月刊・私の見た中国 目次


 月刊・私の見た中国 目次

エラー!

『 穿馬路 ツァン・マー・ルゥ 』 中国式道路横断法
 今月号の話題は、すでに有名というか、名高いというか、ご存知というか、
中国のあの、道路を横断するのが大変だよね、というお話ですね。
 まぁ、「過馬路グォ・マー・ルゥ」ってのでもいいんですが、「過グォ」だと、
道路を単に渡って行く感じですが、それよりはとっと過激なんで、「穿」にした。
「穿ツァン」ってのは、日本語でもその、うがつ、ってんですか、道路をその〜
突っ切るってんですか、ただ行儀よく渡るんじゃなくですね、その無理やり
でも渡っちゃぅ、その必死さが、「穿」なわけです。ホント、必死です。

 さて、その中国の道路を横切る様子は日本でも幾度も取りあげられてますから、
ご存知と思いますが、それって、別段、横断歩道の有る無しに関わらずなん
ですね。時に命懸け、とも言われてますが、それって、ホントです。冗談じゃなく。
 まぁ、危ない、ってことですよね。実際、危ないです。普通に、何度も危ない目にも
会いました。そんな場面を何度か目撃もしました。中国の知り合いにも手痛い
思いをした人がいます。
 ってことで、中国で横断歩道を渡るのは命がけ、ってのは、ウソではありません。

 そうは言ってもですね、わたしの場合はまぁ中国ってことは旅先で、ってこと
ですので、毎日のことでもないし、それなりに気を付ければいいんじゃない、と
思うでしょ。思いますよね、しかも、行く前からそれって有名なんですから。
 それが、事はそう簡単じゃない・・・ってのをこれから、縷々説明しますね。

 まずその、中国の方は別ですよ、わたしの場合ってか、わたしが見た、体験した
例ですと、
 まずその、日本の方の多くは、中国へは団体旅行ですので、おおむね大丈夫。
大体がバスを降りてからそんな道路を横断するような場所は連れて行かんでしょうし、
その場合だって、ガイドさんがいるでしょうしね。しかも、それなりに大人数がいれば
例の「赤信号みんなで・・・」ってやつで、度胸もつくでしょうしね。
 わたしの場合は、二人。奥さんと二人旅、ってことは、男・女、各一名。、加えて
それなりに年を食っていてい、ほぼ、現地人と同じような格好をしてますんで、誰も
あいつらは外国から来た観光客なんてなことは、恐らくぶつかっても分からんと思う。
最悪だ。加えて、公共交通機関を使って街を歩いてるので、毎日毎日、何かしら
道路を渡る。何度も、何度も渡る。渡ってはまた、引き返してくる。そんな旅。

 さて、何が困るかというと、超有名な北京のあの片道何車線もあるような目抜き通り
なんかは、誰だって困るんですよ。何せ、片側四車線で合わせて八車線を渡る、
なんてなのは日本じゃないし、わたしの住んでるような北海道の田舎じゃありえない。
それでは済まず、四車線のその横には、自転車専用車線が両側にある、という
十車線横断なんて、車が一台も来てなくても大変でしょ。
 そんな有名な道路ではなく、わたしの場合は地方小都市のですね、ごくありふれた
片道二車線の交通量もまぁまぁ、許容範囲にあるようなそんな特別な道路でも怖い。

 いくつか要因がありますね。一番は、クルマは右側通行。ですので右左が逆。
これが、長年の習慣というんですか、なかなか抜けない感覚としてありまして、日本
だと、渡はじめ気を付けなくてはいけない、左折車が、反対に右折車に注意が必要、
って、これ、頭では分かるんですが、体が分かってない。ですのでついつい、中国へ
着いてすぐの旅行二日目、三日目などは細心の注意が必要。

 感覚的なものが違うってのは、クルマを運転されなくても、分かっていただけますよね。
そのスピード感覚は無論のこと、どうか避けるかなどの感覚がまるで違う。これ危険。
前にも書いたが、加えて中国の人の運転は車線変更が大好き、というか、車線変更
命、ってな人たちが、我も我もと運転してるわけですから、大変。でしょ。

 以前よりは相当認識が変わってはきましたが、以前ですと、「人譲車給道路一個暢道」
(人は車に道を譲ればいいんだ!)ってな看板も見たことがあるくらい、クルマ優先社会
だった。ちょっと、道路を渡るのに一度にわたり切れず、道路中央で躊躇してたりすると
「死にたいのか!!」と大声でなじられた。確かに殺されそうだった。
ずっと、道路を渡る人間のほうが遠慮すべき、とのお考えが基本にあったようだ。
だからか、こちらが途中まで渡ってるのに、平気でギリギリを相当の速度で駆け抜ける
クルマが多く。これって、轢かれたら絶対こっちが悪いことになるんだろうな、と思った。
結論、こっちが気を付けるよりない。細心の注意を。
中国人でも一気には渡り切れず、よく、中央線までまず行って、立ち止まり、やおら
先の反対車線を渡るあのやり方ですね、ですから、ごくたまに、日本でも、横断箇所でも
ない場所で道路を渡ろうとして、中央線あたりで立ち往生している人を見ると、この人
中国人かなぁ、等と思ったりします。

 もう一つ、あまり指摘する人がないので、付け加えておくと、クルマとは別に中国の自転車。
田舎へ行くとまだまだ、自転車多いですしね。これが油断ならない。どう油断がならないか、
というと、なんでしょうね、あれ。中国の自転車って、日本のようにブレーキをかけても、
あのキーッってな、ブレーキ音が全然しませんね。なんででしょうね。スゥッときてスウーと
止まる。止まってくれりゃいいけど、兎に角、音もなく近づいてくるってことです。
これって、自転車と共に南には多い、バイクやスクーターが電動になったもので、これまた
スウッーと来るんですよ。しかも、歩道が広いもんで、歩道を平気で走ってきたりするしね。
となると、道路を横断しなくとも危険だ!!ってことで、みなさん、ご注意ください。

 これは、道路横断とはちょいと違いますが、
 某中国の小都市で、タクシーに乗っていた。目的地は博物館だったか美術館だったか。
考え事をしていたんだと思う。着いたのに気づかなかった。中国のタクシー、自動ドアでは
ない。運転手から「到了!!」と、デカイ声で言われ、慌てて料金を払い、その勢いで、
早く降りなくちゃ、と思い。後部右座席のドアを開け、急ぎクルマから降りた、と、そこに
自転車がわたしのお尻めがけて突っ込んで来た。したたかに自転車の前輪で尻を。
「没什ル口巴!」(メィ・シャール・バ!大丈夫でしょ!!)と言われた。あの、大丈夫
かどうかは、こっちが決めることで、そっちで勝手に決めないでよ!と思ってるうちに
相手は行っちゃった。タクシーの運転手からは、クルマのドアは壊れてないか、と怒鳴られ、
誰もがわたしの事などそっちのけで回りが賑わっていた。
 何が言いたいか。つまり、左・右が反対になった、というだけで大変なんです。
エラー!

