平成17年9月号より

 

                      高槻集より

 

松浦    篤男
癌なりやとも言う妻の腫瘍思う食器を洗う手をとどめつつ
義肢の音させて励ましに通いたる甲斐ありて妻今日退院す
薬なく顔面痛に泣く妻か腹の腫瘍にかまけいる間に
蛭子    充代
夕市に落札をせる十四トンの鰹の出荷に夜の更けてゆく
鰹を詰めて積みあぐる箱わが背より高く並べり城壁の如
生臭き魚のにおいを纏いつつ夫待つ家へ夜更けて帰る
戸田    栄子
親子でけっこうですねなど老母と漫才のごと大声交わす
今日もまたショートステイに母の行き日暮れて吾の放心状態
一週間母お泊りはすぐに過ぎエアーマットをふくらませまつ
大森    捷子
何よりも正義をかざす友にして軋みの多き十年なりしや
笑む顔と眼みひらき驚くさまは昔のままに言葉なき友

                     掲載順序不同

 

伊藤   千恵子 茨木
また熱のあがる気配に臥す夜更け隣よりひびく小さきもの音
白粥に梅干一つ沈めつつ思うは先生の病みし日のうた
池田    和枝 北九州
狭き廊下幾曲りせし「七卿の間」躑躅の赤き泉水に沿う
植本    和夫 白浜
古郷の紀州茶粥の恋しきに転地のこの里その粥知らず
岡田    公代 下関
澄む水に底ひの光る石見えてかずらの橋に足冷えて立つ
木山    正規 赤穂
塩叺積み出せし入江の岸に今レジャーボートがひしめき並ぶ
高島    康貴 阿波
念仏寺に初めて見知る沙羅の花苔の上白く散りてまろべる
竹中    青吉 白浜
海こえて阿波の国山見る喜びつねに新し老い呆けるとも
浜崎   美喜子 白浜
潮風に吹かれてポストの行き帰り遠廻りしても千歩に足らず
春名    一馬 美作
台風に押されて墓石に懸りたるさるすべりを切る太りし古株
藤田    政治 大阪
逆転負けわが喫するは稀ならずパソコンも自ら棋力のばすらし
堀      康子 網走
咲きそろう藤の花なみ朝露のつづる蜘蛛の巣風に揺れいる
丸山    梅吉 大阪
連絡船一時間ごとに通えるを一夜泊まりて島よさよなら
森口    文子 大阪
いさぎよくもの捨てられぬ世代にて古き傘靴今日は捨てたり
吉富   あき子 山口
読めぬまま紙くずとなる新聞を見えるを願い取り続くなり
浅井   小百合 神戸
はすかいに道をきたるは携帯の画面に見入る若者にして
尼子    勝義 赤穂
ブラジルより転入せる児はその母の背なに隠れて吾を見て居り
上野   美代子 大阪
かすかなる気配に楠の花降りぬ太極拳するわが頭上より
大谷    陽子 高知
来年も元気で山菜採れるかと友はつぶやく野根山の下
笠井    千枝 三重
宮川の河原に集うおみな衆声高々と木遣歌さらう
角野    千恵 神戸
1Kに引越してゆく孫のため方違神社の清め砂受く
小泉    和子 豊中
共に在るをゆめ疑わぬわが事を子に頼みいう夫をいぶかりき
白杉   みすき 大阪
解禁ときけば思うよ若鮎を素手にて捕えたりしおもかげ
千原    澄子 玉野
人の手を借りずに日々の過ぎゆけど足の爪切ることの難し
鶴亀   佐知子 赤穂
待ち得ては動く歩道に乗せられてマンモスの前過ぐる束の間
中谷   喜久子 高槻
この年も届けくれたり古座川に婿の釣りたる若鮎十尾
中西    良雅 泉大津
玉音をきく兵六百ポッダム宣言受諾の意味を解し得ざりき
並河   千津子
花食べる蛞蝓取るとお向かいはこの夜の更けに明かりをともす
南部    敏子
痛みうするる子を置きて去るあかときの病棟漸く人影の絶ゆ
