◇ 史上最高?のユニーク中学生チームが戦う!


          男子中学生チームに変人?TOSHIクンが加入!

TOSHクンが入団してきたのは、彼が中学2年生のときでした。
ほっぺの丸いお母さんらしき中年の女性に連れられて、小柄でなで肩のメガネをかけた学生服のやせた少年がわたくしの職場にやってきました。パソコンの画面から目を離し、見るともなくその2人の様子を眺めていると、お母さんらしき人が近くの女性職員に「あのう、剣道のスポ少をやってる方・・」と問いかけています。その職員は相手が用件を言い終えるのをさえぎってわたくしの方に顔を向け「IKEさ〜ん、お客さんですよお!!」、わたくし「は、は〜い!」

職場のカウンター越しに話しを聞いてみると一緒に来た息子さんを剣道スポ少に入団させたいとのこと。名前はT.TOSHIクンということです。お母さんに促されてTOSHIくん「お、お願いします・・」とちょこんと頭をさげました。この団員不足の折、わたくしはもちろん「わかりました!」と快諾。基本は毎週木曜日と土曜日の2回。いつでもいいので、とりあえず運動できるかっこうで午後6時に来てくれるよう話しました。2人はうなずいて帰っていきました。

ずいぶんきゃしゃな少年だなあ。あれでウチのTAKやYUYAクンと同じ歳かあ・・、それに今話しをした10分か15分の間、TOSHIクン、まったくオレと視線を合わせようとしなかったなあ〜。内気なんだなあ〜」というのが第一印象でありました。そして、その日の練習日、中学生でTOSHIクンと同い年のTAKとYUYAクンを呼びました。わたくし「今度、初心者だけど新しくオマエたちと同じ中学2年生の男子が入ることになった」、YUYAクンは嬉しそうに「ほんとスカ!?」、表情を変えずTAK「どんなヤツ?」、わたくし「体格はあんまり良くないな。小柄。そうだYUYAクン、キミと同じS中学校だって言ってたよ」。

そんなわたくしの報告に驚いてYUYAクン「ええっ、だ、誰っスカア???」、わたくし「ああ、たしかTOSHI、そうT.TOSHIクンって言ったなあ」、するとYUYAクン大きな目をさらに大きく見開いて「ええっー!T.TOSHIって、あのTOSHIクンですかあ〜!!」とすっとんきょうな声を上げたのでありました。しかも、信じられないというような驚きの表情で・・。そのリアクションがあまりに大げさだったのでわたくし「なんだ、なんか問題があるのかあ?」、YUYAクン「い、いや問題は別にないッスけど・・。ただ、変わってるっていうか・・その」、わたくし少しにやにや笑いながら「へえ〜、キミより変わってるのか?」、と、YUYAクン「ええっー、どういう意味スカあ?」。そんな様子を見てTAK「ふう〜」と深いため息。


          まさに驚くべきTOSHIくんのひ弱な体力・・

さて、TOSHIくんが練習会場にしている町体育館、略して町体にやってきました。青い学校ジャージの上下に真新しい竹刀を持って、出入り口付近できょろきょろしています。わたくしもいろんな少年たちを見てきましたが、こんなにきゃしゃな子は初めてです。ひとつ下の学年にTOMNくんという身長の低い子がいるものの身体的にはいくらか均整がとれていますが、こうして遠目から見るこのたびの新入団員は一言でいうと弱々しいに尽きるといった感じです。近づいていって声をかけました。「やあ、TOSHIくん、こんにちは。よく来たな。まずここは剣道を学ぶ場所だから、いわば道場だ。道場に入るときと出て行くときは必ず礼をしなさい。わかったね、やってごらん」というわたくしの言葉どおりTOSHIくんは頭をぺこりと下げました。

「それと、竹刀を持って歩くときはこの弦という部分を下にして左手で・・」と言いながらTOSHIくんの左手に触れてみてこれまたびっくり。その腕の細いこと、細いこと。極端ではありますが、胴張り竹刀の太さくらいしかありません。これで竹刀が本当に振れるのだろうか・・。でも、これで中学生が4人になったのです。なんとかこの少年が防具を着けるところまでいってくれさえすれば、大将のTAKまで勝負が回るかもしれません。とはいうものの、このひ弱な少年がそこまでたどり着けるかどうか・・。「よし、TOSHIくん、今日は竹刀を使っての稽古も少しやるが、まずオレが言うことをちょっとやってみてくれ。まず竹刀を置いて腕立て伏せを10回だ」と告げると目を伏せたまま、竹刀を壁際に置いて腕立て伏せの準備に入りました。そしてそこからが驚きの連続です

