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古い水夫達の唄が聞こえる(初出:ザ・ロープ大阪記念誌)

19世紀前半に黄金時代を迎えた大型帆船も、20世紀初頭には汽船に圧倒されて急速にその優美な姿を消していったが、
時代時代の歴史に深く関与した船や黙々と物資を運び続けた船の上で、喜びにつけ、悲しみにつけ、水夫達が口ずさみ、
大声で和した多くの船唄があった。その中にはビートルズ達によって強烈なロック・サウンズとして生まれ変わった
My Bonny」や、キングストン・トリオによって哀切きわまりないフォーク・ソングとして大ヒットした「Shenandoh」
など私達の時代にも生き残った唄もあるが、大部分は伝承されないまま忘れられようとしている。そういった
Sea Chante
を紹介してみたい。



Paddy West

リバプールで船宿を開き、未経験の若者を熟練した水夫(AB)に即席で仕立てあげて船に斡旋していた悪名高い主人、
Paddy Westを歌った曲でピカレスク(
悪漢英雄)というには余りにせこい感じもする。このような悪事が横行した背景には
新独立国アメリカの台頭、スエズ運河の開通、米・豪両国での金鉱発見、中国の茶や豪州から本国への羊毛輸送競争など、
19世紀の中葉に集中的におきた海上輸送の飛躍的な拡大に、根本的に船員が不足していたことから生じた。航海中に乗組員の
命が失われないことが無かったという劣悪な環境や、これに輪をかける賃金の安さなどが、海上労働から若者の足を遠のかせ
たことは想像し易い。このため、船員の補充にはしばしば色仕掛けや暴力といった前代的な手段が使われることもしばしば。
この唄に船宿兼口入れ屋(
Boarding House=縮めてボーレン)が暗躍する余地が充分にあった。余談になるが、神戸港でも
大正
5年になっても正式の機関「全日本海員液済会」の他に34の私的な船員斡旋所があり、月600人余りの紹介を行っていた。
この唄が歌われた当時の船乗りの階級としては船長・高級船員・水夫に分かれていた。
更に水夫は熟練した水夫と普通の水夫、
そして見習い水夫に区別され、その階層から給料までははっきりと差別されていた。ちなみに、この世界で熟練水夫とは
「二年以上の乗船経験が有ること」「海が凪いでいる時には、ロープの束を持ってヤードの端から端まで手放しで歩くぐらい
の身軽さ」が条件だった。


この唄の一番に出てくるように、宿屋の部屋に置かれた牛の角の飾り物の回りを若者にぐるぐる歩かせ、当時の熟練した
船乗りならば一度は経験難儀したはずのホーン岬を三度も回ったと、船には言っとけというフレーズや、畳帆作業を屋根裏
部屋の窓のブラインド巻き上げで済ませるフレーズなどユ一モラスなものである。しかし、このように促成された「熟練
水夫」は露天のワッチには必需品の防水衣も与えられず、パディ・ウェストのいう乗船仕度(ベルトの代わりのロープ)を支給
されて船に凋の給料で身売りされてい一)た。恐らく若者の耳に「仕事は楽で飯は食い放題、下船する時には小金も溜まって
るよ」と、繰り返し囁やかれたことだろう。そして、若者はパディが受け取った熟練水夫の月給分を、見習い水夫として何箇月
もぴんはねされ、ただ働きをしなければならないはめになるわけ。けれども、実際のところは船の雇い入れとパディはぐると
いう
ところか。今でも似たような事は往々にしてありそうだと思いませんか、



Paddy West(要約)

1.俺がラットクリフ通りを降りていって、パデイ・ウェストの家にふらりと入っていったら、あいつはアメリカン・シチュ一
を出してイギリスの素敵なシチューだといった。そして、あいつがいうことには
"元気を出せよ、若いの。ちょうどいい時に
来た。このリスト
(船員簿)にサインしとけよ。お前のデニムの上着を脱ぎ捨てて、元気を出して歩いてみな。船にはパデイ・
ウェストから来た水夫だというんだぜ
"



2."俺は海に行った事も無いんだぜ"と答えたが、パッデイ・ウェストの言う事には、"かまいはしないさ、お前は生まれっき
の水夫なんだ。隣の部屋に入って、角
(ホーン)の置物のまわりを歩いて来な。もし、聞かれたならホーン岬を三回越したと
言うんだな
"



