月刊・私の見た中国 目次

エラー!

『  チィパォ 』 
 チャイナ・ドレスを知らない人はいないと思う。
先に言っちゃうと、民族衣装としてのチャィナ・ドレスの
歴史は実はそんなに古くはない。中国のあの長〜い歴史
比べれば、の話ではありますが。
 更に、このチャィナ・ドレスが中華民族を代表として上がら
てますが、実は、この衣装は、中国の中でも圧倒的にその数を
占めている、漢族のものではなく、満州族ものでして、数からすると
ずっと多数を占めていた漢族の着ているものではなかった。
 まぁ、何でそれが中国を代表する民族衣装と言われるようになった
かというのはちょいと色々あって、そこはまた別の機会に。
 何せその56もの民族がひしめく多民族国家の中国、当然その
民族衣装もほぼその民族の数だけあるわけです。そして、それは
時代によってまた変化もしてるわけであります。
 満州族というのは中国でも北の方のひとたちで、日本でもホラ
あんまり評判は芳しくないですが、満州国ってのを目論んでたり
してました、あの満州ですので、今の遼寧省・吉林省・黒竜江省
辺りの北方の民族です。この民族は今から800年前くらいから
実権を握ったりもしてますが、その人たちの民族衣装が中国を
代表する民族衣装となるためにはまだこの先少し紆余曲折が
ありまして、チャイナ・ドレスが中国を代表する民族衣装と認め
られるようになったのは、もっと近代のことでしょう。

 チャィナ・ドレスと言えば、わたしにとってはもう、マギー・チャン
の映画『花様年華』(ウォン・カー・ウェィ監督・1960年作品)が、
その理想と言いますか、どうしたって、あの張曼玉マギ・チャン
が映画の中でとっかえひっかえ着ていたチャィナ・ドレス、あれに
つきるな。
 結局、あの年代1960年代の香港が黄金期だったんだと思う。

 その頃、その後、中国はガチガチの社会主義時代を経てそんな
着飾る余裕なんかなかったし。女性が女性らしさと売っちゃいけない
時代が長く続いた。
 その後、ちょっとよこしまな男性たちのせいもあって、チャィナドレス
は矢鱈その裾のスリットやら、体型を露にするそんなデザインが
流行ったが、実はあれ、体型もさることながら、ある程度首が長く
ないと似合わない、って知ってました。
 もう一つは、扣コゥと言いますけど、あのボタンというか合わせ目の
ところにある、ボタンに変わる手の込んだ刺繍のボタンとそれを掛ける
輪の部分、あれ手工芸で意外や意外、凝ったものは高いんですよ
あそこだけで。無論生地そのものも以前はシルクが基本だったのが
いまでは色んな材質で作られてますけどね。
 訳あって、わたしは女性のこの民族衣装には実はかなり詳しい。
どんな訳だって。それは秘密に決まってるでしょう。
エラー!

『鐘表 ヂォン・ビァォ』 中国人と時計
 先ずですね、時計を表す中国語の話をしますね。
別に、複雑でも、奇怪でもありませんが、ちょぃと、日本語とその
違っている点があります。
 それは、日本語では「時計」の一言で、どんな時計も表すというか、
示すことができますよね、「時計」ですからして。
 それがですね、中国語では、「時計」は細かに分かれまして、
腕時計は「手表ショゥ・ビァォ」といい、柱時計は「挂鐘グァ・ヂォン」
目覚まし時計は「閙鐘ナォ・ヂォン」と言います。
 まぁ、その日本語だってこうしてみれば、それぞれ、時計の前に何か
腕だったり柱だったりをつけてその種類は表しとるわけですが、
その一般的総称としての「時計」が、ちょいと、日本とは違って不便かな。
その総称としては、表題の「鐘表ヂォン・ビァォ」があるにはあるありますが、
日本のように、そうそう「時計見て」とか、「時計は?」とは使えないくらいは
不便だ。
 で、この不便さはどこからきているかというと、中国の人にとっては
あまりその不便さも感じず、そうそう「時計、時計!」と騒がなくても・・・・と
いうのが中国の人の感覚でして、そのお話をこれからするわけです。
 早速その例に入る前に、もう一つこの「鐘」の字ですがね、簡体字表記
では、「金」偏に「中」という感じを使ってます。元の字「鐘」の読みがヂォン
でして、中国の「中」もヂォンと同じ音で字画が少ないのでこれでいいや・・・
といつものやり方で省略されてます。
 この「鐘」のその音が「ヂォン」だというのは押さえておいて下さいね。

  さて、その時計。日本にいると改めて自覚されることは少ないでしょうが、
我々の暮らしは、とにかく、時計ですよね、時計がそばにあるし、始終時計
を気にしてるし、あちらこちらに時計がある。
  ということはお気づきでしょうか。この前提として、時間に矢鱈五月蠅い
日本人ってのがあるんですが、それはもう、かなり有名ですからご存知と
思います。こんなに列車が時間通りだったり、約束した時間に人々は集まり、
時間通りに物事が運ばれるのは、ある意味、外から見て気持ち悪い・・・
らしい。ってことで、日本人の時間感覚はそうしたところにあり、これを
担保というか、これに欠かせないが時計。
 まずその、一般的家庭の居間には、柱時計というか掛け時計が。
腕には腕時計。若者は、携帯電話で時計を確認。テレビをつければ画面に
端のほうに刻一刻時間が表示されてる。町にでれば、あちらこちらに大きな
時計が、或いは電光掲示板での時刻表示。車に乗れば、車内にも時計。
会社でも同じように、時計。家電にも時刻を表示するものが多い。もしあなた
が朝出がけに腕時計を忘れたとしても、そのまま、出かけても、時折時刻を
確認するくらいなら何の不便もない。それくらい身の回りに時計は溢れてる。
「時計」から逃れては生活できない、とも言える。

  一方、中国では。家に柱時計や掛け時計がある家が少ない。テレビをつけ
てもある定時刻の番組を除いて、テレビで時刻を確認できることは少ない。
町になんか、どこにも大時計はない。それなのに、腕時計をしてる人の数も
日本のようには多くない。今でこそ、携帯があればそこは何とかなるか。

