平成17年3月号より
掲載順序不同
池上 房子 | 河内長野 |
亡き父にわだかまり今ももつらしき弟の声はその父の声 | |
植本 和夫 | 白浜 |
下り坂の歩行千歩は素直にて帰り気休めの水仙の花 | |
内田 穆子 | 大阪 |
オレオレの電話に息子は警官と共に二時間余犯人困らす | |
小川 千枝 | 枚方 |
ときめきてオペラに聞きし夕星の歌舞台のブルーの空を忘れず | |
葛原 郁子 | 名張 |
手伝うと昆布巻をする夫の手先几帳面さに梃摺るは吾 | |
許斐 眞知子 | 徳島 |
思い掛けぬ転属内示に揺れる君か細きペン字のハガキ一葉 | |
坂本 登希夫 | 高知 |
地獄谷と皆の恐れし作業場重材運びに腰椎ひしゃげき | |
田坂 初代 | 新居浜 |
涅槃仏の懐深く納めたり吾浄書せし般若心経 | |
竹中 青吉 | 白浜 |
時化のあと新しき巣を張りいそぐ蜘蛛には途中一服はなし | |
西川 和子 | 広島 |
地の底に滲み入るような除夜の鐘 遂に死者十二万人越ゆ | |
浜崎 美喜子 | 白浜 |
デフォルメの中なる写実穏やかな表情見せるピカソ晩年の妻 | |
春名 一馬 | 岡山 |
雨樋は何処に飛びしや静まりしあらしの後の軒のむなしき | |
藤田 政治 | 大阪 |
聞きかえすこと常となり難聴の兆しいつよりか始まれるらし | |
丸山 梅吉 | 大阪 |
クリスマス年の瀬吾はようなきひと照る日続きてのんびりとおり | |
山内 郁子 | 池田 |
千三百万の人動き出す北京の朝たつ靄のなか活気帯びくる | |
浅井 小百合 | 神戸 |
風強き一夜の明けて街路樹の南京櫨は冬木となりぬ | |
尼子 勝義 | 赤穂 |
学力の低下は予想されしこと文部省官僚の何を驚く | |
井上 睦子 | 大阪 |
おさまれる後にも少し揺れのこる高層に住み慣るるともなし | |
井辺 恵美子 | 岡山 |
雪混じる北風吹けば山裾に飼う鶏の鳴く声聞こゆ | |
上野 美代子 | 大阪 |
砂につく鳩の足跡踏み消して太極拳の足を運べり | |
蛭子 充代 | 高知 |
そのかみの半値にならずとも白ハゲの皮を惜しみて剥ぎて吾が干す | |
梶野 靖子 | 大阪 |
大晦日の雪になずみて名阪道を八時間かけて息子等きたる | |
簾林 悌 | 大阪 |
木から木へ移らんとする小さき蜘蛛細き糸先に風をまつらし | |
川田 篤子 | 大阪 |
仕舞い置きし介護のガイドブックを見る母の衰え俄に進みて | |
忽那 哲 | 松山 |
数十羽の鴉枯木に安らぎて見ている街の光の海を | |
小泉 和子 | 豊中 |
駅三つ過ぎる間に雨あがり生駒の嶺に太き虹立つ | |
井上 満智子 | 大阪 |
我が夫の日々丹精の鉢植えに今日は寒蘭の開き初めたり | |
岩谷 眞理子 | 高知 |
生い茂るあこうに水掛地蔵倒れ漁の町の寂れゆくなり | |
上松 菊子 | 西宮 |
あきあかねあまた谷より沸き上る大台ヶ原に太古を思う | |
馬橋 道子 | 明石 |
幾年か会う事もなく過ぎ来り部屋にかざるれるポピーの刺繍 | |
戎井 秀 | 高知 |
露天湯に処女らの声華やぎて紅葉の峡は夕暗み来る | |
岡 昭子 | 神戸 |
声を出すことの少なきひとり居に夫よりうけし「山行」吟ず | |
奥嶋 和子 | 大阪 |
パソコンの写真集三年分CDに移す作業す師走ひすがら | |
木元 淑子 | 赤穂 |
洗濯機に幼の赤き靴下が金魚の遊ぶごとくに廻る | |
佐藤 健治 | 池田 |
船体は大きく右に傾きぬ食堂の皿の落ちて割るる音 | |
名和 みよ子 | 神戸 |
みどり児を抱き見つむる眼差しの命あふるる女人の像は | |
中原 澄子 | 泉佐野 |
参道に朝霧立ちて峰定寺の山門開くを夫と待ちぬ | |
平岡 敏江 | 高知 |
室戸漁港に深層水と源泉を沸かせる足湯に夫子と浸る | |
藤田 操 | 南河内 |
肉付きの豊かな薬師如来像厚き唇ほのかに赤し | |
松岡 類子 | 高知 |
霜枯れにならぬ畑の道の草踏みてみかんの下草を刈る | |
三宅 フミ子 | 岡山 |
松の枝に渡せる竿に日日乾く唐辛子の赤色の冴えくる | |
安田 恵美 | 堺 |
高騰のキャベツの価の落ち着きて夫の前にさきさき刻む | |
湯川 瑞枝 | 奈良 |
見舞いには来るなと言いて病院の名前を告げず電話の切れぬ | |
選者の歌 | |
桑岡 孝全 | 大阪 |
手を動かし時を費やして成りてゆくものの一つぞ儚き歌誌も | |
歌稿処理遅れ遅るる夜のほどろコンピューターは鼠鳴(ねずな)きをせる | |
月刊の入稿を終えて帰るさの達成感もあわくなりたる | |
小歌誌の印刷所わがかかわる四店目大浪橋をゆきかえりする | |
桑岡同席編集会議の夢を見きと言いて真昼をこやりいましぬ | |
井戸 四郎 | 大阪 |
寒からぬ冬至の朝の日のあたる側の歩道に信号を待つ | |
国道に見ゆる信号に間を合わしペダルをひと息強く踏み出す | |
夕空を吹き行く風のおさまりて冷えくる頃に帰りきたりぬ | |
気のままに通る見知らぬ裏通り子安地蔵の路地(ろうじ)を抜けぬ | |
救世軍小隊を目印とする曲がり角まずしき商いに通いたりにき | |
下町の演劇昼の閉演時(はねどき)に丁髷化粧の役者が見送る | |
ポストまでの三十メートルよろよろと帰りは点字ブロックに躓く | |
土本 綾子 | 西宮 |
世の末かと思ほゆるまで禍ごとのつづきし年の終らんとする | |
日本に世界に地球に災いの相つぐかこの二十一世紀 | |
報道が犯罪の連鎖を生むという君の言葉をまこと肯う | |
犯罪をまねて相つぐ犯罪の手口いよいよ巧妙となる | |
働かず学ばぬ若者五十二万いかになりゆくこの国の末 |