平成16年2月号より

猪股  静彌 奈良
ひとり寝を嘆きし僧の恋うたの跡を尋ねて今日の友垣
葛原  郁子 名張
道ならぬ恋にしあらば黄泉にまで知るはひとり吾の胸裡に
大浜  日出子 池田
小鳥と通う心持たずと先生の詠みしを思い餌を置く朝々
寺井  民子 伊丹
スカビオサ淡紅に青に咲きていしバイカルの邑今雪積むか
中谷  喜久子 高槻
芭蕉の根に湧く水今に涸るるなきここにはらから五人育ちぬ
平野  圭子 八尾
大和川の堰開かれて水嵩ます玉串川に鮒の群れたる
樋口  孝栄 京都
日を待たず浜の明かりに老二人魚網繕うただ波の音
内田  穆子 大阪
たゆみなき傍えの秒針眺むる吾命急き立てらるる思いなり
梶野  靖子 大阪
ライトアップせる美術館夜の森に浮き出でて見ゆわが病む窓に
磯貝  美子 三重
美の字をば行書に書くを習いたり八十路すぎても習うは楽し
上松  菊子 西宮
慰霊碑を前に僧侶の打つ鈴の澄みたる音色谷間を下る
西上  さく子 神戸
音高くミュールの踵踏みならし駅の階段少女降りゆく
清水  修子 神戸
秋風に心のおもいを打ちまけてそっと何処かに隠しておきたい
安井  忠子 四条畷
迎え火を焚きて呟く宜しくねこちらは家族一人ふえたよ
村上  小春 富田林
下戸多き中に上戸の幾人が思い出語る声高くなる
松本  安子 岡山
小童川に沿える棚田の一処稲架に古代の赤米乾せり
岡部  友泰 大阪
鳥毛残りし御物の屏風に緑青の文字は任愚政乱とあり
森口  文子 大阪
飾りたる象牙の差しより天平の大工使いし木の尺いつくし
                 選者の歌
        
土本  綾子 西宮
花鳥文錦のつつむ華麗なる繍線鞋に心はあそぶ
十本の刀子を漆塗の鞘に納め佩せし天平のファッションたのし
ジーンズの腰にマスコットをキーを吊り平成の若者ら街に屯す
井戸  四郎 大阪
行き違う肩の擦れ合う商店街五十メートルの楽しみにして
杖ならぬステッキを持てという声を聞こえぬふりに靴穿きて出る
前を行くおんな横みちの暗がりに曲りて我を振り返りみぬ
桑岡  孝全 大阪
指をもて絃を押さうるきしみをも再生をせりかすかとはいえ
街なみのいつしか安野光雅に似たるをおもう公孫樹黄となり
三十一音綺語虚誑語は釈迦牟尼の五戒に触れて地獄必定

 

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