食事をしてるとその箸遣いは気になる。何せ
ポロポロよくものをこぼす。本人も「食事のあと疲れる」と言ってる。
「箸遣いを教える」モノが確かあった。子供の箸を使い始めにあの
確か箸の脇に輪っかのついた矯正用箸、あれだ、あれで習えば
いいんじゃないの。中国に無いのかなぁ。何処で売ってんだろう。
そこで、日本へ帰った時彼に子どものしつけ時に使う矯正用箸を
贈った。そして、暫く間があって、彼と再会。
一緒に食事をした。とても上手く箸を使えるようになっていた。
彼からあの矯正用箸を贈ったお礼があるものと思っていたら、ない。
あれ?しょうがない、忘れてんだろう、こっちから訊いてみた。
「あのクァィ・ズ駄目でした(不能用)」ダメってなにが駄目なのよ。
「東出ドン・ツゥ!あれ使ってたら指からクァィ・ズが抜けなくなったよ」
大変だったんだ!と言う。話を聞いて始めた気づいた。そう言えば、
矯正用箸は子供のしつけの為のものなので、子ども仕様だった。
ちょっと短いな、とは思ったが、指を入れる穴もなるほど小さいか。
指が抜けなくなり大騒ぎになって、その時撮った写真がこれです、と
その時の写真も見せられた。更にその時の傷が・・と親指腹を指す。
えぇ〜、ケガまでしちゃったの。ちょっとどんくさいんじゃないの。
・・・・哈哈哈哈ハァ・ハァ・ハァ・と笑って胡麻化したが、
彼は至って真面目な顔のままだった。怒ってるのか・・・・。


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