月刊・私の見た中国 目次

エラー!

サンスゥチィダィの時代
 またぞろ、どうでもいい話なんで恐縮ですが、今回もまた。
どの国にもある。どかであれほど頻繁見かけていた何か。
その何かが、急に見なくなる。パタッと、見なくる。その一つ。

この袋、急に見かけなくなった。だから?と言われると困る。
で、この袋の正式名称が実は判らない。でも誰もが知っている。
こんな現象はこれに限らずどこにもある。これ叉どの国にも。
誰もが知ってても誰もそのちゃ〜んとした名が判らない。
或いは、名など無いのかも知れない。名は必要なかったのかも。
他のはともかくとして、今回はこれだ!トリコロール模様の袋。
 こんな袋です。
 袋と言っても、買い物袋のような小さなものではなく、結構大きな
ものです。横1メートル、縦50センチくらいの。なんかちょっと薄手で
シャラシャラか、ガサガサと音がするちょいと大きめの袋です。
 当時、と言っても10年位前ですけどね、この袋が普及したのは
単に価格の問題と、大量生産によるものだったのでしょう。
それが、ここへ来て急に見なくなった。誰も持っていない。以前だと
どの駅にいてもちょいと長距離移動をしそうな人は、って早い話が
出稼ぎの人たちなんかの必需品だったのに。
 それがですね、急に見なくなった、これ。だから今のうちに書いて
おこうと思い立った。だから、この文は、それを記録するための文
でして、他に他意はない。無くなって暫くすると、誰もがそれが無く
なったこそすら思い出さないので、これは書いとかなくては、との
個人的思い入れ。。案外この手のものは誰も書いてくれないから。

 と、もう此処に書きましたので、その主たる目的は既に達した
わけではありますが、いま少しお付き合いください。

 この袋ですぐに思い浮かぶ一番の情景は、何処か南の方へ最新
流行の服などを買い付けに出かけ、もうこれ以上は無理、って位に
袋一杯に買い付けたその洋服や装飾品を詰め込んで運んでいる
人たちが列車を乗り継いで運んでいる様子。
 各地の夜店の屋台の片隅でもよく目にした。
南の駅前でこれに腰かけ話込んでる人たち。これを担いで移動する
人たち。切符が手に入らないのかこれを枕に寝ている人たち。
 そう、この袋こそ中国が経済的伸びようとしていた時代を代表して
いたとわたしの目には写った。
 使い捨てにしてもいいような、そんな品だったのに、結構大事に
使われていたと思う。この後、使い捨てに時代がくることを予感させ
るかのように。

 もう一つは、この袋を裂いて一枚にしたものなのか、或いはこの
袋を作る工場と渡りがついてるのか、建築現場などで日よけ風よけ
寒さよけも兼ねて、これが貼ってあった。あれっ、オシャレだな、と
思った。なんせホラ、トリコロール。フランス国旗模様ですから。
 
エラー!

『“田径型卓子”ティン・ジン・シン・ズォ・ズ』
陸上競技場型会議机の怪
 先ずはこの「“田径型”卓子」ですが、これわたしの造語です。
造語多いなぁ〜この「わたしの見た中国」。
 大体が取り上げる話題が怪しいから、その取り上げるそのもののに
もともとの名前がない!または、誰もそれを認識してない!!だから
仕様がないのだ。結局、自分で名付けてやらないと、誰かに伝えよう
とするとき不便でしようがない。
 多分これだって、ちょっと説明を聞いていただければ、あぁ〜アレね、
と皆さん納得していただけるのだが、何せ名がない。
 先に映像で見ちゃいましょうか、その方が早いし。
                
  なに?判りづらい??この人たちが囲んでるテーブルですがね、
まず、楕円といいますか、横長といいますか、そんな長方形の両端が
カーブを描いてます。更に、さらに、その真ん中が何にもなくてポカン
と穴が開いてますね。
 ですから、わたしが言いたいのは、あの陸上競技場を思い浮かべて
いただいて、その走る競技に使う赤土いろの部分がテーブルになって
まして、芝生が植わってる投てき競技や高跳びなんかに使われる部分
が空白になってると思ってください、そんなテーブルです。
 別に陸上競技のあの楕円でなくとも、競馬場のそれでも、カーレース場
のそれでも構わないのですが、要はあの楕円形に伸ばしたドーナッツと
いいますか、そんなテーブルのことを勝手にこう名付けました。
 主に会議用ですね。そりゃそうだ、家庭ではあんまり目にしない。
会社や、学校や、そんな施設での会議の席にあります。
 それが、どうした?って話ですが、中国では実にこれがよく使われていた。
日本ではそんなに見ないのに、今はどうか知らないが以前中国ではこれが
目立っていた。逆に日本ではなんでこれ、少ないんだろう、等と考えた。
日本だと多くは対面式と言いますか、前の方に発表者のテーブルが備え
られていて、それに対して長テーブルがその前にずらっと配置されている
所謂教室型の配置での会議が多い。
 もう一点、直接関係ないですが、中国語でのテーブル、卓ですね、この
感じ中国語では、卓の下が十ではなく、木になります。わたしはよく中国
の机は、転ばないように左右に支えがあって、木になってると言ってます。

  わたしなりの結論は、この田径型だと、会議主席者のほぼ全ての顔が
見えてますね。円卓も同じですが、恐らく円卓より場所を取らない。
中国の会議では出席者の多くはこぞって発言します、日本では会議は
ほぼ周知の為の会議という面が強い。発言者の顔が顔色が見える、
とうのはありがたい。その表情なんかも実は会議の席では重要なことも
ある。日本では発言そのものが少ないので、後ろから突然質問などされ
たりして、声だけで、確かあれは営業部の・・・ってな状況になる。
 中国の人は良く言われるように声は大きいし、主張は明確なんで、この
真ん中に空間があるくらいが丁度好い。日本でこの形だと先に怖気づいて
しまい、少ない発言がますます言い出しにくくなる。
 ってなことではないでしょうか。