『中国的 スゥィ・グォ』 中国は果物王国
 果物の話です。中国語では水菓 スゥィ・グォ といいます。
古くは、日本でも果物のことを水菓子といってましたから、あれって
中国語だったんですかね。果物も甘いし、食事とは違い、手にとって
手軽に食べることができるから、まぁ菓子と言ってもいいし、水分が
多いんだから、水菓子は言いえてる。

果物のない、果物の生らない国はない。どんな国でも、果物はある。
その国にでしか、その地方でしかない果物もあれば、どこにでもある
果物もある。
 そこで、いきなり中国の水菓のお話に入ります。
 わたしの中国の旅の楽しみはいろいろあるが、その一つにこの果物
が食べれることにある。
 なぜなら、先ず、種類が多い。お判りでしょうが、中国のあの国土。広い
広い国土と、南北・東西に広がった国土。そんだけ種類がある、ってこと
でしょ。南の果物から、北の果物。乾燥地に生る果物やら、高地にしか
生らない果物、季節によって異なる果物。もうこれだけで、どんだけ種類
があるか分かるでしょ。
 日本は果物が高すぎる、とわたしには思える。どうして、みんなあんなに
高いのか。だから、手が出ない。ところが、中国、安い。無論物価差などを
考慮しても、安い。安いし、美味い。種類が多い。ね、楽しめるでしょ。
 更に、中国旅行をしていて、というか、中国に限らず旅先、食事が偏る。
団体旅行でもそうでしょうが、ドッサリ御馳走が出るが、意義と野菜や果物を
とる機会が少なくなる。ですので、心がけて、食べる。
 しかも、わたしの場合だと、旅先のホテル部屋で、となると、出来れば
ナイフとか、道具を使わず、皮をむいただけ、或いは、そのまま直に食べる
ことができる果物が最適。外で食事をし、ホテルの部屋に帰り、食後の
フルーツってのが多い。つまり、洗ってすぐ食べられるのが最適。

 見たこともない、何処を食べるのかもわからない、名も知らない果物にも
よく挑戦する。ただ、この場合、存外失敗が多い。まずその、この果物そのもの
の時季が分かってない、だから、ウラナリだった逆にもう季節外れだったりの
失敗。更には全く見たこともない果物の場合、先に食べた経験がないので、
味の想像が事前にできない。まったく、分からないまま食べて、食べたその味
がこの果物の本来の味なのかどうかの比較検討ができず、美味しく思えない
場合はひどくガッカリさせられる。加えて、こうした珍し果物は往々にしてちょっと
高い。数の問題なんだろうが、一般的な果物より幾分割高になってることが
多い。その希少価値と値段と味が合っていればいいのだが、これまでの経験
からして、この手の果物はハズレが多い。それで、少量をおそるおそる買う。
これがまた、どうやらいけないらしいが、根っから小心のわたしにはそれ以上は
手がでない。

 まだある。んん〜書いていてだんだん口の中が果物模様になってきて、いま
困っている。

 更には、果物を使った料理というか食品が待ち受けている。これも楽しみ。
簡単なのは例えば、甘いもの好きなんで、中国でもケーキ屋さんを見かけては
買うんだが、ほら、ね、果物を使ったケーキでしょ、その他にも、料理にも果物が
使われていたり、あれは、宴席用だとは思うが、テーブルの飾り、お皿の飾りと
して、果物そのものが、また、果物を彫塑して飾れてるのが出たり、も。
 いくらなんでも、中国でも、果物に火を通す、例えば炒めたらりするのは、まだ
お目にかかっていない。まぁ、トマトなんかは普通に炒めたりしますから、メロン
をそうしてもよさそうだが。案外、有るのかも。まぁ、果物は熱を加えると、味も、
触感も、変わるから難しいのか。でも、そこを狙って作る手はあると思う。

  中国旅行でわたしの、一番の、くだものは、イチゴ。何故なら、旅行に行く時期
にもよるが、これだと、一年中、何処を旅行していても、ある。買って帰るときも
かさばらない。ホテルの部屋に帰っても洗うだけでよい。しかも、中国のイチゴ、
これが外れがない。何処で何時誰から買っても、多少青くても、甘くて美味しい。
あれって、何か問題あるのかなぁ。日本じゃ結構外すけど。大体いつも、路上で
農家の人が道端に陣取りそれを並べてるような人から買う。美味しい!のが常。
安い!日本に比べて、甘い!瑞々しい!!というので、これが夜のホテルでの食事
のあとの楽しみと、余れば翌日朝の食事の時、パンとコヒーとこれがあれば満足。
  路上で果物を売っている方の、大方はちょっと年配のいかにも近くの農家から
たった今摘んで来ました、というような人たちは、少なくはなってきたがまだいる。

 どこの町かは忘れた。ホテル入口の真ん前にリヤカーを停め、果物を満載して
営業中の彼女。時々見かけるが、こんなに露骨にホテルの出入口真ん前って、
これ、ホテルの許可とってのかなぁと思う。朝、わたしが出かけようとする時には
すでに営業中。ちょっとひやかしに見て、迷ったが、帰りに買おう思った。店番の
彼女は「取っといてあげるよ。」と言う。いやいや、それじゃあんまりだ。
その日、たまたま帰りが遅くなった。もう夕食の時間帯はとうにすんでいて、あとは、
部屋に戻り、シャワーでも浴びて・・・と、帰り着く。
 と、朝の彼女のリヤカーがまだ、ホテルの真ん前に。え〜、すぐに、彼女は朝の
わたしとのやり取りで、待っていたのだろうか、と思うが、まさかね、とも思う。
「まだあるよ、イチゴ」と、向こうから言われた。これは買うでしょ。しかも、引け目
あるのか、多目に買わさせられる。連れからは、女性に甘い、と叱られる。
んん〜でも待たせたようでもあるし、とわたし。あれが商売なの!と連れが。
 その日の、そのイチゴの味はちょっと違っていた。
エラー!