  日本人は一体平均、一日に何度時計を見るか?とか、世界平均では
人々は一体一日何度時計を見るか・・・ってな統計どっかにありますかね。
 どっちが、先だ。時計がないから、時間を気にせず暮らす中国人が先か、
時間を気にせず暮らす中国の人たちにとって時計は別に必須のものでは
なく、あれば好いやくらいのものだから、時間を気にせず、遅れてくるのか。

 日本の居間に必ずあって、中国のそこにないものは、この「時計」と、
カレンダーかな。日本人、一日の時間も気するから、その先の、一週間とか
一か月先の事なんかも気になるんで、カレンダーも必ずあるでしょ、あれが
ないなぁ、中国。
 友人に、日本風景のカレンダー、富士山の写真が入ったカレンダーを
送ってとても喜ばれた。彼の家にはカレンダーがある。なにせ、息子には
息子の部屋に貼るように、京都舞妓さんのカレンダーを、お母さんには、
日本の美しい四季を撮ったカレンダーを、それぞに贈って喜ばれた。
 そういえば、彼の家も掛け時計がない。今度は、それか・・・・と思って、
彼の家で、「この部屋、カレンダーを掛けたら雰囲気変わりましたねぇ。
そういえば、この部屋、時計がないですねぇ、こんどは・・・・」と、
ワザと言ってみた。おや?気づかないのかなぁ・・・と、思って知人の
顔色を伺う。奥さんが、ちょっと慌てたように「ドン・ツゥー!!・・・
それはダメですよ、あなたは知らないでしょうが・・・・」というのを、
知人は遮って、「いやッ、ドン・ツゥーは知ってんだよ・・
中国では「鐘」「終」の音が同じ(ヂォン)で、時計を贈るのはつき合いを
終わらせる、の意味と音が重なってるくらいは・・・・。知っていて
わざと言ってるのさ、そうだろう・・・」。
と、にやにやしながらこちらを見ている。
 なぁ〜んだ、お見通しかぁ・・・・。
エラー!

『窓木霊子 ツァン・リン・ズ』 窓には桟
 先ず、まん中の字の、木霊 これで一つの字と思ってください。
この字、出ないんですよ、この画面上では。あるんですよ。あるには
あるんです。リンと読みます。但し、使いませんし、誰も知りません。
こちらの、この櫺、字に替えたところで、こちらもまた、誰も使いません。
レイ、と読みます。これ一字で、日本語では、窓につけた格子の意味を
表します。これです。これ。
 この柵がず〜と上の階まで。

 で、その読みもまぁ、読めなくとも何の不思議もないので、先に行きますね。
というわけで、何が、というわけかは分かりませんが、今回取り上げたのは
窓に付けたられた、桟がその主役です。
 まぁその、窓の桟。別段不思議じゃないでしょ。日本だってあるし。よく
見かけますし。そんな凝った、窓の桟があるわけでもなく、ごくごく普通の
窓に付いてる桟ですよ。
 では、何がわたしの気になっているかというとですね、これねぇ・・・中国を
旅していて、実に頻繁に目にするんですね。
 最初、いやかなり最近まで、中国を旅して、わたしの旅はいつも予定なし、
予約なし、行き当たりばったりですが、着いた先々で度々この窓の桟を
目にするたびに、わたしの感想というか、漠然と、あぁ〜このあたりは、
治安がよくないのね。よっぽど、空き巣狙いかなにか、それを防ぐ為に
これがあるもんだ、とばかり思っていた。
 町は結構のどかな町なんですよ。そこらを歩いてる人たちもどこか都会の
人たちとは、ぶらぶら町を歩いているその後ろ姿からだって、察しられる。
とりわけ、そこが少し中国の南方の方だとするなら、まぁ、夏はそこそこ
暑そうですからね、それでもって、窓をガラッと開けたんではそりゃまぁ
ちょっと物騒かな。自衛の手段としては、あれくらいはね・・・・くらいに
思っていた。
 その考えが間違いというか、間違いではないか。一部修正することに
なったのは、数年前の旅先でのこと。
 同じように、中国で初めて訪れる地方の小さな町。観光個所といっても
一か所位。しかも、ガイドブック何かには載ってない。たまたま、この近くの
中国国内だはちょっとは知れた、歴史の町を目指して来たら、その人が
言うには、「この近くにもあるんだよ古い歴史のある町が」って、言いだし、
そりゃあるだろうな、中国では珍しくもない。大して身を入れて聞いてない。
ところがところが、話に夢中になったせいなのか、こちらの勘違いなのか、
わたしがそのおじさんの話に共感、いつの間にやらわたしがそこへ行く
手はずになった。しかも、タクシーで。このタクシーの運転手、あのおじさん
とグルかなぁ・・・。でも、結果から先に言うと、行って好かった。大満足。
おじさんの推薦は正しい。とても好かった。町も気に入った。あとはまた
その拠点の町に戻るだけ。ぶらぶら歩き。
 と、その時。小さな子供のそれはもう火が付いたような泣き声。
ただ事じゃない。すぐ近く。これは、ってんで駆け付けると。小さな3・4歳
ぐらいの男の子が、泣いてる、というより叫んでる。
 見ると、この子の足が、その窓の鉄製の桟に挟まって抜けないようだ。
お母さんは慌てて子供を引き上げようとするが、抜けないし、却って
痛いので子供は尚更泣き叫ぶ。お母さんは、慌てる。近所の人も数名
駆け付けてきた。たまたまみんな女性、年配の。何か口々に叫んでるが
早口だし、興奮してるし、訛りはあるし、わからん!!でもまぁ、ここは
この子を何とかしなくては。そこでわたしが、その子の足が挟まってる
鉄の桟を両手で力任せに広げてみたら、意外や簡単にグニュ〜ンと
その桟は曲がって、難なく子供は脱出。
 期せずして起こった拍手。母親は子供を抱いて、家から飛び出してきて
何度も何度もわたしに礼を。ちょっとした英雄気分に。
 その時、気づいた。そうか!あれって、子供の転落防止柵でもあった
わけね、と。成程ね。だから上の階でも付いてるのか。成程ね。
  ・・・と、納得。また、タクシーに乗っておじさんのところへ戻り、
英雄談をひとくさり聞かせたあと、また、何気にふと気づいた。
 まてよ、と。わたしのひ弱な力で曲げれるような、あんな細い鉄製の
桟なら、泥棒さんなんか簡単に曲げちゃうんじゃないの、と。
 ・・・ってことはあれ、防犯に役立ってんですかね。
エラー!