まず、腕立て伏せ10回どころか、1回もできません。なにしろ腕を突っ張った状態すらおぼつきません。次に腹筋で上体起こしです。なんとこれも0回です。両手をフリーにしてやらせたのですが、ウッと力を入れても首だけが立つだけで、両手でジャージをつかんで一生懸命起きようとしても無駄でした。おいおい本当かよ・・正直な心の声が自分自身の中から聞こえます。

「おい、入団してきて早々こんなこと言ってワルいけど、必要な力がぜんぜんないんだな」というわたくしのやや冷たい言葉にTOSHIくんはどんどん下を向いていきます。「ああ、いやいや、そんなに落ち込まないで。これから鍛えていけばいいんだから。う〜ん、そうだなあ・・。ああ、じゃあこっちに来て」と体育館のステージあたりにTOSHIくんを呼んでパイプ椅子を6脚出し、まずわたくしが両手に3脚ずつ持って「こんなふうに上の方に何回持ち上げられる?やってみて」と手渡すと・・よろけてしまいました。慌ててわたくし「あっ、ごめん!まず2脚ずつでやってみて」と言い直すとわずかに右手に持った方だけ数センチ上がりましたが、左手の方は床についたまま。結局、両手にパイプ椅子1脚ずつ、それもやっとの思いで5回・・いや3回上げるのが精一杯のようなのでありました。

その日のスポ少が終わり、わたくしはTAKとYUYAくんを自分のところに呼びました

わたくし「見てた?」
TAK「・・」
YUYAくん「まっ、あんなもんだと思います」
わたくし「余計なことだが、勉強の方は?」
YUYAくん「あっ、それはそこそこ。数学が得意みたいです」
わたくし「キミと比べると?」
YUYAくん「う〜ん、僕とですか〜、う〜ん」
TAK「だってYUYA、おまえの成績って、そこそこだっけ?」
YUYAくん「ええ〜っ!」


          打ち込み台への想い・・TOSHIくんを涙目で怒鳴る

さて、中学生とは思えないほどひ弱なTOSHIくんは運動能力の方もいまいちでありまして、足元に転がってきたミニバスのボールをわたくしが「TOSHIくん、それを向こうまで投げ返してみなよ」とけしかけてみると、驚いたことにボールを右手に持って、右足を出してボールをほうりました。ふう〜、ウソだろうと正直なところため息が出てしまいます。次に、走らせてみますと、こりゃまた足と手がときどき合わなくなります。早いとか遅いとかの前に、右足と右手、左足と左手を一緒にして走ったりするのです。「キミ、上半身と下半身は別々に生きてるの」とかなり意地悪な質問をしてみたところ、「いいえ、違います」と真面目に返答してくれました。わたくしは心の中で「やばい、やばい・・こういう子に変な冗談を言って傷つけたら大変だ」と首をすくめ、「あっ、ごめん、ごめん!そんなことあるはずないよね・・今の冗談だから」と言い訳すると、「はい」と素直な返事です。近頃じゃあ珍しい純粋な中学生だなあ〜と感心したのでありますが、その次の練習日に目撃したのは・・。

午後6時半から練習が始まるため、その日もほぼ全員がそろっているようでした。体育館に入ると右手の奥には6、7人の小学生と、そこから少し離れたところに中学2年生のTAK、YUYAくん、そして1年後輩のTOMONくんが軽く素振りをしたり、防具を点検したりしています。あれ、TOSHIくんは?とあたりを見回すと左手の奥にその姿が見えました。どうやら小学4年生くらいの団員と黒く塗った木製の打ち込み台近くで竹刀を片手に笑いながら話をしています。「ふ〜ん、やっぱり変わったヤツだなあ。同い年の中学生と話すんじゃなく、小学生と楽しそうにしてるなんて・・やっぱまだ子ども気分なのかな」などと遠くから眺めていたそのときでした。

小学校4年生の団員とTOSHIくんが竹刀をおもちゃ代わりに振り回し、こともあろうにその木製の打ち込み台を叩きはじめたのです・・何回も、何回も。さすがにこれ以上は・・とでも思ったのでしょうか、あるいは遠くにわたくしの姿を認めたからかもしれません。小学生は打ち込み台から離れていきました。しかし、TOSHIくんはなおも打ち込み台をめちゃくちゃに叩き続けたせいで、最後にはかぶせてあった面の紐が取れて下に落ちてしまったのでした。そして、あろうことか、面が床に落ちたのを見てTOSHIくんは勝ち誇ったように両手を上げて小躍りまでしています。

わたくしの堪忍袋の緒がぷつりと切れる音がしました。かつてのわたくしでしたら全力で走りより、もしかしたら大人げもなく胸ぐらをつかんでしまったかもしれません。それほどまでにわたくしは怒り心頭で興奮していました

