作/ななりう

 2月14日。バレンタイン・デーだというのに、関東地方にはこの冬一番の冬将軍が やってきた。
 深夜から降り続いた雪は、朝には膝下くらいにまで積もっていた。
 『本日は雪のため休校になります』という、学校からの連絡網が回ってくるより早 く、勝志は『雪掻き』とは名ばかりの雪遊びに熱中していた。

 ばしんっ!
 部屋のガラス窓が揺れるくらいの音がした。
 真森は、犯人の心当たりありありだが、2度3度と繰り返されてはかなわぬとばか りに、カーテンをひき窓を開けた。
 「おっはよ!真森っ!雪掻き手伝えっ!」
 案の定犯人の勝志が、薄手のジャケットに手袋のみ装備したような、雪掻き中とは 思えないような軽装で、真森に向かって元気よく手を降っていた。
 雪掻きって言ったら普通はシャベルとか、変わりのチリ取りとか持ってやるもんで しょうが。
 と心のなかで思いはするものの、言ったところで果たして相手がそうするとは思わ ない。勝志の雪掻きって言ったら、そこら辺の雪を使いきって、雪だるまを作ること だと長年つるんでいれば察しがつくというものだ。すでにその傍らには、人間が一人 入れそうなほどにまるまると膨れた、巨大な雪の玉が転がっている。
 「やだ。寒いの嫌い」
 簡潔に答えると、真森は勝志からの返答を待たずに、ぴしゃりと窓を閉めてしまっ た。しかも、ご丁寧にカーテンまで。
 『真森ー!おいこらーっ!まーだ怒ってるのかー!』
 窓の向こうで勝志が咆えている声が聞こえる。
 「そうだよ、怒ってるんだよ。馬鹿勝志」
 部屋の中で小さな声で答える真森の表情は、怒っているというより、今にも泣きだ しそうだった。

 話は昨日の放課後へさかのぼる。
 受験とは、ひとまず無関係であるマリン部の面々は、放課後の部室で『春休みのイ ベントを話し合う』という予定で集まっていた。しかし、春休みまではまだまだ一ヶ 月以上あるわけで、その議題に真剣に取り組んでいる者は誰もいない状況であった。 それより話題は世間一般の2月のメインイベント、バレンタインのこととあいなって いた。
 「今年は昨年ご好評をいただきました、ごまのブラマンジュに引き続きまして、
  プルプル系デザートをご用意いたしますので、楽しみーにしててねん」
 マリン部高等部、唯一年齢と性別に偽り無し!と確認できる、 小山内美園おさない みそのが宣言し た。フランス暮らしが長かった彼女は、毎年義理チョコの変わりに、手作りの西洋菓 子を男女の差別無しに、全員に振舞ってくれている。
 「やったー!美園ちゃん大好きさっ!」
 すかさず喜びの声を上げる勝志に、美園はにこやかに微笑むと、
 「勝志、一人、1つずつだからね」
と笑顔とは裏腹に、釘をさすような低音で答えた。

