平成17年4月号より

高槻集より

 

浅井  小百合
お嬢さんをくださいときたる青年のわが家には無き広き肩幅
障害者の兄ある事を咎のごとまた自負のごと背負いきたるや
障害者を支うる家族なればこそそのお嬢さんを下さいという
池田  富士子
スイス国旗と熊を描きしベルン州旗ならべて掲ぐ家々の窓
干し草を裏返す子ありトラックに積む人のあり青きなだりに
とりどりの表紙をつけて教科書は十年間を使い継ぐらし
上野  美代子
遺されし箪笥のありて思いみる吾らの継母たりしひと世を
嫁ぎ来し継母の箪笥の赤き房幼き吾の目をとらえにき
ガラス越し朝日まばゆき玄関に今年も恃むわが杖を掛く

 

                    掲載順序不同

 

安藤    治子

 

目の暗さ進む此の頃手に顔に小さき傷の多くなりたり
池田    和枝 北九州
日本の産衣着せられし一枚の写真を持つのみ牡丹江の孤児
礒貝    美子 三重
白萩の釉薬かけしこの茶碗君の形見と手に包みもつ
上野    道子
羊ショーのために飼わるる幾頭の巻毛ゆたかに冬の日を浴ぶ
岡田    公代 下関
歌詠むは祖父の遺伝とよろこびてわが歌をガリ版に切りくれし父
岡部    友泰 大阪
今に残る寺領安堵状の墨書に与えし信長の息吹きを覚ゆ
遠田      寛 大阪
疎ましき今日はゆっくりコーヒーを一人で飲もう地下街に来て
後藤    蘭子
歌垣をしのばん海榴市の村わびし石標ひとつあら草に立つ
菅原    美代 高石
帰る日はおそらくなけん友の家の樋に松葉の溢るるが見ゆ
高島    康貴 徳島
遠き世につながる一つ守護札の版木忘れられて地袋古ぶ
高間    宏治 小金井
幾たびか絶滅の危機を乗り超えて今ある生物よなべて愛おし
寺井    民子 伊丹
いつの間に脳血栓になり治癒しいしか後頭部にある黒点二つ
長崎   紀久子 八尾
阪神の震災より十年今更にこころの沈むわが誕生日
野崎    啓一
廃棄すべく本の幾束を玄関に積みてしばらく惜しみ見ており
松浦    篤男 香川
らい故に追われ夜の間に去りし道世は遷り招かれて帰郷す
村松    艶子 茨木
ドロの木の綿毛積もれる校庭を子らと駈けたる日の忘らえず
森口    文子 大阪
夜更けて裏の窓辺に何処よりかひそやかに湯を使う音せる
横山    季由 奈良
ささやかに働く吾より奪いとりし税金を湯水のごとくに使う為政者
吉富   あき子 山口
悠久の中の一瞬至福あり修羅にも会いて九十五年
笠井    千枝 三重
丈にあまる馬酔木のしげる奥山道仔鹿は吾を追い越してゆく
角野    千恵 神戸
大護摩のあとの残り火暖かし節分明けの不動像まえ
白杉   みすき 大阪
新しくきたりて据わる冷蔵庫たぶんわれより永らうるべし
竹川    玲子 大阪
放射線治療を受くる前の夜を夫はゆず湯に長く浸りし
中谷  喜久子 高槻
夫を看りに通えるバスに乗合わす人は初寅の笹飾りもつ
並河  千津子
閉門に近き東寺の塔のした冷たき風に風鐸をきく
長谷川  令子 西宮
被災十年持ち出し袋を改める体力思い小さくまとめて
原田    清美 高知
硝子戸に射す太陽を背に受けて桶に山盛りの大根きざむ
松野  万佐子 大阪
校門は閉ざして狭き通用口に教師ゆゆしく立ち始業式
松本    安子 岡山
雪の上に獣の足跡あまたつく畑をめぐりてトタンを直す
森田  八千代 篠山
かぜをひいていませんかと民生委員さん朝の薄日に玄関にたつ
