平成17年7月号より
高槻集より
丸山 梅吉 | |
風吹かず雨も降らねば桜園われの天下と咲き盛るなり | |
花の軸伸びのびとして花支う軸をゆさぶる風のたわむれ | |
四月は早も過ぎゆく桜園緑すがしく風にゆれいる | |
松野 万佐子 | |
吾が友の人工骨の材古く空港検査に警報の鳴る | |
スイスの山いま越えてゆく機窓には西日に雪の黄金色なす | |
牧草の生うる平のそこここにミモザの黄の花重たげに咲く | |
森本 順子 | |
アセビ咲きいまだ芽吹かぬブナ林明るき南奥駈道ゆく | |
石あらくからみあうブナの走り根になずみて登る笠捨山を | |
新しく道祖神たつ頂に風雪に傾くシャクナゲ見下す | |
奥嶋 和子 | |
母在さば来ているならん柴島の浄水場はいま花の時 | |
体制に抗うは武力に鎮圧し他国誹謗のデモを咎めず | |
蔵王堂の奥深くまで寄りて見る御仏三像怒りの形相 | |
掲載順序不同
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伊藤 千恵子 | 茨木 |
色わかちチューリップの咲く広き園ゆけば偲ばゆ夫と来し日を | |
購いし菜ばな茹でつつかえる思い去り来し庭に去年は摘みにき | |
池上 房子 | 河内長野 |
朝の風やや肌寒き呉服橋こころ寄せにし水は濁れり | |
残りいる木の橋脚にかぶさりて出水の芥くろく乾きぬ | |
木山 正規 | 赤穂 |
先生の全歌集成りぬ包み解き手にとり撫でつ重き一冊を | |
包みより取り出す全歌集一冊を先ず供う仏壇の先生のみ前 | |
岡田 公代 | 下関 |
定期考査の日より登校出来ざりし少女と電話にこころ通いき | |
担任の非を言う親に怯むなく相談係のわれは対いき | |
菅原 美代 | 高石 |
一瞬に生死を分かつ不可思議の力は何ぞただ恐るべし | |
こわれ易き命抱きて生くる身の心臓の音耳にひびくも | |
竹中 青吉 | 白浜 |
はげしかりし雷雨なりしが朝明けて海棠の花に雫かがやく | |
「根くらべ」という日本語思わしめ新法王さま選出めでたし | |
春名 一馬 | 美作 |
二十七年前の雛を飾りたる子の家に来てわが感傷す | |
弟の今日十一回忌裏庭ゆうぐいす聞こゆ卯月一日 | |
森口 文子 | 大阪 |
外来種姫踊り子草のはびこりて紫乏し仏の座の花 | |
急ぎゆく道に忘れものしたような気がしてふとも立ち止まりたり | |
吉富 あき子 | 山口 |
思うままに煮上がりし芋のにころがし今日一日を生きたあかしと | |
安定剤飲むを忘れて夜の床におぼつかなき目に歌を書き込む | |
浅井 小百合 | 神戸 |
水音に聞き逃したる夫の声厨の手を止め質すことなし | |
塊りて幾何学模様を組みているタンポポの綿毛ふとほどけたり | |
池田 富士子 | 尼崎 |
母のため設くる手摺を眩暈してわが頼みとす思いみざりき | |
臥すわれに宵々粥を炊きくれぬ常にはわれを頼める母が | |
尼子 勝義 | 赤穂 |
通院する母に付き添い歩みゆく道に桜の散るべくなりぬ | |
万博に行き得し母が並べたる土産は棊子麺外郎八丁味噌 | |
笠井 千枝 | 三重 |
浜小屋の軒に吊るされ並ぶ蛸風の吹くたび雫たりいつ | |
電気器具移る早きにとまどいてカタログ傍えに見積りを書く | |
角野 千恵 | 神戸 |
階段を降りる足音聞き分けて子らを育てし日々を思えり | |
日本食需要広まりモスクワよりわが小企業にオーダーの増す | |
南部 敏子 | 堺 |
ふわり浮く座布団に乗り果てしなき宙を墜ちゆく夜明けの夢に | |
どじ重ねながらひたすら営める生に終りのあるは安けし | |
長谷川 令子 | 西宮 |
なお硬く桜の芽吹く下蔭に冷たき閼伽の水を汲みたり | |
円空の不動明王朽ちし木をそのまま火焔光背として | |
山田 勇信 | 兵庫 |
麗かに静まりかえる湖の木の芽にけぶる山並映す | |
人入らぬ森の奥処のけもの道入れば確かなる生きものの気配 | |
小倉 美沙子 | 堺 |
家に居ればかくまで用が片付くと溝掃除終え朽葉埋めつ | |
籐椅子に書を読む夫が時折に庭作業する我に視線を寄こす | |
岩谷 眞理子 | 高知 |
待合室の患者それぞれ持つベルのそこここで鳴り音の賑やか | |
受付を済ませ渡されしポケットベル首に下げて次の指示待つ | |
大森 捷子 | 神戸 |
待ち待ちて三百年を経ぬる地にパウロU世は降り立ちたりき | |
一期一会のパウロU世マザーテレサわが身の裡に何を留むる | |
木元 淑子 | 赤穂 |
何気なく見ていたカナダの風景画子が住みてより親しみのわく | |
脈計る医師の手優しく暖かし忘れしものの蘇るごと | |
名和 みよ子 | 神戸 |
昼の日の明るくさせる久安寺の庭ととのいて花桃の咲く | |
土佐水木黄の花序垂らす道の奥高き納骨堂の建ちたり | |
樋口 孝栄 | 京都 |
朴の葉に味噌を焼きつつ酒を酌む吾らの先行きの話は尽きず | |
この日まで生きんと言いて闘病し逝きたる父の米寿ぞ今日は | |
松岡 類子 | 高知 |
出来のよき今年の早稲水稲苗村一番の田植をしたり | |
田植機の轍のあとのならしさえ叶わず畦に見守りている | |
選者の歌 | |
桑岡 孝全 | 大阪 |
G Iのガムのくすりのごとき香にたじろぎしより六十年ぞ | |
家ごもるこころのついに落ち居ねば老懶いでて春の日のした | |
街なかの林泉(しま)白くせるさくらばなことなき国の春のごとくに | |
八十の兄も知らざる叔母二人の消息もとよりいとこもちりじり | |
朱実むすぶ二木の一位井戸べりの八手ともどもほろびにし家 | |
井戸 四郎 | 大阪 |
鉢植の桃のもも色の花ひらく旧き暦の雛の祭に | |
門に置く椿の赤き花咲けり持ち来たまえるよりふた月を経て | |
この朝に落ちたる赤きおとめ椿惜しみてコップの水に浮かしぬ | |
立退きの指示貼る野宿のテントならびこぶし花咲く道を狭くす | |
口縄坂延命地蔵尊仕切網の向うに在して朝の花活く | |
空港に繋げる海の橋ながく春の日ざしのなかにかすめり | |
いたわられ坐る運動場の桜の下昼の日温くお八ついただく | |
土本 綾子 | 西宮 |
榧の木の繁り増す下に来り会う君がいしぶみの色深まりぬ | |
榧の下に榧の木のみ歌を誦すれば亡き先生の面影に顕つ | |
榧の古木繁る下蔭の石文はまこと所を得たるごとくに | |
紅白の幔幕めぐらせ歌碑を祝う宴華やぎたるもはるけし | |
世に在さば百十歳と数うるに亡きあとの長き歳月おもう | |
在りし日の先生を知るも知らざるも石文かこむ四十七人 | |
花藪にみ墓に心を残し去る五月山に日の翳りくるころ |