シェン・ファ・ディェン』 中国のさん
 生花を中国語では、鮮花シェン・ファと言ってます。日本語のこの
”生”ですね、中国語ではションですが、中国語にした場合そのまま
どうも”生××”とはいきづらい。生ビールも、鮮口卑酒となるように。
中国語の”生”にも、火を通してない、つまりはナマの意味はある。
だからこそ、生魚片ション・ユゥ・ピェンは旨くいった。最後の片は
その切り方を指している。日本人はとりわけ、この”生”が好き
すぎて、何でもかんでもナマが好いらしい。ナマタマゴは食べません。
最近は日本語にかなり影響されて、そこそこ、”生”の字を使って
も理解はしていただけるようですが。
 日本では、お魚屋さんは、鮮魚店って”鮮”の字を使いますけどね。
 ついでに、未確認情報ですし、わたしの理解している中国ではちょっと
心もとないのですが、鮮花が生花だとすると、逆に中国語で生花は、
どうやらあの、葬儀の際のですね、お花を言ってるらしいのですが、
ホントですかね。

さて、そのお花を扱うお花屋さん。
 中国における花卉栽培は国の長い歴史の割にかなり悲惨な歴史
を歩み、ちょっと可哀そう。この話をしていると長くなるので割愛。
だから、花を愛でる心が育たなかったのは、中国の人たちのせいでは
ないし、花を育てるのが遅くなったのも、庶民に責任はない。
 さて、
 中国のお花屋さんに、別段そうそう変わったところはないです。
先に言いたいことを言っておくと、特段変わったところはないですが、
一つは、近年これまた何処を取り上げて切っても同じですが、近年
の中国は、お花屋さんもまたしかり。以前とは違いっています。
 その大きな違いは、外観です。とりわけ、お店。とってもオシャレ
なお店が増えてきました。店先にお花がなければ、他の業種と間違え
そうな、綺麗なお店。中のお花の飾り方も工夫されていて、扱っている
お品がお品ですから、そうあるべきと言えばそうなんですが。でもこれ
かなりセンス好いよね!とこちらを喜ばせてくれます。

 お店そのものはそうなんですが、では、扱っているお花は、というと、
一度プロの方に見ていただきたいのですが、素人目で見ても、ちょっと
その種類が少ないのでは、と思ってるし、多分、実際そうだと思う。
日本のお花屋さんはおそらく、全世界から届いたお花が並んでいる。
中国のお花屋さんはおそらく、国内のを並べている。
また、そんなに珍しいお花というのに価値を置いていないのでは。
日本だって売れ筋っては限られてるんでしょうが、それ以外のも
置いて楽しませてくれますよね。そこまでは付き合ってくれない。。

 花を買う、求める、という行為はですね、まだまだ、日本人にも
中国人にも日常に定着したものでは残念ながらありません。
残念ながら、と書いたのは、欧米の人たちが普段に花を買って帰る
それは、男女の別なく、ってのは何かで読んだか、知らされたか。
でもですよ、そんなに普段のことだったら、特別の日のあの花を買い
帰るその感慨がなくなるじゃないですか、啄木の歌のようにですね
ごくたまに一輪の花を求めて帰るから好いんですよ。あれが、普通
だったなら、面白さはない。
 ということで、中国の人にとっても花を買う、というのはちょいと
特別の日です。それで好いんじゃないかと思っています。

 花の好みなんかは多少国民性が関係してるとは思います。
ですが、それとても個の問題ですから、傾向があったにしても、これまた
それで好いんじゃないかと。
 母の日の康乃馨カン・ナィ・シン(カーネーション)や、大切な日の薔薇
チャン・ウェィを王偏に右に攵と、王偏に鬼の字で、メィ・グィとバラの
ことをメィ・グィ・ファと言っている薔薇。懐かしの「♪薔薇が咲いた」は、
「♪メィ・グィ・ファ・カィ・ラ〜」と唄っています。

 違いと言えば、中国の旅先ではよく、花鳥市場ってんですか、お花と
鳥なんかを扱っている、あれは卸しのような市場でしょうか、何度か足を
踏み入れてますね。小売りもされてるようで、町ゆく人も入って行って
お花を買い求めたしています。花と鳥が何故に一緒になっているのかは
分かりません。日本の花卸し市場なんて何処になるのか、町で見たこと
などないので、その点は今も意外であり印象に残っています。

  大分以前のことですが、お花を友人に贈る事に。花屋さんへの
注文は、花を選ぶのからラッピング等のお願いやら、わたしの中国語
ではおぼつかない。そこで、中国の人に頼み、電話での予約・注文を
お願いした。何の花が希望か?とか、どれ位の束にしたいか?とか
包装は中が見えるやつか?とか、予算はどれくらいだ?とか、花は
種類が多い方が好いか?など、かなり事細かに訊かれ、おぉ〜!
やっぱり大変なんだぁ〜、お願いして好かった!とホッとした。
 わたしに特別のこだわりは無かったが、色はやっぱり紅系でしょう、
その手の花で、ちょっと豪華感ももたせて、中がのぞけるような透明な
部分がある包装でお願いした。時間には余裕があった。予算内にも
収まりそうだった。一安心。
 当日、店に取りに行くのは自分で行った。支払いを済ませ、ガザガザ
鳴る大ぶりの包みを渡された。わたしはこれでも意外に花の名は知って
いて、詳しい。ただ、中国語にすると何というのかは勉強していない。
これって、コウシンバラ、と言うんですが、色は問題ない。ラッピングも
洒落ている。ボリュームも申し分ない。綺麗だ!!
 ・・・でも、これ・・・造花ですよね。え〜、こちらはお花屋さんですよね。
「あなたが注文したのはこちらですよ!」と小姐はにこやかに言った。
エラー!

『 中国人的辯解 ビェン・ジェ 』弁解する中国人
  いきなりですが、弁の字の話をします。弁解の”弁”。
日本は概ね、いま、この”弁”の字で対応、というかこれを
使ってますが、本来は、というか、もともとは日本にだって
辯の字も、辨の字も、瓣の字もあったはず。これって、
微妙に中に入ってるのが、言やリや瓜の違いがありますよね。
中国語ではみな、読みは、ビェンとなります。日本ではこの音が
ベンとなり、一つの字で代用しています。それが”弁”です。
 旧漢字表記では、弁護士さんの、弁は、辯護士だったはずで、
まぁ、書くのも面倒だし、似た字がこんなにあっては煩わしいので
それなりに”弁”の効用はあります。画数もグッと少ないし。
 簡体字といって、漢字をどんどん省略かしているのに、これを
頑なに守っている。中国にもこの弁の字はあります。あるんですが、
音も同じで、ビェンなんで、これで代用すりゃいいじゃん、と思うん
ですが、中国での”弁”の字は、今度は日本とは逆に使われる事が
少なく、一例として、冠かんむり、的な使い方で、弁言と言えば
書物の序文的な使われ方をしているようです。
 長くなりました。”弁”の字が、辯に代わってることがお分かりになれば、
辯解ビェン・ジェが弁解だとお分かりいただけると思う。音も近い。

