平成17年12月号より
高槻集より
角野 千恵 | |
金網をめぐらせ残す単線につね違和感をもちて住む街 | |
埠頭まで生糸積みにしこの線路ひそかに兵を運びし日あり | |
メールうちかわすのみにて己が声いづることなき一日の終る | |
白杉 みすき | |
「おい」でなく名前でもなく五十年妻吾はどう呼ばれて来しか | |
水草をくぐるメダカの身のこなし素早くなりて秋に入るらし | |
芝原に影を落としてただ一基発電風車のゆっくりめぐる | |
安田 恵美 | |
ふるさとの夏の記憶の喉ごしに青くにおいしもぎたてトマト | |
ひたすらに鳴きて終うるや掌の重さとてなきひとつの蝉の | |
ポプラの葉ひらめきやまず高みには夏のま昼の風のあるらし | |
掲載順序不同 |
|
安藤 治子 | 堺 |
小学校に吾が上りしは昭和三年新帝即位の式ありし年 | |
伊藤 千恵子 | 茨木 |
キリマンジャロが生地と知りて思い深し孫より届くセントポーリア | |
池上 房子 | 河内長野 |
在りし日に変らぬ笑顔をまのあたり喜ぶ己が声にめざめつ | |
池田 和子 | 北九州 |
バス停を二つ越し歩む道の辺に名前を忘れし野草を摘み来ぬ | |
小川 千枝 | 枚方 |
冷房は一間のみなる冷泉家に京都の暑き夏を過ごさる | |
小沢 あや子 | 大阪 |
古座川の岩より落つる水しぶきにたたかれ乍ら登る坊主はぜ | |
後藤 蘭子 | 堺 |
窓側をゆずられて夫と今日の旅雪のかがやく北アルプスを越ゆ | |
許斐 眞知子 | 徳島 |
帰り来し夫の声も遠く聞く許せよミステリーは終りに近し | |
菅原 美代 | 高石 |
こおろぎは何処に消えし身のめぐり草地に虫の一声もなし | |
高島 康貴 | 阿波 |
海峡の彼方に風力発電機は海荒れの今日霞みて見えず | |
長崎 紀久子 | 八尾 |
半年後の金婚に子らの企つるコンサートのため健やかに在らん | |
藤田 政治 | 大阪 |
カトリックにときに楯つく曾野綾子われの意に添うこと多くして | |
山内 郁子 | 池田 |
暑き日にわれを産みにし母をおもう百日紅の咲くべくなりて | |
横山 季由 | 奈良 |
海坂の遠くに能登の見ゆと言えど雲にまぎれて吾には見えず | |
吉富 あき子 | 山口 |
音声に時間知らせる時計買いぬ月日曜日もありてうれしき | |
浅井 小百合 | 神戸 |
いつまでも受話器を置かぬ娘にて寂しく婿を待つ今宵らし | |
池田 富士子 | 尼崎 |
旅程終えて残る硬貨にロンドンの空港より夫へ電話かけたり | |
蛭子 充代 | 高知 |
しぶきしてタンクに跳ぬる三屯のグレ生臭し計量始む | |
奥村 道子 | 愛知 |
秋茄子の小振りを五つ如露に入れ夫帰り来ぬ汗光らせて | |
笠井 千枝 | 三重 |
木片に刻める円空の千体仏亡き人の面に似通うもあり | |
梶野 靖子 | 大阪 |
夫亡きあと吾には辛き人なりき今日の葬りは台風の中 | |
川田 篤子 | 大阪 |
伸子張に精を出ししを昨日の様に話して母の生き生きとする | |
川中 徳昭 | 宮崎 |
退院後すぐにトラクターに乗りし故回復遅しと言う声聞ゆ | |
忽那 哲 | 松山 |
子規の忌の月見の催ししめやかに和やかに終ると会誌に記す | |
小泉 和子 | 豊中 |
かたくなに延命治療を拒みつつ崩るる心を夫の洩らしき | |
辻 宏子 | 大阪 |
穂の立てる稲田を渡りくる風はわが高層の窓に匂いぬ | |
鶴亀 佐知子 | 赤穂 |
放牧の馬たむろしてわれらを見る原生花園のハマナス咲く道 | |
戸田 榮子 | 岸和田 |
新しき母の靴下に名を書きぬ倒れて五年まためぐる秋 | |
中川 春郎 | 兵庫 |
梅雨の雨長く続きて夏椿蕾のままに枯れてゆくなり | |
