<第十章>
「はい、鮎ちゃん、OLの制服だよ」
「また、何か聞き込みを受けるんですね。それも違う役で」
「あら、勘が良くなったわね」
「私もだんだん分かってきましたから。今回の私の役所が」
 そう言うと、鮎ちゃんは別の部屋に着替えに行った。
 
シーン20。ある会社のオフィス。
古畑「あの、失礼ですがターニャさんと同級生だった川原さんですか?」
川原「ええ、そうですけど・・・」
古畑「あなた、この前同窓会に行かれましたね」
川原「行きましたけど、あなたは?」
古畑「申し遅れました。私、こういう者ですが」
古畑が差し出した名刺を受け取り、
川原「私立探偵?素行調査か何かかしら」
古畑「まあ、そんなところです」
川原「あ、分かった、浮気調査でしょ。ご主人も心配性ね。大丈夫、この前も結構のろけてましたから」
古畑「そうでしたか。で、ターニャさん、何時頃お帰りに?」
川原「そうね、二次会を中座したんだから10時ってところかしら」
古畑「10時ですか。それで二次会はどこで?」
川原「駅前の『じんべえ』って居酒屋よ」
古畑「あそこからなら家まで、かかっても一時間ってところか」
川原「え、なんですか?」
古畑「いえ、なんでも。あ、どうもありがとうございました」
川原「いいんですよ。それから桜町さんにターニャは本当にあなたの事を愛してるから余計な心配しないように伝えておいてね」
古畑「伝えておきます。では」
古畑、一人になり、つぶやく。
古畑「愛してる・・・か」
 
「じゃ、次はちょっと外にでようかね。買い物帰りのターニャさんってところだよ」
 
シーン21。ターニャが買い物袋を下げて歩いている。古畑、後ろから声をかける。
古畑「やぁ、奥さん、買い物ですか」
ターニャ「え、あら、あの時の方ですか」
古畑「そういば、大変でしたね、ご主人」
ターニャ「ええ、でも過失傷害以上の事はしてないと、本人も言ってますし。じきに帰ってくると思います」
古畑「ご主人のことを信じてらっしゃるんですね」
ターニャ「はい・・・あ、そう言えば今日はどうしたんですか?」
古畑「いえ、ちょっと通りかかっただけですよ」
ターニャ「そうですか。で、真犯人は分かりましたか?」
古畑「いいえ、まだです。一体誰なんでしょうね。頭が痛いですよ」
ターニャ「大変なんですね・・・きゃっ」
ターニャ、つまずいて転びかける。
古畑「危ない!」古畑、ターニャの左腕を掴む。
ターニャ「うっ」ターニャ、痛そうに顔をしかめる。
古畑「大丈夫ですか。腕をどうかされましたか」
ターニャ「ええ、この前ちょっと転んで怪我を・・・私ドジなんです」
古畑「気をつけて下さいね。あ、荷物持ちましょう」
ターニャ「あ、すみません」
その後、会話を交わすでもなく歩いていく二人。
 
<第十一章>
「次は鮎おばさんの出番だよ」
「はいはい。えーと、かつらはどこに置いたかしら。あ、あったあった」
 もしかしたら鮎ちゃんが一番忙しいのかも知れないな。
 
