<第六章>
「はい、次は刑事と探偵が椎名医院に聞き込みに行くよ。椎名さん、白衣は持ってきてるかい?」
「ええ、古畑(仮)君に言われましたので」
と言って薫さんは手提げカバンから取り出した白衣をはおった。なんと言っても本物だから様になっている。
「OK。じゃあ、髪の毛を後ろの所で結わえてくれるかい?あんたはマダムキラーの美形開業医だ」
「と言うと男性の役ですか」
「いや、その凛々しさで女性患者のハートをゲットしてしまった女医さ」
「・・・・」
陽子おばさん、それ無茶苦茶です。
 
「ええと、左京さんもおねがいね」
「お、あたしも出番だね。何の役だい?」
 葉野香ちゃんもようやく出番が来て嬉しそうだ。
「かっこいい女医にいかれた患者の役さ」
「なんだいそりゃ。どうでもいい端役じゃないか」
 そりゃ怒りもするよな。さんざん待たされてそれじゃ。でも陽子おばさんは容赦ない。
「脇を個性的なキャラが固めてこそドラマに広がりが出るんだ。鮎ちゃんも一緒だから文句言わない」
「え、あたしも!? あ、そう言えばおばさん役の時にそんなこと言ってたっけ」
 一人じゃ無いと分かって葉野香ちゃんも意を決したようだ。
「分かったよ。女医の追っかけなら、お得意のぶりっこモードでやってやる」
 
 
シーン7。椎名医院。
琴梨刑事「古畑さん、また私たちに付いてくる気ですか」
めぐみ刑事「そうそう、図々しいわねー」
古畑「まあまあ、三人寄ればなんとやらと言うでしょ」
琴梨刑事「めぐみちゃん、三人寄ればなんだっけ?」
めぐみ刑事「もんじゃ焼き!」
古畑「・・・さ、女医さんを呼んで下さいよ」
琴梨刑事「そうだったわ。さ、めぐみ刑事」
めぐみ刑事「はい。えーと、すみませーん!」
薫、奥から出てくる。
薫「あら、男性の患者さんなんて久しぶりね。しかも3人も」
めぐみ刑事「ちょっと、私たちはこう見えても女です!」
薫「でも、背広を着てらっしゃるようですけど」
琴梨刑事「ちょっと、めぐみちゃん、私たち一応男役でしょ。時々言葉遣いが変だけど」
めぐみ刑事「あっと、そうでありました。琴梨刑事殿!」
琴梨刑事「と言うわけで、私たち警察の者なんですが、二三お伺いしようと思いまして」
薫「あら、患者さんじゃないの。何でしたら献血でもして行かれませんか?」
琴梨刑事「・・・ご遠慮します。あの、少しお時間よろしいですか」
患者葉野香「あんたたち、ひどいね。順番守りなよ」
鮎おばさん「そうよ、あたしなんて7時前から待ってるんだから」
めぐみ刑事「あれ、里子さんちのお向かいのおばさん!どうしてここに?」
鮎おばさん「言ったでしょ、午前中はここにいるって」
琴梨刑事「そういえば。まあ、みなさん、ここは捜査に協力して下さい」
めぐみ刑事「そうそう、みんな元気そうだし」
患者葉野香「何だと!」
葉野香、急に薫に寄りかかって
患者葉野香「ああ、センセ、わたしめまいがするんですぅ」
鮎おばさん「ちょっと、抜け駆けはなしよ」
薫「あらあら、困ったわね。後でゆっくり看てあげるから、大人しくしていてね」
患者葉野香「ゆっくりですって。ああ、もうセンセったらス・テ・キ!」
鮎おばさん「やだ、今のは私に言ったのよ」
患者二人が勝手に盛り上がっているのを尻目に、薫、平然と
薫「気にしないで下さい。いつものことですから。で、ご用件というのは?」
琴梨刑事「モデルの里子さん殺されたのはご存じですよね」
薫「ええ、ウチにも見えられていた方ですから」
琴梨刑事「解剖の結果、毛髪から微量ながら砒素が検出されました」
めぐみ刑事「あなたが、処方した薬からもその薬物が検出されているんです」
薫「私を疑ってるようですけど、里子さんからあの薬はお手伝いさんに寝る前に出してもらっていたと聞いてます。その人がすり替えたんでしょ」
琴梨刑事「そ、それは・・・」
古畑「それは、ありませんね。」
薫「なぜ?」
古畑「私が、お手伝いさんの立場なら、寝る前に飲む一錠、まさにそれだけを毒入りとすり替えるでしょう。証拠が残りませんからね」
薫「それが何か?」
古畑「しかし、押収された残り12日分の薬すべてから砒素が検出されているんです!」
薫「うっ」
琴梨刑事「言葉に詰まったわね」
めぐみ刑事「うん。あやしい、あやしい」
琴梨刑事「椎名さん、署まで任意同行願えますか?」
 
