月刊・私の見た中国 目次

エラー!

『 出站口 ツゥ・ヂァン・コゥ 』 駅への出口
          
 中国を旅していて、かつ、列車での旅の時にフト、思った。
旅先で、列車が目的地に着き、やれやれ、着いた、着いたと
口々に乗客たちが席を立ち、荷物を手に、列車を降りる。
 ここまでは、日本の風景と全く変わらない。
が、ホームを少し進み、改札口へと向かう。その時ですよ、これに
気づく。あれ、ここでもそうなんだぁ〜・・・と。
 地方の駅、といっても中国は小さな町でもそこそこ人口はあるし、
わたしが目指す観光地に近い駅ともなれば、そこそこデカイ。
 そうだとは思うが、何故かこれが多い。多かった。
駅へ、駅の改札口へと人々は向かうわけですが、日本だとほら、
とりわけ地方の駅や、中都市であっても、その先には階段がありますよね。
 その階段がない!
 大きな違いは、上ではなく、下を通るという点にある。
日本は上、跨線橋ってんですかね、読んで字のごとく、線路を跨ぐわけですよ、
跨ぐんですから上ですよね、上。これを言ってます。
中国では逆、下、ですんで、地下へ降りていきますね、しかも階段ではなく
だんだら坂になっていて、あの例の、コロコロ引っ張ったり押したりしている
荷物をそのまま、ガラガラと転がしていけるようね、スロープといいますか、
坂になってます。これが多い。これを下、と言ってる。
  それが、何か??
と、お思いでしょうが、これがいつも思うのは、日本も中国式にして貰えない
かなぁ、と思ってますね。
 あの、旅行用カバン、とりわけ、海外旅行のちょっと大きめのやつ、
あれをもって、日本のような跨線橋を渡るのは結構つらい。なんせその
お判りでしょうが、跨線橋は当たり前ですが、列車の上を通るのでその
高さがあって、階段の段数にしたらどれくらいなんでしょ、早い話が大変。
 それが、その中国式地下通路方式だと、まぁその強度何かも計算し
とるんでしょうが、そんなに下がらなくともいいのと、何といってもいいのは
階段でなくだらだら坂になってますんで、荷物を転がして行けるところが
ありがたい。
 加えて、中国のほうが、その階段でない分といいますか、概ねその、
降り立ったホームの幅のまま下へ降りていきますので、広い。一斉に
降りた人たちが並んで先へ進める。
 これにしても貰えないかなぁ・・・といつも思っているのと、
意外にこれをわざわざ紹介する人もいないようなので、ここで取り上げた。

  長い列車の旅から解放され、やれやれやっと着いたぞ〜って時に、
あの跨線橋の階段を上がらせられるのは、ちょっとね。
エラー!

『 司机 スィ・ジィ 』 タクシードライバ
 前に中国のタクシー事情について書いた。
今回はそのタクシーを運転する人たちにのことを紹介。
この職業もまた、どの国にもいる。必ずいる。
先ずその、運転手という意味で、中国語では司机スゥ・ジィという。
実は後ろの”机”の字は中国簡体字でして、実はこの字は”機”の字。
前の”司”は文字通り、つかさどる、操作するの意味がありますので、
機会を操作する人から運転手を指してます。本来はその前に更に、
出租汽車ツゥ・ズゥ・チィ・チューというのも付けたかったんですが、
長くなるし、まぁ、その、代表はタクシードライバーだろうということで、
話は進む。

 古くは、タクシー事情そのものが酷かったなぁ、中国。これで料金
取れるの、ってなボロボロ車。しかもメーターなし。料金交渉制。
って頃から乗ってますが、全体の印象として、中国の司机たちは、
話し好き。これ、日本と対照的でしょ。日本の運転手さん達は概ね
無口、というか、この人たち機嫌が悪いのか、ってな人が多い。
 タクシーに乗り込む、行き先を告げる、発車する。ここまで無言、
が日本式。
 中国では、タクシーを停める、行き先を告げる、乗せるかどうかを
向こうが判断、乗り込む・・・とすぐに向こうから質問攻めにあう、が
中国式。
 何をそんなに話すの?ってことですが、大体わたしの場合はですね、
行き先を告げたその段階で、あれこいつ地元のやつじゃないな、と
向こうは推測。合ってます。だってわたしの告げた行き先は概ね
観光地だったり、ホテルだったりですし、こいつ旅行者だなぐらいは
ど素人の運転手だって判るだろう。そこまでは、いい。
 こっからだよね。こいつ、どっから来たんだ、とのアタリをつけて、
訊いてくる。旅行でしょ、ってから、そりゃまぁ、そうよ、と答えるよね。
つぎは、当然、どっから、となる。北から、とか、南から、とその都度
適当に答えるわたし。こっから、次々と、時に質問攻めだったり、
運転手さんご自身の個人的問題だったり、時に、ラジオから流れる
時事問題に関する御託宣だったり、いま今乗った変な客の話題、
道路事情、話は尽きない。
 運転手さんが勝手に話してる分にはまだ好いのだが、困るのは
質問攻めの人だ。このタイプも多い。旅行者を捕まえたついでに
情報を仕入れようってな勉強熱心な人も多い。困る。
 それはまぁ、個人的に困ってるが、そんな話をしながらも、右に
左にハンドルを切り、クラックションを鳴らし、相手に毒づき、
話は止めない。もっと運転に集中してよ、と思うが、そんなのは
彼の眼中にはなく、俺の質問に答えろよと、ばかりに、こっちを
向く、ですから、運転に集中してくださいよ、と思うのだが、話はまだ
終わらず、「お前はどう思う?」ってなことを言ってきたりする。
わたしよりも、運転・・・と思いながら、手に汗握ってるわたしがいる。
           
エラー!

