高槻集 選者の歌 | |
井戸 四郎 大阪 | |
窓下の蕾つらなるほととぎす午後の光のしばらく照らす | |
抜き出でて青葉のしげるほととぎす雨の朝には茎かたぶきぬ | |
立ち直り高く伸びたるほととぎす蕾はいまだ小さく青し | |
夕ごとに水を遣りたるほととぎす花のひらかず日差しの暑し | |
空の青澄み透る朝ほととぎす目立たぬ花のひらきはじめぬ | |
行く秋の心に遠くなりまさるかつての賢き人を見舞いぬ | |
ICUベッドに右の手を上げて近寄る我に合図をされぬ | |
桑岡 孝全 大阪 | |
大き甕大きみずどり土をもて成したりし世のおおらかに見ゆ | |
みまかりしをつらね註して聖武朝の河内のくにの課税台帳 | |
火に葬る異教の習いをうたがわず模倣せし民の末なりわれら | |
体躯矮小短命の世に渡来のわざに鉄の矢尻の忽ちに成る | |
農産の余剰に戦争の起源を見る史観おもわしむる鉄剣甲冑 | |
ちからある人みまかればそのひつぎまもると大き岩を重ねし | |
源家三代塚をつらぬる野をゆきてなにになつかし大伴家持 | |
土本 綾子 西宮 | |
石をもて作れる包丁 匙 ナイフ古代を生きし人間の知恵 | |
六世紀のガラス碗とぞ透明の全きかたちに濁りとどめず | |
いつの世のいかなる人に仕えしか埴輪の馬のまなこやさしき | |
ちさき竈に小さき鍋を載する土器遠き世の生活(たずき)はいまに伝わる | |
アカガシの檪の木肌とどまりて太古を語る大修羅小修羅 | |
近つ飛鳥栄えし址と思ほゆれ平成の構えゆたかにならぶ | |
みはるかす二上の峰も陰だちて古代に遊びし一日のおわる | |
平成18年度 年間優秀作者 | |
吉富 あき子 | |
見えぬならその生き方を見つけよう命あるのは道があるのだ | |
恵まれし一生なりし残る日を一筋のもの持ちて逝きたし | |
七十年続けし日記家計簿も今日終わりとす九十五歳 | |
平成18年度 推奨問題作者賞 | |
川田 篤子 | |
留守電にして鍵かけて出るわれにもう役立たぬと母の嘆かう | |
遠慮勝ちに出だせる母の足の爪切れば脆くてぼろぼろこぼる | |
平成18年度 湧水原賞 | |
山口 克昭 | |
4月 作品 「炒 豆」 | |
7月 作品 「霜 焼」 | |
1月号作品より 五十音順 | |
安藤 治子 堺 | |
子の家に手持ち無沙汰にいる幾日拉致も核実験も遠々しかり | |
所在無くトランプを並べいし姿ありありとしてひすがらの雨 | |
子の家は子の家にしてもてなしの日数過ぐれば西に帰るべし | |
介護制度猫の目の如く変る日々に色とりどりの需給証届く | |
伊藤 千恵子 茨木 | |
窓下をいく度かゆく選挙カーの騒がしき声けさよりは止む | |
一人(いちにん)の候補に首相前首相わが小都市に来たり応援す | |
核実験の後に来たらんものを怖る理解しがたきかの独裁者 | |
池上 房子 河内長野 | |
ケリが鳴きヨシキリが鳴きむし暑き水辺を歩むこの夏もまた | |
田の中にまなこ鋭くケリは立つ歩み危うき雛を守りて | |
胸もとの婚姻色もあざやかに海越えて来しアマサギ三羽 | |
石川の中洲の砂に頬のべてスッポンものどかに日を浴みており | |
池田 和枝 北九州 | |
足もとにあま色なせるエノコログサ日暮るる風にそよぐともなし | |
干物店に頃合いのシラス見付け得て釘煮もどきに佃煮作りぬ | |