  結構この田径型卓子が懐かしい。何度かそういう席に同席もさせて
いただいた。重厚な会議室にはそれなりに重厚な机が設えてあって、それは
もう立派。この真ん中の空間が無駄のような気もするが、中国の方は余り
その点は気にもされていないようで、多くは何もない、下のジュータンや
床がそのまま見えている状態になっている。たまに真ん中に花の鉢植えが
並べられていたり、低木の樹があったり、何かその町のジオラマがあった
りはしたが、多くは何もない空間だった。
 そこで、会議中時折あることだが、会議用資料を配られ、それを手に
座って話を聴いてるうちに、うっかりその資料の一枚を、手にしていたペン
を、机の上に置いといた私物を、前っかわにおっことす、ってなことがある。
そりゃぁ誰でもある。そう珍しくもないことだ。そんな時、その多くは、その
おっことしたモノを取る為に、どうします?これまたその多くは、机の下の
方をくぐって、中央の空間へ出てそれを拾う。でしょう。
 ところが、わたしがある日参加していた会議の席で、同じように、同じこと
が起こった。しかもその資料の一部を前に落としたのはその日の主役で
会議を仕切る発言者その人。ヒラヒラと舞った一枚の紙はほぼ、楕円の
空間のほぼ中央へ。この日のこの会議室の机は、机の下には板敷が
あって、足元が見えないようにな造りだった。でも楕円だからてっきり、
どこかカーブのあたりに切れ目があって、そこをガァ〜とこう開ければ
中に入れるようになっているもんだと思った。お偉いさんが資料を中へ
落とした。さて、どうする?と秘書たちの動きを注目。脇の一人が自分の
資料のそのページをさっと差出し、それを読み上げる。流石だ!慣れてる。
でも会議の間中その資料はずっとその真ん中に置かれたままで気なって
しょうがない、ちらちら目に入る。一体あれはどうなるんだろう・・とそれ
ばかりが気になり、会議終了後それを確認したくて気になり一向に身が
入らない。さて、会議も終わりました。あらかた人も引き上げました。
わたしはと言えば、その場から離れず、このテーブルの一体どこが開くの
だろうと、それは何時、誰が、どっから取り出すのか、待っていた。

 待つこと久し。一人の事務員が、竹竿のようなものを持って入ってきた。
入ってきた時は気づかなかったが、竿の先には釘のようなものが付いて
たらしい。魚を突き刺すもりのようなものだ。それで、件の書類をサッと
突き刺し、拾い上げ、何事も無かったかのように引き上げて行った。
なるほどね。専用用具があったわけね。因みにそれだけ落とす人も
多いってことでしょ。今回は書類だからあれでよかったが、他のものも
あれで刺しちゃうのかねぇ〜・・と、その事を確かめたかったが、会議室
にはもう誰もいなかった。
エラー!

『低頭族 ディ・トゥ・ズゥ』 スマホが中国人を黙らせる!
 あんなに、煩かったバスや地下鉄や、列車。
いやいや、乗り物に限ったものではない、中国の人が集まるところ
即ち喧噪!うるさい、うるさい!大音量での話し合い。
 これ、日本でも有名でしょ。日本に来てる中国観光団の喧しさは
あちこちで目撃されるし、実際に近くで体験された方も少なくない。
日本に来ている極々一部の中国の人たちであんな音量だ。
これが、中国では当たり前だか全て中国人。と、どうなるか。
分かるでしょ。半端じゃない煩さだった。とりわけ、乗り物はこちらが
逃げ場がない。おまけにこっちはやることもないので、つい聞いちゃう。
 とりわけ、携帯電話が世に出始めた頃。日本でもそうだが、出始め
は高い。値段が。ってことは誰でも持てない。金持ち。持ってることが
金持ちの証明になった。金持ってることを自慢したい。そこで、携帯
を持ち出し、用もないのにかけるまくる。たまに向こうからかかって
こようものなら、そっからが大変だ。大音量で話は尽きない。更に
それが一人や二人でない。「ウェ〜ィ!」と、中国語では電話に出る
ときに言うのだが、日本では「もし、もし」というあれだ。日本と違う
のはこっからだ。日本だとそっからひそひそ話声になりそうなもんだが、
中国ではこっから更に音量が上がる。そして、長い。
 ・・・と、ここまでが以前の、これまでの中国。
 変わりました。中国だっていつまでも、あんなうるさいままではない。
それは、中国人が変わったわけですが、彼らが自発的に変わった
のではなく、あるものがそれを変えました。一変させた。
 中国人を変えたそれが、スマホ。智能手機。ヂィ・ノン・ショゥ・ジィ

 どうなっちゃた、かというと。こうなっちゃった。
この人たちのことを、低頭族 ディ・トゥ・ズゥ、という。
こうべを垂れてるから、この名前。納得でしょ。確かに、低頭族。
族だが別段、群れてるわけじゃないし、組織化されてもいない。
だが、数は多い。団結力はないが、いつでもかなりの数いる。
実は社会問題にもなっている。中国でも有名。
  ホラ、こんな人たち。

 スマホが、あれほど煩かった中国人を変えた。黙らせた。
地下鉄が静かになった。バスが。食堂が。駅も。
静かになった。
 でも、いいのかこれで。これはこれでまた新しい問題が。
煩いのは無くなったが、ちょっと気味が悪い。とくに、食事の場で
美味しいものを前にしてみんなが、それぞれ画面を凝視していて
誰も目の前のご馳走や、一緒に卓を囲んだ人と楽しそうにはなしも
せずにスマホをいじっている。おかしい。

  意外だった。一つは、中国人を黙らせるのは、あんな小さな器械
だったという点。
  そして、ある日から突然静かになった、という点。
 自分たちも不思議に思ってないのかしら。

  この「低頭族」のことは、函館日中のブログでも触れています。
 そちらもよろしかったらどうぞご覧ください。
  「今週の中国語・低頭族 ディ・トゥ・ズゥ」 2016年7月2日
エラー!

『辣椒ラー・ジャォ』辛いのはお好きです
 トウガラシ、誰でも知っている。唐辛子と漢字表記があるので、
これは中国(唐)と何ぞ関係があるのでは・・と思うのも普通。
 別に、南蛮と言ったり、鷹の爪と言ったりもしてます。
 その、辛〜いお話です。

