選者の歌 | |
桑岡 孝全 | 大阪 |
あけくれに見まししいらか木立などはふりの今日を冬霞する | |
みうまごとカードあそびに歳旦を興じ給いて間なくむなしき | |
霊送り唱えまつるに掲げたるとりつくろわぬうつしえぞよき | |
君を送り地にある吾等息をつくファーストフードの店暖かに | |
風花のあと日のたけて濃くなれる光に亡きをしのぶべきかな | |
井戸 四郎 | 大阪 |
宵々に早く寝につくこの頃の身の衰えは思わぬこととす | |
一月四日北の小さき星座より星くず光り流るるかという | |
おのずから齢いとわぬ日々に窓の辺に咲く山茶花の花 | |
検査して手術の日時打ち合わす付き添う妻に言わるるままに | |
想定外あるやも知れずと型通り承諾書にサインをなせり | |
天井に一つのポーズ繰り返す幻覚うすれ熱おさまりぬ | |
ジェムピンの幻覚言うゆえ鍵かかる監視の室に一夜を明かす | |
土本 綾子 | 西宮 |
力なき声を案じて受話器置きぬ終の別れとゆめ思うなく | |
在りし日の面輪さながら穏やかな遺影の前に榊を捧ぐ | |
み柩の出でます一とき雲切れてまぶしきまでに冬日かがよう | |
齢ふたつ上なる友と心なごむ交わりなりき三十余年 | |
みちのくの宿に打ちとけ語らいき共に若くしてすこやかなりき | |
聡明にして衒うなきその性を尊び長く交わりて来ぬ | |
むらさきの椿の花に「綾」のサイン絹の扇子は君が賜もの | |
湧 水 原 (23) より | |
小泉 和子 (身めぐり) | |
君を悼む席より帰る冬の月を覆いて雲のひろがれる下 | |
夫の名を今に掲ぐる古家をつくろいながら住むほかはなし | |
白杉 みすき (老いる) | |
声あげて駆けくる幼を受け止めん心もとなき足踏ん張りて | |
主語を省く会話に馴染む日々にして二人の齢百六十四 | |
高間 宏治 (宮古島 ・ 伊良部島 ・ 下地島) | |
風葬の名残の墓は屋根持ちてあるものは住居にまがう大きさ | |
明治初年の遭難救助の顕彰碑今日成りて村人宴に集う | |
長谷川 令子 (秋) | |
まばゆかりし日輪は朱の色深み大きくなりて湖に触る | |
雨の日の旅の憩いに炉の湯にて淹れてたまわる薬草の茶を | |
山口 克昭 (炒豆) | |
古稀こゆる八人のみが住む村にあらたに寄進の石鳥居たつ | |
米買いは一番鶏に起き出でて蝋の明かりに峠を越えけり | |
吉年 知佐子 (母待つホームへ) | |
吾の名を三分間は記憶する母にしてホームに過ごす八年 | |
百歳となりたることを喜びし母なり淋し淋しと言いつつ | |
四月号作品より 順序不同 | |
安藤 治子 | 堺 |
湯たんぽの効用を説く今朝のテレビ老いの複権かとほくそ笑む | |
伊藤 千恵子 | 茨木 |
事故事件自然災害ふえてゆく世を怖れつつ年あらたまる | |
池上 房子 | 河内長野 |
年長く鬩ぎ合う葛と泡立草今年河原の葛力なし | |
木山 正規 | 赤穂 |
乳を欲る子のため縫いて納めたる御堂の乳房塵に汚れぬ | |
許斐 眞知子 | 徳島 |
洗いし髪冷たきままに寝入りたり海草揺るる夢を見ながら | |
坂本 登希夫 | 高知 |
六屯は出荷出来ると弾み言う去年は一屯半捨てし椪柑 | |
藤田 政治 | 大阪 |
サナトリュウムの療友相つぎみまかりぬ誰もが平均寿命を超えて | |
森口 文子 | 大阪 |
産土の伊弉諾宮の粥占いうたがわずわが母ら在り経し | |
吉富 あき子 | 山口 |
見えざれば思い出されぬ事ばかり漢字人の名わが顔すらも | |
浅井 小百合 | 神戸 |
包丁の位置がわずかに変りいて何を切りしか昼間の夫は | |
上野 美代子 | 大阪 |
自らはまだ箸持てぬ孫の名も箸紙に書きにいどしを待つ | |
大森 捷子 | 神戸 |
雪の舞う三日続けば雲の上一万米の青空を乞う | |
奧野 昭広 | 神戸 |
目覚めたる部屋まで番茶の匂いくる今朝は粥らし一月四日 | |
鶴亀 佐知子 | 赤穂 |
毎日が休日となれるわが兄の訪れくるを母の喜ぶ | |
名手 知代 | 大阪 |
枯木灘の岸は夕日に弧にのびて果ては遥かな空に融け合う | |
吉田 美智子 | 堺 |
幾十年父母に送りしわが手紙仕舞われありしを持ち帰り来ぬ | |
中原 澄子 | 泉佐野 |
訪ねきてアシャヘンブルグに再会の日独合唱の舞台に立ちぬ | |
樋口 孝栄 | 京都 |
二上の雌岳より見ゆる大阪湾ふるさと堺の近々として | |
牧野 純子 | 大阪狭山市 |
ハウスの窓あけて葡萄の枯葉焚く煙は葡萄の香ともなう | |
安田 恵美 | 堺 |
あけやらぬ寒のあしたの西空に冴ゆる月あり雨の過ぎたる | |
井上 満智子 | 大阪 |
若きらの泳ぐ飛沫受け姦しく気楽に歩く我ら熟年 | |
岩谷 眞理子 | 高知 |
枯葦の腰まで茂る泥の田に左義長の山つくられてゆく | |
梅井 朝子 | 堺 |
空き間なく貼りめぐらさるる祈願札十五の孫を頼むこの年 | |
岡 昭子 | 神戸 |
みどり児は眠りたるまま洗礼の水注がれるクリスマスの日に | |
奥嶋 和子 | 大阪 |
栞はさむ本の頁に今しがた訃を聞きしばかりの友の名のあり | |
木山 直子 | 赤穂 |
障子越しの午後の日射しは翳引きて吾を包めり今柔らかに | |
田中 和子 | 堺 |
食事づくりが大変ならんと友言えど夫の退院に心の弾む |