 ここまで、いいですか。さて、本題に入りますよ。
中国の人の弁解、と言ってますが、まぁその、弁解は別段中国の人だけ
ではなく、誰でもします。しますが、中国の人、多いです。
 弁解は、硬いので、言い訳としますか、これ、だと判りいい。あまり、
重い話だとちょっと差しさわりもあるので、よくある、遅刻の問題にしますか。
遅れてきた人の言い訳。もう、その、遅れてきてるわけですから、
そこには何らかの原因と言いますか、理由といいますか、そりゃあるでしょ、
あるんですが、遅れてきてるわけですから、どう転んだところで、非はその
遅れてきた方にあるわけでして、待たされた方は、怒っていたり、そうでも
なかったり、ですかね。今回は、待たされた方の対応はともかく、遅れて
やって来た、その人の、第一声といいますか、自分は何故遅れたかの
その説明。自ら弁明する人もいれば、求められてする人もいます。
 先ずその、遅れてくるその事自体、約束をしました、その時間に遅れ
ました。この頻度、中国の人、多いような気がします。数字を挙げろと
言われるとこまるんですが、多い。これって、地域差がある。日本でも
沖縄の人が多いと聞いたことがある。暖かい地域が多いのかというと、
それは限らない。まず、ここがあります。ここ、とは約束の時間に対する
その重視度があります。軽い。それって、双方に軽かったりもする。
 そうは言っても、互いに時間をやりくりするわけで、約束の時間がある。
遅れるからには、遅れた方にその原因が。その原因を、遅れたのはその
当の本人なんですが、言い訳の多くは、当人に責任ではなく、他の要因に
あることを力説するのが多い。これが、辯解。言い訳。
 曰く、自分は如何に悪くないか、どんなに努力したか、避けられないこと
はあるんだ、等々。遅れたくって遅れたんではない、と。
 実例をお話ししましょう。これ、実によくある。まぁ、よく遅れてくる。
この場合、わたしが一番聞いたのは、当時では、「バスに間に合わなかった」
「バスが来ない」「バスに乗り遅れた」と言った、交通公共機関に対する
責任転嫁。まぁ、当時の移動手段は主にバスだったし、その混みようも
凄まじかった。でも、間に合わないのは、乗り遅れたのは、あんたの問題
でしょ、と言いたいところだが、ご本人に自覚も悪気もない。
 まぁまぁ、考えられる理由は限りなくある。「出門時客人来」も「路上堵車」
も正直、理由になってない。それ込みの約束でしょ、と言いたいが。言わん。
向こうは謝る気がない。そんなんで、謝るはずがない。はなからそんなん
求めてはいけない、ってのは結構長いことかけて学んだ。
 こっちは、こっちで、「我也剛来!」と見栄をはったり、「没事ル!」などと
鷹揚に構えるのが中国式、ってのを学んだ。
 学んだが、どうもしっくりこない。毎度毎度待たされた。

 冬、厳寒の頃、T君から電話があった。頼みがある、という。携帯もない頃
で、呼び出し電話に呼ばれ、明日、午前のある時間に大学正門での約束。
ところが、翌日、彼は来ない。何度も言うが、携帯のない時代。わたしは
寒い寒い朝、約束の15分前には正門の屋根の下で灰色の空を睨めてた。
やや、遅れてやって来たT君。「じゃぁ行きましょう!」と言う。行くって?何処?
その前にあやまるか何かないの?乗って!と彼に言われ、自転車の後ろに
乗せられ、それでなくとも寒いのに風を切って大学構内をかなりのスピード
で自転車を走らせるT君。必死に彼の腰に腕を回し、寒さに震えながら、
「ところで・・どうして遅れて来たの?」と遠慮がちに訊いてみた。
「ドンツゥーも知ってるでしょ、いつも僕が行く、あの店ね、今朝に限って
混んでいて、時間がかかって・・・」
 エッ!ナニ!!あの寒さの中待っていた時間、あんたは暖かいものを
食べていた、ってこと・・・。で、わたしは・・・「美味しかった?」と訊いた。
エラー!

『騎自行車チィ・ズ・シン・チュゥ』自転車に乗って
 ある日、友人のひとりが、「中国と言えば、自転車でしょ!」と、
のたまわった。正しい。正しいが、いかんせん、その発想は古い!
無論、わたしの友人なので、それなりにニンゲンも古い。だが、
それにしても彼の認識はそうとう昔の中国を思い浮かべている
ようだ。別に構わんが、その視点というか、そうした視線で現在の
中国を見ていたらちょっと判断を誤る.と思い、注意した。
 時代さえ遡れば、わたしにも彼の頭の中にあるような、あの、
北京の天安門前、長安街を滔滔と流れる川のごとくに静か
途切れることなく、過ぎてゆく自転車のあの隊列というか流れを
思い浮かべているんでしょうが、それ、わたしも同じです。です
ですがそれって、40年も前の中国です。
 少しだけ説明しておくと。あの自転車の流れが無くなったのは、
無論、マイカーブームにあるが、それよりも、あの人たちの住まいが
北京だとどんどん外へ外へ広がり、自転車では通えなくなったので
あります。

 戻ります。ですから、「中国と言えば・・」はもう言えません。でも
個々人の頭の中にある図までなかなか変えることはできませんし、
わたしにそんな任務があるわけではないので、それはそれとして、
そうだ、自転車の話を書こう、と思った。何故なら、ここらで書いて
おかないと、忘れられてしますかも知れない。書かなくちゃ。

 まぁ、その自転車のお話ですから、自転車そのものにそう違いが
あるわけではない。自転車に纏わるわたしの体験談と言っていい。
 先ず、その表題の、「騎自行車」の「騎チィ」は、日本語でも騎馬
と言うように、跨ってのるその乗り方が「騎チィ」です。日本語は自転車
ですが、中国語では「自行車」となり、「転」と「行」の違いです。

  では、漸く本題に。
 古い話です。当時、中国の人たちの自転車は、今のような洒落たもの
ではなく、ゴツイ感じのものが殆ど。あれは、上海のナントいうメーカー
だったか、ちょっとお洒落なのが人気だった。でも、それとても日本の
自転車よりはどこか、イカツイ感じだった。自転車そのものはそんな感じ。
そして、それに乗る乗り手たちは、あれは、中国の人は、特に北の人達は
背も高かったからか、サドルの位置がいやに高かったわたしが乗ると、
停まる際は、足が爪先立ちになり不安定だった。また、自転車のブレーキ
をかけると、日本だとキーッとか、金属音がよく聞かれるが、あれが中国
では無かった。という二つが印象に残っている。

 あれはどういういきさつだったのか、中国で自転車を買う、ことになった。
わたしは、どうせ、ずっと中国に居るわけではないので、中古でいい、と
言った。友人の友人が、週末に、中古自転車の”市”がたつから一緒に、
と言われた。へぇ〜、そんな場所があるんだぁ〜。と、感心。前日、値段交渉
もあるので、外国人のアンタは口を挟むな、と釘をさされた。成程ね、相当
吹っ掛けられるんだ、と理解した。当日、”市”がたつその場所は、ごく普通の
坂道の途中のたんなる道路の路上。もう、始まっていた。友人が勝手に、交渉
している。丁々発止のやり取り。かなり安くなった。わたしは値段に不満は
なかった。でも、ちょっと試乗してみたかった。その事を話そうとすると、何も
言うな、と目で合図される。友人の彼は、それなりにブレーキの遊びを、
チェーンの回り具合などを試してる。いよいよ、決まりそうだ。「これで好いか」
と、訊かれたので、「いいけど、乗ってみたい」とヘタな中国語で答えた。まぁ
もう交渉はほぼ終えてるのだから、いいだろうと思った。やっと試乗できる。
ゆるい坂道を下り、戻ってきたら、あれは何というのか、ペダルのゴムの部分
が、ポロリと落ちた。