 
シーン8。札幌北署捜査一課。
けあふりぃ課長「それでは、椎名医師については、他人の犯行によって自らの殺人計画が露見してしまったと言うことですな」
琴梨刑事「まだ容疑が固まった訳ではありませんが、そのようです」
けあふりぃ課長「それでは、そっちの方は別動班に当たらせますわ」
めぐみ刑事「それじゃ、私たちはどうしましょう」
けあふりぃ課長「ライバルモデルによる怨恨の線を当たって欲しいんですわ」
琴梨刑事「というと今夜の女性限定のパーティーに・・・」
けあふりぃ課長「女装して潜入して欲しいんですわ」
琴梨刑事、めぐみ刑事、元気よく「了解しました!!」
けあふりぃ課長「やけに張り切ってますな」
琴梨刑事、自分の背広を見やり
琴梨刑事「この格好よりいいよね」
めぐみ刑事「ねー!」
 
<第七章>
「次はパーティーのシーンだね。えーと、鮎ちゃん、左京さん、桜町さん、あんたたちはパーティーに出席したモデルだよ」
「おばさま、わたしまた端役ですか?」
 鮎ちゃんはそろそろ我慢の限界のようだ。
「いいじゃないか、出番がたくさんあって。ターニャさんなんか、あそこで静かーに出番を待ってるんだよ」
「まあ、そうですけど・・・」
 陽子おばさんは人を煙に巻く天才のようだ。
「それに、衣装部から綺麗なパーティードレスを借りてきたからさ」
と、陽子おばさんは取り出したトランクを開いた。
「お、綺麗じゃないか。あたしはこういうひらひらしたのには縁が無かったからな。一度着てみたかったんだ」
葉野香ちゃんは結構喜んでるようだ。鮎ちゃんも、
「こういうのが着られるなら、まあいいかな」
と、気に入ったのを取り出し胸の所に合わせてみている。
「あっと、桜町さんは後でメインの役があるから、こっちの方はうまく演じ分けてね」
「あ、はい。分かりました」
 由子さんは、さすがにここまでひらひらした衣装には喜びを見いだせない風だ。
「ところでおばさま、ライバルモデルってのは誰がやるんです?」
「それは里中さんにやってもらうよ。里中さん、あんたお嬢なんだって?この中じゃ一番優雅にライバル役を演じられるはずさ」
梢ちゃんはちょっと困った顔をして、
「お嬢様扱いされるのは、好きじゃないんだけどなー。ま、いいわ。頑張ります」
「ちょっと待って。じゃあ、あたしじゃがさつだとでも?」
 陽子おばさんの一言は、葉野香ちゃんのコンプレックスを刺激してしまったようだ。
「お母さんが言ってるのは、誰か一人を選ぶならって話だから、ねっ!」
「そ、そうか?ならいい」
 琴梨ちゃん、ナイスフォロー!
「あれあれ、次のシーンに出番があるのに、まだドレスを選んでない人がいるよ?」
 ぎく!
「ぼ、僕ですか?」
「他に誰がいるんだい。探偵も潜入するんだよ」
 死語でもなんでもいい。言わせて下さい。
「トホホ・・・」
 