  誰もが知ってるトウガラシトウガラシと言えばすぐに韓国のその
料理を思い浮かべる方も多くおられるでしょうが、どうしてこれが、
中国のトウガラシ消費量も軽視できません。
  中国で辛い料理、というと大概の方はその、マーボー豆腐とかへ
話が飛んで、それで有名なのは四川料理というのですが、こちらは、
川菜ツァン・ツァイと中国では呼ばれていて、確かに辛いことは辛いん
ですが、日本であまり知られてないのは、実は中国、この四川省に限らず
辛い料理各地にありまして、かつ、その辛さもなかなかのものです。
 そこんとこの認識を先ず新たにしていただきたい。
 四川の人に限らずですね、わたしの感じでは中国の人は結構辛い料理
がお好き。そしてその辛さもなかなかのもので、わたしたちの辛さレベルを
遥かに凌駕。「あんたらの辛い、辛いってるのなんて全然辛くないもんね」
ってくらいのが普通の辛さだった。
 つらつら思い出してみると、長沙という町で食べたあの料理、山東省でも
ふつうに辛かった、山西省だって辛いじゃん!と驚き、わたしの辛さ一番は
いまでも、四川省じゃなくて、というのは重慶のあの紅い紅い鍋もかなりの
もんだったが、成都の本場マーボー豆腐も確かに、辛かった。
  しかし、いまでも思い出すのは、わたしの中では、貴州省というところが
いま挙げた四川省の下側にあるんですが、ここの省都、貴州グィ・ゾォゥ。
ここでの辛さ思い出が断トツだ。
 それは、貴州について列車を降りた時から始まった。駅をでるとすぐ、
鼻を衝く刺激臭がした。それは直ぐに分かった。トウガラシの匂いだと。
それもトウガラシを油で炒ってるような匂いが空気中に満杯に漂ってた。
多分近くにそうした料理店でもあるんだろう。それも外へ思いっきり匂いが
逃げ出すような、或いは、故意に匂いを外へ出す、焼肉屋さんの匂い客寄せ
方式だろう、くらいに思っていた。ところが、駅を離れても、この匂い着いて
回る。バスで移動したのに、空気中のトウガラシ含有率が変わらない。
このあたりで、気づいた。そうか、この町は、町全体がこんな匂いなんだ、と。
 旅先の食事は楽しみの一つでもある。こっちだて平均的日本人よりは
幾らか辛さに強い、という自信があった。あったし経験もあった。油断だ。
いやいや、このあと入ったレストランで頼んだ料理は辛いのなんのって、
辛い。兎に角、辛い。不味くはない。味は好いようだ。が、辛い。
よく譬えに口から火が出そう、なんて言うじゃないですか、いっつから口は
ゴジラのように火を噴いて、腹の中が噴火、んん〜鼻も馬鹿になってる。
 注文した料理が出そろって卓にならんだら、ぜ〜んぶ紅かった。
視覚も火を吹いてた。いやいや、参りましたね。
 お願いですから、ドンブリまで紅くしないで下さい。

 地元の人は平気なんだろうかとフト、周囲のテーブルを見てみた。
家族ずれがいた。小さな女の子。多分9歳くらいの子が母親に料理を
取り分けて貰って食べてる。あっ!こっちと同じ料理だ。それ、辛いよ・・
と思って見てたら、彼女はへっちゃらで食べて、かつ、美味しい、何て
言ってる。おいおい、こっちのとは違うのか・・・?でも、あの紅さは同じ。
どうみても同じだ。んん〜流石地元の子は違う。また休まず箸を動かしる。
辛くないのだろうか。いやいや、辛いはずだ。絶対辛い。大人のわたし
だってかなり応えてるのに。女の子の口元は紅かった。
 と、ここまででもかなりの衝撃だったのに、その後わたしは更に衝撃的な
光景を目のあたりにして打ちのめされる。
 それは、お母さんが抱っこしていた、もう一人の子が起きたらしい。すこし
むずかる。彼女の弟だ。3歳か4歳。起き掛け、ちょっと機嫌が悪い。
ぐずった。と、その隣に座ってたお父さん。自分の食べていた麺をフーフー
して、あ〜ん!なんて言ってる。え〜っお父さん、その面、辛いですよ。
スープだって紅いのに、わたしは先ほどお父さんが更にその上にテーブル
の上に薬味として置いてあった、紅いものをふりかけてたのを見てましたよ。
 駄目ですよ、そんな辛いのをこんな小さな子に食べさせちゃぁ。刺激が、
強すぎでしょ。また泣いちゃいますよ、という心配を他所に、お父さん、
あ〜ん、子どもはちゅるちゅる〜と面を啜る。
 アレ??んん??大丈夫か??この子???
 いままで愚図ってたのも機嫌が治り、弟はニコニコしてる。辛くないのか。
辛いだろう、いや、絶対辛い。辛いはずだ。辛くないわけがない。
  どうなってるんだ。あの面辛くないのか。そうか、紅いけど辛くないんだ。
  ・・・ってんで、わたしもその面を追加注文して食べてみた。
 一口、口に運んで後悔した。辛い、お父さん、ダメだよこんなの子供に
与えちゃ。お父さんこれにまたふりかけてたんですよ。

 ・・・結論。辛さの嗜好も、どんどんエスカレートするということが判った。
つまり、アルコールと同じでわたしは、辛さへの対応力も腕が上がると
いう事を学んだ。
 あんな小さい時から鍛えてりゃ、そりゃ大人になったら少しぐらいの辛さ
じゃ物足りないとは理解できる。理解はできるが、賛同はできない。
 
エラー!

『中国的郵局 ヨゥ・ジュゥ』 中国郵便局事情
  郵便局はどの国にだってある。郵便制度がある限り。
珍しくもない。それぞれの国でその制度に多少の違いはあるが
基本は同じ。ところが中国!やってくれる。
中国の郵便局は、郵局ヨゥ・ジュゥと呼ばれ、更に郵の字
例の簡体字では、左の編の部分が自由の由で代用される。
そして、日本はだが、中国の郵便局のシンボルカラーは
ということで、ここの標題も緑色で表記されている。
  何?色がかぶって見ずらい?ガマンしてください。
 こんなんです。ビルに入ってたりします。

 さて、どっから書こうか。というのも郵便局に限らんが、中国は
凄まじい変化の中にあって、どんどん郵便局も変わってきている。
  先ずは、以前の郵便局。こえが酷かった。どう酷いって?
 局内は暗くて、愛想無し。やる気なしの職員。苛立つ人々。
人がやたらに多い→それを相手する職員は大変→中には郵便を
出したこともないなんてな人もいる→その人たちの相手をさせられる
職員→始めてで判らない人たちは教えて貰いたい→毎日そんな人が
大挙して押しかけるので、面倒だけが先立つ職員→勝手が判らず
時間ばかりかかる人たち→出来るなら相手もしたくない職員→
暗い室内で何がどうなのかも判らず彷徨う人たち→早く済ませて
休憩に入りたい職員→暗い室内→埃っぽい職場→待たされる時間
→何度言っても理解しないので苛立つ職員→怒ったように言われて
それが聞き取れない人たち→だから間違う→間違うとまた遅くなる。
不機嫌な職員が怒る→ → → ・・・ってな状況が以前の郵便局
内の様子だった。基本これの連鎖が何処でも毎日繰り返されていた。

