平成17年1月号より
700号記念30首 競詠
特別作品
国東游行より 猪股 靜彌
三更の闇を西行く甲板に孫と星仰ぐ命なりけり | |
友垣の心こころに集いきて三泊二日の国東の旅 | |
豊前の方より雲の流れくる生まれ在所の国東を行く | |
むぎ熟れし棚田に声をあげながら言葉を超えて和むこころか | |
蕗の古寺の森に高鳴くほととぎす昼たけたれば声かぎり鳴く
入選作 黄土高原植林行より 後藤 蘭子 |
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砂嵐に今日の植林叶わねばビニールハウスの花苗に寄る | |
太行の峰に見はるかす黄土高原一色に起き伏し地平線につづく | |
未だ芽吹かぬ傾りの枯生にみどり濃く空中播種の松の生いたり | |
断崖に貼り付くさまに並ぶ楼閣谷深くして懸空寺は行かず
佳作 父逝く 樋口 孝栄 |
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夜の闇に蛇が鼠が走るよと夕暮れ刻に怯えそめにき | |
夜をすがら呼吸けいれん続けいる父の手をとりすすり泣く母
お四国めぐり 長谷川 令子 |
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峠路に石塔白し巡礼者の病の癒えて建てしその石 | |
山間の土橋息つめ渡り行く豪雨に川岸のえぐられていて
仏陀を偲びて 山内 郁子 |
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生誕の折使われし産湯あとの池水きよし蓮の葉しずむ | |
恒河沙は明けの河辺に光るなり指にわが書く南無の二文字
足摺岬 白杉 みすき |
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四万十川こえ行く先は年長くわがあこがるる足摺岬 | |
川下より芥次々浮かび来る四万十川の上げ潮のとき
18首自選作より |
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鬼母 赤松 道子 | |
鬼となる母の幼児のあどけなし吾れは母なり亡母抱きたし | |
左利きの子 | 浅井 小百合 |
突然に飛び立つ鳩ら徒ならぬ羽搏く力があたりを濁す | |
先生といる部屋 | 尼子 勝義 |
病床の先生とともに居る部屋に山の端近き夕陽の差し来 | |
北攝の町 | 安藤 治子 |
熊蝉につながる思い楽しくて湧き上る声に身を委せいる | |
訥訥の歌 | 井上 睦子 |
出始めの青き蜜柑を遠足のリュックに持ちし小学生時代 | |
祈りの道 | 井上 満智子 |
古より熊野の道を相連れて人は通りぬ祈りをこめて | |
鷺草の花 | 井辺 恵美子 |
祖母の家に疎開せし吾は白き飯食みつつ遠き母を偲びき | |
移り来し街 | 伊藤 千恵子 |
人口数五千の村より移り来て二十六万都市の住人 | |
下里の道 | 池上 房子 |
木苺も立坪菫も咲きつづく下里の道うすぐもりして | |
日 々 | 池田 和枝 |
糸先に囮をつけてヤンマつりに行く弟はわれ従えき | |
森の中のギムナジウム 池田 富士子 | |
海外派遣研修員の辞令受け市長の前に抱負述べたり | |
秋の日々 石村 節子 | |
昼の暑さようやく去りし夜の更けに虫なきはじむたしかにきし秋 | |
牡 丹 礒貝 美子 | |
生前に語ることなき觀海流奥伝の目録夫は残しぬ | |
姑病みて 岩谷 眞理子 | |
熱続きいるとの知らせに姑を訪う夜の施設のいたく静けし | |
高千穂 上野 道子 | |
水嵩の増さる球磨川船頭の櫓さばき巧みに流れ越えゆく | |
股関節手術後の日々 上野 美代子 | |
物干しつつ気に掛りたる蜂の巣の台風過ぎし朝転がれる | |
選者の歌 | |
三輪の神杉 | 井戸 四郎 |
味酒三輪の社の神杉をひとり仰ぎて古人さびみつ | |
玉砂利にもつるる足をあわれみて近き詣り路教えてくれぬ | |
来る年はしらず相会う友ら待つこの秋は味酒三輪の駅前 | |
丸山翁居室の夕べの灯を見上げ自転車をこぐよろよろの爺 | |
浅黄斑蛾 |
桑岡 孝全 |
うすぐもり透く日輪をおのおのにうつしてここに駐車せる数 | |
足にふく風よろこびてながまりておもうよ父のなきがらの足 | |
なお青き稲のあわいにすだけるをわが聞きとめつ夕べ歩みて | |
嫋やかに来たりて卓に置きくれて残せる一語スープノホーデス | |
相継ぐ訃音 | 土本 綾子 |
すこやかに美しき面輪の浮かぶのみ唐突の訃音をうべない難し | |
進む病秘めてひそかに去りまししを潔しとは思いたくなし | |
匂やかにふるまいて翳りなき笑顔その夫君の個展の席に | |
せせらぎに西瓜を冷やし山の家に吾らを待ち下されし夏の日 |