シーン9。里子のライバル、自称トップモデル梢主催のパーティー。
モデル達が思い思いに話している。
モデル鮎「聞いたぁ?里子、殺されたんですって」
モデル葉野香「あ、あたし、それ新聞で見たわ」
モデル由子「でもさ、あの人がいなくなったら、その分仕事がこっちに回ってくるんじゃない?」
モデル鮎「だめだめ、大御所の梢さんがいるじゃない」
モデル葉野香「でも、あの人ももういい年でしょう?」
モデル由子「でもね、あの人・・・」
モデル達が噂話に花を咲かせている所に梢登場。
梢「楽しそうね。何を話しているのかしら。里子の事じゃなくて?」
モデル鮎「そ、そうなんですよ。里子さんの・・・」
梢「亡くなったそうね。お気の毒ですこと。」
梢、含み笑い。
モデル葉野香「これでこの世界、梢さんの右に出る者はありませんね」
モデル由子「なに言ってるの。そんな人最初からいないじゃない」
梢「あら、かわいい子ね。今度パリでのお仕事ご一緒にいかが?」
モデル由子「光栄ですわ」
梢遠くに何か見つけたように、
梢「あら、あそこにいらっしゃるのは・・・皆様ちょっと失礼」
梢、モデル達から離れていく。
モデル鮎「ちょっと、聞いた?今の」
モデル由子「あいかわらず、お高く止まっちゃって」
モデル葉野香「なによぉ、しっかり取り入ってたくせに」
モデル由子「だって怖いのよ・・・そう思わない?」
モデル鮎「そうね、いるだけで威圧感があるわ」
不意に刑事二人と探偵現れる。
琴梨刑事「誰がです?」
数瞬の沈黙・・・・
一同爆笑。
琴梨刑事「お兄ちゃん、やっぱりその格好ヘーン!」
モデル葉野香「あははは、あんた、なかなか似合ってるよ」
古畑「・・・分かりましたから、本筋進めて下さい」
モデル鮎「クスクス、えーと、あなた達、梢さんを知らないなんてもぐりね」
古畑「も、もちろん存じ上げておりますわ。おほほほほ」
 
 僕は、もうやけくそになった。
 
モデル由子「あら、あなた達、見かけない顔ね」
めぐみ刑事「新入りなんです。よろしくー」
モデル葉野香「なぁに、この娘かわいいじゃない。ちょっと生意気よ」
めぐみ刑事「そんな、お姉さま方の美しさには負けますわ」
モデル由子「まあ、かわいいこと言うじゃない」
モデル鮎「そんなの今のうちよ。売れてきたらすぐ里子のようになるんだわ」
古畑「里子さんのように、ですか?」
モデル鮎「そうよ。あの娘も駆け出しの頃は気さくないい娘だったわ。ところがよ、あのカメラマンの桜町由に見いだされて、あっという間にトップモデル。気が付けばきつい女になってたわ。この前なんか、私に向かって、『あら、まだモデルやってらしたの』なんて言ったのよ」
琴梨刑事「まあ、ひどい」
 
「ちょっと、待った。春野さん、なんですカメラマン桜町由って言うのは?」
 由子さんが、芝居を止めた。もう、分かってるくせに。
「メインの役があるって言ったじゃないか。やっぱり、カメラマンと言えばあんただろ。持ってきてるだろ?カ・メ・ラ」
「持ってきてますけど、プロのカメラマンは、コンタックスTixなんて使いませんよ」
「まあ、そこはほら、お芝居だから。名前で分かると思うけど男役だからね」
 由子さんはまだ何かぶつぶつ言っていたけど、芝居は再開された。
「じゃあ、琴梨の『まあ、ひどい』からね」
「はーい、お母さん」
 