 今でこそ、小包を差し出すのは段ボールに専用の送り状があって
それに記入すればいいようになったが、以前は大変だった。段ボール
も無い時代、白い布を使い郵便局の中で袋状にし、縫い合わせる
ってなことをしていた。郵便局で針仕事だよ縫物までしてた。
 ちょっと懐かしいかも。そんな不便さとは別に、理不尽な職員が
多かったような印象がある。サービスなんて全くて期待してはいけない。

 郵便貯金もやってはいるが、旅行者であるわたしには関係ない。
大体は郵便を差し出しに、ってことは切手を買いにやってくる。

 中国を旅していて、ちょいと小さな町の郵便局へ。こんな田舎から
外国へ手紙を出す人など稀なのはわかるが、外国郵便料金が判って
いない。職員はかなりいい加減で、わたしの思っている1・5倍の料金
を言ってきた。そんな訳はないちゃんと調べてくれ、それにこれは
観光用絵葉書なんだから、封書の値段とは違う筈だ!と言うと、
外国宛郵便料金は皆同じよ、とうそぶく。まぁいい、あんたを相手に
してると遅くなる。額面相当の切手を買い、自分で切手を貼って出そう。
自分が事前に調べた料金額の切手を買って貼って出そう、と。
外国へハガキ出す。××元××角でいいはずだ。切手をもとめる。
が、わたしの言った額面丁度の切手がないという。それなら何種か
組み合わせればいいだけだ。葉書相当額の切手はあるのだろうが、
なにせ外国(日本)宛なんで丁度のはないかもな、と思った。納得。
ところが彼女が出してよこしたのは、なんと!額面が小さい切手ばかり、
“角(元の10分の一)”の切手と更にその下“分(元の100分の一)の
少額切手ばかり。おぃオィ、それは無いんじゃない、そんな少額の切手
ばかりだと一体何枚貼らなくちゃならんのよ。考えてる?確かに額面が
小さいと切手も小さ目だが、それにしたってほら〜何枚もなっちゃうでしょ、
貼れないでしょうよ、このハガキには。それでなくとも外国(日本)へ出すので、
宛名欄が長いので余白がすくないんですけどぉ!これ貼っちゃったら、
宛名見えなくなるし。そう言った。目の前で切手をあてがっても見せた。と、
わたしの手から絵葉書をグィっと奪った彼女。やおら、ハガキを
裏返し、裏面に、切手を貼り始めた。
 あの〜絵葉書なんですけど、そこに切手をベタベタ貼られちゃうと
ですね、絵葉書の折角の絵がですね、同じ模様の切手だらけに
なっちゃいますよ。絵葉書ってのはその美しい景色を見せたいから
わざわざ買ったんですよ、それ。それに下の方に簡単ですが一言
書いて添えたその文にもあぁ〜かかっちゃってるよ。半分しか見え
ないじゃん。「・・・は、叉ね。」じゃ、何のことか判らんでしょうが。
しかも糊でそんなシッカリ・・・と、貼っちゃぁ・・彼女を見ていると
貼り終わった彼女は一言、「好了!ハォ・ラ」OK!と言った。
 すかさずわたしの後ろで待っていた男性が終わったらさっさと
譲れとばかりに肘で小突いてくる。
 ・・・実は全く同じ日本宛観光絵葉書をわたしはその時あと数枚
持っていたが、言い出せなかった。

  それがどうだ!変わった。室内も明るくなった。今年春に中国で
日本への小包を出したときなど、親切な窓口の職員もいて、彼にも
随分助けられた。本当に雲泥の差だ。ニコニコ対応してくれるその
彼とやりとりするうちに、不覚にも嬉しくて、涙がでそうになった。
確かに涙目になっていた。今思えば普通のサービスだったと思う。
エラー!

『機場 ジィ・チァン』巨大な飛行場が続々
唐突ですが、飛机と、書いてフェィ・ジィと読みますが、
これで「飛行機」だというは、中国をやられておられない方には
かなり衝撃的なようですので、最初この辺の説明からさせ
もらいますね。
 字の問題を先ず、片付けましょう。そう、中国簡体字の問題。
漢字を省略してる中国(大陸)では、簡略化したこの字を正字と
しています。ここで問題は、簡略化=省略だと、字の一部を簡略化
したりして、見たことのあるようなないような字が出現しますが、
それとは別に、中国語の音(読み)で画数の極端に少ない字があれ
ばそれを代用したり、篇や旁と組み合わせて、簡略化に努めている。
そこで、“幾”ジィと読みますが、これを同じ音の、“几”という字が同じ
で、これで代用している。実は日本の読みでも両方とも“キ”と読む。
こっからです。これが、“木”篇と組みあ合わさってもそのまま生きます。
ですので、“機”は“机”になります。ということで、“磯”という字も右が、
“譏(そしる)”という字も、右側は“几”の字で表記されます。これ、
前にも書きました。いちおう、復習ですね。
 戻ります。“机”は机ではなく、“機”ですので、飛ぶ机は、飛行機を、
机場は飛行場を表します。今回は、この機場のお話です。
 と、更にその前に。飛行場ではないが、飛行機に乗ると「慣れてる」
競争をしてしまう、と書いたのは「ショージ君」こと東海林さだおだった
と思う。つまり、飛行機に乗る時に、「オレ、飛行機乗り慣れてんだよな」
という態度をとりたくなる。隣に慣れていそうな人がいると、まるで、
競争のようになることがある。と、「ショージ君」が指摘してるように、
飛行場でもまた日本ではそんな人が多い。
 中国の飛行場ではこれはない。飛行機乗る時もない。彼らは逆に
初めてを楽しんでるいる。
 中国の機場は、近年その経済発展に伴い、劇的に変わってきている。
因みに、以前の中国機場、とにかく暗かった。夜に到着する便に乗って
間もなく目的地、機内から下を覗いても、かぼそい灯りが点々と灯って
いるだけで、街も明かりも暗ければ、滑走路を示す灯りが辛うじてテン
テンとあるくらいで、首都飛行場でさえ、これが??ってくらいの寂しさ
だった。電力不足だったんでしょう。地方都市の機場などは更に暗い。
そして、建物の中も薄暗く、人だけがやたらに沢山いた。最終便で到着
した時など、手荷物を受け取り、入管を抜けて、待合室を抜け、建物の
前に出たと同時に、機場全体の灯りが“バン”と音を立てたかの様に、
全証明が落ちて真っ暗になったこともある。
 それが、どうだ!今は、明るい。これは好い。広い、これは困る。
やけに広い。広すぎ!という事は建物がやたら大きくて、端の端の
搭乗口だと、おいおいこれってバスで2区位歩いてないか、と思わせる
位歩かされる。かなわん。空港デカすぎ。日本よりもズットデカイ。
 中国機場には、必ず給湯器、給湯場がある。これは機場に限らず、
中国人在るところに給湯器あり。機場も例外ではない。お茶よりも、
機場の給湯器は、方便面(インスタントラーメン)の為にあるようで、
そのせいかどの機場の待合室もいつも、あの独特のラーメンの臭いが
している。待ち時間が長いとなれば、ゲーム。それもトランプ。旅の
常備品としてトランプカードがあるようだ。まぁ、結局何処にいても、
彼らは楽しそう。食べて、飲んで、遊んでる。

