平成18年5月号より

 

                     

                    選者の歌
桑岡  孝全 大阪
寒夜かわく空気に折りてかさねゆく講義資料は静電気帯ぶ
フードたてこうべを包む妻居りぬ夜を覗きみる冬のくりやに
払暁零下十二度というふるさとをききておもえば脱出成りき
私語の前になすなくすわる歌会の夢をみて淋しき悲しき明時
職退きて十年経しかど白昼に爪摘むこころいまにあたらし
井戸   四郎 大阪
病室の窓に見ている朝雲の生駒の峰に移りてゆけり
冬日ざし眩しき午後の高架道ものの影無く南して行く
道の上に強く転びて立ち上がるよりも辺りが気になり見まわす
陰影のなき部屋広く腰椎の牽引ベッドにわが横たわる
寒き雨ふる朝の間のリハビリの腰椎牽引は直ぐに終わりぬ
窓外の白く曇りてにわかなる霰降り出づただのしばらく
吹く風の寂しき音も雫する冷たき雨も我が聞きがたく
土本   綾子 西宮
冬空にちりぼう星の十あまり今宵見ゆるは奇跡のごとし
旅のプラン聞きつつ惑う七十の人を若しと思うべくなりて
この町をふるさととして子ら育ち孫ら巣立ちていま老のまち
ヘルパーさんの自転車が門に置かれあり昨日隣に今日は向いに
少子化の世にわが町は次つぎにマンション建ちて人口の増ゆ
学童の増えてプレハブの校舎建つ運動場をさらに狭めて
選挙にも老人会にも使われて古き校舎に人ら親しむ
              高  槻  集
坂本   登希夫             高知
九十二の吾に見よとぞ辛夷の棘芽天さす如く揃い立ちたる
九十二が一人の米を穫ると選り一穂ごとに種籾すごく
走行の耕運機のハンドルたより乾田うなう衰えし足で
吉富    あき子             山口
北国の被害悼みて思いつつ今日をふり積む雪美しき
リハビリに車椅子押し連れもらう山焼きの今日空春めきぬ
今日母の九十年忌妹の届けくれたる茶を点てまつる
池田    富士子              尼崎
ブドウ糖口にふふみて暫くを意識おぼろに臥るわが母
診察を待つ心地してこの年も税申告の広間に黙す
病むことの多かりし年凌ぎ得て初めて受くる医療費控除
              5月号作品より              順序不同
遠田     寛 大阪
季の移り失われゆく地の上に今日這い出づる億万の虫
竹中    青吉 白浜
この姉と二宮金次郎うたいしよ土蔵の石段その日のままに
高間    宏治 小金井
農耕に適さぬ島は砂利道を朝々清めて観光に生く
岡部    友泰 大阪
カーナビの思いがけなき大阪弁耳にひびけり「ぼちぼちでんな」
藤井     寛 篠山
オリオン星座傾く小屋のトラクター極あやまたず充電器繋ぐ
上野    道子
生くること空しと常に言いましし叔父の筆なる写経の遺る
池上    房子 河内長野
音声は入り乱れつつ転読の経本ひらめく天蓋の下
内田    穆子 大阪
節分の豆撒く行事なきわが家丸々太る鰯食膳にあり
浜崎   美喜子 白浜
耳元に誰かに呼ばるる錯覚に蔦の枯れ葉がかさこそと鳴る
松浦    篤男 高松
十年後は閉鎖の園に七億円の会館が建つこれが国立
丸山    梅吉 大阪
春よ春吾に百回の春が来る梅吉の名に春を迎えん
山内    郁子 池田
遥かきて精舎に偲ぶこの山の彼方にガンジスの大河はありぬ
横山    季由 奈良
水面に魚のあぎとうさまに似て吾は仕事す不況の今を
川中    徳昭 宮崎
心身の安けき今宵は軒をうつ雫の音の詩とも聞ゆる
小倉   美沙子
何時何が起るや互に齢なれば風邪侮らず夫の辺に坐す
笠井    千枝 三重
靴箱に捨て難くして残し置く高きヒールの赤き一足
奥村    道子 愛知
残生のありようなどは思うまじわが誕生日朝よりの雪
山田    勇信 兵庫
庭に成る赤き実求め群れてくる小鳥に混じり鶯も見ゆ
松内   喜代子 藤井寺
ニートよりフリーターよりましかとも思いつつ子の我儘をきく
春名    久子 枚方
柊の白き花散るこの日ごろやさしかりにし姉をしのびぬ
安西    廣子 大阪
うねり来て崩れて寄する時々に冬の潮の色変る見ゆ
上松    菊子 西宮
カレンダーの書き込み減りてわれもとの専業主婦に戻らんとする
戎井     秀 高知
西の風いたく吹き荒れ船溜りに舫う漁船のきしむ音高し
木山    直子 赤穂
続きたるわが不眠症の癒やさるる飼い始めたる晴(ハル)の瞳に
土屋  眞佐子 神戸
父母のそれぞれの日を迎うるはやよいという月やさしき名の月
安田    恵美
薄き目に春の光をみそなわす木彫りのお顔わずか傾ぎて
藤田     操
坂道は自転車を降り押し歩く冬枯れの山に梅の花咲く
増田    照美 神戸
受刑者の体蝕み閉められし硫黄工業所の看板残る
山口    聡子 神戸
機内でのバロック音楽心地よく聞きなれし曲耳にあたらし

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