<序章>
 
 夏。北海道で過ごす2度目の夏。そして、無事札幌の大学に受かり春野家の下宿人となって初めて過ごす夏。そんな夏のある日、夕食の食卓での陽子おばさんの一言が事の発端だった。
「あんたたち、ウチの新しい企画に協力してくれないかい?」
「お母さん、企画って?」
「ドラマのコンペをやるのさ」
「ドラマって、おばさんバラエティ専門だったじゃないですか?」
僕の脳裏に去年の夏の強烈食体験が蘇った。
それはこういうことである。
実は陽子おばさんは札幌のTV局に勤めるプロデュサーで、亡くなったご主人に代わり春野家を支える一家の大黒柱だ。女手一つで一粒種の琴梨ちゃんをそれは大切に育てている。バラエティ専門だけに発想がぶっ飛んでいて、ネタ提供のためにカレー味の鯛焼きとか、タコならぬ苺の入った「イチ焼き」など色々と食べる前からいかにもまずそうなモノを無理矢理食べさせられた、つまりはそういう記憶だ。
「その顔は何か思いだしてる顔だね。まあアレもそろそろネタがつきてね。新機軸をってことでスタッフ対抗でドラマを撮ってコンペをすることになったのさ」
「でも、ただのドラマじゃないんでしょ?」
「あんた、するどいね。」
「へへー」琴梨ちゃんが得意そうにニッコリと笑う。
「条件は2つ。一つ、出演者は監督の個人的コネで集めること。一つ、出演者にギャラを出さないこと。まあそうゆうところさ」
「つまり貧乏な映研のまねごとって事ですか」
「おっと、あんた心得違いをしちゃいけないよ。あーゆートコロは何かすごいものを撮ってやろうって連中が最初から集まってるんだ。やる気のない知人友人をかき集めて、少しは観れる演技をさせることが、どれだけ苦労な事だと思ってるんだい」
「お兄ちゃん、面白そうだよ。琴梨やってみたい!」
「つまり、おばさんは、その大変な苦労のうちの、悠々とディレクターズ・チェアに座ってメガホン持ってやる方じゃない方を僕たちに任そうと?」
「ご明察。あんたたち顔広いだろ。なんとかしとくれよ」
「でも、それはすでに監督の個人的コネではないのでは・・・?」
「琴梨は私の娘。あんたはウチの下宿人。そこから広がったコネは私のコネも同じさ。言い忘れてたけど、優勝賞金は10万!まあギャラは出さない約束だから、全員で宴会でもやろうじゃないのさ」
「ふふ。お兄ちゃんの負けだね」
 
 その後、登場人物リストを僕たちに渡しながらおばさんが言うには、ロケ地はすでに美瑛に決定しているらしい。「夏の美瑛の大自然をエサにすれば、人もすぐに集まるさ」なんて、もっともらしいこと言ってたけど、僕には分かっていた。愛田一家が、この企画に強制的に参加させられるであろうことが。
 