 「今年は誰が一番かしらね」
 「またまたあきらじゃない?ダンボールでも用意しておく?」
 「あ、でも桂樹けいじゅ先輩も今年はいるし、どうかな?」
 「けーいじゅくーん?本命としては一番不毛な相手よね」
 「まあね。普段無口だから、やつの本性は意外と外には漏れてないからねえ。有り 得ないこともないか」
 乙女たちの会話のように聞こえるが、正真正銘の乙女は1人のみ。美園(♀)と、外見だ けは美少女の遊城友理あすき ゆうり(♂)と、 真森(♂)の会話である。そこへ勝志が背後から割って入った。
 「諸君、忘れちゃならないよ。そろそろこの遠山勝志の時代が、ビッグウェーブの ように押し寄せていることをっ!」
 胸を張って鼻息の荒い勝志に、乙女もどきの視線は冷たい。
 「そうはいっても、去年は真森の方が多かったじゃん。義理も本命も」
 「そうそう。時代は意外と可愛い系に有利だよ。かくいう僕も、何気に毎年もらっ てるしぃ」
 先輩コンビにいいたい放題言われて、だんだん居心地の悪くなる勝志である。さら に駄目押しに、
 「勝志はもう少し、そのがさつさが抜けると男前が上がるぞ」
 と前年チャンピオンの、宝塚というよりもジャ○ーズ系ハンサムな乙女(!)、 神坂こうさか暁に止めを刺された。
 すっかりしょげかえってしまった勝志が、流石に可哀想になって、真森がかける言 葉を捜している時である。突然すくっと立ち上がった勝志は、びしっと人差し指を真 森の鼻先20cmにつきだした。
 面食らっている真森にはお構いなしに、勝志はふわはははっと怪しげな笑い声を上 げた。
 「勝負だぜ!真森っ!俺とお前のチョコ争奪一騎打ち!義理が3点本命が5点、身 内は一点の点数制でどうだっ!」
 先程のしょげ返りはどこへやら、プロレスの悪役よろしくふんぞり返る勝志に、周 囲の誰もが掛ける言葉も見つからない。
 勝負を付きつけられた真森は、無言のまま立ち上がり、勝志の目の前に移動する と、有無を言わさず勝志のボディにパンチを炸裂させた。
 「人の気持ちを勝負事にするなんて、サイッテー!」
 咳き込む勝志をそのまま残し、真森は部室を出ると、一人そのまま帰路についた。

 勝負事は日常茶飯時。今までだって、チョコレートの数でどっちが多いの少ない のって言い合うこともないわけじゃなかった。さすがに今回のように、はっきり勝負 宣言はした事はなかったが、どうして真森があんなに激しく怒っているのかが勝志に は謎である。
 「美園ちゃん、なして〜??」
 捨てられた子犬のように、見上げてくる勝志はさすがにあわれ。
 「真森にも、大事にしてる気持ちがあるってことでしょうよ」
 後は自分で考えなさい。と出された宿題は、勝志にはかなりの難題であった。

 そしてバレンタインの当日である。
昨日真森と喧嘩?別れをしてからずっと、美園に言われたように考えてみた。だけど このおつむでは、どうしてもわからないのである。
 だから朝目覚めて、外のありさまを見た勝志は、はっきりいってほっとした。
 この天候では学校は休校になる事は、ほぼ間違いない。という事は、自分が切り出 したバレンタイン勝負は、ひとまずお預けにできる。その間に、何とか真森の機嫌を 直してしまおう!と出した結論がこれである。
 勝負は本気ではなかった。ちょっと自分のプライドのようなものを、刺激されてし まったために思いつきで言い出したことである。だいたい、バレンタインと騒いでみ ても、ありがたいのはチョコレートを食べられるという現実だけで、付いてくる『お 付き合い』については、まだまだ興味の範疇外なのだ。それより、部活の皆と遊んで いたり、真森と馬鹿みたいなことで一喜一憂しているほうが、何倍も面白いのだ。
 「・・・真森ぃ・・・」
 あやまって済む問題なのであれば、いくらだって謝るのに。
 閉じられた天の岩戸の窓ガラスを、ため息をつきながら見上げるのであった。

 太陽はすっかり傾いてしまい、部屋に射し込む明かりもだんだんモノトーンに黄昏 てきた頃になってようやく、真森はカーテンを開いた。
 あの後、何度か勝志が窓を雪で叩いたり、母と何やら話していたのは知っていた。
それでも、なぜか自分の心は頑なになってしまい、いつものように『まったくもう』 とピリオドをつけるタイミングを逃してしまっていた。
 「あーあ。どうしちゃったんだろう、僕・・・」
 自分でも、なんでこんなに腹が立ったのかが、正確にはわからないのである。勝志 に悪気はなかったことは察しがつく。いつもの習慣と言うか、悪ふざけの延長に過ぎ ないことはわかっているのに。
 ただ勝志にとって、真剣な気持ちも、友達としての気持ちも、全部ただの数字に なっちゃうのかと思った瞬間に、
 「すごく悲しい気持ちになっちゃったんだ・・・」
 ため息混じりにつぶやいて、おでこを窓にこつんと当てた。
 早いとこ、いつもの通りに戻りたい。でも、顔を見たら、さらに悪体をつくか、最 悪泣いてしまいそうなのだ。
 「・・・ううっ。せつない・・・」
 切ないついでに、おなかの方もぐうーっと切なく鳴いた。