琴梨刑事「まあ、ひどい」
モデル鮎「そうでしょ。ちょっと自分が、かわいいと思ってさ」
モデル葉野香「そう言えば、里子ってあの桜町由と出来てたんでしょ。ふたりでオレンジのバルケッタ乗り回しちゃってさあ」
古畑「え、オレンジ?」古畑の目がキラリと光る。
モデル葉野香「そうオレンジ。派手でさあ、それで桜町由は、いい仕事みんな里子に回してたの」
古畑「でも、里子さん愛田さんと結婚を・・・」
モデル鮎「ああ、もう昔の話よ。もういい年だし、いつまでもモデルやってられないと思ったんでしょ?資産家たぶらかして玉の輿よ。落ち目になる前に引退するつもりだったんじゃない?」
モデル由子「結局、桜町由は十も下の娘に利用されたのよって、桜町由って一体いくつの役よ」
モデル鮎「コホン、まあ、推測だけどね。でも、あの女ならやりかねないわ」
琴梨刑事「いつまでもモデルやってられないって、お見かけするところ梢さんも結構いいお年のようですけど・・・って、梢さんもいくつの役なのかしら」
めぐみ刑事「お母さんと同い年ぐらい?ちょと気の毒かも」
モデル鮎「ちょっと二人とも、素になってるよ」
琴梨刑事「あ、ごめんなさい」
モデル鮎「あの人は執念よ。プライドが高いし、ぽっとでの里子をいつか蹴落としてやるって息巻いてたもの」
モデル由子「そう言えば、あの人、里子と仕事する度にすごい嫌み言ってたじゃない。カミソリレター送ってるって専らの評判だし」
モデル葉野香「けど、里子って敏感だから怪我したこと無かったんだよね」
モデル由子「あんな古典的なのにひっかかる奴いないって」
モデル鮎「そうよねー、ほほほ」
琴梨刑事、指の絆創膏を見てため息を付く。
モデル鮎「どうかしまして?」
琴梨刑事「い、いえなんでも・・・」
梢、戻ってくる。
梢「楽しそうね、私の噂話かしら?」
琴梨刑事「噂話だなんて、そんな」
梢、棘のある口調で
梢「あら、可愛らしい方たちね。こちらどなた?」
古畑「新入りなんです。どうぞよろしく」
めぐみ刑事「よろしくお願いします」
モデル鮎「こ、この方たちに里子さんの事をちょっと・・・」
梢「そう、里子の事を?」
モデル葉野香「ええ、ちょと愚痴を・・・」
梢「そうね、あの娘は酷いこと平気で言う娘だったものね。あなた方も、かなり言われたんじゃなくて」
モデル達、いきなり力説。
モデル鮎「ええ、そうなんですよ!!亡くなった方を悪く言いたく無いけど、ちょっと自分は仕事が多いと思って、『いいわね、お休みの多い方は』なんて言って!」
モデル由子「そうなのよ!私には『地味な顔なんですもの。そんな明るい色の服は似合わなくてよ』って!」
モデル葉野香「私には『今日目立てば少しは仕事が増えるわよ』なんて、いくらなんでも酷いわ」
梢「そうね、あの娘は桜町由に認められてから、少し図に乗っていたようね・・・身の程もわきまえず・・・」
モデル葉野香「あげく、資産家と玉の輿だなんて」
梢、急に表情が険しくなり、最初静かに、そしてだんだん激しく、
梢「そうよ・・・許せないわ・・・あの女・・・よりによって、この私に、この私によっ『ご結婚なさらないんですか?もういいお年でしょう』なんて!!肌の艶ならあの女に負けてないわっ!なのに・・・なのに、あの女ぁぁぁ!!」
梢のキレっぷりに気圧されるように潜入組3人、後ずさり、すごすごと退散。
 
シーン10。パーティー会場の外。
琴梨刑事「収穫はあった?」
めぐみ刑事「あの梢って人、動機は充分ね」
古畑「でも、悪口を言われたぐらいで人を殺すかね?」
琴梨刑事「あ、お兄ちゃんじゃなくて探偵さん、女心を分かってなーい」
古畑「琴梨ちゃん、それ怖いよ」
めぐみ刑事「探偵さんは、何か掴めた?」
古畑「まあ、あの桜町由氏のオレンジのバルケッタってのがね・・・」
琴梨刑事「あっ!」
めぐみ刑事「なになに?」
琴梨刑事「もう、めぐみ刑事鈍すぎ!」
古畑「調べてみる必要がありそうだな・・・」
めぐみ刑事「カッコつけてるところ悪いんですけど、その格好じゃねぇ」
琴梨刑事「ふふふ」
古畑「その事は触れないで!」
 