庭石の窪に来ていしアキアカネ暫くおりて空へたちたり | |
絵手紙に描きし彼岸花清しけれ縁起言う友に出しためらえり | |
上野 道子 堺 | |
「天草の大官鈴木重成」を読む録音のわが声うるむ | |
直訴する天草代官の終末を読む声抑えてテープを仕上ぐ | |
傷癒えて戻る対面朗読室はずむ心に利用者を待つ | |
歌詠みの二人を対面朗読のリスナーとするわれの幸せ | |
浅井 小百合 神戸 | |
映像の雪豹歩み我の手に柔らかき毛の感触が湧く | |
秋の日の西に傾き穂芒も蜻蛉の群れも輝ける刻 | |
スタンドの灯りの届かぬ闇にいて鬩ぎ合いおり吾の心は | |
尼子 勝義 赤穂 | |
カメラもて吾が体内を探りゆく食道と胃の内壁つぶさに | |
異生物の生態観察の思いしてモニターに胃壁の蠢くを見る | |
己が胃の襞の一々腫瘍かと疑念持ちつつ画像を覗く | |
池田 富士子 尼崎 | |
梅の実を思わするほど大粒の葡萄ゴルビー甲斐より到る | |
皮のまま食ぶるロザリオビアンコに片思いせし日の蘇る | |
六甲の山なみ見ゆる川原にコスモスの種広く蒔きゆく | |
石村 節子 高槻 | |
はびこりて蓮の葉水を覆えればきたらん鴨を気がかりとする | |
蓮を刈りて広くなりたる池水にすでに幾つか水鳥の浮く | |
鉢植えを部屋に入れんか朝々の気温低きを気にしつついる | |
井辺 恵美子 岡山 | |
里芋の皮むく水車回りおりコンクリートの溝に響きて | |
谷深き雑木に絡む通草の実爆ずるを祖母と摘みにし昔 | |
山畑の草刈りおれば樫の木に囀る雀五十羽百羽 | |
安西 廣子 大阪 | |
暖房の中の薄着の心地良さ吾も地球を暖めており | |
大阪府公園協会のカレンダーわが撮りし噴水の一枚もまじえ | |
朝かげに花びら透ける山茶花は冬の一枚と見上げて撮りぬ | |
井上 満智子 大阪 | |
孫にのみかまけいる間に夫の病み詫びつつ日がな付添い看取る | |
わがうからを守りくれたる夫病みて頼りきりなりし吾と気付けり | |
忙しく過ぎし五十年夫病みて昼間静かに向き合う刻持つ | |
岩谷 眞理子 高知 | |
境内にシートを広げ注連綯うと山盛りの藁を人らとしごく | |
地区総出のお注連おろしに山盛りの藁と取り組む数多の人ら | |
手がすべり綯う藁折れて形なさずお注連づくりも個性のありて | |
上松 菊子 西宮 | |
待つことの長き時間も残生のうちと思わん外来ベンチに | |
息吸って吐いてそのままハイよろしかくて腎臓はフイルムに収まる | |
あやしてもむずかる幼を持て余す母にかってのわが娘を重ぬ | |
湯川 瑞枝 奈良 | |
更くる夜の秋風に雲払われて玲瓏の月中天にあり | |
世界中の願い斥け北朝鮮は核実験をほこるごと告ぐ | |
珍しき朝霧たちて散りそむる木犀の香の低く漂う | |
山口 聡子 神戸 | |
シュトラウス モーツアルトの銅像はウイーンの森の奥に生きいる | |
ナポリ観て死ねとの言葉うなずける絶景見れば生きいる楽し | |
秋風に花の崩るる音を聞き還らぬ人を偲びつつゆく | |
安田 恵美 堺 | |
涼しさをよろこぶ奥にきざす鬱 秋雨前線うごくともなく | |
父祖よりの田は細々とまもられてふるさとの米のみどに甘し | |
廃れたる門に木立にグラウンドに秋の日射しは真すぐに注ぐ |