平成18年4月号より

 

                     

                    選者の歌
桑岡   孝全 大阪
あけくれに見まししいらか木立などはふりの今日を冬霞する
みうまごとカードあそびに歳旦を興じ給いて間なくむなしき
霊送り唱えまつるに掲げたるとりつくろわぬうつしえぞよき
君を送り地にある吾等息をつくファーストフードの店暖かに
風花のあと日のたけて濃くなれる光に亡きをしのぶべきかな
井戸   四郎 大阪
宵々に早く寝につくこの頃の身の衰えは思わぬこととす
一月四日北の小さき星座より星くず光り流るるかという
おのずから齢いとわぬ日々に窓の辺に咲く山茶花の花
検査して手術の日時打ち合わす付き添う妻に言わるるままに
想定外あるやも知れずと型通り承諾書にサインをなせり
天井に一つのポーズ繰り返す幻覚うすれ熱おさまりぬ
ジェムピンの幻覚言うゆえ鍵かかる監視の室に一夜を明かす
土本   綾子 西宮
力なき声を案じて受話器置きぬ終の別れとゆめ思うなく
在りし日の面輪さながら穏やかな遺影の前に榊を捧ぐ
み柩の出でます一とき雲切れてまぶしきまでに冬日かがよう
齢ふたつ上なる友と心なごむ交わりなりき三十余年
みちのくの宿に打ちとけ語らいき共に若くしてすこやかなりき
聡明にして衒うなきその性を尊び長く交わりて来ぬ
むらさきの椿の花に「綾」のサイン絹の扇子は君が賜もの
                湧 水 原 (23) より
小泉     和子                (身めぐり)
君を悼む席より帰る冬の月を覆いて雲のひろがれる下
夫の名を今に掲ぐる古家をつくろいながら住むほかはなし
白杉    みすき              (老いる)
声あげて駆けくる幼を受け止めん心もとなき足踏ん張りて
主語を省く会話に馴染む日々にして二人の齢百六十四
高間    宏治                 (宮古島 ・ 伊良部島 ・ 下地島)
風葬の名残の墓は屋根持ちてあるものは住居にまがう大きさ
明治初年の遭難救助の顕彰碑今日成りて村人宴に集う
長谷川  令子                (秋)
まばゆかりし日輪は朱の色深み大きくなりて湖に触る
雨の日の旅の憩いに炉の湯にて淹れてたまわる薬草の茶を
山口     克昭                (炒豆)
古稀こゆる八人のみが住む村にあらたに寄進の石鳥居たつ
米買いは一番鶏に起き出でて蝋の明かりに峠を越えけり
吉年   知佐子               (母待つホームへ)
吾の名を三分間は記憶する母にしてホームに過ごす八年
百歳となりたることを喜びし母なり淋し淋しと言いつつ
                四月号作品より       順序不同
安藤     治子
湯たんぽの効用を説く今朝のテレビ老いの複権かとほくそ笑む
伊藤   千恵子 茨木
事故事件自然災害ふえてゆく世を怖れつつ年あらたまる
池上     房子 河内長野
年長く鬩ぎ合う葛と泡立草今年河原の葛力なし
木山     正規 赤穂
乳を欲る子のため縫いて納めたる御堂の乳房塵に汚れぬ
許斐   眞知子 徳島
洗いし髪冷たきままに寝入りたり海草揺るる夢を見ながら
坂本  登希夫 高知
六屯は出荷出来ると弾み言う去年は一屯半捨てし椪柑
藤田     政治 大阪
サナトリュウムの療友相つぎみまかりぬ誰もが平均寿命を超えて
森口     文子 大阪
産土の伊弉諾宮の粥占いうたがわずわが母ら在り経し
吉富   あき子 山口
見えざれば思い出されぬ事ばかり漢字人の名わが顔すらも
浅井    小百合 神戸
包丁の位置がわずかに変りいて何を切りしか昼間の夫は
上野    美代子 大阪
自らはまだ箸持てぬ孫の名も箸紙に書きにいどしを待つ
大森     捷子 神戸
雪の舞う三日続けば雲の上一万米の青空を乞う
奧野     昭広 神戸
目覚めたる部屋まで番茶の匂いくる今朝は粥らし一月四日
鶴亀    佐知子 赤穂
毎日が休日となれるわが兄の訪れくるを母の喜ぶ
名手     知代 大阪
枯木灘の岸は夕日に弧にのびて果ては遥かな空に融け合う
吉田    美智子
幾十年父母に送りしわが手紙仕舞われありしを持ち帰り来ぬ
中原     澄子 泉佐野
訪ねきてアシャヘンブルグに再会の日独合唱の舞台に立ちぬ
樋口     孝栄 京都
二上の雌岳より見ゆる大阪湾ふるさと堺の近々として
牧野     純子 大阪狭山市
ハウスの窓あけて葡萄の枯葉焚く煙は葡萄の香ともなう
安田     恵美
あけやらぬ寒のあしたの西空に冴ゆる月あり雨の過ぎたる
井上    満智子 大阪
若きらの泳ぐ飛沫受け姦しく気楽に歩く我ら熟年
岩谷    眞理子 高知
枯葦の腰まで茂る泥の田に左義長の山つくられてゆく
梅井     朝子
空き間なく貼りめぐらさるる祈願札十五の孫を頼むこの年
岡        昭子 神戸
みどり児は眠りたるまま洗礼の水注がれるクリスマスの日に
奥嶋     和子 大阪
栞はさむ本の頁に今しがた訃を聞きしばかりの友の名のあり
木山     直子 赤穂
障子越しの午後の日射しは翳引きて吾を包めり今柔らかに
田中     和子
食事づくりが大変ならんと友言えど夫の退院に心の弾む

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