『報刊亭バォ・カン・ティン』なくなるスタンド
 次々と、新しいものが現れる中国。多くの中国に関する話題はそうした
これまでに無い、最新の技術が取り上げれる。実はその一方で、密かに
消えゆくものたちも数多くある。人はそうしたものには余り目を向けないし、
いつの間にか、あったことすら忘れ去れる。
 その一つが、「報刊亭バォ・カン・ティン」。これ、急に見なくなった。
ということで、書いておこうと思った。
 これに限らず、無くなるには、無くなるべくしてそうなる理由がある。
その多くは、その必要性がなくなったということでしょう。或いは、必要性は
まだあるもののその維持が難しい。それは需要性と経済性の兼ね合いに
あるように思う。維持はしたいが、そんな費用をかけてまでは、できない
ので無くなっちゃう。それより画期的に便利なものが出来ても、古いもの
は無くなる。家電の多くはここに原因がある。家電などはこちらの都合等
関係なく、どんどん変わってしまい、以前の方式?のものは無くなる。
無くなって、困ることもあれば、何ら困らないこともあるし、無くなって、
とても困る人もいれば、全然気にも留めない人もいる。

 話を戻す。「報刊亭」に。先ずこれそのもの説明を。
中国で見るこれは、大概はちょっと賑やかな通りの歩道上にあって、
独立した小屋と言っていいような建物、それが「亭」。
「報刊」の方は、まず「報バォ」が中国では新聞紙を表してまして、
「刊カン」の方は、刊行物つまりは雑誌なんかを表してると思うんですね。
ですので、そうした、新聞紙だったり雑誌だったりを売っている小さな
小屋を言います。これ、以前は結構な数あったんです。
 扱ってる商品は、新聞が主力だったのかなぁ。中国では新聞の宅配
はないので、通勤途中などにちょっとここに寄って買いますね。
雑誌も中国では、これまでは、本屋というより、郵便局扱いでしたが
それって、定期購読の人が多いので、単発で買う雑誌や、本屋に行く
までもない、娯楽系の雑誌はここで求めます。そのついで、と言っては
何ですが、あとは飲料だったり、ちょっとした食品というか簡単な子供
が好きそうなものを置いてたりする。

 それが、無くなった。
以前は、旅先で、朝、ホテルから出て軽く、ホテルの周辺を散歩してると
必ず近くにこれがあり、ありがたいことに、結構朝早くからやっていて
散歩ついでに、冷やかし半分に覗いて、テレビ番組が載ってる「電視報」
や、平台に並んでる雑誌をパラパラめくって、気に入ったものがあれば
求めていた。そのついでに、ヨーグルトなどあれば、それを求め、ホテル
に帰り、部屋でテレビを見ながら雑誌を広げ、ヨーグルトを。さて、今日は
何処へ行こうかなぁ・・・等とぼんやり考える。至福の時だ。

 で、その「報刊亭」が突然、街から消えた。
その要因は、先の論点から言うと、その必要性が無くなったからか。
先ず、新聞が売れない。新聞を買わない。代わりに携帯のニュースで
済ませる。テレビ番組表も携帯があれば大丈夫。
雑誌も売れない。街に便利店(コンビニ)が出来て雑誌はそこで。
飲み物も、簡単なおやつも、便利店で。いつでも開いてるし、品揃えも
便利店の方が豊富。
 もう一つ、理由があって、各都市も歩道上にこうした建造物があるのを
行政側が嫌っている。歩道の一部を占領しているので、邪魔、との判断。
しかも、都市景観上も宜しくない、と考えてるらしい。
 ということで、結果、急激に少なくなった「報刊亭」。皆が利用しなくなれば
店を維持するほうだって難しい。長時間労働の割に利幅が知れてる
この商売、後継者だって、敬遠するよねそりゃ。ってんでますます少なく
なっちゃうわけですよ、この様に、大体上のそれぞれの無くなる理由
がいくつも重ねあってですね、ますます、少なくなり、絶滅危惧種と
なるわけですよ、「報刊亭」も。淋しいけどね。

 今回の旅行では。駅前のホテルでもあり、一軒ぐらいはまだ「報刊亭」
がまだ、生き残っていないかと思い、フロントの小姐に尋ねてみた。
「この近くに報刊亭、ないですかね?」彼女は即答「没有!」
「新聞、買いたいんですが・・?」とわたし。「新聞?買うの??」と彼女。
「はい、新聞何処で買いますか?」に、「今どき誰も新聞なんか買わないよ」
と言われた。「・・・ですよね・・・」とごまかす、わたし。そのうち、若い人に
「報刊亭」という言葉そのものが通じなくなるだろうな、と思った。
エラー!

『 ♪配楽 ペィ・ユェ♪ 』 店内の音楽
 日本だと、どのくらいの割合になりましょうか、
その、お店に入ったときに、店に流れている音楽ですね、
バックグラインドミュージックってんでしょうかね、それって、
例えば大きなお店でもありますし、町の小さな洋服店だった
食事の店でも、一般の雑貨店でもあったりしますよね。
 これがない。中国。殆どない。何で??
 こうした、バックグラウンド・ミュージック。店内の音楽を
配楽ペィ・ユェという。中国では何故、配楽がないのか,
と、言ったお話ですが、むろんその、お酒などを出してる
お店では流してますよ、後ろに音楽。でも、街の普通のお
にはないよなぁ・・。