山口    克昭 奈良
シーボルト日々に撫でにし地球儀のニッポン遂に擦れ消えにけり
吉田  美智子
あの間合い台詞回しの浮かび来て島田正吾は逝ってしまいぬ
中川    昌子 奈良
播き遅れし豌豆の芽の萌え出でて巻きひげも見ゆ寒に入る日に
樋口    孝栄 京都
宇宙空間に衛星のごみ置き捨つるエゴに人間の慣れるは恐ろし
松岡    啓子
時季すぎて蒔きし苦瓜生いたちてかぼそき蔓に小さき実のつく
安井    忠子 四條畷
鳴きいるはセンダイムシクイかじっとせよ図鑑広げて検索中ぞ
山寺    康敬 愛知
風呂上がり電気毛布の床に入り安穏ここに極まるごとし
大杉    愛子 岡山
大屋根に積もりし雪は朝光を受けて次つぎに轟きて落つ
梅井    朝子
衰えを見せぬ黐の木幹太く戦ぐ根方の空洞いちじるし
小倉  美沙子
いつか来る別れを思う時あれど相寄りて暖かく眠る優しさ
大森    捷子 神戸
山べりの枯れし赤松払われて奥へ奥へと山は萎縮す
奥野    昭広 神戸
吾が手にて年どし剪定なせる松形をなさず三十年経る
金田    一夫
その母と妻を介護の十余年甥の姿は吾よりも老ゆ
小深田  和弘 岡山
死を見つむる人らの穏しき顔のあり「野の花診療所」のホームの隅に
阪下    澄子
再びのかえで紅葉の芽吹きあり北窓明るく部屋内に映ゆ
沢田    睦子 大阪
来月に下鴨神社で式あげると次男よりきたメールに驚く
杉野    久子 高知
北風の吹く路端に蜜柑売り耳の霜焼赤く腫れたり
鈴木    和子 赤穂
臭い籠る夫の部屋に涙出づ生ある証と思いながらも
田中    和子
俳句そうる賀状の今年より見えず友も亡き数に入りてしまいぬ
高見   百合子 岡山
因幡路は今日も雪かな越えて来るトラック厚く雪を被れる
武中     幹 東大阪
ニューイヤー駅伝走る選手達応援の人らも道走りゆく
竹永    寿子
コスモスに混じりて立たす野仏の石に還りし古きもありぬ
津萩  千津子 神戸
冬至すぎ目立たぬ程に増して来る光を容れて居間の明るし
                    選者の歌
桑岡   孝全 大阪
はかり知り難き齢をおずおずとひと日生くればひと日の疲労
としどし月々うつしみ桑岡孝全の性能落ちてものわすれする
声高に言うなき日ごろあいともに老いてゆくのを運命として
つくりものめく紅白の色映えてそぎたる牛の売られていたる
映像にみる古き世よはんふりいぼがあとやたらに莨をふかし
井戸   四郎 大阪
抜きいづる高層ビルにさす夕日上階壁面に赤く反射す
高層にはなやかに照る没りつ日のひと時ありて静まりゆきぬ
夕つ日に隈なく照れる超高層ビル一ときはいつかしく見ゆ
超高層ビルに西日の赤あかと遠き光に彼岸を思う
朝七種夜は八種の処方薬日ごとに服みて年の幾とせ
我がためにあらず薬を買いに出る夜半の歩道に風低く吹く
あかつきを我には聞えぬ雨音がするよと言うに灯りをともす
土本   綾子 西宮
逃げるための靴を枕辺に置けという震度七に履くゆとりありますか
被災せしことなき人の空論ともっともらしき説を聞きおり
新幹線のガード下通るたびに思うこの橋脚を壊しし力を
食器棚につけしかんぬきも用うるなし十年経たる心ゆるびに
その時はそのときのことと横着に非常持出しの袋も作らず
中越の地震スマトラの大津波神の怒りのきわまるかとも

 

 

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