作/ななりう
天高し、馬肥ゆる秋。
放課後の勝志は、あいも変わらず腹をすかせていた。
「うー、ラーメン食べたいー、肉食いたいー、何か食わせろー」
家路でもずっとこの調子。隣りにいる真森も、いい加減面倒見切れない。
「もうすぐ家に着くでしょ。帰ってから食べなよ」
「でーもさー、今日は誰もいないんだよねー。ばーちゃんちにみんなで泊まりに
行ってて、夕飯はおやじ待ちなんだ。自分で作るのもめんどーだしー」
勝志の家族はいまどき珍しく、大人数である。両親と、勝志を先頭に子供が6人。
総説8人家族、いつもにぎやかこの上ない。そのうちの6人がいないとなると、なん
となく寂しいのであろう。一方の真森は、父が常に仕事柄ほとんど家にいない上に一
人っ子なので、母と二人暮しのようなものである。勝志の気持ちは、わかるような、
わからないような。
「およ、どこからか香ばしくも甘い香りが・・・」
突然である。勝志は鼻をくんくん言わせながら、横道に逸れて行く。
「ちょっと、勝志!どこ行くんだよ」
何かに引き寄せられていく勝志の後ろを、仕方なく真森も着いて行く。
「おお、ここだ!」
到着したのは、大きなお屋敷の垣根の前。何やら煙が上がっている。
「えっ!火事!!」
ぱちぱちという音と煙に、反応したのは真森である。
「違う違う、焚き火だよ。焼芋の臭いがするから、間違いない」
嗅覚イヌ並。真森の頭に浮かんだ一言。
「こんにちはー!おっちゃーん!芋くれーい」
勝手知ったる他人の家、というように、勝志はずんずんと、勝手口の木戸を開けて
進入を果たす。あわてて真森も後に続く。
「か、勝志知り合い?」
「あーうん。お得意様、かな」
「お得意様?何の?」
勝志の両親は、商売をしているわけではないし、勝志自身がアルバイトをしている
という話も聞いた事はない。
「それは秘密です」
「秘密って、ちょっと勝志!」
生まれてこの方、兄弟同然で過ごしてきといて、いまさら秘密って、何!やばいこ
ととかじゃ、ないだろうね!
と真森が問いただそうとしたところに、勝志のいうおっちゃんが屋敷の中から現れ
たので、真森は言葉を飲み込んでしまった。
「おや、遠山君。お久し振り」
耳に心地よいテノールの響。しかも和装で落ち着きがあるとは言っても、思わず見
とれてしまうような超美系。どこをどう見積もっても、せいぜいいって30代後半?
というところであろう。
つまり、「どこがおっちゃん?」と真森が小さくつぶやいてしまうような、そんな
人が、何のお得意様だって!と疑問が膨らんでも仕方がないこと。
「おや、今日は可愛いお連れさんも一緒ですか。遠山君の彼女?」
しかも目が節穴である。
「勝志、どおいうお知り合いか、きっちり説明してくれるぅ↑」
「ははは、あ、後でね」
引きつり笑いである。
「ところでおっちゃん、芋くれる?そろそろ焼き上がりでしょ?」
「いいですよ。好きなだけ召し上がれ」
お花が飛ぶ勢いの笑顔つき。真森の抱く、胡散臭い渡アップ。
「やりっ!おっちゃん最高!」
「ただし、お願いを一つ、聞いてくれる?」
ほら来た!と真森が身構える。
「オッケー!何?」
あまりにも軽々と受けてしまう勝志の後頭部に、真森の怒りの馬場チョップが、か
わいく炸裂した。
「信じられない!秘密秘密ってご大層に言うから、いらぬ心配しちゃったじゃない
か!もう、はずかしいな!」
猛烈な勢いで、生い茂った草をかき分け進む真森の後ろを、勝志が笑いながら着い
て行く。
「笑うな、馬鹿かつっ!」
「ごめんごめんって。だってねえ、相手が会長のパパさんなんて言ったら、スパイ
容疑かかりそうで」
会長とは、旭海学院の高等部の生徒会長のことである。
歴代ナンバー1の呼び声高い、頭脳明晰、スポーツ万能、おまけに美系のカリスマ
会長様で、当然その人気ぶりはPTAにも及ぶ、アイドル的存在である。しかし何故だ
か、この会長、マリン部にとっては敵のような存在なのだ。
「パパさん言うな!そうでなくても、秘密のお得意様なんて怪しい言い回しして、
頭ん中やばい考えぐるぐる回ってたんだから」
その美系敵キャラ会長の美父の出した条件は、飼い猫の捜索というものである。
「あのなっちゃんていう猫、よく脱走するんだよ。これで捜索活動、5回目だぜ。
いい加減パターンが見えてくるって」
偶然あの美父が猫探しをしているところに、勝志が出くわしたのが初めの縁で、そ
の後もこうして臭いに誘われて行って見ると、捜索を手伝わされていたらしい。
「それって、絶対勝志を引っ掛けるために、芋焼いてたんだよ。やっぱり危険だ」
「危険危険って、何が?」
「・・・蓼食う虫も好き好きって言うし、案外勝志、マニア受けするのかも知れな
いし・・・」
「蓼?って美味いのか?」
「・・・マニア(な虫)にはね」
他に反応するところはないのか、勝志よ。
さわさわさわっ
風もないのに、叢が音を立ててゆれている。
「お、いたいた。なつー!なっちゃん、出てこーい。ちくわだよー」
勝志が手にしたちくわを、叢にむけて左右に降る。すると大好物の臭いに誘われ
て、叢から全身真っ黒の猫が、「なーん」と鳴きながら現れた。
「なつー、まーた家出したのか?お前も懲りないやつだなあ」
そういいながら猫を抱きかかえる勝志を見て、真森は思った。臭いに誘われるあた
りお前も一緒じゃん。
「ほんと、懲りないやつらだなあ」
そうして猫と焼きたての芋と交換を果たし、勝志は満足げに、今度こそほんとに家
路についた。