 その自転車で街に買い物に出かけるようになった。繁華街の百貨店前に
自転車を停め、戻って、自転車を出したら、凄い勢いで中年のおばさんが、
わたしに何事か言っている。訛ってるのか、興奮してるのか、何を言われて
るのか、分からない。側にいた人が、駐輪代を払いなよ!と、注意してくれた。
わたしはあそこに停めると、自転車といえど、駐車代がかかると、知った。

  もう一つ、これは「漂亮的字」にも書いた、自転車修理おじさんの思い出。
 自転車があることで、行動範囲も広がり、便利でもあった。しかし、ご多聞に
漏れず、時折の故障に悩まされた。一番多いのは、パンクだ。何せ、路上に
色んなものが落ちていた。道のあちこちに自転車修理屋さんが店をはってる。
店といっても、街路樹に自転車のチューブなんかを引っかけたその下が、
店というわけだ。わたしには贔屓に店があった。パンクしてるのに、わざわざ
押して遠くともその店へ足を運んでいた。皆からは、何で?とよく言われた。
その店は、太ったおじさんが一人でやってる。何がそんなに良かったか。
わたしの目当ては、そのおじさんが書いてくれる領収書が欲しかったから。
そのおじさんの手になる領収書。その字が素晴らしい。ほれぼれする字。
油だらけの汚い手で、紙切れに書いたような領収書だったが、好きだった。
何度目かに、勇気を出して、名前も書いてください、と言った。彼は、自分の
名前だと思ったのか、書いてある、と言った。いやいや、わたしの名前も入れて
下さい、と言った。何という、というから、説明したら、何だ中国人じゃないのか、
と言われ、じゃぁ、と言い、わざわざ、ちょっと大きめの綺麗な紙に改めて
書いてくれた。しかも、簡体字ではなく、わざわざ繁体字で。
 実は、このおじさんに出来れば、漢詩を一句書いて貰いたいとずっと思って
たが、それは流石にとうとう言い出せずじまいだった。
 その、油の手垢がついた紙切れは、まだわたしの手元にある。


エラー!

『 月台 ユェ・タィ 』 駅のホームで
 今月号の話題は、中国の駅のホーム、についてです。
恐らく、中国も日本も、他の国でも駅のホームはそう変わりない。
ホームですから、列車が到着し、人が乗り、降りる。
あの、一般的にはコンクリート打ちぱなっしの、平らな、ホーム。
じゃぁ、何が違うかというと、そこはほら、また、人ですよ。
そこに集う人たち、そこにある物語は、中国の方が面白い。
駅のホームには物語がある。出会いがあり別れがある。
それは日本だって変わらないわけですが、中国はちょいと違う。
そこんところを紹介したい。

 先ず、この「月台ユェ・タィ」ですが、月を見る台ってんですから、
宮殿の月を眺めるようなバルコニー的なを言ってたんでしょうが、
あの平らさと、屋根がない、ってところから、駅のホームもこれに
なったんですかね。もう一つ「 台ザァン・タィ」という言い方もあって
 の意味は、立つといういみですので、立ってる場所の言い方。
個人的に、「月台」の方が字面から言っても、意味合いから言っても
こっちの方が好きなので、今回も、「月台」こちらを使う。

 中国の列車の「月台」は日本と違って、通勤電車のような列車は
走っていない。近年、地下鉄がそれを担っているが、基本、列車
に乗る=長距離移動となる。ですので、月台は日本と違って通勤者
が毎日毎日行くようなところではない。まず、ここが違う。
 次に、月台に入るというか進む前に、各駅待合室がある。
日本もありますよね。大都市駅にはないが、地方都市にはある。
中国の待合室は、大きい、広い。ホームごとに区切られたというか
別々に待合室がある。行き先別と言ってもいいかもしれない。
多くは、駅の上の方、二階にあたるような場所に、広大ともいえる
それはあって、そこで、改札しますよ、という放送があるまで待つ。
時間前に勝手に入っていったりは出来ない。ここも違う
 ですので、見送りの人や、出迎えの人たちは、月台には入らず
この待合室で送り、駅の出口に迎える、というのが一般的。
 わたしの経験でも、月台まで見送りに来てくれたのは、かなり
田舎の駅で、その時は確か、ホームにでる切符を買うわけでもなく、
顔パスでみんな入ってきていた。
 大都市で駅のホームで迎えられたのは、公式訪問団の団員を
迎えるために、地元のお偉方がホームまで出迎えにでるという、
これまた一般的とは言えない、出迎えだった。
 こっからはちょっと昔の話に。中国の人の移動は、想像以上に
人が多い。どの駅も人で溢れてる。しかも、先ほど言ったように、
日本と違って、長距離も長距離、列車で二泊とか、下手すると三泊
なんてな人もいる。で、こうなると、各人の移動時間もありそんなに
しょっちゅう帰れないからか、お一人お一人の荷物が多い。多すぎ。
もう一人で抱えれる量を超えちゃってる人が多い。赤ん坊を背負い、
方に荷物を掛け、キャリアケースを転がし、もう一方の手には今
買ったと思しき食糧でも入ってそうなレジ袋。更に小さな子供の手を
引いているお母さんや、どちらかにお引越しですか、言いたくなる、
お父さん。何か行商の方ですか、と言いたくなるような量を背負ってる
叔父さん。なんだろなぁ、みんな圧倒的な荷物の量。
 更に、こうした人たちの多くは、指定席のない車両に乗るため、
ホームを走る、走る。短距離選手よろしくスタートダッシュ。
座席を確保できなと、先の書いたようにそっから二泊をどうする。
当然、先を争う。ひと先に。大声で怒鳴る。阿鼻叫喚。
 あれで、停車時間などもよく計算されてるのか、間に合うから不思議。
 更に、更に、移動の人が多い=車両が沢山ついてる=ホームが
やたらに長い。この点から言っても、先の様な大荷物かかえ、大概
指定席のない車両ははじの方にあって、停車時間の制限もあるので
走る走る。みんな殺気だっていた。
 日本のそれよりは、ずっと幅広だったと思う。何度か、何か所かで
ホームに直接、黒い高級車がそのまま乗り入れてるのを見たことがある。
あれは多分、政府のお偉いさんが乗ってきか、その迎えなんだろう。