中谷 喜久子 | 高槻 |
台風のはこべる雨に友の飼う牛ら生きたるままに流れし | |
名手 知代 | 大阪 |
白壁を黒くぬりたる家の内に玉音聞きし十歳の夏 | |
原田 清美 | 高知 |
長き不況終るきざしか久々に明日建前の柱を運ぶ | |
松内 喜代子 | 藤井寺 |
ひたすらにゴールを目指し四十二粁走る孤独を子の好むらし | |
山田 勇信 | 兵庫 |
夜の灯に誘われ来たる蟷螂の枯葉色して秋定まりぬ | |
吉田 美智子 | 堺 |
痛むなら寝てたらいいとテレビ見る夫の労わりいつもそこまで | |
吉年 知佐子 | 河内長野 |
リハビリを続けながらの便り給う左手をもてしたためたりと | |
林 春子 | 神戸 |
朝に振る鈴緒の先に脚ひろげ蜘蛛ゆらゆらと動かずにいる | |
原 華恵 | 赤穂 |
ひい孫の目をつむるまま笑みている誕生十日目湯浴み終りて | |
樋口 孝栄 | 京都 |
嫁ぎきて新しく作る糠床に使い古れるを母足しくれぬ | |
安井 忠子 | 四條畷 |
まれにする食後の会話は鳴きそむるつくつく法師などにふれつつ | |
湯川 瑞枝 | 奈良 |
舅も夫も好みしビール冷たきをみ墓の土に撒きて参らす | |
井上 満智子 | 大阪 |
シンデレラに扮する孫の服縫いて子の学園祭を思い出しぬ | |
上松 菊子 | 西宮 |
駅舎なきホームに待てば田の中を定刻通り列車近づく | |
馬橋 道子 | 明石 |
喜寿の賀に求めし藍のマグカップ向き合う卓に朝の湯気たつ | |
大杉 愛子 | 岡山 |
三陸の海に上りしこの秋刀魚銀あざらけし子より届きぬ | |
奥嶋 和子 | 大阪 |
橋の下に寄る老人らこの朝は仲間のひとりの輪禍を噂す | |
奧野 昭広 | 神戸 |
川跨ぎ太き根をはる柏原の欅はしげる千年を経て | |
金田 一夫 | 堺 |
池水に沈み朽ちたる舟透きて小さき魚影素早く動く | |
木元 淑子 | 赤穂 |
手話の子ら何やら愉しきことあらんその指先の弾むを見れば | |
小深田 和弘 | 岡山 |
嵐去り葡萄の青葉のちぎれたる枝を透かして空の広ごる | |
田中 和子 | 堺 |
茅葺きの家の残れる美里町へ夕べは鳶の帰りくるらし | |
高見 百合子 | 岡山 |
夕さりて厨の外の涼やかに地虫鳴くなり白露の今日は | |
選者の歌 | |
桑岡 孝全 | 大阪 |
舗装路面摂氏六十度なる大阪の夏を詮なくわれゆきかえる | |
heat island 0saka を託ち存うと伊予なる友に書き送るべし | |
にちりんはわが球体の裏がわを灼くらんときと息をつくなる | |
チタン枠プラスティックのレンズもて新調せるのちも老懶 | |
天智享年四十六天武五十六短きをひたに経しいにしえに | |
井戸 四郎 | 大阪 |
長き夜の浅き眠りのすぐに覚め燈を明るくして時刻たしかむ | |
六十年前の学校を言い出づる我に孫らは聞くふりをせり | |
まれまれに耳に聞こゆる虫の音のまた鳴くかとも腰をかがめぬ | |
うとくなる耳にたまさか聞こえくる秋の虫の音あわれのふかく | |
窓下にかすかにも鳴く虫の音を夜半てる月に聞きに出でたり | |
まだ生きているよと我の応答す故旧二人の葬りの知らせに | |
西空の雲暮れはてて海またぐ橋の明かりの波にうつりぬ | |
土本 綾子 | 西宮 |
地下鉄のサリン事件がその罪を晴らす証となりたる皮肉 | |
寃罪の怖さをまざまざと見る思い松本事件の真実を知りて | |
警察の横暴マスコミの攻撃に耐えし一年のいかに長かりし | |
自らの手柄に逸り強引に罪を押し付くる現実を見る | |
マスコミの報道合戦のすさまじさ罪なき人をかく苦しめて | |
父君を信ずるみ子の証言の頼もし涙ぐましきまでに | |
河野が言うならば真なるべしとう友の言葉に救われしとぞ |