それまでの我がR剣道スポ少は、毎週土曜日の朝に1回、つまり月4回の稽古でありました。対外試合などにはかなりの昔に1、2度出たっきり、剣道着や袴なんて着ている子どもは一人もおらず、体育着やトレーナー、Gパンの上に防具を着けての稽古でありました。指導者の先生方もかなり高齢になられていたこともありまして、かつて高校時代に3年間弱剣道部にいた初段のわたくしに「月4回だし、手伝ってくれないかナア」とのお呼びがかかったのでありました。平成8年頃のことであります。
ところがその翌年の春にR剣道スポ少の団員を町の教育委員会が募集しましたら、当時人気のあったアニメ"流浪に剣心"の影響かどうかは知らないのですが、なんと例年の倍以上もの子どもたちが入団を希望、15人、いや20人近い小学生の団員を有することとなったのでありました。しかも、これに気を良くしたスポ少の団長先生が、あるとき突然に「よしっ、この子たちを3ヵ月後の昇級審査会に出し、昇級させよう!」と言い出したのであります。・・・そうです、これからがわたくしの波乱?の少年剣道とのかかわりの始まりでありました。ただ正直に白状しますと、そのときは「まあ、なんとかなるベエ!」と内心楽勝気分であったのですが、そのわたくしの予想がものの見事にガタガタと崩れていくのにさほど時間はかかりませんでした・・・。
さて、子どもたちは昇級審査会に臨むため猛特訓を行うこととなりました。まずは服装を整えなければなりません。薄い生地の合成繊維の剣道着と袴でだいたい7,500円くらいではなかったでしょうか。思い切って剣着道や袴を準備してもらおうと保護者の方々にお願いすると快く"了解"の返事!数日後の女子は白、男子が紺のいでたちは、それまでのトレパンやGパン姿に比べなんと格好のいいことか!思わず見とれてしまうくらいらでありました。しかもそんな子どもたちが20人くらいも勢ぞろいしているのですから・・・。
団長先生、T指導員、わたくし、そして子どもたちも「よーし、みんなで一生懸命練習し、昇級審査会で合格するぞお、オウー!」状態であります。・・・ところで、昇級審査会って何をやるの?一同・・・シ〜ン。「切り返し、メン、コテ、ドウくらいじゃないの?」誰かが言いました。「たぶんそうだな、まさか形とかはないべ!?」、「そだそだ、ウン!でも、高学年はコテメンもあると思うな。」と安易な同意が行われました。さて、いよいよ練習開始であります。
・・・てなわけで、昇級審査会をめざした稽古が始まりました。6年生(2級)−女子3人、5年生(3級)−男女各1人、4年生(4級)−男子2人、女子5人、1年生(5級)−男子1人の計13人の挑戦であります。しかし、あと3か月あるとはいえ、よく考えると週1回の稽古日でありますから審査日まで10回くらいしか練習することができません。しかも、審査を受ける子どもたちのほとんどは竹刀を手にしてまだわずかな時間しかたっておらず、面なんて着けたこともないのです。やばいんじゃないのかなあ・・・ときおり不吉な予感がこころの中を走ります。そして徐々にその"予感"はなにかしらわたくしの中で"確信"めいた気持ちへと変わっていきました。
技術的なことはもちろんのこと、防具をまともに着けれる子どもすらいないのです。「先生!防具ひとりで着けれるようになったよ!」といって喜ばせてくれた子どもも、練習の最中に胴と垂が突然一緒にはずれて床にドンッ!と落ちる始末・・・やっぱりやばいヨ、このままじゃあダメだ−。たまらずわたくしはT指導員に「稽古日を1日増しましょう!最低でも2回やらなきゃ無理だスよお!!」と相談いたしましたことについては、今思い出しても至極当然の行動だったと思います。T指導員もなんとか納得してくれ、保護者方々もなんせ自分の子どもに小学校の頃から不合格、落第なんか経験させちゃあいかんと思ったのでしょう、了解してくれました。子どもたちの筋も思ったよりいいし、よーし週2回だったら大丈夫だ!なんとなく前が開けてきたような気がしました。
・・・しかし、昇級をめざし一生懸命がんばる子どもたちの昇級審査会の合格が危ういこととなる要因が実はわたくしたちの指導内容にあったのだということについて、そのときのわたくしには知る由もないことなのでありました。
いよいよ昇級審査会の当日です。早朝、町民体育館前に集合し保護者の方々の車に分乗して13人の子どもたちはT町のスポーツセンターに到着しました。メン、コテ、ドウの基本技、切り返しなんかもけっこう上手にできるようになったと思えました。心配といえば、どの子もまともにひとりで面をつけれないことです。しかし・・・問題はそんな細かいことではありませんでした。まず、審査会の審査委員長先生のあいさつでいやな予感。"けっこう厳しそうだなあ〜"思わず心がそうつぶやきます。「最初に4年生、4級から審査を始めまあす!はい、こっちに来てください!」−いよいよです。面をつけるのは手伝ってあげることができひと安心。ですが次の瞬間・・・「ちゃんと帯刀して!帯刀、帯刀!!」、「はい、きちんと大きく三歩で出て!」、「そんきょはそうじゃないでしょう!!!」・・・我がR剣道スポ少の子どもたちの動き一つ一つに先生方の注意の声が響きます。エッ、ウソ・・・全身から汗がふきだし、心臓がドクドク、そして軽いめまいが・・・。審査の先生方全員(6人ほどだったでしょうか?)顔を見合わせてなにかヒソヒソ・・・。以下、審査の先生方の主なご指導とわたくしたちの指導?を疑わず一生懸命臨んだ子どもたちの所作への弁解。
○ 立礼をして帯刀 ⇒
教えていなかった・・・というよりわたくし自身がよく知らなかった。
○ 大きく三歩で指定の位置へ ⇒
あまり重要に考えず、注意してなかった。
○ "そんきょ"は男女とも左足を引き付け、右足ひざが相手正面となる正しい姿勢で ⇒
男子は正面を向いて大きくお相撲さんのように、女子は右ひざをついて"そんきょ"するよう教えた。・・・30年前、先輩にそう教えられた!
○ 切り返しは最初面を打たせて、次に竹刀で受ける ⇒
子どもたちには前に4つ、後ろに5つ打って下がること、打たれる方は竹刀で受けることしか教えておらず、おそらくそんなことする余裕がなかった。
○ 基本技は大きく、強く、そして正しい姿勢で ⇒
周囲の子どもに比べ誰が見ても明らかに見劣りする・・・でも練習のときよりもよくできていた。
○ 6年生は地稽古(互角稽古) ⇒
一度もやったことがない!>これが一番参った!!!審査の先生はあきれて「もういい、もういいです!」・・・等々。
嗚呼、この日子どもたちは審査の先生方全員から指導を受けながら進めるという異例の審査会となったのでありました。もちろん審査会を終えた控え室の中、誰もが無口でありました。ときおり保護者と子どもの声がします。「先生からああ教えられたんだよお」、「教えられたとおりやったよ」・・・。わたくし、無理やりつくった笑顔を引きつらせ、声を震わせ「ご、合格、不合格はあとで連絡がくると思うけど、みんながんばったナ!保護者の皆さんスミマセンでした!」。・・・無言。もういやだあヨ〜。・・・平成9年の思い出の夏であります。