選者の歌 | |
桑岡 孝全 | 大阪 |
寒夜かわく空気に折りてかさねゆく講義資料は静電気帯ぶ | |
フードたてこうべを包む妻居りぬ夜を覗きみる冬のくりやに | |
払暁零下十二度というふるさとをききておもえば脱出成りき | |
私語の前になすなくすわる歌会の夢をみて淋しき悲しき明時 | |
職退きて十年経しかど白昼に爪摘むこころいまにあたらし | |
井戸 四郎 | 大阪 |
病室の窓に見ている朝雲の生駒の峰に移りてゆけり | |
冬日ざし眩しき午後の高架道ものの影無く南して行く | |
道の上に強く転びて立ち上がるよりも辺りが気になり見まわす | |
陰影のなき部屋広く腰椎の牽引ベッドにわが横たわる | |
寒き雨ふる朝の間のリハビリの腰椎牽引は直ぐに終わりぬ | |
窓外の白く曇りてにわかなる霰降り出づただのしばらく | |
吹く風の寂しき音も雫する冷たき雨も我が聞きがたく | |
土本 綾子 | 西宮 |
冬空にちりぼう星の十あまり今宵見ゆるは奇跡のごとし | |
旅のプラン聞きつつ惑う七十の人を若しと思うべくなりて | |
この町をふるさととして子ら育ち孫ら巣立ちていま老のまち | |
ヘルパーさんの自転車が門に置かれあり昨日隣に今日は向いに | |
少子化の世にわが町は次つぎにマンション建ちて人口の増ゆ | |
学童の増えてプレハブの校舎建つ運動場をさらに狭めて | |
選挙にも老人会にも使われて古き校舎に人ら親しむ | |
高 槻 集 | |
坂本 登希夫 高知 | |
九十二の吾に見よとぞ辛夷の棘芽天さす如く揃い立ちたる | |
九十二が一人の米を穫ると選り一穂ごとに種籾すごく | |
走行の耕運機のハンドルたより乾田うなう衰えし足で | |
吉富 あき子 山口 | |
北国の被害悼みて思いつつ今日をふり積む雪美しき | |
リハビリに車椅子押し連れもらう山焼きの今日空春めきぬ | |
今日母の九十年忌妹の届けくれたる茶を点てまつる | |
池田 富士子 尼崎 | |
ブドウ糖口にふふみて暫くを意識おぼろに臥るわが母 | |
診察を待つ心地してこの年も税申告の広間に黙す | |
病むことの多かりし年凌ぎ得て初めて受くる医療費控除 | |
5月号作品より 順序不同 | |
遠田 寛 | 大阪 |
季の移り失われゆく地の上に今日這い出づる億万の虫 | |
竹中 青吉 | 白浜 |
この姉と二宮金次郎うたいしよ土蔵の石段その日のままに | |
高間 宏治 | 小金井 |
農耕に適さぬ島は砂利道を朝々清めて観光に生く | |
岡部 友泰 | 大阪 |
カーナビの思いがけなき大阪弁耳にひびけり「ぼちぼちでんな」 | |
藤井 寛 | 篠山 |
オリオン星座傾く小屋のトラクター極あやまたず充電器繋ぐ | |
上野 道子 | 堺 |
生くること空しと常に言いましし叔父の筆なる写経の遺る | |
池上 房子 | 河内長野 |
音声は入り乱れつつ転読の経本ひらめく天蓋の下 | |
内田 穆子 | 大阪 |
節分の豆撒く行事なきわが家丸々太る鰯食膳にあり | |
浜崎 美喜子 | 白浜 |
耳元に誰かに呼ばるる錯覚に蔦の枯れ葉がかさこそと鳴る | |
松浦 篤男 | 高松 |
十年後は閉鎖の園に七億円の会館が建つこれが国立 | |
丸山 梅吉 | 大阪 |
春よ春吾に百回の春が来る梅吉の名に春を迎えん | |
山内 郁子 | 池田 |
遥かきて精舎に偲ぶこの山の彼方にガンジスの大河はありぬ | |
横山 季由 | 奈良 |
水面に魚のあぎとうさまに似て吾は仕事す不況の今を | |
川中 徳昭 | 宮崎 |
心身の安けき今宵は軒をうつ雫の音の詩とも聞ゆる | |
小倉 美沙子 | 堺 |
何時何が起るや互に齢なれば風邪侮らず夫の辺に坐す | |
笠井 千枝 | 三重 |
靴箱に捨て難くして残し置く高きヒールの赤き一足 | |
奥村 道子 | 愛知 |
残生のありようなどは思うまじわが誕生日朝よりの雪 | |
山田 勇信 | 兵庫 |
庭に成る赤き実求め群れてくる小鳥に混じり鶯も見ゆ | |
松内 喜代子 | 藤井寺 |
ニートよりフリーターよりましかとも思いつつ子の我儘をきく | |
春名 久子 | 枚方 |
柊の白き花散るこの日ごろやさしかりにし姉をしのびぬ | |
安西 廣子 | 大阪 |
うねり来て崩れて寄する時々に冬の潮の色変る見ゆ | |
上松 菊子 | 西宮 |
カレンダーの書き込み減りてわれもとの専業主婦に戻らんとする | |
戎井 秀 | 高知 |
西の風いたく吹き荒れ船溜りに舫う漁船のきしむ音高し | |
木山 直子 | 赤穂 |
続きたるわが不眠症の癒やさるる飼い始めたる晴(ハル)の瞳に | |
土屋 眞佐子 | 神戸 |
父母のそれぞれの日を迎うるはやよいという月やさしき名の月 | |
安田 恵美 | 堺 |
薄き目に春の光をみそなわす木彫りのお顔わずか傾ぎて | |
藤田 操 | 堺 |
坂道は自転車を降り押し歩く冬枯れの山に梅の花咲く | |
増田 照美 | 神戸 |
受刑者の体蝕み閉められし硫黄工業所の看板残る | |
山口 聡子 | 神戸 |
機内でのバロック音楽心地よく聞きなれし曲耳にあたらし | |