「ユキちゃんさん、熱演だったよ」
 蒼き月の夜氏が興奮した面もちで梢ちゃんに駆け寄る。
「えへ、どうってこと無いわ。なんてったって私は千のハンドルを持つ女ですもの」
「やんややんやですわ」
 その話の輪の中に陽子おばさんが近づく。
「よかったわ。さすがあたしが見込んだだけのことはあるね」
「ありがとうございます。月影先生!」
「ユキちゃんさん、今は『ガラかめ』にはまってるんですわ」
と、そこへ里子おばさんが、赤ちゃんを抱っこして様子を見に来た。
「あ、お母さん。ね、ちょっと聞いてぇ。お母さんの役、すっごく評判悪いのよー」
「あら、もっと上手に死んでなきゃいけなかったかしら」
「そうじゃなくて、あのね、殺されたモデルってすっごいヤな人だったの」
「まあそう。でもいい人は殺されたりしないものよ、めぐみ」
 里子おばさんは、どこかマイペースなところがある。
「ははは、まあ、陽子の書いた脚本だ。許してやってくれ」
「えー。プンスカプンプン」
 めぐみちゃん、擬音を思わず口走ってしまうのは、よそのアニメだよ。
「兄さん、自分だけ妻を殺された品行方正な悲劇の夫だなんて思ってるんじゃないだろうね」
「ち、違うのか?」
 陽子おばさんは、意味ありげにニヤニヤしている。
 その一方で犯人当ての議論の花が咲いていた。
「琴梨、あんた犯人知ってるんだろ。教えてよ」
「んーん、鮎ちゃん、私も知らないの」
 葉野香ちゃんも口を挟む。
「とりあえず伏線は、たくさん張ってあったよな」
「あたしが思うに」由子さんが自説を披露する。「自分で言うのもなんだけど桜町由ってカメラマンが、露骨に怪しいね。」
「わたしはどうやら別件で犯人確定のようね」と、自嘲気味に薫さん。「どうせなら、納得のいく動機が欲しいわね」
「あの・・・」
 おずおずとターニャがつぶやいた。
「私の出番はあるんでしょうか・・・」
「あ、それなら大丈夫」と、僕は請け負った。「今日誰が参加するかは、陽子おばさんにちゃんと伝えてあるから。せっかく小樽から来てくれたターニャをこのまま帰したりしないよ」
「そうでしょうか・・・」
「探偵君としてはどう思ってるわけ?」
 鮎ちゃんが、僕に水を向けた。
「陽子おばさんが、あっちで面白そうにこっち見てるから言いにくいんだけど・・・」
と、僕は心持ち声をひそめた。
「ふんふん?」
 みんなが、僕の方に寄ってきて耳をそばだてる。
「・・・まだ、決めてないんじゃ?」
「だあっ!」
 
<第八章>
「ターニャさん、待たせたね」
 陽子おばさんがターニャを呼んだ。
「あ、はい」
「日本語のセリフは大丈夫だね」
「はい、私、日本語はずいぶん上手になりましたから」
「OK.じゃ、カメラマンの妻って役所だからね」
「分かりました」
「桜町さんはこの長袖のシャツを着とくれ」
 陽子おばさんはトランクから衣装を取り出した。
「何かあるんですか?」
 由子さんは今着ているタンクトップの上にシャツを羽織りながら尋ねた。
「なに、今に分かるさ。ターニャさんは今のままでいいからね。」
 ターニャはモスグリーンのブラウス姿だ。
 