 
<第一章>
 
 当日、愛田牧場に集まった面々は、まさに「北へ。」オールスターズと言っていいものだった。琴梨ちゃんの友達の川原鮎ちゃん、二人の先輩の里中梢ちゃん、ラーメン屋北海軒の左京葉野香ちゃん、小樽のガラス職人のターニャ、自衛官の桜町由子さん、研修医の椎名薫さん、そして愛田牧場の愛田めぐみちゃんに、今や僕の同居人である春野琴梨ちゃん。みんな去年の夏に出会って仲良くなった人達だ。逆に言えば、琴梨ちゃん以外は、その前は全然面識がなかったわけで、今更ながら不思議な気がする。あ、そうそう、男役が足りないと言ったら、梢ちゃんが、彼女のネット仲間の蒼き月の夜氏とけあふりぃ氏を連れてきてくれた。
「ゆきちゃんさん、この連中は一体何なんだ?俺は美瑛でオフ会するって聞いたから来たんだぜ」
「ゆきちゃん」というのが、梢ちゃんのハンドルネームだ。それをなだめる、けあふりぃ氏。3人は、とあるHPのBBS で意気投合したらしい。
「まままま、なんだか知りませんけど付き合ってみるのも面白いですわ」
「でしょ?」クスリと梢ちゃん。
 男役と言えば、葉野香ちゃんのお兄さんの達也さんも来てくれた。
「達也さん、お店の方はいいんですか?」
「今日は臨時休業だ。なんと言ってもおまえはウチの店の恩人だからな」
僕は、達也さんの経営するラーメン屋を、廃業の危機から、去年の夏に救ったことがある。
「どうもすみません。なんか、ご迷惑かけちゃって」
「いいってことよ。ところでよ、お前なんて名前だっけ?」
「兄貴、恩人だなんて言っておいて、忘れちまったのか?こいつは    じゃないか」
「おまえ、声出てないぞ」
「あれ?」
「私もさっきから彼に話しかけようと思ってるのに、名前が出てこないのよ」と、薫さん。「彼の名前なら知ってるはずなのに」
「みんな変なの。お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃない」
「じゃさ琴梨、そのお兄ちゃんの下の名前、ズバリと呼んでみてよ」
「いいよ、鮎ちゃん。えーと、   さん。・・・あれっ?」
そこへ陽子おばさんが、助け船を出してくれた。
「あははは、ゲームシステムの根幹に関わる問題にぶつかってるようだね。彼はね、推定9万5千の名前を持っているのさ」
僕は、あまり救われなかった。何ですか、その推定って。
「これじゃ不便だ。いいかい、あんたは今から古畑小五郎だ」
「な〜に、お母さんその古畑小五郎って?」
「これから撮る脚本(ホン)の主役の名前さ」
「と言うことは、お兄ちゃんが主役?やったじゃないお兄ちゃん」
「う、うん。でもおばさん、そのあからさまな名前からすると、今日のドラマは・・・?」
「推理サスペンスコメディってところかね」
「でも、おばさま、私たちまだ脚本もらってませんよ」
「鮎ちゃん、それはね、せっかく集まってもらったんだから、出演者のお歴々にも推理を楽しんでもらおうって思ってね。撮りながら必要な部分を教えて行くから」
「香港映画みたい!ねっ、鮎ちゃん」
「琴梨には悪いけど単に行き当たりばったりってことなんじゃ・・・」
 
 一応今日集まった面々の顔合わせが終わって、陽子おばさんが、配役を決めることになった。コメディタッチということで少々変わったキャスティングになるらしい。
「あのう、陽子さん」
「あら、なあに里子さん」
里子さんというのは、めぐみちゃんのお母さん。旦那さんの耕作おじさんは、陽子おばさんのお兄さんだから、里子さんは、陽子おばさんのお義姉さんということになる。この春、待望の第二子を無事出産したばかりで、めぐみちゃんは、晴れてお姉さんになった。
「わたしは、赤ちゃんの世話もあるし、あまり時間を割けないのですけれども・・・」
 めぐみちゃんのお母さんはこの馬鹿騒ぎに付き合ってられないという風ではなく、本心からそう思っているようで、申し訳なさそうにそういった。
「そうね、じゃ、あまり気持ちのいい役じゃないし出番も少なくって、誰にしようかって悩んでいた役をやってもらおうかしら」
「ええ、それでいいわ」
「じゃあ、里子さんは、冒頭に死体で発見される美人モデルの役ね」
「え〜、お母さん殺しちゃヤダッ!!」
「ははは、めぐみ、お芝居の話さ。それに美人モデルなんて、お父さん嬉しいぞ」
「でも・・・」
 めぐみちゃんの抗議を無視して、陽子おばさんは、てきぱきと各人に役を割り振っていった。
 
「じゃ、行こうかね。タイトルは
『北へ。殺人事件〜美人モデル、愛のために狂った華麗なる人生〜』
ふふっ、お楽しみはこれからよ!!
 