 そんな広い広い飛行場を十分に堪能したことがある。香港新空港。
到着した時から、やけにはじの方に停まったな、とは思っていた。
機内から出て、歩き始めて、案の定、荷物の受け取り場所までが遠い。
遥か彼方。見えない。でもまぁ、この後取り立てて急ぎの用はない。
後は市内に移動し宿泊するだけ。歩く、歩く。漸く、先を曲がったら
手荷物受け渡し場所らしい。そんな掲示が見えた。と、
ここまで来て忘れ物に気づいた。場所まで分かる。品物は手帳。
座席前のポケットに入れたまま降りちゃった。金目の物ではない。
拾った方も何書てるか判らないくらいぐちゃぐちゃと書いてる。
取り立てて重要なことは何もないが、かと言って、個人情報満載の
あの手帳をそのまま、はちょっとまずい。必要なメモだってある。
どうしよう、戻るべきだろうか、と迷った。迷ったのは遠いから。
例の動く歩道エスカレーターの上を駆けるように戻る。まだあの
機はあのままいるだろうか。機内掃除の人が気づいてくれると
好いが。ハァハァ、言いながら戻る。長い長い通路。さっき降りた
ゲートが見えてきた。あれ?入り口を塞いでる。機内に入れない?
職員が居ないかと窺う。機内に入って行こうとしてやっぱり、入り口
で止められた。警備の人だ。事情を話す。慌ててるので、中国語も
しどろもどろ。待て!と相手が言った。自分は北京語が判らん、
という。同僚を呼んできてどうやら、何とか通じてる。
機内に入っていて確認してくれるようだ。好い人だ。好い人だが、
なかなか戻ってこない。中はまるで窺えない。暫くして出てきた彼は、
手帳は乗務員が見つけて既に空港カウンターに業務用連絡係が
届けてる、安心しろ!と言われた。好かった!と思うと同時に人間
心配がなくなると勝手なものでまたあの長い距離を戻るのか、と
少々ウンザリ。結論を言うと、手帳は無事戻ってきた。ありがたい。
その空港カウンターがこれまた遠くてこの日はよく歩く日だった。
空港カウンターの小姐は、わたしの息も絶え絶えなのを知って、
忘れ物を思い出したときそのまま手荷物受取場に来て、職員に
事情を言えば無線で連絡して簡単に片付いたのに・・・と、さも
わたしの責任のように言われた。確かに、わたしが悪うございました。 
エラー!

『快子 クァィ・ズ』 お箸の文化
最初にお断わりしときますが、題字の「快」の字に誤りがあります。
中国の、クァィ・ズの字には、「快」のこの字の上に竹の冠
乗っかってます。ここにそれを入力すると文字化けして見れません。
ですので、「快」の字で間に合わせます。実は中国語、「快」の字の
読みもクァィでして、上に竹が乗ったのもクァィです。まぁ漢字の
成り立ちってそんなんになってますからそう不思議はないですが。
中国が作った字です。もとは「箸ズゥ」と同じ漢字を使ってい
ものが、ズゥの音は「住ズゥ」(とどまる)に通じて好くないということで、
変えたらしい。そんなこと気にしない人たちだと思ってたのに。

 それらを押させた上で、箸は、中国語では「快子クァィ・ズ」。
お箸ですから、違いはないでしょ、とお思いでしょ。ところがこれが、
違うんです。基本は同じですよ無論。基本は。2本の棒を使って。
 と、その前に。お箸文化は我々この近隣アジアのみの文化。
もともと、人はその道具など使わず手があるんですから、手で食べて
いた。今でもいるでしょ。そうした人たち。そのあと、道具を使うように
なったが、その道具が国によって大きく違った。箸派は少数です。
西洋文化との違いが際立ってます。材質の違い。金属。しかも本数
多すぎ。ナイフにフォークのことですよ。何て使いづらいもので食事を
するんだろう、というのが今でもわたしの感想。更なる違いは食器を
手に持っちゃダメ、ってのが更に不便。そんな思いまでして食事したく
ないなぁ。ってことは、西洋の人は、われわれの箸をそういう目で見て
るってことでしょうか。でもほら、箸使いの上手い外国の方増えてます
よね。これは、日本人にだってナイフ・フォーク使い上手い人がかなり
いるから同じことか。まずその、西洋のナイフ・フォークとの違いを
際立たせておいて、さて、お箸の話ですよね。
 中国が最初かな、そして韓国、日本と伝わったとして、韓国はまた
ちょっと変わっていて今回は置いといて、もっぱら此処では中国のその
クァィ・ズですが、違いは箸の先の方が日本ほど細くなりませんよね。
手元の太さのまんま、くらいの太さ。長さもちょっと長いかなぁ。
中国のお箸。丸テーブル仕様かなぁ。素材は竹・木材は同じだが、その
種類は日本が圧倒的に多い。塗り箸も日本が凝りに凝ってる。一番の
違いはわたしは、中国の家庭では各人の箸を別けませんよね。多くは
みな同じような箸を使って、つまり食堂と同じですよ、洗ってその後は
誰が使ってもいい、ってな使い方。日本ではほら小さな子供の分まで
ひとりひとりに誰々の箸、マイ箸が決まってるじゃないですか。それが
ない中国。
 こんなかんじで、束になって刺さってる。
 もう一つは、箸とレンゲがセットってのが多くて、日本のように何が
何でも箸のみ、ってのとは違いますよね。日本では箸、箸さえあれば
それで何ても食べちゃう。味噌汁に匙なんてつかないもんなぁ。
 日本にあるような、お箸に関する作法的なものは中国にはない。
ない、と思いますよ。××箸ってやつですよ。最近は日本でもあんまり
言わなくなったが。迷いばしとか、ないなぁ中国。自由だ。自由すぎる。

