平成17年6月号より

                    湧水原 より

 

奥嶋    和子 鳥瞰図
快晴の空へとわが機飛び立ちて下界の姿消えることなし
山々に掻き取られし跡数見えてゴルフ場へと変りたるらし
鎧畑ダム湖たいらに雪積みてめぐりの山と一線画す
小川    千枝 木を悼む
亡き夫の思いを寄せし庭の木々伐り払うべく心定まる
実生にて花壇の隅に育ちいし黐につぶさに見し蝉の羽化
命終る木々をおもいて慰まず土均されし庭に佇む
小泉    和子
門に置く埴輪の面の二つ穴世のまが事をながむるごとく
燃えながら爆ずる音する葦群になお一陣の風のわたれる
葦を焼くほのおせまりて巣ごもれる二月の雲雀ふためきたちぬ
山口    克昭 羽咋の海
西風ふけば九頭竜川の流木は越前岬よりこの浜に寄る
篠竹に交じり傾ぶく石いくつ将監のふた文字のみをしるせる
人ゆかぬ砂丘の窪のうすあかり川原なでしこみだれて朱し
長谷川    令子 朝かげ
白髪ふえうから三人のたずき負う子よ癒えよかし一日も早く
幼きより口数少なき汝なれば嫁を通して病状を知る
汝は今も吾には子なり境内の子安地蔵にも手をあわせたり
藤井      寛 藪の今昔
水にこがれし河南の奥に泉ありき藪かげに湧き砂うごかさず
烏骨鶏に餌をやりゆきしむら人のわだちを踏みて竹積み戻る
長はしごに枝うち落とす大杉はこのなだりにて護岸に潰ゆ

                     掲載順序不同

 