 先ずその、何故だろう?部分を解決しておこう。
日本のそれは、「有線放送」ってのがありまして、これに
負う部分がそれなりにあって、各地・小都市を含めてこの
「有線放送」会社があって、それを入れれば、お店側は自分で
好きな音楽の類型さえ指定すれば、一日中、音楽が配信さ
お店に流れる。この仕組みが中国にはまだない。というか、
今後もないかも中国。誰かやれば??
 次、基本中国の人たち、おしゃべりというか、会話を楽し
というか、一番顕著なのは、食事の場面などですが、日本
だと、その、黙々と食事する。それなら、配楽ペィ・ユェは
活きるが、これが、大声で話す人たちの場にあっては邪魔
だけ。だから日本でもお酒を飲んで話し合うような居酒屋に
音楽はいらない。ということで、中国の多くのお店では、配
の必要性を感じていない。販売店でも、店内での値段交渉
などで忙しい中国では、配楽はじゃまになるだけだ。
 更に、もし、もしも中国の人が自分のお店に音楽を入れ
としたなら、多分、思いっきり店主の好みに偏りそうだし、そ
音量も配楽というより、音楽前面に出そう。
 多分、これらの理由で、中国のお店には音楽が流れていない。

 別にこの点で不満はない。そんなに求めてもいない。
多分だが、日本だって配楽のお店は、減少傾向にあるはずだ。
それって、インターネット時代と関係している。ですよね・・。
 配楽を明らかに自店の何らかの特徴なり、個性なり、効果を
狙ってのお店のみがそれを取り入れ続けるだろう。
 因みに、茶館「隗かい」の店内は、ずっとほぼ二胡・胡弓
音楽が流れているが、存外、それに気づかないお客様もいるし、
この音楽は何ですか?と尋ねられることもある。
 きっと、こうした特殊なお店と、それに合った配楽は細々
生き延びてはいくだろうが、先細り傾向にはあるでしょうね。

 わたしが、中国で配楽のあるお店に入ったのは、2回。
 1店目は、香港だしなぁ。しかも、中国返還前だしなぁ。これ、
数にいれちゃっていいのかなぁ・・・。まぁ、大きく?中国って
ことで。香港のビル内に入っていた、靴屋さん。最初入店し
すぐは気づかなかった。音量小さ!わたしは連れの買い物
付き合い、つまり、女性もの靴売り場でなすこともなくぼ〜っと
立ってたら、かすかに聞こえる音楽。多分、クラシック。その時
の感想は、やっぱ、ホンコンだよな、という点に関心しただけ。
 2点目は、中国某かなりの田舎?失礼か?交通の便から
言っても、人工的なことから言っても、立派に?田舎。この
のパン屋さん。配楽が流れてる。入店と同時に気付いた。んん〜
店内もかなりオシャレ。こんな田舎に?失礼!似つかわしくない。
何?この店?どんな店主??あるんですよ、中国、こうしたことが。
とんでもない?所にとんでもない、店というか人がいるんですよ。
 店の奥に休んで食べれる所がある。休みましょう、休みましょ。
飲みものを運んできた小姐に、この流れてる音楽ね・・・・、
言ったら、エッ!何が?音楽??流れてます??今ですか??
ホラッ!聞こえてるじゃなないですかぁ・・、
 いやだぁ〜私今気づいた!!って・・・一体何日務めてんだよ!!

エラー!

『二維石馬 アールウェイマァ』QRコードで
 QRコードってのはですね、あの最近やたら目にします
四角い枠の中に、白・黒でごちゃごちゃ文字でもない
点描のような模様が印刷されていて、ここを携帯でですね
読み取るんですが、携帯にというかスマホに縁がない方に
は何のことやら、というか関係ないわい、ってことです。
 この話題を取り上げたのはですね。中国で急激にこの
「二維石馬QRコード」が見られるとようになったのは、ここ
数年のことであり、これはその、電子決済と同義なんで、
このくらい、二千十年代にこれが始まったという記録を残し
おくのも意義あることかと思い、取り上げた。
 このコードそのものの説明はもういいですよね。
見かけたことおありと思いますよ。何でもこれの発明者は
これの普及のために特許を取ることをせず、誰でもどの国
でも使えるようにしたので、その普及は早いし、広いし、範
も広いしと一気に広まった。という背景があるようです。
 もとより、わたしもこの方面は余り詳しくないし、興味もない。
わたしよりずっと詳しい方の方が多いはずで、この辺の説
は省きますね。
 問題は、というか、取り上げるのは、中国のそれ。
これですね、結局のところ、これを読み取ると、これでその
相手の郵便で言いますと住所が、電話で言いますとその番号が、
読み取れ、相手との連絡が可能になると理解していい。
これを使って、支払いを済ませよう、ってのが中国。
 これがまた、わたしの感じでは、もう一気にこれが広まり、
どこでも今はこれ。それはもう、何処でも、何の業種でも。
 と、言うことで、いわゆる支払いをするようなそんな場所に
その何処かにこれ「二維石馬」が鎮座してますね。
 これを「ピッ」と読み取ります。そうすると、相手の会社というか
支払いの画面に届くんですよこれが。金額を打ち、また「ピッ」で
終わり。簡単。全く動かず。親指一本。数秒で終る支払い。
  ってんで、こっからが書きたかったことなんですが、わたしの
中国旅行もこれがあるおかげで、とっても不便。
 ずっと現金至上主義でやってきたわたし。中国の携帯を持たない
わたしにとって不便この上ない。
 例えば、ホテルのチェックアウト時、支払い。服務員の小姐が、
「どっちで支払いますか?」というからこっちは、現金かカード決済
かを問われてる思って、「現金」と言ったのに、服務台横の、
A社とB社の「二維石馬」を指して、待っている。いやいやいや〜
ポケットから現金を出して、「これで!」と言ったら、当惑化の彼女、
「釣銭あったかなぁ〜」と恐ろしいことを言う。実際この時は釣銭の
用意がないらしく、彼女が自分の財布から釣銭を。
 便利店(コンビニ)でピッ!ここは無いだろうとおぼしき小さな
お店でもピッ!飛行場へ向かうリムジンバス上でもピッ!飛行場
の中でもピッ!飛行機の中だってピッ!どうなるんだ中国。
 人間がQRコードを胸からぶら下げてる人も見た。何売ってたの?

  ということで、何が?・・ということなのか分かりませんが、
簡単に「隗かい」のQRコードだってできちゃうんですね。これが。
 これ ↓  ↓   ↓ これがそうです。ためしてみて下さい!
エラー!