『 口 ダォ・コゥ 』 切について
 世にですね、”世”というのは、日本のことですが、その”世”に
中国について書かれた本が想像以上に多い。
まぁ、皆さんそう異論なく、多いだろうな、とは思っていただけていると
思いますが、皆さんがお思いになっているその何倍も実は多い。
実はわたしの家もそうした本で溢れてますし、まだまだ増えそうな気配に
ちょっと恐怖すら感じています。
 それらは、単なる中国の紹介だったり、旅の本だったり、その歴史、
小説、経済書、ルポ、留学記、今今の問題を扱ったもの、等等等、
その量は、他のどの国のそれをも圧倒して量が多い。
 なのに、それでも書かれていない事はあまたあるし、知りたいが誰も
書いてない、取り上げていない問題がこれまた多くある。
 世に鉄道ファンは多い。その関係の本も。更にファンには、ノリテツとか
トリテツ、とか分野別ファンが分かれて存在するというのもお聞きした。
 そんなにファンが沢山いるなら中国に関する本もさぞかしと思いきや、
外国の鉄道を扱ったものとしては量的には多いだろうが、概ねそれらは
旅のついでの、交通手段としての鉄道に、その乗り心地に、車中の風景に
触れたものが多く、ちょっと突っ込んだ問題は取り上げていただけない。
 ということで、やっと今回の主題に入りますが、踏切の話です。
 まぁ、日本でも別段踏切高だけ取り上げてそれを論じるなんてな人は、
そういないか。そうだよね。いないよね。
 中国でですね、お気づきにというか、誰も書かないので敢えて書きますが、
この「道口ダォ・コゥ」ってのが極端に少ない。
 ある時そのことに気づいて、アレ?どうなってんだ?と思い、それからという
もの中国で列車(火車フォ・チュゥ)に乗るたびに気を付けている。
その結論。少ない。ほとんどない。

 何故そうなるか。どうしてそんなことになってるか、をこれから申し上げる。
結論、それが無いようにしているから。簡単でしょ。だから少ないんだ。
まずその〜都市部では特にですね、もともと中国の大都市部はその街中
を日本の大都市のように、国営(今はないか)私営の各社鉄道、この場合
電車ですが、町を縦横に走ってますが、これが中国はない。電化は最近に
なってされてますが、私鉄はご存知のようにない。更に、都市部に入る
鉄道は出来るだけ町の真ん中ではなく、それぞれの町の中心部から円を
描いたその外枠の位置に置いて、東西南北に出る必要に応じそれぞれ
方角別に駅を置き、列車は都市の中に出来るだけ入らない走らないように
している。それだって道路は跨ぐでしょ、って話ですが。おっしゃる通り。
跨ぎます。ですから、跨ぐんですね、車が下を潜るか、上を通るかして、
踏切は作らない。多いのは都市部が近づくと列車は概ね高架式の所を
走行し、最後の最後駅に近づくと、駅そのものは高さがありませんので、
駅ホームに入るときにやっと地上に降りてくる。では、人間は歩行者は
どうするかというと、同じように大体は線路下を通ってる。踏切はない。
いやいや、ない、は言い過ぎか。日本のようにはない。
 これが都市における踏切事情。
 わたしがもっと不思議なのは、都市を離れ、延々と走るわけですよ鉄道は。
日本だとほら、ちょっとした地方都市が近づくと踏切の数が増し、
車中でもあの、「チン・チン・チン」というか「カン・カン・カン」というのか
あの郷愁を誘う踏切の信号機の音が・・・ない。ん、越えないのか線路を。
そんな訳ないだろう、中国だって、線路が出来たら自分ちの畑は線路の
あっち側って人や、毎日のお務めは線路を渡って向こう側、って人。
 いるはずでしょ。いて欲しいなぁ。そんな人が横切る踏切。
 ところがですね、かなり注意して乗ってるんですが、これがなかなか無い。
ってことはあれですか、中国の鉄道ってそんな人も歩かんような、外れ
を走ってるってことですかね。未だに謎だなぁ。
 中国の知人にその点を正すと、答えはありますよ、とそっけない。
そりゃあるでしょうよ。わたしも無いとは言ってない。だからそれが日本と
比べて極端に少なくないですか?と言うと、そうね、と答えは簡単。
日本は狭いから、と簡単に片づけられた。
 みなさんも是非中国で列車の旅をされたなら、この文を思い出して、
わたしに報告してください。報告をお待ちしております。
エラー!