 
<第二章>
 
「じゃシーン1いくよ。ここは美人モデル里子の自室。時間は朝。」
 
通いの家政婦鮎が主人夫婦の部屋を掃除しようと入ってくる。
鮎「なんで未来のビッグミュージシャンが家政婦なのさ。・・・とと、じゃなくて、さあ今日もお掃除しなくちゃ!」
と、その時鮎はベッドではなく部屋の中央にごろりと仰向けに倒れている里子に気がついた。
鮎「あら、奥様そんなところでどうされました?」
鮎は近づいて里子を揺り起こそうとする。返答はなく、だらりと首が横を向く。
鮎「きゃ〜っ、死、死んでる。けっ、警察!そう警察を呼ばなくっちゃ!」
 
「よぉし、いい悲鳴だったね、鮎ちゃん。ここは後でパトカーのサイレンの音を入れるからね。主役の古畑君、とりあえずそれらしい音をお願い」
「ええっ」とは言うものの、おばさんの目に剣呑なものを感じた僕は半ばやけ気味に、
「エ、エヘン。ピーポーピーポーッ」とパトカーの緊急サイレン音を叫んだ。
「ハイッ、刑事二人颯爽と入ってきてっ!!」
 
琴梨刑事「殺人現場はここですか?」
めぐみ刑事「琴梨お姉さん、まだ殺人事件って決まってるワケじゃないのよ。お母さんはまだ変死体。」
琴梨刑事「え〜、それっておかしよ、めぐみちゃん。だってこのドラマ「北へ。殺人事件」ってタイトルなんでしょう?」
鮎「どうでも良いけど、あんたたちスーツ似合わないねー。ブルースブラザーズのちっこい方みたいだよ。色も真っ黒だし」
琴梨刑事「もう、鮎ちゃん! 変なツッコミ入れないで!!」
めぐみ刑事「ああっ、この変死体はお母さんっ!! じゃなくて、美人モデルで有名な里子さんっ!!」
 
死体の里子おばさんは、笑いをこらえるように小刻みに震えていた。
 
琴梨刑事「ふ〜ん外傷は無いみたいね。で、第一発見者の方は?」
鮎「あっ、私です」
琴梨刑事「詳しく聞かせてください」
鮎「ええ。私は通いの家政婦なんです。今日は奥様、早出だとおっしゃっていたのでお留守の間にお掃除をしようと思って部屋に入ってみると、こ、こんな事に・・・。ヨヨヨ」
琴梨刑事「・・・鮎ちゃん、その泣き方クサいよ。」
鮎「いいじゃない」
琴梨刑事「で、ご家族の方は?」
鮎「旦那様は出張中でいらっしゃいます。今日の朝一番の便でお帰りの予定なんですが・・・」
めぐみ刑事「ご家族の方は他には?」
鮎「いえ、お二人きりでございます」
琴梨刑事「ええっ、ではこんな立派なお屋敷に二人きりで!?」
鮎「左様でございます」
めぐみ刑事「あの琴梨お姉さん、そりゃウチは牧場だから牛小屋とかサイロとかあって大きいけど、お屋敷ってほどじゃないよ」
琴梨刑事「めぐみちゃん、これはそういう設定なんだから」
めぐみ刑事「そ、そうだった。ごめんなさい。え〜で、ご主人はどういった?」
鮎「奥様が売れっ子のモデルであるだけでなく、旦那様も資産家でいらっしゃいます」
聞き込みの最中も鑑識班は黙々と初動捜査に励んでいる。
 
 鑑識官役は、蒼き月の夜氏だ。最初はいかにも嫌々という風だったが、デコボコ刑事たちの聞き込みの最中にも、耳掻きの梵天を鑑識の道具に見立てて、指紋を採取する演技を見せるなど結構ノっているのかもしれない。
 
琴梨刑事「鑑識さん、死因はなんですか?」
蒼き鑑識「まだ解らねーよ」
めぐみ刑事「へ〜、おじさんでも解らないことがあるんだ」
蒼き鑑識「お、おじさん・・・いや、落ち着け>俺。これはそういう設定なんだ」
めぐみ刑事「なにぶつぶつ言ってるの?」
蒼き鑑識「いや。とにかく司法解剖の結果待ちだ」
めぐみ刑事「そうなんだ。あっ琴梨刑事もちゃんと死体を見なくっちゃ」
琴梨刑事は二歩三歩と恐る恐る近づくが、
琴梨刑事「や、やっぱだめ〜。死体ってやっぱり気持ち悪い」
めぐみ刑事「もう、臆病な刑事さんね」
鮎つぶやくように
鮎「こりゃ迷宮入りね・・・」
 