イェン・フォ』 夏だ、花火だ!
 夏、花火の季節。ということで今月号の話題は、花火。
中国語で「花火」は、二つかあって、音自体はイェン・フォと、
同じなんですが、字が、烟だったり焔だったり。烟花という
手もあるんですがね、こちらはイェン・ファと読みます。

 ところで、夏ともなれば日本各地で開催される花火大会、
これ、中国にないですね。中国で見る花火は日本と違って
ある決まった日に、花火を愛でる為に、その為だけに花火
あげることはないと言っていい。
 つまるところ、中国で見る花火は、そりゃまぁ、決まった日、
という意味では、例えば国慶節のそれとか、春節のそれですが、
それって、花火のための日ではなくですね、国慶節についでに、
春節のお祝いが主でして、あくまでもその花火は添え物。
 日本のそれは、花火を見るためだけに人々は大挙して集まり、
花火を見て、花火が終われば帰っちゃう・・・でしょ。
 中国にはこれがない。なので厳密な意味では中国には花火大会
がない、とここでは言いっきちゃいましょう。

 花火大会はないが、花火はあります。しかも、花火は中国発祥。
大先輩というか、元祖、なんです。火薬が中国発明ですからね。
 中国で、ほんものの花火は二度しか見たことがない。一度は、
ご存じ国慶節、10月1日の建国記念日にお祝いの為にあげる
花火。こちらは、わたしが見た場所がそうなのか、まだすっかり
暗くならないうちに夕暮れ時にあげましたよ。
 もう一つは、香港で見た花火。こちらは何のお祝いだったか、
やはり記念日に、あげた花火。
 どちらも、そして、もう一つあった、春節の花火。あれは花
というより爆竹のついでに打ち上げる花火は、個人が勝手
あげてるやつ。
 いずれにしても、これらの花火と日本の違いは、一斉にあげます。
一つ一つの花火が行き着く間もなくですね、バリバリバリバリ〜
とあげられ、終わり!あれっ!もう終わり!?という終わり方。
 一方、日本のそれはですね、一つ一つを楽しみますよね。
それに名前までついてたりして。花火と花火のあいだに間があり
ありますよね。打ち上げてる時間より間の時間が長かったり。
一発上げては、或いは、一発上げる前に、説明があったりして。
 しかも、その一発、一発に工夫があって、違いがあって、こだわり
がある。中国ではその一発一発にそれはもとめなくて、全体で、
あのバリバリバリ〜に意味を見出してるわけでして、同じ花火
でも求められているものが違う。
 この先も、中国では花火を見るためのその為の花火大会が開か
れるのは何時のことだろう。それが開かれるようになったなら、
中国も変わるよね、きっと、変わる。
 どう変わるかって、それは、変わるんじゃなくて、変わったから
それを求めるようになるんだから、順番が逆か。
 いつになるかなぁ〜、楽しみだなぁ〜。

 もう一つ、中国で花火を見る時に違うのは、中国では誰も
座って花火を見ませんよね。日本だとほら、すぐに座るじゃない
ですか、敷物もって行きますよね。座って見るのに。それがない。
 だから、近年旅行で日本にやってきた中国の人たちが花火大会
にくると、平気で座って花火を鑑賞しようとしてるわたしたちの前に
立ったままで花火をみるもんだから、邪魔でしょうがない、でしょ。
これも、こうした事情が分かれば少しは理解していただけますよね。
こうした事が多いんですよ、日本と中国では。ちょっと互いに理解
して、ちょいと相手方の事情が汲めれば互いに理解は早いのに。
エラー!

『教師節ジァォ・シィ・ジェ』 9月1日教師の日
 いきなりですが、「教師節」の説明を先おいて、この「教師節」
「教師の日」が国民の祝日だ、というところから話が始まります。
 他の国のことは余り詳しくないが、ある職業の人にとってそれも、
こうした一部の職業の人をして祝日としてるのが不思議。
 これっだら、消防団員の日や、看護婦の日や、警察官の日があって
もいいだろうし、大工の日とか、寿司職人の日とか・・きりないや、
ある職業の人だけの祝日がどうして成り立つのかが解せない。
 でも、あるんだからこれは紹介しておきましょ。
普段は学校の先生は、「老師ラォ・シィ」と呼んでいるのはご存じ?の
通り。「教師ジャォ・シィ」は書き言葉に近いが、別に「老師節」でも
いいんだが、後に付いてる「節ジェ」は「節日ジェ・リィ」が祝日の意味。
 で、その「節日」は国が定めるわけですが、それらは法にのっとって
決められていて、国民の祝祭日でありますからして、それに当たる日
は国民を挙げて祝う日なわけであります。
 
 ところが、こっからが中国の面白いところなんですが、日本にはない
個別の祝日があります。
 こんな職業で分けてその職業の人の祝日があるのが面白い。
日本ではせいぜいが、こどもの日とか、敬老の日ってのがありますが
これはまだ、年齢別というか、成人の日なんかもそうですが、まぁ
誰でも一度は通るその通過点でのお祝いの日ですからして、誰もが
均等にその祝日の恩恵に与るし、必ず誰にもその日は訪れる。
 だが、「教師節」は、先生という職業の人の日であって、それ以外の
人は関係ないわけ。どだい、もしこうした個別職業で祝日を設けたなら
一年中祝日になりそう。
 前に「三・八婦女節」のことについても書いた。これもまた、どうも少し
偏っているような気がする。「教師節」は更に偏っている。
 
 そんなごく一部の人の為の日、「教師節」。何故、この日が必要だったか。
つまり、それくらい、その日を設けなくてはならないくらい、教師の社会的
位置が問題だったってことですかね。だから態々こんな日を制定。
 この日、学校の先生の日ですので、先生はお休み。但し、一日だったり
半日だったりはしますが。
 次に大概、特に大学なんかでは、教師に対するお礼の何というかその
この日に合わせてこっそり教師への驚きの感謝の品や言葉を用意して
教師を驚かせようとしますが、なぁ〜に、毎年のことですから、教師の方
だって凡そ察しは付いてるんでしょうが、そこはそれ、互いにこの日が
そうできる数少ない機会ですから、生徒からの感謝の言葉に涙する日
でもあります。それが、9月10日。