『 魔的 モォ・ディ 』 オートバイタクシ
 中国でもこれ、ホントウは?禁止されてるらしいですよ。
オートバイ・タクシー。早い話が、オートバイでタクシーと同じように
客をひろって、送り届け、お金を頂戴する、ってわけなんですがね。
仕組みは、至って簡単。でも、乗ってみればわかるがかなり危険。
 ちょいと最初に戻りますが、この「魔的」は訳が正しいかどうか怪しい。
正式名称ってあんのかなぁ。これって単純に、中国語のオートバイ
魔托車モゥ・トゥォ・チュゥと、タクシーを皆にも人たちは士ディ・シィ
言ってますんで、二つくっつけけて、「魔的」としました。
 時々このように勝手にというか、適宜というか、コトバを作ってますが、
仕様がないよね、だって日本にそれにあたる単語自体がないし、
中国だって、先に書いたようにこんな違法なものにちゃんとして名前が
最初からあるわけでもないし、多分ですが、普通は中国の人だって
こんな単語は使わずに、「今日はバイクで行く」とか「バイクをつかまえて」
ってな話をしていて、それって普通に「魔托車」「バイク」なんですが、
その時点でその「魔托車」は、勿論自分のバイクでもなければ、普通の
バイクじゃなくてですね、料金を払ってのる「バイク」の意味で使っていて
そこはホラ!その時は「バイクで・・・」って言えばもう即このバイクタクシー
を指してるわけでして、ですので、単語としては「魔托車」でいい。
 ところがですね、ここで話題にするその、よく客を待ってるようなバイクは
普通のバイクとは違いまして、タクシーなわけですね。だからって「タクシー
に乗って・・」って言っちゃうと紛らわしいでしょ、タクシーは別に在るわけだし。
だからわたしが、中国の人に、ホラあのよくバス停なんかで客を待ってる
バイクの人たちいますよね、あれって、中国語で何て言いますか、と尋ねると
わたしの指したものは直ぐに理解していただけるが、ハテ?あれ何と??
となると明確に答えてくれる人は少ない。誰もが知ってる。誰もが一度位なら
利用したこともある。利用しなくとも絶対見たことはある。中には知人にその
お仕事の人がいたり、アルバイトでやったことがある人だって。
 なのに、それなのに、正式名称がないって、それって冷遇しすぎでしょ。
それはあれですか、違法だからですか。でも、でも、あの「魔托車」はかなり
早くからあって、みんな普通に利用していた、違法でない時代だってあった
はずですよね。
  ということで、その呼び方だけでこんなん独り盛り上がってますが、
あのバス停や、繁華街や、ちょっとした大通りのあちこちでバイクを止めて
何をするでもなく客待ちする人たちの様子は、今でも中国で見える。
 ってことは利用者はまだまだいる。但し、皆さんに利用するのはお勧め
できない。止めといたほうがいい。いや、乗っちゃダメ。
 一つは、もうお判りでしょうが、危険。バイクですからね、何かあると、
例えば転倒しても生身の人間ですからその受ける被害が大きすぎる。
かつ、タクシーですからして、バイクであってもこれを運転する人たちは
効率よく稼ぎたいのか急ぐ、やたらスピードを出す、危ない。
それでなくとも中国の道路状況というか交通状況というか・・・判るでしょ。
 二つ目。料金メーターなどないので、目的地を告げてからは値段交渉。
交渉力がないなら、結構高いこと言わるんで、そんなら最初から普通の
タクシーに乗ったほうがいい、ってことになる。どんだけ安上がりにできるか
はあなたの交渉力、つまるところは中国語力にかかってる。どうです、
それでも自信ありますか。敵というかバイク運転手側は毎日客を運んで
るんでどうしてなかなかしたたか。多分負けます。もっと言えばボラレル。
安くもなく危険、それなのに敢えてそれに乗るのはお勧めできない。

  わたしの経験はこうだ。値段交渉時は、絶対!往復でこれこれの値段
と乗車前に交渉。交渉成立。乗りました。相変わらず怖い、怖い、カーブも
もう少しスピード緩めてよ、何度も自分は急いでないんだ、と言ってるのに
バイク自体をかなり傾けてカーブを曲がり、更には街ではスイスイ〜ってか
かなりきわどい技で車の間を縫いながら走る。ハラハラドキドキ、はタクシー
以上の味わいたくもない臨場感。目的地に着き、用を足し同じようにハラハラ
ドキドキで生きた心地もせずようやく戻ったら、ちょいと戻る地点を最初に
乗った場所から移して指定したら、降りてお金を払う時点で、最初の約束は
反故に。往復といったのに、乗った地点と降りた地点が違うんだから、往復
プラスここまでの料金を払えという。かつ、かつですよ、乗車中に振り回され
て一度しっかりあご紐を締めてなかったんでヘルメットを落としちゃった。
ヘルメットに傷がついたからその弁償も払えと、傷だらけのヘルメットを
目の前に差し出して交渉。どれが今できた傷なんだかどれがいつの傷
なんだかヘルメットは傷だらけ。結局は、最初に乗った場所からちょっと
ずれた降車地への代金と、これまたどれなんだか分からない傷代とを
併せて、先の交渉額にちょいとだけプラスして払わせられた。
 そっからは、もう二度と乗るまい!と思ってはいたが、その後も数度、
それはタクシーがつかまらず、急いでいたんで止む無く乗ったことがある。
 いずれの場合も、どの例をとっても、お勧めはできない。
  まぁ賢明なみなさんは乗らんとは思いますけどね。
エラー!

『 汽車 チィ・チュゥ 』 マイカーを買う
  中国の人の車の買い方というかお好みの車というか車に対するこだわり
というか、やっぱちょっと違うよね・・・と思ってることがあって書いておこう。
 おっと!その前に、この表題の「汽車チィ・チュゥ」ってのが、中国では自動車
のことでして、日本語での汽車=列車は「火車フォ・チュゥ」ってのはご存知?
ですよね。
 ってことで、早速、そのクルマの話題に入っていきますが、最初にお断りして
おきますと、個人的には殆ど、いやいや、全然、全く、クルマが詳しくないですし
あんまり、まるで、殆ど興味も無くて、ということは、よく知らない、クルマに関する
知識もない、興味ない、考えもない、そんな奴が語っていいのか?って話ですが
まぁ、そういうまるでの門外漢だからこそ、見えるところだってないわけではない
でしょうから、ちょっとお付き合いいただくことにしましょう。
 先ずその、交通事情から言うと、日本と反対ですね。右側通行ですのでハンドル
は左ハンドル。あとは同じか?見た目はね。詳しくは違うところもあるんだろう
が、ホラ、先ほど言ったように早速ですが、わたしは詳しくないんで・・・。

 その目につく大きな特徴は、デカイクルマがお好きですよね。
一様にちょっと大ぶりのって言うか、ガタイのデカイ、多分知らんが排気量も
デカイくるまが売れてるようですよ。
 ですから、ちっさいクルマ見ないもんなぁ、滅多に。なんで?確かに中国
北の方の人たちちょいと日本人と比べてもガタイがデカイ、でも、南の人たち
なんかほんとすぐ親戚の誰かと間違うくらい同じような背丈の人多いのに。
 多分これって身体的そうした問題ではないな。カネか?でも経済性で言った
らば小さなクルマでも・・・。ってことは見栄かぁ?どうせ買うならデカいやつ、
ってのは日本人の今の感覚で言うと、新しい液晶テレビを買うのに部屋に
合ってないデカイやつ買うあの心理かなぁ。日本の住宅事情、取分け若者の
そんな1LDKの部屋にド〜ンと最新××インチ!的なを買う心境ですかね。
 しかも、隣はアレを買ったからうちは更にデカイやつなんて、競ったりして。
日本のマイカーブームが始まった、昭和のあの時代、こんな傾向はなかった
なぁ。なんだろこれ。庶民が買ってないってことですか。大金持ちか、大金持ち
風?の人たちが今、中国ではこぞってマイカーを買ってるんで、だから見栄
張っちゃってるんかなぁ。とりあえず、デカイのが売れてるようです。
 これってあれでしょうね。車が自分の地位を示してるという呪縛の中にまだ
いるからでしょうか。まぁ、日本でもそうしたところは多少ありますが。