「さっ、いよいよ主役の探偵の出番だよ」
「あ、はい」ついに僕の出番だ。
 
古畑「ちょっとすみませんよ。ここ通してください」
蒼き鑑識「よう、毎度毎度事件の度に現れるな。よく嗅ぎつけたもんだ」
古畑「フッ、風が導いてくれるのさ」
琴梨刑事「この人は誰です?鑑識さん」
蒼き鑑識「俺の古なじみの探偵ですよ。元刑事なんですけどね」
古畑「古畑です。よろしく」
めぐみ刑事「えと古畑さん、その色紙は?」
古畑「俺は、美人トップモデル里子さんの大ファンでね。ちょっとサインをもらおうかと」
蒼き鑑識「だから死んでるだろっ!!、そのトップモデルはようっ!!」
古畑「・・・どうしてこんなことに」
言いながら古畑は里子の右手を取る。何かに気づいたように、はっとするが他の者にはその表情の変化は悟られない。
 
「さっ、兄さん。モデルの夫の出番よ」
「みんな変な役なのに、私だけちゃっかり里子の夫役なんていいのかな?」
「釣り合いってものがあるでしょ」
「そうか?では」
 
入り口から死亡したモデル里子の夫、耕作が勢いよく入ってくる。
耕作「さ、里子! どうしてこんな事に」
耕作、里子を抱き起こし愛おしげに抱きしめる。
沈痛な面持ちでそれを見守る一同。
そんな一同を横目に古畑は目立たぬようにあたりを見回る。ふと何かを見つける。
古畑「家政婦さん、これは?」
古畑は空のコップと袋に入った一錠の薬を指さす。
鮎「奥様は、その、お薬を常用されていて・・・」
古畑「なんの薬です?」
耕作は少し慌てたように
耕作「す、睡眠導入剤ですがそれが何か?」
古畑「いえ、大したことではありません。で、量はどのくらいです?」
鮎「夜、寝る前に一錠ずつです。わたしが夜帰宅する前にコップにお水を入れて寝室にお運びしていました」
耕作、古畑の方に振り返り、
耕作「あなた刑事さんにも見えないけど、さっきから一体なんなんです」
古畑「これは失礼。私は奥様の大ファンでして。いや、さし入った事をお聞きしてすみません」
と、言いながら古畑は薬を鑑識係に手渡す。
琴梨刑事「おじさん、じゃなかった、ご主人。二三お聞きしてもよろしいですか」
耕作は無言で頷く。
琴梨刑事「失礼ですが、奥様は人に恨まれるようなことはありませんでしたか?」
耕作「・・・いえ、別に。まあ、売れっ子でしたから、やっかまれたり妬まれたりすることはあったようですが、殺されるほどのことは」
めぐみ刑事「病死じゃないんですか?」
蒼き鑑識「立派な変死だろうが!」
めぐみ刑事「さっきは解らないっていってたのに」
蒼き鑑識はどっと疲れたという体で首を左右に振る。
古畑「第一発見者の方は?」
鮎「私です」
古畑「鍵はどうでした?」
鮎「え〜と、そういえば玄関の鍵が開いておりました。私はてっきり奥様が鍵をかけ忘れてお出かけになったものと」
めぐみ刑事「なかなか、いいところに気がつく探偵さんね」
琴梨刑事「私たちの捜査能力に対する挑戦だわ」
蒼き鑑識あきれたような視線を二人の刑事に投げかけてから耕作に
蒼き鑑識「ご主人、とりあえず奥様は司法解剖の方に回させていただきます」
耕作「!?、妻はモデルですよ。美しいまま逝かせてやってください」
古畑「お気持ちはお察ししますがこれは明らかに変死です。しかも恐らくは殺人事件です。犯人を挙げたいでしょう?」
耕作「ま、まあ、それは・・・」
古畑「何か不都合なことでも?」
耕作「し、失敬な。分かりました。仕方ないでしょう」
琴梨刑事「じゃあ一日も早く犯人を捕まえなきゃ。さ、聞き込みよめぐみ刑事!」
めぐみ刑事「アイアイサー!」
鮎「・・・こんなんで日本の治安は大丈夫かしら」
 