 ぴんぽーん。
 真森が遅い昼ご飯を食べていた時である。ドアチャイムに感情がついているとすれ ば、こちらの様子を伺うような、申し訳なさそうな響き方で、それを押したのが勝志 であると直感した。
 箸を止めて、どうしようか躊躇している息子にはお構いなしに、母が暢気な返事を しながら、玄関へスリッパの音をパタパタ響かせながら近寄っていくのを、何かに背 中を押されるように真森は猛スピードで追いかけた。
 「ごめんっ!僕出るっ!」
 「あらあら」
 突然目の前に走りこんできた息子に驚いて、片足をサンダルに履き替えた状態でス トップしている母にはかまわず、真森は勢いよくドアを開けた。
 そこにいたのは、よく見知った親友の姿ではなく、だけども彼の姿を思い出さずに 入られない、白くて大きなスノーマン。
 なんとなくもの言いたげな顔をして、家の前に黙って立っている。
 「・・・えっと、ごめん」
 スノーマンが、いつもと違う勢いのない声で話した。
 急いでいたので靴を履くのを忘れていたけど、真森は玄関のドアを後ろ手に閉め て、そのまま数歩すすんで、崩れないようにそっと、スノーマンを抱き閉めた。
 「僕も、ごめんね」
 裸足の足に雪はとっても冷たかったけれど、ふわりと背中を包んだ体温が温かかっ たので、少しけ泣けてきたのだった。

 「で、なんだかんだ言ってやっぱり真森の勝ちな訳ね」
 翌日、雪もそこそこに溶けて、学校に来て見れば、一日過ぎたバレンタインで学校 は盛り上がっていた。
 「本命だったら、何が何でも当日渡すけど、気持ちだけだからって。皆義理チョコ だけどね。その気持ちが嬉しいよね」
 真森は結局17個のチョコレートと、美園特製のフランボアーズのババロアをも らっておいしそうにほおばっている。
 「真森には可愛い包装のチョコばっかでさ、何でか俺には徳用サイズの袋チョコな んだよね」
 勝志は15人からの袋チョコ。人数では負けているが、グラム数でははるかに勝っ ているのでご機嫌である。
 「質より量ってわかってるのよ、皆。ほれ、勝志にはデカプリン」
 美園が差し出した物も、よくぞ固めた!と誉めたくなるような超デカサイズのプリ ンである。
 「ひゃあー!みそのひゃんあいしてるーっ!」
 普通のプリンであるが、その大きさで瞳はHeartマークになっている。
 「単純だわ」
 そういいながらも、美園も満足そうに笑っている。
 「ごめん、遅くなった・・・・・」
 「あ、暁?」
 遅れて部室に現れた暁は、心なしかぐったりと力ない。
 「おもい・・・・」
 つぶやきながら部室に引きずり込んできたダンボールには、溢れんばかりのカラフ ルなラッピング。
 「さすが・・・・・」
 ちなみにかなりの割合で、本気が入ってる。と美園のレーダーは感知した。
 「しかも!桂樹くんと千紘ちひろちゃんは自主休校だしねっ!!!」
 誰にとは無しに、美園がおたけぶ。
 「美園ちゃん、なんで荒れてるの?」
 「さて、ブルーデーなんではないのかな?」
 ひそひそ話の真森と勝志の頭上に、美園の愛のはりせんが炸裂したのは言うまでも ない、か。