長谷川   令子 西宮
河原に群れたる鳩の啄めり片足の一羽今朝もまじりて
松内   喜代子 藤井寺
夕潮の満ちくる下に露天湯の小さき幾つか一つになりぬ
松野   万佐子 大阪
空爆よりかつがつ生きて還りにし父どす黒くガソリン臭いき
山田    勇信 兵庫
穏やかに水を湛うる湖も三十余りの家居沈むと
矢持    春水 大阪
山林も田畑もいらぬと家継ぐを拒みて言えりなお若き子は
吉田   美智子
四十雀去りゆき夏の空となる子沢山なるつばめ並びて
吉年   知佐子 河内長野
縁先のつつじの白き花咲きぬ夫の在まししあの日のように
岩谷   眞理子 高知
調教の人居なくてもイルカらはボールをくわえて遊びておりぬ
梅井    朝子
事もなく過ぎし一日を安堵せり泊めし幼児の寝姿を見て
小倉   美沙子
さあ今日は何をせんかと背伸びして起き出す一歩体調の良し
岡      昭子 神戸
いいですね程よい皺といいながらホーム・ドクターは胃の写真みす
奥嶋    和子 大阪
両側に古書店並ぶ仁寺洞に夫の欲る硯と筆を求めぬ
奧野    昭広 神戸
青空を横切りて浮く飛行雲五月の風に吹かれて緩ぶ
金田    一夫
征く折に父よりもらいし懐中時計ガラス割れしまま机よりいづ
木元    淑子 赤穂
掌に掬う蛍の光あたたかし壊さぬように抱きて歩く
清水    修子 神戸
吾は娘を娘は吾を思う日々ふり返る間もなし夫逝きて二年
鈴木    和子 赤穂
標せしは御祖のいずれか甕底のラッキョの文字の勢いのよく
田中    和子 大阪
駅の軒高くつくれる燕の巣に雛の孵るや小さき鳴き声
高見   百合子 岡山
去年よりは数の増えしか蛍舞う宮本川畔に夫と来て立つ
津萩   千鶴 子 神戸
警笛を鳴らすことなく自動車が私のうしろをゆるゆると来る
平岡    敏江 高知
二ヶ月余り包帯せる手首色白く指と甲とは日焼けしておる
牧野    純子 大阪狭山
緑濃き杉木立の底に沈む道伯母子を越えて霧の中ゆく
松岡    類子 高知
南天の花白じろとこぼれ散る露地の奥より念仏聞こゆ
安田    恵美
頂きを踏みたる足にくだりゆく橅の若葉のかげ肌寒し
                    選者の歌
桑岡   孝全 大阪
水張りて今日植うる田に束ねたる苗を次々と遠くなげうつ
子供等の体験学習の田植のこえ今年もきこゆわが窓の下
オゾン層毀損しまず滅する両生類といえど声ありことしの蛙
年々にその表情をことにする雨季とおもえばこよいしきふる
稲つくるなき山村にわが育ちいまにおどろく日の苗の伸び
井戸   四郎 大阪
窓下の土にひねたるオリーブの茂り年々の花を見るなく
刈りそけるオリーブの小枝一括り昼の日差に緑の匂う
ウインドウに積み並べたる大型書稀覯本などしばらくながむ
表題と著者の名読みてゆくのみに楽しむ如ししばらくの間
通り名の古本の磯やんおのが店持たず死ににき十幾年のまえ
サンバラ髪顎張る色白の磯やんに古書売買の興味聞かされき
古書店の留守番をして売りに来る辞書値踏みしき若き或る日に
土本   綾子 西宮
乗り遅れ事故を免れたるひとり子の友なるをよろこびとする
馳せつけし目の前にして扉(ドア)しまり発車せる電車の五分後の惨
一寸先は闇とう言葉うべなうべな人の運命(さだめ)は神のみぞ知る
救われて三日目青年は意識戻り両足の無きに気付けりという
次つぎに増ゆる犠牲者みな若く笑顔あかるき写真を掲ぐ

 

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