それには意味がありました。初心者ではあるものの少年剣士をめざしているくせに・・それもあります。小学生ならまだしも中学2年生にもなって・・それもあります。でも、顔面が紅潮するまで怒りを感じたのはそれ以上の意味があったからでした。でも、団員に手を出したらいけないという分別だけはかろうじて心の中に残っていました。

わたくしは大声でまず同じ中学校のYUYAくんを呼びました。そして彼に「あれを見ろ。TOSHIだ」と言いました。私の表情があまりにいつもと異なるせいかYUYAくんも真剣な表情で「どうかしたんですか・・」と低い声で尋ねます。「あいつ、小学生と一緒になってあの黒い打ち込み台を竹刀で滅多打ちして面まで下に落として・・しかも両手を上げてやったーとか言いやがった」、 YUYAくん「ええっー、うそー」、「このままだとおれは彼に暴力を振るうかもしれないから、まずおまえが言って注意しろ。そしておれが一部始終を見ていたと伝えて謝りに行くように言え。わかったか」、震える声でYUYAくん「は、はい、わかりました。あいつバカじゃねえの。しかもよりによって・・」

TOSHIくんにYUYAくんがわたくしの言葉を伝えているようです。数分後神妙な顔つきでTOSHIくんがわたくしのところにやってきてぺこりと頭をさげて「すみませんでした・・」と謝りました。

わたくしはできるだけ冷静になろうと大きく息を吐いてからTOSHIくんに向かって・・「TOSHIくん・・この大バカヤロウ!!!」・・いざ口を開いてみるとまったく冷静さなど吹っ飛んでしまいました。「このやろう、てめえ、何てことしやがるんだ!!自分が何をしたかわかってるのか!おれが・・おれが怒っているのは、打ち込み台を使ってバカなふざけっこをしていたからじゃない・・いや、もちろんそれもあるが・・あの、あの木で作って黒い塗料が塗られてある打ち込み台はなあ・・RYOくんていう小学校の頃このスポ少で剣道を一緒にやっていたキミと同い年の団員のお父さんが、RYOの・・RYOの・・大工だったRYOのお父さんが・・身体の機能が衰えていく不治の病で亡くなる数か月前に、自分で木を切って、カンナをかけて、高さを合わせて、釘を打って・・強そうだからと黒い塗料をきれいに塗ってスポ少に贈ってくれたものなんだぞう・・。そういう・・そういうものなんだぞう!わかるか・・おまえに今おれが話した意味がわかるかあ!!!」 わたくしの目に涙が溜まってもうすぐこぼれそうになっているのがわかりました。こぼれたら、こぼれたでいいと思いました。

「す、すみません・・知らなかったので・・」

「知ってたらやらなかったっていうのか・・知らなかったからやって、知ってればやらなかった・・そう言いたいのか!だから、だから自分は悪くないとでも言いたいのか!!」

「す、すみませんでしたあ!すみませんでした!!」

およそ6年ほど前の出来事なのですが、実は白状すると、ここまでは憶えているのですが、この先の記憶がまったくないのです。むすこに尋ねるとたしか普段どおりに練習したといいます。それほど興奮していたのでしょう。TOSHIくんがどういう反応をしたのかも定かではありません。でも忘れられない出来事です。しかし、この中学生団員4人・・実に、実に変わったキャラクターの持ち主ばかりでありまして・・。


          久々の中学校男子団体戦・・3校の合同チームで挑む

なんだかんだで、中学生チームは怪人?TOSHIくんの不思議なオーラにたじろぎながらも少しずつチームらしくなってきました。なによりその年の秋にはTOSHIくんもだいぶ竹刀を振れるようになり、踏み込みもそこそこ上達してきたのが大きな要因でした。ただ、残念ながら団体戦の5人には届かず、2年生でR中学校のTAK、同じく1年生のTOMNくん、SENHT中学校2年生のYUYAくんとTOSHIくんという次鋒1人を欠く布陣で団体戦に臨むことになります。

そして秋・・郡市中学校新人剣道大会の日を迎えました。R剣道スポ少にとっては久々の中学生チームです。ただし、中体連主催の公式試合のため、スポ少のでは出場できないことから、チーム名は「R中、SNHT中合同チーム」ということでした。ところが大会の10日ほど前に連絡が来て、2校の合同チームにNIS西中のITOくんというスポ少剣士を入れてほしいとの連絡が入りました。もちろん大歓迎です。ここにR中、SENHT中、NIS西中3校の合同チームが出来あがったのです。嬉しいことにちゃんと5人で戦えるのです。

当日です。開会式の前に5人に集まってもらいました。その姿を5人のお父さんやお母さんが遠巻きにながめています。 「よしっ、ITOくんよろしく!合同チームは特別参加なので監督はわたしがやっていいそうだ。みんな、頑張っていこう!」というわたくしのゲキにみんな元気に「はいっ!」