 次、クルマの中ですが。大型車にはやっぱ、座席シートは革張りがお似合い、
ってことでしょうか、シートは革張りがお好き、ってか革張りばっかでしたよ。
どうも布製シートだとハクが付かないようでして、デカクて革張り。
日本だとどうなんだろ、革張りシート。高級感はそれなりにあるでしょうが、
そこにそんなにこだわる人は少ないように思うのはわたしだけ?

 更にもう一点は、もっと個人的視感が強いので、必ずしもこうないかも。
どうもその、サンルーフのクルマがお好きなんじゃないかと思える。
しかも、南の日差しの強い地方でその傾向が。屋根が開くってのはそりゃ
まぁそれなりに意味はあるんでしょうが、南のあの強い日差しの中、上から
の日差しは却って熱いんじゃないの、と思うが人気のようでしたよ。

 ということで、総じて言えることはまだまだクルマが本来のその移動手段
という目的以外で評価され、購入されてるようにわたしには見えましたね。

  そうだ!クルマ話題でいうともう一つ。
嘘か本当か、北京で車が増えすぎて渋滞が酷くなりその規制に乗り出した。
偶数日にはナンバープレートの末尾が偶数の車のみ乗り入れることができ、
奇数日は当然その反対になる。これで、どうだ!市内に乗り入れる車が半減!
と期待した。
 ところが、結果は、中国の金持ちたちは、奇数日と偶数日に備えて、車を
2台買って用意したので、逆に車が増えたという話を聞いたなぁ。
エラー!

『婚礼車隊フン・リィ・チュ・ドィ』婚礼の車列
 前に中国のこの話題、結婚に関して「裸婚ルォ・フン」書いた。
こちらの2011年7月号も併せて読んでいただけるとありがたい。
何故、その「裸婚」が話題になるかというと、つまりはそれは、余りに
華美に贅沢に流れた近年の中国での結婚式への対立軸としての
「裸婚」だったわけで、それくらいちょっと目に余る方向へ一時の
中国での結婚式は行き過ぎだろうと言われていた。
 それはどの国にも見られた傾向で、決して中国だけのものではない。
日本だって、一時、一体これは何なの・・・ってな派手な演出があったり、
無駄だよなぁ〜と思わせるものもあった。その時代がちょっとだけずれて
いるだけなんだ・・・ってなことを押さえておいて、

今月の話題は、中国の結婚式の中で、日本では見られないものの一つ、
「婚礼車隊フン・リィ・チュ・ドィ」を取り上げた。
 日本での結婚式、ここでは結婚披露宴って、結局とのころ会場である
ホテルだったり、最近ではそれ専用の式場であったり、その場でのそこの
演出に限られている。
 基本中国ではその結婚の当日ですね、その1日がまるごと舞台に
なっていますね。この点が日本とは違う。
 つまりですね、新郎シン・ラン新娘シン・ニャンを当日迎えに行く
そこのところからがもうわたしに言わせれば舞台というか演出されていて、
迎えに行き、迎えられ、式場へ向かう、そして新居へ・・・これらが全て
ひとつながりになっていて、演出されているというのが大きく違っている。

 その中でも今回取り上げたこれは、
新郎・新婦を乗せた車に次々と車が連なり、その車列が凄いんだ、という
お話をしたい。
 先ずですねこのクルマが大概は思いっきりの高級車。無論新郎新婦の
持ち物なんかじゃないですよ。借りものです。
 車列ってくらいですから、1台じゃないですよ。この主賓のクルマの後ろに
ズラ〜っとこう車が連なって、移動してる様は日本じゃ見ないなぁ〜。
無論車列出発する際には派手に爆竹ならしますよね。
 オープンカーってなのも結構目にする。しかも!超ド派手の色。
以前はクルマの後ろに、カンテラを引きずって走ってるのも目にした。
兎に角、街を歩いていて、突然やってきても一目でそれと分かるその車列
日が好かったり、特別の日などは、一日に何度も目にしたりもする。
 それを見て、アレ!今日は何の日だ?等と考えさせられることもある。

 わたしが驚いたのは、ある日、バスに乗っていた。わたしの席はバスの
一番うしろ。何故かバスがスピードをゆるめたな・・・と思っていると、
バスの中がざわついてきた。と、いつにも増しての派手なクラクションが
後ろから聞こえてきた。ちょうどわたしは最後尾席にいたので振り返る。
一番後ろのガラス窓一面に近づきつつある車列みえ、派手にクラクション
を鳴らしながら近づいてくる。あぁ、運転手はこれをバックミラーで見て
スピードを緩めたんだな、思っていると、ドンドンその車列が近づく。
車列の一番目には、この様子を撮影するための、カメラマンを乗せた車が。
その後ろの派手派手の高級車にはタキシード姿の新郎とウェディングドレス
姿の新婦の姿が見えた。結構なスピードだ。
 撮影隊のクルマは時に、主賓の乗るクルマのすぐ横を走ったかと思うと、
すぐ前をぶつかりそうになりながら走ったり、あっちから撮り、こっちら撮り
している。まるでドラマの中のクルマでの追跡劇を見てるような。
 それよりも、もっとわたしを驚かせたのは、この撮影をするカメラを抱えて
いる彼は、なんと、車の窓から半身以上を乗り出して、時に車から転げ
落ちちゃうんじゃないかと心配になるくらいに身を挺しての撮影。
 アレ、これどっかでみたことあるぞぉ〜・・・と思って暫く見ていたら、
思い出した。
 そうだ!日本だとあの選挙のときの選挙カーから身を乗り出してのあの
様子と同じだ・・・と。
 下の写真、判りづらいかなぁ・・・前の方のジープらしきものに乗ってる
人達が撮影隊、ここでも”隊”。ってことは一人じゃなく、何台ものカメラで
撮ってるってことです。この写真では向こう側に新郎新婦の車が。
 
エラー!

