平成16年6月号より

池上    房子 河内長野
薄雪の凍れる下の仏の座芥子粒ほどのくれないの見ゆ
井辺 恵美子 岡山
畦草の素枯るるなかに曼珠沙華の葉は青々と春日に光る
中川    昌子 奈良
野焼きすみし茅の原に芽を出だす土筆の頭黒きも混じる
遠田      寛 大阪
急かるるを厭いて来る河のほとり風はつぶてになりて背を打つ
岡部    友泰 大阪
ヒツタイトの楔形文字粘土板に緻密に刻みて数千年消えず
池田 富士子 尼崎
六人の家族束ねしこの炬燵四半世紀のはたらきを終う
角野    千恵 神戸
地震の朝床に落ちにし炊飯器その後も長く使い慣れしを
馬橋    道子 明石
ポットより可憐なる楽の流れきてわが家の朝食の始まる八時
津萩 千鶴子 神戸
ともかくも元気な犬と歩き出す一日のはじまる無心の時間
上松    菊子 西宮
新人の研修らしき掛け声の運転席より聞こゆ「出発!」
池田    和枝 北九州
身の罪科とわるる如しわが前の自動改札機音立て閉まる
安藤    治子
感染症防ぐと屠る幾万羽耳ふたぎたしその上ぐる声
菅原    美代 高石
いのちある哀れや寒き暗闇に人参じゃがいも芽を吹きおりぬ
森田  八千代 篠山
よき知らせ待ちつつ葱をきざむとき出窓に響く春のいかずち
伊藤  千恵子 愛知
心煩うこと多き日々梅が咲き遅れて山茱萸のいま花のとき
織田  彰二郎 宝塚
グローバルマクロの論に倦みたりやミクロとナノの技をば囃す
奥村    道子 愛知
魂の宿るを言いて木の櫛を扱いし母を思う彼岸会
牧野    純子 大阪狭山
母の名をはじめて経木にしるす日の春の彼岸に寒き雨ふる
杉野    久子 高知
歩き行く遍路の重き荷を見つつ蜜柑二つの接待をする
西上  さく子 神戸
決断をなしたるあとをなお惑う蕾のかたき桜の道に
                 選者の歌
土本 綾子 西宮
宵闇に薄墨桜咲きにおう花会式待つこのときのため
金堂の太き柱の間に仰ぐ薬師像燭の灯にあたたかし
読経止む時の間数珠を擦る音のみ浄瑠璃浄土の世界と化して
井戸 四郎 大阪
春の嵐治まる午後に当てのなく図書館に来て検索をする
朝の風冷たき春分の日の光並木のこぶし花咲きそろう
三色の花咲く桃の鉢植を置きてわが家の雛の日とする
桑岡 孝全 大阪
市営交通七十歳なれば無料となりぬああわれまこと七十歳ぞ
いくさにて友をあらかたうしないし兄の羨しむわがクラス会
いくとせかきかぬ鶏鳴ゆきずりのブロック塀のむこうに聞ゆ

 

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