3.俺がパデイの家にいると風が吹き始めた。あいつは"帆を畳むんだ"と、俺を屋根裏に追い上げた。屋根裏に上がっても、
帆なんが無かったので、俺は窓枠に飛び上がって、ブラインドを巻きあげた。






Dead Horse

パディ・ウェストの唄で紹介したように、船宿の悪徳主人(』ボーレン)により船に売り渡された即席の熟練水夫達は、その
前借りのためただ働きを強いられた。この辛い奉公が終わった時、彼等の間では「死んだ馬をヤードに吊るす海に投げ込む」
という奇妙なセレモニーが行われた。もちろん普通の場合はそんな馬なんか船に積んではいないから、甲板磨きに使われた
砥石
Holy stoneや木端屑などのがらくたを古い帆布でくるんで馬の人形をこしらえた。そして、この人形をちょうど口本の
神輿のように担ぎあげたり、酒に浮かれて大騒ぎしながら、その辛かったただ働きが終わった事を祝った。そして、この
Dead Horse」の唄を合唱しながら人形をヤードに吊るし、最後には海に投げ込んだ。これは、我が国でも"みそぎ"などの
おりに人形を作って海や川に流し、自身の身代わりとして禍を転化したこととよく似ている。この
Dead Horseは、水夫達の
前借りのために強いられるただ働きを意味しているが、その他の船唄でも
Salt Horse(塩漬けの馬)という言葉が見られる。
艮期の日数を要した帆船の航海では、肉類はその腐敗を防ぐため「ハネス・カスク」という小樽に貯蔵されていた。この
ハ一ネスとは元々「馬具」または「おきまりの仕事」などを意味しており、天火に渇いて固くて塩辛いだけの塩漬けの馬肉は、
ただでこき使われた水夫達の心情を象徴していたに違いない。ちなみにこの船唄は当初はこのような「みそぎ」のための唄で
あったが、時代と共に変化し、新大陸に撰千金を夢見て乗り込んで来た移民達の劣悪な居住環境を慰撫するための見せ物と
して、乗船後一月を経過した日に歌われた。



Dead Horse(要約)

1.おいぼれが馬に乗ってやって来た。
 合唱:本当にそうだよ。そうなんだ。
 おいぼれが馬に乗ってやって来た。

  以下繰り返し


2.おいぼれよ。お前の馬が死にそうだよ。
 おいぼれよ。お前の馬が死にそうだよ。
 注:前借り期間が終わる事を示す


3.もし、あいつが死んだら背中をひっぱたこうぜ。
 もし、あいつが死ななかったらまた乗らなきゃならない。


4.省略


5. 一月も俺たちは地獄の暮らしを強いられた。
 お前がヌクヌクと暮らしている間に。


. けれども前借り分の口は過ぎたぜ。
 起き上がって仕事を探すんだな。この業突張りめ。


7省略


8. 赤肌が見えるほどこき使ってから、お前達を塩漬けにしてやるぜ。


9. もし嘘だと思うなら樽の中を覗いて見な。
 お前の仲間達の馬の足が見えるから・


10.11.12省略


13. 馬をメインヤ一ドに吊るせ。
 
馬をメインヤードに吊るせ。


14 .深い海に投げ落とせ。海の底まで沈んでいけ。


15. ゆっくりゆっくり沈んでいけ。
 鮫がお前の体を喰いちぎり
 心を悪魔がさらっていくだろう。


 以下略



 荒川博氏(元運輸省航海訓練所所長)の研究によると、船唄はポンピングやハリヤ一ド作業等のワーク・ソングとして
 唄われるシャンティと、余暇の息抜きとして唄われるフォアビターの二種類に区別出来るとのこと。さしずめ
Paddy West
 後者にあたり、
Dead Horse
は前者に該当しよう。この他にも「ン?」としたり、「ニヤ」としたりする唄も多数あるが、
 唄が作られた背景を探る事もなかなか楽しいことである。



 「セラー達が愉快に唄えば、船は申し分なく帆走る」といわれるように、大帆船時代を船唄から浮き彫りにしていく
ことも、その魅力に磨きをかけることになると思われるのだが。