高間
宏治
小金井 |
戦中戦後永く住みいし池田の街それと見ぬ間に猪名川渡る |
猪名川に沿う工場に働きし動員の日々が青春なりき |
寄宿舎に居残るわれらを避難せしめし命の恩人の先生も亡し |
竹中
青吉
白浜 |
かじき鮪スピード恣にいわしを追い岩礁に激突くちばしを折る |
春一番竜巻が夜のうちに過ぎ朝明の明星みずみずしきばかり |
着ぶくれて鼻水のとぶ磯原に吹かれて漁るものは何々 |
中谷 喜久子
高槻 |
話すだけはなして帰る娘を送る聞くより他にすべなき吾の |
福寿草の花咲きいでぬ妹の十八回の忌のめぐりきて |
日毎みる新築の家たちすすみ朝より庭木を運びいれるところ |
長崎
紀久子 八尾 |
鈍色の雲籠むるかなた一瞬に穂高と覚しき雪山見えつ |
外国に初めてメールせんとするパソコンのキー打つ指こわばる |
日を置かずエジプトからのメールありて老いの楽しみ一つ増えたり |
西川
和子
広島 |
北極の永久凍土解け初むと聞けば愈々終末遠からじ |
術もなく南太平洋に沈みゆく海抜二メートルの島国ツバル |
護る事も抗うことも出来ぬ民なべて移住の覚悟をすると |
野崎
啓一
堺 |
日々にきて歩むリハビリの三百歩今日は鶺鴒の声に慰む |
水減りて川底粗く芥積む其処超然と白鷺立てり |
喜びも嘆きも過ぎ行きし思い出ぞ今幾春秋語る明るさ |
長谷川
令子
西宮 |
歳晩を清めまいらすそれぞれの位牌に纏う思いのありぬ |
打敷を替えて仏具を磨くなりここに鎮まる日を思いつつ |
六甲の峰に白きを見るなきまま沈丁花香る今年の二月 |
浜崎
美喜子
白浜 |
花の島とききて渡りし礼文島にエゾカンゾウは枯れし音立つ |
手をとめてしばし黙祷君の葬儀はじまる時か大阪遠し |
病む夫に獅子舞見せんと手を引きし去年の心のよみ返りきて |
春名
一馬
美作 |
われの身に肺炎侵すを知らずして食の進まぬ十日を耐えいつ |
息子娘妹らの情に助けられ退院後二ケ月夢の間にすぐ |
食欲は徐々に戻るかこの日頃しきりにぼたん鍋にあくがる |
鈴木
和子
赤穂 |
福寿草二月の光に咲きつぐを誰に告ぐるということもなし |
わが町の宮居の杜に梟のしきりに鳴ける暖冬二月 |
竹川
玲子
大阪 |
携帯を頼りに孫は京都よりひとり三島に乗り継ぎて来ぬ |
点と見ゆる出口頼みて石積みの暗き天城の隧道歩む |
辻
宏子
大阪 |
老二人働く広き畑なりき機械管理の駐車場となる |
冬ざれのきわみを夫の眠る山傾りの尾花白くかがやく |
鶴亀
佐知子 赤穂 |
亡き父に面差しの似る叔母老いずわが茫々の記憶を正す |
わが家より移しし桃の木尼寺に健やかに白き蕾ふくらむ |
戸田
栄子
岸和田 |
自らの体の蝶番乱れるか今夜も腕の痛みに耐える |
幼児は犬と並びて床に入る愛するもののあるは幸せ |
中川
春郎
兵庫 |
下働き多き大学病院は研修医には敬遠されぬ |
聞き及ぶ立ち去り型にサボタージュ病院を去る医師の分類 |
名手
知代
大阪 |
携帯を持つ若者の口にする明日の日程うしろよりきく |
人なかの歩みにいたく疲労して用のいくつか忘れて帰る |
並河
千津子
堺 |
雀らは我におどろき飛び立ちて花のごとくに冬木にとまる |
わが埒の外なることと諦むる心のままに眠れずにいる |
南部
敏子
堺 |
琴爪を入れると聞きて縫う袋のちりめん小切選るさえたのし |
蕁麻疹腰痛今は休戦中わたしの内の戦争ごっこ |
高見
百合子
美作 |
夫と吾の古希と娘の四たび目の亥の年を祝ぐうから揃いて |
朝早く静まる宮にわれの打つ柏手の音ひびきて吸わる |
津萩
千鶴子
神戸 |
文通の稀となりたる世にありて年に一度の賀状いただく |
行く先を犬にまかせて冬の日を浴びつつゆるき坂を下りぬ |
中原
澄子
泉佐野 |
玄関を覆うごとくに咲くミモザ朝の光に黄の色の映ゆ |
暖冬に咲き出すミモザの枝切りて訪ねる友に花束作る |
中川
昌子
奈良 |
春の七草みじかに見つかる秋篠の里をよろこび我の住み古る |
デパートの野菜売場の品種増え何度も行き来すカート押しつつ |
名和
みよ子
神戸 |
春となる今日は白髪を染めにゆく赤いひも靴をきれいにみがいて |
若者は破れズボンのルックにて春立つ今日の日ざしに連れゆく |