平成17年11月号より

                   槻集より

 

大谷  陽子
昼を会いし分家の媼夕べ亡しあやかりたかりし九十二歳
盆踊りに吊す精霊灯籠二十吾が身近きもいくつか点る
母の残せる草履の鼻緒を我が替えてこの一夏を素足にはけり
長谷川  令子
疎開あり被災あり友の減るなかに学校工場に電池作りき
覆い無き灯りの嬉しかりしより六十年の吾の明暗
二段跳の若き人らを吸い込みて電車のドアは我が前に閉ず
岡   昭子
教室を工場としてひたすらに電動ミシンにて縫いし軍服
週一度学徒にかえり勉強に励む日ありき友と睦みて
供出の名札つけたる庭の松伐らるるなくて戦終りき

 

                     掲載順序不同

伊藤  千恵子 茨木
台風は東に外れて百日紅の木末のはなにさす夕ひかり
池田  和枝 北九州
夫の手ひきて夏越祭に詣できと書きあり久々の友の手紙は
内田  穆子 大阪
健やかにありてこそ長寿目出たしと薬整理しつつ思うなり
大浜  日出子 池田
二十年前の松江の八雲邸にとりし未央柳庭に咲き出づ
岡田  公代 下関
茎細く野アザミ咲けるこの峡を平家落人傷負い行きし
葛原  郁子 名張
日本一小さき電車に乗換えて稔り田に囲まるる文化センター
佐藤  徳郎 生駒
亡き妻が書き入れしたるテキストを順追いて読む日本古代史
田坂  初代 新居浜
嫁ぐべき孫の二人に浄書せし心経軸を形見に渡す
竹中  青吉 白浜
開け放てば夕べすずしき表座敷海原遠くわたりくる風
西川  和子 広島
今もなお原爆投下を正当とする国が語らぬヒロシマナガサキ
野崎  啓一
八十路近く今望郷の念いもて音に聞き入る明け方の雨
浜崎  美喜子 白浜
移り早き向いのアパート住む人の顔知らぬまま表札変る
春名  一馬 美作
検診の結果は良しと主任医の声よどみなし胃を切りて七年目
藤井    寛 篠山
野に還す転作田は今年限りしょうがの夏芽ふとくあおあおし
堀    康子 網走
暗き未来予見するごとし演習の今日の銃弾費三億四千万
松浦  篤男 香川
初夏の陽に早苗そよぐを車窓に顔押し当て見おり農育ちわれ
丸山  梅吉 大阪
妻逝きて二十年を経にければそのうつし絵は他人顔せり
村松  艶子 茨木
近々とガラスの向うに地面見ゆ目覚めの景色今日より変る
森口  文子 大阪
海の水したたる貝を掌に生きているよと昂る幼子
赤松  道子
内視検査ひと日待たされ悪うなりしと呟く夫の大暑の健診
浅井  小百合 神戸
高速のエレベーターが体感の無きまま階を次々と読む
尼子  勝義 赤穂
わが額に汗の滲むを感じつつ学級減阻止の陳情書を纏む
井辺  恵美子 岡山
盂蘭盆の客の去りたる家の内蟋蟀の声透りて聞こゆ
上野  美代子 大阪
大楠の木肌の色にまぎれつつ幹の下枝に蝉の抜け殻
角野  千恵 神戸
漂える柳絮の下にわが娘こころおさなくもろ手をひろぐ
竹川  玲子 大阪
ゆっくりと廻る発電風車の列笠取山の尾根に続けり
中西  良雅 泉大津
釣人の自由に糸たれし波止場なりきテロを防ぐと鉄条網囲む
並河  千津子
花畑の中歩み行く孫たちの心の中はハイジの世界
南部  敏子
母の手に髪美しく結い上げられ幼は読経の席に正座す
春名  久子 枚方
山裾に熊鹿よけのネットふえてみ墓にゆかんみちをさえぎる
平野  圭子 八尾
照りつづくる日々にて庭の鉢花を置きかえ朝夕水やり忘れず
松野  万佐子 大阪
乗継にわが立ち寄れるグアム島は金満日本人あふるるばかり
松本  安子 岡山
農薬をヘリコプターの散布せり畦にてリモコン操作する一人
森本  順子 西宮
木々の間の断崖高く一筋に細く落ちくる最上源流
山田  勇信 兵庫
力つき落ちたる蝉か夜の闇にひときわ強く一声鳴きぬ
矢持  春水 大阪
次の一年頑張ろうなと心細きこと言う夫の面やつれせる
岩谷  眞理子 高知
他家よりも幾日か遅れて盆支度常住まぬ里の家に今年も
梅井  朝子
水光り飛沫をあげてはしゃぐ児のかけがえのなき時を愛しむ
小倉  美沙子
子と言えど一つ家に暮らすむつかしさ帰省のたびにその思い増す
大森  捷子 神戸
迷い来し仔猫に落ちつかざりし五日ついにわが家に飼うと決めたり
木元  淑子 赤穂
木洩れ日に網目模様のぶどう園風立ちくれば甘き香りす
清水  修子 神戸
水槽を狭しと泳ぐ一匹の金魚も今年で八年となる
鈴木  和子 赤穂
明日からはまた入院となる夫の眠らんとして漏るる吐息か
津萩  千鶴子 神戸
思いしより黄色が優しいと人びとの肩ごしに見るゴッホの油絵
中原  澄子 泉佐野
毎年の盆の櫓を組む作業若者足らずと夫の嘆きぬ
原  華恵 赤穂
台風七号海のうねりの如くして向いの山の木々が波打つ
平岡  敏江 高知
戦死せる叔父の日記に明日出撃の命と記す心を思う
藤田  操
五時前に田の水入れに行く夫の鍬を担ぎて月明かりの中
牧野  純子 大阪狭山
無花果の匂いのまじる草いきれ対紫外線警報を伝う
安田  恵美
朝々の手順慣れたる弁当は語らぬ夫へのわが応援歌
                    選者の歌
桑岡   孝全 大阪
鳴く蝉の訝しきまでとぼしきを妻に言いつつふるさとをゆく
甥夫婦清めくれたるあとと見ゆる七基の石をきたりおろがむ
生前を知れるは四人石は七つペットボトルの水をまいらす
庇護頂きし石橋太郎氏は女人禁制解けし御山に最初の出生
食材も調理もいたく単調に山に経にけんみおやのたつき
井戸   四郎 大阪
わが足に経り積む歳月おもむろに重さ増しくるおもおもおもと
ただ少し歩むもたゆきわが足を頼みて午後のリハビリに出づ
チベットの僧の画ける曼荼羅の皺をのばして壁につるしぬ
蓮弁の仏をかこむ五ぼとけの曼荼羅の色あざやかならず
右の手に剣をかざせるみ仏のあるかなかきかの笑まいに対う
壁掛けのごとき小さき曼荼羅の仏の教えを知らぬ朝夕
はるかなるチベット国の曼荼羅を部屋につるして夏を過ごしぬ
土本   綾子 西宮
みちびかれ来て今日は見るミュージアムに戦艦大和の全き姿を
栄光と破滅の象徴と今に名を残して滅びし戦艦大和
不沈戦艦と誇りしものをその威力発揮する機のなくて果てしか
「一億特攻のさきがけとなれ」の命うけて出撃したる戦艦大和
大国の底力知らず戦艦を恃みて戦をいどみし愚か
三千五百の兵もろともに沈みたり昭和二十年四月の七日

 

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