シーン11。パーティーの翌日午前。カメラマン桜町由の家の前。
琴梨刑事「やっぱり、ついて来るんですね」
古畑「気にしない、気にしない」
めぐみ刑事「あっ、クルマが止めてあるよ」
古畑「オレンジのバルケッタだね」
めぐみ刑事「バケラッタ?」
琴梨刑事「めぐみちゃん、そのボケはありきたりよ」
めぐみ刑事「へへ」
古畑、ボディを調べる。
琴梨刑事「どう?」
古畑「前のバンパーに新しい傷がある」
めぐみ刑事「あやしい、あやしい。後で鑑識さんを呼びましょ」
琴梨刑事「そうね」
古畑「とりあえず、その事は伏せて本人に会おう」
めぐみ刑事「じゃ、呼ぶね。ピンポーンと」
戸口からターニャ、現れる。
ターニャ「はい、どなたでしょう」
琴梨刑事、警察手帳を見せて、
琴梨刑事「こういう者ですが、ご主人はご在宅ですか?」
ターニャ、不安げに
ターニャ「・・・おりますけど、主人が何か?」
琴梨刑事「いえ、あるモデルが殺害されるという事件がありまして、関係のあった方に色々と伺ってるんです」
ターニャ「まあ、そうでしたか。とりあえずどうぞ中へ」
 
シーン12。桜町由の家の応接室。
琴梨刑事「で、ご主人、率直に伺いますが事件当夜の11時頃どちらに?」
桜町由「もちろん、家にいました」
めぐみ刑事「それを証明できる人は?」
桜町由「う、疑ってるんですか?」
めぐみ刑事「いえ、関係者全員に一応伺ってるんです。これも仕事ですから」
桜町由「と言われても、あの日は妻が出かけていて一人でしたから」
桜町由、ターニャの方を見て促す。
ターニャ「同窓会でした」
めぐみ刑事「ロシアに帰ってたんですか?」
ターニャ「すみません。私、アドリブは苦手です」
琴梨刑事「めぐみちゃん!」
めぐみ刑事「ごめんなさい」
古畑「で、ご帰宅は?」
ターニャ「ええと、酔ってましたから、よく覚えては・・・」
桜町由「確か12時頃だったぞ」
ターニャ「そうだったでしょうか・・・」
古畑「なるほど」
琴梨刑事「あの、すみませんが奥さんはちょっと外して頂けますか?」
ターニャ「え、ええ」
ターニャ、部屋を出ていく。琴梨刑事、それを見届けてから、
琴梨刑事「あの、聞いたところによると、あなたは里子さんと付き合ってらしたとか」
桜町由「む、昔の話です」
古畑「本当に?」
桜町由「あ、あ、当たり前ですよ。私にはもう妻もいますし。確かに仕事でよく一緒になりますから食事をしたりはしますが、それだけです」
古畑「分かりました。じゃ、殺された理由について何か心当たりは?」
桜町由「知りませんよ!モデル仲間の妬みかなんかじゃないですか?」
琴梨刑事「まあ、興奮しないで。もう、私たち失礼しますから。また何かあったら伺います」
桜町由「明日は仕事なんですが」
古畑「仕事ですか、見学させてもらってもかまわないでしょうか?」
琴梨刑事「あー、なんか抜け駆け!じゃあ、私たちも」
桜町由「え、ええ、どうぞ」
 
シーン13。帰り道。
めぐみ刑事「絶対、あやしいよ。あの人」
琴梨刑事「そうね、何か知ってそう。ね、探偵さん」
古畑、眉間にしわを寄せ、考え込んでいる。
古畑「うーん、袖が邪魔だったな・・・」
 
「はい、OK!お次はカメラマンの撮影現場だ。左京さん」
「はいはいモデルをやればいいんだろ」
「おや、勘がいいね。まあ、撮られてるところだからセリフはないけどね、にこやかに美しく頼むよ」
 「美しく」と言われて、葉野香ちゃんは、まんざらでもないようだ。
「ま、まかせな」
「じゃ、これ着とくれ」
と、陽子おばさんはコートを取り出す。
「この暑いのに、なんだよそれは?」
「プロのカメラマンは夏には冬物の撮影をしてるものさ」
 陽子おばさんは変なところで演出が細かい。
 
