傷心の昇級審査会の後、4年生の子どもたちが2、3人来なくなりました。練習に行くたびに心のどこかで今日はみんな来てるかなあ−と期待している自分がいました。でも、体育館にその姿はありません。しょうがない!しょうがない!!しょうがない!!! ・・・でも、来週は来るかなあ。
そんなある日、団長先生がまた突然言いました。「おい、郡市大会の案内が来たから申し込んだ。9月15日、O小学校の体育館だ」。わたくしとT指導員、顔を見合わせ・・・エエッ!?ほんとに出るんですか?・・・な〜んとなく、またいやあな予感がします。でも、団長先生の瞳はキラキラと輝いています。
でもなあ、昇級審査会は全員が対象だったけど、郡市大会はこの子どもたちのうち上手な選手5人出ればいいんだ。小学生だし、もしかしたらけっこう善戦するかもしれない。まだ1か月近くあるしなあ−今から思うとその頃のわたくしは、なんと楽観的かつ前向きな人だったのでしょう。なんとなく頭の中にオーダーが出来上がり、「あの子だったらこんな感じで1本くらい取れるかもしれない」、「この子だったらあのドウがけっこう良いからもしかして勝ったりして」などと思い描き、思わずニヤニヤしてしまったりするのでありました。それに大会で良い試合をしたら、来なくなったあの子たちもまた戻ってくるかもしれないし・・・。よしゃ!!
大会前日・・・選手発表!
残暑厳しい季節も終わりに近づいているのか、時折吹く風が涼しげになった9月の中旬、いよいよ郡市大会の日が迫ってきました。選手として出場する6年生の女子3人、5年生の男子1人、女子1人の練習には特に熱が入ります。大会は個人戦と団体戦があることから、最低でもみんな2試合を経験することができます。基本稽古が終わった後の互いの試合稽古でもずいぶんさまになってきたような気がします。メンだって、振りかぶっての大きなメンしかできなかったのですが、6年生は小さく鋭く?打てるようにもなりました。ただ、コテメンはまだあんまり上手ではありません。
大会直前の練習が終わった後、一列に正座した子どもたちの前で団長先生が出場選手を発表しました。
先鋒 SAKAくん(5年生男子) 勝利に最も近い子!わたくしが指導した団員のうちでも運動能力は三指に入ります。
次鋒 HIROさん(5年生女子) 甘えん坊で、ちょっと心配な子です。
中堅 SAYAさん(6年女子) 物静かですが、すばやいメンを得意としています。
副将 YOSHIさん(6年女子) 少し身体が硬いのですがパワーがあります。
大将 MIKIさん(6年女子) 身のこなしがよく、お互いの試合稽古でもなかなか強い子です。
名前を呼ばれた選手はその場に立って後輩たちの拍手をもらいました。団長先生「じゃあ、1人ずつ大会に臨む決意を発表してください!」、・・子どもたちは少しキョトン。"試合に臨む"という言葉がむずかしいような気もします。それでも少ししてから6年生が「あしたは、一生懸命がんばってきます!」、「わたしもがんばります!」、「1本とれるようにがんばります!」・・。ようし、みんな!明日はがんばるぞ〜!!
オレが監督!?き、聞いてないッスよお
いよいよ大会当日、会場地は隣接するO市立O小学校ですから15分もあれば到着です。朝9時からの開会式だったので、8時頃には着けるように町民体育館前を出発しました。車の中での選手たちも少々緊張している様子です。気分を和らげようと「誰か1人でも1本取れたらスゴイよなあ!」というと、「みんな、強い?」、「先生、何チームくらい来るの?」といった反応。わたくし自身、どの程度他のチームが強いのか、何チームくらい出場するのか全く知りませんでした。「・・さあどうダベなあ・・」とか言っているうちにO小学校です。学校の前庭の駐車場は車でいっぱいです。さあ、がんばろう!。
選手5人は緑色に白の唐草模様のような布の防具袋(・・こんな防具袋持っているのはウチくらいです。そして今でも使っています・・)に竹刀1本(竹刀袋を持っている子は1人もいませんでした・・)を持って体育館へ!