  わたしの今も印象に残ってる、月台の風景は二つ。
 中国東北の地方都市。以前に日本訪問の際にちょっと係わりの
あった彼女が、途中の事情は忘れたが、わたしがその町に行くことが
知れて、駅で迎える、という連絡が。帰国後、副市長に出世したらしい。
いやだなぁ〜、とは思った。が、断れない。善意だし。何より懐かしい。
 列車がホーム入ると、車窓から、ずらっと並んだ背広姿の一団。
ホームに相応しくない一団。総勢、10数人。わたしが知ってるのは
彼女一人のみ。恐る恐るホームに。どうやら男性陣は彼女の部下
らしい。それでもまぁ、懐かしい彼女の姿を見て、ちょっと嬉しかった。
その時、彼女は「ドンツゥ〜!!」とわたしの名を言いながら近づいて
きた。満面の笑み。手が動いた。握手だな、と思った。どんどん近づく。
ちょっと巨漢の彼女。迫力がある。握手かと思ったら、両手を広げてる。
ハグというか、抱擁しようとしてる。彼女の方が上背もガタイもある。
彼女の腕の中に。勢い余ってそのままずるずると後ろに。ズルズルと。
落ち着け、と思うが、相手に押され、勢い余りホームの反対側まで。
危うく線路に落ちそうだった。彼女の部下の一人が、それを見て、
「相撲シャン・プゥ」というのをわたしは聞きの逃さなかった!違うよ!!

 もう一つ。これはわたしの事ではなく、目撃した風景。
 わたしは、列車の指定席に乗っていた。ボックス席。斜め向かい席
に若い女性。泣いている。下を向いてるが泣いてるのがわかる。
車窓の外には、中年の男性。泣いている。袖で涙をぬぐっている。
父娘かな、と思った。別れのシーン。嫁ぎ先にでも戻るのだろうか。
つらい別れなんだろうな、と思った。声をあげずに泣きづつける二人。
結構いいシーンだな、と思った。本人たちには辛いだろうが。
間もなく発車の時間。携帯を取り出す彼女。電話が来たらしい。
話始める。ホームに立つ男性も携帯を手にしてる。最初、二人が
話し合ってるのかと思った。ところが、どうも違うらしい。彼女の声。
「明天不行!」(駄目よ明日は!)ってのが聞こえた。怒ってる??
男性の方は相変わらず泣いてる。何だ、二人の電話の相手は
それぞれ違うらしい。列車が動き始めた。ゆっくりとホームの男性が
見えなくなった。彼女の電話に怒鳴る声が荒くなってきた。
 失望した。せっかくいい雰囲気だなと、勝手に好い父娘だなと
思っていた、自分に失望した。
エラー!

『 押金 ヤー・ジン 』 保証金要りますか
 「押金ヤー・ジン」そのもののを、もう今の中国の若い人たちは
知らないのでは。知らないというか、「押金」が要らなくなったので、
その存在すら知らない人が増えている。無論、部屋を借りるなど
特別な時には、まだある。ここで取り扱う「押金」は以前は中国の
生活のあちらこちらの場で見られた「押金」の話題。なくなりつつ
ある、となれば、ここに書いておく価値はあるかも知れない。
 と、言うことで今回は「押金」を取り上げておこうと思った。

 どれくらい前までだろう、これ(押金)が幅を利かせていた
時代があった。結構な頻度で、結構あちらこちらでこれを
求められた。
 旅行者として訪れるわたしにとっての一番のそれは何といっても
ホテル。わたしの様に1泊しては、翌日にはもう次の都市
という旅の場合は、こうなる。
 ある地方都市、わたしの場合事前の予約をせずにいきな
ホテルのフロントの前に立ち、「今日、部屋空いてる?」
というところから始まることが多かった。
 中国のホテルは基本、部屋値段。そして、その部屋は基
ツイン。あとは、ベットの種類が違ったり、部屋の設えが違ったり
で、多少の値段の違いはあるものの、要はその日泊まれる
どうかが大切で、「有ヨゥ」と言われれば、時に、事前にその部屋を
見せてもらったりなんかもして、決定!!
 こからです。1泊のお値段が、××元だとしましょう。ここでも季節
によっては割引なんかもあったりするんですが、わたしの場合はその
夜の1泊ですので、その××元を払えばいいと思うでしょ、ここです、
ここで「押金」登場。
 服務台の小姐シャォ・ジェは、平気な顔で、「1泊、××元ですから、
××元(概ね2倍の額)となります」と、すました顔で言う。いやいや、
「〜になります」は日本的表現で、中国では「要××元!」と、キッパリ
言われる。最初の頃は困った。非常に困った。事情が分からず、
「何で?」と。つまるところ、部屋には備品もある、備えの冷蔵庫には
酒類も入ってる、国際電話をするかもしれない、ホテル側としては、
補償金として、もう1泊分の代金を上乗せして徴収しておき、何事も
なければお返ししましょう、という。
 そちらの事情は分かる。分かるが、こちらにだって事情がある。
最大の難点は、例えばその日、日本から中国へ入ったりした日だと
空港から真っすぐ、ホテルへ。人民元の持ち合わせが少ない。1泊
分だと払えるが、両替をしなくては。ホテルのフロントでの両替も時間
によってはしてもらえない。困った。
 「持ち合わせが足りない」と言うと。「カードで」と、小姐が、いやいや
カード決済もしない、「いつもニコニコ現金払い」の日本語の洒落も
通じない。困った。他のホテルに移ったところで同じこと。
 「足りない分を、日本円で取り合えず払っておくってのはどうですか?」
と言ったら、「そういうことをしたことがない」とにべもない。
 だって「同じでしょ、日本円1万円をレート換算して、足りるじゃない」と
食い下がる。「日本円を貰ってもそれを引き継ぐのが面倒」と言われた。
「面倒(麻煩マ・ファン)」って、お仕事でしょ!「じゃぁ、このトランクでも
押金の代わりにここに預けちゃう?」と言うと、「もっと困る!!」と。
 どうなるの、これ。・・・どうなったと思います。
 どこかへ小姐が電話してたと思ったら、急に「好了!!」と言う。
「好了ハォ・ラ」って、何が?どう好くなったの?何の説明もないまま、
「もう行って好い」とだけ言われる。結局、いまだにあれは何がどうなって
「好了!」なのかは不明。な〜んの説明もなし。
 中国、これが多い。何の説明もない。
 「押金」は取られない??まま、無事??宿泊できた。
 多いんだよなぁ、中国。こうした途中がまるで分らず結論だけの時が。

 今回は書けなかったが、最初の方で書いた、部屋を借りる際の日本の
敷金にあたるような「押金」は今でもあるだろうし、
 一方で、ビールの瓶にも「押金」があったなぁ。瓶を返すとその時、瓶の
分の「押金」が戻ってくるなんてのは、もう今はない。そう言えば、これ、
日本でもその昔たしかありましたよ。牛乳瓶だったかなぁ。
 レンタル物では、まだあるんでしょうね、「押金」。
 まぁそういう意味では、ホテルの1泊は、一日部屋をレンタルしてるんだから
そういう意味では、ホテルの「押金」は正しいのか。
 
エラー!

