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平成28年 関西アララギ誌は創刊70周年記念年を迎えた。
年間を記念年として 誌面編集の上で意義のあるよう、三十首競泳をはじめ、 短歌作品その他 いくばくかの高さと いくばくかの深さがもたらされるように祈念している。
関西アララギ誌は平成25年6月号をもって通巻800号を 迎えた。 これを記念し合同歌集『 新世紀斉唱 U』 を 2013年(平成25年)8月23日に 関西アララギ双書第91集を刊行
木善胤先生 七回忌追悼歌会 平成24年10月25日12時30分より 四天王寺本坊安養殿において開催 正面に遺影を飾り、桑岡代表から先生の経歴、歌集の『黄金樹』、『わざうた』、 『官有地年華』、『白霓集』の中から八首について解説があって歌会に移り、 先生を偲ぶ作品、思い出など有意義に進行、16時過ぎに終了した。
木善胤先生 七回忌追悼墓参 〈平成24年9月23日13時〉 秋の彼岸 に合わせ 大阪下寺町の木家菩提所、西往寺の木先生の墓前に供花と 香をささげ、、桑岡孝全代表の先達で般若心経を三回誦唱して追悼の意を表した
平成19年10月 木善胤追悼特集 ( 関西アララギ平成19年10月号 )発行
平成18年3月に 「関西アララギ」 は創刊60周年を迎えた。 平成16年12月には、関西アララギ創刊より700号になり その記念として平成17年1月「700号記念号」刊行 |
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・ 作品展望 ・ 万葉雑録(猪股靜彌) ・ 写生流域(桑岡孝全) ほか 誌面をより充実 ・ 高槻集 各月に会員の投稿歌から選抜して 「高槻集」 として巻頭に掲載している
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| 関西アララギ会の成立 | |
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昭和21年1月、大村呉楼らを中心に、現代短歌作者の結社 「関西アララギ会」が成立し、3月機関誌「高槻」を発行した。 |
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| 「関西アララギ」と改題 | |
昭和27年3月、機関誌「高槻」は「関西アララギ」と名前を変え 現在に至っている。 |
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| 主宰者の継承とモットー | |
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昭和43年8月、大村呉楼が亡くなり、木善胤が編集発行を 引き継いだ.。平成16年以降現在は 桑岡孝全 が編集の任にある。 現実を見つめ、やさしい言葉で深い真実を表すことを掲げて 『現実主義短歌』の可能性を拡大することを提唱している。 |
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| 新仮名遣いを採用 | |
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昭和61年創刊40周年を機に、誌上に掲載する短歌も文章も 全面的に新仮名遣いに切り替えた。これはアララギ系の誌上 では画期的なことであった。 |
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| 平成以降 | |
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平成15年より「関西アララギ」誌上に掲載しているのは、 同人・会員の短歌作品をはじめ猪股靜彌「万葉雑録」 桑岡孝全「写生流域」、会員相互の「作品批評」「晴雨圏」 「歌&私」などバラエティに富んでいる。 また「高槻集」「湧水原」の作品欄も定期的に設けて、秀作 力作を推薦掲載している。 平成14年1月、1月号別冊付録「’02合同歌集 新世紀斉唱」 を刊行。各方面の好評を得た。 平成8年9月、創刊50周年 600号記念特集 平成7年7月、桑岡孝全が編集責任者となる。 平成4年7月、550号記念特集 平成2年12月、土屋文明死去。 平成元年5月、500号記念特集出版 祝賀行事 平成18年10月末、木善胤 逝去。 平成18年11月 桑岡孝全が発行者及び編集者となる。 |
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