『救護車ジュゥ・フ・チュゥ』救急車が通
 どの国にもある「救急車」。その基本は変わらない。中国だって。
だが、違う点が幾つかある。先にそれを紹介しますか。
 一つ目は、これ結構有名ですけど、中国の「救急車」は有料。
近年、日本だって、救急車を余りに気軽にというか、自分の都合で
頻繁に呼びつける人がいるそうじゃないですか。まるでタクシー代わりに。
ってんで、もうそれ位ならいっそ料金取ったほうがいいんじゃない、
とのご意見も耳にしてますが、中国では先駆けて、料金制採用。
実はわたし、実際には中国の救護車ジュゥ・フ・チュゥったことがない。
ということで、その料金を払ったことはないわけですが、漏れ承るところ
によれば、何でも北京の「救護車」はタクシーなみに料金メーターが付いて
るとか。やるね。多分、遅延時間制はないと思うが。やっぱあの〜車を出す
時に、メーターをこう「空車」から「実車」にするみたいにカシャッとやるんです
かねぇ。乗ってる方も、あ〜あと何メーターか手前で止めてくれれば、料金
違ったのにぃ〜とか、思ったりするんですかね。
 でも、この点は最近はかなり知られるようになってはきています。

 二つ目、中国で「救護車」を呼ぶ場合は、119番ではなく、120番へ。
電話番号が、火事の場合は日本と同じ119番ヤォ・ヤォ・ジュゥ
言いますね中国語では。普段は1はイー・アール・サンのイーですが、
電話番号などの場合は、1をヤォと発音しますね。ですので、これまた
同じく警察への通報は、110番、ヤォ・ヤォ・リンとなります。
 早い話が、「救護車」の管轄が、「消防」とはなってないわけですね。
中国での「救護車」は、あくまでも医療機関の管轄にあるんでしょうね。
 日本だとほら、消防署と救急隊が一緒になってますが、中国は、
どうやら、救護車は病院の管轄内にあるようですよ。
 中国のドラマなんか見ていても、救急医療をテーマにしたドラマを見た
ことがありますが、病院の先生、ドクターが直接救急車に乗り込んで
現場へ。そして一緒に、病院の看護婦さんもその車に同乗。
現場ではどの程度の治療をするんでしょうか、よくそこのところは判らない
んですが、ドラマだと結局はまぁ、ドラマでなくとも、結局は病人は病院
に運ばれるわけでして、その救急車に乗ってた先生がそのまま手術室へ!
ってなシーンが多かったわけです。
 で、そこで疑問に思えるのは、ではでは、この救急車に乗る先生と、
病院にいて救急車に乗らない先生との役割分担というか、どこがどう
違っていて、どうやって勤務を分けてるのかはドラマでは不明。
 そりゃそうだ。ドラマの筋にそんなのは関係ないしね。でもその、この
救急車に乗り込む超お忙しの先生と、お供の看護婦との恋愛なんてな
設定もちょっと安易すぎないか・・・とは思ってみてました。

  結局、そこら辺の細かな区分がどうなてるのは未だ判らず仕舞い。
まぁ、中国で救急車のお世話になるようなことだけは避けたいなぁ。
 実車経験のないわたしですが、実際に目にしたので言うと。
中国の人たち、救急車が近くにきても道路を走っている車はよけない。
中国の救急車、ブゥ・ビィ〜的な音だったと思いますが、
だ〜れもそんなのが近づいても道を譲らない。普通に走ってる。
並走してる車も見たことがある。それどころか、交差点で邪魔してる車
も目撃!あれはいかんですヨ、あれは。右に寄りなよ!右に!!
エラー!