結果は個人戦でベスト8の大将TAKが3勝1敗2分けと踏ん張ったほか、YUYAくんやITOくんが勝利した試合もあったのですが、5戦5敗という結果でありました。大会後「よく頑張ったけど、先鋒TOMONくん、次鋒TOSHIくんに元気がなかったと思う。元気に強い気持ちが合わさって初めて部活のチームに勝てるチャンスが生まれるんだ。次の機会にはもっと頑張るように!」・・この力の差はどうしようもないなあ〜、でも、久々の団体戦はやっぱりいいなあ〜と感じながらふと横をみるとTOSHIくんがやけにうなだれています。YUYAに「TOSHIくん、彼どうした?」と尋ねてみると、「あ、いやあ、たぶん1本も取れなかったから落ち込んでいるんだと・・」、「え、ええーっ!昨日、今日防具を着けたばかりなんだから・・、しかもあの腕力もスピードもない彼が、そんな簡単に1本取れるほど甘くないだろう?」と驚いて聞き返すと困ったようにYUYAくん「ボクもそう思うんですけど、TOSHIはIKE先生から練習で褒められたりしてたもんだから、けっこう自信があったらしくて・・」。わたくし言葉に窮して「それは・・彼にやる気を出させようと・・う、う、う・・あ、ああ・・」

でもなあ、どこから湧いてくるのかしれないその自信もさることながら、勝ちたいっていう気持ちっていうか、勝つんだっていう意気込みは大したもんだよなあ・・と変に感心してしまったりもしたわけでありまして・・。


          春、M剣道スポ少に中学生の入団者ゼロ・・今年も団体を組めず

郡市中学校の新人戦が終わりました。1人練習量の多いTAKが新人戦後のOMA南中学校招待の県南新人大会で個人優勝、全県学年別大会でもベスト16に入るなど力をつけはじめ、それを成績として残せるようになりました。これは本人の頑張りももちろんありますが、YUYAくんとTOSHくんという学校は違えども同学年の2人と週2、3回一緒に練習できることで精神的に安定してきたからのように思えました。

そしていよいよ春。しかし、残念ながらTAKUやTOMONくんのいるR中学校でも、YUYAくん、TOSHくんの通うSENHT中学校でも剣道をやりたいという生徒は1人もおらず、どちらの学校でも単独では団体戦を組めないことになりました。練習日に4人の前で「一応今日がスポ少の申し込み期限だったんだけど、R中でもSENHT中でも剣道への申し込みはなかったよ」4人は黙ってわたくしの話しを聞いています。続けて「本番の郡市大会団体戦にはどちらかの学校で途中入団がない限り両校とも出場できないけど、個人戦で頑張ろう!団体だって合同チームで出れると思うし・・」、「でも、合同チームはオープン参加なんスよね」とTAK。「ま、まあな・・でも、出れないよりはいい」、TAKのヤツそんなこと十分わかってるくせになんでそんなこと言うんだ・・と少しムッとしながらも続けてわたくし「とにかく、TOMNくんを除いて3人は3年生、中学生剣士として大会に出場できるのは最後だから頑張ろう!」

帰路の車中・・「TAK、1年生が入団しなかったら団体は組めないし、合同チームは非公式な参加だっていうのはオマエも十分わかってるだろう。なんでわざわざ尋ねる?」と問い詰めようとするわたくしに「別に・・、まあ、ただ・・」「まあ、ただ・・なんだ?」「個人戦はちゃんとした参加だからオレもYUYAたちもみんな真剣だし、相手も真剣なんだって伝わってくるけど・・団体戦での合同チームじゃ全然順位に関係ないじゃん・・」TAKの言いたいことがわかりました。わたくしに反論の言葉はありませんでしたし、もうわかったからいい、と遮ることもできません。

「たとえばオレたち4人が合同チームでも、同じ学校でもどっちでも正式な参加だったら・・それで入賞できるなんてありえないけど・・でも、それでオレが相手の選手に勝ったら・・YUYAでもTOSHでも勝ったら、1本でも取ったら相手チームの成績が変わるんだろ。父さん、いつか言ってたじゃん」もう車は家に着いていたけれどもわたくしは通り過ぎてそのまま車を走らせ続けました。

TAK「正式な団体チームなら、オレたちが頑張って勝者数や取得本数をもぎ取ったら部活チームの順位だって変わるかもしれないんだろ。オレたちの成績で全県大会に出る学校も変わるかもしれない。そうなれば相手も必死に来るに決まってる。その相手からオレは一本を取ってやりたい!」。「ホント、そうだな・・。でも、YUYAたちにはそれ言うなよ」というわたくしにTAKは笑みを浮かべて「わかってる。それにYUYAやTOSHやTOMNがそこまで考えれるとはとても思えねえ」、わたくしも笑いながら「バカ、そりゃ言い過ぎだべえ!


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