? さて、このお箸、ナイフにフォークの国々の人たち、どう思ってるの。
丹麦ダン・マィ(デンマーク)の友人。中国で知り合った彼も言う、
「中国人や日本人はこれの使い方を学校で習うのか?」というから、
いやいや、学校上がる前に使えてないと拙いでしょ、学校上がって
からじゃ遅いし。「自分はこの学校(中国の大学)に入ってから習った」
しかも彼の箸遣いを見かねた担当の先生がつきっきりで教えてくれた。
だのにまだ彼と一緒に食事をしてるとその箸遣いは気になる。何せ
ポロポロよくものをこぼす。本人も「食事のあと疲れる」と言ってる。
「箸遣いを教える」モノが確かあった。子供の箸を使い始めにあの
確か箸の脇に輪っかのついた矯正用箸、あれだ、あれで習えば
いいんじゃないの。中国に無いのかなぁ。何処で売ってんだろう。
そこで、日本へ帰った時彼に子どものしつけ時に使う矯正用箸を
贈った。そして、暫く間があって、彼と再会。
一緒に食事をした。とても上手く箸を使えるようになっていた。
彼からあの矯正用箸を贈ったお礼があるものと思っていたら、ない。
あれ?しょうがない、忘れてんだろう、こっちから訊いてみた。
「あのクァィ・ズ駄目でした(不能用)」ダメってなにが駄目なのよ。
「東出ドン・ツゥ!あれ使ってたら指からクァィ・ズが抜けなくなったよ」
大変だったんだ!と言う。話を聞いて始めた気づいた。そう言えば、
矯正用箸は子供のしつけの為のものなので、子ども仕様だった。
ちょっと短いな、とは思ったが、指を入れる穴もなるほど小さいか。
指が抜けなくなり大騒ぎになって、その時撮った写真がこれです、と
その時の写真も見せられた。更にその時の傷が・・と親指腹を指す。
えぇ〜、ケガまでしちゃったの。ちょっとどんくさいんじゃないの。
・・・・哈哈哈哈ハァ・ハァ・ハァ・と笑って胡麻化したが、
彼は至って真面目な顔のままだった。怒ってるのか・・・・。
エラー!

『拉拉手 ラ・ラ・ショウ』 お手て繋いで
 「拉」の字は、日本でも読みは「ラ」ですね。しかも、意味で
引っ張る、の意味がありますよね。この字が日本で使われるのは、
「拉致」です。これ、やっぱり引っ張って行くの意味。
 中国語でも「拉」は同じく「引く」の意味、って中国の方が先なんで
別に不思議はない。中国のドアには「拉 pull」、「推トゥィ push」なんて
書いてます。この「推」の方もまた、日本語でも「押す」の意味がある。
「推進」とか「推薦」と言ってるのでも判る。
 話を「拉」に戻す。これ引くわけですね。ですから、「拉面ラーミィェン」
は、後ろの「面」が元々は「麺」でして、これ小麦を表してますから、
手延べの麺ですよね、ラーメンは。或いは、中国語で「拉客ラークゥ」
と言えば、客引ですよね、中国民族楽器に二胡アール・フゥってのが
ありますが、ああした弦楽器は弦を弾きますから、拉二胡と言います。
小提琴シャォ・ティ・チン(バイオリン)なんてなのも、拉ですよね。
 ということで、拉手ラーショゥは、手をひいて歩いてるそんな様子を
言います。最初の拉が二つ続いてるのは、音を重ねることで調子が
いいのでそうなってるだけで、一個でも全く同じで問題ありません。

  手と手を繋ぐ機会は、一番多いのは、子どもの手を引く時ですね。
或いは、子供同士で、お手てつないで、ってのか、大きくなってからは
恋人同士が、夫婦で、もっと先になると足元が危なくなって手を添える
ってな具合に、人間の一生は、その時々で手を繋ぐ相手を選び、歩い
ていると言っていいでしょう。

 その事に何の不思議もないでしょう。そして、手のつなぎ方に中国式
手のつなぎ方があるわけでもない。
 なのに、ここに取り上げたのは、やっぱり中国的なそれがある。
どう違うか、先ず、その年代が、大学生だったり、社会人一年生だったり
大体そんな若いころに、
 手を繋ぐ相手は、同性、それも圧倒的に女性同士。
 流石に男性同士ってのはあんまり見ない。これが男女での拉手なら、
世界中普遍的な恋人同士の様子と言える。
  一番目にしたのは、大学の構内かな。女学生同士が手を繋いで
歩いてる。駄目じゃないですよ、あぁ仲良しなんだろうな、とは思う。
そうは思うが、あっちにもこっちにもそんなのが居ると、あれ・・・何か
違うと思えてくる。
? 手を繋ぐ、仲良しだ。その事に異存はない。
この人と仲良しよ、ってことを周りに知らせる。その事にも異存はない。
手を繋ぎながら、手に手を取って、歩く。その事にも。
別にマナー違反でもないし、やっちゃいけないことでもない。
 でも、なんかなぁ〜。どっか変だ。
大人だよ。学生。同性。女性同士。校内。
二人が仲良しだってのは判るが、では一緒に歩いてる他の人たちは
どう思ってるんだろう。あるグループが、みな二人づつの組になって
手を繋いでるわけではない。その特定の二人は何なんだろう。
誰もがあの二人は、と認めた、公認なんだろうか。だったら、それは
何時から、誰が、どんな具合に、公認になるんだろう。
 思えば不思議なことばかりだ。
そう思って、今一度、そんな手を繋いで前を歩いている女性二人が
手を繋いで楽しそうに歩いてる人を、暫くボーッと見てたりしたら、
 何そんなに見てんですか?と、
こっちが怪しいやつのように言われた。
エラー!