『暖気 ヌァン・チィ』 中国暖房事情
 先ずその、暖房のことを中国語では、暖気ヌァン・チィと言います。
日本語ですと、暖気は気象用語となりますが、中国語ではそちらの方は、
温暖ウェン・ヌァンと言ってまして、ちょいとややこしいですが、双方漢字を
使う両国の間ではしばしばこうした現象が起きます。
 もっと正確に申しますと、暖房は設備ですので、暖気設備スゥ・ベィと。
今月号取り上げたのは、中国のその暖房(設備)のことです。
 どこから説明すればいいでしょうか。日本と違うのは、個人の家の暖房
を各戸が賄うということはなくて、地域ごと、職場ごと、自治体ごとの集中
暖房方式です。
 想像がつきますかねぇ。中国の方の住まい方というか、住宅事情について
は他のところでも触れております、個別建ての住宅というのは少なくて、
概ね一般庶民は、高層の住宅に沢山の家庭が一緒に住んでいる。
日本の団地というか、マンションというか、あれの更にちょいと大規模のやつ
と思っていただいていいのですが、集合住宅住まいです。
 ごく偶に、別荘式だったり、逆に相当古い個別住宅をそのまま数家庭が
共同で使ってるなんてなのもあるんですが、それも含めてですね、中国では
これらの家庭の暖房は個別に、行うのではなく、企業体や自治体が一括管理
して、暖房設備を併せ持ち、それで暖を取ります。
 その多くは、その殆どは、例えば高層住宅で言うと、各家庭に暖房用の配管
がされていて、蒸気または温水をその菅を通して各家庭に送り届けます。
日本にもこうした設備がないことはないですが、そうそう多くはないですよね。
 これが、どうしてなかなか。
どう、なかなか、かというと。地域にもよりますよね、あの広い中国ですからして
激しく冷える、かつ、冬季間の長い地域もあれば、まぁまぁ・・ってな所も。
 その辺はその、多少はですね、各家庭に流す、温水の温度だったり蒸気の
温度を調整することで、ある程度は合わせることはできます。ですが、あくまで
ある程度は、です。
 わたしの経験から言わせて貰えば、中国の暖気はどうも物足りない。
わたしは北海道の人間ですので、北海道の各家庭の暖房設備は圧倒的に
石油ストーブです。現代では。以前は違いました。その話をするとまた脱線
しそうなんで、何を言いたいかというとですね、北海道の人は冬は家の中で
帰宅するとストーブを点け、温まるわけですが、これが色々種類はありますが、
そこそこ火力を上げて、ガァ〜ッ!とこう熱くするもんですから、実は冬季間
北海道の冬の家の中は、家のその断熱構造とかも手伝って実はかなり熱いの
であります。どういったら好いでしょうか、ひょっとしたら、部屋の中はその地域
の夏の気温よりも熱いのです。そりゃ、暖房のない部屋、帰宅前の部屋は
そりゃそりゃ寒いですよ、ですが、一たび帰宅しストーブさえ点ければこれが
どうして、南の家の炬燵の部屋よりは当然暑い。冬季、部屋の中は半袖、
ってな人もおれば、何故か外は零下〜度なのに家ではアイスキャンディーを
食べたりする。
 結論、そうした冬の暖かに慣れているわたしには、中国の暖気による冬の
部屋のなかは、何と申しましょうか、とても心もとない暖か、とでも言いましょうか
ぼ〜んやり温かい。寒さはしのげてますが、その、ガ〜ッ!!とくる暖かさ
がないので、物足りない。どこか寒い感じがいつもしている。
 中国の暖気はほぼ一日中いつでも、また、建物全体に入りますので、全体
がホワ〜ンと温かく、北海道の部屋のように暖房のある部屋は強烈に熱いが、
同じ家でも暖房のない部屋は寒い、というようなことはない。
 でも、その、あの北海道のストーブの前にいるような直の暖かみが得られず、
わたしはいつもどこか、冷や冷やとしたような、物足りない、いま一つ満足しない
暖房温度に着るものを一枚多くし、肩をすぼめ、寒そうにしていたもので、
北海道から来た、東出ドン・ツゥが一番寒がりですね」と揶揄された。
実際わたしは寒い寒い・・と言ってもいた。
 例えば、大学だと、大学の全ての建物を管轄する、暖房集中管理の建物が
あり、そこ一か所で、当時は石炭ボイラーで沸かした温水をこっから供給。
温水の配管はあらゆる建物の中を巡り巡ってまた、ここへ戻ってくるんだと
思う。だから、例えばトイレに行こうが、廊下の端っこの方だろうが一応暖房
は来てるわけで、ボヮ〜ンと暖かい。寒くはない、という程度には温かい。
朝早くから夜遅くまでそれはず〜っと続いていて、建物が全体が温まる感じ。
但し、自分で調整は出来ない。お任せ、ってやつだ。
 そう言えば、こんなこともあった。その年の暖房の入る日というか、多分、
毎年なんでしょうが、決められていて、流石に月は11月と決まってるから、
あとは×日が決まられていた。忘れちゃった何日だったか。とにかく、その日が
決まってるもんで、その前にどんなに突然の寒波襲来で寒かろうが、逆に
暖房を止める日も決まってるので、どんなにその頃はもう暖かろうが、暖房は
入る。止めることもできなければ、温度調整もできない。どうするか。
 寒いのに暖房がなかれば、皆、教室で外と同じ格好のまま防寒着を着込んで
授業を受け、逆の場合は、暖房が入ってるいるのに、窓は全開、となる。
 
 マンションのような、高層住宅も各家庭は、その地区で供給する暖気を受ける。
ですの、電気や水道と同じで、各家庭はその床面積に応じて、1平方メートル
当たり幾ら、と決められている料金をその暖房期間支払うこととなる。
電気料金や、水道料金と同じように暖房料金が徴収されるわけです。
なんでもこれを滞らせると、というかそうした家がこの集団住宅の中に一軒でも
あると直ぐじゃないでしょうが、その建物ごと全体の暖房を止められることも
ある、という話も伺ったことがある。ホントかなぁ。

 そうだ、もう一つ、暖房で思い出すのはこれとは逆に、日本の暖房がどんな
ものか知らない中国からの訪問団を案内していたら、一般家庭の住宅で
立ち止まる。何が珍しいのかと思ったら、北海道には各戸の家にホームタンク
と呼ばれる、石油タンクが設置されている。それが珍しく、何に使うのかも
分からず、「あれは何ですか?」と問われ、冬の暖房用の石油貯めておく
タンクだと説明すると、「各家庭にあるんですね」と驚いたようた様子。
写真を撮り始めた。
エラー!