「よし、シーン1はこんなものね」
ビデオカメラから顔をはずしながら陽子おばさんが言った。すると横から梢ちゃんが口を挟む。
「いかにも頼りない感じを出すなら、あそこは『ア〜ラホラサッサー』の方がいいわ」
・・・マニアックだ。
 
 
<第三章>
 
「さあ、引き続きシーン2行きましょうか」
どうやら陽子おばさん、ノってきたようだ。
「あの、おばさま」なにやら不満げに鮎ちゃん。「どうして私、家政婦のおばさんの次は聞き込みを受ける近所のおばさんなんですか?」
「すまないねー。人手が足りないんだよ。ほら、関西風おばちゃんウィッグ持ってきたからさ。ほ〜ら、これでさっきの美少女メイドとは別人だ」
「なんかゴマカサレテル・・・」
 
琴梨刑事「まずはお向かいよ、めぐみ刑事」
めぐみ刑事「じゃ、ピーンポーンと」
玄関から鮎おばさんが顔を出す。
鮎おばさん「はーい」
琴梨刑事「ぷっ、鮎ちゃん、関西風おばちゃんウィッグ似合ってるよ」
鮎おばさん「やーね、さっきの仕返し?」気を取り直し、ことさら大きな声で「なんでしょう?」
琴梨刑事手帳を掲げて
琴梨刑事「私こういうものですが」
鮎おばさん「えーと、大里高校生徒手帳?」
琴梨刑事「警察ですっ!」
鮎おばさん「あ〜、はいはい。今朝の騒ぎの事ね。もうびっくりよね、有名なモデルだかなんだか知らないけど、そりゃあもめ事の多い家でね」
琴梨刑事「あの、昨夜不審な人物を目撃されてませんか?」
鮎おばさん早口にまくし立てる。
鮎おばさん「さあ、とにかく出入りが多い家でね。夜中にまで人が来たりして。いちいち気にしていらんないわよそんなの。ちょっと聞いてよ、この前なんか2時、夜中よ、2時27分にね旦那の昔の女が家の周りをウロウロしててね、帰ったの4時13分よお。あの女もしつこいわね、それで」
琴梨刑事遮るように
琴梨刑事「昔の女! ストーカーですか?」
鮎おばさん「話の腰を折らないでよ。そうよ、よく現れてるわよ。しつこくつきまとってねぇ。お金なら私も持ってるとか何とか、とにかく、よく口の回る女でねぇ」
琴梨刑事「それでその夜来たのは何をしに?」
鮎おばさん「見た訳じゃないからよくわからないけど、なんか戸をどんどん叩いて『開けて開けて』って騒いでたわ。うるさくってねぇ。もういい歳だし焦ってたんじゃないの? 完璧に売れ残りだし。それにしても、あの里子ってモデルも自業自得よねぇ」
琴梨刑事「えっ?」
鮎おばさん「あの里子って人、モデルだかなんだか知らないけどお高くとまっちゃってさ。お手伝いさんも、相当こき使われたり、いじめられたりしててね。あたしゃそれが気の毒で気の毒で。まったく綺麗な女ってのは、なんでああなのかしら。気取っちゃってさあ。まあ、あんまり大きな声じゃ言えないけど、そんなこんなであそこの夫婦、あんまりうまくいってなかったみたいね。あっ、そうそうとっておきのネタがあるのよ、刑事さん。聞きたい? ねぇ、聞きたい?」
鮎おばさん,刑事二人を家の外の塀に案内する。
鮎おばさん「ほら、ここ。ここよ、ここ。オレンジの塗料がついてるでしょ。自動車がこすったように。昨日は無かったのよ」
琴梨刑事「これは犯人のものかもしれないわ。あとで鑑識さんに来てもらわなくちゃ。奥さんご協力ありがとうございました」
鮎おばさん「あら、もういいの? またなんかあったらいらしてね。私午前中は椎名医院にいますから」
琴梨刑事「ありがとうございました」
鮎おばさん戸口に引っ込む。
めぐみ刑事「すごーい。私一言も口を挟めなかったわ」
琴梨刑事「鮎ちゃん、マジね」
 