  わたしは、幸いに両方体験できました。というのは、生徒として先生に
感謝する側も、生徒(日本語学習)の先生として感謝される側も。
どっちのその立場も分かるし、遣りたいことも分かる、とどうなるかというと、
意外にこれがツマラナイ。何故かって?燃えないからですよ。冷めてるもん。
しかも、その・・こういう風に、この日に誰かに感謝!!って、
母の日みたいなもんで、日本だと必ず何か商売に転化されそうです。

 「教師節」が近づくと、各クラスでどうやって先生を驚かせてやろうか?
なんてな企画が学生の間では話題になる。「先生!明日は時間ありますか?」
と日本語を習ってる生徒からの打診。ん!これは?来たな!!と思って、
「何でしょう?」と言ったら、「頼みがあります。」という。いよいよだ。
当日。日本語を教えている中国人老師への感謝の為、わたしの役割は
前に立っている学生が口パクで日本語を話し、舞台の下にいるその
日本語を教えている中国人老師に流ちょうな日本語でマイクを通して
(実際はわたしの声)代表学生が滔滔と礼を述べる、という企画だった。
わたしはてっきり・・・・・。
エラー!

『寵物熱 チョゥン・ウ・ルゥ』 ペットブー
 別に昨日今日始まったわけではありません。もうかなり以前からその
ブームと言いますか、急激に増えたよね・・・って感じをもって見ています。
ブームのことを、中国語での処理はこの後ろに〜熱ルゥってのをとって
それを表記します。旅游熱(旅行ブーム)とか、西米熱(タピオカブーム)
ってな具合に使われます。で、今回はそのうちのペットブームです。
 ペットは、寵物チョゥン・ウと言います。これ音はダメですが、字の方は
日本語にも寵愛ちょう・あい、がありますから、そう遠くない。ただ、
日本語の寵愛は、身分の高い人がとりわけ何かを愛することを指して
まして、その意味で、まぁ、その愛する対象が別段人間でなくとも構わない
わけでしょうし、動物がその対象だったってことですよね。
 日本語本来のその意味での使われ方は、英語のティチャーズ・ペットの
あの歌にも歌われた使われ方が近い。

 先に、中国のペット事情総体のお話からしておこう。
まずその、どうやら人間という動物は、ペットを欲しがるらしい。暮らしの中
に、他の動物をいれ、それと暮らすことで安らぎとか癒しを求める。
飼われる方の動物もどこまで人間と付き合うかはその動物にもよるが、
まぁまぁ、エサもくれるし快適な暮らしも保証されるとなれば、多少人間様に
寄り添って生きていくことも、否とはしない、ってところですかね。
ここまでは、世界共通のペットと人間の係わりで、中国もその点は同じ。

 さて、では、ペットを飼いましょう!となって、何を飼おうとなったとき、
この辺から、中国の特殊事情が。
 他の文で書いてますが、先ずその、中国の住宅事情と切り離せない問題。
これって、どの国だった抱えている問題でしょうが、とりわけ中国のそれは
深刻なのは、中国の多くの方は高層集合住宅にお住まいなわけです。
分かりやすく都心のタワーマンションに住んでると思って下さい。となると、
住宅環境からいって、日本だってペット禁止マンションなんてのがあります
よね、ペットを飼う環境としては苦しい。苦しいからといって諦めるかどうか
はまた別問題でして、近年は中国でも多いですね、犬がペットの家。
わたしが子供の頃なぞは、飼われている多くの犬にはペットとして役割の
他に、番犬の役目がありました。お家の番がお仕事だったんですね。
猫さんだって、ネズミを捕るというお仕事がありましたしね。今、ペットは
純粋にペットです。それ以外のお仕事をしなくてよくなった。
 住宅事情。高層階から、エレベーターに乗せて、何せ犬はほら散歩に
連れ出さなくちゃいけないでしょ。中国では降りてもどの道路も人で
いっぱい。大体が道路は舗装道路。道路を渡るのだって、人間ですら
大変。いやいや、ペットを飼う条件としてはかなり厳しいですよ中国は。
 ですので、遠く以前は、中国の人たちが飼うペットといえば、小鳥でした。
鳥かごを下げて散歩するお年寄りを朝、よく目にしたものです。あとは
家の中で飼えるという大前提から、金魚を飼うとか、カメを飼うとか、小鳥
が主体。それが、数十年前ですかね、急に犬が増えた。
 そんな統計の数字があるのかどうか知りませんが、増えたといっても、
日本のそのペットを飼っている人の数と人口比から見たならきっとまだまだ
日本の方が多いでしょうね。
 しかし、ここでも14億の分母が効きまして、総数ではかなりの数だと思う。
近年では、中国を旅していて街で犬を連れてる人を見てもそう驚かない。
ってことは、以前は驚いてたんですね。
 しかも、意外と言っていいのかどうか、デカイ、大型犬とすれ違ったりして、
どうやって飼ってるんですかね、一度お宅を拝見したいものです。

 中国の友人高ガォさん。高さんから、娘の芳芳ファン・ファンが、最近
犬を飼いたいと言い出した、という事前情報があって、高さん宅に伺う際
その後のお犬騒動がどうなったかもろくに聞きもせず、芳芳へのわたしの
その年のお土産は、日本で出版された犬に関する本、童話だった
日本の絵本や童話は印刷が特別綺麗。挿絵も子供心をくすぐる。。
芳芳の喜びようといったらなかった。犬を飼いたいけど反対されてる。
えっ!じゃぁ、拙かったかなぁ、家庭では反対してるのに・・と思ったが、もう
渡しちゃった。芳芳はそれはそれは大層な喜びようで、「ドン・ツゥ・真棒!!
ヂェン・バン(凄いヤルヨネ〜)」と誉めてくれる。女性からこんなに誉められた
ことはなかった。それから、確か、三年後位に再び、高家を訪れたわたし。
その時の芳芳への土産は、今度は流石に犬はまずいだろうと、犬に限らず
動物が絵本を開くと立体的に立ち上がるという本を携えて、芳芳に。
その時の芳芳は、「我喜歓シー・ファン(大好き!)」と言ってくれた。絵本が
好きといってるのか、わたしに言ってるの分からなかった。その時、芳芳が
見せてくれた、前回わたしのあげた絵本は相当読み込まれていて、ボロボロ
だった。そのボロボロさが嬉しかった。結局、本物の犬は諦めたらしい。
 その芳芳も、数年前に結婚。6歳の男の子が。その子が犬を飼いたいと
言い出した、と芳芳お母さん。「東出ドン・ツゥ、私の家に来るときは犬に
関するお土産は持ってこないで!」と釘を刺された。
 でしょぅ、今になってみればあの時の、高さんの気持ちわかるんだぁ〜。

エラー!

