平成18年2月号より

 

                    選者の歌
桑岡   孝全 大阪
永定河をまたげる大き石づくりはじめてを見る盧溝橋の写真
資本主義共産主義をともに蔑して皇道というものふりかざす
柳条溝は柳条湖蘆溝橋は盧溝橋広辞苑このあたりのこだわり
改めてつぶさに読みてくやしまんまたたどるべき戦へのみち
一握の邪知一億の無知を統御おもむくさきはいずれくらやみ
井戸   四郎 大阪
吾のため諭されし二人の一人亡くま見ゆる人も衰えましぬ
たまさかに訪うわれに手を軽くあげて会釈のうなずきませる
耳ことに疎き先生との対話はかどらぬまま時間の過ぎぬ
単純の短かき言葉に解りあう思いに辞してさびしかりけり
もの言わず相対いいて事なべて過ぎたるかなと思いさびしむ
ねもごろに滞るなき颯爽のおもかげをまた恋い思うかも
あきらけく清かにものを言い説かす声さえ顔さえ乞い祈るものを
土本   綾子 西宮
この年の何の変異か雁来紅わが丈越えて燃ゆるくれない
桧扇の花は疾く過ぎはじけたる凾謔閧ハばたまの実のこぼれ落つ
心はずみ待つこともなき明け暮れにサザンクロスの蕾ほころぶ
この庭にいつ来りしかたくましき石蕗の花をわれは好まず
窓蔽うばかりに繁り咲き垂るるダチュラを揺らす暖房の風

 

                      高槻集より

 

川中     徳昭
一年に四たびの入院三度の手術思いみざりきうつつにあるを
入院の余慶の一つ五十余年嗜みし煙草自ずと止めぬ
深々と吸い込む煙草の旨きかな禁煙五月初めての夢
中谷   喜久子
日帰りの旅をこころむ勤めもつ娘とゆくはひさびさにして
たまさかの旅の終りに吾は碗子は金彩のゆのみをえらぶ
庭に咲く野菊小菊をまいらせてこの日はなやぐみ仏のまえ
山口     克昭
上弦に太れる月に山茶花の開花を知りて個展終えけり
滑らかにわが手の平のなりにけり二十日余りを粘土に触れず

谿川に架かれる橋の泥かむり涸ダムの底に現れにけり

 

                    掲載順序不同

安藤     治子
我がひと世に詣でしは幾度楠公の称えられし日忘らるる時
皇位継承和やかに議せらるる世にありて思う両統迭立の歴史
池上     房子 河内長野
西行の塚にしき降る花の下赤きベレーの君にまみえき
堂の裏に掃除道具は吊るされて花のみ寺の寒き静もり
池田     和枝 北九州
暫くを見かけずなりいし知り人が車椅子漕ぎ市場をゆきぬ
遠田      寛 大阪
遅早に界を分かてる定めありて交わり深きは少なくなりぬ
木山     正規 赤穂
妻と子と坐りて苔と紅葉見るあと幾年を保つ平安
小泉     和子 豊中
冷えまさる夕べの部屋に取りいだすストーブの燃ゆる音のみのして
後藤     蘭子
子規の世に抗生剤あらばと心痛む病みつつ旅せし「はて知らずの記」
許斐   眞知子 徳島
花木かと見紛うほどに紅葉して淡路の山にハゼノキ多し
坂本   登希夫 高知
九十一のいのち華やぐ二千の瞳見まもる舞台に賞を受けつつ
菅原     美代 高石
土つかず虫喰いもなき小松菜はいかなる場所に育てるものか
高島     康貴 阿波
耳鳴りのこの頃著し秋冷えのきざすと思う朝に夕べに
藤田     政治 大阪
巡りたる遺跡を賀状に刷り込みて年々生の証とせりき
森口     文子 大阪
イングランドの丘と名付けて人集む淡路の島にコアラを飼いて
横山     季由 奈良
道裂けて家壊れ焼けし被災のあと繕いなおし人ら住みつぐ
吉富   あき子 山口
恵まれて九十六の新春迎う目耳癈うるも心に幸を
浅井   小百合 神戸
もみじ葉の先に雫の膨らみて魚眼レンズの庭を映せり
池田   富士子 尼崎
乳呑児の吾を遺しし母の忌に法名に似る擬宝珠咲けり
馬橋     道子 明石
セピア色の写真に並ぶ亡き兄の姪に似たるを今に気付きぬ
蛭子     充代 高知
金沢へ数多出荷をせるマトの一尾余るを刺身にしおり
大森     捷子 神戸
広からぬわが庭うちの生態系少し乱して猫の住みつく
奥村     道子 愛知
少女騎士の放ちたる矢に的の板高き音たて真二つになる
笠井     千枝 三重
議員候補どの人も皆得意先選挙カー来れば出でて手を振る
辻        宏子 大阪
穂すすきの散る坂をきて昼の日に温まりたる夫の石撫ず
鶴亀   佐知子 赤穂
日々通う道の草々紅葉して踏まれつつ朝の日に輝きぬ
南部     敏子
眠り難き夜の慰めと子夫婦が吾に置き行く藤沢周平
春名     久子 枚方
夫の足のたまのあと見る少年の面のきびしく頻りにうなずく
山田     勇信 兵庫
冷雨降り為す無く籠る昼下がり欠伸をすれば犬もするなり
吉田   美智子
問いかけに時折返事せぬ夫繰り返し問うは少なくなりぬ
原        華恵 赤穂
在りし日の夫の野良着を身につけて窮屈そうに子は草を刈る
樋口     孝栄 京都
ブッシュさんここをどこだとお思いか京の街中へヘリで来るとは
藤田       操
鮮やかな柿の照葉の散り敷ける柳生道行く小雨降る中
安田    恵美
常の日は使わぬ子の箸ふた組を秋の休みの卓に並べぬ
上松     菊子 西宮
朝方に窯出し終えたるのぼり窯のぬくもり保つ壁に手を当つ
井上  満智子 大阪
嫁ぎ来て病むこと知らざりし五十年足立たずなりて二十日の過ぎぬ
岩谷  眞理子 高知
早朝の西空にある白き月見つつ病舎に方向確かむ
戎井       秀 高知
採り立ての香れる柚子を持ちくれぬ足病む吾がため風呂に入れよと
大杉     愛子 美作
あれこれと拡げしままに日の暮れて臥床に明日の無事を祈るも
金田     一夫
蟻の山崩せば蝉の亡骸の明るき昼の日に曝されぬ
小深田  和弘 美作
開発の波の迫りし明日香村万葉の亀は狭き地を這う
阪下     澄子
常よりも二倍大きく見ゆる火星眼を凝らし南を仰ぐ
沢田     睦子 大阪
真珠いかだの間をぬいゆく定期船あご湾の水は底まで澄みて
田中     和子
庭の柚子色づき来たる時にして夫の病のまだ癒えがたし
高見   百合子 美作
統合をしたりし後の旧町舎空き室多く寒々として
土屋    眞佐子 神戸
汐含む嵐のあとの宵の空電柱のガイシは火花を散らす

 

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