『 金月匙 ヤォ・シ 』金月匙こそが鍵です
 まずその・・・おことわりというか、お詫びというか、表題の
最初の字ですね、ヤォの字の金と月で一つの漢字と思って
下さい。金偏に月。これで一つの字で、これがヤォと読まれます。
 このソフトでは、中国簡体字を読み込めないようなので、二つ
並べてあります。これ、日本の字にはないのかなぁ、あると思う
けどなぁ。まぁ使われることはない。
 更に、日本の「鍵」の字は中国にないのか、というと、あります。
普通に使われてます。じゃぁ、鍵はカギの意味でなく使われてる
のかというと、そうなんですね。こちらは、日本でも鍵盤って言う
じゃないですか、ホラ!ここに鍵があるでしょ。鍵盤=キーです
よね、ホラ、ホラ!!キィですよ、キィ・ボードのキィですよ。
 ですが、持って歩くあのカギの場合は、金月ヤォ匙の方を使う。
 古くはってか、今はあんまり使われてないようだが、この鍵の
字は、閂かんぬきの意味ですよね。この閂の字が一番よく表して
ますよね、門を閉じちゃうってやつです。

 更に、ややこしい話をしますよ。日本語のカギはちょっと変で、
持ち歩く方のカギですね、あれを言ってるかと思えば、受ける方
つまり、「カギかけ忘れました」ってのは、あの持ち歩く方じゃなくて
ドアについてる方のそれを指してますよね。
 実はあっちの方というか、持ち歩かない方は、錠前と昔は言って
ましたよ、「じょっぴん掛けたか」なんてね。
 つまり、日本語のカギは、両方カギなんですね、カギ。ここがカギ。
中国では分かれます。持って歩く方が、この金月匙ヤォ・シ。
じゃぁ、あの受ける方と言っていいのかなぁ、あちらは何と言うか
というと、鎖スォと言います。カギをかけるは、鎖門スォ・メンと言う。
鎖スォの字を使った日本語の中の、鎖骨ですね、こちらは中国語
でも鎖骨スォ・グォと言ってますが、この鎖スォには、鎖クサリの方
での使われ方ですかね。つまりその、つなげてるという意味での鎖
ですね。とするなら、鎖国ってのは、国をクサリで縛っちゃうことを
言ってるんですね。また、閂のようにもなってますしね。
  どうです。十分にややこしいでしょ。

 ここまでが前振りで、やっと本題に入りますよ。お待たせしました。
今はもうそんなに居ないと思いますが、以前、結構な数の人たちが
中国では、鍵をつまり金月匙を、じゃらじゃらさせてましたね。
何であんた、そんなに鍵が必要なの、と思うくらい。しかもこれ見よがし
に。日本でも以前に若者で何個かのカギをズボンベルトを通すあの
穴に束ねてじゃらじゃらさせているのを見たことはあります。
多分ですが、日本のそれはファッションというかオシャレというか実用
より、多くはそちら側にあったと思うのですが、中国では違いましたね。
実用です。実用ってか、持たないとならない人たちがたくさんいた。

 早速ですが、その例を一つ、二つ。
 少し端折るが、中国で友人が入院ということになった。大変だ。誰も
経験がない。本人は痛みもあって出歩けない。一番の仲良しはわたし。
ここはひとつ、彼の為に骨折るべきでしょ。彼に頼まれて市政府関係の
証明書が必要になった。彼の入院先の病院から、市政府は遠くない。
お見舞いついでに片付けようと思ってた。その頃のお役所は日本だって
似たようなものだったと思うが、とにかく愛想なし。簡単に貰えると思った
証明書は、こちらの申請書の書き方に不備もあって、何度か戻される。
最初はまぁまぁお役所相手だしね、とこちらも余裕があった。それが、
これが一行の進展しない。あれが足りない。本人のサインじゃなくちゃ
ダメだ、お医者さんに記入して貰う欄はこっちだ、となんだかんだ難癖
をつける。最初余裕だったこちらだって、そうそう見舞いの度に役所通い
も嫌になってきた。さすがの温厚なわたしも、彼の方の国、実は友人は
デンマーク(丹麦ダン・マィ)人で、デンマーク政府からも何でこんなに遅い
のかと言ってきてるよ、と脅した。そのかいあってか、三日後には出来て
いるから、取りに来いと言われた。行きましたよ、今日こそは・・と。
毎回来ている窓口、いつもの担当者がいない。まぁ、誰でも構わない
書類を受け取るだけだし。窓口の人に「今日来いと言われた・・」と
もうその種類を受けとるばかりの気でいた。ところが、「今渡せない」
「担当者が出かけてる」と。何が?担当者いなくてもあんたがいるじゃん!
書類はできてるんでしょ?と言うと、出来てる、と言う。彼の机の引き出し
に書類はあるんだが、引き出しのカギがないので書類が出せない、と
大威張り。そりゃないじゃん、「丹麦政府にもう今日発送する約束してる
し、ちょっと国際問題になるかもね」等と嘘の脅しを。と、彼は何度か電話
して、車の手配もして、その係りの人に迎えの人を向かわせ、暫く待たされ
やってきましたよ、その担当者が。我々の険悪な雰囲気などどこ吹く風、
落ち着いた様子で、自分の席の机に向かい、ポケットからジャラジャラと
カギを取り出し、机の一番上の大きめの引き出しを開けた。あぁ〜あん
中にあんのね、と思ってたら、その引き出しからさらに鍵の束が出てきた。
おもむろにそのうちの一つを、机袖の小さめの引き出しに差し込み開けた。
文箱が出てきた。え〜、その文箱にも小さな小さなカギが。ようやく出て
きましたよ、書類が。向こうは、あやまるどころか、堂々とこんなに厳重に
保管してんだからね、とでも言うように堂々としてたので、散々待たされた
のに、丁寧にお礼を言ってる自分がちょいと情けなかった。

  もう一つ、大学のまぁ用務員と言いますか、いろんな雑用をしてくれる
曹大爺(ダァ・イェ)。彼もまたいつも鍵を束にして持ち歩いていた。数が
多いのでかなりの数のカギを大きな鉄の輪っかのようなのにびっしりと
並べて通して、それを持ち歩いてた。映画で見た牢屋の看守みたい。
 ずっと疑問に思ってて、ある日、大爺に、こんなに鍵があってはどれが
どのカギか覚えきれないでよ、と振ったら、「な〜に何事も経験さ」という
答えだた。カッコいい!しかし、学生から聞いた話では、彼が普段使う
カギはあのうちせいぜい四つか五つくらのもので、たまに違うところを
頼むとどれか分からず全部のカギを一つ一つガチャガチャやるそうで
大爺だって分かってないんだよ、と言う話だ。

  このことからわたしが学んだのは、こんなに細かにカギをかける
ということは、中国の人たちどうやら、他人(同僚)すらあんまり信用
してないだ、ってことと、徹底した分業でカギを持ってる人がそれを全て
管理しほかの人はタッチできないようだ、ってのが判った。
エラー!

