平成16年9月号より

伊藤   千恵子 茨木
思い来てわたる錦帯橋新しき白き板橋のかそけく匂う
上野     道子
降りて照り又降りいずる日の夕べ紫陽花の青さえざえとして
植本     和夫 白浜
思い出のホテルの苑の潰されて富をもくろむ主に替わる
春名     一馬 岡山
美作弁播磨訛に説話せし住持の世代も大方替りぬ
丸山     梅吉 大阪
ステッキは用心のため外出の友となりたり百もま近に
藤井       寛 篠山
くさかり刃砥ぎて加わるむら日役午前はながしクリーン作戦
磯貝     美子 三重
君の作業着の継ぎ美しく心ひかる細かくさしし手の跡見えて
岩谷   眞理子 高知
深夜より台風情報をみる夫は召集に備え衣服整う
赤松     道子
漬梅の底まで紫蘇に染まりたり愈々暑気に向かい構えん
佐藤     徳郎 生駒
圧力釜の重きを運ぶごみ置場亡き妻使いし記憶うすれぬ
忽那      哲 松山
浜辺より振り返り見れば三津浜の賑々しき灯よ現し世の灯よ
鶴亀   佐知子 赤穂
朝夕に千鳥の声を聞けるやと移りし友の赤穂を恋いぬ
並河   千津子
留守の間に見渡すかぎり早苗田となりて今宵の風の涼しき
原       華恵 赤穂
田に水を入れる舅と夢に逢ういちごの初成り供えましょう
森本     順子 西宮
芦ノ湖を見下しにたつ頂はコバイケイ草一面に萌ゆ
佐藤     健治 池田
ゆくりなく詣で得たりし出羽三山身に信仰の力覚えし
平岡     敏江 高知
わが庭の茶の木の新芽摘み取りて焙り手もみす指先染めて
高見   百合子 岡山
幼き日に麦藁編みて篭つくり蛍を入れにし頃のなつかし
遠田      寛 大阪
億人の中の幾たりに出会いしや雑踏をゆく心慰まず
                    選者の歌
土本     綾子 西宮
父母を離れ少女の公代が学びにし岩国の町をみちびかれゆく
この川を遡りゆけば古里と指さす方はみどりにかすむ
さくら散り牡丹の過ぎて今日来たる吉香菖蒲園はいま花のとき
井戸     四郎 大阪
夜の更けの雨に帰りて暗闇に閉め忘れたる窓を閉ざしぬ
朝の日のうすくさしたる梅雨曇りひと日たもちてわれの病み臥す
頬杖にみそなわしますみ姿を持仏にせよと持ちて賜わる
桑岡     孝全 大阪
二万年に狂うは一秒がほどという時計を買いぬ買いて何せん
同時入居後三十年葬るは三人目か会話を交すこともなく経て
疎ましきあたらしき世の声の一つ葬儀の司会よどみなくして

 

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