シーン22。愛田邸前。その日の夕方。
古畑、何か考え込みながら屋敷の前をウロウロしている。
鮎おばさん「何してるの?あんた犯人は分かったんでしょうね」
古畑「うわぁ!び、びっくりした」
鮎おばさん「びっくりしたのは、こっちよ。で、犯人は?」
古畑「え、ええ、あともう少しってとこです」
鮎おばさん「情けないわねぇ。こっちは怖くて寝られないのよ」
古畑「すみません。あ、そうだ。ねぇ、おばさん人を窒息させるにはどうする」
鮎おばさん「なによ、いきなり。そうねぇ、首を絞めるとか?」
古畑「死体には、首を絞められた痕は無いんだ」
鮎おばさん「じゃあ、鼻と口をふさいじゃう」
古畑「鼻と口を?」
鮎おばさん「濡れた布なんかあったら最高よね」
古畑「濡れた布・・・空だったコップ・・・そういうことか」
鮎おばさん「お役に立てたかしら」
古畑「充分に」
鮎おばさん「じゃ、私は帰るから、せいぜい頑張ってね」
鮎おばさん、家に帰る。入れ替わりに梢、陽子が連れ立ってやってくる。
古畑「おや、お揃いでどうしたんですか」
陽子「おや、探偵さんじゃないかい。あたしは耕作さんに会いに来たのさ」
梢「探偵?あなた・・・どこかでお会いしませんでした?」
梢、まじまじと古畑をみる。
古畑「い、いいえ、気のせいでしょう。ところで、あなたはどうしてここに?」
梢「お仕事が入って葬儀に出られなかったものですから、お焼香だけでもと」
古畑「あなたが、ですか」
梢「そうですわ。いくらライバルだったと言っても亡くなった方に礼を欠きたくありませんから」
陽子「そういうあんたは、どうしたんだい」
古畑「いえ、事件当夜の目撃者でもいないかと・・・」
梢「それは無駄足のようですわね。あの日は雨も降っていたし人通りなんてありませんでしたもの」
古畑「人通りが無かった・・・!?」
古畑、目を輝かせる。梢、はっとした顔になる。
陽子「あんた、何でそんなこと知ってんのさ。あの日ここに来たんだね。さては、耕作さん目当てじゃ・・・」
梢「どうして、ここに来たら、愛田さん目当てになるのよ」
古畑「では、来たのは確かなんですね」
梢、じっと古畑を見つめて、
梢「あなた、私の話、信じて下さいます?」古畑頷く。「それなら、お話ししますわ。あの日、私は今度のファッションショーの仕事を里子に横取りされて、文句を言ってやろうとここに来ましたの。でも、玄関前にタクシーが、ほら、あの黄色い・・・」
陽子「この辺りでその色は『北海道観光タクシー』だね」
梢「そう、そのタクシーが止まっていて、家に入っていく人影が見えたんですわ」
古畑「それで?」
梢「他に人がいる時に文句を言いに行くなんて恥ですもの。そのまま帰りましたわ」
陽子「ホントだろうね。案外あんたが殺したのかも知れないよ」
梢「まあ、失礼ね。私の目的は里子を蹴落とすこと。殺す事じゃないわ。あなたこそ、邪魔な奥さんを亡き者にって思ってたんじゃないですの?」
陽子「冗談じゃない。刑務所に入ったら、耕作さんと会えないじゃないか」
古畑「二人とも落ち着いて下さい。でも、梢さん、なぜその事を警察に言わなかったんですか」
梢「だって、夜中に負けた仕事のことで文句を言いに行ったなんて、美しくありませんもの。さ、言うことは言ったわ。では、失礼します」
梢、帰っていく。
陽子「私は耕作さんに会いに来たんだったわ。耕作さ〜ん、たまには出てきとくれよ
古畑、その姿にあきれながらも、
古畑「ふふ、なるほどな」
 
「お兄ちゃんだけ、一人で動いて新事実を掴むなんてずるいよね、めぐみちゃん」
「うん、琴梨さん、私もそー思うわ」
 陽子おばさんは困ったように頭をかきながら、
「うーん、でも凄腕の探偵が間抜けな刑事を出し抜くってのは、お約束だからねぇ」
「お母さん、間抜けって私たちのこと〜?
 
<第十二章>
シーン23。翌午後。札幌北署捜査一課。
琴梨刑事「では、行って来ます」
出ていこうとして琴梨刑事、古畑とぶつかる。
琴梨刑事「きゃっ」
古畑「おっと、琴梨刑事、行くってどこに」
けあふりぃ課長「椎名医師と愛田耕作氏の共犯関係の容疑が固まったんですわ。今から逮捕に向かう所ですわ」
古畑「その逮捕ちょっと待ってもらえませんか?」
琴梨刑事「お兄ちゃん、じゃなかった、探偵さん何言ってるの」
めぐみ刑事「そーよ、そーよ」
古畑「殺人の真犯人をお目にかけます。関係者を全員愛田邸に夜7時に集めて下されば」
けあふりぃ課長「真犯人・・・確かなんですな?」
古畑「お話はその時に・・・」
 
「さあ、山場だね」
「やっぱり、お兄ちゃんがオイシイところ持ってっちゃうのね」
「ところでおばさま、関係者全員集合って、あたし、どの役で出ればいいんですか?」
「ああ、鮎ちゃん、美少女メイドでいいよ」
「はーい。じゃ、着替えなくちゃね」
 鮎ちゃんも”美少女メイド”というのは気に入ってるようだ。
 
