平成17年8月号より

 

                     高槻集より

 

坂本   登希夫
決死隊にもシッタン戦にもながらえて九十一の誕生日なる
かど畑の西瓜の開花を朝見巡る九十一の生甲斐一つ
まちまちし雌花三輪開きたり受粉こころむ吾息をつめ
田坂    初代
熟れそむる枇杷にまつわる鴉達連れを呼ぶのか賑やかな朝
家に来たりばあちゃんねんねと両脇に添寝の一人今日は花嫁
嗜みよく心配りの行き届き終の面輪は観音の面
池田   富士子
眩暈せる三月余りの起き臥しに鬱とう文字の浮かびては消ゆ
こわれもの注意の札を背に付けて歩むここちす眩暈する日は
枯芝の中の緑の草を引く病に癒ゆる心解きつつ
名和   みよ子
手をあげて一人信号渡りゆく幼児は靴の右ひだり逆
すこやかに菖蒲湯を浴む夜もありて三世代共に住みにし昔
芽吹き遅きわが家の前の公園の欅に鴉声引きて鳴く

                     掲載順序不同

 

安藤    治子
今我の庇わねばならぬもの癈いてゆくこの身一つと思う安けさ
蜜蜂は今年は来ぬか藤棚の花過ぎ若き莢実下がれり
伊藤  千恵子 茨木
この国の未来思えばたのしからず「ニート」の若者八十万とぞ
池上    房子 河内長野
老の嘆き身につまされて聞くことも今日のよすがと背筋を伸ばす
内田    穆子 大阪
視力少し狂いてより文字かき辛く時かけ清書を仕上げぬ
小川    千枝 枚方
ゲルニカに劣らじ太郎の原爆図にんげんの業思わしめつつ
岡部    友泰 大阪
呉楼歌碑見守るごとくねぼとけの石ぶみあたらし榧の木蔭に
葛原    郁子 名張
曲水の宴に変わるか携帯短歌相聞歌も翔ぶとう宇宙電波に
後藤    蘭子
この峠本居宣長通りしと荒れたる道に札新しく吊る
許斐   眞知子 徳島
今の世に生きて良きこと数えつつ眠りを待てり明日は思わず
佐藤    徳郎 生駒
字句の訂正書き入れありて見入りたり太子の講じし法華の義疎を
高間    宏治 小金井
子ら三人のその生きざまのわれに似ぬを時に救いと思うことあり
寺井    民子 伊丹
黄菖蒲咲く隅を休み処にしいし鴨今日居ず小橋の下に眠るも
長崎   紀久子 八尾
緑豊かに長閑なる島のバスガイド元寇の悲劇語ることなし
西川    和子 広島
薬めくドクダミの匂いに遠き日の母の偲ばゆ白き割烹着の
野崎    啓一
老醜の齢に入て詮なきか無常虚無感ああこの寂寞は
藤井     寛 篠山
星明かりに明日の田植の水見にきて夜露冷たき畦につまづく
村松    艶子 茨木
蕗の薹母と摘みにし日を偲び今日は子と来て故里に摘む
山内    郁子 池田
年々の夏のひかりをさえぎりし窓の梧桐立枯るらしき
横山    季由 奈良
夏のひでりに簡素に石置く雪舟のこころにしつらえし静かなる庭
赤松    道子
通過する電車少なき線路うち種飛びて咲く雛罌粟の揺れ
井上    睦子 大阪
この梁にかけしブランコ思いいづうから揃いて住みたりし日よ
井辺   恵美子 岡山
ほととぎすの声の聞ゆる裏畑に鹿の残せるキャベツに施肥す
蛭子    充代 高知
日暮れての鰹の出荷に追われつつ年毎祭りの花火を仰ぐ
奥村    道子 愛知
きざはしを上がる人らのざわめきに神馬は厩舎に床踏み鳴らす
梶野    靖子 大阪
ガス感知装置のベルの鳴り響き新しき鍋黒こげになる
川田    篤子 大阪
咲くもののなく日陰なす裏庭にはびこるコケの緑うつくし
忽那     哲 松山
鳥たちにも序列あるらし水飲み場を青鷺に譲り鴉飛び立つ
竹川    玲子 大阪
三歳の我が子の祝いに用いにし小さき白足袋黄ばみつつ出づ
辻      宏子 大阪
窓越しに時折からすの声を聞きたった一人の連休終る
中川    春郎 兵庫
市町村合併となり保険証番号変り事務に手まどる
名手    知代 大阪
