作/ななりう
冬休みも後わずか。勝志と真森は白銀のゲレンデにいた。
毎年恒例、遠山家・佐倉家の合同旅行で、二人の家族ももちろん一緒である。
遠山家の三つ子達が小さかったので、去年までは温泉地や暖かい沖縄などへ行くこ
とが多かったが、今年は彼らもそろそろ雪原デビューをしてもよい頃でしょう、とい
う勝志母の一声で、6年ぶりにスキー旅行となったのだ。
「やったー!今年はスノボでがんがん滑るぞ!」
と当然喜んだのは勝志である。
6年前のスキー旅行の時、スノボを滑りたいと言ったのだが、母に低学年のうちは
だめ、来年からになさい、と言われたのにその後ちびが出来てしまって、スキーその
ものがお預けになっていたのだ。その後も毎年スキー旅行を提案するものの、三人一
度に面倒見られないと言う理由で却下されていたのだ。
その間に、冬ともなるとスノボの代わりにスケボを滑っていたので、今ではかなり
な荒業までこなせるほどの腕前になっていた。
ようやく雪上で実践できるとあっては、張り切るなと言うほうが無理な相談であ
る。
「冴子さん、せめて温泉付にして・・・」
今だソリ遊びか、雪だるま製作担当のポジションから離れられない真森は、勝志母
に懇願したのであった。
天気は最高、雪も申し分無し。人の多さはこの時期多少は目をつぶるとして、絶好
のスキー日和のなかへ、勝志は颯爽と滑りだした。
「ひやっほーういっ!さいっっこー!!たまんねーっ!!!」
スノボ初滑りとは誰も思いもしないであろう、華麗なフォームで、雪の斜面を滑り
降りる。
どこにいても目立つようにと母に用意された、オレンジ色の派手なウェアーが、余
計に人の視線を集めていた。
「流石というか、僕にあのスポーツセンスの10分の1でもあったら、スキーだっ
て楽しかろーよ」
ちびっこのソリ相手も飽きて、ロッジの周囲をうろうろしているだけの真森は、綺
麗なシュプールを描く勝志の姿を目で追っては、ため息をつく。
「写真でも撮ってやるか!」
何とか楽しみを見つけようと、気分を新たにカメラマンよろしくファインダーを覗
く。
何枚か撮っては見たものの、上手く写せているかは現像してからのお楽しみという
感じである。
「動きが早くてズームのピント合わせるのも結構難しいなあ」
時計を見ればもうすぐ昼ご飯時。どんな時でも腹の中に決して狂わない時計を仕込
んでいる勝志も、じきに戻ってくるだろうとふんで、真森はカメラマンを一足先に終
わらせて、ちびっこ達とレストランの席探しでもしようかと、視線を漂わせたそのま
ん前に、突然黒い壁が現れた。
びっくりして瞬きをした真森の頭上から、耳障りな声が落ちてきた。
「かーのじょっ。一人ぃ?」
「俺たちこれからランチするんだけどさー、一緒しないー?」
「そうそう、お友達がいたらその子も一緒でもいーよーん」
全身真っ黒の2人連れは、真森より頭一つ分大きいものの、その中身は、話し方、
態度、顔から見ても大した物は入っていないようである。
確かに、勝志とは別の理由で目立たせようと真森母が用意したウェアーは、真っ赤
がベースのユニセックスなデザインで、しかも普段の服よりちょっとダボついている
ため、ちょっと見には性別不明とも言えるが、こうしげしげ見ても気づかないとはつ
いてる目だって単なる節穴だ。
あきれ半分、こうゆうとこって目的間違いのやつがいるんだよなー、と正しい正体
を教えてあげようと、口を開きかけた真森だが、突然、黒づくめの片割れに右の二の
腕を強くつかまれて、痛さと驚きとで出しかけていた声を飲み込んでしまった。
「一人でも心配ないよー。俺たちジェントルだからー」
にやにやーっっと品なく笑うどこが紳士だって!と言ってやりたいが、放すまいと握
り締められた腕がとにかく痛くてそれどころではない。
「・・痛っ・・」
「えー?イタリアン?パスタがいいのー?」
おまけに耳までぶーだっ!救い様無し!
「もおっ!放してよっ!痛いっていってんのっ!」
力ずくで離れようと身体をねじるが、力だけはあるようでびくともしない。それど
ころか、今度は反対の腕もつかまれてしまった。
「あぶないよー。そんなに暴れたらー、すべって転んじゃうよー」
いちいち語尾を延ばすなー!!男だろっ!って突っ込み入れてる場合じゃないって
!やばいこいつら、いかれてる。
真森の怒りが恐怖に変わったその瞬間、
「はぐっ・・・」
腕をつかんでいた方の男がくぐもった声をあげて、よろめいた。
男の力が抜けて、つかまれていた腕に血が一気に流れるような感覚の中、今度は背
後から羽交い絞めされる。
一瞬の出来事で、まだ何が起こってるのか理解できないでいる真森の背中から、聞
き慣れた声が響いてきた。
「俺の連れに何か用?」
威嚇丸出しの声だが、ふっと安心して体の力が抜ける。もたれかかるようになって
しまったが、それでも真森の身体をしっかり支えてびくともしない。無意識のうち
に、真森は自分を抱き込むオレンジ色の腕をきゅっと抱き返す。
視線を落とせば、うずくまってしまった男の傍らに、見覚えのあるボードが落ちて
いた。どうやら猛スピードで滑ってきた勢いのまま、ボードタックルさせるといった
荒業に出たらしい。
真森とほとんど同じ身長で、頭一つ大きい男2人を相手に、それでも真っ向から威
嚇する気迫に負けたのか、周囲に集まってきた人の目に負けたのかは定かではない
が、確かにたじろいだ男は、うずくまる片割れをなんとか引きずって退散する。
「ちくしょー!覚えてろよ!このちびっ!!」
お決まりの捨て台詞を残して。
「そのチビに負けてんのは誰だよ」
いつの間にやら周囲に集まった人垣の、やんややんやの喝采に、調子よく勝志が勝
どきの雄叫びを上げる。
「真森、腕平気か?」
それでも気遣う声はとても温かい。
「うん。ありがとう」
振り返って、心からの感謝の声を返す。気分的には抱き着きたいくらい嬉しかった
が、人の目があるのでそれはやめておくが、とっておきの笑顔をつけた。
「おっ!お腹すいたぜ!メシだメシ!」
ヒーローはちょっと顔を赤くして、照れ隠しに大きな声と大股で、一人でさっさか
レストランに向かう。
ゲレンデのヒーローにはなれないけれど、ヒーロー付ならそれもまたいいかもね。
と心のなかでちょっと思って、真森も後に続くのであった。