ヤア〜!、メ〜ン!、コオテェ〜!・・体育館の中には100人以上の少年剣士たちがいっぱいになってすでに練習しています。その熱気、独特の雰囲気に選手はもちろん、わたくしも、団長先生も、T指導員もしばしボー然。ハッと我にかえり「よし、みんなこっちの端っこで防具を着けて!」(控え所は体育館の2階にあることを後で知りました)。みんなに体育館の隅っこの方で垂と胴を着けさせていると、受付を終えた団長先生が「午前中は個人戦、午後から団体戦のようだ。9時からの開会式だが、これから監督会議だ。キミが監督になっているからすぐステージの横に行ってきてケレ!」とプログラムをわたくしに手渡しました。ええっ、オレが監督うぅ?団長先生、聞いてないッスようお!。慌ててプログラムを開くと我がR剣道スポ少の監督欄には確かにわたくしの名前が・・。軽いめまいを感じながらとりあえず大急ぎで監督会議の場所へ行きました。
ステージの横にはすでに各学校や道場の監督が集まっています。みなさん紺のブレザーに赤っぽいネクタイ、グレーのスラックス姿(この格好の意味を知ったのはこれからずっと後のことでした)です。トレーナーにジャージパンツなんて格好の監督はわたくしだけです。「す、すいません、遅くなりました!」。この頃、夏の昇級審査会である意味有名?になっていたらしいR剣道スポ少でありましたから、みなさんの視線が一瞬わたくしに集中したかに思えました。打ち合わせが済み、事務局の方が「各チーム何かありませんか?」、わたくし思わず手を挙げて「す、すみません、R剣道スポ少です。初めての大会で勝手もよくわからないのですが、よろしくお願いします!!」。これに応えて2、3人の監督の方が軽く頭を下げてくれました。
・・やるっきゃないかあ!
赤ってどっち?白ってどっち?わー、タスキなんてなーい!!
緊張の開会式終了後、いよいよ個人戦開始の時間が迫ってきました。子どもたちはもちろん、突然の"監督"を拝命されたわたくしもカチカチに緊張しているのがわかります。「落ち着こう、落ち着こう・・」心の中で自分に言い聞かせながら周囲を見回すと他チームの子どもたちがもう背中に赤や白のタスキを着けて試合場の点呼へ向かっているようです。
・・えっ、赤や白のタスキ?なんでこの子どもたち、もうタスキをつけているんだ?もしかして!
・・慌てて近くを通ったどこかのチームの指導者らしき方に「すみません!タスキってもしかして自分たちで準備してくるんですか?」とたずねると、こともなげに「そうですよ」という返事。
・・「あの、タスキってそれぞれの試合場で準備してくれてるんじゃないんですか??」とさらにたずねると、「違いますよ」。ワアー!どうしよう、確かわたくしの高校の頃は試合場で準備してくれていて、そこで着けてくれてたはず・・ああ、でもそれはもう二十数年も前の話しか!しまった!!
・・と、傍でわたくしの狼狽ぶりを見るに見かねた方が、「ウチのタスキ一組だけど貸しましょうか?」という神の声。ア、アリガトウゴザイマス!地元の名門、K道場の保護者の方のようでした。
・・ああ、よかった!ホッとしたのもつかの間、あれっ、赤ってどっちで、白って試合場のどっちから出るんだ??
・・第一、ウチの選手たちは赤白どっちのタスキをつけるんだ??・・このときのわたくしの気持ちは、とてもわたくしのこのような文章力では言い表せないものでありました。子どもたちを預かるスポ少の指導者として、チームの監督として恥ずかしい思いでいっぱいであったとでもいいましょうか・・。しかし、しかしここで落ち込んでるわけにもいきません。まだ、試合は開始されてもいないのですから・・。とにかく誰かに教えてもらわなくちゃ!!