背伸びして捻子を巻きにし掛時計父亡き後も長く働く
原田    清美 高知
孫二人来ている今日は笑い声絶えず厨にクッキー焼けて
春名    久子 枚方
フェリー今向きを変えたり女木島に生活物資をおろし終えたる
平野    圭子 八尾
Tシャツにジーパン長き若きらに追い越されゆく半世紀の差
松本    安子 岡山
台風の跡をあらわに杉ひのき渦巻き倒るる斜り見下す
光本   美奈子 高知
朝夕を底冷えのする四月尽炬燵より見る藤の花房
森田   八千代 篠山
春の雨降る今日を来てスギナの根掘るによき鍬町に探しぬ
森本    順子 西宮
あえぎつつ来て彼方には草木なき砂礫地長き一切経山
山口    克昭 奈良
ながらえて吾のしらざる父を聞く別きて意外や政治への野心
中川    昌子 奈良
秋篠寺の小暗き林に音のして鶫か落葉のなかに遊べり
中原    澄子 泉佐野
丘に立つ維盛塚より見る村は薪高く積み家の少なく
樋口    孝栄 京都
草鞋はき菅笠かぶる僧三人黄檗駅に読経する声
藤田     操
独り身の兄をはらから心一つに看取り見送りたるとなぐさむ
増田    照美 神戸
ちちははに心を閉ざす十五歳わが愛読書を持たし帰しぬ
安井   忠子 四條畷
我が記憶のはじめは白きエプロンの母が拭き掃除している姿
安田    恵美
いにしえのままの音色の響かいて越段楽の調べ堂に満ちたり
湯川    瑞枝 奈良
切りためし「折々のうた」吹き散らし春めく風の部屋を過ぎゆく
奥嶋    和子 大阪
イムジンと北鮮をのぞむ展望台に五月半ばの寒き風吹く
井上  満智子 大阪
孫達の賑う部屋より聞え来る「ビミョウ」「シャーシン」新語の数々
上松    菊子 西宮
黒々と土を起せる田の中に牛を見かけずなりて年経る
馬橋    道子 明石
水を張る田の一画の葱の花しろじろ靡き風の道見ゆ
戎井     秀 高知
波打ち際を若布引き摺り来る嫗潮の香まとう腕の逞し
大杉    愛子 岡山
電線に四羽の燕居並びて玄関開くをさえずりて待つ
小深田  和弘 岡山
裸電球暗きが下に麦わらを編みてほたるの篭つくりたり
佐藤    健治 池田
手の平に乗るほどなりし飼い犬シロー人の年にて七十歳となる
阪下    澄子
茄子苗を下げて畦行く夫の背少し丸みて歩みの遅く
杉野    久子 高知
ポンカンを接待せし吾遍路となり札所で素麺の接待受ける
沢田    睦子 大阪
桜咲く造幣局の通り抜け前も後も中国語なり
竹永    寿子
つれだちて入学式か着飾れる母の背丈を越ゆる子多し
                    選者の歌
桑岡   孝全 大阪
げんじつもさることながら老残の夢にも蹉跌ありてうめくよ
忸怩たる記憶にまじりふるさとの石炭を燃す冬のなつかし
果樹園を暗夜掠むるたぐいにてゴエモンならずホリエモンとぞ
軽やかにのみ騒立ちて大きなるビニールハウスに昼をふる雨
地下連絡通路ゆくのもななそじのおのずからなるおのれの歩幅
井戸   四郎 大阪
山門の際まで庭に盛り咲くつつじの花を賞でて詣りぬ
胸底の煩悩を払う布袋尊迎えくださる天皇殿に
堂まえに数限りなく咲くつつじ鉦鼓の音の止まず聞こえて
大殿のみ仏たちにぬかずくとつつじの花にさやりすすみぬ
欣求浄土を願わず詣る大寺のつつじの花の咲きの盛りに
釈迦薬師阿弥陀三尊みそなわす三千余体の仏と共に
河内飛鳥法雲禅寺の庭つつじ昼の光に惜しみなく照る
土本   綾子 西宮
四月はや輪中の里は一面の水張田となりて夕日を返す
訪いゆける吾にようやく笑顔見す痛みに耐えて臥し居る姉の
血はかくも似通うものか兄と吾すべり症またコレステロール値
子のわれら誰も継がざりし父の希叶えて教職にひとり汝あり
箒さえ持ちたることのなき父が薪割りていし戦後の姿

 

 

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