『伴舞者バン・ウー・ヂャ』 バックダンサー
 テレビの歌番組が。日本では以前よりは少ない。
ここで言う、「伴舞者バン・ウ・ヂャ」は、そうした歌番組などで、
主役の歌手の後ろで踊っている人たちのこと。
 このお仕事も、基本、どの国も変わらないと思う。中国だって。
ただ、日本では歌番組すくなくなったその上に、歌手の後ろ
踊る人たち、或いは、そうした曲が少なくなったのか、こうした人たち
を見ることは以前よりずっと少なくなった。
 そういえば、昔・・・どれ位前だろう、どのスターにもどの曲にも
バックダンサーがついていて、これ必要ないんじゃないの、と思う様な
曲にも当時は制作側に予算的余裕でもあったのか踊り子が後ろに。
 日本のそれはみなさんご存知なんで、こっから中国のそれについて
書く。
 中国はまだですね、それが日本よりはずっと多いように思う。
 
 こっからがまた、全く個人的なことで、わたし個人の問題で大変
恐縮ですが、何でこの話題なの?ってことにこれが拘わってまして、
ちょいと脇にそれますが、辛抱して読んで下さい。
 わたしは、どうしたものかテレビや映画等を見てますと、その映像の
中心よりも脇の方に注意が行くというか眼が自然にそちらにいく。
例えば、普通の討論番組的な番組を見ていても画面中心で話を
取り仕切っている人よりは、その脇で話を聞いてる人や、更には
画面後ろの飾られている花だったり、後ろの飾られている何気ない
装飾物に眼がつい目がゆく、肝心のその話をよく聞いてない。
 歌番組ともなれば中央の歌手よりもその後ろの踊ってる人たち
の方に関心の多くがいく。

 ということで、個人的な癖は置いといて、話は戻ります。
中国、歌番組がまだまだ日本より多いかなぁ。多いと思います。
それは数の問題で大して重大ではない。
 まず、その”伴舞者”が付く割合が多い。日本も以前はそれなりに
かなりの数、かなり頻繁に、歌手の後ろで踊ってる人たちがいたもの
だった。こんなゆっくりの曲には要らないんじゃい、と思うようなそんな
曲でも後ろで踊っていた。無論、最初からそれを当てにしてというか
それ無くしては寂しい、西城秀樹の「YWCA」のような”伴舞者”あって
の曲はどの国にもある。
 でも、先にも書いたように、日本では急激に減った。”伴舞者”大活躍
のそんな舞台が。それは日本が変わっただけで中国はそのまま、
とも言える。

 もう一点は、後ろで踊るその人たちの様子が大きく変わった。
一つは服装。これは時代だ。街の人たちのその様子が大きく変わった
以前はひどかった、とても舞台衣装とは思えない服だったり、
何曲も使い回しだったり、随分簡単な服ですね、というものだった。
それが、変わった。舞台衣装として踊子として曲に合わせたり。
 二つ目。彼女ら、彼らの化粧も同じように変わった。以前はおいおい
いくら舞台でもそりゃちょっと、というのだったのが、急に上手になった。
 もとより、背は高いし、腰の位置も高いし、様子が好い人たち
なんで、化粧も上手くなれば見栄えも良い。
 更に、日本と違ってる点で言えば、後ろの人たちが明らかに、雑技
というか、ダンサーというより技を見せてる人がいたり、民族を前面に
出してたり、小さな子供もバックダンサーも日本じゃ余り見かけない。
まぁ、色々で楽しめますけどね。
 これって、時代を感じさせるだけの変化。

 この話もう一つ番外編があって、
 ”伴舞者”を指導する男性はにどういう訳かその、女性的な人が
多い。これって、日本・中国に限らないか。
 中国で、ある地方のバス路線に乗っていた。後ろの男性の携帯
電話が鳴った。「ウェ〜ィ・・」と言って電話に出た彼。
聞くともなく聞こえてくる。どうやら踊りの指示を出してる。明日の
大舞台に備えて、今日これから着いたら指導するらしい。それに
先立ち、恐らく電話の相手は”伴舞者”の女性。話が進むうち、
あれっ、これって・・・、彼の話し方がどうも女性的。いや女性のよう。
座席の隙間から後ろの席を覗いたら、彼はさかんにしなをつくって
話してる。「あんた、ダメよそれじゃぁ、前からいってるじゃない・・」
ってな話。なんでかなぁ、こんな世界にいるとこうなっちゃうのか、
その手の人たちがこの世界に入ってくるのか、これまた
日本・中国に関わらず・・・の話ではありますが。

エラー!

『  チィパォ 』 
 チャイナ・ドレスを知らない人はいないと思う。
先に言っちゃうと、民族衣装としてのチャィナ・ドレスの
歴史は実はそんなに古くはない。中国のあの長〜い歴史
比べれば、の話ではありますが。
 更に、このチャィナ・ドレスが中華民族を代表として上がら
てますが、実は、この衣装は、中国の中でも圧倒的にその数を
占めている、漢族のものではなく、満州族ものでして、数からすると
ずっと多数を占めていた漢族の着ているものではなかった。
 まぁ、何でそれが中国を代表する民族衣装と言われるようになった
かというのはちょいと色々あって、そこはまた別の機会に。
 何せその56もの民族がひしめく多民族国家の中国、当然その
民族衣装もほぼその民族の数だけあるわけです。そして、それは
時代によってまた変化もしてるわけであります。
 満州族というのは中国でも北の方のひとたちで、日本でもホラ
あんまり評判は芳しくないですが、満州国ってのを目論んでたり
してました、あの満州ですので、今の遼寧省・吉林省・黒竜江省
辺りの北方の民族です。この民族は今から800年前くらいから
実権を握ったりもしてますが、その人たちの民族衣装が中国を
代表する民族衣装となるためにはまだこの先少し紆余曲折が
ありまして、チャイナ・ドレスが中国を代表する民族衣装と認め
られるようになったのは、もっと近代のことでしょう。

 チャィナ・ドレスと言えば、わたしにとってはもう、マギー・チャン
の映画『花様年華』(ウォン・カー・ウェィ監督・1960年作品)が、
その理想と言いますか、どうしたって、あの張曼玉マギ・チャン
が映画の中でとっかえひっかえ着ていたチャィナ・ドレス、あれに
つきるな。
 結局、あの年代1960年代の香港が黄金期だったんだと思う。

 その頃、その後、中国はガチガチの社会主義時代を経てそんな
着飾る余裕なんかなかったし。女性が女性らしさと売っちゃいけない
時代が長く続いた。
 その後、ちょっとよこしまな男性たちのせいもあって、チャィナドレス
は矢鱈その裾のスリットやら、体型を露にするそんなデザインが
流行ったが、実はあれ、体型もさることながら、ある程度首が長く
ないと似合わない、って知ってました。
 もう一つは、扣コゥと言いますけど、あのボタンというか合わせ目の
ところにある、ボタンに変わる手の込んだ刺繍のボタンとそれを掛ける
輪の部分、あれ手工芸で意外や意外、凝ったものは高いんですよ
あそこだけで。無論生地そのものも以前はシルクが基本だったのが
いまでは色んな材質で作られてますけどね。
 訳あって、わたしは女性のこの民族衣装には実はかなり詳しい。
どんな訳だって。それは秘密に決まってるでしょう。
エラー!

