平成16年10月号より
小川 千枝 | 枚方 |
人類に石を与えし黄なる月はるか動乱の地球を照らす | |
池上 房子 | 河内長野 |
川原は色とりどりの花むしろ草藤の紅も踏むほかはなく | |
菅原 美代 | 高石 |
小気味よく糸を切りたる歯ごたえはわが失いし若さの一つ | |
池田 和枝 | 北九州 |
遠き日の記憶のそば屋の跡処泡立草の茂るままなり | |
池田 佳子 | 名古屋 |
この島にいつの世移築されたるや国宝の唐門暫し見て立つ | |
許斐 真知子 | 徳島 |
不在投票済ませて旅にいく息子リュック背負えば茶髪が似合う | |
岡部 友泰 | 大阪 |
文殊の智慧賜われかしと祖父なる吾この寺の落雁買い求めたり | |
上野 道子 | 堺 |
雷の残していった雨雫すだれに光り動く風あり | |
藤田 政治 | 大阪 |
二十年振り込まれこし年金の額おもえば恵まれしわが世代 | |
浅井 小百合 | 神戸 |
飴色の蝉の抜け殻ブロックの塀に力を残して縋る | |
井辺 恵美子 | 岡山 |
牛を追い田を鋤きおりし祖父の背のりりしき姿思い出ずるよ | |
小泉 和子 | 豊中 |
汝が齢ほどの株屋が煙草匂う服にて今日もおとないきたる | |
中谷 喜久子 | 高槻 |
弟にて絶えし生家の仏壇をうけつぎて吾がまつる朝宵 | |
大杉 愛子 | 岡山 |
手をつかず起き得し今朝は体調の良き一日と心がはずむ | |
名手 知代 | 大阪 |
草とりに励みてひと日終りたり互みに湿布薬貼りて寝ぬ | |
名和 みよ子 | 神戸 |
ま裸の児らのおしくらまんじゅう像ふん張る手足の力こもれり | |
梅井 朝子 | 堺 |
峠越え谷川渡り熊野路のいまに伝わる神籠もる道 | |
小倉 美沙子 | 堺 |
会議終え食事もおえて帰るという噫九時までは私の時間 | |
阪下 澄子 | 堺 |
雨の中巣立ち行きたる燕の子一人で生きる勇気持ちしか | |
田中 和子 | 堺 |
すいっちょをもう一度聞かんと起き上がる網戸の風の涼しき夜半に | |
辻 宏子 | 大阪 |
座布団を真直ぐに直し「行って来ます」人なき部屋に声をかけたり | |
選者の歌 | |
土本 綾子 | 西宮 |
この町をふるさととして子ら育ち孫らすだちていま老のまち | |
ヘルパーさんの自転車が門におかれあり昨日隣に今日は向かいに | |
黐の木の春の落葉のとき過ぎて梢の若葉つややかに照る | |
井戸 四郎 | 大阪 |
昼の暑さのがれて奥の深き店忘れていたる古書の香を嗅ぐ | |
タンクトップの女史の陣取る店の奥帳場のそばの書棚ひやかす | |
銀盆に香りをはなつ白桃をながめて食わず二日余りは | |
桑岡 孝全 | 大阪 |
かすかなるもの死してあり美術館の石のきざはし六月の日差し | |
文学もわずらわしきにはかなきに大江光を聴きて寝んとす | |
おこたれるかたみのつくる陰圧と沼気のなかの叙情詩あわれ |