『公交車ゴン・ジャォ・チゥ』路線バスの
 多分、中国語学習者の大概は、バスを香港では巴士バァ・シィ、
大陸では公共汽車ゴン・ゴン・チィ・チュゥと習った・・・はず。
 それで間違いはない。だが、普段中国の人たちがよく使ってるのは
こちらの「公交車 ゴン・ジャォ・チゥ」の方。
 主にその路線バスの方を指してます。

 旅先で実によく利用しますね、わたしは。
旅先なのによく路線バスに乗れますね、と言われることがあるが、
大概は初めての町ですから、そんな路線バスの路線など判っている
わけがない。早い話が、いいかげん、適当に乗っている。とは言っても
一応ですね、その町の地図なんかは求めまして、先にちょっと調べたりも
してるんですよ、これで。この地図の見方が他の方より少しは慣れてる。
これで要領がわかれば、そこそこ、自分の行きたいところへの路線は何とか
なる。何とかならないのは意外にその乗り場。
 これがそこそこ大変で、まぁ、わたしの場合歩きながら探ってる。
ひどい時などは来たバスに乗って、適当に遊んでるとこもある。なにせ、
路線バスだから、そうそう遠くへは行かんし、あんまり離れたようなら、降りて
道路を渡って今来た方角へいくバスを探せばよい。

  路線バスの旅が結構好き。
一つは、町の景色が間近に見える。車窓と街の景色が近い。
スピードがそれほど速くない。ゆったり周囲の景色を見ることができる。
乗って来る人たちを見てても面白い。その人たち会話も参考になる。
料金が安い。路線バスですから、思いっきり安い。遠くても知れてる。
バスは大型ですので、何か事故があってもまずまず守られている。
運転手さんが面白い。面白いとは限らんが、大概個性的。
何路線か乗ればもう大体その町の規模が判る。
時間によって乗って来る人たちが違うんで、それを見てても楽しい。
間違えて乗ってもすぐに引き返せる。最悪タクシーで戻ればいい。
観光地へは大概路線があって、その名所近くにバス停がある。

  これは利用しない手はない。
というより、わざわざバスに乗りたいが為に、出かけてことも度々ある。
車窓から眺める風景はとっても勉強になる。
 ・・・ってことで、お勧めですよ、中国での路線バスの旅。
エラー!

『穿鞋ツァン・シュェ』鞋と靴について
 先ず、日本語では靴と書きますが、これが中国語では鞋
書きます。両方ともあの出かける時に履くクツです。ちょっ
ややこしいですが、クツがなかったら出かけれません。
どちらにも、使ってない方の字も存在していますし、その意味も
同じ、履物であるクツそのものです。こっからがまたちょっと
ややこしいのですが、日本では、靴は足首の上まであるような、
いわゆるクツをさし、音読では「カ」ですよね、一方の鞋の方は
主に短いやつを担当し、音読では「アイ」で、短い代表の草
(わらじ)なんてなのはこっちを使います。ところが中国語では、
一般には鞋の方の字を使っています。「シェ」と読みます。
靴こちらの方の字もあることはありまして、「シュェ」と読まれて、
長めのブーツなんかはこちらを使用します。どうよ、ややこしい
でしょ。でもまぁ、どっちにしてもクツですから、問題ないか。
 隔靴掻痒グゥ・シュェ・サォ・ヤンってな四文字熟語(成語)が
ありますが、あれって靴の字を使ってますから、騎馬民族
はいていた長いブーツのようなものを言ってるんでしょうね。
前についてる穿「ツァン」の字は、クツをはく、という意味です。
日本語ですとこの「穿く」は主にズボンなんかの下半身を担当、
クツの方は「履く」と表記しますよね、これ、中国語では「リュ」と
読みまして、これにもクツの意味があるんですね、これが。
例えば、履帯リュ・ダィで帯状のはきものってことで、これで、
トラクターなんかのキャタビラを表す。どうよ、ややこしいでしょ。
 でもまぁ、どっちも革製品であるらしく、篇に革をとってますね。
 これくらいで、中国語の勉強は終わりにして、さて、中国の人と
クツの話です。
 クツに関する一番の思い出は、中国の人達は西洋の人達と
同じで一日中クツを脱がない生活なせいか、非常にクツを重視
というかクツ選びに慎重というか、そのせいで、中国の百貨店の
クツ売り場がそれはもう見事なほど売り場面積が大きかったのを
覚えてます。丸ごとその階全部が女性クツ売り場、その上がまた
丸ごと男性クツ売り場なんてなお店がありましたね。買う方もそれに
加えて熱心でして、かなりジックリ選んでましたね。それはまぁそれ
だけ粗悪品も多かったってことなんでしょうが。クツはですね、必ず
誰もが買いますよね、更には、成長過程なんかだと始終買い替えが
必要、そうでなくともある意味消耗品、ということで、作る方も儲かる。
さしたる設備投資もなくクツ製作会社はできる、ってんでどんだけ
あんの!ってくらいクツの種類があったようですよ。
 クツを脱がない生活に関しては、2013年10月号「洗脚シィ・ジャォ」
でも書きましたが、これで結構大変なんです。
 それで、中国の方が日本へ来て一番まごつくのは、どこでその、
クツを脱ぐのか、という大問題ですね。クツからスリッパへ、さらには
大浴場なんかに行くとそのスリッパも脱ぐ。日本人は床に段差があれば
クツを脱ぎますね。中国の方には「ここで」という表示をどっかにして
あげないと、なかなか分かりずらい。
 日本の暮しは、特にちょっと前までの日本家屋には、玄関に必ず
段差がある。一段上がるんですね。あのような段差は中国にはない。
バリアフリーってんですか、平ら。兎に角、日本の方は普段からそう
なんで、機会あれば脱いでやろう、と思ってるんですが、中国の方は
最初から脱ぎ気がない。
? 友人からこの問題で相談があった。どうやったら中国の方に脱衣所
までスリッパで入らないように気を付けて貰えますかね、というものだ。
わたしは、それって簡単そうで意外に難しいんだ、ってなことを言った。
習慣にないことをするのは難しいものだ。中国のクツ生活を説明し、
日本のホテルのスリッパの半端な位置にも触れた。ローマと習慣は
一日して成らず・・とも言った。彼の反応は、なんだなんの策も持たない
のか、といったような見下げた感じが見えたので、つい、こっちもムキに
なって、先ず脱ぐところ、脱衣所と廊下の完全な色分けをする。
段差があるなら、その位置に、「脱鞋」の表示を。その辺りに替玉の
スリッパをわざと置いとく、或いは絨毯に足形をデザイン、そこで脱いだ
なら何か特典があるってのがいいんですけどねぇ〜とまで冗談めかして
返答した。多分無理だろうなぁ〜と思いながら。
 後日、電話がきた。案の定、色々やってはみたが、多少良くなった
くらいで・・・と暗い声だった。かなりわたしの評価も下がったようだ。
 頼みますよ、中国旅行客のみなさん、スリッパをずっと履きっぱなしに
しないでください。
 こういう場所がないんですよね・・・中国には。
エラー!