シーン24。その日の夜7時。愛田邸。関係者が揃っている。
古畑「みなさん、お忙しいところをすみません」
けあふりぃ課長「それよりも、犯人を明かして欲しいんですわ」
古畑「そうですね。では、順を追って行きましょう。この事件は複数の犯行が同時に行われていたことで、一見複雑に見えていた。まずは、被害者里子さんの毛髪から発見された砒素については、警察で調べがついてるんでしょう?」
琴梨刑事「そうです。砒素の出所は椎名医師ということが分析の結果分かっています」
薫「例えそうだとしても、私には動機がないわ」
琴梨刑事「そう、あなたにはありません。あるのは愛田さんです」
耕作「え、私・・・ですか?」
琴梨刑事「そうです。あなたが短期間の内に奥さんに二億円もの生命保険を掛けていたことは調べがついてます。ついでに、あなたが事業に失敗したことも、ネ」
耕作「そんな事は単なる状況証拠じゃないか」
めぐみ刑事「じゃあ、あなたの口座から椎名医師の口座に振り込まれた500万は、どう説明するのかしら、お父さん、じゃなくて愛田さん」
耕作「くっ・・・」
薫「チェック・メイト・・・のようね。愛田さん楽になりましょう。もう」
陽子「そんな事をしちまったのかい、耕作さん。大丈夫だよ。わたしゃいつまでも待ってるからさ」
古畑「この件はカタがついたようですね。そして、里子さんの頭部に傷を負わせたのは桜町さん、あなたの自供の通りだ」
桜町由「はい・・・」
古畑「しかし、事件には続きがあった。あの日、あなたがバルケッタに乗って出掛けようとした時、それを見つけてタクシーで追いかけた人物がいるんです」
桜町由「ええっ!」
古畑「その人物は気を失ってる里子さんを見つけると、そばにあったコップの水で持っていたハンカチを濡らすと、里子さんの鼻と口を塞いだ・・・」
琴梨刑事「その、人は誰!?お兄ちゃん!」
古畑「ターニャさん、何か間違った事を言ったでしょうか」
ターニャ、蒼白になって、
ターニャ「ウソ・・・です。私そんな事していません。なんの証拠があって・・・」
古畑「あなたの事件当夜の足取りはタクシーの運転手さんに確認しました」
ターニャ「確かに、ここへは来ました。で、でも、殺したなんてひどいです」
古畑「左腕をめくってもらえますか、ターニャさん」
ターニャ「え?」
古畑「あなたの左腕には気絶していたはずの里子さんが途中から気がつき、抵抗したために傷があるはずだ」
ターニャ「ち、違います。この傷は転んだだけで・・・ほ、本当です」
古畑「ここに遺体発見時に私が里子さんの右手の爪から採取した血液が凝固したものがあります」
琴梨刑事「ち、ちょっと探偵さん、それって捜査妨害ですよ」
古畑「全部じゃありません。私がもらったのはほんの少しです。警察では気がつかなかったようですが」
琴梨刑事、蒼き鑑識をにらむ。
蒼き鑑識「お、俺のせいじゃないぞ。悪いのは解剖したヤツだ」
古畑「まあ、これがあれば個人の特定は出来るんだろ?」
蒼き鑑識「ああ、DNA鑑定にまわせばな」
ターニャ、がっくりと肩を落とし、
ターニャ「・・・そうです。・・・私が殺しました。憎かったんですあの人が。私から由の愛を奪っていくあの人が!」
桜町由「待ってくれ、俺はあの日、別れ話をしにここに来たんだ。信じてくれ」
ターニャ「そ、そんな・・・」
けあふりぃ課長「・・・すみませんが、署までご同行願えますかな」
 
シーン25。数週間後。夕日の中を歩く古畑、琴梨刑事、めぐみ刑事。
琴梨刑事「ターニャさんの起訴手続きは終わったわ」
めぐみ刑事「どのくらいの罪になるのかしら」
古畑「さあ、どうだろう」
琴梨刑事「愛し合っていたのにすれ違っていた。なんだか悲しいよね」
めぐみ刑事「でも、私は探偵さんのこと、なんか気に入っちゃったな」
琴梨刑事「あ、私も
古畑「ち、ちょっと。二人とも男役だろう?」
琴梨刑事「あら、そんな事気にするの?」
古畑「する!しますとも」
そこへ、梢、通りかかる。
梢「楽しそうね。何のお話?里子の事じゃなくて?」
琴梨刑事「あ、梢さん。その節はどうも。事件はすっかりカタがつきました」
梢、憂い深げに元気なく、
梢「そう・・・もう里子さんがいなくなってくれたおかげで、私の方はすっかり忙しくなっちゃって・・・ほほほ・・・」
めぐみ刑事、古畑達にささやくように、
めぐみ刑事「なんだか元気ないよね」
古畑「ライバルを失ったせいだろう。人間誰しもいつもは喧嘩ばかりしているような人達に限って、お互いに一番大切な人でもあるものなんだ」
琴梨刑事「また、かっこ付けちゃって。あっそうだ、梢さん」
梢「何かしら」
琴梨刑事「事件解決のお祝いにみんなでパーッとやりません?」
梢「楽しそうね。ぜひ・・・」
琴梨刑事「そうと決まれば、行こっ、お兄ちゃん!」
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Fin.
 
<最終章>
「はい、カット!みんなお疲れー」
 どうやら終わったようだ。みんな思い思いに感想を話したりしている。
「私が犯人だったんですね・・・」
「おやおや、ホントに人を殺したみたいな顔をしてちゃだめだよ。それに最後に探偵が出した『被害者の爪に残ってた血』ってのは、違法収集証拠だからね。裁判じゃどうなるかわからないよ」
「陽子おばさん、自分で脚本書いといてそれはないですよ」
「でも、なかなか犯人分からなかっただろ」
「なかなか犯人出てきませんでしたしね」
 鮎ちゃん、ナイス!それはみんな思ってる。
「でも、お母さん、みんなが好き放題にアドリブ入れてたから、編集大変ね」
「それなんだけど、実は、本番以外の時もずっとカメラ回してたんだよ」
「あれ、そうだったの?」
「だから、それも含めて無編集で出品しちまおうかね」
 
「・・・・・おばさん、それじゃドラマじゃなくてドキュメンタリーですってば!」
 
<了>