「あの、春野さん」冷静な口調で薫さんが陽子おばさんに尋ねる。「椎名医院はともかくオレンジの塗料痕というのは・・・?」
「ああ、あんたクルマで来てんだろ。後で使わせてもらうよ。あんたの役の人の車じゃないけどね。安心おし、傷なんてほんとにはつけゃしないから」
「はあ」
薫さんは冷静さを装ってはいたがその顔は少しばかり引きつっていた。
 
 
<第四章>
 
「さ、シーン3行こうかね。このシーンの舞台は警察の刑事(デカ)部屋なんだけどねぇ。そうだ、ちょっと貧弱だけど兄さんの書斎を借りようか」
「貧弱で悪かったな!」
 この兄妹には遠慮というものが無いらしい。
「じゃあスタート!」
翌日。札幌北署捜査一課。
けあふりぃ課長「みなさん揃ったようですな。では司法解剖の結果をお願いしたいんですわ」
蒼き鑑識「では俺からっていうか司法解剖の結果報告なんて鑑識官の仕事じゃねぇだろっ!!」
けあふりぃ課長「あ〜、そのなんですな、うちの連中は頼りにならないのばかりですからな」
蒼き鑑識「しかたねぇな、もう。えーと、かなり妙な結果が出ました。まず、死亡推定時刻は発見前夜の午後11時頃。そして死因は窒息死です」
琴梨刑事「首を絞められた痕なんてあった? めぐみ刑事?」
めぐみ刑事「ん〜ん」不思議そうに頭を振る。
蒼き鑑識「それから、当初、外傷はないと思われていましたが、頭にちょっとした傷がありました」
琴梨刑事「傷なんてあった? めぐみ刑事?」
めぐみ刑事「ん〜ん」不思議そうに頭を振る
蒼き鑑識「その上毛髪から微量ながら砒素が検出されました」
琴梨刑事「砒素ってなーに? めぐみ刑事?」
めぐみ刑事「あははは、わっかんないや」
蒼き鑑識「あんたら、もう帰ってくれ!!」
けあふりぃ課長「まままま、青木さん」
蒼き鑑識「俺をその名前で呼ぶな!」 *)青木=HN蒼き月の夜の本名
けあふりぃ課長「まあ、害者が常用していた薬というのが怪しいですな。薬は押収してますわな?」
蒼き鑑識「はい、微量ですがこちらからも検出されています」
けあふりぃ課長「では、なぜ窒息したのか分からない以上その線を洗って欲しいんですわ」
琴梨刑事、めぐみ刑事「はいっ!」
琴梨刑事「行こう、めぐみ刑事!」
めぐみ刑事「うん!」
二人出ていく。
 
「ちょっとちょっと、お母さん!! これじゃ私たちまるでバカみたいじゃない」
琴梨ちゃんは、ちょっとふくれっ面だ。
「まあ、まあ、お芝居よ、お芝居。ささ、シーン4はその夜。街のバーよ。キッチンに対面カウンターがあったわね。そこ使いましょ」
「もう!」
 