シーン14。桜町由の撮影現場。
桜町由、コート姿のモデル葉野香を撮影している。それを見つめる古畑達。
古畑「今日はあんたらがオマケだぞ」
琴梨刑事「ま、ひどいのね」
めぐみ刑事「あっ、あのモデルさんこの前のパーティーにいた人だよ。大丈夫かな?」
琴梨刑事「大丈夫よ。あの時は私たち変装してたもの」
桜町由カメラを構えて、
桜町由「もうちょっと右、そう!笑って、視線はこっち!よし、いい絵が撮れた。じゃ、休憩!」
古畑、桜町由に近づいて行く。
古畑「おじゃましてます」
桜町由「ああ、あなた達でしたか」
琴梨刑事「今頃冬物の撮影ですか」
桜町由「この世界ではシーズンを先取りするんです。モデルは暑いでしょうが撮る方は、ほら身軽なもんです」
桜町由、上に羽織っていたシャツを脱ぎ近くの椅子に掛ける。
古畑、露わになった腕を観察し不思議そうな顔。
桜町由「何か」
古畑「いえ、なんでも」
桜町由「そうですか?おっと、時間だ。じゃ、ゆっくりしていって下さい」
桜町由、撮影に戻る。
古畑、つぶやくように、
古畑「腕、何も無かったな・・・」
琴梨刑事「腕?腕がどうかした?」
古畑「いや、別に」
 
<第九章>
 
「さ、次は警察の捜査会議だよ」
「おっと、出番ですわ」
 
シーン15。二日後。札幌北署捜査一課。
けあふりぃ課長「まず、少し整理してみると、ガイ者の直接の死因は窒息死だが、頭部に傷があり、毛髪から砒素も検出されていると。そうですわな。」
蒼き鑑識「そうです」
けあふりぃ課長「椎名医師の方はどうですかな」
蒼き鑑識「現在、病院から押収した砒素と我々が検出した物との同定実験中です」
けあふりぃ課長「それでは、そちらは任せますわ。関係者のアリバイは?琴梨刑事」
琴梨刑事「えーと、事件当夜のご主人、家政婦のアリバイは裏が取れました。でも、モデルの梢さん、ご主人をつけ回していた陽子さんのアリバイは固まってません」
めぐみ刑事「カメラマンの桜町由ですが、所有車両を調べたところ前部バンパーに新しい傷があり、例の現場近くで発見された塗料痕との比較をしたところ・・・」
蒼き鑑識「塗料痕は当該車両の残したものと先ほど判明しました」
琴梨刑事「捜査の結果、被害者の結婚後も桜町由とは関係が続いていたようです」
けあふりぃ課長「それでは、桜町氏には重要参考人として署まで来てもらいますかな」
琴梨刑事「了解です!」
 
「めぐみちゃん、あんたの勉強机にはライトスタンドはあるかい?」
「うん、あるよ。」
「持っといで。取り調べにはあれがないと格好が付かないからね」
 めぐみちゃんは、自分の部屋の方に走っていった。なるほどアレか。陽子おばさんはやっぱり形から入る人のようだ。
「これでいい?」
 めぐみちゃんが持ってきたスタンドは黄色かった。
「うーん、ま、これで我慢しようかね」
 