安藤    治子
弱りゆく目にけざやかに映る花白きを好む此頃の我は
池上    房子 河内長野
すっと逝きたいと言いしばかりに叱られて咳の薬を増やされ帰る
礒貝    美子 三重
「心はずませ楽しめ」の木札残る亡き夫の書きし最後の文字
上野    道子
雪原の風にたてがみ靡かせて立つ道産子の足のたくまし
大浜   日出子 池田
ドイツより留学終えて帰国せし義姉のペンダント一つが形見
岡田    公代 下関
国会議事堂の石さえ運びしわが父祖の石屋跡ぞとこの茅原は
岡部    友泰 大阪
折口信夫の愛でしたぶの木育ちいてここに誕生の石碑鎮まる
遠田     寛 大阪
日をうけて綻ぶ桜に手をかざすかかる季節に残る幾年
後藤    蘭子
ふるさとの訛のしたし三朝の町足湯する高校生らに寄りゆく
菅原    美代
少しずつ怪しき域に入りゆくをもう一人なるわれが見ている
長崎  紀久子 八尾
電話より告げやすからん少年の受験の結果パソコンに待つ
野崎    啓一
心晴れて満ちくる今朝の充足感紅冴々と紅梅開く
浜崎   美喜子 白浜
行く先々疎かならぬ寺の縁起樹齢七百五十年の柏槙仰ぐ
松浦    篤男 香川
療園の日々春めきて足もとより突如飛び立つ鳩に驚く
村松    艶子 茨木
上を向く枝年毎に切り残す白き枝垂梅わが丈を越す
横山    季由 奈良
竹あおく撓いて合歓の花の咲く玄海灘に沿う海の道
蛭子    充代 高知
落札せる寒鯖出荷する夕べ雨ふりてわが指先こごゆ
大谷    陽子 高知
銀色に光る片口鰯の干物加減のよきは友の手作り
奥村    道子 愛知
生き生きとプリンターより現るる母に抱かるるみどり児の吾
白杉  みすき 大阪
刃の具合指にたしかめ寡黙なる研師ひと言大事にあつかえ
鶴亀  佐知子 赤穂
一歳の乳呑み児たりし父を抱き養子に出しし嘆きをおもう
中川    春郎 兵庫
歳旦を帰り来たれる息子等は家の廻りの雪掃きくれぬ
中西    良雅 泉大津
台風の進路にあたる南鳥島人住み得ずとは今日まで知らず
並河  千津子
子の家族うつり来りて赤ピンク我が物干しのカラフルになる
原田    清美 高知
住職が蒔きし菜の花咲き揃い山のお寺に春の風吹く
平野    圭子 八尾
うからのため尽くしし和服の若き母わが眼裏に消ゆることなし
松内  喜代子 藤井寺
横の田で草ひいてますと玄関にメモを貼り置く姑のせしごと
松本    安子 岡山
水嵩の増えて餌場に寄り付けぬ鴨が鳴くなり向う岸より
森田  八千代 篠山
目の下に黒子ある人相書き添えて厳しき奈良の世の戸籍帳
山田    勇信 兵庫
打ち終うる稲田一面黒々と没り日に映えて匂い立つなり
矢持    春水 大阪
出勤すと靴履く息子突然に振込め詐欺に心せよという
吉田   美智子
鶺鴒の臆せず車道を横切りぬ時々止まり尾を上下して
中川    昌子 奈良
遅れたる種いも埋め行く菜園の一人の我に鶯の鳴く
中原    澄子 泉佐野
土のつく太き白葱一くくり友の土産の安曇野産なり
樋口    孝栄 京都
不本意な進学に日々なやみいる子は将来を思い描くらし
安井    忠子 四條畷
新しき花鋏使い花生ける切り口よくて水あがるべし
安田    恵美
甥一家の幼のあれば行きて住む天津の医療をまず問いてみぬ
山寺    康敬 愛知
体調のいくらかはよき午後の庭背筋伸ばして空の青みる
井上   満智子 大阪
雛の夜の冷えきつくして東京に雪ふり積むを映像に見る
岩谷   眞理子 高知
潮だまりに沈む供養の千体札本尊の姿が紙に透き見ゆ
梅井    朝子
中越の地震に倒れし杉立木童の地蔵となりて笑みます
小倉   美沙子
はびこりし蛇の鬚抜きて作りたるミニ菜園に夢つなぐ今日
大杉    愛子 岡山
若き女医たおやかに吾を諭し呉る「頑張らないでながれのままに」
大森    捷子 神戸
国あげて花粉の害を論うわが分収林も今がその時
小深田   和弘 岡山
繊細でひ弱なお前は気掛かりと上京のわれを気遣い給いき
阪下    澄子
移るべき住宅は無事と聞きたれど余震の続く土地を思いぬ
杉野    久子 高知
春休みに親と遍路の旅をする幼子の顔日に焼けており
高見  百合子 岡山
昔より使いし町名市となりて最後となれる住所今日書く
                    選者の歌
桑岡   孝全 大阪
妄動のすえに結社の潰えきと長広舌のまえにかなしむ
水の上に石を投げてははずませしいとけなき日も退屈なりき
如月はなかばと夜をながまりぬ手をのみ祈るごとくに組みて
おとろうる神経をもて順応しゆくほかなしやたとえば寒暑
相知りし日にも思いきおゆびふときわが妻の手は農の裔の手
井戸   四郎 大阪
と聞きて風のつめたき日暮れどき口縄坂を歩みくだりぬ
線香燻る仕切りの穴よりのぞき見る延命地蔵拝むともなく
壁に吊る雛の古絵の前に挿す造花のひまわり孔雀の尾羽根
年若く学べる段階学説のごとく足腰の力無くなる
春彼岸朝の曇りのあたたかに墓の草引く妻を見ている
震災の跡をもつくろい年長く守りする墓に思いの深し
兄三人は早くみまかり弟のわれは生き伸び墓を清むる
土本   綾子 西宮
まどろみの覚めて車窓に見おろせば鳴門の潮の渦まくところ
乗り継ぎて六時間半このわれを待ちくださるといえば来りぬ
それぞれが名前に呼び合う歌の会この小さき町にながく保ちて
ベランダにつながれて吠ゆることのなきこの白犬に会うもいくたび
窓下の青みそめたる草原にグランドゴルフを人はたのしむ
亡き三たり病める一人を語らえばえにしは長しわれも友らも
夫ぎみの遺影に語りかけながら三度の食摂るも七年という

 

 

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