『双11スワン・シー・イ』 11月11日がきた
 何年前くらいからですかね、この日、11月11日が中国で特別な日
になったのは。今年もやってきました、その11/11。
 日本ではこの日を、「グリコ・ポッキーの日」等と称していて、
いきなりの商品名全面押し出しで、これでは日本某国営放送では
取り上げて盛られないだろうなぁ・・と思うが、
 中国でのこの日は、大切な日でして、盛り上がる、大いに盛り上がる、
少し異常に盛り上がってる、しかも年を経る毎にその盛り上がり方は
一向に衰えを見せず、ますますもって盛んに。大乗かぁ〜と思うし、
一体どこまで行くのか見てみたいなぁ〜という不謹慎な感じも持っている。

 最初にも書いてるが、いったいこの騒ぎは何時ごろからこうなったのか
は、定かでない。きちんと調べれば分かるんだろうが、調べる気もない。
分かったところで、ここで論じるこの内容にいささかの影響もないし、
論の根幹はそこにはない。だから、数年前からとしておこう。
 おっと、その前に、この日、11月11日が、中国にとってどんな日か?
を説明しておこう。結構あちらこちらで既に書いているし、それより多く
話しているので、簡単に済ませたい。
 発端は、というか今でも、この1が四つ並ぶ一年でたった一回の日は
「独身の日」と呼ばれていた。なぜなら、この1がそれぞれ一人を表し、
それが四つ並んでるから、らしい。この説明で納得がいくならそれで
いいですが、って私が茶々を入れてもしょうがないのですが、どだい、
この話、1が四つ並ぶのは確かに貴重だろうが、そんなことを言ったら
どの日もどの日も一年に一回しかないわけでして、意味づけとしては
かなり苦しい部分もありますよね。そこら辺はすっ飛ばして、これが
ある年あたりから、その独身の人たちのプレゼント合戦に発展。
もう商業ベースというか、儲け主義というか、日本で言うところの、
クリスマスのケーキ屋さん、バレンタインデーのチョコレート、母の日
のカーネーション的な。日本ではその業界の臭いがプンプンしてますが、
中国ではこれが、丁度そうして時代だったのでしょう、ネットがそれを
担い、そうしたネットサイトが更にそれにテコ入れして、この日一日は
さながら、中国中の大バーゲンと、買い物合戦に変身。

 ここ数年はそれに更に次々新しく立ち上がるネットショッピングサイトと、
そのサイトに結集する商店・会社・制作会社・工場等が加わり拍車を
かける。そうなると、買う側だってそれに比例してネットに入り込み、
この日、一日だけ、しかも某大手サイトの一日の売上高が馬鹿げた
数字となり、それがまた話題となり、そのことでまたネットに・・・・を
数年繰り返していたら、近年は凄いことになっている。
 こうなれば、こうなったで、この日を楽しみにする人も増え、この日に
売り上げ倍増を願う会社だって、となって正に相乗効果。

 で、この辺の情報はそれこそ、ネットでご覧になれば毎年のように
話題になってるので、そちらを。
 実はこの爆発的売り上げが羨ましいと、日本でもヤフーがこの11月
に「買い物の日」なんてなを打ち上げてます。あれ、パクリですよね
中国の。中国が日本のものを真似するとすぐに「またぁ〜」と取り上げる
日本のマスコミ、この点では大人しいです。
 
 この買い物争奪戦、海外からも参戦できます。ネットですから。支払いの
部分でちょいと障害がありますが、そこを何とかすれば、ホラ、あなたも。
 ということで、実はわたしも参戦したいのですが、数量限定とか、特典や
特定日制定的なのは総じて今風にいうならゲットできるわけがない。
なんせ、競争率が。国内だけでも大変でしょ。しかも、ゲットできても
そのあとの配送が・・・。
 何だろうなぁ〜この狂騒はいつまで続くのかなぁ・・・が今のわたしの関心。
エラー!

『呼称難チァン・フ・ナン』どう呼べばいいの?
 いきなりですが、中国の人を呼ぶ、その「呼称」が厄介。
何とかして欲しい。是非、中国の方にはこの点でのご助言
いただきたい。
 それは何かというと、日本だと、誰かを呼ぶ場合、取り分け、
余りご存じ上げない誰誰さんをお呼びする、或いは余り親しく
ない方をお呼びする場合ですね、お名前というか名字の方
分かってるなら「〜さん」と、後ろに「さん」さえ付けとけばですね、
どうやっても失礼にはならないし、相手も「はいよ!」と応えてくれる。
 更にこれを、例えば書面で相手に敬称をつけるなら「〜様」が、
あれば大丈夫。
 つまり、この「〜さん」や「〜様」は、万能といいますか全能といい
ますか、これさえあれば、相手が目上だろうが目下だろうが、男性
だろうが女性だろうが、年齢差がどれくらいあろうが全部に使えて
相手に不快感を与えることなく、使える。これ、便利。

 これに当たる中国語がない。
これは不便。これに当たるものが無いのは不便を通り越して困る。
当の中国の人たちだって困ってるはずだ。それなのに未だそれを
見いだせないのは何故?新しく創ろうとしている様子も見えない。
駄目ですよこのままでは。
 まず、その不便さ加減を実証をもってお伝えしましょう。
 簡単に言うと、あなたがお会いしたことがないか、浅いおつきあい
の方にお手紙を差し上げるとします。日本では簡単です相手方の
名前に「〜様」これで好し。相手方が女性だろうが目上だろうが、
どんなに偉い人でも偉くない人でも大丈夫。
 これ、中国ですとお名前が分かっていても、その相手がどんな
人か、女性・男性、役職、付き合いの程度で判断し分かれる。
分かれる、って簡単に言いますけど、これかなりムズい。
 かなり普遍性のあるものとして、男性「〜先生」女性「〜女士」が
あったにしてもですよ、これとて、相手が男性か女性かが事前に
分かった上でのこと。会ったこともなく知らない人の場合、かつ
中国の人の名前はこの男女の分別が難しいときている。
 相手の役職が分かれば、「〜科長」とか「〜主任(これ日本のそれ
よりかなり偉い、この点も気を使う)」の手を使えるが、どうしてもこれ
事務的だよね、ちょっと。ムズい、でしょ。

