平成16年11月号より

遠田      寛 大阪
返照に染まれる雲を見る窓に何事もなく明日は来るべし
安藤    治子
この世ならぬものを夢見ること多し何に誘わるる心かと思う
植本    和夫 白浜
剪り詰めし夜香木夏は青葉して海よりの暑き風になびける
小沢  あや子 大阪
台風の過ぎたる後の梅雨晴れに蝉は鳴きたり七月一日
田坂    初代 新居浜
台風を気遣い遠きうからより相次ぐ電話日曜日今日
藤井      寛 篠山
あらし過ぎ虎豆一つら子葉だし明日の世界へ預言者のごとし
坂本  登希夫 高知
ハーベスターのエンジン快調に勢い扱く稲は独り一年の食
松浦    篤男 香川
療園を出でて見る眼に瑞々し車窓に靡く稲の真みどり
並河  千津子
育ち良き青田を分けて通りくる土用の風に向かいて歩む
岡部    友泰 大阪
祭りといえ商業主義のあらわなり企業の名灯す船の連なり
藤田    政治 大阪
セキュリティの施設頼みて家を空く診察日重なる日の多くして
浜崎  美喜子 白浜
いささかに距離おく君の受賞知るやはり馴染めぬその抽象歌
森口    文子 大阪
遠く来てヴァチカンにみるピエタ像嘆きの表情は石と思えず
吉富  あき子 山口
独り居に用なき補聴器はずし置く騒音高き耳の重たし
岡田    満穂
歳重ねまあるくなると思いしに角つき合わす二人なりけり
白杉  みすき 大阪
兵の日に鼠に踵かじられしなど聞く二人のコーヒータイム
浅井  小百合 神戸
時折に歩調の揃う内にして思い煩うもの異なれど
尼子    勝義 赤穂
教育論又ワイン論サッカー論メルトン校長の話は尽きず
梶野    靖子 大阪
ふるさとの父母の遺影の眼差はやさしく吾を見下ろし給う
川田    篤子 大阪
雨音の聞ゆる夜更けまた小さくなりたる母の寝姿を見つ
安田    恵美
新盆の夜をはなやぐ阿波踊りさびしと言いたる姑をおもえり
南部    敏子
藻につきし田螺二つぶ夏過ぎて数えきれない一族をなす
光本  美奈子 高知
去年の紅残れる上に青き実をすでに結べる庭の万両
松内  喜代子 藤井寺
むらさきの竜胆並ぶ店さきに君に供うる花かご買いぬ
森本    順子 西宮
夕ぐれのブナの林に聞えくる鹿の鳴き声ホトトギスの声
山口    克昭 奈良
夕びえに短パンの臑さすりつつ行く当てもたぬ旅案内よむ
上松    菊子 西宮
ポストボックス移動をすると一本足はずされ低く歩道に坐る
小倉  美沙子
かけ登り来てみてはたと足止むる二階に何の用ありしかと
佐藤    健治 池田
開門岳写るを見れば思い出ず特攻少年兵の別れを
松岡    啓子
ふるさとを思う心のきざす時いくさの影のきれぎれにあり
鈴木    和子 赤穂
流れ星を初めて見たという幼おやすみ前の今日の会話は
中川    昌子 奈良
住み古りて老人多きわが町に子等の声する夏賑やけし
樋口    孝栄 京都
レポートもポスターもネットにヒントとる宿題の仕方様変わりする
松岡    類子 高知
ことさらに薄く茗荷を刻みおり悔しみ一つ胸におさめて
                    選者の歌
土本   綾子 西宮
寝ねがてにつけたる夜半の映像に谷亮子技を決めたるところ
オリンピックに平安の二週間過ぎてテロの惨劇に息をのむ日々
敗戦の後の仕打ちは忘れねど痛ましき子らを見るは切なし
目を蔽うばかりのテロの惨事映す窓の外秋のアキツ飛び交う
井戸   四郎 大阪
木津川の渡船乗り場にひとり待つ引き潮時の昼しずかにて
ひる時に我の用無く乗る渡船あがらずそのまま引き返したり
自転車にとおる休日のアーケイド街ルーフ開きて日の光差す
河面より低き防潮堤わきの街不安を持たずひと暮らすらし
桑岡   孝全 大阪
玄ム開基の御寺の跡に一樹生うるけやきの見ゆるわが終の家
人まえに言いて帰りて神経のざわざわとせるままに夜に入る
あさかげにさめて眺むる狭鼻猿類われの素足の古くなりたる
老耄のしるしにふるる設問のならぶページをひとまずは閉ず
呼吸するのみに疲るとおもうまでふけたるよわい今年の暑さ

 

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