平成17年5月号より
高槻集 より
吉富 あき子 | |
二人だけとなりし妹の手紙さえ人に読みもらう見え難くなりて | |
寒あやめ咲きいるならん侘助も見たし恋うれどただ部屋ごもる | |
老いゆくは昨日何なく出来しこと今日は至難の業となるなり | |
川田 篤子 | |
物忘れ進める母が諺のクイズに答う誰より早く | |
うつむきて母の乗りたる車椅子人の少なき木陰を押しゆく | |
葉の陰に見いでし堅きガーベラの蕾を朝々母の確かむ | |
山口 克昭 | |
深谷の棚田は原野に帰るべく戻りおおせぬ石積みの見ゆ | |
刺す力なきかすかなるあおき蚊を寒の日向に吹き払いけり | |
矢倉跡春を迎うる桜木の肌えの罅は脂をふきぬ | |
奧野 昭広 | |
越前の造り酒屋は雪の中蔵に新米の袋積み上ぐ | |
酒蔵のタンクに満つる白き泡かすかに動き香りを放つ | |
これはまあよく寝たるらし居酒屋を出でて今朝迄のタイムトンネル
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掲載順序不同
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伊藤 千恵子 | 茨木 |
橙の実の色づける一木あり落葉ふみゆく木立のなかに | |
池上 房子 | 河内長野 |
木陰にはブルーシートの小屋並ぶ棄民とう言葉の生きいる現実 | |
植本 和夫 | 白浜 |
久々に雪積む庭と妻の声に起され眺む幼な心に | |
内田 穆子 | 大阪 |
信州の娘の電話雪掻きの半ばと荒き息遣いする | |
木山 正規 | 赤穂 |
冬ざれし小さき庭の一隅に明かりのごとし鉢の梅咲く | |
許斐 眞知子 | 徳島 |
幼き日に抱き教えしシリウスを覚えいるらし夜の空を指す | |
坂本 登希夫 | 高知 |
九十一でへこたれ居れぬ介護保険納付に汗あえ炭窯作る | |
竹中 青吉 | 白浜 |
くれないの稚鮪の切身皿に盛る氷雨降る春の海のたまもの | |
春名 一馬 | 美作 |
老いに相応うファッションせよと女の孫が赤きマフラー選びてくれる | |
藤田 政治 | 大阪 |
古きしきたり否む若者多きなか合格祈願の絵馬は減るなし | |
堀 康子 | 網走 |
廃材に父の作りし小抽斗桐の箱より優しき飴色 | |
丸山 梅吉 | 大阪 |
足もみに通いてすぐる二ヶ月かようなき吾の仕事となして | |
山内 郁子 | 池田 |
何色にぬりつぶされん老いの身の先おもいみる青菜洗いつつ | |
尼子 勝義 | 赤穂 |
夜に入りて強まる雨の音の中泥みし異動の内示書を書く | |
池田 富士子 | 尼崎 |
おだやかに草を食む牛それぞれに家紋描けるカウベルを吊る | |
井辺 恵美子 | 岡山 |
雪とけし青菜畑に出でたるか鹿の鳴く声透りて聞こゆ | |
上野 美代子 | 大阪 |
孫の手の届かぬ高さに雛飾る日差し明るき高階の部屋 | |
忽那 哲 | 松山 |
この柳元気ないわねえもう芽吹くぞ入院前の妻との会話 | |
名手 知代 | 大阪 |
茶葉ひらくまちて費ゆる砂時計一八〇秒もわが生のうち | |
南部 敏子 | 堺 |
伸び盛りの少女の着物を縫い直すあか色とき色膝に散らして | |
春名 久子 | 枚方 |
公園にあそぶ幼に呼びかけて応えのなきも時代なるべし | |
上松 菊子 | 西宮 |
ガスの日を消して急ぎて取る電話ドル云々と利殖を勧む | |
戎井 秀 | 高知 |
星の間を動く光は最終便の尾灯ならんか点滅しゆく | |
木元 淑子 | 赤穂 |
見るものは全て触って口にする世界広げゆく一歳の孫 | |
津萩 千鶴子 | 神戸 |
束の間を雪の斜めに降りしきり見慣れし町を旅ゆくごとし | |
名和 みよ子 | 神戸 |
六甲の麓の杜を深く来てホオジロカシラダカ聞き得しよろこび | |
平岡 敏江 | 高知 |
八十八歳になりたる母の健やかに眼鏡をかけず新聞を見る | |
藤田 操 | 堺市 |
六時間の違反者講習受くる我ら互いに視線も言葉も交わさず | |
増田 照美 | 神戸 |
日の光一直線に射してくる如月の道に友と出会いぬ | |
松岡 類子 | 高知 |
三寸ポット八千個に土を入れ並べ終う今日は朝から土に坐りて | |
安田 恵美 | 堺 |
風つよき水際の蔭に水鳥の一羽ひそみて大寒に入る | |
湯川 瑞枝 | 奈良 |
急坂の路肩に置ける融雪剤使わるるなく春一番吹く | |
選者の歌 | |
桑岡 孝全 | 大阪 |
なぐさむという多義語あり慰みに人は樹木に灯をまとわしむ | |
なにごとのきざしと知らず地下駅に蝿ひとつとぶ一月十日 | |
大阪のはずれに住みてはだれ雪二日をのこる畑土を見る | |
ステンレスの厨房見ゆるマクドにて亡き父母の知らぬ昼餉す | |
われともにここのちまたに老いづきて鼻眼鏡せる精肉店主 | |
井戸 四郎 | 大阪 |
日本海上空に最強の寒気団恐れて老残家出づるなし | |
あかつきの冷たき疾風にみだらなる昨夜の夢の吹き浄まりぬ | |
いやらしき音がかすかにしておると口を漱ぎぬ一人居る午後に | |
残日を数え得るまで年老いて平安などというあなおかし | |
陋巷に心つたなく住み古りてさらぼう老の目覚めの早し | |
午後早く外灯の点る曇り日の空から動く春を恋い待つ | |
時めきてことにするどき佳き言葉再び聞く日を吾は乞い祈む | |
土本 綾子 | 西宮 |
庭石に置くパン屑に集まりて鳩と雀の争うことなし | |
パン屑に群れて啄ばむ鳩と雀それをみおろす鴉は枝に | |
食うものが違うとばかり泰然と鴉は雀の群をみおろす | |
ヒヨドリの飛び去るを待ちて山茶花の蜜吸いにくる目白の番 | |
山茶花の蜜吸う目白花びらを啄ばむ鵯と交ごもにくる | |
仔雀を交えて四五羽啄ばむをヒヨドリの来てまた追い散らす |