 古くは中国では、「〜同志トン・ヂィ」ってのがあった。これ便利。
男女・上下関係なく、同志ですから、仲間だよねぇ〜って感じで。
それが、いつからか、中国の人たちは「同志」じゃなくなった。
それは、そっちの都合だから、その後のことも考えてくれれ
よかったのに・・・。

 「小姐シャォ・ジェ」ってのが一時ですね、「お嬢さん」的な使い方で
いきなり「小姐!」と呼んで振り向いていただけていた。それが、
途中からその「シャォ・ジェ」が風俗の関係の若いお嬢さんに使われ
出すと、普通の人からは嫌われた。使えなくなっちゃった。
 例えば、レストランで。食事の途中。小皿が汚れた。取り替えて
もらいたい。近くに立ってる、座席を行き来している彼女にお願いしたい。
そんな時「小姐!」と呼んではいけない。こっちを向いてもくれない。
「服務員フ・ウ・ユァン」ってのがある。これねぇ・・、店員さんに「店員!」
と呼んでるようなもので、職業名をそのまま大声で中国の方はどなって
ますが、わたしには馴染まない。せめて「店員さん」と呼びたいよね、
「〜さん」付けで。タクシーに乗って、運転手さんへの「師傳シィ・フ」
ってのも「親方」と言ってるようで馴染めない。でもまだこれは、中国の
方、御用達で使われていて定着してるんだからいいんでしょう。だが、
話を戻すと、若い女性に対する一般的な呼称や、「おばさん」的な
呼称もまた難しい。そうか!女性に対するそれが厄介なのか??

 我が家では、わたしの奥さんは、一緒になって×十年も経っているのに
わたしのことを未だに「東出さん!」と呼んでくる。これ、正しいですか?
エラー!

『 快逓クァィ・ディ 』 宅急便ですよ
 宅急便が日本に現れて40数年。
宅急便とは、なかなかに上手く名付けたものだ。
ただ、このまま中国語には取り入れることは難しかった。
中国語にも「宅ザァィ」は住宅・家の意味でありますが、
日本のそれとちょっと違うのは、もっちょとその一般家庭よ
デカイ家というか立派な家のことを指します。大宅門ってなのは
お屋敷を指してまして、一般家庭とはちょっと違った意味で使います。
更にいけないのは「急ジィ」は急ぐ、というよりですね、イラ立つとか、
焦るとか、せっかちとか、スピードの問題より心理的に急がせれれる
ことを指してまして、これまた日本のその漢字使いと隔たりがある。
最後の「便ビィエン」もまた、このままでは「郵便」にこれない。
因みに中国語での郵便物は「郵件ヨゥ・ジェン」と言ってる。
 ですので、残念ながらこの「宅急便」の三文字ともが、日本語の意味に
近づけない。

 ということで、中国が始めた「宅急便」は、「快逓クァィ・ディ」とした。
これ、すんなりと分かりいい。流石、漢字の国だ。
 で、中国の「快逓」は、字の通り。「快クァィ」は字のごとく、速いだ。
「逓ディ」は、古くは日本でも旧・旧郵政省は逓信省って言ってましてね、
「逓てい」は伝達するの意味ですし、その後ろの「信」に至ってはもう
「信書」の意味であることは一目瞭然。ってことは「快逓」は分かりいい。
 ですので、本来はというか、もともとはというかこれ速達便的な
意味で使ってたんですね、それを代用というか速達便並みに速いので
これでいいかぁ〜となったんでしょうね。
 ちょいと脇道にそれますが、そもそも中国の郵便局では、小包は扱って
はいますが、局で受け付けた小包は、配達局に着くまでの扱いで、
配達がない。全ての小包は局留め扱いと思ってください。配達局から
「小包が来てますよ」ってな通知書が配達になり、いきなりの不在通知書
的な知らせと思ってください。それをもって局へ自分で取りに行かなくては
なりません。再配達どころか、最初の配達がない!

  ってことはですよ、「快逓」は、自宅まで配達になりますし、なんせ
ホラ、速いんですから、そりゃまぁみんな利用しますよね。

 わたしも何度か中国で「快逓」を利用した。旅先のことで、多くは
日本から持ち込んだものを中国の友人・知人宅に送る為に使った。
それれはホテルのビジネスセンターのような場所へ行って送り状を書くか、
フロントにお願いして出すかだった。だから、というか日本でも同じだが
自分の出した荷物がどう扱われてるかまでは目にすることがない。
無事届いてるようなので、不満もない。扱いがちょっと荒いというのは
聞いたことがあるし、他の時にちょっと目にしたこともあるにはあるが、
まぁあんなもんだろう。日本のそれを基準にしてはいけない。
 しかも制度的にもまだまだ過渡期。これからも工夫が必要だ。荷物の
管理などはこのあと携帯や電脳を駆使してそろそろ日本より技術的には
先に行きそうだ。

 わたしが今でもこの宅急便に関して強烈に印象に残っている場面がある。
それは、
 数年前、北京の街角、わたしは大きな通りの信号を渡ろうとしていた。
一台のトラックが左折のため信号待ち停車。そのトラックの横腹に目が
釘付けになった。それは日本の某宅急便会社のトラック。そのまま。
トラックの横腹にはあの、ふんどし姿の飛脚便の画。
 ん!一瞬固まった。何が何だか判らなくなった。なんで?
北京の街には不釣り合いなそのトラックに目を奪われた。暫し、ボンヤリ
してたと思う。やがて信号が変わりそのトラックは例の乱暴な運転で路を
争うように走って行った。それを見て、やっぱいりここは中国だ、と思った。



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