シーン16。取調室。
琴梨刑事と桜町由、机に向かい合って座っている。桜町由の顔にはライトの光。
琴梨刑事「あなたは、事件当夜はずっと家にいたんですよね。」
桜町由「そうです」
琴梨刑事「なぜ、嘘を言うんです」
桜町由「嘘?」
琴梨刑事「あなたが事件当夜現場近くでクルマに擦り傷をつけたことが分かっています」
桜町由「そんなものはずっと以前の事でしょう」
琴梨刑事「日本の警察を甘く見てもらっては困ります!・・・あ、うれし、これ一度言ってみたかったの」
桜町由「はい?」
琴梨刑事「と、とにかく、事件の前までは、その壁にはそんな痕跡は無かったという確かな証言があります」
桜町由「そ、それは・・・」
琴梨刑事「さあ、どうなんです!?」
桜町由、押し黙る。そこへけあふりぃ課長現れる。
けあふりぃ課長「ままま、お若い方は押してばかりでいけませんですな。わたしがかわりますわ」
けあふりぃ課長、琴梨刑事と入れ替わり席に着く。
けあふりぃ課長「煙草でもどうですかな?」
桜町由「いえ、私は吸いませんので」
けあふりぃ課長「めぐみ刑事、あれを頼みますわ」
めぐみ刑事「はい」
めぐみ刑事、リコーダーを取り出し「ふるさと」を吹きはじめる。♪♪♪〜
けあふりぃ課長、しんみりと、
けあふりぃ課長「ところで、里のお袋さんはどうしてますかな。苦労してるそうじゃないですか」
桜町由「え、な、なぜそれを」
けあふりぃ課長「いろいろと調べさせてもらったんですわ。妹さんとあなたを女手一つで、」
桜町由、遮るように、
桜町由「やめて下さい、その話は」
けあふりぃ課長「お袋さんがこのことを聞いたらどう思いますかな」
桜町由、ぎくりとして、
桜町由「や、やめてくれ」
けあふりぃ課長「正直に言った方があんたの為ですわ」
桜町由、がっくりと肩を落として、
桜町由「わ、私が殺りました・・・でも、弾みだったんです。信じて下さい。あの日・・・妻が同窓会に出かけた後、里子に電話しました。内容は、別れ話でした。里子とは結婚後も続いてました。しかし、わたしは何も知らない妻をこれ以上欺けなかった。電話で、別れ話を切り出すと、里子は『別れるくらいなら、死んでやる』、そう言いました。それで、私は慌てて里子の家に向かったんです」
 
「さあ、そしたら回想モードに入ろうかね」
「お母さん、カメラマンさんが白状するの、ちょっと安易過ぎない?」
 琴梨ちゃんの疑問はみんなの疑問でもあった。
「いいの、いいの。これは推理サスペンス『コメディー』なんだから。老練な刑事の泣き落とし。お約束、お約束」
「そうかな
「里子さん、それじゃ回想シーンに悪いけど出とくれよ。里子はかなりの悪女らしい。よろしく頼むよ」
「はい。じゃ、めぐみ、里沙ちゃんお願いね」
「はい、お母さん。里沙ちゃ〜ん、お姉ちゃんの所においで〜
 めぐみちゃんは、里子さんから赤ちゃんを受け取ると、愛おしげに抱っこした。
 
シーン17。回想。事件当夜、里子の部屋。
里子、グラスを片手に椅子にしどけなく座っている。
里子「あら、いらっしゃい。やっぱり、考え直す気になった?」
桜町由「いや・・・なぁ、里子、もう別れよう。な。」
桜町由、里子の肩に手をかける。
里子「離してよ。私別れないわ。誰がなんと言ったって」
桜町由「里子、俺達は終わったんだ。分かってくれ」
里子「もう、愛し合えないというのね!なら、死んでやるわ」
部屋を飛び出そうとする里子。引き留めようとする桜町由。もみ合う二人。
弾みで、里子、調度の角に頭をぶつける。
床に崩れ落ち、ぐったりする里子。
「さ、里子・・・・」
桜町由、里子を揺り動かすが返事はない。
「・・・あ、ああ、し、死んでる・・・ああっ」
狂ったように狼狽し、その場を飛び出す桜町由。
 
シーン18。再び取調室。
桜町由「と言うわけなんです。殺す気は全くなかった。信じて下さい」
けあふりぃ課長「それで、どうしたんですかな」
桜町由「は?」
琴梨刑事「は、じゃないでしょう。被害者は窒息死してたのよ。どうして、頭を打っただけで、そんなことになるのよ」
桜町由「窒息、窒息死ですか。はは、じゃ、じゃあそれは私ではありません」
 
シーン19。札幌北署前。琴梨刑事と、古畑。
琴梨刑事「と、言う訳なのよ」
古畑「桜町由は確かに里子さんを気絶させた。でも、殺してはいない。頭の傷はその時のもの、か・・・」
琴梨刑事「また、振り出しかしら。でも、あの人嘘をついてるかもしれないわ」
古畑「いや、それはない」
琴梨刑事「どうして?」
古畑「カン、てやつかな」
古畑、意味ありげな笑いを浮かべる。