その日の夜。バー。バーテンダー達也がシェイカーを振っている。一人で飲んでいる蒼き鑑識。
カランカラン。ドアのベルが鳴って古畑が入ってくる。
古畑「悪い悪い、待たせてしまったな」蒼き鑑識の隣に座る。
蒼き鑑識「いや、俺も今来たところだ」
バーテン達也「ご注文は?」
古畑「メロンラーメン。ダブルで」
バーテン達也「当店はバーでございます」
古畑「・・・じゃ水割り」
呆れ顔をして
蒼き鑑識「で、用ってなんだ」
古畑「実は里子さんの解剖結果を教えて欲しいんだ」
蒼き鑑識「・・・そうか。ま、そんな事だろうと思ったよ」
古畑「え?」
蒼き鑑識「おまえとは学生時代以来の長いつき合いだからな。それくらい分かる。しかし、おまえは私立探偵だ。一体誰の依頼で動いているんだ?」
古畑始めは静かに、やがて興奮するように
古畑「・・・おまえも知っているだろう。里子さんは俺の青春そのものだったんだ。ホシはなんとしてもこの俺の手で挙げてやりたいんだ!」
バーテン達也、無言で古畑の前にグラスを滑らせる。
蒼き鑑識「ふっ・・・ほら、報告書のコピーだ。読んだら焼き捨ててくれ」
古畑「すまないな」
古畑水割りを飲みながら報告書を読む
しばらくして
古畑「これで全部なのか?」
蒼き鑑識「ああ」
古畑独り言のように「そうか、警察はあのことに気づいていないのか」
蒼き鑑識「どうかしたのか?」
古畑「いやなんでもない。すまん、世話になったな。この借りはいずれ、な」
古畑立ち上がり店を出る。カランカラン。ベルの音。一呼吸おいて古畑が戻ってくる。カラン。
古畑「お前には、もう一度協力してもらう事になると思うよ。それじゃ」
古畑店を出る。カラン。
蒼き鑑識がんばれよという風ににやりと笑う
蒼き鑑識「マスター、メロンラーメンてうまいのか?」
バーテン達也「絶品です」
 
「はい、OK!まあ、こんなもんかねぇ」
「お母さん、やっぱりお兄ちゃんばっかりかっこよすぎるよ」
「そうかい? ま、あれでも一応主役だからねぇ。でも安心おし、琴梨。あの子には後でちょっとばかり恥ずかしい目に遭ってもらうことになってるから」
「え、陽子おばさん、そ、それは一体・・・?」
「後のお楽しみさ。さ、次のシーン行こうかね」
 
 
<第五章>
 
「鮎ちゃん、出番だよ。今度はあんたが聞き込みを受けるんだ」
「あ、はい、おばさま」
「今度は、家政婦だからかつらは要らないよ。じゃ、シーン5、スタート!」
 
翌日。耕作邸玄関。琴梨刑事とめぐみ刑事が聞き込みにやってきたところに古畑が居合わせる。
古畑「やあ、お二人とも。聞き込みですか?是非、ご一緒させて欲しいのですが」
琴梨刑事「いいですけど私たちの邪魔をしないでくださいね」
めぐみ刑事「そーそー」
古畑「分かってますって」
琴梨刑事呼び鈴を押す。
鮎「はい、どちら様ですか?」
琴梨刑事「警察です」
鮎「あ、ご苦労様です。どうぞ中へ」
三人中に入る。
琴梨刑事「早速ですが、里子さんは薬を常用されていましたよね。ご主人の話では睡眠導入剤とか?」
めぐみ刑事メモの用意をして鮎を見つめる。
鮎言いにくそうに
鮎「・・・あの・・・私が言ったなんて旦那様には絶対に内緒にしてくださいね。あの、あれ本当はやせ薬なんです。トップモデルだから、体型を崩す訳にはいかないとかで」
古畑「え、ではなぜご主人はあんな嘘を」
鮎「ええ、私もあのとき驚いたんですけれども・・・」
琴梨刑事「それはどこで処方してもらってたんですか?」
鮎「三丁目の椎名医院です。ご存じありません?あの、いつも若い女性で込み合っている・・・いつも私が取りに行ってたんです」
古畑「確か、里子さんが寝る前にあなたがその日の分の薬と水を持っていってたんですよね?」
鮎「そうです」
古畑「おかしいですよね。あの日薬は飲んでなかったのに水だけが無くなっていた・・・」
鮎「そう言えば・・・」
めぐみ刑事「きっと、喉が乾いて水だけぐぐっとやっちゃったのよ」
琴梨刑事「薬からある毒物が検出されたのですが?」
鮎「えっ、わ、私何も知りません」
琴梨刑事「でしょうね。ところでご主人は、昔交際のあった女性にしつこくつきまとわれていたとか?」
鮎「ああ、あの女ですか。本当にしつこい女で、旦那様とはご結婚前に別れたそうなんですけど、どこにでもわいてきて・・・」
琴梨刑事「その女性の連絡先は?」
鮎「ああ、今日あたりラブレターが届いてると思うんです。それも毎回十通以上も。確か裏に住所が・・・」
鮎手紙の山を持ってくる。その中から里子宛の物が一通落ちる。琴梨刑事拾う。
鮎「これです」
めぐみ刑事「ふむふむ」住所をメモする。
琴梨刑事「こっちは里子さん宛ですね。あら、これには差出人が無いわ。ちょっと開けますね」
鮎「あっ、それは!」
琴梨刑事「痛ーい!カ、カミソリだわ」
鮎「あら大変!・・・それは奥様のライバルからの手紙です。いつも開けないのに」
琴梨刑事右手人差し指を痛そうに口にくわえる。
古畑「それでそのライバルとやらに会うにはどうすればいいでしょう?」
鮎「何でも今夜8時からモデル達を集めてパーティーだとか。ただ」
古畑「ただ、何です?」
鮎「はあ、日頃の鬱憤を晴らすとかで男性は一切入れないそうです」
古畑「う゛っ」
 