・・K道場から借りた赤白1本ずつのタスキを握り締め、誰かこの愚かなわたくしを助けてください!と言わんばかりの表情で会場の指導者らしき方たちに"試合の仕方"をたずねてまわるわたくし・・Rスポ少の子どもたち、保護者の方たちの不安そうな視線が痛すぎる初秋の頃でありました。
子どもたちは戦いへ・・みんな頑張る
「正面、だからあのステージに向かって右側が赤、左側が白のタスキだよ。」
「ああ、そうッスか。ありがとうございます!」
「対戦表の先の方、このプログラムで言えば、上のほうが赤ですヨ。」
「わ、わかりました。スミマセン。」
−といった具合で走り回り、「よし、なんとかわかったぞ。で、そうするとウチの選手たちは・・ワアー、SAEさんの試合は第1試合場の4番目じゃあないか!」。試合場全体ではもう1、2試合目が始まっている様子です。「SAEさん、もうキミの番だから、あっちの試合場へ行こう!」・・できるだけSAEさんに不安を与えないように試合場へ向かいました。SAEさんのお母さんも一緒についてきます。「じゃあ、ここに座って。面はボクが着けてあげるから。あと、キミは白のタスキだからね」、「よしっ、立って軽く跳んで!」。いよいよ、SAEさんの試合です。名前を呼ばれ出て行きます。ここからは練習でやったとおりですから、心配ないはずです。そんきょから立ち上がり、試合開始です。そこへ、応援に来ていた4年生の団員が、「先生、あっちの方でYOSIさんが試合だよ!」、「ええっ?もう?」、YOSIさんは8試合目 くらいのはずなんだけど・・それにタスキだってSAEさんと同じ"白"のはず、ど、どうしよう!?
SAEさんの試合は観戦せずに対角線にある第4試合場へ走って向かうと、YOSIさんはもうそんきょしています。「タスキは?」・・見ると確かに白のタスキを着けています。子どもたちの話しだと会場の誰かが貸してくれたようです。YOSIさん、主審の「始め!!」の声で立ち上がりました。「頑張れヨ、YOSIさん!」思わず心の中で叫びます。・・と、まだ互いの竹刀が触れ合ってもいないうち主審が「止めえ!!」。選手二人とも元の位置に戻ったところで主審がYOSIさんの方へ向かい小手を見ています。そして振り向き「監督の方、今度から小手の紐はキチンと結んで、長かったら切ってください!」とのご指導です。わたくし「ハイ、スミマセン!」。試合再開です。
第2試合場の方では、SAKAくんが10試合目の赤で試合しているはずです。タスキはもう渡してありましたし、T指導員もついていてくれているはずなので安心です。行ってみると、壁際にSAKAくんのお母さんの姿がありました。そして、その足元でSAKAくんが面をはずしうなだれて正座しています。「SAKAくん、終わったのか?どうだった?」。わたくしの声に顔を上げたSAKAくんの目は真っ赤です。「そうか、ダメだったのかあ・・しょうがないよ。まだ団体戦があるよ」。聞くと1本負けだったようです。最も期待していたSAKAくんの1回戦敗退はわたくしも少しだけショックでした。もっと慰めてあげたかったのですが、第3試合場でMIKIさんの試合が始まりそうです。SAKAくんの背中から赤のタスキをほどき、急いでMIKIさんの試合場へ。
MIKIさんもよく頑張ったのですが、相手との実力差がありすぎ完敗でした。・・結局、個人戦に出場した4人は、5年生のSAKAくんと6年生のMIKIさんが1回戦敗退、6年生のSAYAさんとYOSIさんは1回戦勝利(勝利・・とはいえ、二人の相手は3、4年生ぐらいのまだ竹刀を持って間もない子たちで、SAYAさん、YOSIさん、そしてわたくしも"満足"といった気持ちからはほど遠いものがありました)の後、2回戦敗退という結果でした。
そして、午後からの団体戦。気持ちを切り替えた先鋒SAKAくんがいつもの動きを取り戻し強敵相手に1本負け、続いて次鋒の甘えん坊HIROさんも大健闘の1本負け、中堅YOSIさん、副将SAEさん、大将MIKIさんは残念ながらそれぞれ2本負けでした。結局0−5、実力どおりの完敗でありましたが、子どもたちはみんなほんとうによく戦いました。
・・こうして長〜い、長〜い1日が終わりました。大会終了後、体育館の外で「みんながんばったナ・・ごくろうさん」と言うのが精一杯のわたくし、帰宅したときには2Kgほども体重が減っておりました。平成9年9月中旬のことでありました。