『寵物 チョン・ウー』ペットを飼う
ペットを、中国語で「寵物チォン・ウー」という。
これって、寵愛する物、と言ってんでしょ。これねぇ、これで間違はない。
でも、その〜寵愛って・・・、本来その・・・、上下の関係が出ますよね。
出ていいのか、相手は小動物なんだから。上目目線だよね、これ。
 日本語では、愛玩動物だよね。これはまぁ、可愛がって愉しむって
んでしょ、これはまぁ、同じくらいの目線ですよね。そんな、目線何て
気にしたこともないでしょ。ないですよね。いいんですよ、それで。
 でも、意外にもこんなところにですね、物事の核心はあって、じつは
この目線の違いに、そのまま如実に両国のペット事情の違いがある。
?更に言うなら、この養ヤンの使い方がまた絶妙。日本語のこの飼う
の飼スの字もあるんですよ。あるが、こちらは中国語では家畜にのみ
使われ、それとペットは別けましょう、ってんで、養ヤンになっている。
因みに、ニンゲンの子供も・・・ってそれは日本も同じか。

 中国のペット事情は、これまた、その時代を抜きには語れない。
大きな違いは、その住まいにある。取分け都市部ではみなさん、
高層住宅にお住まい。加えてその頃中国の暮らしはそんなゆとりが
なかった。つまりはこれまでは二重にペットを飼う条件が無かった。
 住宅事情と経済事情の双方を満たすペットと言えば、当然小型の
もので、かつ、音の問題も解決できるものに限られていた。
 金魚とか、亀とか、コオロギや、最高に頑張って、小鳥だった。
小鳥のあの大きさ、小鳥のあの鳴き声、が大きさの限界だった。
 そういえば、朝の公園でよく鳥かごをぶら下げてやってくるご老人
なぜか、男性が多かった、とお会いしたものだ。
 あの竹製の鳥籠も懐かしければ、決まって鳥籠に被せてあった、
あれは何というのか鳥籠全体を覆うカバーもまた、今はもう見ない。
ペットが褒められれば今の今まで気難しかった飼い主の顔が綻びる
ってのは今も昔も同じで、それまでは怖いおじさんかなと思ってたら
途端に愛想を崩し自分の飼ってる鳥の鳴き声を褒め、自分が如何に
心血注いでいるかを話し始めたら終わらなかったことがある。
 ペットの要因の一つのとして、連れて歩ける楽しさってのがあるん
どうろうな、ということは想像できる。飼えば実感もできる。

  ってんで、数年前から中国のペット事情も大きく変わりました。
急激に犬や猫がその対象となり始めた。実は以前は全く別
観点からの問題、狂犬病とか伝染病などの問題もあるにはあった
ろうが、ペット側の事情というかそちら側からの変革もこれあって
中国ペット事情は急激に犬が増えた。それって、家の中でも飼える
小型犬やペットフードと同時に何より大切なのは人々の暮らしに
余裕が生まれたことだ。それなくしては成り立たない。
 つまり、中国のペットは余裕の象徴だと言える。
 もっと言うなら、このペット事情からペット産業が芽生え、今や日本
のそれを凌駕する、ペット専用美容ってな分野まだ出現。
 この点でも中国の変化、変革は目覚ましい。

 となれば、自分に余裕があるところを見せたいばかりに、大して
飼いたくもないんだが、見栄の為に飼っちゃう、って人達まで出現。
これ見よがしによく街を闊歩したりしてます。それにこれって各国
共通だと思いますが、ペットを飼ってる人は自分のペットに甘い。
甘いとどうなるか、遣りたい放題ってんですか、身勝手。多分相当
あちらこちらで問題にもなってると思いますよ。

 ペットで思い出すのは二つ。
一つは、某大きな町の駅前広場、何時でも沢山の人が行き来してる。
今は取り締まりも厳しいだろうが、その頃は、段ボールに入れた子犬
を連れてしゃがみこんでいる人が。周りには人だかり。どうやら、あの
犬は売られてるらしい、と気づく。近づいてみて見ると、確かに。売値は
交渉次第らしく、盛んに若いお嬢さんが欲しそうに黒い可愛らしいのを
手にしている。交渉は難航してるらしく、お嬢さんは何度も何度もその
子を抱きしめて・・・と、彼女の手に黒い色が。んん・・・どうやらこの犬
染められて黒になってるらしい。いいのかぁ、それでも。まだ値段交渉
してますけど。遠い昔のお祭りの日のヒヨコを思い出した。
 いま一つは、某地方都市、ほぼ田舎。その田舎の味わいが最近に
なって見直され、一部人気になっていてわたしもこれに魅かれてやって
きた。鄙びた好い感じの佇まい。宿も民家を改築したような小さなもの。
周囲さほどない一画が観光として辛うじて栄えている。朝、散歩に出た。
まだ早い時間。向こうから誰かやってきたな、と思った。路は狭く両側は
古い町並みが続いてる。近づくまで全く気にもしてなかった。遠い頃合い
の時はペットを連れての散歩だろうと見当をつけていた。徐々に近づき、
犬だろう思っていたペットが予想以上に大きいので、んん!と思ってると
どんどん近づいてきた。大きい!それも少しぐらいでない。大きい。
でも犬だ。いや、ん!やっぱ犬だ。しかも二匹。何て種類だろうなんてな
ことはどうでもよかった。あれとすれ違うのか、と思うと急に怖くなってきた。
大きいんだ。路は一本。しかも狭い。今更戻ることも出来ない。どんどん
向こうは近づいて来る。女性が一人、犬二匹。女性が扱えるような大きさ
ではない。大丈夫かぁ。犬の荒い息が近づいてきた。わたしはと言えば、
路の脇にある家の壁に貼りついたようにして息を潜めてやりすごそう、と
していた。一応手綱はつけているものの、何せこの路は狭い。狭すぎ。
こんなに朝の散歩に出たことを後悔したことはない。恐怖だった。
ウ〜と唸り声をあげる二頭の犬。ナントか!と飼い主が言うが、こっちは
早く行ってくれ〜と祈るばかりだった。
 後日、この日の夢を二度見てうなされた。三度もあの犬たちと会ってる。 


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