「陽子おばさんの言う恥ずかしい目というのが読めてきました」
「そうかい?じゃ、次は昔の女に聞き込みするシーン。私も出るからね。桜町さんだっけ、あんた機械詳しいんだろ。カメラ代わっとくれ」
「いいですよ」
由子さんは、スチールだけじゃなく、こういうのにも興味があったのか、うれしそうにカメラを構えた。
 
シーン6。昔の女、陽子の家。刑事二人に、古畑ちゃっり同行している。
琴梨刑事「ここね」
めぐみ刑事「じゃ、ピンポーンと」
陽子「はーい、耕作さん?」
陽子うきうきした調子で出てくる。
琴梨刑事「い、いえ。私たちこういう者なんですが」
陽子「なんだい、警察かい?わたしゃ、てっきり耕作さんが訪ねてきてくれたのかと思ったよ。で、何の用だい?」
めぐみ刑事「実は殺人事件がありまして。愛田耕作さんご存じですよね」
陽子「もちろん知ってるさ。あの人と私は、今は離れて暮らしてるけど心は繋がってるのさ」
琴梨刑事「その奥さんの里子さんが殺されまして。それで捜査してるんですが、あの、あなた耕作氏にしつこく付きまとっていたそうじゃないですか?」
陽子「付きまとってたなんて人聞きが悪いねぇ。ただ自然に足が向いちまうだけさ。でも、里子さん亡くなられたのかい・・・そうかい」
陽子嬉しげに微笑む。
古畑「失礼ですが昨夜はどこにおられました?」
陽子「ウチにいたね」
古畑「確かですね。誰かそれを証明できる人は?」
陽子目がすわる。
陽子「証明してくれる人・・・?そんなのいるわけ無いさ。そうさ、どうせ私は独り者よ。この年になって、もう結婚しちゃった男の事追いかけてるさね。どうせ私は売れ残り、ほっといておくれよ!!」
古畑「あ、あのご主人がおられても証人には・・・」
陽子「お黙りっ!!」
琴梨刑事おろおろと「とにかく里子さんが殺された以上、犯人を見つけなくてはなりませんので」
陽子我に返り「そう、そうさね。あの女はもういないんだ。ということは耕作さんは一人ぼっち・・・悲しみに暮れている耕作さんを慰める事が出来るのは、あたしだけだよ。こうしちゃいられない」
陽子家に飛び込む。唖然とする三人。
身支度を整えて出てくる陽子。
陽子「あら、あんた達まだいたの?あたしゃもう行くよ!耕作さーん!!」
めぐみ刑事「あれ犯人なの?」
琴梨刑事「・・・私、違うと思う」
古畑「動機は充分だけど、その読みには俺も賛成だ」
 
「お母さん、なんかヨゴレたねー」
「みんなに色々やらせてんだ。あたしもこれぐらいはやらなきゃね」
 陽子おばさんの「昔の女」はかなりの熱演だった。兄妹で何やってんだか。