『鐘表 ヂォン・ビァォ』 中国人と時計
 先ずですね、時計を表す中国語の話をしますね。
別に、複雑でも、奇怪でもありませんが、ちょぃと、日本語とその
違っている点があります。
 それは、日本語では「時計」の一言で、どんな時計も表すというか、
示すことができますよね、「時計」ですからして。
 それがですね、中国語では、「時計」は細かに分かれまして、
腕時計は「手表ショゥ・ビァォ」といい、柱時計は「挂鐘グァ・ヂォン」
目覚まし時計は「閙鐘ナォ・ヂォン」と言います。
 まぁ、その日本語だってこうしてみれば、それぞれ、時計の前に何か
腕だったり柱だったりをつけてその種類は表しとるわけですが、
その一般的総称としての「時計」が、ちょいと、日本とは違って不便かな。
その総称としては、表題の「鐘表ヂォン・ビァォ」があるにはあるありますが、
日本のように、そうそう「時計見て」とか、「時計は?」とは使えないくらいは
不便だ。
 で、この不便さはどこからきているかというと、中国の人にとっては
あまりその不便さも感じず、そうそう「時計、時計!」と騒がなくても・・・・と
いうのが中国の人の感覚でして、そのお話をこれからするわけです。
 早速その例に入る前に、もう一つこの「鐘」の字ですがね、簡体字表記
では、「金」偏に「中」という感じを使ってます。元の字「鐘」の読みがヂォン
でして、中国の「中」もヂォンと同じ音で字画が少ないのでこれでいいや・・・
といつものやり方で省略されてます。
 この「鐘」のその音が「ヂォン」だというのは押さえておいて下さいね。

  さて、その時計。日本にいると改めて自覚されることは少ないでしょうが、
我々の暮らしは、とにかく、時計ですよね、時計がそばにあるし、始終時計
を気にしてるし、あちらこちらに時計がある。
  ということはお気づきでしょうか。この前提として、時間に矢鱈五月蠅い
日本人ってのがあるんですが、それはもう、かなり有名ですからご存知と
思います。こんなに列車が時間通りだったり、約束した時間に人々は集まり、
時間通りに物事が運ばれるのは、ある意味、外から見て気持ち悪い・・・
らしい。ってことで、日本人の時間感覚はそうしたところにあり、これを
担保というか、これに欠かせないが時計。
 まずその、一般的家庭の居間には、柱時計というか掛け時計が。
腕には腕時計。若者は、携帯電話で時計を確認。テレビをつければ画面に
端のほうに刻一刻時間が表示されてる。町にでれば、あちらこちらに大きな
時計が、或いは電光掲示板での時刻表示。車に乗れば、車内にも時計。
会社でも同じように、時計。家電にも時刻を表示するものが多い。もしあなた
が朝出がけに腕時計を忘れたとしても、そのまま、出かけても、時折時刻を
確認するくらいなら何の不便もない。それくらい身の回りに時計は溢れてる。
「時計」から逃れては生活できない、とも言える。

  一方、中国では。家に柱時計や掛け時計がある家が少ない。テレビをつけ
てもある定時刻の番組を除いて、テレビで時刻を確認できることは少ない。
町になんか、どこにも大時計はない。それなのに、腕時計をしてる人の数も
日本のようには多くない。今でこそ、携帯があればそこは何とかなるか。

  日本人は一体平均、一日に何度時計を見るか?とか、世界平均では
人々は一体一日何度時計を見るか・・・ってな統計どっかにありますかね。
 どっちが、先だ。時計がないから、時間を気にせず暮らす中国人が先か、
時間を気にせず暮らす中国の人たちにとって時計は別に必須のものでは
なく、あれば好いやくらいのものだから、時間を気にせず、遅れてくるのか。

 日本の居間に必ずあって、中国のそこにないものは、この「時計」と、
カレンダーかな。日本人、一日の時間も気するから、その先の、一週間とか
一か月先の事なんかも気になるんで、カレンダーも必ずあるでしょ、あれが
ないなぁ、中国。
 友人に、日本風景のカレンダー、富士山の写真が入ったカレンダーを
送ってとても喜ばれた。彼の家にはカレンダーがある。なにせ、息子には
息子の部屋に貼るように、京都舞妓さんのカレンダーを、お母さんには、
日本の美しい四季を撮ったカレンダーを、それぞに贈って喜ばれた。
 そういえば、彼の家も掛け時計がない。今度は、それか・・・・と思って、
彼の家で、「この部屋、カレンダーを掛けたら雰囲気変わりましたねぇ。
そういえば、この部屋、時計がないですねぇ、こんどは・・・・」と、
ワザと言ってみた。おや?気づかないのかなぁ・・・と、思って知人の
顔色を伺う。奥さんが、ちょっと慌てたように「ドン・ツゥー!!・・・
それはダメですよ、あなたは知らないでしょうが・・・・」というのを、
知人は遮って、「いやッ、ドン・ツゥーは知ってんだよ・・
中国では「鐘」「終」の音が同じ(ヂォン)で、時計を贈るのはつき合いを
終わらせる、の意味と音が重なってるくらいは・・・・。知っていて
わざと言ってるのさ、そうだろう・・・」。
と、にやにやしながらこちらを見ている。
 なぁ〜んだ、お見通しかぁ・・・・。


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