『広告 グァン・ガォ』 なんでもかんでも広告に
 広告は中国語でも「広告」こりゃぁ楽だ。説明が要らない。
音は変わる。グァン・ガォと。字の意味は全く同じ。
 これって、日本語をそのまま中国が取り入れたのかなぁ〜。
その前は、宣伝って言ってましたよね。宣伝。これまた、中国語
も同じ。まあ、宣伝シュワン・ツァンと音は変わりますけどね。
 毎回本題に入る前にコトバの説明だけで、ウダウダと長い。
とのご指摘を受けてますので、今回、たまたま、何の説明も
要らない訳です。さっさと本題に入れ!!って声が聞こえて
きそう。
 が、そうはいきません。本題に入るその前に。広告とは全くの
字面通り、広く告げるわけです。でもほら、広く告げるべき内容は
別段物を売る、だけじゃないですよね。例えば、「謝罪広告」とか。
物を売る方のやつは、宣伝の方が担当してると思うんですね。
ですから、本来はというか、正確にはというか、「宣伝広告」って
のが正しいんじゃないでしょうか。しかも、四文字熟語。安定型。
でもありますが、、中国語でも四文字では言わないなぁあんまり。
単に広告ってのが多いよね。でも、動きがある、〜するとか、〜に
影響され、とかの場合は宣伝が使われ、名詞形の時って、広告
が使われることが多いように思う。チラシ広告とか、違うかなぁ〜
まぁ、どっちしても、そのどっちも、どっちの国でも使われてるん
だから、ま、イイか!!

  ってことで、お待たせしました。これで、やっと本題に。
今ですね、広告から逃れることは難しい。広告に触れずに一日
過ごすことはほぼ無理。新聞も読まない。テレビも見ない。でも、
外へ出れば街頭には多くの宣伝。バスの車体にも、座席にも、
町を歩けば目線の先には広告。一日、目をつぶっていても、耳に
届く宣伝。無理だ。宣伝からは逃れられない。ネットなんか
もってのほかだ。宣伝だらけ、でしょ。紙媒体の宣伝が、ラジオで
聞く宣伝になり、テレビの世界の宣伝。そしていはネット。では先ず
テレビ広告からお話を。中国のいわゆる、テレビCMってやつね、
結構面白い。多分、それって単に旅先で見る新鮮さが手伝ってる
とは思う。中国に限らずでしょうが、あの数十秒、視聴者をくぎ付け
にしなくてはならない。もともとそう作られてる。そう仕向けてる。
あれで、毎日見せられるとね、宣伝になった瞬間に見てる局から
違う局に変えられたりするわけですよ。
 これまた、多分ですが、外国で見るその手の宣伝は、新鮮なのと
言葉が判らなくとも視覚に訴えての売らんかな!ですから、そうした
工夫がされていて、画面だけ、もちろん、音もそれに併せて面白可笑しく
あるいは注意を惹くようにできてるわけですね、だから面白い。
しかも、数十秒くらいで訴えてくるわけで、時間も短い、面白いように
創ってるわけですからして、そんなに気にならず中国では見ている。
 大体ですね、中国が共産主義の国であるのを忘れてますよね、
流すほうも、受け取る方も。それ位多いんですよ。しかも、放送局は
国営だったりして。今はだいぶ違うか。以前はガチガチの国営。それ
なのに、ってかそれでも、ってか番組途中にはしっかり宣伝入ります。
そこらへんは日本と同じで、人気のある番組だと宣伝が沢山付いたり
どうやらその枠は広告料も高いらしい。市場原理ってやつですよね。
 その内容もそう変わらない。人気俳優が、女優さんが、颯爽と登場。
見ている方を自分もああなれるのかな、と勘違いさせてくれる。
 品種は違いますよ。なだろなぁ、日本だと多いビールの宣伝は中国
ではあんなには見ないなぁ。

  街の壁面を利用した大型スクリーンでの宣伝も普通になった。
超大型スクリーンに映し出される宣伝映像を首を傾げてボーっと
見てる田舎者はわたしくらいのものだ。
 バスに乗れば、バスごと車体が広告。座席にも広告。タクシーの
車内にも。停車場も広告だらけ。ゴミ箱にも広告。無論ビルの壁は
大型広告。どの国も同じ。いやいや、中国の方がその規模と数で
上回ってる。怖い。

  最近の流行ってるのが、広告名前で買われる施設[これまた、
日本と同じ。「天鵝超市市場」ってなバス停が出現。日本でもまま
あるでしょ。でも、わたしが見たそれは、まだそのスーパーが工事中。
日本だと店の近くで乗降客が多い。店の宣伝も兼て、あれはどっち
から先に話が行くのか、店側が先か、交通機関の方が話を持ってく
のか。「天鵝超市市場」はまだ出来てもない。どの位乗降客があるやも
分からない。なのに、前の「××橋」って名を変えちゃうらしい。この
スーパーの経営者、なかなかだ。
 これはバス停。更に、道路の名前も売っちゃう。以前だと中国の
あちこちで見られた、革命中国を賛歌していた「勝利橋」「五・一広場」
「復興路」「建国門」どこにでもあった名前。それらがことごとく、企業名
に取って代わった。どうなの、これ。

  数年ぶりで或る東北の町に。懐かしい。変わらない、街の佇まい。
確かにビルは増えた。ホテルが「五・一広場」のそばだたので、タクシー
乗り込んで「五・一広場まで」と、言った。運転者から「お客さん!年
幾つよ?今時なにそれ、(富麗摩飯店)でしょ。(富麗摩広場)ね」と
訂正された。次の日。またタクシーで。「勝利橋!」と。運転手「没有
メィ・ヨゥ、ない」。ない?ないって、橋が。また名前変わったのか。
「いまは、なんていうの?」運転手「・・・?」わたし「ほら!あの郵便
局がこっち側にあって、向いが××大厦ダァ・シャァ、(ビル)の・・」
運転手「・・・、あそこ橋もうないです」「橋がない〜なんで?で??」
「河も埋めて下は道路になってる」「んん〜そうなんだぁ・・成程、
でも、こんなに変わったって運転手さんも大変ですね」と言ったら。
「イヤ、別に。前の名前もともと知りませんから」。成程ね。若いんだ。
ところで、じゃぁわたしって何年ぶりにこの町に来たんだろう。
 と、物思いにふけっていたら、運転手が「お客さんみたいな客が
一番困るんだよね」と、ぼやく。「なんで??」
 「昔の地名で言われると、地図検索で、出てこないんだよね!」と。


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